少し時間は進んで準決勝前後1
夕方、寮に戻ってまず行うのは最上階に上がって、他の利用者がいないかを確認する事。
居なければ次に、空の水槽に繋がって並んでいる全ての蛇口が閉まっている事を確認する。
確認したら、備え付けられている魔力抽出器の『水』の蓋を開けて腕を突っ込む。
今日は魔力残量に不安が残るのでしっかりと魔力回路の形を想像する。術式はお馴染みの水顕現。
わずかに脱力感。魔力抽出器の隣の空だった水槽に水が満ちていく。
水槽が一杯になったところで腕を抜き、魔力抽出器の反対側に回り込む。そこには同じような蓋がある。
こちらは『加熱』で、水槽の水の温度を上げる事が出来る。
同じように腕を突っ込んで魔力を注ぐ。
術式が二つとも難しくないから差し込み口も両端に分けたのだろう。そのためだけに抽出器を二台備え付けるのも無駄だろうし。
充分に温かくなったら自分の部屋へと繋がっている蛇口を開ける。水槽の中の湯が全部流れたら蛇口を閉める。
『水顕現』と『加熱』、寮で生徒が使う事はあまりないが『燃焼』辺りは一般に浸透している。
調理用に持続して炎を出し続ける事は出来ないが、最初の種火を素早く準備出来るだけでも、その恩恵は言うまでも無いだろう。
魔力そのものの次は、魔力抽出器について説明しよう。
ある意味これが現在の文明を支えていると言っても過言では無い。
大きさは成人男性でも抱えるのは難しい程の大きさ重さの球体で、必ず穴が空いていて、その穴は大きさが調節出来る様になっている。
模型兵装においては腹部に格納されている。
この穴の大小が引き出す魔力の量を決める。そう、これは外側、器だ。中身は僅かに輝く緑色の物体で、特定の植物やら鉱物やらを特定の配合で混ぜ、特定の処理を行えば完成する。
完成した瞬間から近くに居る生物の魔力を勝手に抽出し始めるから、素早く器に入れる必要がある。ちなみに、学園生は中等部三年で教わる内容だから高等部にいる奴なら大抵は覚えているだろう。
しかし材料の一部が希少価値が高めで、それなりの値段になるのでそう沢山作れる物ではない。模型兵装の価格の内三割程度は占める。
今使った寮に備え付けられているのも中身は同じだ。
ただ、模型兵装と違って頻繁に抽出量を調節する必要は無い。
そのため『水顕現』と『加熱』の回路の側に小さめの穴が一つずつ空いているだけの器と、腕だけを近付けて必要以上に魔力を抽出しないようにするための覆いがある。
なぜ、そんな面倒な事をしないと抽出量を調節できないのか。
実に厄介な事にこれより大きくても小さくても魔力を抽出する機能が働かなくなるからだ。多少の誤差は許容されるが、上下共にある体積を越えると途端に魔力を抽出しなくなる。
超小型の抽出器で少しだけ魔力を出して、水を椀一杯分だけ出して飲むとか火打石代りに少しだけ小さな炎をだす、とかは出来ない。
それを求めて小型化の研究をし続けている者も居ると聞く。
確かに、出来たら日々の生活や旅をする時に便利だろう。
逆の大型化は、魔力を削り過ぎて危険になる可能性から基本的に行われない。
そして抽出した魔力を拡散前に集めるのが魔術回路の始点だ。
魔力は、原初の輝きに端を発する力だけに、何でも起こし得るし何にでもなり得る。勿論、消費した魔力量の中で、だが。
魔力を物質なり現象なりに変化させるために必要なのが回路だ。
例えば、魔力を火の属性に変換し炎を発生させたい時は一本の魔力線を交互に折り畳む。
ただし混線させてはいけないから決して触れ合わない様に、けれど出来るだけ接近させるよう注意しなければならない。
なぜ折り畳むと火になるのかは正確には解っていない。
現在主流なのは『手をこすりあわせ続けると熱くなっていくだろ?それと同じだよ』という納得できるような首を傾げるような、微妙な説だ。
何でも出来るといっても、全ての現象と物質が再現できている訳でもないし、回路を作れても、長く複雑過ぎて誰にも発動できないなんて笑えない笑い話も多い。
まだまだかつて栄え、滅んだ前史には及んでいないのが現状だ。
人間は魔力抽出器と魔術回路がないと魔術を使えない。
そして人類に敵は多く、その大半は人類よりも大型だ。
模型兵装も、魔力抽出器を十全に活用できる形を追い求めた末としての大きさであり姿なのだろうと思う。
だから最低限とはいえ模型兵装の製造方法が残ったのは人類にとって幸いであったのだろう。
部屋に戻って、今しがた自分の魔力で満たした風呂につかりながら、そんな事をつらつら考えた。
そして翌日の4回戦も、特に危なげなく勝ち、その次の日の準決勝。
大方の予想を裏切り、学園最強のもう一角を破ってカーム・アーセイルが決勝進出を決めた。
そして俺もまた対戦相手を下して決勝へと駒を進めた。
こうして、大会前には誰も予想していなかったであろう組み合わせでの決勝戦になったのだった。
放課後、作戦会議でも当然話題になる。
「流石に予想外でした」
「あぁ、まさか爆炎の魔女に勝つとは」
「あの機体、外見は今までと同じにまとめてありますが、多分中身がそっくり違いますね」
カーム・アーセイルが普段騎乗しているのは金にあかせた金属製、一般級の人型。
反応速度と装甲の厚さに振り切った、ある意味思い切りの良い機体だ。
その防御力に任せて突進して両手剣を力任せに振り回すという単純だがそれなりに効果的な闘いをする。それなり止まりなのはカイル・ライロウや、『爆炎の魔女』の異名を持つセイラ・バルエンがその上を行っていたからなのだが。
ちなみに反応速度の方は『準人型に乗るなどありえない、だが転倒もありえない。貴族として』という理由らしい。
現在、完全人型に乗っているほぼ全ての人がその『ありえない』と切り捨てた努力という過程を通っているという事実には眼もくれず。
そういう結果だけを求める姿が、俺の確信を深めていく。
今回、闘い方は変わっていないのに、セイラ・バルエンの調子が目に見えて悪いという事もないのに、カーム・アーセイルが勝った。
「すると、やはり」
「はい。あの反応速度、動作の滑らかさ、速さ、力強さ、頑強さ。現在のあの機体は高級だと思われます。よく持ち出せたものですね」
「あまり聞きたくはないが、何か対策はあるか?」
「あまり申し上げたくは無いのですが、正直なところ何もありません」
「だろうな」
「仕方ありません。先輩が負けたら作戦その二に切り替える事にします」
「そうか。他国に行くのは初めてだから楽しみではあるな」
「え?」
努めて明るく笑った俺に、しかし返ってきたのはそんな反応だった。




