順位戦本戦2回戦目2
浮かんだ案…というほどのものでもないが根本的な解決筋は見えた。
ただそれは結局、カーム・アーセイルに勝たなければ実現しない。
そのためにはここでワーム・コウ相手に苦戦していられない。
しかしあの二丁散弾は驚異だ。一般級ならではの反応の良さと併せると、こちらは迂闊に近付けない。回り込むにも、こちらが何歩も走らなければならないところを、あちらは向きを変えるだけですむ。
床に付いた跡から察するに射程距離は模型兵装で歩いて10歩ほど。
ある程度まで近付けば左右の揺さぶりで振り切れるだろうが、流石に散弾の射程内まで踏み込まなければそんな芸当も出来はしないだろう。
それでもあちらがどう闘うつもりか見極めるために動き回る。
あちらも色々と手探りなのだろう。互いに決定的な局面を迎える事もないまま、情報だけ積み重なっていく。
まず10歩から8歩の間は発射の瞬間に後退すれば良い。
しかし全力は出していないから実際にはもう1歩踏み込んでいても後退出来るだろう。ちなみにこの7から8歩というのはその場からとっさに一歩で後退出来る距離だ。
前進の勢いが付いていたら当然後退など出来ない。その場合は先程やった様に斜め前が良いだろう。
あちらは二丁同時だけでなく別々にも撃てる。
また、1発撃ってから同じ短包で次を撃つまでの最短はおそらく呼吸3回ほど。
ただ俺と同じく余力を残している可能性も否定出来ない。だがそれでも呼吸2回より速い事はないだろう。
あちらの射程の外からこちらの間合いまで詰めるのにかかる時間はおよそ2呼吸といったところ。仮に、助走が付いてたとすれば半呼吸分位は縮められるとは思う。
しかしあちらも最初の範囲重視でこちらを捉え切れなかった為か、同時発射はしなくなった。
その分範囲的には楽になったが、よけ方を間違えると直撃をもらう危険も増した。
色々攻略法を考えたのだが、結局は一瞬で良いからあちらの気を散らすのが一番だという結論になった。やってみたい事とも合致する。
あちらの散弾の射程限界あたりで、左手の剣で左足の壊れかけの外部装甲の留め具を一つを除いて壊す。
あとは、散弾一発目をよけつつ初動でどれだけ勢いを付けられるか。
膠着は終わりだ。これで勝負を決める。
脚部から力を抜く様にたわめつつ、全身は前に。
倒れる寸前まで粘ってから右足部を出す。
右足部が接地したら全力で地面を蹴る。
およそ3歩の距離。あちらまで7歩。
あちらが右の散弾を撃つ。
こちらは左足部で右斜め前に進路を変えて避ける。かなり高い負荷が掛かり、外部装甲の最後の留め具が壊れる。
あちらまであと5歩。
着地した右足部を軸に左脚を大きくしならせて、外れた外部装甲を蹴り出しながら再びあちらに向かって一歩踏み出す。4歩。
狙いあやまたず、左の散弾を構えるあちらの頭部…視界を遮る位置に。あちらはとっさに右腕部で払う仕草をする。
その間に、左手の剣を地面に突き立てる。もちろん刺さる程の重さはない。
ある程度平らに均されているとはいえ完璧ではない。
床を刃先が少し滑った後、窪みにでも引っ掛かったのか金属音と振動が一際大きく響いて急停止する。
待ちわびたその一瞬を逃さず、右足を剣の鍔に乗せて一気に踏み込む。
そう、ただ一瞬、踏み台の変わりになってくれれば良かった。
俺とこの機体は、半回転のひねりを加えた前方宙返りであちらの頭上を飛び越える。
一般的な石材か金属で出来ている機体は、全身金属の鎧を身に付けた人間と同程度の動きが可能だ。
それらと同じだけの出力がありながら重量は数分の一というこの機体ならば、今の軽業師のような芸当も可能になる。
観客席からの絶句と感嘆の声が聞こえた気がした。
模型兵装同士の闘いにおいて、頭上を気にするのは相手が上段に構えた時くらいだった。
当たり前だ。全身金属鎧を身に付けた人間同士が闘う際、相手が頭上を飛び越える想定をする者は居ない。俺とこの機体という前例が出来たこれからはともかく。
ただ、いくら頭上は留意しないとはいっても目の前でやれば対応されてしまう。
だから一瞬でいいから気を逸らす必要があった。
俺を見失って困惑しているあちらの頭上を逆さまに見下ろす、刹那の時。
多少練習したとはいっても無音で着地などという器用な芸当までは習得していないから、着地した瞬間にあちらに現在位置が伝わってしまう。
空中にいる間に一撃、それであちらの頭部を破壊、悪くても視覚か聴覚を破壊出来ればこちらの勝ちはほぼ決まるだろう。
サヤの言う通りに魔力を目一杯注ぎ込みながら右手の新兵器をあちらの頭部、正確には首の関節を目掛けて横薙ぎに振るう。
わずか、甲高い振動音。続けて薬缶で湯を沸騰させた時に似た、けれどももっと鋭い音と、石材の擦過音。そして思っていたより遥かに軽い、外したか避けられたかと焦る程の手応えとわずかな金属音。
いぶかしみながらも即座に動けるように体勢を整えながら着地。
あちらは着地音に気付き振り返りながら短包を構える。
しかし全身ぎこちない上に明後日の方向を向いている、と用心して見ていたら、あちらの頭部が転がり落ちた。
「…は?」
思わず右手の新兵器を眺めてしまう。
通常の剣より柄と鍔が太く、長い。
先程起動させた時、びっしりと回路の光が覆っていた事からこれで限度ぎりぎりなのだろう。
渡された時は気付かなかったが、髪の毛一本の太さにもならないだろう隙間が刀身部分にあった。
言い方を変えると、一本の柄に二本の刀身が伸びているのだ。全体余すところなく髪の毛一本の太さの隙間で。
今になって気付いたのは、その隙間から水が滴り落ちたからだった。
回路から読み取れた術式は、硬度強化と水顕現の二つだけ。
それ以上の考察を止めたのは、まだ試合が終了していない事を思い出したからだ。
非常時の視覚確保を使っているのだろう。
正直なところ無謀としか思えないが、まだこちらに短包を向けている以上、負けを認めてはいないのだろう。
非常時の視覚確保とは、模型兵装の視覚機が使えなくなった時に肉眼で外の様子を探る手段だが、使い勝手は悪い。
胸部装甲の正面は装手の安全のため隙間など作れない。
なので人間でいう脇腹の辺りに開閉可能な小さい扉があり、そこを開けば操縦席に対して斜めに設置されている鏡を覗く事で最低限外を見られる様になってはいる。
…だが、その鏡はほぼ顔の真横にあり、操縦席は全身…顔もかなりしっかり抑えるため、横目でしか見えず、鏡写しゆえに反対で、見える範囲も狭い。
見えなくなったからと焦って闇雲に模型兵装から飛び出す前に外を確認しましょう、という代物だ。
右に動く振りをして左に一歩踏み出すだけでこちらを見失ったあちらの肩に右手の新兵器を添えて、この試合を終了させたのだった。




