追憶15
そしてサヤが姿を隠したまま日々は過ぎ、俺は半分は演技で焦りを滲ませながら目眩ましの為に動かせないと分かっている学園の機体を借りて、実際に動かせない様を周囲に見せつけたりしながら過ごし、順位戦の予選開始日を迎えた。
カーム・アーセイルがわざわざやって来て、サヤに逃げられただの、同情を買おうとしているだのと散々戯言を吐いたりもしたが無視。少し悔しそうな表情も浮かべてみせたのが功を奏したのか、満足そうに去って行ったり、という日もあった。
順位戦初日の朝はいつも、何処も慌ただしい。本来なら俺も準備だの調整だので同じなのだが、いや今になって思い返せば無駄な時間だったのだがそれは今更だ。
とにかく肝心の機体が手元に無い以上、慌ただしくなりようがない。焦りは当然あるが、それは仕方の無い事だろう。
カーム・アーセイルと取巻き達も流石にこの日は俺にかまけている暇はない筈。それでも念の為人目を避けながら学園の裏山、その麓の森の中、サヤと約束した合流地点へと向かう。
俺の予選試合は午前最後の部。移動時間を考えれば、機体を受け取って直ぐに戻らなければならないだろう。
地形対応演習に使用されている森の為、模型兵装が通れる道がある。そこを暫く歩いていくと、左手側の一本の木の枝に赤い布が結わえられているのを発見する。
その脇には、人間がやっと通れる程度の細い獣道がある。
「合流は学園の裏山、道に赤い目印を置いておくので発見したらその方向に曲がって下さい」
という別れ際のサヤの言葉を思い出す。これが目印だろう。獣道に入っていく。
枝を押し分けながら獣道を歩く。今度はそれ程経たない内に右側に赤い布を発見する。獣道すらないが人が通れるだけの空間はあるようだ。
道が無い為に迷う可能性もあるかと思ったが、生い茂る木々の中を屈んで通れる程度の空間が続いていて、まるで木々で出来た洞窟を進んでいるようだ。これなら迷う事も無い。
目印が無ければ見落としていただろう。まだ孤児院に世話になっていた時、隠れ家に憧れていた頃の自分が思い出される。
幼かったなと思わなくも無いが、好きか嫌いかと問われれば今でも好きなのは間違いない。苦笑が浮かぶ。
百歩ほど進むと緑の洞窟が途切れ、ちょっとした広場と、その半分を埋める緑色に塗装されて目立たなくなっている天幕が目に入る。
中級操縦資格を持つ高等部生徒には、学園を離れてそれなりに危険な地域で何泊か野宿する実戦演習があるが、中級製造資格を持つ者もそれに追従し、現地での修理や整備を行う為に学園から必要な装備を支給される。
最も、サヤは中等部一年である為、実戦演習への参加は三年先になるのだが。
天幕の入口で声を掛けるが反応が無い。作業音も聞こえない。これで実は他人の仮設工房という事も無いだろう。いやサヤの工房だとて黙って覗いて良いという訳でも無いのだが。
少し後ろめたく思いながら天幕の中を覗き込むと、まず眼に入ったのが以前搭乗した機体。そして、その陰に半分隠れているが、もう一機、駐騎姿勢と呼ばれる、人間で言う所の片膝を付いて俯く姿勢を取っている機体が見える。
傍らには、折り畳み型の机と椅子。そこに突伏している小柄な少女、サヤ。
急いで駆け寄ろうと一瞬考えるが、耳をすませると微かな寝息が聞こえる。思い直して静かに近寄る。特に苦しそうでもなく、寝ているだけの様で安心する。
流石に邪魔だったのか眼鏡は外されて机の端に置かれている。
両腕を枕に、左の頬を乗せて眼を瞑っているその姿はとても無防備で、整った容貌と相俟ってまるで一枚の絵画の様にも思える。
無理をさせた自覚がある分、起こすのも躊躇われる。
しかし大分暖かくなってきたとは言えども朝晩は冷え込む事もある時期な事もあり、放っては置けない。
仮設工房の設備なら毛布くらいあるだろうが女性の荷物を勝手に漁る訳にも行かないので上着を脱いで掛ける。
そして改めて、気になって仕方が無かった、初見の機体を見上げる。
白灰色の石材製が準人型なのに対し、淡い黄土色をしたその機体は、より人型に近い。二機並んでいるだけに違いが一目瞭然だった。
それは懐かしさすら感じさせる、幼い日に俺が憧れたそのままの姿だった。
準人型の、汎用性と利便性を極めたが故の格好悪さと比べ、戦う為だけに洗練されていった騎士の様な佇まいの人型。
しかしまさか高級という訳でも無いだろう、学園生製の機体で人型。
唯でさえまともに機体を動かせた事の無い俺が、本当に乗りこなせるのだろうか。
…態々俺に恥をかかせる為だけに、様々な障害と妨害を乗り越えて機体を準備する筈も無い。俺が乗りこなせると思ってこの機体を準備してくれたと信じよう。
サヤが目覚めるまで触れるべきではない。その為に待てる時間の限界までは逸る気持ちを抑えるべきだ。
しかし、もし挙動に問題があれば調整する時間が必要なのではないだろうか。
…先に動作確認を行って問題があったなら申し訳無いが起きてもらい、問題なければそのまま休んでいて貰う、というのが現実的か。
模型兵装の起動はそれ程喧しい訳ではない。勿論、全くの無音とはいかないが。
眠りが深ければ目覚めない可能性は十分にあると思う。
いや、こうして迷っている時間も勿体ない。俺は意を決して駐機姿勢を取る機体に手を掛けた。
…後に冷静になって考えると、色々理屈を述べても結局は待ち切れなかっただけだと分かるのだが。




