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八スキル目 物を壊すスキル

 この世界は生きやすくて良いね。

 以前、一緒に冒険をした異世界人がそう言っていた。

 彼女が言うには、こちらの世界は元居た世界と違って、女性でもなにかと生きやすいらしい。

 女性でも生きやすいとは? と言う問いに対しては何か曖昧に微笑むだけで教えてくれなかった。

 たぶん、ろくなことがなかったんだと思う。

 ところで、世界の違いで生きやすい、生きにくいなんてことがあるの?

 そう思ったけれど、生憎とこの世界に生まれ育った私には聞いたところでわからなかったと思うので質問はしなかった。

 ただ一つ言えることと言えば――きっと、私にとって生きやすい世界なんてのはないんだろう。


 だって私ってば、すごく不器用なんだもの。


 生まれついての不器用。それが私。私=不器用。不器用オブ不器用、不器用クイーンなんて言う渾名まで頂戴する始末だ。きっと、この不器用さは生前よりも前、前世の頃からの物に違いない。

 神様、不器用が生きやすい世界があるのなら、今すぐ転生したい所存です。

 あ、でも転生者だって言う異世界人から聞いたような死に方だけは勘弁して下さい。

 なんせあの人達、だいたいろくな死に方してないからね。

 私が死ぬ時は、お布団の上と決めているので。

 出来る事なら温かいお布団の中で眠りながら安らかに逝きたい……まあ、今は死にたくないけど。

 あ、そうそう、私は冒険者。名前はネイ。魔王を叩き切った一般人女性である初代剣神様に憧れて家を飛び出し、冒険者に身を落とした者であります!

 いやー、ね。なってみるとヤバいよ。冒険者って。驚くほど儲からないんだもの。

 一時の気持ちに流されて家を飛び出すもんじゃないね。私ってば、ほんとバカ。

 過去に戻れるなら、あの頃の私を張り倒して実家に閉じ込めておきたい。

 そんな私は元市民。普通に暮らして普通に死んでいくような取るに足らない存在だったわ。

 でも今はそんな取るに足らない身分より下も下の、ただの冒険者でっす!

 まあ、過ぎ去った過去を嘆いても仕方がない。

 永らく底辺を彷徨っていた私の人生も、ようやく上昇の兆しを見せてきたのよ!

 何やら辺境の山奥にある村が発展しつつあるそうで、住民を募集していた所へ私も応募し、見事移住枠を勝ち取ったのですよ! やったね!

 これで私も村人! でもあるんだけど、村着きって言う、村に居着く冒険者として活動していくことになったのよ。つまり、村人兼冒険者って所ね。

 こう言った冒険者は大半の同業者にはなめられたりする物だけど、これになる為には一定以上の冒険者経験期間と等級、読み書きや計算等の最低限の教養が必要だってことを知らないのが多い。

 なんせ冒険者はバカの方が多いもので……。

 と、バカが多い為に馬鹿にされがちな村着きだけど、言ってしまえば村着きの冒険者ってのはベテランなわけ! つまり私もベテラン!

 ……まあ、条件は全部ぎりぎりだったんだけどね。

 私の他にも優秀な人達が応募してたはずなんだけど、結構な数が審査落ちしたらしい。

 なんで私が受かったのかは知らないけれど、これで不安定な生活からは解放される!

 村着きの利点は依頼の報酬以外にギルドからも一定額の給料が出るのが強み!

 ぜいたくな暮らしなんて要らないから安定した生活をくれ!

 ここまでの人生の半生以上を費やして世間の辛さをしっかりと痛感した私は、二十歳を超えた辺りから常日頃そう思っており、そろそろ二十代の折り返し地点に来たところでこの話が出て恥も外聞もなく食らいついたのだった。

 どんな感じかって言うと――

「辺境の村の話なんだけど、そこで住民の募集が――」

「行かせてください!」

 ――こんな感じね。

 で、審査もきっちり受かった私は借り宿の契約を解除し、全財産の手荷物一つと仕事道具を抱え、乗合馬車に揺られて件の村に向かっているところだ。

「うふふふふ、ついに、ついに理想の安定した生活が……っ!」

 乗合馬車なので同乗者も一人居るのだが、そんなのはお構いなしに私はにやついていた。

 傍から見たら気持ち悪い女に見えただろうが、そんなのは気にしない。

 だって嬉しいんだもの! 笑うなって方が無理!

 十一歳で冒険者になって苦節十三年!

 華を通り越した二十四歳。残された人生は辺境の村で悠々自適な生活を送りたい!

 今更結婚とか考えられないし、特に子供が欲しいわけでもないし、そもそもそう言った縁とは無縁の生活を送ってきたから、悟りを開いた僧みたいにその手の欲求がないのよね。

 それに村着きってことは決まった所に住めるわけだし、一軒家とは言わないけど、ちょっとお高い宿の一室程度の広さの部屋は貰えるはず!

 あと、街で冒険者をやってるより余裕はできるはずだから、趣味の一つでも持ちたいなぁ。

 あ、最近流行りの魔ペットを飼うのも良いかもしれない。

 正直、魔物を飼うとか正気の沙汰じゃないとは思うけど、冒険の役にも立つみたいだし、検討してみよう。あっちで飼えるかな? 確かギルドの許可も必要なんだよね。

 あぁ、こうしてあれこれ考える時間も幸せだなぁ。

「うへへへへ……」

「あ、あの、大丈夫ですか……?」

 おっといけない。ついに人様に見せられないレベルの醜態になっていたらしい。

 向かいに座っていた女性が心配そうに話しかけてきたので、きりっとした体を装って答えた。

「ご心配なく。正常です」

「そ、そうですか」

 うーん、引かれてしまったかな?

 まあ、変な声をあげてへらへら笑っていた相手が正常とは思えないのも当然か。

 でもそう言う癖なので許して欲しい。これが私よ! ってね。

「あ、良かったらこれどうぞ」

 心配をかけたお詫びと言うよりはお目汚ししてしまったお詫びとして、この国の銘菓である『白の王妃』を一つあげた。

「あ、どうも」

「それ美味しいんですよ。新商品の『黒の皇帝』と迷ったんですけど、やっぱり定番のお土産ならそっちかなって」

「そうですね。こちらの方は包装も可愛らしいですし」

 どうやら女性もこの銘菓を知っていたようで、柔らかな笑みと共に返事をしてくれた。

「わかる! 可愛いですよねぇ」

 このお菓子、銘菓と言うだけあって個包装で綺麗に包まれていて、王妃様の影絵を囲むように国花の絵があしらわれていて、この国では一番の人気を誇っている。

 お値段はちょっとお高いが、平民にも手を出せる価格で非常に美味と言うこともあり、連日売り切れ必至のお菓子でもある。

 ちなみに、ギルドに来る依頼でこれの購入依頼もたまにあったりする程だ。

 一時期これにハマって、お店の人とはすっかり顔なじみになったなぁ。

 街を離れると食べる機会はほとんど失われてしまうけど、もう一生分食べたので悔いはない。

 なんならよく似たお菓子を自作できるし、問題はないのである。

「あ、所でお姉さんも例の村の移住者だったりします?」

「例の村? ああ、私はその村の者で、昨日まで買い出しに街へ降りて来ていたんですよ」

「あっ、そうだったんですか! お姉さんみたいな獣人族も居るってことは、差別とかはないみたいですね。よかったぁ」

「ええ、いい所ですよ」

 お姉さんは嬉しそうに答えてくれた。

 今は大分少なくなってきたけど、獣人族に偏見を持つ人って一定数は居るのよね。こんなに可愛いのに。まあ、そう言う見方も失礼だとは思うんだけど、可愛いものは可愛いから仕方がない。

 ああ、そうそう。このお姉さん、獣人族で種族特有の尻尾と耳が生えている。

 やけに小柄で猫系っぽいけど、なんて種族なんだろう?

 聞いてみたい好奇心はあるものの、獣人族の種族を尋ねるのはよっぽど親しい相手でもないとしちゃけないのよね。

 人族にも人種ってのがあるのと同様に、獣人族にも人種があるのは当然のことだし、わざわざ同族相手に「あなたの人種は何ですか?」なんて聞かないでしょ?

 そう言う意味もあって、相手の種族を尋ねるのはそこそこに失礼な行為になると、冒険者の駆け出し時代にしっかりと教わったもんね。

 その時教えてくれた先輩曰く「種族なんて見りゃわかる」とのお言葉だ。

 要は種族なんて見たまんまで判断しろってことね。

 まあ、そのお言葉のおかげで後にうっかりをやらかしたんだけど、それはまた別のお話。

 当時を振り返って思うのは、種族が違うと習慣も違うってことも教えて欲しかったなぁ。っていう点かな。まあ、そう言う所も含めて、見ればわかるってのは今だからこそ言える事ね。

 まあ、それはそれとして、現地住民がいたのはありがたい。せっかくだから村のことを教えてもらおうかな。

「あの、村のこととか聞いても良いですか?」

「はい、良いですよ」

 お姉さんからは快いお返事をいただき、私は村のことをいろいろと教えてもらった。

 ちなみに、お姉さんの名前はレティスと言う名前だった。

 どこかで聞いた気がする名前だったけど。はて、どこだったっけなぁ……?


 レティスさんの身元については、現地に着いてから判明した。

 と言うか、思い出した。

「ぎ、ギルドマスターっ?」

 まさかのギルドマスターでしたぁっ!

「はい、この村のギルドの長を務めさせていただいています」

 村に着いた後、レティスさんにギルドへ案内してもらって、着いてからの職員の対応で疑問が浮上し、ギルドマスターへの挨拶の為に部屋を伺ったところ、レティスさんがノックもせずに部屋の中に入り、奥の机に着いたところでようやく理解した私であった。おっそ!

 そもそも審査に受かった段階で名前聞いてたのにすっかり忘れてた!

「では改めて、ネイさん。ようこそお越しくださいました。私がギルドマスターのレティスです」

「へぁっ! は、はいっ、ネイでしゅ! よろしゅ、よろしくお願いしまつっ!」

 あーっ! 噛んだああああああああっ!

 盛大に噛んで真っ赤になる私に対してくすりと優しく微笑み、レティスさんは言ってくれた。

「ふふっ、そんなに硬くならないでください。これからよろしくお願いしますね?」

 女神かっ! 私、こんなギルドマスターの為ならちょっとヤバイ依頼でも喜んで受けるわ。

「はいっ! 頑張ります!」

「それじゃあ、早速で悪いのですが、ちょっとした確認とお仕事の話をしましょうか」

「あっ、わかりました」

 面接ですね。わかります。

「ネイさんは村着きの冒険者として移住を希望と言う事ですが、間違いはないですね?」

「はい! 間違いありません!」

「過去に村着きの経験はないそうですが、お仕事の内容は把握していますか?」

「はい! 経験者の人に聞いていたので、ある程度は把握しています!」

「わかりました。では、何かわからないことがあったら職員に聞いてくださいね」

「はい!」

「はい、本人意思の確認は取れました。ネイさんがこの村で最初の村着き冒険者ですね」

 あっさりと村着きになってしまった。でも、私が最初ってことは、他にも来るのかな?

「私以外にも誰か来る予定があるんですか?」

「はい、今後、村の発展状況に合わせて増員予定です。今回はネイさんを含めて三名ほど採用することになると思います」

 おぉ、三人かぁ。村の規模にしては多い、のかな?

「三人……依頼の数って多いんですか?」

「はい。ですが、難易度はそんなに高いものではなくて、短期で終わる物ばかりですね」

 ああ、細々としたのがたくさんあるのね。あるある。

 冒険者ってそう言う依頼をやりたがらない人が多いのよね。

「なるほど。あ、討伐依頼とかはありますか?」

 ここって国境近くの辺境だけど、すぐそこが森だし、魔物くらい居てもおかしくはない。

「殆どないと思います。この村には狩人が居ますので」

 狩人かぁ。魔物や獣専門の戦闘職だ。冒険者の中にも狩人を職業とする者は多い。

 あ、ちなみに私は槌使いって言う職業だ。

 鈍器を振り回すだけなので、ちょっと訳ありな私に向いた職業なんだよね。

「あー、それなら大丈夫そうですね。ですけど、あのぅ……書類にも書いてあったと思うんですが、私って、すっごく不器用なんです……」

「はい、恐ろしく不器用、と書いてありますね。ここまで書かれてしまうほど不器用と言うのは逆に興味があるのですが、具体的にはどれほどなんですか?」

「私、スキルの都合上、力加減が下手で、細かい作業とかも苦手なので、よく物を壊したり、生け捕りにしなきゃいけない獲物をうっかり殺しちゃったりで……」

「なるほど。では、力仕事は得意ですか?」

「得意と言うか、それくらいしかうまくできません……」

 魔物の討伐とか、荷物運びに関しては問題な――く終わらせたためしはないけど、いちばんマシな部類だと思う。うん。

「では物を壊す仕事なんていうのはどうでしょう?」

「えっ、そんな仕事がっ?」

 そんな、私の為にあるような仕事があるなんて!

「はい、正確には解体なのですが、村の古い建物の傷んだところを直すために一部を壊さなくてはならないんです」

「おー、なるほど。建物の解体……でもそれって、大工さんの仕事ですよね?」

 仕事を取っちゃうことにならないのかな?

「そうですね。ですが、今は村の拡張工事で建設も行われているため、手が足りていないんです」

「わかりました。そう言う事なら遠慮なくお手伝いさせていただきます!」

 何せ壊すのは得意だもんね!


 と言うわけで、早速お仕事開始!

 レティスさんは今日は休んでもいいって言ってくれたけど、仕事があるのなら、やらないわけにはいかない。

「えぇっと、ここかな? こんにちわー、ギルドから派遣されてきたんですけどー」

 ギルドで貰った地図を頼りに現場にたどり着くと、山奥の村には珍しい石造りの建物の解体工事が進んでいるところだった。

 親方さんに話しは通っているという事で、声を上げながらそれらしき人を探していると、向こうからやってきてくれた。

「お、ギルドからってことは姉ちゃん、冒険者か?」

「はい、解体工事の手伝いに来ました」

「そりゃ助かる。見た感じ、槌使いか。ってことは、壊すのは得意か?」

「大得意です!」

「よし、じゃあ、工事の邪魔になってる一枚岩の壁を壊してくれ。どうやって建てたんだか、でかすぎて動かせやしねぇ」

 一枚岩の壁かぁ。変に壊すと危なそうね。気を付けて壊さないと。

「了解です! で、どこですか?」

「おう、こっちだ。ついて来てくれ」

「はい!」

 親方さんについていくと、確かに大きな一枚岩の壁があり、その壁をどうにかしようと試行錯誤した形跡が見られた。

「これだ。倒そうにも深く埋まってる上に、掘り起こそうにもきりがねぇ。いっちょぶち壊してくれや」

「了解です! 結構破片が飛び散ると思うんで、方向を指定してもらえますか?」

「おっ、頼もしいな。それじゃあ、そっちの空き地側に向けてやってくれ」

「わかりました。あと、人が寄らないように注意してくださいね」

「わかってる。おい! でかい壁がぶっ壊れるぞ! 近くにいる奴らは距離を取れ!」

「お、やっとか!」

「おう! 姉ちゃん、ぶちかましてくれや!」

「はーい! じゃあ、行きますよー! せーのっ! っらぁっ!」

 愛用の大槌【撲殺丸】をおおきく振りかぶり、壁にたたきつけると、なかなかの手応えと共に大きな音を立てて壁が割れた。

「おぉっ! 割れた!」

「倒れるぞぉっ!」

 ずんっ、と、倒れた岩壁が地面を揺らした。

 うんっ! 我ながらいい仕事したわ!

「よーし、じゃあ次はこれを運びやすいように、そこそこの大きさに砕いてくれ」

「了解!」

 その後も私は親方さんの指示に従ってあれこれと壊していった。

 物を壊して感謝される日が来るとは、何とも感慨深いわぁ。

 で、ある程度の解体が済んで、いい汗かく頃には私の仕事もほとんどなくなって、周りを見る余裕ができた。

 この現場にいるのは大工さんよりも私のような冒険者や村の人達と言ったお手伝いさんの方が多いようだ。

 そのお手伝いさんの中にはまだ成人していないような子供も居るようで、そんな子供達の中にひときわ異彩を放つ子がいた。いや、正確には異才かな?

 そのきっかけとなったのが、大工さんの一人が色硝子が嵌った窓枠を持ってきたことに始まる。

「おーい、坊主。これ頼むわ」

「あ、はい。枠を壊すだけですね?」

 その子も慣れた物で、持って来た物を見て何をしたらいいのか察したようだ。

「ああ、できるか?」

「はい、大丈夫です」

 どうやら色硝子が嵌っている窓枠は錆びているようで、色硝子だけを外したいようだ。

 あの手の色硝子は綺麗な色合いを出すために薄くなっている物もあって、外すのも一苦労だと昔の知り合いが言っていたのを覚えている。

 私にはできそうにない作業だが、果たしてあの子はどうやって外すのだろうかと見ていたところ、なんと、その子は窓枠を木のトンカチでコンコンと叩き始めたではないか!

 なにやってんだと思わず目を見張っていると、すぐに異変が起きた。

「おっ」

 なんと、大工さんが見ている前で錆びた窓枠がぼろっと崩れ去り、色硝子だけが綺麗に残ったのである。

「はい、出来ましたよ」

「おう、助かる。また出たら頼むな」

「はい」

 とまあ、こんなやり取りがあった訳よ。

 気になるでしょ? 気になるよね? したらこうなるでしょ?

「ねぇねぇ、今の凄いね。どうやったの?」

「えっと、初めまして、ですよね?」

 おっと、馴れ馴れしすぎたかな? 冒険者稼業をやってるとついこうなっちゃうのよね。

「うん、今日からこの村の住人になったネイだよ。よろしくね?」

「あ、僕はユーグです。よろしくお願いします。えっと、僕に何か用でしょうか?」

 この子はユーグ君というらしい。

 パッと見は女の子みたいな顔立ちだけれど、よくよく見ると鍛えているのか引き締まった体をしている。まだ若いのにすごいなぁ。

「うん、さっきの見てたけど、器用なことするね?」

「ああ、あれは僕のスキルで壊したんです」

「ほう、スキル」

 あんなふうに物を壊すスキルなんてあったかしら?

「はい、固定打撃って言って――」

 と、その子のスキルについて教えてもらった。

 それはいわばゴミスキルで、同じくゴミスキルを生まれ持った私は思わず親近感を抱いてしまった。

「そっかそっか、君もゴミスキル持ちなんだね。私と一緒だ」

「ネイさんも?」

「うん、私のスキルは――」


 破壊者 破壊力に上昇補正(極大)、器用さに減少補正(極大)、常時発動。


 これが私のスキルである。

 破壊力って言う、鑑定によるステータス上に表示されない謎のパラメータが凄く上昇するらしいこのスキルは、対物破壊に対して特に効力を発揮するようで、ゴーレムのような非生物系の敵を討伐する依頼なんかでは大いに活躍できた。

 ただ、スキルに書いてあるように、このスキルは私の器用さをアホみたいに下げる効力も持っており、私の不器用さの原因ともなっている。つまり、攻撃をよく外すのね。むしろ、ほぼ外す。

 そんな私が攻撃を当てられる条件は相手が大きくてかつ止まっている場合くらいなのだ。

 しかもこのスキル、常時発動なので、私の日常生活にも関わってくる。

 あとは私の渾名から察して欲しい。

 結果、このスキルは大きなメリットに対して同じかそれ以上のデメリットも伴うという、なんとも中途半端なスキルと言う評価であり、ゴミスキル認定されてしまっている。

 なんせデメリットを伴うスキルって言うのは種類が少なく、あったとしてもそれ以上のメリットがある為、私のスキルはそう言ったスキルの中では最底辺に位置するってことになるのよね。

 と、スキルの説明を終えた私は、改めて少年と向き合う。

「と言うわけで、ゴミスキル同士、よろしくね?」

「あ、はい。よろしくお願いします」

「それにしても、ユーグ君のスキルって本当にゴミスキル? 固定ダメージとか、かなり珍しいと思うけど」

 実際に持ってる人を目にしたのは初めてだけど、どんなに硬い防御力を持つ相手でも確定でダメージが通るんだとか。

「珍しくはあるみたいですけど、僕のスキルってスキルレベルを上げても一ダメージしか与えられないんです」

 ありゃ。確定とは言え、一ダメージかぁ……うん、ないな。

 強い魔物とかになると体力は推定値で数十万を超えることもあるし。

「あー、それは何とも……最大レベルに期待、かな?」

 スキルの中には最大レベルで化ける物もあるとか。

 まあ、滅多にないそうだけど。

「いえ、僕自身、戦闘職になるつもりはないので、別にいいんです」

 慰めのつもりで言ったけど、ユーグ君はまったく気にしてない様子。

 うん、戦闘職は危険だし、賢明な判断だと思う。

「あ、そうなんだ? じゃあ、ユーグ君は将来何になるの?」

「あー、えっと……まだ決めてません」

 それもそっか。まだ未成年みたいだし、すぐに決めるようなものでもないもんね。

「ん、そっかそっか。まだ若いんだし、ゆっくり決めると良いよ。ちなみに何歳?」

「十二歳です」

 若いっ! 成人までまだ三年もある! 羨ましい!

「若いなぁっ! 私が同じくらいの頃なんて……あー、冒険者になって一年目だったっけ」

 一番きつかった時期だわ。

 スキルのせいで使い物にならないってんで、パーティーを組んでくれる人もなく、一番稼げる討伐系の依頼はできなかったから、採取系の依頼でどうにか食いつないでたなぁ。

 なんなら身体を売ろうかと本気で迷ってた時期でもある。

「え、ネイさんって十一歳で冒険者になったんですか?」

「そうそう、初代の剣神様に憧れてねー」

「剣神様に初代なんて居たんですか?」

 そりゃ居るよ。

 とは言え、剣神の名前が大きく広まったのって、今代の人がきっかけだもんね。

「あー、今代の剣神様が有名になり過ぎて忘れられがちだけど、剣神って言う称号は新しい剣神様が現れるたびに付けられててね。今代で七代目なのよ。で、初代様は市民上がりの一般女性で、鉄剣一本で魔王を叩き切った凄い方なのよ!」

「うわぁ……ニーアさんみたいな人がそんな昔にも……」

 そうそう、今代の人も初代様と似た偉業を――ん?

「ん? ニーアさん? 今代の剣神様と同じ名前だけど、知り合い?」

「えっ、知らないんですか? この村の住人ですよ?」

「えっ!」


 ギルドへの報告も終えてお仕事が完了した後、ユーグ君にお願いして今代の剣神様が経営しているというパン屋さんに案内してもらった。

 時刻は夕方頃、お腹も空いてきたので、今日はここで晩御飯を買って行こう。

「おぉ、ここが今代の剣神様、生誕の地……」

「そんな大げさな」

「いやいや、剣神様に憧れて冒険者になった身としては中々に感慨深いもんよ?」

「そうですか」

「そうなのです」

「えっと、入ります?」

「うん、今日の晩御飯はここのパンにするわ」

「じゃあ、入りましょう。晩御飯に良さそうなのをお勧めしますね」

 あらやだ良い子! こんな子を息子にしたい人生だった。

「お願いね」

 ユーグ君同伴でパン屋さんに入ると、何やらパン以外の芳しい香りもする。

「あら、美味しそうな匂い。パン以外も売ってる?」

「たぶん、総菜パンの匂いですね」

「あー、異世界パン! ここでも異世界パンが食べられるんだ?」

 異世界人によって広められた、日持ちがしない代わりにガッツリと食べられる総菜パンや、甘い菓子のような菓子パンは、街に居た時によく食べていた。

「ここのパンは地物で作られた物ばかりなので、街で見かけないものが多いんですよ」

「確かに、ぱっと見じゃわからないものが多いわ。と言うわけでユーグ君のお勧め、お願いね?」

「はい、あ、嫌いなものとかありますか?」

「ないわ。なんでも食べるわね」

 むしろ何でも食べてきたからか、ゲテモノも余裕でいける口だ。

 そのせいか何なのか知らないけど、五年位前に鑑定された時、素質に悪食って言うのが付いていたのはいい笑い話だ。

 あ、でも金属は勘弁。あれは食えたもんじゃない。食べられるのはせいぜい石までかな。

「じゃあ、まずは定番のカレーパンですね」

 カレーパン。確かに定番だわ。

「カレーパンは街にもあったけど、この村のはどんな感じ?」

「季節の山菜と地鶏が使われていて、すごく美味しいですよ?」

 山菜か……金欠の時はお世話になりました。

「いいわね。二つ買いましょう」

「じゃあ、二つと。あ、幾つくらい食べます?」

「この大きさなら五個くらいかしら。余ったら明日の朝に食べるわ」

「じゃあ、あと三つですね」

「あ、それと食後の菓子パンは別に三個くらい欲しいわね」

「ネイさんって、すごく食べるんですね」

「槌使いは身体が資本なのよ」

 職業や諸々の補正で軽々振り回せるとはいえ、結構体力使うのよ。

「その割には痩せてますよね。引き締まっているというか」

「うん。私ってば太らない体質なのよね」

 言った瞬間、パン屋の空気が冷えた気がするけど気のせいね。

 他に居る女性客の視線がやけに私に集中しているのも、きっと気のせいね。

 ……いやぁ、迂闊な発言に気を付けないと。私のスキル、話術にも影響してない? こんなとこまで不器用にしなくていいのよ?

「え、選んじゃいますね?」

「うん、お願いします」

 残りはユーグ君に任せて、私達はそそくさとパン屋を出た。

 剣神様は奥でパンを焼いていたようでお姿は見かけられなかったけど、今後はこの村に住むから、いつでも会えるもんね。


「じゃあ、僕はこれで」

「うん、ありがとねぇ」

 買い物に付き合わせてしまったユーグ君を家(屋敷! イイとこの子っ?)まで送ってから、地図を頼りに今度は自分の家の方へと向かう。

 そう、自分の家だ。憧れのマイホーム! 生きてて良かった! ひゃっほぅ!

 驚いたことに、村着きになるにあたって、拠点となる家が貰えたのよね。

 新築ではないけれど、築五年の空き家とのことだ。

 まっすぐ仕事に向かったから、まだ実物は見ていないけど、かつてこの村を拠点に活動していた冒険者の持ち家だったらしい。その人は村着きってわけじゃなかったみたいだけど。

 あ、家が空いたのは持ち主が死んだとかじゃなくて、一年ほど前に引退して街の方で暮らしているからだそうな。で、その際にギルドが買い取ったみたいね。

 ……はい、嘘つきました。まだ私の家じゃありません。

 一応、私の家でも間違いないんだけど、ギルドで管理している物件を借りている形になるから、いわゆる賃貸住宅と言う奴だ。

 でも、ただの賃貸住宅じゃなくって、村着きとして一定期間働いたら私の家になるのよね。

 月々の家賃として定額をギルドに収めて物件買い取り金額に達すると私の物になるらしい。

 すっごい良心的な設定でしょ?

 でも、家の汚破損等に関しては当然、私持ちになるので、大切に暮らしていかなきゃならない。

 まあ、私ってば物欲がないに等しいから物で散らかるようなこともないし、心配はないかな?

 とか何とか考えている間に我が家に到着! さて、どんな家かしらん?

「……おぉぉっ! すっげぇっ!」

 一軒家! それもなかなか立派な一軒家じゃないの!

 なにこれしゅごい。夢? 夢じゃない?

 試しに二の腕辺りをぎうっと抓ってみた痛かった。

「あっ、痛い……夢じゃない。えっ、って言うか本当に?」

 それでも信じられなくて貰った地図と辺りを確認して見比べてみるが、間違いなく私の家だった。

「おっほぉぉぉ……っ!」

 変に興奮しすぎて変な声が出た。恥ずかしい。歳を取るってやーねっ!

「んんっ! よ、よし、入って見よっかな?」

 自分の奇声を年齢のせいにしつつ、貰った鍵を使ってドアの開錠を試みる。

「開いたっ。おじゃましま――じゃなくってただいまぁ……」

 そっとドアを開けて中に入ると、夕暮れで薄暗い部屋の中は今日から生活できる程度には掃除が済んでおり、新生活に必要そうな調度品類は完備、奥に進むと寝室があり、部屋の隅に鎮座したベッドには温かそうな布団まで敷いてあった。

 えっ、なにこの至れり尽くせり具合。私絶対この村に骨を埋めるわ。

「えぇっと、灯り灯り……」

 手荷物から魔石灯を取り出してテーブルの上に置き、部屋の中を見渡していると、天井に照明らしきものがあった。

「おっ、照明付きなんだ」

 人間、日が暮れたら眠るものだし、部屋に照明がついているのは中々珍しい。

 と言うか、大体魔石灯で充分なのよね。

「どれ……うわっ、まぶしっ!」

 試しに照明を点けてみると、真昼間のような明るさ! これかなりいい魔石灯を使ってるわ。

 あ、ちなみに魔石灯は魔石って言う魔物とかから採れる石を使ってて、魔石自体は消耗品である。

 えぇっと、異世界語でなんて言ったっけ? 電池? だったかな? そんな感じ。

 あ、でも食えるのよね。あれ。普通は食べないみたいだけど。モノによっては美味なのよ。

「うん、もったいないから消そう。って言うか普通の魔石灯で十分だし」

 なんなら油灯なんかで十分ね。冒険に必要だったから魔石灯は持ってるけど、今後は冒険をする機会も減るだろうし。

「油灯はあるかな? ちょっと探してみよう」

 部屋の中をあれこれと探してみると、油灯は普通に用意されてあった。

 さすがに油は入ってなかったけど。今度買わなきゃ。

 どうやら先住民は日用品の類ごと、この家を売ったらしい。なんとも太っ腹である。

 冒険者だって言ってたし、かなり儲けてたのかな? 冒険者として成功したようで羨ましい。

「あっ、ご飯食べよ」

 そう言えばお腹が空いてたんだった。

 唸りを上げるお腹を黙らせるため、私は夕飯を頂くことにした。

「ふっふっふ、剣神様が焼いたパン!」

 ずびゃっと袋から取り出したるはカレーパン!

 カレーパンは街に居た頃もよく食べてたけど、ここのは地鶏と山菜が具に使われてるとのことだ。

 そんなの美味しいに決まってるじゃない!

「あんむっ! むぐむぐ……ぅんまっ!」

 山菜って言ってたから癖があると思いきやそんなことはなく、程よい苦みが脂ののった地鶏との相性ばっちり! と言うか、具材がとろとろなのに、しっかりと個々の具材の味がわかるのが凄い!

 そんな中身が美味しいのは勿論、それを包むパンは表面がざっくり、中はもっちりとしており、その食感がカレーと調和していて素晴らしい!

「あー、これは毎日食べられるわぁ」

 流石に毎食となると重いけど、一日一個は食べたい。

「それにあそこのパン、一個当たりの単価も安いし、お財布にも優しいのよね」

 とはいえ、だ。

 さっき家の中を見た際にしっかりとした台所があったし、自炊もしたい。

 と言うか、久しぶりに手の込んだ料理を作りたい。

 冒険者をやってると大体は屋台や食堂等の外食になってしまいがちなので、自分で料理をする機会はあまりない。

 スキルのせいで不器用だってのはあるけど、これでも簡単な料理くらいはできるのよ?

 手の込んだ料理ってのは技術を要するものじゃなくて時間が必要なものね。

 ほら、ローストチキンとか、じっくり火を通すようなの。

 ああいうのは下味付けて軽く寝かせた後に弱火でじっくり火を通すだけだから、不器用な私でも美味しく作ることが出来る料理なのよ。その分、時間がかかるんだけどね。

「よし、休みの日にやってみよう」

 とりあえず明日は依頼をこなしつつ美味しい地鶏を売ってるところを探さねば!

 と、考え事をしながら食べていたら二つ買ったはずのカレーパンは私の胃袋の中に消えていた。

「……明日も買おう」

 あと考え事しながら食べるのもやめよ。だって味わえないんだもの。

 私はパンを食べることに集中することにした。


「……ふう、美味しかったぁ……」

 買ってきた総菜パンは全て平らげた。ちょうど腹八分目って所かな?

「あ、飲み物忘れてた」

 水瓶に入ってるかな?

 そう思って魔石灯片手に水瓶を探し、台所で見つけたそれを確認するが、流石に入ってなかった。

「よし、どこかで買って来よう」

 この時間に井戸で汲むのは危ないし。あと沸かすのがめんどい。

 あ、そう言えばこの村って温泉あるんだっけ? その辺りなら飲み物が調達できそうね。

「えぇっと、地図地図……あった。ここね」

 どうやら温泉は二か所にあるようで、村人用の温泉とそれ以外とで分けられているようだ。

 ……私は村人扱いで良いのよね? まあ、さほど距離が離れてるわけじゃないし、行ってみよう。

 お風呂道具一式を持って、家の鍵を掛けてから温泉に向かう。

 どうせ飲み物を買うなら温泉に入ってからにしようという魂胆ね。

 うーん、それにしても、夜は涼しくていいわね。

 季節はまだ夏とは言え、既に後半に差し掛かっており、これから秋に向けて冷えて来るだろう。

 ここは山間だし、冬支度もぼちぼちしないとなぁ。

 やっぱ冬になると雪搔きに駆り出されるかな?

 冬の雪搔きはそこそこのお金になるから、意外と冒険者受けの良い仕事だったりする。

 街に居た頃は夜間に大雪になったりするとギルドの緊急依頼が発生し、ギルド職員と冒険者総出で雪かきをしたっけ。朝になると街の人達が起きて来て手伝ってくれるのよね。

 雪搔きが終わる頃に配られる炊き出しのスープが、やけに美味しかったっけ。

「この村ではどうしてるんだろ」

 まあ、まだ先のことだし、その内誰かに聞いてみよう。

 と、緩やかに吹く夜風に当たりながら夜道を歩いていく。

 この村には夜間に灯る外灯が道に沿って点々と置かれており、程よく道を照らしている。

 街の街灯などと比べると明るさは劣るものの、不便ではないし、むしろこの薄暗さが何となく心地よくすら感じるくらいだ。

「街の夜は明るすぎたわね……」

 明るい方が経済効果が上がるとか犯罪率が減るとかどうとか街長が言っていたけれど、そんなのは昼間にしっかり買い物を済ませて夜間に出歩かなければいいだけの話だと思うのよね。

 なぜわざわざ暗い中を外出するのか。これがわからない。

 のっぴきならない事態なら仕方がないけど。

 って言うか、それ位で犯罪率が減ったら何のために衛兵や冒険者が夜の街の見回りをしてんのよって話よね。

「おや?」

「お?」

 前方から歩いてきたこの村の防人隊の人っぽい格好をした女性が声を上げ、反射的に声を返してしまった。

「あ、すみません。見かけない顔だったもので」

 なるほど。

「いえいえ、こちらこそ初めまして、今日からこの村でお世話になっている冒険者のネイです」

「あっ、冒険者の。初めまして、防人隊のお手伝いをさせていただいているセリアと言います」

 セリアさんね。あれ? でもお手伝いってことは……?

「お手伝いってことは……未成年?」

「はい」

 セリアさんじゃなくてセリアちゃんだった。

 全ての村がそうだってわけじゃないんだけど、基本的に村住まいの子供達は成人するまでは正式に働くことが許されず、未成年の間はお手伝いと称して働きながら仕事を学ぶことが許されているそうな。

 それにしても――

「大人っぽいねぇ」

 セリアちゃん、どう見ても未成年の身体つきじゃないわ。

 雰囲気も大人っぽいし。

「そ、そうでしょうか?」

「ちなみに何歳?」

「十一歳です」

「じゅういちっ? はー、十一歳かぁ……」

 これでユーグ君の下なのね。年上にしか見えない。

 近頃の子供って、成長するのが早いのかしら? んなこたぁないか。

「あ、そうだ。これから温泉に行こうと思ってるんだけど、近くに飲み物って売ってるかしら?」

「はい、売っていますよ。すぐ傍に売店があるので、そちらで購入するのがお勧めです」

「ほう、売店があるのね。情報ありがと」

「あ、それと、村の住人用の温泉は名目上混浴となっていますが、男女で入る時間は分かれているのでお気を付けください」

「あ、それはレティスさんから聞いたよ。湯浴み着って言うのを着用すれば一緒に入っちゃっても大丈夫なのよね?」

「はい、それも売店で売っていますよ」

「色々売ってるのね。ちなみに今の時間は女性だけであってる?」

「はい、あっています。ゆっくりしてきてください」

「はーい。それじゃあ、お手伝い頑張ってね」

「はい、それでは」

「またねー」

 セリアちゃんと別れて温泉に向かい、無事到着。

 温泉は浴場が木の柵で囲われており、入り口兼脱衣所と思われる小屋が隣接している。

「で、あっちが売店ね」

 温泉のすぐ向かいには小さな建物があり、明りの灯った入り口にはわかりやすく売店と言う看板が掲げてある。

 売店の入口は開け放たれており、お風呂上りと思われる冒険者の女性達が買い物をしている様子が伺えた。

 んー、売店は後でいっか。まずは温泉ね!

 きちんと男女で分かれている更衣室の女性側に入り、衣服を脱いでいくと、傷だらけの裸身が顕わになった。

 ま、冒険者稼業をやってるとこれくらい普通よね。

 特に私なんかは前衛だったから、傷を負う機会は多かったし。

「……傷消しポーションでも使おうかしら?」

 この傷に関しては特に思う所はないけど、いい加減見苦しい気もするし、この先大きな怪我を負う事も少なくなりそうだし、そろそろ消しても良いかもしれない。

 ちなみに傷消しポーションは回復力自体はほとんどないに等しいが、体表の傷を綺麗に消してくれる効果があり、冒険者に限らず女性人気の高いポーションとなっている。

 また、お値段もお手ごろだ。

 そしてそのポーション、なんと、この村が原産地だったりする。

 もともと、こう言った古傷とか跡の残る傷を消すには、値段のお高いポーションを使わなければならなかったんだけど、この村で作られているそれは回復力がない代わりに傷だけをきれいさっぱり消すという事で、高いポーションと比較して随分と安くなっている。

 そんなポーションを作っているのが天才薬師と言われている――えーっと、なんだっけ?

「あ、そうだ、ナナリーさんだ」

「……なに?」

 ふいに聞こえた声に振り替えると、服を脱ぎかけの女の子がこちらを見ていた。

「えっ、あ! こ、こんばんわー」

 ぜんっぜん気付かなかった。勘が鈍ったかな?

 若干ドキドキしながら挨拶をすると、女の子は軽く会釈をして挨拶を返してきた。

「……こんばんわ」

「えっと、あっ、私、今日、この村に越してきたネイです。よろしくね?」

「……ん、ナナリー、よろしく」

 女の子はナナリーちゃんと言うらしい。ナナリーちゃんかぁ……ん?

「えっ、ナナリーちゃんって……あのナナリーさん?」

「……ナナリーは、この村に一人」

「えっ、じゃあ、ナナリーちゃんが、あの天才薬師っ?」

「……別に、天才じゃない。色々試すのが好きなだけ」

「はー、研究者気質って奴かしら? 昔会った錬金術師がそんな感じだったわ」

 と、会話をしながら脱衣を済ませ、ナナリーちゃんと一緒に浴場へ。

「おー、かなり広いわね……」

 この時間帯はまだ人が来ていないのか、私とナナリーちゃんの二人だけだった。

「……身体はあっちで洗う」

「お、ありがとね。ところでナナリーちゃんって、おっぱいでっかいわね。重くない?」

 隠しもせずに放りだしているナナリーちゃんのおっぱいは、身長のわりに大きい。

 これだと普通に生活するのも大変だろう。

「……重い。邪魔」

 わかる。超わかる。

「私も大きいからわかるけど、ほんと邪魔でちぎってやろうかと思ったこともあるわ」

 私の場合、身長も高いし前衛の宿命もあって筋肉質だしで、身体が重いのよね。

 その上、このデカい胸のせいで意識してないと猫背になっちゃうし、地味に大変だったりする。

「……わかる。同士」

「お互い頑張りましょうね。ところで、この村って女性用下着とか扱ってるところある?」

 胸の話しで思い出したけど、そろそろ下着がまずい。

 まあ、まだ着れないこともないんだけど、さすがによれよれの下着はまずいわ。

 だって、温泉を利用する時に他の人に遭遇したらみすぼらしい下着が見られちゃうし!

 さっきナナリーちゃんと話してる時も私の下着めっちゃ見てたし! ボロい下着でごめんね!

「……ある。けど、大きいのは別に作ってもらった方がいい」

「あー、やっぱり大きいのは別かぁ……ちなみにどこで作ってもらえるの?」

「ユーくんが作れる」

「ユーくん? あっ、もしかしてユーグ君?」

 あの子か。器用そうだとは思ってたけど、そんなことまで出来るのね。

「ん、おすすめ」

「そっか。おすすめかぁ……」

 巨乳の同士におすすめされちゃったら仕方がないか。今度会った時に頼んでみよう。

「……頼んでおく?」

「えっ、いいの?」

「ん、一緒に住んでる」

「あー、あのお屋敷かぁ。そう言えば子供達だけで住んでる家があるって聞いたっけ」

 こっちはレティスさんじゃなくてギルドのお姉さん情報だけど、あそこのことだったんだ。

「……私の仕事場でもある」

「そっかそっか。薬師だもんね。材料と道具が場所をとるって薬師の知り合いがぼやいてたわ」

「そう、実家が大変だった……」

「はえー、それでお屋敷かぁ」

 仕事の為にお屋敷を立ててしまうのはすごいなぁ。

 離している間に頭と身体を洗い終え、洗い場の湯溜めから手桶にお湯を汲み、頭からかぶった。

「んっ……ぷはぁっ。はー、さっぱりしたぁっ!」

「……豪快」

 と言う声がした方を見ると、ナナリーちゃんは手桶に汲んだお湯に髪を浸してゆすいでいるところだった。長くて綺麗な髪だとは思ってたけど、やっぱり手入れが大変よね。

「手伝おっか?」

「……いい、自分でやらないとユーくんに怒られる」

「あら厳しい。じゃあ、先にお湯に浸かってるわね」

「ん」

 一足先に湯殿の方へ向かい、ごつごつした岩に囲まれた湯殿にちょっと感激した。

「おー、わざわざ天然の温泉っぽくしてあるのね」

 この村の温泉は村の人が掘った物だそうで、貴重な観光資源の一つとのことだ。

 話に聞いた感じ、もう一つの一般開放されている温泉の方が広くて整っているそうだけど、私はこう言った野趣の溢れる感じが好きだ。

 冒険者時代、偶々見つけた天然温泉がこんな感じだったのよね。

 冒険の途中にお風呂に入れるという贅沢感が最高に気持ち良かったっけ。

「くっ……はぁーっ! ちょっと熱めでいい塩梅!」

 あとは泉質なのか、お肌がツルツルする。

 そう言えばここの温泉って美容に良いんだっけ?

 女性冒険者が殺到する温泉がある村って此処のことだったんだ。

 私も温泉は好きだけど、美容にはあまり興味なかったからなぁ……。

「今更肌を磨いてもなぁ」

 何となしに呟いたところで、背後から、ざぱーっと桶の水をひっくり返すような音が聞こえ、ナナリーちゃんの声がした。どうやら洗髪が終わったっぽい。

「……おねいさんは、美容に興味ない?」

 ぺたぺたと足音を立ててナナリーちゃんが近づいてくる。

「んー? そうねぇ。今まではそうでもなかったけど、これからはちょっと気を使った方が良さそうなのよね」

 何しろ村着きだし、村に骨をうずめるなら結婚も検討したいところだ。

 ……まあ、相手がいないんだけどね。

 なんにせよ、村着きとして暮らす以上、最低限の美容は意識しないとマズいと思うのですよ。

「じゃあ、私と一緒」

 ナナリーちゃんは十分だと思うけどなぁ。

 お湯の温度を確かめるように足先を浸けて、温泉の縁に腰かけるナナリーちゃん。

 うむ、眼福眼福! 何がとは言わんけど!

 やっぱ自分に付いてるのより他人に付いてるのを見た方が目の保養になるわぁ。

「おつかれー。ほら、一緒に温まろ?」

「ん」

 ちゃぷん、とお湯に浸かり、すいーっと傍に寄ってくる。

 うーむ、改めて美少女だわねぇ。

 ナナリーちゃん、言動がやぼったく見えるけど、素材は一級品である。

「ナナリーちゃんって、やっぱり男の子にモテる?」

 私が男ならこういう子を嫁にしたいわ。

「……そんなことない」

「あら、そうなの? ちょっと意外……」

「……私、ちょっと前まで、ずっと引き籠ってた」

「えっ、もしかして苛め? 村社会ってそう言うのがあるとは聞いたけど……」

「……違う。研究とかが楽しすぎて、つい」

「あー、没頭し過ぎちゃったかぁ」

 前述の錬金術師がまさにそのタイプだった。

 女性だったんだけど、髪は伸ばしっぱなしでぼさぼさだったし、なんか発酵臭がしてたっけ。

 ナナリーちゃんからも彼女と同じ匂いがするのよね。

 ……ああ、実際の匂いじゃなくて雰囲気的なものね? ご同類と言うか。

 とは言え、こうして出ているという事は引き籠りは脱却できているみたいね。

 そして、その理由はすぐに知る事となった。

「でも、ユーくんのおかげで引き籠りは脱出できた」

 と、ほんのりと口元に笑みを浮かべて言う。

 ほう、なるほど、なるほど。

「へぇ、ナナリーちゃんってユーグ君が好きなの?」

 他人の恋愛事情は大好物です。(真顔)

「……ん、たぶん。好き」

 あー、これは堪りませんわ。たぶんとか言ってるけど絶対好きなやーつ!

 あれよね。恋愛経験に乏しいから好きとかわからないってのもあるんだろうけど、きっとそれだけじゃないわね。

「もしかして、ナナリーちゃんとユーグ君って家が隣同士の幼馴染だったりしない?」

 元パーティーメンバーの二人が幼馴染同士で、まさにこんな感じだったのよね。

「っ! すごい、当たってる」

 ナナリーちゃんが吃驚している。この子、こういう顔もするのね。

「ふふん、お姉さんの勘はよく当たるのよー」

「……恋愛マスター?」

 それは私には過ぎた称号だわ。

「あー、いや、そんな大層なもんじゃないかな……」

 そもそも、まともな恋愛経験なんてないし。

「……そう。でも、たまにこういう事、相談させて欲しい」

「あら、私でいいの?」

「村の人達には相談しにくい……」

 なるほど。

「あー、確かに、そう言うのは身内には相談しにくいもんねぇ」

「そう、お祭り騒ぎになる……」

「わかった。じゃあ、みんなには内緒で相談に乗ってあげるわね」

「ん、ありがとう」

「どういたしまして。ところでナナリーちゃん、なんかいい匂いするわね。香水か何か?」

「ん、香料入りの石鹸を使ってる。女性冒険者の間では人気商品」

「ほう、そんなものが」

 と、ナナリーちゃんとの交流を深めたお風呂タイムであった。



「じゃあ、また」

「はーい、また今度ねー」

 お家に帰るナナリーちゃんを見送り、私は温泉の向かいにある売店へと足を踏み入れた。

 店内は魔石灯ではなく夜光草や夜光石等で飾り付けられており、それらの発光によって思いのほかに明るかった。あの薄ぼんやりした光でも、集まると侮れない光量になるようだ。

「おー、これはなかなか……」

 いい雰囲気ね。なんとも女性受けしそうな感じがする。

 店内は来る時に見たように女性冒険者が多い。主な目当てはお風呂道具や美容品の類のようだ。

 私の目当ての飲み物は、と……ああ、あったあった。

 飲み物は売店の売り子さんがいるカウンターの傍で売られているようで――なんだろあれ。

 硝子の棚……? の様な物に大量の瓶詰めされた飲み物が収まっている。

 棚の骨組みには金属が使われていて――あ、これ魔法金属だ。しかも表面に魔法言語が刻まれているから、何らかの効果が発動している?

「お客様?」

「あ、はいっ、なんでしょうっ?」

 ジーっと硝子の棚を観察していたら店員さんに話しかけられ、びっくりしてしまった。

「お飲み物をお求めでしょうか?」

「あ、はい」

 そうそう、私は飲み物が欲しかったのよ。

「こちら、お飲み物の一覧です」

 と、お品書きを見せてもらう。

 飲み物は数種類あるようで、一般的なものに加えて季節の物まであるらしかった。

 となれば、ここは季節のモノ一択よね!

「えーっと、じゃあ、この夏の果実乳ってのを一本。あとお酒の方も。それと、この湧き水の大瓶もくださいな」

「はい、それぞれ一本ずつと湧き水の大瓶ですね。全部で銅貨八枚になります」

「はい」

「ちょうどお預かりします。お買い上げありがとうございました。お飲み物を飲んだ後の空き瓶は村の回収屋に出すか、洗浄することで再利用できますので」

「はーい、ありがとね」

 確かに、結構良い瓶を使ってるのよね。大きいのは重宝しそう。

 回収屋ってのも気になるし、小さい方の瓶は回収屋って言うのに出してみようかな?

 売店を後にした私は、帰路に着きつつ果実乳と言うのを頂くことにした。お酒はお家でね。

 さて、どんな味かな?

「んっ……あ、これ、ポインが入ってる……」

 ポインって言うのは栄養価の高い果実で、産後の妊婦さんが良く食べている物なんだけど、これって豊乳作用があるのと、母乳の分泌を促す作用があるのよね。

 昔、貰い物を食べ過ぎて母乳が出てきた時は超焦ったっけ。心当たりもなかったし。

 あの時は大変だったわ。母乳のせいで胸が張って痛いし服は母乳で汚れるしで。

 まあ、そんなわけなので、ちょっとポインは苦手だったりする。美味しいんだけどさ。

 あ、ちなみに母乳はそれなりの量を食べないと出ない。もちろん女性限定だ。

「と言うか、これ以上胸が大きくなってもなぁ」

 正直困るし、要らない。

 まあ、買ってしまった以上は全部飲まないとね。

 ポインが入ってると言っても少量だろうし。

「……うん、味は美味しい。もうちょっと牛乳を入れても良さそうね。果実はなにかしら?」

 季節の果実と言っていたけど、この時期なら木苺や桃辺りかな?

「木苺は間違いなく入ってるわね。あとは――苔桃かな? 李も入ってそう」

 この辺りの植生はまだよく知らないけど、夏山の果実としてはこの辺りが該当する。

 なんで詳しいかって? 冒険者だからカナー。

 ギルドの講習で、夏の山で訓練したのはイイ想い出だわー。

「ふう、美味しかった……」

 ちょっとアレな記憶を思い起こされたけど、味は大変宜しゅうございました。


 さて、一旦家に帰って、買った物と風呂道具を置いた私は、再び外出していた。

 せっかくお酒も買ったことだし、晩酌のつまみを調達したい。

 確か、商業区画に夜間までやっている屋台があったはずだから、そこに行ってみよう。

 商業区に向けて歩き出すと、進行方向から「ふー、あっちかったー」と言いながら歩いて来る女の子がいた。年齢はユーグ君くらいかな?

「こんばんわー」

「あ、こんばんわー」

 挨拶をすると、暑そうにしていた女の子はニッコリ笑顔で返事をしてくれた。

 返しの速さと見事な笑顔から察するに、商売人の娘って所かしら?

「初めまして。今日からこの村でお世話になってるネイです」

「あっ、お姉さんがそうなんだ。初めまして! カナタですっ!」

 こちらのことを知ってるってことは、誰かから聞いたみたいね。

 流石は村社会、情報が伝わるのが早い。

 ……ナナリーちゃんは知らなかったみたいだけど、あの子に関しては知らないことに納得できてしまうわね。

 あ、ついでだから、何か良さそうなお店が無いか聞いておこう。

「ねぇ、カナタちゃん。あっちから来たってことは商業区には詳しかったりする?」

「はい、今日の昼間はお手伝いであっちに居たので、それなりに」

「よかった。私これから晩酌のお供に良さそうなものを買いに行こうと思ってるんだけど、おすすめのお店とかある?」

「うーん、晩酌かぁ。うちの母は焼き鳥や唐揚げを好んで食べてますけど」

「焼き鳥……地鶏の?」

「はい、地鶏と言っても、この村では普通の種なんですけどねー」

 あの美味しい鶏肉がこの村での当たり前……ここは天国か?

 鶏はカレーパンでいただいたけど、晩酌は別腹よね。

「美味しい焼き鳥の屋台とか、ある?」

「ありますよー。ハンスさんの所が一番かな? 特製のタレが絶品だってお母さんが言ってました」

 特製のタレ! それは食べなきゃ損ね!

「屋台の特徴は?」

「屋台の登りにハンスの美味しい焼き鳥って書いてあるのですぐわかりますよ。ただこの時間だとすぐ売り切れに――」

「ありがと! すぐ行くわ!」

「あ、はーい、がんばってねー!」

 カナタちゃんの応援を背に、私は商業区へと急いだ。

 カナタちゃんの言っていた通り、焼鳥屋の登りはすぐに見つかり、まだ混む前だったらしく、店主にギョッとされながらも私は無事に焼き鳥を買えた。

 この屋台の焼き鳥はシンプルな塩味の他にタレが二種類あり、今回はタレ二種類を一本ずつ購入させていただいた。

 この屋台の焼き鳥はゴロっとした赤ちゃんのこぶし大の大き目なお肉が串に五つも刺さっており、一本でも十分な量なのだ。お値段も一本で銅貨一枚とお得!

 お肉に掛かっているタレは塩と胡椒をベースに刻んだ大蒜と葱を和えた葱塩ダレと甘い果実酒とダイズ調味料って言うのを煮詰めた物に南方から入ってくる唐辛子と言う物――過去に果実と勘違いして痛い目に遭ったっけ――を使い甘辛く調整した甘辛ダレだそうで、後者のタレは最近出来た物なんだとか。

「はー、いい匂い……」

 今すぐ齧り付きたいが、家まで我慢――からの、はい到着!

 早足で家にたどり着き、買っておいたお酒を取り出して、焼き鳥を御皿に盛って――

「いただきまーす!」

 まだ熱々の焼き鳥を一口! 最初は葱塩ね!

「んぅー! おいひいっ!」

 じゅわっと溢れる肉汁と香ばしく焼けたお肉が美味しい!

 お肉だけでもこんなに美味しいのに、このタレよ!

 ピリッとした胡椒の風味、葱と大蒜の風味と旨味が程よい塩味によってまとめられていて――つまり美味い! 余計な言葉など不要! ただただ美味い!

「あー、ヤバいこれお酒飲みながらだと何本でもイケそう……っ!」

 もっと買っても良かったかもしんない。明日も買おう。

「あ……もう食べ終わっちゃった」

 口当たりの良い果実酒と交互に食べ飲みしていたら、一本目が終了してしまった。

 仕方がないので、もう一つの甘辛ダレってのを頂いてみよう。

「ふむ、こっちは新作だって言ってたけど……あむっ」

 拝啓 お父さん、お母さん。私、もうこの村以外で生きていけないかもしれない。

 なにこれうまっ! 甘辛いという言葉通り、甘辛い! 語彙力死んじゃうわこれ!

 なに、この……なに? 果実酒の甘さはわかるけど、ダイズ調味料ってやつの塩気と旨味? それに南方の唐辛子が合わさって甘さと辛さが喧嘩し合うことなく調和しているわ!

「甘いのと辛いのが分かり合えるだなんて……こんなの味の革命じゃないっ!」

 とか大げさなことを口走ってしまったけど、これはちょっと衝撃だわ。

 いやー、あのクッソ辛いのがこのタレに使われてるとは信じられないわね。

 でも、胡椒とは違ったヒリッとした辛さは、ちょっと懐かしい。

「そう言えば南方料理ではよく使われてるんだっけ」

 私は南方への冒険には行ったことはないけど、南方出身のパーティーメンバーが作ってくれた南方料理も辛かったなぁ。

 そして、甘辛ダレの方も完食。ついでにお酒も尽きた。

「ふぅ……至福だわ」

 お酒でちょっとぽわぽわしながらも、歯を磨いて寝る支度を済ませ、私はふかふかのおふとぅんに包まったのであった。

「おやすみぃ……」

 はー、結婚は別にとか思ったけど、やっぱ一人寝は寂しいわ……。

 あ、そうだ。ペットのこと忘れてた。明日、誰かに聞いてみよう。

 それにしてもお酒のせいか、妙に身体が熱い。と言うか火照る。

 ……あー、久しぶりの感覚。上手くできるかしら?

「……んっ」

 それから三十分ほどかけてごそごそし、無事スッキリした私は諸々の処理を済ませてぐっすりと眠りに就いたのだった。

 ……身体って正直ね。



「んっ……くあーっ、良く寝たぁ」

 朝の目覚めはやや気だるくも、頭はスッキリとした目覚めだった。

 鳥の鳴き声は聞こえるけど、まだ外は薄暗いから、時間的には早朝かな?

「んー、身体に異常なし、っと。よし! 今日も一日頑張ろう!」

 相も変わらずの健康体である。

 そう言えば五年位前から風邪とか引かなくなったなぁ。生傷は絶えなかったけど。

 布団を畳んで顔を洗って、昨日買ったパンを食べてから朝の身支度を整える。

「あっ、匂いとか平気かな……?」

 昨晩ごそごそして汗かいたからなぁ……うん、たぶん大丈夫!

 さて、陽も昇り始めたことだし、お仕事に行きますか!


「おはようございまーす!」

 と、ギルドに入ると、職員さん以外の姿がほとんどない。

 あれ、もしや出遅れた?

「おはようございます。お早いですね?」

 あっ、違った。私が早かったらしい。

「街に居た時はこれくらいの時間に来てたんですよね……」

「ここならもう少し遅くても大丈夫ですよ」

「みたいですね。どれくらいから混み始めるんです?」

「あと一時間ほどしてからですね。ですが、受付はできますから、依頼を受けていきますか?」

「お願いします。あ、私、昨日から村着きとして着任したネイです」

「はい、伺っております。初めまして、私は職員のシェリルと言います。受付を主に担当しておりますので、お見知りおきを」

「はい、よろしくおねがいします」

 と言うわけで、依頼を受けよう。

 昨日、レティスさんに教えてもらったので、ここでの依頼のやり取りについては把握済みだ。

 基本的に村着きの冒険者が優先的に受けて欲しい依頼の順番は次の通りだ。


 1.自身が所属する村の村人及び村に関する緊急依頼。

 2.発注時期の古い依頼。(※期限が設けられてない物でもある)

 3.自身への指名依頼。(村着きなので当人よりも村のギルド判断が優先される)

 4.村人が発注する依頼。

 5.村人ではない者が発注する依頼。


 まあ、こんな感じで、あとはご自由にってところかな。

 あと、注意事項として、新人向けのお手頃な依頼は受けないで欲しいとのこと。

 最近はこの村で活動する新人冒険者も増えてきているそうで、偶に依頼の争奪戦が発生することもあるらしい。

「で、肝心の依頼は、っと」

 ギルドでの依頼は職員達の手によって依頼書と言う書類としてまとめられ、建物の中心辺りにある大型掲示板に掲示される。

 で、冒険者達は掲示された依頼書を確認して、自身が達成できそうな物を選び、依頼書を受付に持って行って、許可が下りることでようやく依頼を受けることが出来る。

 ちょっとめんどくさいが、これは必要なことで、過去に色々と試してきた結果、この形態に落ち着いたのだとか。

 ちなみに街のギルドでは最新型のギルド証と受付機なるものが導入されて、これらの運びがスムーズになったものの、これまでの受付嬢が半数以上仕事を奪われる形で退職し、男性冒険者達からは大不評を買っていたっけ。

 最新型のギルド証は変更への手続きと更新に伴う追加料金の発生が面倒で私は手を出してなかったけど、使ってた人達は結構多かった印象だ。

「……ま、私はこっちの方が好きだけどね」

 掲示板にずらっと掲載されている依頼書はギルドならではの光景で、依頼人と記入した職員の特色が出ていてなかなか面白い。街ではすっかり見かけなくなった形式だ。

 この村のギルドでは掲示板の左右が危険度、上下で難易度を区別できるようにしてあるみたいね。

 危険度ってのは依頼で赴く場所や討伐する魔物の脅威度みたいなものを表しており、これが大きいほど命を落とす可能性が高い。

 一方で難易度は例え危険がなくとも希少度の高い物品の採取だとか、上に行くほど運が必要とされる要素が高い印象だ。

「ほー、これなら等級分けとかしなくてもわかるわね」

 自分の実力に応じて選べばいいだけだし。

 ギルドに所属する冒険者には、その貢献度や実績によって、等級って言う貴族で言う所の爵位みたいなものが付けられ、依頼書にも条件として○○等級以上と付いたり、掲示板自体が等級別に分かれていたりする。

 そして、冒険者はこの等級が高いものであるほどギルドでの地位や世間での信用度が高くなる。

 と言うのが一般的な認識であり、解釈だろう。

 と言うのも、この等級、実力がなくても金で買える。

 正確には、お貴族様が大金で冒険者を雇い、その冒険者と共に難易度の高い依頼を受け、達成することによって簡単に等級があげられるのよね。

 それが許されているというか、まかり通ってしまうのは依頼がしっかりと達成されてしまっている事と、実際の活動をギルド側が把握できない為である。

 あとは、等級を確保したお貴族様が単独で依頼を受けることはまずない。って言う負の信頼感からだろう。

 ……そのまずない。っていう事例で一度だけ駆り出されたことはあったけど。

「そう言えば、あの時の貴族のお嬢ちゃん。無事だったのかな?」

 クソガk――お坊ちゃんお嬢ちゃん共の中で唯一まともで、戦闘もこなせていたようだけど、怪我をしてたのよね。

「私をお嬢ちゃん呼ばわりするのは貴女位のものだな」

「お? あっ! 噂をすればなんとやら!」

 いつぞやの唯一まともだった貴族のお嬢ちゃん!

「影が差す、だ。新しい住人の報告書に知った名前があったから来てみたが、まさか本人だとは」

「いやいや、私だってこの村で再会するとは思わなかったわ。そう言えば、怪我は大丈夫?」

「ああ、完治したし、傷跡もない。あの時は言えなかったが、本当に助かった。ありがとう」

「いいっていいって! 緊急依頼で行っただけだし」

 そう、緊急依頼だったのよね。

 等級を取るだけで満足すればいいものを、同じ手段で等級を得たお貴族様同士でパーティーを組んで冒険に出るとか、正気の沙汰じゃない。誰だってそう思うし、私だってそう思った。

 で、等級と言う規則の盲点と言うか、ギルド証の等級を見た街の衛兵がなんの疑問も持たずに貴族の子供達を街の外へ出してしまったのよね。

 とは言え、その子供達は貴族が通う学校の生徒達で、すぐに事態を察知した学園側がギルドに緊急依頼を出したのは良い判断だったと思う。

 なんせ、この子以外はまともに剣も振れやしないクソガキだったんだもの。

「しかし、貴女が村着きか……」

「これでもベテランですからっ!」

「いや、あなたの戦闘力に関してはこの目で見たからわかってはいるのだが、村着きになるよりは等級を上げて稼いだ方が良かったのではないか?」

 それはない。絶対ない。

「いい? お嬢ちゃん。冒険者はね。日々癒されない仕事なのよ。精神的にも肉体的にも」

 幾ら私が強いったって、限度ってもんがあると思うの。

「そ、そうか……まあ、命の恩人がこの村に来てくれたのは嬉しい。私の名はクリスだ。まだ代理ではあるが、この村の領主をやっている」

「うん、よろしく――えっ、領主様っ?」

「まだ代理だ。いずれは父上の跡を継いでこの地方の領を治める予定だ」

 なるほど、代理ね。ちょっと前まで学生だったのに、見事な出世である。

 それとも貴族ってみんなこんな感じなのかな? わからん。まあいいか。

「そっかぁ。じゃあ、クリスちゃんね」

「一応、私は領主なのだが……」

 押せばいけそうな反応だけど、困ってるっぽいから止めておこう。

「冗談よ。クリス様ね。しかし、あのお嬢ちゃんがねぇ……」

「あまり人がいるところでお嬢ちゃんと呼ぶのは止めてくれ」

「ああ、隠してるんだっけ」

「隠しているわけではないぞ。私は男だからな」

 あー、なんだっけ。身体が女性でも魂が男性みたいな?

 そんな人が稀に居るんだけど、クリス様がそれに該当するらしい。

 と、過去に助けた際、本人に説明されたっけ。

 聞いたこっちですらややこしいと思うんだもの。本人はもっと大変だろう。

「男かぁ……まあ、かっこいいわよね。クリス様って」

「ふふん、そうだろう?」

 または美人ともいう。物は言いようである。

「あっ、所でクリス様? 何か依頼とかあったりします?」

「む、そうだな……いや、今はないな。何かあったら頼もう」

「はい、その際には喜んで承りますね」

「うむ、では、またな」

「はい」

 クリス様はすっと手を上げて去って行った。様になるなぁ。

 あ、さっきの依頼云々のやり取りは営業です。

 あのクリスちゃんが領主になってたのは驚いたけど、領主様なら繋がりを作っておくに越したことはないしね。個人的にも仲良くしたいし。

 ……変な意味はないわよ?

 それにしても、私の名前覚えててくれたんだ。

 あの時、緊急依頼受けてよかったわ。

「さて、今日の仕事は……よし、これにしよ」

 掲示板から古い依頼書を剥がし、受付に向かう。

 まだ誰も居ないし、さっき話したシェリルさんの所に持ってこう。

「お願いします」

「はい、確認させていただきます」

 依頼書を受け取ったシェリルさんが内容を確認し、別紙に必要事項を記入していく。

 一昔前だと依頼書は冒険者が持って行ったんだけど、依頼書の紛失や偽造、改ざんなどの不正があって、現在は受付時に別紙に必要事項のみを職員が記入する形式になったのよね。

 で、最後に仕上げのギルドの刻印を押印して完了、と。

 ちなみに、この書類を改ざんしたり悪用したらギルドの登録抹消と言う地獄のような目に遭うので要注意だ。登録抹消と言う社会的信用の消失は計り知れないのです。

「お待たせしました」

「はい、じゃあ、行ってきます」

「行ってらっしゃいませ」

 書類を受け取り、シェリルさんにお見送りしてもらっていざお仕事!


 はい、やってきたのは村のとある農家さんのお宅です。

「ごめんくださーい。ギルドからやってきた冒険者ですー」

 温泉の近くにある薬屋さんでもある、このお宅のご主人が依頼人なのだ。

 それにしてもこの薬屋さん、まだ朝早いって言うのに既に並んでいる商人達が居る。

 ナナリーちゃんの作る薬品類は街で噂になるほど有名だけど、こうまでして仕入れたいのかね。

「はいはい、ちょっと待ってねー」

 と、家の中から声がしてドアが開くと、ナナリーちゃんによく似た女性が出てきた。

 いや、ナナリーちゃんがこの人に似てるのか。

「おはようございます。村着きのネイです。ご主人は御在宅でしょうか?」

「あら、うちの人? それならもう畑に出てるけど……場所はわかる?」

 おぅふ、流石農家。朝が早い。

 ちなみに場所は貰った書類に書かれているのでわかる。

「あ、大丈夫です。念の為伺っただけですので」

「あらそう? それにしてもあの人、いつの間に依頼を出していたのかしら?」

「あー、これ、けっこう前の依頼みたいで……」

 なんせ、一年前の依頼だ。

「あぁっ! 新しい農地の! 受けてくれるのね。助かるわー」

「いえいえ、仕事ですから」

「じゃあ、お願いね」

「はい、任せてください」

 なんせ、今回受けた依頼は私の得意分野だからね!


 で、目的の畑――ではなく、ご主人が普段いる方の畑に到着した。

「お、あの人かな? すみませーん! トムソンさんですかーっ?」

「おや? ああ、何か用かな……?」

 ふむ、これは確かにナナリーちゃんのお父さんだわ。

 雰囲気がそっくりだ。

「初めまして、村着きのネイです。こちらの依頼を受けたので、お伺いしました」

「んー? おぉ、この依頼かぁ。助かるよ。どうにも土壌が固くてね」

「依頼書を見た限りだと、土壌を起こして農地にしたいという事ですが、宜しいですね?」

「うん、その通りだよ。お願いしてもいいかな……?」

「任せてください!」

 その為に私が来たのだから!

 ってなわけで、トムソンさんちの畑より少し離れた所にある荒地に来た。

 ……荒地?

「え、これが農地、になる予定の土地ですか?」

 思ったよりも硬そうな地面、あちこちに転がる岩、生え放題の雑草。

 誰がどう見ても荒地だわこれ。

「元々はただの空き地だからねぇ」

「な、なるほど……」

「一応、細々としたゴミは拾っておいたんだけどねぇ」

「あ、それは助かります。とりあえず、今日から取り掛かりますけど、期限はどうしましょう?」

 もともと期限のない依頼だけど、こうして取り掛かる以上は流石に無期限って訳にはいかないだろう。

「できるだけ早い方がいいけど、冬が来る前で構わないかな……」

「わかりました。じゃあ、早速始めますね」

「ああ、お願いするよ。私はさっきの畑にいるから、何かあったら知らせてくれるかな……?」

「はい、お任せください」

 畑に戻るトムソンさんを見送り、私はさっそく愛用の獲物を担いだ。

 私の撲殺丸は打撃部の反対側が杭型になっているので、硬い地面もなんのその!

「ふんっ!」

 籠手調べに一発叩き込むと、撲殺丸が地面にめり込み、亀裂が入った。

 うーん、思ったよりも硬い。今日中に終わるかなこれ? まあ、無理せず行こう。

 出来るだけ早い方がいいって言ってたし、一年も放置されてた依頼だから、出来るだけ早めに終わらせてあげたくはある。とりあえず目標は一週間以内!

「……よし、頑張ろう! ぃよいしょぉっ!」

 と、ドッカンドッカンと荒地を起こしていく。

 地面を壊し、岩を壊し、枯れた切り株を壊していると、そんな光景が珍しいのか、見学者がちらほらと出てきた。気持ちはわからないでもない。

 まあ、構わず作業を続けるけどね。

 そうして作業を続けて、太陽が登りきったところでお昼の休憩を取ることに――

「あっ、お昼ご飯忘れてた」

 仕方がない。何か買いに行こう。

 その前にトムソンさんの所に寄ってかないと。現場を離れるから報告しないとね。

 撲殺丸をしまってトムソンさんの畑に向かい、こちらも休憩をとっていたトムソンさんに声をかける。

「すみません、お昼ご飯食べてきます」

「ああ、わかったよ。ゆっくりでいいからね……?」

「はい」

 さて、お昼は何を食べようかな?

 昨日の晩御飯と晩酌で、この村の食べ物が美味しいことは把握済みだ。

 まずは商業区へ行ってみよう。

 そう決めて若干足取りも早く歩いていると、前方に見知った人影が。

「およ?」

 あの子は――

「カナタちゃん?」

「ん? あ、昨日のおねいさん!」

 ありゃ、これはまた懐かしい呼び方を。

「あははっ。その呼び方、昔のパーティーメンバーと一緒だ」

「えっ、そうなんですかっ?」

「ええ、まあ、そんなことより、今忙しい?」

「今は防人隊のお手伝いで見回り中ですけど、昼間なのでそんなに忙しくはないです。それにこれから休憩なんですよー」

 言われてみればカナタちゃん、革鎧を身に着けて弓を背負ってる。腰には矢筒も完備だ。

 そして、これから休憩らしい。

「それならちょうど良かった。お昼は奢るから、美味しい所を教えてくれない?」

「良いんですかっ?」

「もちろん。昨日、肴の美味しいところを教えてもらったし、お昼も期待していい?」

「任せてください!」

 自信ありげなカナタちゃんに連れられて向かうのは、どうにも商業区とは違う方向みたい。

「商業区じゃないのね」

「あ、はい。あっちも美味しいお店が多いんですけど、中央通りにある食堂が美味しいんです」

「中央通りね。あの辺りはいろんなお店があるんだっけ?」

「はい、村に入ってすぐ目の前ですし、ギルドに向かう通りでもあるので、初めてこの村に来る人でも用が済ませやすいようになってるんです」

「なるほどね。でも、そんなところにあると人が多くないかしら?」

 しかも美味しいと来れば人気店では?

「あ、大丈夫です。中央通りと言っても裏の方ですから。いわゆる隠れ家的なお店なんですよ?」

 ほほう?

「良いわねぇ。そういうお店は大好きよ?」

「えへへ、楽しみにしててくださいね」

 嬉しそうなカナタちゃんの様子に、こちらまでつられて笑顔になる。

 隠れ家的なお店かぁ。依頼でいろんな街に行っては、そう言うお店を探したっけなぁ。中には外れもあったけど。

 自分で探すのもいいけど、こうやって教えてもらうのもなかなか乙なものね。

 そして、中央通りの裏手に回り、ほとんど村人くらいしか見かけない道を歩いて行くと、それらしい立て看板が見えた。人もそこそこ入ってる辺り、それなりに知られたお店らしい。

「ここです!」

「へぇ、ここがそうなのね」

 お店の名前は立て看板と軒先に【リトの料理店】と書かれており、立て看板には本日のおすすめとして一角鹿のローストと書いて――一角鹿?

「一角鹿って、魔獣の一角鹿よね?」

「だと思いますけど、この辺りでは偶に見かけますよ?」

 偶にかぁ……あまりの目撃情報の少なさ故に、非常に希少な魔獣として扱われてるのが、ここでは偶に見かけるくらいには生息しているらしい。

 なんせ、その角には準蘇生薬の材料としての価値があり、血や肉は滋養強壮の効果があるとされ、生きる秘薬として乱獲された過去があるくらいだ。

「……よく似た獣かしら?」

「よくわからないですけど、一角鹿は美味しいですよ!」

 そうだった。私達は美味しい料理を食べに来たんだった。

「よし、売り切れる前に行くわよ!」

「はい!」

 お店に入ると、中は満席ではなかったけど、まばらに人は入っていた。

 店内は風通しが良く、上手く光を取り入れる構造になっているのか、室内でもしっかりと明るい。

「いらっしゃいませ。二名様ですか?」

 入店した私達を迎える店員の対応も早い。街のレストランみたいだ。

「はい」

「では、こちらへどうぞ」

 案内する姿も様になってるなぁ。ユーグ君。

「あの子、ここでも働いてるんだ……」

 席に案内してから「少々お待ちください」と奥に向かうユーグ君を見送りながら呟くと、カナタちゃんが首を傾げた。

「あれ? ユーグ君と知り合いなんですか?」

「うん、昨日、解体現場で一緒だったのよ」

「あー、解体工事のお手伝いかぁ。そう言えば行ってたっけ――敬語っ!」

「あははっ、気にしないで、普通でいいのよ?」

「……いいの?」

「ええ」

「えへへ、じゃあ、普通に話すねっ」

 うーん、可愛い。こんな妹が欲しい人生だった。

「カナタちゃん、私の妹にならない?」

「えっ」

「冗談よ」

 なんてやり取りをしていると、ユーグ君が戻ってきた。

「お待たせしました。お冷とおしぼりです。ご注文はどうしますか?」

 それは入る前から決めてた。

「一角鹿のローストを――二つでいい?」

「うんっ!」

「こちら、セット料理になってますが、よろしいですか?」

 あ、セットなんだ。じゃあ、他の注文はなくても良さそうかな?

 一応、内容を確認しておこう。

「セット内容は?」

「一角鹿のローストに白パンが二つ、香味野菜のスープ、葉野菜のサラダと飲み物が付いてきます」

「飲み物は選べるのかしら?」

「はい、紅茶と季節の果実水から選べます」

「カナタちゃん、飲み物は?」

「えっと、果実水でお願いします」

「私は紅茶をお願い」

 本当なら果実酒を頼みたいところだけど、このあとも仕事があるので我慢だ。

「かしこまりました。食後にデザートはいかがですか?」

「そうね……あとで注文してもいいかしら?」

「はい、それでは復唱します――」

 ――と、本当に街のレストランさながらの対応をするユーグ君すげぇ!

 なんて思いつつ、注文を伝えに行くユーグくんを見送った。

「なんというか……器用な子ね」

「ユーグ君、正気を疑うほどの訓練狂なんで……」

「そ、そうなの……あっ、それよりデザートはどうする? なにかおすすめはあるかしら?」

「あ、うん。ここのデザートなら木苺のケーキかシャーベットかな?」

「シャーベット?」

「氷菓のことだよ」

 こんな山奥に氷菓が。氷室の氷でも使ってるのかな?

「ああ、氷菓まであるのね。じゃあ、そっちにしましょうか」

「うん。お肉の後だし、さっぱりしたのが良いと思う」

「決まりね。じゃあ、注文した物がきたら頼んでおきましょう」

 その後はしばし待ちつつ会話をしていく中で、カナタちゃんがユーグ君を異性として気にしてるなーってのは何となく把握した。若いって良いわねぇ。

「お待たせしました。一角鹿のローストセットが二名様分です」

「お、来た来た」

「やったー!」

「ご注文は以上でよろしかったでしょうか?」

「あ、追加で食後のデザートに木苺のシャーベットを二つお願い」

「かしこまりました。それではごゆっくり」

 こちらの注文を受け、一礼してユーグ君は去っていった。凄いなぁ。

 まあ、それはそれとして、目の前の料理に取り掛かろう。

「んーっ、香ばしい匂い! この時点ですでに美味しいわ!」

「はぁぁ……おいひぃ……」

 うっとりとした声に釣られて前を見ると、カナタちゃんは既に食べ始めていた!

 早い! でもそれが正解だと思う! お肉は熱いうちがイイもの!

 私もお肉にフォークを刺し、ナイフで切り取って口に運んだ。

 ナイフ、フォーク共にスッと入って感触がほとんどなかった!

 こんなの美味しいに決まって――なにこれ死ぬほど美味しい……。

「――っ」

 もうね。言葉にならない美味しさよね。

 少なくとも、私の人生経験において、ここまで美味しいお肉はなかった。

 お肉の表面はしっかりと火が通ってカリッとしてるんだけど、中の方は半焼け半生状態なのに肉汁たっぷり。新鮮なお肉でもないと出来ない調理法だ。

 鹿肉ってことだし、ジビエだから癖があると思いきやそんなこともなく、むしろ山の恵みを感じさせる旨味が濃縮された肉汁はただただ美味しいとしか言えない。

「はぁぁ……生き物を食べてるって感じがするわ……」

 街では加工食品ばかり出回っていたし、安いからそればっかり食べてたけど、食べ物を食べるって、本来はこういうことよね。

「あ、わかる。ここのご飯を食べると、なんか元気になるんだぁ」

「あー、滋養強壮作用があるのよね。確かに、力がつく感じがするわ」

 一角鹿なんて初めて食べたけど、確かに見知った通りの効果があるらしい。

 ってことは本物なんだろうけど、なんで街で噂になってないのかしら?

 ……まあ、わざわざ広めるものでもないわね。と言うか、利権を求めて変なのがやってきても嫌だし、そっとしておくのが正解ね。

 何より、私達のお腹に入らなくなる可能性もあるわけだし?

 このことは暗黙の了解として黙っておくことにし、私はお昼ご飯を満喫するのであった。

 あ、デザートのシャーベットも、とても美味しかったです。

 何でも、カナタちゃんのお家から卸されてるものなんだとか。

 今日の仕事が終わったら買いに行こうかしら?


 と言うわけで、午後からも頑張ろう!

 トムソンさんに戻ったことを報告してから、私は再び荒れ地に立つ。

 まあ、午前中に半分以上起こしてるから、半分以上は農地の一歩手前になってるけどね。

 午後からは残りを堀り(叩き)起こして、砕いて運びやすくした岩を退けて行かないとね。

「ふっ!」

 どっ! と、撲殺丸を硬い地面に突き立て、掘り起こしていく。

 お昼ご飯の効能か、疲れはなく、身体の動きも中々いい感じだ。

「これなら夕方までには終わるかな?」

 ノリにノった私はそのまま土を掘り起こし続け、指定された一面の土を掘り起こし終えた。

 集中していたのであっという間だった。

 そして、時間はそんなに経ってないようで、まだ陽は高い。もうちょっとやって行こう。

「よしっ、岩の除去に取り掛かろ」

 砕いた岩はそこそこある為、必然と運ぶ岩(小)の量も多くなっているが、そこら辺は仕方がない。

 地道にやって行こう。

 とりあえず起こした荒地の中央から外縁に向かって黙々と岩を運び、すべて運び終える頃には陽がすっかり傾いていた。

「ふぅっ、一応、最低限の作業は完了したわね」

 まだ小石や木の根が残っているから、これらをどうするかをトムソンさんと相談しないと。

 育てる作物によっては小石くらいはあった方がいいし、木の根は細かく砕いておけば柔らかい土を作るのに使える。

 こう言った土地を農地にするには時間も手間もかかるのよね。

 新人時代を思い出すわー。

「さてっ、今日はこれで終わりにして報告ね!」

 そしてお風呂に入って晩酌!

 昨日は晩御飯の後にお風呂からの晩酌だったけど、昼食を抜いていたから良いのだ。

 元々、私は朝御飯、昼御飯、晩酌の食生活だからね。



「ふぅー、ごくらくごくらくぅー」

 って、どういう意味なのかしらね?

 なんか、異世界人から伝わった言葉らしいんだけれど、肝心の意味が上手く伝わっていなかったようで、なんとなくお風呂に浸かった時に使う言葉として浸透している。

 一説ではごくらく=天界のことだとか、すごく楽の頭文字が抜けてごくらくとして伝わってるとか、色々言われているけど、正直どれでもよい。

 まあ、そんな思わず口にしてしまう言葉のことより、明日からもしばらくトムソンさんの所の畑を手伝うことに決まった。

 正確には、あの辺り一帯の荒れ地を農地に変える為に掘り起こしてほしいと、ギルドの方からも正式に依頼が下った。

 何でも今後の住民増加に備えて作物の収穫量を増やしておきたいらしい。食べ物は大切だもんね。

 特別給も出るそうなので、二つ返事で了承しましたとも! いやー、幸先好いわぁ。

 で、今はお風呂の真っ最中なわけなんだけど――

「ナナリーちゃん、これまだ取っちゃだめ?」

「まだ」

 お風呂に行く途中で遭遇したナナリーちゃんに依頼されたのよね。

 頭を貸して欲しいって。お目当ては私の髪の毛みたいだけど。

 これでも女性だし、それなりに気を使っては居たんだけど、結構傷んでるのよね。私の髪。

 そんな現状を昨晩にばっちり見抜かれて、新しい商品の実験に付き合わされてます。

 なんかね、新しい洗髪剤と癒毛剤って言うのを試させて欲しいって言われてね。

 で、なんかいい匂いのする洗髪剤で髪を洗ってもらって、その後は癒毛剤って言うの髪に擦り込まれて蒸しタオルを頭に巻かれてます。いやぁ、暑い暑い。

 あまりに暑いもんだから、一緒についてきたカナタちゃんに飲み物のおつかいを頼んじゃったわ。

「これで髪の毛が良くなるの?」

「たぶん」

「そ、そう……」

 ナナリーちゃんからの依頼と言う事で喜んで受けたものの、ちょっと早まったかもしれない。

 いやでもナナリーちゃんは天才薬師だって言うし、きっと大丈夫なはず! 大丈夫よね?

 今のところ頭に異常は感じないし、むしろいつもよりもスッキリしてる気がするから、きっと大丈夫だろう。蒸しタオルで暑いけど。

「この時期の蒸しタオルはきついわね……」

「もうちょっと我慢して」

「あーい……」

「お待たせー! 飲み物買って来たー!」

 暑さでくじけそうになっていると、さっき「いってきまーす!」と出ていったカナタちゃんが飲み物を持って帰ってきた。

「……カナタちゃん、もしかしてそのまま出てった?」

「うん、タオルで隠してたし大丈夫だよ?」

 カナタちゃんの格好はついさっき出て行った時と同じタオルを二枚、胸と腰に巻いただけのあられもない格好だった。

 若者ってすげぇわ。怖いものなしね。

 ともあれ、飲み物を受け取って喉を潤す。

「っはぁー……温泉に浸かりながらの冷たい飲み物って贅沢ねぇ」

 ちなみに、村人用の温泉は飲食物の持ち込みは大丈夫だけど、汚したりした場合は自分で掃除をしなきゃならないので要注意だ。

 飲み物をちびちびとやりつつまったりしていると、隣でじっと私の頭を見ていたナナリーちゃんが立ち上がった。

「……ん、そろそろ外す」

「お、どうなったかな?」

「今回は私も手伝ったから楽しみだなぁ」

 どうやら今回の商品にはカナタちゃんも関わっているらしい。

 ナナリーちゃんがタオルをくるくると外していくと、するりと、まとまっていた髪が落ちてきた。

「お?」

 髪の感じがいつもと違う。

 いつもなら濡れた髪はペタッとしているのに。

「ん、上手くいった」

「おー、髪の毛がつやつやだぁ……」

「え、そんなに? 触っても大丈夫?」

「ん、平気」

「どれ――うわっ、なにこれ! ごわごわしない! 私の髪じゃないみたい!」

 指に絡まないし手触りも全くの別物だわ! 艶々してる!

「おねいさん的にこれどうかな? 女性冒険者にすごく売れると思うんだけど」

 確かに需要はあると思う。

 でも、全ての女性冒険者が身だしなみに気を使ってるわけではないと言っておこう。

「うーん、お値段次第かしらね。私もそうだけど、どうせ傷むことになるから綺麗にしても無駄って考える人も居るし」

 これだけの効果があるなら相当お高いだろうし、上級冒険者でもないと手が出せなさそうね。

「あ、お値段なら大丈夫だよ?」

「ん、一瓶、銀貨一枚」

「えっ、これで銀貨一枚っ?」

 初心者でも、ちょっと頑張れば稼げる額だ。

「ちなみに一瓶で何回分?」

 瓶の大きさはポーション等を入れるのに使用されている規格品と同じくらいだ。

 分量的にはコップ一杯の水くらいはあるから、結構な量と言えるだろう。

「これで十回分」

「十回……この状態は何日くらい持続するのかしら?」

「普通にしてたら一週間くらいそのままで、後は少しずつ傷んでくる。これを使わなくても、きちんと手入れをしてたら一月以上でも大丈夫だった」

「汗かいてそのままにしたりとか、放っておくと三日も持たないけどね」

 それでも二日はもつらしい。凄まじい効能だわ。

「なるほど……ちなみにそれで採算は取れるの?」

「取れる」

 一体何を使ってるのかしら……安すぎて逆に気になるわ。

「私はもっと高くてもいいと思うんだけど、おねいさんはどう思う?」

「この効果なら十倍の値段でも大丈夫だと思うけど、もし材料に希少な物を使ってるなら、きちんと詳しい人に相談した方が良いと思うわよ?」

「特に希少な物は使ってない」

「だよね。そこらで採れる物だし」

「そ、そう……」

 そこらで採れる物からこの効果って……薬師は一獲千金を狙える職業だって知り合いが言ってたけど、このことだったのね。

 密かに戦々恐々としていると、値段が決まったらしく、カナタちゃんが宣言した。

「じゃあ、とりあえず思い切って銀貨五枚辺りにしてみよう! 十枚は怖いし!」

 日和ったわね。

「ん、それでいい。売れたら新しい機材が買える」

 そして、また新しい薬が作られる、と。なるほど、儲かるわけだわ。

 まあ、だからと言って真似しようもないんだろうけど。

 こう言った分野で成功するには膨大な知識を蓄え、物にし、それらを有用に扱えるだけの発想と技術力を持っていないと張り合うだけ無駄だって知り合いも言ってたし。


 髪を艶々にされた私は、ナナリーちゃん達と別れ、お風呂上がりの飲み物を売店で購入した足で晩酌のつまみを買いに商業区へやってきた。

「んー、髪がまとまらない」

 髪が艶々になった影響か、髪をまとめるのに使用していた紐がするりと外れてしまうのだ。

 なので今は少しばかり長い髪をそのまま流しているんだけど、髪がさらさらと首筋に掛かってくすぐったい。髪留めでも購入しようかしら?

「いや、それよりも今夜のつまみね」

 私は時間もお金も、お洒落よりも美味しいご飯に費やしたい派なのです。

 と言うわけで、髪の毛はそのままに、商業区を歩いているんだけど、なんかやけに視線が集まる。

 とりわけ男性からの視線が多い気がするけど、何事だろうか?

「……ま、いっか」

 見られたからってどうと言う事はない。私は晩酌のつまみが欲しいのよ!

 今日は何を食べようかしらね? 昨日はお肉だったし、今日は野菜系が欲しい気分だ。

「……あれ? もしかして、ネイさんですか?」

「ん? あら、ユーグ君じゃない。こんな時間にどうしたの?」

「これからお風呂に行くところなんです」

「あー、男性はこのあとだったっけ。ゆっくりしてきてね」

「はい。ところでその髪、もしかしてナナちゃんの?」

「そうそう。見違えたでしょ?」

「え、えっと……」

「そう言う時は素直に、はいって言っとくものよー」

「あ、はい。でも本当に見違えたというか、すごく綺麗になりましたね?」

「でしょ? 私も驚いたもの。見てこれ、紐で留められないの」

「うわぁ、紐がするする抜けてく……女性の髪って不思議だなぁ」

 興味深そうに私の髪を見つめるユーグ君。そんな真剣に見られると照れちゃうわね。

 あ、出会いついでに聞いておこう。

「ところでユーグ君、お野菜の美味しい料理を売ってる屋台って知らない?」

 今は美味しい物を食べたい気分なので、探すよりも聞いた方が確実ね。

「野菜料理ですか? うーん、野菜がたくさん使われている料理でもいいならあります」

「それでいいわ」

「それなら、このまままっすぐ歩いて行って左手にある鉄板焼きって言う屋台のお好み焼きっていう料理が野菜たっぷりで美味しいですよ」

「ほう、お好み焼きね。ありがと」

「いえいえ、それじゃあ、僕はこれで」

「うん、足止めしちゃってごめんね。またねー」

 ユーグ君を見送って、言われた通りにまっすぐ歩いて行くと、鉄板焼きと書かれたのぼりを発見。

 って言うか、昨日の焼鳥屋のお隣さんだった。

 本日の焼鳥屋もだいぶ繁盛しているようで、お客さんの列ができていた。

 そして、それに負けないくらい繁盛している鉄板焼きのお店からは焼き鳥とはまた違った香ばしい匂いが漂ってくる。

「ふんふん、嗅ぎ慣れない匂いね。でも美味しそう……っ!」

 列の最後尾に並び、自分の順番が来る頃にはお腹も良い感じに空いていた。

 鉄板焼きのお店は熱せられた大きな鉄板に材料やらをぶちまけて調理して――るようにみえる。

 そんな大雑把な調理風景に見えるものの、キチンと料理は仕上がっているようで、それらしい物が鉄板上で次々と仕上がり、器へと入れられてお客さんに提供されている。

 あ、多分あの分厚くて丸いのがお好み焼きね! 美味しそう!

「いらっしゃい! ご注文は?」

 おっと、そうだった。

「あ、はい! ええっと、お好み焼きを一つと――それは何ですか?」

 お目当てのお好み焼きを頼み、ついでに鉄板上にあるパスタらしき麺料理を指して聞いてみた。

 こっちも野菜がふんだんに使われていて、茶色く色付いたちぢれ麺がなんとも食欲を誘う香ばしい匂いを放っていた。

「こいつは焼きそばだな。パスタとはまた少し違うが、美味いぞ?」

 焼きそば? 焼いたそばってこと? そばってなんだろ? 頼んでみよう。

「じゃあ、それもお願いします」

「はいよっ!」

 この屋台、三人の店員で回しており、注文と調理、調理と盛り付け、包装と会計と言った具合に役割を決めて回している為か、注文から会計の流れがきっちりできていて面白かった。

 何より、これから食べる料理が目の前で作られて行く様が特に食欲を刺激し、ほかほかと温かい料理を受け取った時にはそのまま開封して食べたい衝動に駆られてしまった。

 まあ? 私は淑女なのでそんなことはしないけどね?

 なので即座に帰ってじっくりと堪能させていただきました。

 ああ、これ絶対太るわ……こんな味を知ってしまったら、もう引き返せない。

 私のスキル、自分の脂肪とか破壊できないかしら?

 ……そう言えば、私のスキルって今どうなってんだろ?

 レベルによって性能が変化するスキルは多い。

 私のはああいう性能だから、レベルとか気にしてなかったのよね。

 ただ、不器用さは特に変化はないから、大して変わってないんだろうけど。

 この村にも鑑定士さんが居る筈だし、明日にでも鑑定してもらおうかな?



 ってなわけで、村に来て三日目の早朝。ギルドに行ってその話をしたら、鑑定士のお婆さんはもう起きて村を散歩してるから仕事前に鑑定して貰うと良いですよ。とのことだったので、お婆さんを探しに来た。

「えーっと、オババさんって呼ばれてて――ああ、なるほど、これはわかりやすい特徴ね」

 この村の鑑定士はオババと呼ばれているそうで、オババさんの外見などの特徴が記されたメモを片手に、無事オババさんを発見。

 村の広場のベンチに座って日向ぼっこをしてた。

「あー、居た居た。おはようございます。貴女がオババさんですか?」

「うん? おや、あんたが噂の村着きかい?」

「はい。そうです。えっと、鑑定をお願いしたいんですけど……」

「ふむ、鑑定かい。ちょっと待ちな。最近はこれがないとね」

 と、オババさんが眼鏡を取り出した。

「はい。眼鏡ですか?」

「ああ、すっかり目が悪くなっちまってね。これがないと良く見えないのさ」

「鑑定結果が?」

「ん? ああ、いや、そっちの方は問題ないのさ。むしろくっきりと見えて気持ち悪いくらいだね。こいつはあたしが結果を書くために必要なのさ」

「ああ、なるほど」

 鑑定結果は鑑定士だけにしか見えないから、紙に書く必要があるのよね。

 だからなのか、大昔には自称・鑑定士による詐欺が横行したんだとか。

 もちろん現在はその辺りの法整備もきっちりとしているので、自称・鑑定士はほとんどいない。

 ……それでもほとんどなのよね。

 とある異世界人が「馬鹿ってのは居なくならないもんなんだな」って言ってた。私もそう思う。

 ちなみにオババさんは国家鑑定士の資格を持っているようで、国に保証された鑑定士でもある。

 まあ、どこかしらの村にも街にも、こう言った人は必ず一人はいるもんなんだけどね。

「んじゃ、鑑定しようかね」

「はい、お願いします」

「ふむ――」

「んっ」

 鑑定を受けると、身体の外から内側まで見られているような感覚を受ける。

 これはスキルを作った神様が『黙って個人情報をのぞくのは良くない』と言う理由で付いた副作用みたいな物らしい。

 これには大昔から多くの異世界人がどうにかこの副作用を無くせないかと試行錯誤したらしいが、今もこうであることからお察しである。

 と言うか、何故無くそうとしたし。異世界人の考えることはわからないわ。

「――はい、終わったよ。変わったスキルと素質を持ってるねぇ」

 オババさんが紙に鑑定結果を書き込みながら言う。

 破壊者と悪食のことかな?

「スキルはゴミスキルですけどねー」

 でも悪食は素晴らしいと思う。お腹壊さなくなったし。

「……ふむ、ゴミスキルかい。一体全体、いつからそんな言葉が出来たんだろうね?」

「ゴミスキルの語源ですか? 大昔からある言葉だったと思いますけど」

「ああ、しかし、スキルってのは神様が与えてくれた物だよ? それをゴミってのはいかがなもんかと思わないかい?」

「あー、言われてみれば……」

 大変失礼な話である。神様ごめんなさい!

「まあ、その程度で怒りはしないとは思うけど、貰ったもんにケチつけるってのはおかしな話さ」

「確かにそうですね」

 昔に習った歴史の話だと、この世界が出来て間もない頃なんか、今みたいなスキルなんて存在しなかったらしいし。

「今の時代の子らは恵まれ過ぎているのさ」

「そうかもしれませんね……」

 私自身、冒険者になるまでは自分がいかに恵まれていたか気付かなかったもの。

 安定した生活、暖かな住居、毎日のご飯、綺麗な衣服、守ってくれる両親……あ、ちなみに両親とは和解済みです。かなり怒られたけど。

 でも、怒られるのより、母さんに泣かれたのが一番効いたわ……。

 引っ越しも済んだし、手紙を書かないとなぁ。

 ……ちょっと母が恋しかったりして。父さんは――別にいいや。

「なぁにしけた面してんだいっ」

「ぅひっ!」

 すぱぁんっ、と尻を叩かれた。我ながら良い音!

「ほれ、あんたの鑑定結果だよ」

「あ、ありがとうございます……あ、レベルめっちゃ上がってる」

 自分のレベルもそうだけど、破壊者のスキルレベルが九になっていた。あとちょっとで最大だ。

 最後に見た時が三だったと思うから、かなり成長してるわね。

「しばらく鑑定された痕跡がなかったけど、随分長いこと自分の状態を知らなかったみたいだね?」

 痕跡……鑑定士になるとそんなのもわかるらしい。

「ああ、はい。私の戦闘スタイルが基本的に目の前に来た敵を叩き潰すだけだったんで」

 基本的にそれで成り立ってたから、成長とかまったく気にしてなかったのよね。

「なるほど、いい仲間を持ったみたいだね」

「はい、みんな諸々の都合で引退しちゃいましたけど……」

 年齢、怪我、結婚、冒険者が引退するのは仕方のないことだけど、パーティーが解散するのはちょっとだけ寂しかったなぁ。

「ま、そう言う事もあるさ。ちなみに今、好い人は居るのかい? 居ないなら、あたしが見繕ってやろうか?」

 出た出た、お年寄りって仲人したがるのよね。なんでかしら?

「うーん、今は良いです。まあ、そう言うのは自然に見つかるものだと思いますし」

「そんなだと婚期――はもう過ぎてるね。焦った方がいいんじゃないのかい?」

 そこを突かれると辛い!

「うっ、それはそうなんですけど、なにぶん冒険者期間が長かったもんで……」

 正直、まともな男女の付き合い方を経験した事がない。

「ああ、冒険者共が男の基準になってるわけだね。ああ言うのが好きなのかい?」

 いや、それはない。絶対にない。

「あー、いや、むしろああ言うのは苦手と言いますかぁ……」

「素朴な男が好みかい?」

「まあ、どっちかと言うと」

 癒し系って言うのかしら? そう言うのが良い。

「そう言うのならこの村には多いから、相手に不足することはないだろうね。あんたの容姿と身分なら引く手数多だと思うよ?」

 私、この村だと男性にもてるらしい。

「えー、でもそれだと――」

 思いの外に話が長引いてしまった。


「ふぅ、どうにか話を切り上げられた……」

 恐るべし、お年寄りの話力。話し出すと止まらないわ。

 オババさんとの話を切り上げた私はギルドに戻ってステータス更新の申請をしていた。

 ステータス更新って言うのは言ってしまえば個人情報の更新であり、レベルアップやスキルの習得などの変化があった際に申請する物である。

 これは必ず行う義務はないが、良い方向でギルドの査定に響くことがあるので、申請しておくといいって先輩が言ってた。私自身、ここ数年は殆ど申請してなかったけど。

 ちなみに申請しなかったからと言って査定に悪影響はない。

 単純な話、持ってるスキルや素質によって依頼達成の際に一部の査定額が上昇するのよね。

 申請するには鑑定士の署名印が入った用紙を渡せば良いので、先ほど書いて貰った紙をギルドに提出するだけで大丈夫だった。

「――はい、更新完了です。このステータスだと査定額が上がりますので、先日の依頼料の上昇分を後日給付いたしますね」

「えっ、良いんですか?」

「はい、ステータス更新が遅れた場合などは直近の依頼――と言っても限度はありますが、不足分をお支払いする決まりとなっています」

「へぇ、そうだったんだ……」

 ギルドで受ける依頼の報酬は依頼人とギルドの両方から出る仕組みとなっているんだけど、そのうちのギルドからの支払い額が増えるってのが今回の話だ。

「あ、ちなみに増額は何のスキルによるものですか?」

「破壊者です。これによる依頼の早期達成が増額に値する評価となります」

「なるほど」

 物をぶっ壊す仕事に関しては効率的だものね。

 建物の解体なんて予定では二日だった所を半日で終わらせたし。

「他にはレベルも一定値以上を確認できましたので、基本給も一段階上がりますね」

「ほほう」

 と言った具合に説明を受けた結果、給料が上がることに決まりました。


 さて、本日もトムソンさんの畑のお手伝い。

 トムソンさんは余程の悪天候でもない限りは毎日畑にいるそうなので、お家に伺うよりも畑に直行して欲しいと言ってた。なので、そのままギルドから畑に向かう。

 本日も早起きだったけど、先述の用事を済ませている内に日が昇ってしまい、商人や冒険者達がギルドに向かう時間にぶつかってしまった。

「おぉう……」 

 めっちゃ人いる!

 街での朝を思い出す光景だわ。発展中の村ってすごいのね。

「まあ、こう言う時は素直に迂回よね」

 変に流れに逆らうよりも、ちょっと迂回した方が道も空いてて歩きやすいし。

 人波を避けてしばらく村の光景を眺めながら畑に向かって歩いていると、見知った屋敷と教会が見えてきた。

「お、ユーグ君の家だ。お隣は教会だったのね」

 私は特に信仰心とかはないけど、この村にあるのはどこの宗派の教会なのかしら?

 確か、宗派の違いは建物の四面に嵌っている色硝子で分かったはず。

「えぇっと……ああ、エクサリサ教会かぁ」

 数ある宗教の中でも大きな派閥の一つだっけ。

 女神正教とも呼ばれてたかな? よく覚えてないけど。

「お、美少女シスターだ」

 何気なく教会を見ていたら、中から綺麗なシスターが出てきた。

 うーむ、やっぱりこの村の女性陣、美人が多いわね。温泉のおかげかしら?

 教会前の掃除をするシスターを横目に見送り、そのまま畑に向かうと、トムソンさんは既に作業を始めていた。

「おはようございます!」

「ああ、おはよう。今日も頼むよ」

「はい、今日はどこをやります?」

「昨日、起こした場所を耕してくれるかな……?」

「他の場所は起こさなくてもいいんですか?」

「まずは農地として使えるかを確認しないといけないからね」

 なるほど、あんな硬い土地だし、農地として使えない可能性もあるのか。

「わかりました! あ、でも、耕す道具はどうしましょう?」

「それはこちらで貸し出すよ」

「助かります。あ、でもトムソンさんの仕事に支障が出るんじゃ?」

「大丈夫だよ。あの土地用に用意した農具だからね」

「あー、すごく硬いですもんね」

「そうだね。だから特注の農具なんだ」

「なるほど、じゃあ、早速借りていきますね」

「うん。そちらにおいてあるから、持って行ってね」

「はい」

 トムソンさんの示した方に真新しい農具が置いてあった。

 とりあえず今日は耕すのが目的だから、鍬だけでいいかな?

「じゃあ、借りていきま――えっ、これめっちゃいい鋼使ってませんっ?」

 ふと視線に入った鍬の刃。それに使われている金属の色合いが明らかにそこらの物とは違った。

「うん、それにはセレニウム合金が使ってあるね」

「セレニウム……!」

 って言うのはセレナイト降石って言う、天降石の一種が使われている合金だ。

 天降石って言うのは異世界語で言う隕石だったかしら?

 天から降ってくる鉱石ってことで、そう言う名前になったみたいね。

 で、セレナイトって言うのは通称を夜空の欠片とも言って、星のような煌きを宿した漆黒の降石で、非常に高い硬度と魔力伝導率から、これを使った武具を欲しがる魔法職は非常に多い。

 そんなセレナイトを使ったセレニウム合金もまた生成難度から貴重な合金とされており、セレナイトの特徴に加えて夜明けの星空のような色合いから、美術的な価値も高いものとなっている。

 とある国の王家にはセレニウム合金を使った秘宝があり、明けの明星とも呼ばれているそれは歴史的価値も相まって価格のつけようがないほどの希少品となっている。

 そんなとんでもない物にまで使用されているセレニウム合金をただの鍬に使うとか!

「贅沢通り越して怖い! こんなもの使えませんよっ!」

「まあ、気にせず使って。道具は使う為に在るのだから……」

「わ、わかりました……」

 うわぁ、とんでもない物を貸し出されてしまった。壊さないように気をつけなきゃ。


 ……なんか、この村に来てから驚くことばっかりだわ。

 でもまあ、住み良いところだし、村の住人になったんだから慣れてかないとね!

 幸いにも私のスキルは村の発展に役立ってる事だし、この調子で頑張ろう。

 正直、スキルのせいで不器用な私でもやっていけるか不安だったけど、回してくれる仕事がこんな感じならうまくやっていけそう。

 街のギルドではこうはいかなかったからなぁ。

 ほんと、この村のギルドには感謝しかない。

 あとは結婚……できるかなぁ?

 オババさんとの話でちょっと興味が出てきたりして。

 あ、そう言えばペットのこと忘れてたなぁ。

 ……ペットみたいな旦那ってどこかに落ちてないかしら? ないか……。


 ま、ゴミスキル持ちの私だけど、これからはこの村で精一杯生きて行くわっ!

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