追憶xx
片膝を付き前傾姿勢を取る、およそ人の4倍程の模型兵装。それに取り付き背中まで登り、背中部分にある搭乗口を開く。
蝶番が下に付いている構造である為、最初は重いが地面に対して垂直を越えると軽くなる。
「よっと」
この時にうまく体を横にずらさないと下手をすれば地面まで転がり落ちて大怪我をする。
開いた搭乗口と連動して斜め上に寝台の様に一直線に伸びる操縦席。
操縦席と一体になっている長靴型の固定具に足を差し込みながら、操縦席に身を預ける。
両肩の上にある固定帯を胸で交差させて腹の脇で締め、太股の脇にある柄を握る。
腕を持ち上げる方向に、同時に膝を曲げる方向に、更には腹筋に力を込めて上体を持ち上げる。
操縦席が膝の裏で山なりに曲がり、腰の裏で直角近くまで曲がる事で模型兵装の胸部の中に収まる。開閉口が背もたれと連動して持ち上がって閉まり、視界が闇に包まれる。
次の瞬間、自分の肉体から大量の青色の魔力が飛び散り、操縦席の下へと集まっていく。光が集まった先から、操縦席を取り囲む様に、色の無い光が機体に張り付けられた魔術回路に沿って線を描きながら拡がっていく。
腕、足の固定具が膨張し、一度強めに圧迫してから、ちょうど良い加減まで緩む。続いて額と下顎が同様の感触で固定される。
操縦席の下に集まった光も、まるで檻の様にも見えた光の線も消え、再び訪れる闇。しかし眼をつむった上でこらす動作を行うと外の景色が肉眼で視るよりもわずかに荒い映像となって映る。
右手を顔の前まで動かす動作を行う。当然ながら固定具で固められた体は動かないが、視界には自らが乗り込んだ模型兵装の手が映る。
緩く握られたその手を開く。縦円関節が回転し、掌が露になる。
何度か、握ったり開いたりを繰り返して己の意思通りに動く事を確認する。
手袋の上から物に触れた時を更に鈍くした程度ではあるが感触もある。
動きが鈍いのは簡易起動だから当然。異常は感じられない。
視界を右肩へと移動させる。視界内で肩と腕を動かす。おかしなところは無い。
視界を正面に戻し、今度は左で同じ動作を行う。異常無し。
前傾気味であった上体を垂直に起こし、両膝に力を込めて立ち上がる。
よろめく事も無い。
慎重に歩を進める。一歩。二歩。不自然な箇所は無い。
腹部、脚部共に正常。
「どこもおかしくはありませんか?」
どこか心配そうな声。俺の耳に直接聞こえた訳ではないが、模型兵装の耳の位置にある集音機は俺に周囲の音を届けてくれる。
「あぁ、起こしてしまったか。済まない。挙動は今の所は大丈夫だ。今から肝心な戦闘起動を少し試してみる」
答えも、顎を抑えられた口からでは無く模型兵装の口の位置にある拡声機から、やや割れた声となって出る。
「お出迎えもせず、申し訳ありません…お恥ずかしい限りです」
「謝らないでくれ。無理をさせてしまった俺が悪い」
「…はい」
機体を操り、人間で言う所の尾てい骨に当たる部分に右手をやり、手探りでつまみを捜し当て、ひねる。
僅かな振動音。今まで少しだけ開いていた魔力抽出機の吸入口が大きく開き、操縦者から引き出す魔力を増やす。
閉じた瞼越しに、起動時よりも多くの魔力が飛び交うのが感じられる。
そして僅かな脱力感と引き換えに、機体を動かす上で感じていた抵抗の様な感覚から解き放たれる。
簡易起動時と同じ動作確認を行う。肉体を動かす時と変わらない、いや、それよりも機敏に、思い通りに動く。
続けて剣の基礎の型を試す。撃つ、受ける、かわす。まるで翼でも生えた気分だ。
「…勝てなくて当然だったのだな。簡易起動と戦闘起動でここまで違うとは」
戦闘起動は全力を出せるが消耗も激しい。一通り動作確認を終えたので速やかに簡易起動に切り替える。
呟きは小さすぎたのか拡声器には伝わらなかった。良かった。言っても仕方の無い愚痴を他者に聞かせる、そんな格好の悪い真似をしなくて済んだ。
「すみません。もっと早くお届け出来れば良かったのですが。結局、慣らし運転する時間も作れませんでした」
申し訳なさを帯びた声に振り返る。俯いた小柄な姿が映る。
「問題無い。ここから試合場まで距離も時間もある。試合開始までには慣れるさ」
「しかし…」
「実は、君は周囲から過保護だと言われていたりしないか?」
うつむいていた姿が顔を上げる。こちらの視点が高い上に映像が荒い為はっきりと見えた訳ではないが、少しだけ笑った気がした。
「そんな事はありません」
「やっと顔を上げてくれたな。君はその方が良い。万年最下位の俺が優勝するとは流石に言えないが…天才と呼ばれる後輩に、先輩として少しは良い所を見せないといけないだろう?」
「分かりました。期待しています。言われるまでも無いとお思いかも知れませんが、その機体は一般的な機体と比べて、耐久や出力は変わりませんが圧倒的に軽く、攻撃に重みが足りません」
その言葉に、腰に視線を移す。そこには一本の鋼鉄製の、模型兵装用の無骨な剣が佩かれている。
「普通に切りつけても効果は薄いだろうな」
「はい。なので振り降ろすよりはしっかりと地に足を着けて切り上げる方が効果的な筈です。それと、この機体は先輩ならではの独特の魔力の質を利用して、魔力線を従来の四分の一程の細さにする事に成功しました。その空いたところに硬度強化と再生の術式を詰め込む事で耐久を上げています。この2つの術式は講義で習ったと伺ったので問題ないでしょう。ただその変わり消費が激しいので、短期決戦を心掛けて下さい」
「そこまで考えてくれているのがありがたいよ。君は間違い無く最善を尽くしてくれた。感謝する」
「それこそ、礼の言葉は先輩が勝利した時に伺いましょう」
その時、試合が終了した事を示す鐘の音が響いた。予想よりも早い。太陽が2個分動くだけの時間が過ぎれば次の、俺が出場する試合が始まる。
この場所は会場からそれなりに離れている為、急がなければ間に合わなくなる可能性がある。
「それでは、行って来る」
「はい。ご武運をお祈りしています」
そして試合場に向かいながら、今に至るまでの出来事を思い出していた。