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六スキル目 遠くを見るスキル

 この世界は辛いけど、努力が報われるのがいいね。

 そう言って、うちの牧場で採れたミルクを使ってアイスクリームと言う食べ物の作り方を教えてくれたお姉さんは、ぱてしえ? とか言う不思議な職業の人だったっけ。

 私の知らない職業なんて数えきれないほどいっぱいあるけど、お姉さんのはあまり聞いたことのない響きの言葉だったから、もしかしたらお姉さんは異世界人だったのかもしれない。

 ぱてしえのお姉さんは旅のお菓子職人で、良い食材を求めてあちこちを旅していたみたい。

 あの頃、まだ小さかった私は美味しい物って聞かれてお父さんの牧場で採れるミルクを挙げたんだっけ。なにしろ毎日飲んでるし。

 まさかそれがアイスクリームなんて言う魔法のような食べ物になるとは、あの時は思ってもみなかったなぁ。おまけに作り方まで教えてくれたし。

 しかもこのアイスクリーム、キンキンに冷やすという調理工程があるんだけど、うちのお母さんの物を冷やすっていう希少だけど微妙なスキルと上手く噛み合って、さらにうちの村で作れるのはお母さんくらいしか居なかったのもあり、需要を独占できたんだよねー。

 おかげで暑い季節になると家族総出でアイス売りをすることになるけど。

 だって、すっごく人気なんだもん。

 でもわかる、冷たくて美味しいもんね。私も好き。食べ過ぎてよくお腹壊しちゃうけど。

 そんなわけで、お姉さんのおかげでうちの家計が潤いました。お姉さん、ありがとう。

 ただ、余裕が出てきたおかげでお父さんとお母さんが頑張り過ぎてまた弟か妹が増えそうです。

 家計に余裕が出るたびに家族を増やそうとするうちの両親は、流石にちょっとおかしいと最近思うようになりました。

 まあ、弟も妹も可愛いからいいんだけどさ。

 でも、そうなると必然、お家が物理的に狭くなってくるわけでして。

 上の兄ちゃん達は所帯を持ったり村を出たりでもう家には居ないけど、いい加減、私もそろそろ家を出る時期なのかもしれない。

 そう思った私は、ちょうど新しく建った家に狙いを定め、そこの家主に部屋の間借りを相談することにしたのでした。

 結果、二つ返事で了承を貰えて、ついに私も一人暮らし――ではないけれど、自立への一歩を踏み出すのであった!

 ただ――


「うーん、暑い! そろそろ夏かー」


 ――今年もアイス売りには駆りだされるだろうけどねー。

 あ、私の名前はカナタ。歳は十一才。異世界の人の名前っぽい響きが実はお気に入り。

 普段は村の防人隊のお手伝いで見張り櫓に居ることが多いかな。

 お手伝いが休みの時は原っぱで日向ぼっこしたり、下の子達の面倒を見てる。

 後は、友達と遊んだりってところだけど、みんなもお手伝いがあるから、なかなか時間が合わないんだよね。仕方がないんだけどさ。

 今日のお手伝いは休みだけど、他の皆はお手伝いだし。

 下の子達も最近はあまり手がかからなくなってきて、お姉ちゃんはちょっと寂しいです。

 というわけで、暇を持て余した私は村の原っぱでごろごろしてる。

 のんびりするのも嫌いじゃないよ。むしろ好き。できる事なら毎日寝て過ごしたい。

 今日は時折吹く風がそよそよと涼しい空気を運んで来るんだけど、照り付ける太陽が凄く暑い。

 おまけに眩しい。日陰にすればよかった。

 で、さっきの言葉ってわけ。

 夏と言ってもこの村は昼間を除けば大分涼しい方だそうで、冒険者達の間では隠れ避暑地として人気の場所なんだとか。

 他の所は夜も暑い場所があるみたいで、話に聞くだけでもうんざりしちゃう。

 私、暑いの苦手なんだよね。

 だからと言って寒いのも得意じゃないけど、暑いのよりはマシかな。

 冬は冬で、温かい暖炉の前であったまるのが好きなんだよねー。

 まあ、これから夏が来るわけなんだけど。

 あー、今年は実家よりも間借りしてる新居で過ごすことが多いだろうし、今のうちに涼しい場所を吟味しておくのもありかもしれない。

 私が借りている部屋は日当りが良いという好条件のお部屋なんだけど、夏場は厳しそう。

 家主の奥さん(仮)枠に当たるナナちゃんは仕事の為に日当りは悪いけど風通しの良い部屋を確保してたから、日差しのヤバい日はそこに避難するのもありかな。

「暑いのやだなー」

 どことなく湿っぽい空気にこれからの季節を意識させられてげんなりしていると、誰かがやってきた。

「あ、居た居た。カナちゃん、お昼だよー」

 誰かと思ったら間借りしてる家の家主だった。名前はユーグ君。

 見た目によらず頼りになる男の子なんだよね。

 私の一個上で、小さい頃からの付き合い。いわゆる幼馴染ってやつだね。

 ちなみにちょっとした血縁関係でもある。

 まあ、この村ではよくあることだから珍しくもないけどね。

「ん? おー、ユーグ君。お手伝い終わった?」

 そーいえば今日は午前中で終わりだって言ってたっけ。

「今日の分はこれで終わりだよ。午後からは訓練をするけど、カナちゃんもやる?」

 スキル習得のための訓練かぁ。

 似たようなことを昔、ユーグ君とずっと一緒にやってたっけ。

 コツをつかんでからはあんまりだったけど、あの時は楽しかったなぁ。

 それに、ユーグ君って他の男の子と違って一緒に居ると安心する。なんでだろ?

「暇だからやるー……んよっ、と。ふー、あっつくなって来たねぇ」

「そうだね。あ、今年もアイス作りの手伝いお願いされたよ」

 あー、お母さん、早速頼んでたよ。

 うちのお母さん、ユーグ君が大好きなんだよね。

 あ、変な意味じゃないよ? 人としてって言うか、子供としてっていうか。

 たぶん、そんな感じ。だと思う。お母さん、大丈夫だよね?

「いつもごめんねー」

「好きでやってることだしいいよ」

「それならいいんだけどさー。ところで、あの作業って何のスキルが習得できるの?」

 うちのお母さんと一緒にやってるアイス作り、スキル習得に役立つって話だけど、どんなスキルなんだろ?

「料理スキルとはまた別系統の調理系スキルになるけど、製菓っていうスキルが習得できるよ」

「せーか?」

「製菓、だね。お菓子作りだよ」

「おー、なるほどー」

 お菓子作りかあ。一応、私は嫁スキルって言う女性なら最低限は欲しい三つのスキル――家事、内職、教育の三つね――は習得してるし何ならマスター済みだけど、料理スキルは最低限しか取ってないんだよね。それだけで十分美味しい料理が作れるし。

 ちなみにユーグ君もその辺りはマスターしてるらしい。

 そのおかげか、この村における私達と同年代の女性陣の嫁スキル習得率は異様に高いんだとか。

 ユーグ君も大概に罪深いねぇ。

「製菓はまだ習得はできてないけど、必要な技術自体は習得してるから、今年の手伝いで習得できるんじゃないかな?」

「さすがだね。私も料理スキル育てよっかなー」

「いまどれくらい?」

「さあ? 前にオババの鑑定受けた時はいくつだったかな?」

 スキルにはレベルってのがあって、その数字が大きいほど効果が高かったりするんだよね。

「なんだい。忘れたのかい?」

「ぎぇっ! オババ!」

「あ、オババ、こんにちわ」

「ああ、こんにちわ。それにしてもユー坊、あんたも隅に置けないねぇ」

 オババが私とユーグ君を交互に見てにやりと笑う。

 あー、これはなんか誤解されてるっぽい?

「なんのこと? 普通に話をしてただけだよ?」

「そうだよ。ユーグ君にはナナちゃんが居るし」

 そもそも、ユーグ君はそう言う対象としては見れないかな。

 そりゃ、一緒に居ると安心するけどさ。好きとかそう言うのじゃないと思う。

「はあ、当人がこれじゃあねぇ。まあいいさ。で、カナタ。あんた、自分の鑑定結果を覚えてないのかい?」

「うん、あんまり興味ないし」

「かぁーっ、嘆かわしいねぇ。どれ、ちょっと見てやろうじゃないか」

「いーよ。うちに行けば鑑定結果の紙があるし」

「なぁに、ちょっとは成長してるかもしれないだろう?」

「うーん……じゃあ、一応見てもらおうかな」

「よしよし、動くんじゃないよ?」

「はぁい……んっ」

 ぞわっと鳥肌が立ち、全身を撫でまわすような感覚に襲われる。

 これがあるから鑑定って苦手なんだよねぇ。

「――よし、出たよ」

「じゃあ、料理スキルのレベルだけでいいから教えて」

「お、なんだい? 料理を作ってあげたい相手でもできたのかい?」

 まだ誤解してる。オババはそう言うところあるよね。

「いや、そう言うんじゃないけど、料理スキルの話になってさー」

「ふぅん、まあいいさ。料理スキルのレベルは三だね」

「おー、そんなになってたんだ?」

 せいぜい二レベルくらいだと思ってた。前に見た時は二だったはずだし。

「僕より高いよ。すごいなぁ」

 すごいって言われても、あまり実感がないんだよねぇ。

 下の子達は「美味しい!」としか言わないし。

「うーん、毎日お母さんの手伝いで料理作ってるからかなぁ?」

「だろうね。スキルは使えば熟練度が蓄積されてレベルが上がるようになってるんだからね」

「ちなみにユーグ君の料理スキルのレベルは?」

「僕は二になったばかりだよ」

 ユーグ君でも二なのかぁ。

「ちょっと前に鑑定したねぇ。しっかしユー坊、あんたそんなにスキル取って何になるつもりなんだい? あたしゃ逆に興味が出てきたよ」

 そう言えば、ユーグ君って狩人になりたくなくって色んなスキルの習得を頑張ってるんだよね。

 今は何になりたいんだろ?

「えぇっと……それはまだちょっと」

「なんだい。ハッキリしないねぇ」

「いや、今の状態だと取れる選択が多過ぎて迷っているというか……」

「ああ、そう言う事かい。じゃあ、精々迷うんだね。その先にきっと答えはあるさ」

「あはは……そうします」

 そっか。ユーグ君も迷ってるんだ。

 あ、そう言えば気になってることがあったんだ。

「ねえねえオババ。狩人ってさ。男の人しかなれないの?」

「ん? そんなこたぁないけど、どうしたんだい?」

「私、狩人になれないかなって、ちょっと思ってて」

 ちょっと、というか、本当は昔からずっと思ってたんだけどね。

 まあ、最近はそうでもないけど。

「えぇっ! カナちゃんがっ?」

「うん、ユーグ君は知ってると思うけど、私のスキルって遠くが見えるから危ない生き物にばったりなんていう可能性も低いし、射撃系のスキルもいくつか習得してるから、弓を使ってやる分にはできないこともないんじゃないかなって」

「それはそうなんだろうけど……オババとしてはどうなの?」

「まあ、お勧めはしないね。スキル自体は確かに向いているが、素質が駄目だね」

「素質かぁ……」

 私の素質って隠密行動に向いてないというか、何かと目立つ系の物ばかりなんだよね。

「ねえ、オババ。素質って、変わったりしないの?」

「それは聞いたこともないねぇ。増えることはあるそうだけど、元からある物がなくなるってのはまずないと思った方がいいね」

「そっかぁ」

「ましてやアンタはロニ坊と似た素質をしてるんだから、狩人になろうなんて言うもんじゃないよ」

「だよねぇ……」

 ロニにいも素質が向いてないって言われてたのに狩人になってああなっちゃったからなぁ。

「え、えぇっと、兄弟とか親子って素質が似る傾向があるんだったよね?」

「そうさ。ユー坊なんかはしっかりと両親の素質を受け継いでるねぇ」

「あ、そうだったんだ?」

「ああ、長年鑑定士をやってるけど、面白い位に子供ってのは両親の素質を受け継ぐもんさ」

「へー、じゃあ、私は?」

「アンタは主に母親似だね。父親のはほんの少しってところかねぇ?」

「あー、わかるぅ。なんか、兄ちゃん達が年々母さんに似てきたって言ってたもん」

 お母さんのことは大好きだけど、それはそれで複雑な乙女心ってもんがあるんだけどねー。

 いや、似てるのが嫌ってわけじゃないんだよ?

 なんかこう、素直に受け止めたくないような恥ずかしさが、ね?

「なんだい、いやなのかい?」

 うっ、顔に出てたっぽい。

「嫌ってわけじゃないんだけど……なんか複雑な気分」

「えー、僕、カナちゃんのお母さんみたいな人、好きだけどなぁ」

「あはは、うちのお母さんもユーグ君のこと息子にしたいって言ってたよ」

 というか、ユーグ君って村のお母さん達の受けが凄く良くて、村中のお母さん達がユーグ君を息子にしたがってる気がする。

 そう言えば、年上の冒険者のお姉さん達も似たようなこと言ってた気がする。

「……ユーグ君って、年上の女性を惑わすスキルか何かを持ってない?」

「え、なに急に?」

「そんなもんないよ。ユー坊のソレはただの人柄だねぇ」

「そっか。人柄かぁ」

 それならしょうがない。だって納得できちゃうし。

「え、なんなの? 何の話?」

「なんでもないよ。それより御飯だったよね? 早く行こ?」

「あ、そうだった。それじゃあ、僕達はこれで」

「ああ、これからも精進するんだよ」

「もちろん」

「私もがんばろっかなー」

「アンタはもっと必死になんな!」

「はぁい。それじゃまたねー」

 オババに別れを告げて、ユーグ君と二人並んで歩きだした――ところで、とある事実に気付いてしまった。

「……ん? ユーグ君、もしかして背ぇ伸びた?」

 ちょっと前を歩くユーグ君の頭が以前よりもやや高い所にある。

「え? そう?」

「うん、ちょっと前まで同じくらいだったのに、完全に上を行かれてる……」

 頭一つ分ほどではないけど、こぶし一つ分は確実に行かれた。

「そう言われてみたらそうかも。よかった、ちゃんと伸びてたんだ……」

「いいなぁ」

 私もユーグ君も同年代の子供達の中ではちっちゃい方で、本当にちょっと前までユーグ君と私の身長はほとんど同じだった。むしろ、私の方がちょっと勝ってた。

「でも、カナちゃんもすごく女の子っぽくなったよね」

 むむっ。その言い方はなぁんか引っかかるぞぉ?

「ちょっと、それどういうことぉ?」

「だって、前までは男の子みたいな格好してたし、髪も短かったよね?」

「あー、うん、そうだったっけ」

 そう言えばそうだった。

 あの頃は、男の子に混じって遊んでばかりだったなぁ。

「三年くらい前だったっけ、髪を伸ばし始めたのって」

「う、うん、よく知ってるね?」

「それは、まあ……」

「え? あ……あー、そっか」

 そう、三年前と言えば、ロニにいが死んだ年と重なるんだった。

 ちなみに、髪を伸ばし始めたのはそれが理由じゃない。

 直接関係ないかと言われたらそうでもないと言えるのがまた悩みどころでもあるんだけども。

「あの年は色々とあったからね。ナナちゃんが引き籠ったのもそうだし」

「あー、ユーグ君と一緒にボロボロになって帰ってきた後だよね」

 あの時は驚いたなぁ。

「うん、なんか急にやることが出来たとか言って、ずっとだもん。何事かと思ったよ」

「あれが初引き籠りだったよね」

「そうそう。ナナちゃん、なにかに夢中になると、いっつもああなんだよね」

「夢中になれることがあるっていいよねー」

 私にはそう言うのが無いから、ちょっとうらやましい。

「カナちゃんだって一時期は弓を頑張ってたじゃない」

「それは今も頑張ってるよぉ。もはや習慣みたいな物だけど、たまーに嫌になっちゃうんだよね」

 まあ、それでもサボることはしないんだけどさ。

「あ、じゃあ、前みたいにまた二人で一緒に訓練する?」

「えっ、いいのっ?」

「いいもなにも、前はよく一緒にやってたでしょ?」

 そう、前は一緒にやってたんだよね。

「う、うん、そうだけど……迷惑じゃない?」

 あの時はお互い別々の訓練を同じ場所で黙々と一緒にやってて、時々お互いの訓練を見せ合ったりして意見を出し合ってたりしてた。

 でも、そのうち私はコツを掴んじゃって、これなら一人でやった方が良いかなーなんて勝手に思った結果、一人で訓練するようになっちゃったんだよねぇ。

「そんなことないよ。他にも人が居た方が張り合い出るし」

 それは良くわかる。あの後、すっごく後悔したもん。

「あー、うん。じゃあ、お願いしよっかな」

「うん、こちらこそよろしくね」

 というわけで、久しぶりにユーグ君と二人で訓練することになっちゃった。

 なんだろう、なんだかすごくドキドキしちゃうなぁ。

 私もあれから頑張って弓の腕を磨いてきたし、前よりすごい所を見せたら驚いてくれるかな?



 訓練もいいんだけど、まずはお昼ご飯だよね。

「んーっ! 美味しいっ!」

 今日のお昼はルッシーがおすそ分けに来てて、見たこともない料理を持ってきてた。

 見た目は赤っぽくてとろっとしたタレのようなものが、お肉と野菜を細かく刻んで炒めたものにたっぷりからまってる。

 それを炊いたお米にどばっとかけて食べる! これが超美味しい! ご飯が進む!

 味付けは辛いんだけど、ただ辛いんじゃなくて美味しい! 辛いのについつい食べちゃう!

 カラウマって言うのはこういう味なんだね!

「なんだろう。辛いのに食べる手が止まらない」

「んっ……からっ。でも、美味しい」

「うめっ、うめっ!」

「これは、南方の料理でしょうか? 昔、街に居た時に食べた記憶があります」

「セリアさん、ご名答です。これはファマルさんに教えて頂いた南方の料理なんです」

 ファマルさんって言うのはよくこの村に来る行商人さんで、金髪に黒い肌の美人さんなんだけど、言葉遣いが乱暴なお姉さんなんだよね。

 あまり話したことないからどういう人かは知らないけど、ナナちゃんとルッシーは親しいみたいだから、きっと悪い人じゃないんだろう。

 今はルッシーの所に居候しつつ近隣の村や街を周ってお仕事してるらしいし、今度お話してみようかな?

「ああ、ファマルさんの。確か彼女は南方の出身でしたね」

「はい、故郷の味だそうで、香辛料の提供と共に作り方を教えていただきました」

「なるほど、ではこのピリッとしたのが南方の香辛料で――」

「あ、ナナちゃん、口の所に付いてる」

「ん、取って」

「いや、自分で取りなよ」

「ハムハフガツムシャ!(爆食)」

「――なるほど、漬物にも使えるのですか」

「はい、最近漬けたばかりなのですが、今度味見してみますか?」

「良いですね。興味があります」

 ……それにしても、幼馴染の特に親しい勢が勢揃いしちゃってるなぁ。

 そして、セリアとルッシーが食べるのそっちのけで南方の香辛料の話を始めちゃったし。

 んー、このピリリとした辛味が南方の香辛料なのかぁ。

 確か、紅くて細長い実を乾燥させてからすり潰して粉にするんだっけ?

 獣をかく乱する罠に使ったりするんだよね。あれって。

 まさかあれがこんなに美味しい料理になるとはねー。

「んっ……ところで、この料理って何て名前だったっけ?」

 食べる前に聞いたんだけど、一口目の味の衝撃が強すぎてよく思い出せない。

「あ、はい。まぁぼぉと言う料理だそうで、大昔に異世界人によって南方に広められた料理だそうです。あまり広まっていないのは恐らく地域柄だろうとファマルさんは言っておりました」

 地域柄かぁ。確かにこの辺りってあまり辛い料理が無いね。

「……たぶん、南方は温暖な地域だから、香辛料を使って料理が長持ちするようにしてる」

「あー、こういう辛い香辛料って防腐作用があるんだっけ?」

「全部じゃないけど、ある」

 へー、そうなんだ。

「でもこれ、冬にも食べたいなぁ。身体がポカポカしそう」

「確かにそうだね」

「冬に食べるのなら、おとうふに和えると良いかもしれませんね」

「おとうふかぁ……あっ、やばっ、涎が」

 おとうふ大好き。年明けまでに生き残ったダイズで作るんだけど、美味しいんだよねぇ。


※天の声 この世界の大豆 = 植物系の動物、熟すと狂暴化します。


「あー、いいね。食べやすい大きさに切ってこれと和えたら絶対美味しいよ」

「まぁぼぉとうふですか。確かに美味しそうです」

「はー、食った食った。俺はとうふより麺を絡めてぇな」

「あ、それも美味しそう!」

 麺も良いなぁ。出来たらちぢれ状の太麺が良いかも。麺はもちろん卵麺で!

「結構応用が効きそうだね。この料理って」

「はい、そのようですよ。他に代表的な物だと、これの汁気を調整して米粉で作った薄い皮で包んで揚げた物なんかもあるそうです」

「うあー、それ絶対美味しいやつぅ……」

 食べてみたい。っていうか、御飯を食べてるのにお腹が空いてくる……不思議っ!

 って、食べ物の話しかしてない!

 えぇっと、何か他の話題は……あっ、そう言えばアレがあった。

「そう言えば、ルッシーのところ、お父さんとお母さんが帰ってきて一ヶ月くらい経つけど、どんな感じ?」

 死んだと思われていたルッシーの両親がひょっこりと帰って来たんだよね。

 帰って来た翌日には村中を回って挨拶してたよ。うちにも来てた。

 顔とかほとんど覚えてなかったから、最初は新しく村に来た人かと思ったよ。

「あ、はい、今は大分落ち着いたようで、父は森の見回りを、母は家のことをやってくれています」

「そっかー、久しぶりとは言え、馴染んでるみたいで良かったよー」

「はいっ」

 で、夜になるとユーグ君の家に避難してくるんだよね。ファマルさんがいない時限定で。

 なんかね。すごいんだって、夜の営みが。

 ちょっと興味があるけど、すごいってのが気になる。いったい何が起こってるんだろう。

 で、そんなだから一人だと家じゃ眠れないってことでの避難なんだけど、セリアと私を受け入れた状態で残っていた空き部屋が一つ。で、その空き部屋を狙ってるのがもう一人いたわけで。

「ライナス君と共同で使ってるみたいだけど、変な事とかされてない?」

 そう、ライナス君も狙ってたんだよね。

 この家ってギルドから近いし、仕事が終わった後、寝る為に使いたいって話だった。

 で、ルッシーも夜に寝る時だけだからって事で、そのまま同じ部屋を使うことになったんだよね。

 ほとんど時間が重ならないとはいえ、美男と美人が同室とか、あれこれ想像しちゃうでしょ?

 そんな感じで問いかけてみたんだけど、反応は芳しくなかった。

「はい?」

「おいおいおい、俺の趣味は知ってんだろ?」

 知ってるよ。ロリコンだもんね? だからこその相部屋なんだし。

 でもそっかー、この反応だと何もなかったみたい。

「知ってるー。でもほら、ライナス君って朝帰りだし、帰って来たら、ちょうどルッシーの寝顔を拝めるじゃん?」

「お、おう……何度かあるけど、不覚にもドキっとすることはあるな」

 訂正。ちょっとだけあった。

 ルッシーの寝顔とか、考えるだけでもそわそわしちゃうよ。

 何せルッシーってば、村一番の美人さんだもん。本人は認めないだろうけど。

「寝顔を見られていたのですか……恥ずかしいですね」

 てれてれと恥ずかしそうにするルッシーが可愛いっ!

 なんというか、両親が帰ってきてから、ルッシーはすごく可愛くなった気がする。

 美人で可愛い上に嫁スキル完備とか、もはや最強なのでは?

「ほんと、ルッシーって理想のお嫁さんって感じだよねー」

「俺の理想はレティスさんだけだ!」

「んんっ? ルシアさんはお嫁さんではなくお婿さんでは?」

「ん、お嫁さんは違う」

「あれ、もしかして皆……」

「「「「……ん?」」」」

 何かおかしくない?

「え、待って待って? ルッシーは女の子でしょ?」

「だよな? 女だよな?」

「え、男性では?」

「ルシアは男」

 おかしい。誰も幼馴染の性別を知らないとか、どうかしてない?

「あー、やっぱり。皆、シアちゃんがどっちか、ちゃんと知らないんだね」

「はあ、そのようですね。確かに明言したことはありませんが……皆さん、酷いです」

 よよよ、と泣き真似をするルッシー。

 楽しそうなのはいいんだけど、もしかして私、今までずっと勘違いしてた?

 こうして言われてみたらルッシーって美人さんだけど胸はないし、女の子にしてはちょっと身長が高めだし、声もちょっとだけ低いし、もしかしてもしかする?

「ってことは、シアちゃんの性別をちゃんと知ってたのは僕くらいだったんだ……」

「えっ! なんでっ?」

 まさか裸をっ? と思ったのは私だけじゃないようで。

「詳しく」

「どういうことですかっ!」

「おいユーグ、流石に見損なったぜ……」

 さすがは幼馴染、以心伝心だったね。

「今みんなが何を考えてるのかはすぐにわかったけど、そうじゃないからね?」

「ふふっ、ユーグさんは普通に気付いてくれましたよ?」

「そりゃわかるよ。いい? シアちゃんはお――」

「はい、駄目です」

 あっ、ルッシーが止めた。

「えぇ? シアちゃんはそれでいいの?」

「はい、面白いので、このままで」

 お、面白いって……ルッシーは相変わらずだなぁ。

 でもそんなこと言われたら余計に気になるじゃんっ?

「うーん、まあ、シアちゃん本人がそう言うんならいいけどさ」

「いやいやいや! そこははっきりさせよっ? このままじゃもやもやして眠れない!」

「カナタさんなら大丈夫ですよ」

 うん! 自分ではああ言ったけどたぶん普通に眠れる!

「まあ、俺はどっちでもいいけどよ。短時間とは言え一緒の部屋で寝るのが嫌だったら起きるまで待ってるぞ?」

「いえいえ、気にしなくて構いませんよ。これまで通りで構いませんから」

 ライナス君、意外と紳士かと思ったらルッシーの方が大人の対応! なにこの差!

「……私もどっちでも気にしない。ルシアはルシア」

「はい、私は私ですよ」

「むむむ……私は気付いて見せます!」

「あまり無理はなさらないでくださいね?」

 セリアの何かに火が点いてしまったらしい。変な宣言をしちゃってるよ……。

 うーむ、ナナちゃんじゃないけど、ルッシーはルッシーってことで良い気がしてきた。

 しかし、幼馴染の半数以上が気付いてなかったってことは、ファマルさんも気付いてないんじゃなかろーか? 今度会ったら聞いてみよっと。


 なんだか最後の方は妙なことになってしまった昼食を終えて、仕事の時間まで眠ると言うライナス君を見送ってから、合同訓練と言うのが始まった。

 まずはみんなで集まって同じ内容の訓練をするみたい。

 今日の参加者は主催のユーグ君と強制参加のナナちゃんにセリアと私とルッシーの三人が加わった形になってる。

「カナタも今日から参加ですか……」

 初日から参加しているセリアが、なんか神妙な様子で聞いてくる。どうしたんだろ?

「うん、何するか知らないけど、将来に役立つならいいかなって」

「私も初参加ですが、よろしくお願い致します」

 ルッシーも初参加だった。

 何でも、この訓練に参加するために、ここ一ヶ月は教会のお手伝を超頑張ったらしい。

「うん、よろしくねー」

「はーい、それじゃあ始めるよ。今日は初めての人も居るから、基礎中の基礎である集中力を鍛える訓練をやろうと思います」

「はーい」

「わかりました」

 集中力の訓練かぁ。とりあえず返事はしたけど、何やるんだろ?

「あ、あ……」

「地獄が、始まる……」

 なんか、セリアとナナちゃんの瞳から光が消えていったけど、どうしたんだろ?


 その答えはすぐに判明した。

「え、ちょちょちょ、なにこれっ!」

「集中力の訓練だけど?」

「色々聞きたいことがあるんだけど!」

「それは後でね。はい、これ持って」

「ひぃぃっ!」

 えーっと、まず私が置かれてる状況を説明すると、水平に開いた両手にひとつずつたっぷりと水の入った桶を持って、台と台の間に置かれた角材の上に立たされてる。

 説明終了! それでもわからぬこの状況! 一体なんなのこの訓練!

「なにこの訓練!」

「はいはい、静かにしてね。そのまま真っ直ぐ姿勢を延ばして?」

「う、おぉ……こ、こう?」

「はい、そのまま水を零さないかつ落ちないように三十分ね」

「地味にきついっ!」

「零すか落ちたらやり直しだからね」

「確かにこれは地獄っ!」

 これ訓練じゃない! もはや修行じゃん!

「っていうか、これで集中力が付くのっ?」

「これが普通にこなせる様になった頃には素質に付いてるよ」

 普通に? 普通ってなんだっけ?

「素質が増えるってこのことっ?」

「あまりしゃべってると水が零れちゃうよ?」

 と、平然と話しつつこっちが持ってる奴より大きな桶を持って平然と張られたロープの上に立ってるユーグ君は心底バケモノだと思いました。

「確かにこれは集中力が付きそうですね。あと、体幹も強くなりそうです」

 ルッシーの体幹はもう充分じゃないかなぁ?

 私と同じことをやってるのに、あっちはぴしりとバランス良く立ち、全くふらつきもしない。

 ついでに言うと、訓練の先輩であるナナちゃんとセリアもなかなか様になってる。

 目は死んでることを除いて……。

 そしてあっちの足場、ただの棒だし。へー、段階があるんだねー。

 ……どうしよう、思ったよりも厳しい訓練だった。

 いや、でも一度やるといったからにはやる!



 やった。やり遂げたよ……っ!

 三十分後、訓練に使っていた部屋の中に転がる三名の女子。

 言うまでもなく私とナナちゃんとセリアである。

 ユーグ君はともかく、ルッシーも平然としてるのが凄い。

「じ、地味にきつかった……」

 両手両足がぷるぷるしてる。

 重い物を持ったまま不安定な足場で姿勢を維持するような訓練法とか、一体どこの誰に聞いたんだろ。正気の沙汰じゃないよこれ。

 辛過ぎて後半あたりからは女の子が出しちゃいけない声が出ちゃってたし。

 生まれたての小鹿みたいになってる私を見て、ほぼほぼ同じような状態のセリアが言った。

「ふ、ふふふ、カナタ。考えが甘いですね……」

「……これは、準備、運……動……」

「……っ!」

 セリアに続いた今にも死にそうなナナちゃんの言葉に、私は絶句した。

 今のが、準備運動……?

 何かの冗談かと思いきや、果たしてそれは真実だったようで、ケロッとしているユーグ君が次の訓練メニューを告げた。

「はい、じゃあ次は判断力を鍛える訓練を始めるよ」

「も、もう次っ?」

「うん、疲れた状態じゃないと意味がないからね」

「判断力を鍛えるのに、疲れてる時にやるの?」

「疲れてるからこそ鍛えられるんだよ?」

「あー、うん、なるほどね……」

 納得できてしまうのが辛い。

「次の訓練はお遊びみたいなものだから大丈夫だよ。ね?」

「まあ、内容はそうですね」

「でも、精神的にくる……」

「えぇ……なに? 怖いやつ? 怖いのやだよ?」

「怖くないよ? これを使うんだよ」

 と、ユーグ君が取り出したのは、よくある札遊びに使う札だった。

「あ、なぁんだ。本当にお遊びなんだね」

「そうそう、ようは本気のお遊びだよ」

「……ん?」

 そうして始まったのは、文字通り本気のお遊びだった。

 ちなみに、この遊びに使用した札は大昔に異世界人が広めたトランプって言うカードをこの世界風に変えた物で、二色からなる四つのマークと一から十三までの数字があるという所は一緒なんだよね。

 で、今まさにやっている札遊びもまた、その時に広められた遊び方の一つで、異世界語でスピードって言う名前のゲームなんだって。

 これは二人で対戦するもので、ルールは実に簡単な物なんだけど――

「ちょ、ちょっ、はやっ、置けないっ!」

 対戦相手のユーグ君が強すぎる!

 このゲーム、互いの場に四枚ずつの場札、そして中央に自分の手札から一枚ずつ台札を出し、台札の前後の数字の札を場札から出して台札に重ねて行く。

 あと、場札は常に四枚を維持するように手札から補充して行き、最終的に手札を消費しきった方が勝ちって言う決まりなんだけど、ユーグ君が速過ぎて殆ど出せな――

「はい終わり」

 ――かった。

「あーっ! 負けたー!」

「ん、それでも半分近く出せてたのはすごい」

 半分だけで凄いって言われたって負けは負けなんだよぅっ!

「うー、ぐやじぃぃぃっ!」

「そ、そこまで悔しがらなくても……」

 半分かぁ……勝つまではいかないまでも、もうちょっと食い下がりたかった。

 最初にやった訓練で腕が疲労してなければ……って、ユーグ君の方がキツイことしてたわ。

 じゃあ結局、私の完敗じゃーんっ! あーくやしぃっ!

「くっ、なかなかっ、やりますねっ!」

「確かに、これは面白いですね」

 隣ではセリアとルッシーが対戦中で、いい勝負をしてるっぽい。

 人数的に一人が余ってしまうため、交代制で今はナナちゃんが見学中だ。

「でもこれ、確かに判断力鍛えるのにいいね。あと、反射神経もそれなりに鍛えられそう」

「そうそう、反射神経もそこそこ鍛えられるんだよ。ただ、札が軽いから、あくまでそれなりかな」

「あー、確かにねー」

 内容は単純ながら、瞬時の判断力を求められるこの遊びはなかなか奥が深いと思う。

 しかも疲れた状態で行うって言うのがまたいい感じに鍛えるのに役立ってるのが凄い。

「ユーグ君って、昔っから鍛えることに関しては異常な情熱を発揮するよねぇ」

「んっ、ユーくんは訓練病」

「勝手に病気にしないでよね」

「これで……終わりですっ!」

「あぁ、負けてしまいました」

 お、セリア達の方も終わったみたい。

 しかもセリアが勝ったっぽい。

「セリアが勝ったんだ?」

「はい、どうにかですが……」

「こちらはあと一枚でした」

「紙一重じゃん! すごい接戦だったねぇ」

「はい、じゃあ、次は相手を変えてね。多様性があった方が効率がいいんだよ」

 ってな感じで、一戦毎に相手を変えつつ四戦した結果、私、まさかの全敗。

 一番いい勝負ができたのはセリアで、次にルッシー、ユーグ君と続いて、この訓練における圧倒的強者はまさかのナナちゃんでした。

「ナナちゃん強すぎぃ。そんなに速そうに見えないのに気付いたら負けてた……」

「……動きは最小限、妨害は最大限がこの遊びの鉄則」

 すごかったよほんと、ナナちゃんが一方的に札を出し続けて、私は殆ど出せなかった。

 ナナちゃん、こちらの場札もしっかり把握して私が出せないようにするんだもん。

「場の把握力と判断力はナナちゃん、本当にすごいからね」

「本当にすごかったよ……悔しいとか言う話じゃないよあれ」

 あそこまで見事に完敗すると、悔しさよりも尊敬の念が芽生えちゃうね。

「でも、すごく疲れる。精神がすり減る」

 あー、だから精神的にくるって言ってたんだ。

 でも、それはわかる。私もそうだもん。

「ふへぇ……まだ一時間も経ってないのに疲れた。身体よりも頭が重い」

「次は思いっきり身体を使う奴だから大丈夫だよ」

 何を持って大丈夫なんだろうね?

 というわけで、訓練は続く。


 うん、確かにこれは頭を使わないね。

 あの後、軽く柔軟体操をしてから外に出た私達は村の外周を走っていた。

 この訓練は一周走り終えたら終了なんだけど――

「この村、広すぎぃ……っ!」

 こうやって走ってみてわかった。うちの村、かなり広い。

 畑が多いから仕方がないのかもしれないけど、とにかく広い。

 どれくらいの距離があるのか知らないけど、多分、今日が人生で一番走ってると思う。

「これっ、いまっ、どれくらいっ?」

「三分の一くらいかな?」

「ま、まだ半分以上も……っ!」

「ナナちゃんは初日にこの辺りで挫折したよね」

「たかが一周と侮ってた……」

 私も同じく!

「だよね! すごい距離だよねっ!」

「カナタ、情けないですよ。走り込みなら防人隊でもやっているでしょう?」

 やってるよ! やってるけどさぁっ!

「あっちは内周じゃんっ!」

 しかも内周と言ってもギリ居住区画の内周だから、村の外周とは比べ物にならないほど短いし!

 ちなみに村の外周って言うのは村を囲う外壁の内側ね。村の外は村じゃないし。

「あー、そう言えば隊長さんが本当は村の外周を走りたいって言ってたよ」

「うえぇ……それだけは勘弁」

「防人隊のは見回りも兼ねてるみたいだからね」

「そう言えば、ユーグさんは朝練仲間だと隊長が言っていた気がします」

「うん、週一だけど朝の訓練に付き合ってるよ。個人的な奴だけど」

「え、そんなことしてたんだ?」

 あの隊長とユーグ君が一緒に訓練かぁ……まあ、なくはないのかな?

「それは、どのような訓練なのです?」

「特に大したことはしてないと思うけど……ほら、個人的な訓練だからさ」

「なるほど、秘密の特訓と言うわけですね」

「まあ、そんなとこ。別に秘密ではないけどさ」

 それにしてもこの二人――

「なんっ、でっ、そこっ、までっ、息っ、もつの……っ?」

 なんで息も切らさず走り続けてられるの?

 ナナちゃんなんか今にも死にそうだし、ルッシーですらだんまりしちゃってるのにっ!

 それにしてもナナちゃんはともかく、意外や意外、ルッシーは余り体力がある方じゃないみたい。

 体幹はヤバいのに体力は人並みで、ちょこっと安心したよ。

「僕は朝晩とほぼ毎日走ってたから、体力は結構あるんだよ」

 あと肺活量もね!

「私も似たようなものですね。内周ですが、装備着用状態での走り込みをしてました」

 そんなことするから筋肉付き過ぎるんだよぅ!

 女子なのにガタイが良すぎるって悩んでたのに、なんでそんなことするかなぁっ!

 っていうか二人ともなんでそんなことしてるのさ!

 自由時間くらいは好きなことしたらいいのに! 訓練好き過ぎかっ!

 そして、一時間ちょっとをかけて村の外周を走り終えた頃にはナナちゃんはぐったりと倒れ込み、私とルッシーが息を切らしてる中、ユーグ君とセリアは普通に会話してた。なんなのあの二人。

 体力お化け達の会話が終わる頃には私とルッシーはすっかり息を整え終わり、ナナちゃんも辛うじて持ち直してきた。

「はい、じゃあ合同訓練はこれでおしまい。次は各自訓練だね」

 各自訓練かぁ。私は弓の訓練として、皆は何やるんだろ?

「ん、じゃあ、私は調合室に居る」

「では、私は教会へ行ってまいります」

「私は部屋で内職作業をしてますね」

 各自言ってから思い思いの場所へ散ってった。

 ナナちゃんとルッシーはともかく、セリアの部屋で内職って何するんだろう。

 内職スキルを習得したいって言ってたけど、内容が気になるなぁ。

 セリアの背中を見送っていると、ユーグ君が声をかけてきた。

「じゃあ、僕らは久しぶりにあそこにいこっか?」

「え、あ、ああうん。あそこだね」

 あそこって言われて一瞬ピンとこなかったけど、たぶんあそこで間違いないはずだ。

 昔、私とユーグ君が一緒に訓練をしてた所だろう。


「ほいっ、と! ふー、着いた着いたぁ」

「凄い草生えてたねぇ」

 私とユーグ君がやってきたのは、かつて一緒に訓練していた場所で、そこは村から少し離れた森の中にポツンとある【聖域】という場所だった。

 聖域って言うのは獣や魔物、邪気を持ったものは絶対に近寄れない場所のことで、安全が確約された場所でもあるという認識なんだよね。

 なんでこんなところにそれがあるのかって言うと本当に偶然で、私が自分のスキルで発見した場所だったんだよ。

 ここを見つけたのはいつだったかなぁ。

 私、昔から見張り櫓に昇って高い所から辺りを見渡すのが好きでさ。

 スキルを使えるようになってから気付いたんだよね。ここが凄く安全な場所だって。

 私の生まれ持ったスキルはちょっと曰く付きというか……過去の英雄が持ってたゴミスキルと同じ物らしい。

 あ、ゴミスキルって言うのはまあ、文字通りゴミにしかならない――つまり使えないスキルってことで、一般的には使いどころがないって言う認識のスキルのことだね。

 で、私が持ってるそのスキルって言うのが――


 鷹の目 世界の理を見通す瞳。※視力補正効果あり


 ――これだけ。他はなーんもなし。圧倒的説明不足ッ!

 たぶん、これがゴミスキルの謂れなんだと思う。ほんっとにわけわかんないし。

 精々視力補正効果があるってことくらいしかわかんないよ。

 その効果だって任意で発動する奴だったし!

 なんてゆーかね。スキルの説明文って、いくつかの種類に分かれてるみたい。

 懇切丁寧な物もあれば、このスキルみたいにざっくりし過ぎた物もあるって感じ。

 ほんとねー、このスキルを使えるようになるまでどれだけ苦労したか。

 正直、あの時ユーグ君の助言が無かったら、今もただのゴミスキルだったなぁ。



 ロニにいが家に帰らなかった翌日、その遺体の半分が村の近くの森で発見された。

 遺体の損傷具合から、ジャイアントグリズリーに運悪く遭遇したのだろうと、当時の狩人さん達が言っていたらしい。

 ロニにいは新人狩人で、正式に狩人になってから一ヶ月ほど経ってからの出来事だった。

 ようやく仕事に慣れてきたと言っていたロニにいをお父さんとお母さんは油断するなといさめていたけれど、強力なスキルを持っているから大丈夫だと私達兄妹が楽観視していた翌日に起こった事件だったんだよね。

「ロニにい、なんで死んじゃったの……?」

 当時、幼かった私達は兄の死が信じられず、死んだなんて嘘だとわんわん泣いてたっけ。

 でも結局、ロニにいがうちに戻ってくることはなかった。

 ちょうどその後くらいから、ユーグ君が見てて痛々しいほどに身体を鍛え始めて、よく村のお母さん達が止めさせようとしてたっけ。

 その一方で私はロニにいが居なくなった悲しさや寂しさを紛らわせるように、昔から村に生えているという大樹に登って高い所からの風景をぼーっと眺めてた。

 あの頃は何も考えたくなくって、そうやって居られる時間が欲しかったんだと思う。

 そんな私を見つけたのが当時、見張り櫓で見張り番をしていた隊長で、そんなに高い所が好きなら防人隊のお手伝いで見張り櫓に立てば良いって言ってくれたんだよね。

 ――まあ、断ったんだけどさ。だって、面倒だったし。

 でも、隊長ってば昔っからマジメだったからさー。

 次の日の朝には「行くぞ」って家まで迎えに来るだもん。さすがに折れたよね。

 で、その日、私は初めて村の見張り櫓に登って、あの光景の虜になったんだよね。

 その後、セリアが防人隊に入ってきて――しかも、お手伝いと言うよりもほぼ入隊と言う形で――同じ年齢ってことで一緒に行動するようになって、気が付いたら仲良くなってたなぁ。

 で、その頃からセリアはユーグ君のことを気にしていて、話を聞いたりしてる内にこっちまで気になってきて、見張り番の時はいつも訓練に励むユーグ君を眺めてたなぁ。

 ――よそ見をするなって怒られたけど。

 

 そして、スキルとかに関する説明を先生から受けてから、ユーグ君は村の大人達のお手伝いをよくするようになったんだよね。

 年齢的にはまだ早い方――その点では私も――だけど、村住まいの子供達にとっては毎日やってる遊びよりも真新しいお手伝いの方が楽しそうに見えたのか、お手伝いを始める子供が例年より多いって、当時の大人達は喜んでいたらしい。

 そこから話は少し飛んで、説明を受けた日からおよそ二か月経った頃、私はあぜ道をとぼとぼと歩いているユーグ君に遭遇した。

「あれ、ユーグ君だ」

「あ、カナちゃん……」

「元気ないね? どうしたの?」

「うん、ちょっとね……」

 なんだかしょぼくれた様子のユーグ君に、さてはナナちゃんと喧嘩でもしたかな?

 と思った私は、特に考えもせずド直球で聞いていた。

「ナナちゃんと喧嘩でもしたの?」

「ううん、喧嘩はしてないよ」

 喧嘩じゃなかった。だったらどうしたんだろ?

 セリアの影響か、ユーグ君のことが妙に気になっていた私は、そのままユーグ君とお話をすることになった。

「――と言うわけで、しばらくの間、お手伝いがなくなっちゃったんだよ」

 えぇっと、話を聞いた感じ、ユーグ君が働き過ぎて危ないから無理やり休まされてるって所かな?

「ユーグ君、お手伝いとは言え、ちゃんと休まないとだめだよ?」

「ちゃ、ちゃんと休んでるよ……?」

「嘘だね。目の下にクマができてるもん」

「うっ、だ、だって、たくさん頑張らないとスキルを覚えられないし」

「あー、アーツだっけ? でも、それって感覚と素質が関係してるって言ってなかったっけ?」

「う、うん、だから、自分の適性に合ったものを頑張ってるんだよ」

「なるほどねー」

 思えばこの時すでに、ユーグ君は素質が増えることを知ってたんじゃないかな?

 だとしたら、当時の異常な頑張りにも納得がいく。

「じゃあ、今日はお休みなんだね?」

「うん」

「それじゃあ、私と遊ぼっ! いい所に連れてってあげる!」

「えぇ、カナちゃんと遊ぶと逆に疲れちゃうし……」

「だいじょうぶだよ。そんなに激しいことはしないから」

「いつもは激しいんだ……でも、どこに行くの?」

「ふっふーん、いいところ!」

 いい所と言ったら、あそこしかないよね?


「うわ、高い……」

「いい眺めでしょー」

「う、うん、落ちたら死ぬ高さだよね」

「落ちなきゃ死なないからへーきへーき」

 私がユーグ君を引っ張ってきたのは見張り櫓だ。

「お前達、話をするのは構わないが、あまり暴れるんじゃないぞ?」

 さすがに暴れはしないよ。

「はーい」

「は、はい」

 当時はまだ隊長じゃなかった隊長が注意してきた。

 その反対側ではセリアが見張りをしつつ、時折ユーグ君の方をチラ見してくる。

 話しかけたい様子だけど、お手伝い中だからと遠慮してるっぽい。

 この頃からセリアは真面目だったなぁ。

「あ、ほら見てあそこ。ライナス君がまたなんかやってる」

「あ、ほんとだ。なにしてるんだろ?」

「兄さん……」

 あ、セリアが近くに来た。

 こっそりと「ありがとうございます」と呟いたのを私は聞き逃さなかったよ?

 で、肝心のライナス君は何やらきょろきょろと辺りを見回して挙動不審な様子。

「んー? ほんとに何やってんだろ?」

「カナちゃんのスキルって遠くでも見えるんじゃなかったっけ?」

「あー、うん、それっぽいことは書かれてるんだけど、さっぱり使えないんだよね」

 そもそも世界の理って何? さっぱりわかんない。

「そうなんだ……」

「まー、元の視力がいいから大して問題はないんだけどさ。おっ、動いた。どこに向かって――」

「あっ! 小さい子に声をかけてる!」

 事案! 事案だよこれは!

「たいへん! セリア! 弓貸して! 弓っ!」

「いえ、私に任せてください」

 みれば、セリアは既に弓を引き搾っており、ビュンッと放たれた矢がライナス君の足元に突き立ち、驚いて飛び上がったライナス君がこっちを見てなんか叫んでた。

 あ、ちなみに使った矢は鏃が付いてないやつだから殺傷力は低いよ。

 当たったら最悪死ぬけどね。

「えぇっと、まだ何もやってないだろっ? って言ってるね」

「兄さんは幼女への声掛けを禁止されているはずですよっ!」

 すかさずセリアが言い返す。その声がまたでかい!

「あっ、逃げた」

 セリアの怒鳴り声を聞いたライナス君が一目散に逃げてった。

「まったくもう、兄さんの幼女好きにも困ったものです」

 そう言いながら、セリアは元の場所に戻って行った。

「さすがにちっちゃい子はまずいよねぇ」

「ライナスの理想の女性って先生みたいな人だっけ……」

「先生かぁ。先生って見た目は幼女だもんね」

 身長は当時の私と同じくらいだったっけ。

 でも、おっぱいの大きさはすごいんだよね。

「……あの体格であのおっぱいって、重くないのかな」

「おっぱ……な、何言ってるのっ?」

「ユーグ君、なんで顔赤いの?」

「な、なんでもないっ! なんでもないよっ?」

 この頃の私は純真だったなぁ。

 そしてユーグ君、この頃から性と言うか、おっぱいに関心あったっぽいんだよね。むっつりさんめ。

 でも、そんなことに気付きもしない当時の私はあっさりと話題を変えた。

「ふーん? あ、そうだ。ユーグ君ってスキル使えるよね?」

「う、うん、使えるけど、本当に使えないゴミスキルだよ?」

「でも、攻撃系のスキルなんでしょ?」

「そうだけど、どんなに力いっぱい叩いても一のダメージしか与えられないし」

「へー、じゃあ、どんなに力を抜いてても一のダメージってこと?」

「え……どうなんだろ?」

「じゃあやってみよーよ! あとスキルの使い方教えて?」

「こら、スキルを使うならここではない場所でやれ」

 注意された。まあ、当然だよね。

「あ、はーい」

「わかりました」

 見張り櫓を後にした私達は、秘密基地の方へと向かうことにした。

 あそこにはちょっとした広場があるから、スキルの練習をしたりする子が時々居るんだよね。

 確か、ユーグ君もそこでスキルを使って色々確認してたはず。

「着いたー! ここに来るのも久し振りだねぇ」

「一年ぶりくらいかな?」

「今はちっちゃい子達の遊び場だもんね」

「そもそも、大工さんとかが建設に携わった時点で秘密基地じゃなかったよね」

「あははっ、言えてるー!」

 そうそう、なんかいつの間にか大工さんまで手伝ってくれて凄いことになっちゃったんだよね。

 確か、あの大工さんはギルドの改装工事で来てたんだっけ。

「……今日は誰もいないみたいだね」

 言われてみると確かに、広場には誰もいないし、秘密基地にも誰かがいる様子はない。

 つまり、男(児)と女(児)が二人っきりということになる。

「うん、私達の二人っきりみたいだね」

 なんとなく色っぽい声で言ってみると、ユーグ君が変な顔をした。

「え、なにその変な声?」

 変な声って言われた!

「ちょっと雰囲気出そうと思って……」

「スキルを使いに来ただけでしょ」

 そうでした。

「あと、使い方も教えてね?」

「参考になるかはわからないけどね」

「うん、それでいいよ」

「じゃあ、まずは僕のスキルを使うわけなんだけど……どうやって使用できてることを証明したらいいかな?」

「あー……」

 一ダメージだもんね。

 何か手頃な物は落ちてないかな? おっ、薪を発見!

「あっ、じゃあ、この薪を割ってみて?」

「それくらいなら時間もかからないかな……? うん、やってみよう」

 そう言うとユーグ君は棒切れを持って、それで薪を叩き始めた。

 さっき私が言ったことを実践してくれてるみたいで、パシッ、パシッと言う軽い音が響く。

「それでダメージが入ってるの?」

「たぶんね」

 そう言いながら、ぶつぶつと叩く回数を呟くユーグ君。

 パシッ、パシッ、と、棒切れで薪を叩くこと数分、薪に変化が現れた。

 ビシィッ!

「あ、ひび入った! すごい!」

 どう見ても薪が割れるような力で叩いてないのにひびが入った。

「あとちょっとかな……」

 淡々と言いながらユーグ君がさらに叩いていると、バキィッ! と、薪が粉々に砕けた。

「ええええっ! 何をどうやったらこんな風になるのっ?」

 薪が砕ける光景なんて初めて見たよ!

「毎回こうってわけじゃないんだけど、対象の耐久力がなくなるとこんな風に壊れたりするよ。生き物はまだ試したことはないけどね……怖いし」

「まあ、生物はねぇ」

 ちょっと前に料理のお手伝いでニワトリを捌いたことはあるけど、あれは堪えるものがあったよ。

 血抜きの為に首を切るんだけどね。うまく切れないと断末魔の悲鳴がね。もうすんごいの。

「――あれ? ってことは、ユーグ君が薪割りしようとしたらこうなっちゃうの?」

「ううん、薪割りは普通にできるよ?」

 出来るらしい。どゆこと?

「えぇっと、薪割りは攻撃にならないってこと?」

 でも、薪割りって、ナタとか斧でガッてやってるし、攻撃だよね?

「うーんと、なんていうのかな……このスキルが発動するのって、攻撃の意思に対してなんだよね」

「攻撃の意思? 攻撃するぞーってこと?」

「うん、そう」

「ほー、そんな感じなんだ」

 攻撃の意思かぁ、なるほどー。

 ちなみに後日、ナタで薪を攻撃するところも見せてもらったけど、思いっ切り振り下ろしたはずのナタが薪に刺さらないという不気味な物だった。

「たぶん、攻撃スキルの発動条件は大体そんな感じなんじゃないかな? 他の人も似たような感じだったし」

 他の人って、この村には――ああ、冒険者さん達かな?

「あ、そうなんだ? じゃあ、私の場合はどうなんだろ?」

「カナちゃんのスキルは目に関する物だったよね?」

「うん」

「だったら、何かものを見る時に注視するようにして見たらいいかもしれないね」

「ちゅーしって?」

「えぇっと、注意して視るって感じ」

「おーっ、なるほどー!」

 さっすがユーグ君、わかりやすい! と、過去の私は思ってたんだけど、今思うと単純に昔の私がものを知らなすぎるだけだった。恥ずかしいっ!

 で、さっそく私は注視する物を探し、木にとまってる鳥を見つけて注視してみるけど――

「んーっ……ぷはっ! だめぇっ! ぜんっぜん変わんない!」

 残念ながら、特に何かが変わるようなことはなかった。

「うーん。じゃあ、視線と身体はそのままに、意識だけ近づいてみて?」

 なんか難しいこと言われた!

「えぇっ? どゆことっ?」

「あの鳥をよーく見ながら、そのまま身体を動かさずに心の中で近づいてみて?」

 動かないで近づくって難しいよ……。

「む、難しいなぁ……んと、こ、こう――うわぁっ!」

 ユーグ君に言われた通りに意識を鳥に近づけた途端、視界がぐんと加速して、遠くに居た鳥が目の前に大きく見えるようになった。

「えっ、なになになにっ? こわいっ!」

「落ち着いて! 大丈夫、スキルが発動したんだよ」

「ど、どうしたらいいのっ? どうやったらもどるのっ?」

「鳥から意識を外してみて?」

「み、見なければいいんだよね?」

「うん、そう」

「んっ――あ、戻った」

 視界が戻ったことにホッとするも、自分がスキルを使えたことに私は舞い上がった。

「ユーグ君! 私スキル使えたよ!」

「うん、良かったね」

「うん! ユーグ君ありがとう! 大好き!」

「ちょっ、痛い痛い! そんなに強く抱き着かないで!」

「えー、男の子は女の子にぎゅってされると嬉しいってお母さんが言ってたのに……」

「伯母さんの意見を参考にしないでね?」

「でも、お父さんも嬉しいって言ってたよ?」

「いや、それは……うん、おじさんもおばさんも大人だから」

「大人の男の人は女の子にぎゅってされると嬉しいの?」

「あれ、なんかいかがわしくなってない? と、とにかく! スキルを使えるようになったって言ってもまだカナちゃんはスキル初心者だから、色々試して使い方を覚えると良いよ」

「うん! そうする!」

 こんな感じで、私とユーグ君は一緒に訓練をするようになって、私は徐々に自分のスキルへの理解を深めていった。

 そんなある日のこと、防人隊の手伝いで見張り櫓に立ちつつスキルの訓練をしていた私は、いつも見ている森の中に違和感を覚えたんだよね。

「あれ……? なんか、んんっ?」

 ここのところ、スキルの訓練で色々やってたおかげか、目が疲れちゃったのかなと最初は思ってたんだけど、明らかに森の一部分の色が白っぽい。というか、光ってる?

「なんなんだろ。あれ……」


 お手伝いが終わった後、私はすぐ森に向かった。

「えっと、確かこの辺りに……」

 特に深く考えず村の柵を乗り越え、森に入ろうとしたところ、背後から声を掛けられた。

「何やってるの?」

「うわぁっ! ゆ、ユーグ君っ?」

 声をかけてきたのはユーグ君だった。

「一人で森に入るのは危ないよ?」

 どうやら私を止めようとしてくれたらしい。

「あ、う、うん、そうだね」

 そうだった。

 森の異変が気になり過ぎてすっかり忘れてた。

「それで、何か探してたみたいだけど?」

「あ、うん、お手伝い中にね――」

 と、私は自分が見た物をユーグ君に説明した。

「スキルで森が白く見えた……?」

「うん、なんかね。この辺りだけ、ぱぁって光るみたいに白く見えたの」

「それって、今はどうなの?」

「あ、そっか。ちょっと見てみるね」

 でも、近くで視たらどうなるんだろ? 眩しいかな?

 ちょっとドキドキしながら見張り櫓でやってたようにスキルで森を見てみると、森の奥に強く白い光が見えた。

「あ、やっぱり白くなってる!」

「ほんと? 他には何か見える?」

「ううん。でも、なんかよくわかんないんだけど、この光、すごく綺麗で安心する。あと、たぶんだけど――この先はすごく安全だと思う」

「村に近いとはいえ、森の中は危ないよ?」

「知ってるよ。知ってるけど……行きたいの。お願い。ユーグ君、ついて来てくれる?」

「えぇ……うーん。わかったよ。でも、危なくなったらすぐ逃げるんだよ?」

「うん、わかってる。ありがと」

 そして、森の中に踏み込んでいった私とユーグ君が目にしたのは、見たこともない植物の群生地だった。

 不思議なことに、この辺りまで来ると白い光は見えなくなった。

「うわぁ……なんでここだけ森の中と違うんだろ」

「なんか、どこかで見たような植物がたくさん……? いや、でも……」

 と、ユーグ君は何やら思案している様子。どうしたんだろ?

「ユーグ君、どうかした?」

「いや、うん……僕の記憶違いじゃなければ、この辺りに生えてる植物って、ほとんどが絶滅してるはずなんだよね」

「ふーん、絶滅かぁ……えっ? 絶滅って、無くなっちゃうってことだよね?」

「うん」

「でも、あるよ?」

「うん」

「じゃあ、よく似た植物なのかな?」

「……あー、なるほど、そうかもしれないね」

「だよね! あー、びっくりした。そんなすごい植物がこんなところにあるはずないもんね」

「確かにそうだね。こんな村から近い所にこんなものがあったら、それこそ、この村がただじゃすまないもんね」

「え、そんなにすごい植物なの?」

「えっと、例えばこの草なんかは不老不死の秘薬の材料って言われてる霊草で、こっちの花は死者を蘇らせる反魂花っていうものによく似てるよ」

「へー、どっちもこの辺りじゃ見ないけど、どういう所に生えてるの?」

「どっちも霊的に特殊な場所って書かれてたかな? いわゆる霊峰とか、秘境みたいなところにしか生えないんだって」

「じゃあ、ここのは違うね」

「そうだね。こんなとこに生えてるわけないよ」

 ということで納得した私達は雑多に生える植物を適当に蹴散らしつつ辺りを見て回った。

 ――で、後日、ここが【聖域】っていう場所で、霊験あらたかな秘境であることが判明してユーグ君が軽く発狂しかけてたけど、それはまた別のお話ね。

 軽く見て回った感じ、この場所にはきちんと境界があるようで、森との境に近づくと見覚えのある植物しか見当たらなくなるようだった。

 それをもとに調べた結果、この場所は秘密基地のある広場と同じくらいの広さであることが分かった。つまり、かなり広い。しかも、なぜか動物が入ってこない。

「ねぇ、ユーグ君。ここ、私達だけの秘密の訓練場にしない?」

「え、ここを訓練場にするの?」

「うん、ここなら安全だし、人も居ないから遠慮なく弓の練習とかもできそう」

 この頃の私は弓をよく使ってたから、弓関係のスキルが欲しかったんだよね。

「あー、弓の練習かぁ」

「どうかな?」

「うん、僕は構わないよ。身体を動かす訓練に使えそうだし」

「じゃあ決まりね! 他の皆には内緒だよ? ナナちゃんでも駄目だからね?」

「いや、ナナちゃんは絶対にこういう訓練は付き合ってくれないし……」

「あー、うん、そっかぁ……」

 ナナちゃん、あんまり引き籠り過ぎてるとユーグ君を誰かに取られちゃうよ?



 とまあ、こんな顛末があって、私とユーグ君の秘密の場所ができたってわけ。

 その後はまあ言った通り、一緒に訓練はしてたんだけど、やってる内にコツを掴んじゃって「あ、ここからは一人でも大丈夫かな?」って思ってからはあまり来なくなっちゃったんだよね。

 ……あの後、ユーグ君はどれくらいここで訓練してきたんだろう。

「ねぇ、ユーグ君」

「ん? なに?」

「えっとね。その……私が来なくなってから、ユーグ君はどうしてたの?」

「え、普通に訓練してたけど」

「そ、そうなんだ……」

 ユーグ君はぶれないなぁ。

「うん。カナちゃん、コツをつかんだみたいだったし、来なくなった次の日くらいには、もう一人でも平気かなって思って、僕も訓練には来てなかったよ。ここまで来るのも大変だったし」

 えっ。なにそれ。

「えっ、知ってたのっ?」

「それはそうだよ。ずっと一緒に訓練してたんだし」

「そ、そうなんだ……そっか。ごめんね、黙って居なくなっちゃったりして」

「一緒に訓練って言っても、特に示し合わせてたわけでもないし、謝ることはないよ。僕も、居合わせたらでいいやって思ってたくらいだし」

「そう言えばそうだったっけ」

 言われてみたらそうだ。

 特に約束したわけでもないのに訓練したいなって思った時には傍にいてくれて、ずっと付き合ってくれてたんだよね。

 ……これは女の子に好かれるのも納得ってもんだよ。

「ナナちゃんも、こういう所にやられたのかなぁ……」

「ナナちゃんがどうかした?」

「な、なんでもないっ! っていうか、入ってくる時の草はすごかったけど、中はそうでもないね。むしろなんか、前より整ってない……?」

 最後に見た時は草を適当に切り散らしてたのが。今はきっちり整備されて区分けされてる。

「うん、あの後、ちょっとだけ整備をね」

 これはちょっとどころの話じゃないと思うな。

「そういえば、ここが聖域だってわかってから明らかに植物確保に走ってたっけ……」

「それはそうだよ。なにしろ絶滅種だし」

「外に出しちゃったら、どう考えても騒ぎになるのに?」

「あー、それなんだけど、ここの植物って外に持ち出せないんだよね」

 既に試してたようで、持ち出せなかったらしい。

「え、そうなの?」

「うん、方法が無いわけじゃないんだけどね」

 流石と言うべきなのか判断が難しいところだけど、ユーグ君は既に持ち出す方法を見つけてたらしい。

「その方法を知ってるのはユーグ君だけ?」

「そうなるかな」

「じゃあ、大丈夫……なのかな?」

「たぶんね。それで相談なんだけど、村の近くに聖域があるって言う事をレティスさんと先生に相談しようと思うんだ」

「うん、私もそれがいいと思う」

 というか、人選的にその二人以外にないと思う。

 むしろ今までよく隠してきたよ。

「で、この場所は伏せつつ植物だけを持ち出して見せようと思うんだ」

「うん……うん? 待って待って? この場所は秘密のままにしておくってこと?」

「知ってる人は少ないほどいいかなって」

「それはそうなんだろうけど……もしかして、私との約束、律儀に守ろうとしてない?」

「それもあるけど、やっぱり安全が一番だからね」

「安全?」

「うん、この二人に話しておけば安全なんだよ」

「そうなんだ?」

「そうなんだよ。差し当たって、どうやってこの二人と話をするかが問題なんだけどね」

「あ、それなら婦人会の時が良いんじゃないかな?」

 この村の成人女性達は週に一回くらいの頻度で学校に集まって話をする会を設けてて、それが婦人会って呼ばれてるんだよね。

「あー、それいいね。確か、次の婦人会は――あ、今日だ」

「じゃあ急がないと!」

「いや、いつも夕方近くまでやってるから時間に余裕はあるよ。終わる頃まで訓練してこう」

「えぇ……大丈夫かなぁ?」

「大丈夫だよ。さ、何しよっか?」

「もう、しょうがないなぁ」

 完全に訓練をする態勢に入ったユーグ君に苦笑しつつ、結局、私も訓練をすることにした。



 一通りの訓練を終えて夕刻、学校へ着くと、ちょうど婦人会が解散したところだったようで、学校からぞろぞろと女性陣が出てくるところだった。

「じゃ、いこっか?」

「ちょっと待って!」

「ど、どうしたの?」

「いや、ユーグ君が顔出したらみんな寄ってきちゃうし……」

「えぇ、そんなことないと思うけど……」

 そんなことあるんだよこれが。

 ユーグ君の対成人女性吸引力はすごいからね。ほんとに。

 しばし様子を見て、人数が減ってくると学校の前ではちょうど先生とレティスさんが談笑しているところが見えた。

 あの二人、前から仲良かったけど、ライナス君とレティスさんが付き合うようになってからは、よく一緒に居るところを見かけるんだよね。

「そろそろいいんじゃないかな?」

「そだね。いこっ!」

 足早に学校の方へ向かい、先生たちの方へ駆け寄ってくと、向こうもこちらに気付いたようだった。

「あら、カナタちゃんとユーグ君、どうかしましたか?」

「なんだか珍しい組み合わせですね?」

「あら、そんなことはないんですよ。この子達、昔はよく一緒に訓練をしていたみたいですし」

「ああ、そうなんですね。切磋琢磨しあえる相手がいるのは良い事です」

 あ、これ長くなる奴だ。

 と、すかさずユーグ君が切り出した。

「あ、あのっ、ちょっとお時間頂けませんか?」

「大切な話があるのっ!」

 私達の言葉に二人はきょとんとした後、はっとした表情になって、詰め寄ってきた。

「ユーグ君っ! まさかカナタちゃんと一線をっ? くっ! これは思わぬ伏兵でした!」

「い、いけませんよ二人ともっ! 私だってまだ――じゃなくてまだお二人は子供じゃないですかっ!」

 なんか、盛大に勘違いされてる。あと、先生が失礼なことを言ってる気がする。

「いやあの、と、とにかく、どこか落ち着ける場所でお願いします」


 というわけで、学校の指導室でお話をすることになった。

「それで、大事な話とは何でしょう?」

「私も同席して欲しいという事ですが、なにか危険な物でも見つけました?」

「えぇっと、危険な物じゃなくって――これです」

 と、ユーグ君は以前持ち出したという聖域の植物をテーブルの上に並べた。

「これは――ユーグ君、これらはどこで?」

 植物を見るなりすぐに険しい表情になった先生がユーグ君に詰め寄った。

 いつも優しい先生がこんな顔をするだなんて、初めてだった。

 でも、そんな先生の様子を予測していたのか、ユーグ君は落ち着いた様子で答えた。

「この村のすぐ傍に聖域を見つけました」

「聖域ですかっ? しかもすぐ近く?」

 今度はレティスさんが驚いた顔をしてた。聖域って、そんなにすごいところなんだ……。

「聖域……確かに、聖域ならこれらが自生していてもおかしくはないですが」

「あの、これって見間違いじゃなければ絶滅したはずの……」

「……間違いありません。本物です」

「これ、世紀の大発見では……ユーグ君、聖域の場所は――」

「すみません。言えません」

「えぇっ! ですが、これは――」

「レティスちゃん。駄目よ」

「えっ、マリアさん?」

「ユーグ君、聖域の場所を知っているのは?」

「僕とカナちゃんだけです」

「――そう。じゃあ、この話は聞かなかったことにしましょう」

「「えっ!」」

 とんでもない発言をした先生に対し、私とレティスさんの声が重なった。

 が、ユーグ君の方は違ったらしい。

「……はーっ、よかったぁ。先生なら、そう言ってくれると思ってました……」

「ふふっ、ユーグ君、賢明な判断でしたね?」

「はい、以前に本で読んでいたので」

「知識を蓄えるのは良い事です。今回のことはいい勉強になりましたね」

「はい」

 何やらにこやかに会話を始める二人に対してこっちの思考が追い付かない!

「えっと、あの、ちょっと待って! えっ、どゆことっ?」

「あ、あの、マリアさん、ギルド側としましても、聖域があるとなれば調査を……」

 と、身を乗り出して食い下がるレティスさんを手で制し、先生がユーグ君の方を向いた。

「ユーグ君、聖域の規模と中の様子を教えていただけますか?」

「えっと、規模は秘密基地の広場と同じくらいで、中は先程見せたような植物がたくさん生息してます」

「それ以外には?」

「何もないです」

「――という事だそうですよ?」

「あ……遺跡の類はないんですね」

 レティスさんがホッとした様子で椅子の背もたれに身体を預けた。

 どうやら、遺跡って言うのがあるとまずいらしい。

「はい、それらしい物も痕跡もありません」

 確かに、あそこには何もなかったね。

「最初は草だらけだったもんね」

「草だらけですか……自浄作用が無いとなると、廃棄された聖域なのでしょうか。薬草類が生えていたという事は、個人的な物である可能性もありますね」

「そうかもしれませんね。この辺りは大戦前まで錬金術師が住んでいたという記録がありますし」

「そう言えば、そのような記録がありましたね。それが今まで誰も気付かずに放置されていたとは」

「村の付近であるにもかかわらず人除けの術の類は私の方では感知できていませんから、よほど高度な錬金術による隠蔽が施されている可能性は高いですね」

 先生って、この村の中央から一定範囲内で魔法を使われたらわかるように結界って言うのを張ってるらしい。あとで聞いたんだけど、それって実はすごいことなんだってさ。

「なるほど……」

「まあ、なんにせよ。なかったことになるものですから、私達がどうこう言うものでもありません」

「……そう、ですね。今更このような物が見つかったとなると、この村に人が押し寄せる騒ぎになってしまいますし」

 あ、やっぱりそれくらいの大事なんだ。その草って。

「ええ、何しろ、手軽に蘇生薬が量産できてしまいますからね」

 うん、とんでもない大事だった。

 蘇生薬って言ったら、歴史の教科書にも載るくらい曰くのある薬だもんね。

「でも、ちょっともったいないような気も……」

「ちなみにユーグ君、これの持ち出しはどうでした?」

「すごく苦労しました。普通に持ち出そうとしても無理だったので」

 持ち出し方法は私も聞いたけど、手順とか準備がすごくめんどくさかった。

 少なくとも私はやろうと思わない。

「ということですし、潔く諦めましょう」

「……ですね。あ、ですが、これはどうしましょう?」

 と、レティスさんが期待のこもった目で持ち出した分の草を見る。

「ユーグ君はどうするつもりだったのですか?」

「これは見せるために持ち出しただけなので、できたら処分は先生に任せたいと思ってます」

「あら、私で良いのですか? てっきりナナリーさんに渡す物かと」

「いえ、ナナちゃんに見せると連れてけって煩いと思うので」

 あー、うん、そうだろうね。

「ふふっ、それもそうですね。わかりました。これは私が責任を持って処分しますね」

「うぅ……もったいないですけど、仕方がないです」

「あの、レティスさん、なんでそんなにこれが欲しいんですか?」

「あ、いえ、その……」

「実はね。今、村のギルドは財政難に陥っているんですよ?」

「あぁっ、言わないでくださいっ!」

「「えっ!」」

 今度は私とユーグ君が驚く番だった。

「って、それって僕達が聴いていい話なんですか?」

「うーん、カナタちゃんはともかく、ユーグ君は全く無関係とはいえないんですよね」

「えっ、僕ですか?」

「ユーグ君、またなんかやらかしたの?」

「またって何っ? 僕がやらかしたのはせいぜいライナスと温泉を――あっ」

「はい、それですね」

「えっ、なになに? 温泉とギルドの財政難にどんな関係があるの?」

「温泉ができたことで村の拡張計画が始動したのは知っていますね?」

「えっと、色々と建物を建てる準備とか、引っ越してくる人とかもたくさんいるんだっけ?」

「さて、そのお金はどこから出るのでしょうか?」

「こういうのって、国から助成金って言うのが出るんじゃなかったっけ?」

「通常は出ますが、今回の場合は出ないんですよね」

「えっ、どして?」

「国が助成金を出す場合と言うのは必要だから出すのであって、必要が無いと判断するか、その判断ができない場合は現地負担となってしまうんです」

「じゃあ、この村の拡張は必要ないって判断されたの?」

「いいえ、今回は判断ができない場合に該当します」

「その判断をする人って誰なの?」

「この地方の領主様です」

「あー、そう言えば、近い内に村に来るって話を聞いた気がする」

「はい、ですので、まだ判断が出来ていない状況かつ、助成金自体もすぐに出るというわけではないため、当面の資金はすべてギルド持ちと言う事になっているんです」

「なるほどー、あれ? でも温泉が湧いたのって二年前だったよね? その時にも一回来てなかったっけ?」

「あの時はまだ温泉も湧いた直後でしたからね。あの時点で村の拡張は五年以上先を見据えて動いてましたので……」

「え、じゃあ、なんで早まっちゃったの?」

「実は、温泉と合わせて急激に需要が上がった物があるんです。そうですよね。ユーグ君?」

「あー、いや、はい。なんか、すみません……」

「んんっ? ユーグ君、他にもやらかしてたの?」

「うん、温泉ができたから、割れない容器入りの携帯できる液状石鹸とか折りたたみ式の手桶とか、冒険者需要を狙った温泉道具一式を村の道具屋さんと薬屋さんに相談して作ってみたら、すっごく売れちゃって……」

「そう言えば、女性冒険者が一時期すごい来てたっけ。今も多いけど、まさかユーグ君のせいだったなんて……やっぱり大人の女性をどうにかするスキルが――」

「ないからね?」

「冗談だよ。でもそっか、あれってユーグ君が絡んでたんだね。よく思いつくねぇ」

「ほら、僕ってよく冒険者の人達と話すからさ」

「なるほど、よく大人のお姉さん達に囲まれてるもんね」

「それでいじるのやめてよね。とにかく、よく話をするんだけど、その時話題に上がるのが旅の最中のお風呂とか水浴びなんだよね」

「あ、それは私も聞いたことある。持てる荷物が限られるから、お風呂道具とかが持って行きにくいんだよね? だから精々お湯を沸かして布で拭くくらいしかできないって言ってた」

「そうなんだよね。だから、そう言った点を解消する商品を作ったら売れるんじゃないかって相談したらサラさんが凄い乗り気になっちゃって……」

 ナナちゃんのお母さん、お金儲けが好きだからなぁ。

「そう言う経緯もありまして、冒険者伝手で噂が広まった結果、多くの冒険者がこの村に来るようになって、今度は宿が足りなくなって――」

「と、このように、次々と対応していった結果、ギルドの予算が底をついたわけですね」

 なんだか鬱々として来たレティスさんを制するように先生が締めくくった。

 うん、大変だったことは伝わったよ。

「うわぁ、温泉湧いてからそんなことになってたんだ」

「はい、本当に大変なんです。このままでは職員の給料が払えなくなってしまいそうで……」

 ありゃ、それは大変だぁ。

「それで、この草が欲しい、と」

「はい、ほんの一束でもいいんです。換金はきちんと信頼できる商人に頼みますから」

「うーん、ナナちゃんはどう思う? 僕としては責任を感じてるから仕方ないとは思うけど」

「え、私? 私は別にいいと思うよ? レティスさんが信頼してる商人さんならバレないだろうし」

 それに、レティスさんが困ってるなら助けてあげたい。

 あ、でもひとつ気になることが。

「ちなみに、この草って、お値段どれくらいになるの?」

 なんかすごい草だって言うのはわかったけど、いまいちピンとこない。

 まあ、蘇生薬の原料になるってくらいだし、金貨十枚くらいにはなるんじゃないかな?

 私、金貨なんてみたこともないけど。 

「これだけあれば最低でも金貨五千枚は……」

「金貨ごせんまいっ? こんな草がっ?」

「現在の価値だと、もっと出す方も居るでしょうね」

 と、先生が言う。もっと出す人も居るんだ……ちょっと価値観揺らいじゃうな。

「一応、危険手当と秘匿義務込みでの料金ですから」

「となると、それ位が妥当でしょうか」

 そう言って、先生が草の束をひとつ、レティスさんに渡した。

「ありがとうございます! ユーグ君、カナタちゃん、本当にありがとう!」

「いえ、財政難は幾分か僕のせいでもあるので……」

「私はただいいよって言っただけなんだけどなぁ」

「それでも本当に助かりましたから……」

 レティスさん、うっすら涙を浮かべてる。本当に困ってたんだね。

「えっと、ひと束で良いって言ってましたけど、本当に大丈夫ですか?」

「あ、そうだね。ギルドが危なくなるくらいだったんなら、もう二、三束持ってけばいいんじゃないかな?」

「いえ、これ以上は必要ありません。これだけあれば十分に回して行けます。現在の出費は少し落ち着いて、昨年ほど多くはありませんので」

 そう言えば、去年は色々とバタバタしてたっけ。

 いろんな建物も増えたし。

「去年は凄かったよねぇ。うちもかなり稼いだよ」

「ああ、アイスですね。去年は私も頂きましたが、甘くて冷たくて、とても美味しかったです。今年も販売を?」

「するって言ってたよ。今年もユーグ君の手も借りる予定なんだぁ」

「あ、今年もお手伝いをするんですね」

「はい、製菓のスキルが習得できそうなんです」

「お菓子作りですか。ユーグ君は将来何になるのか楽しみですね」

「まだ迷ってるんですけどね」

「進路相談なら、いつでも受け付けていますからね?」

「はい、相談したい時は伺います」

「せんせぇ、私は?」

「カナタちゃんは……もう少し頑張りましょうね?」

 と、ちょっと困り顔で先生が言った。

「オババと同じこといわれたぁっ!」

 まあ、うん、最後に脱線したけど、とりあえず聖域のことはどうにかなったみたいね。



 帰りギルドに戻るレティスさんも一緒の道中となり、ライナス君の話で盛り上がった。

 いやー、ほんとライナス君は話題が尽きないくらい色々とやらかしてるよね。

「ライナス君は昔から面白い子なんですね。他にも何か面白い話はありますか?」

 面白い話かぁ。そう言うのは私よりもユーグ君の方が多いかも。

「うーん、そうだなー。ユーグ君は何かある?」

「え、僕? あー、あまり面白い話じゃないけど、ライナスってヘビが苦手なんだよね。その理由が昔、森で遊んでる時にヘビがおち――あ、着いたね。じゃあ、この話はまた今度ってことで」

「え、おち――なんなんですっ? 気になりますっ!」

「いや、大した話じゃないですよ? ちょっとクスッと来るくらいで」

「私も気になるよ! 気になって夜も眠れない!」

「カナちゃんは平気じゃないかな?」

「ひどいっ! でもそうかも!」

 実の兄が死んだ後でも毎日快眠だったもんね!

「あ、あの、話の続きを――」

「それよりレティスさんは早く換金に行かないとだめなんじゃないんですか?」

 そう言えば、今日はファマルさんが戻ってくる日だったっけ。

 たぶん、信頼できる取引相手ってファマルさんのことなんだろうなぁ。

 なんせ、村に来てる商人で唯一、ナナちゃんの商品を扱ってる商人でもあるし。

「ああっ! そうでした! で、では、次! 次の機会に絶対に話してくださいねっ?」

「はい、また今度」

「またねー」

「今日は本当にありがとうございました!」

 ペコっと一礼し、ギルドの方へ駆けて行くレティスさん。

 あれでオババや先生よりも年上だって言うんだから凄いよね。

「レティスさんって可愛いよね。あと、若々しいし」

「長命種は心身共に若い時期が長いらしいからね」

「へー、心の方も若いままなんだ?」

 てっきり中身はお婆ちゃんだと思ってた。

「そうみたいだよ? 長命種の冒険者さんが言ってた」

「あー、もしかして、結構頻繁にこの村に来るエルフのお姉さん?」

「え、そうだけど。カナちゃんも知り合い?」

「え」

 それはこっちの台詞だよぅ。

 だって、あのお姉さん、間違いなくユーグ君を狙ってるもん。

 そして当の本人は知り合い程度の感覚だもの。

「お姉さん、可哀想……」

「えぇっ! 急にどうしたのさっ!」

「ユーグ君は朴念仁だなぁ」

「なんなの唐突に! ナナちゃんはすぐ叩くけどカナちゃんはわけのわからないこといきなり言うよね!」

「んー、よし、決めた! 今後、ユーグ君には私が特訓を付けてあげる!」

 じゃないと、ユーグ君に翻弄される女性がたくさん出ちゃうもんね!

「えぇ……なんなの急に? でも特訓って何?」

 特訓って言う言葉に興味をひかれてか、ユーグ君が寄ってくる。

 見た目に似合わず修行とか訓練とか、汗臭い単語が好きなんだよね。

「ふっふっふ、それはね――乙女心を知るための特訓だよ! ユーグ君はちょっと子供過ぎ!」

「いや、そう言うのはちょっと。今はスキルの習得に専念したいし」

「えー、でも、そんなんだとユーグ君、いつかナナちゃんにも愛想尽かされちゃうかもよ?」

「ははっ、まさか」

「……うん、自分でも言ってて無理があると思った」

 ナナちゃんを引き合いに出すのは間違ってた。

 でも、食い下がった甲斐はあったようで、ユーグ君が聞いてきた。

「ナナちゃんのことはともかく、僕ってそんなにおかしいかな?」

「おかしいって言うか、天然の人たらしって言うか……うちのお母さん曰く、若い頃のミレイさんみたいだって」

「若い頃の母さん?」

「うん、すっごい競争率高かったらしいよ? 貴族様にも目を付けられてたとか」

「えぇ……あまり聞きたくなかったよ。親のそう言うのって」

「あー、うん。わかるよ。ごめんね」

 私も昔、お母さんとお父さんの馴れ初めを聞いて今のユーグ君みたいになったし。

「いいよ、悪気があったわけじゃないんだし――あれ? じゃあ、僕ってそんなに女の子に人気あるの? まったくそう言う実感が無いんだけど」

「えーっと……」

 どうしよう、正直に言った方がいいのかな?

 ――村中の女性から狙われてるって。さすがに全員じゃないけどね。

 ナナちゃんがいるから誰も何もしないだけで、ナナちゃんがいなかったら、今頃大変なことになってると思う。

「ほらやっぱり!」

「あー、いやほらっ、ナナちゃんは当然として――あっ、私! 私が居るしっ? あとセリアとかルッシーも!」

「いや、みんな幼馴染だし、そもそもシアちゃんは――」

「えっ、やっぱり男だったの?」

「いや、そう言う事じゃなくてシアちゃんにはファマルさんが居るし」

「あ、そう言う……」

 結局、ルッシーの性別はわからずじまいかぁ。

 でも、ファマルさんとそう言う関係ってことは男説が濃厚か……?

 いやでもファマルさんって言動とか男らしいところあるし、女同士ってのもありっちゃあり?

「なんか失礼なこと考えてない?」

「な、なんにも? それより、特訓の件だけどさ」

「うん」

「ユーグ君のお手伝いとか、訓練の邪魔にならなければやってくれる?」

「出来るなら別にいいよ?」

 よし、言質は獲った!

「じゃあさ――」

 と、私はとある提案をしたのだった。


 その夜、ナナちゃんとセリアにもその話を通し、それぞれ「面白そう」「な、なにを考えてるんですか!」という対照的な意見を貰ったものの、私の提案は受け入れられ、実行されることとなった。

 ルッシーにもお願いしようかと思ったけど、ファマルさんがいるのでやめておいた。

 で、その提案って言うのが――

「一緒に寝るって、それだけで特訓になるの?」

 夜、ユーグ君と私たち女性陣の誰かが一緒のベッドで眠ることだ。

 これで女性に対する意識を高めてもらおうって寸法よ!

「なるなる。今日は私だけど、明日はナナちゃんで、明後日はセリアだからね?」

「ん、明日は気合入れてく」

「こ、この年で同衾は何かと不味いとは思いますが……私も覚悟を決めます!」

「意味が解らないよ……でも、二人で一つのベッドは狭くないかな?」

「大丈夫だって、くっついて寝ればイケるイケる」

「えぇ、この時期にくっついて寝るのはちょっとやだなぁ……」

「いいじゃん、まだ夜と朝方は冷えるんだし」

 と言う、ここまでの会話でなんとなくわかるだろうけど、ユーグ君、私達と同衾すること自体には何ら抵抗を抱いていない様子。これだから天然は!

 でも、だからこそ、この特訓なんだよ!

 だってユーグ君、私達だけじゃなく、女性に対して性を意識しなさすぎなんだもん!

 精々大きなおっぱいを見る時だけだよ!

 あと、身体を押し付けても無反応なのが許せない。

 私にだって女性としての尊厳ってものがあるのよ。

「わかったよ。でも、そもそもこれって何の特訓なのさ?」

「だから、乙女心を知るための特訓!」

「寝るだけなのに?」

「ふっふっふ、果たしてそう言ってられるかなぁ?」

 女の子と一緒に寝ていると男の子は辛抱たまらなくなる!

 ――ってお母さんが言ってたし!(乙女心関係なし)


 で、寝る時間になって、私はユーグ君の部屋にお邪魔することになった。

「おー、綺麗に整頓されてるねぇ」

 あと、本がいっぱいある。なんか見たことのない道具とかもいっぱいだ。

 というか、色んなものが雑多に有りながらきっちり整頓されてるってしゅごい。

「僕はもう少し起きてるんだけど、カナちゃんは先に寝る?」

「えっ」

 今の時間はいつもなら就寝時間で私はとっくに床に就いているけど、ユーグ君はまだ寝るつもりはないらしい。

 そして私は昼間の訓練もあって結構眠かったりする。

 おまけに温泉に入ってきた後だから体もポカポカしてるし、今が寝るには最高の時間だ。

 でも、特訓……あ、こうしよう。

「んー……じゃあ、お布団の中で待ってる」

 うん、我ながら名案だ。お布団の中でぬくぬくしながらユーグ君を待とう。

「う、うん、そう? じゃあ、僕は作業してるから」

 なんかユーグ君が動揺したような気がしたけど、眠気でボーっとしてる為、私は何も言わずベッドの中に潜り込み、じーっとユーグ君の背中を観察することにした。

 シャッ、シャッ、と、なにかを削る音を聞きながら、すん、と小さく息を吸うと、ユーグ君の匂いがした。

「このベッド、ユーグ君の匂いがする……」

「僕のベッドだからね」

 だよね。でも、この匂い、なんだか安心するなぁ。

「ん……この匂い、好きかも……」

 バキッ、と、なんか鈍い音がした。

「どうしたの?」

 起き上がって尋ねると、ユーグ君が慌てた様子で返事をした。

「な、なんでもないっ!」

 なんか失敗しちゃったのかな?

「大丈夫? 怪我とかしてない?」

「うん、平気、平気だから寝てていいよ?」

「うん……ちゃんと起きて待ってるからね?」

「そ、そうっ? 先に寝ていいんだよっ?」

 ん? 今なんか声が裏返ってた? 気のせいかな。

 再び横になり、ユーグ君を見守ることにする。

 あー、それにしても、ユーグ君の匂いに包まれてぬくぬくしてたら眠くなってきちゃった。

「ふぁ……ねむ……先に寝ちゃったらごめんねぇ」

「いいから気にしないで寝ていいからね?」

「んー……」

 ぼんやりしつつ作業に没頭するユーグ君の背中を見ていた私は、いつしか眠りに落ちて行った。


 で、翌朝。ちんちんと鳴く鳥の声で目が覚めた。

「ん……ふわぁ……んー、もうあさぁ?」

「……すぅ、すぅ……」

 すごい近くにユーグ君の寝顔があった。

「おふぅっ……これはヤバい……」

 ユーグ君に女を意識させるはずが、こっちがドキドキしてきちゃった。

 そして今気付いたけど、私、ユーグ君に腕枕されてる。え、なにこれ恥ずかしくて死ねそう。

 ……ひとまず脱出しよ。

 脱出しようと身体の向きを反対側に変えた所で「あれ……枕が……」と、寝ぼけたユーグ君がこっちに抱き着いてきた! 私は抱き枕じゃないよ!

「ひぁっ!」

 おまけに掌がちょうど私の胸をわし掴んでる!

「ぇ、ちょっ、はなし――」

 離して、と言おうとしたところで、聞き捨てならない言葉が聞こえた。

「うぅん……いまいち」

「何がいまいちだこらぁっ!」

 ナナちゃんほどじゃないけど掴めるくらいはあるもんっ!

 怒りに任せてユーグ君の頭に拳骨を落とし、朝一で怒鳴り声をあげる私だった。


 その後、謂れのない暴力を受けたと騒ぐユーグ君に対して、なんとなく状況を察したらしいナナちゃんが「ユーくんが悪い」と言ってくれたおかげで、ユーグ君が全面的に悪いということで話しは落ち着いた。

 まったく、あんなふうに胸を揉まれるなんて初めてだよ。

 ……あれ、思い出したら急に動悸が? なにこれ病気? まさか恋ってやつじゃ?

 いや、それはないか。だって、ユーグ君は家族みたいな物だもん。

 実際、従兄だし、似たようなものだ。だからこれは違う。違うったら違う。

 まあ、それはそうと、今日も今日とて朝から訓練だ。

 本日の参加者はユーグ君、ナナちゃん、セリア、私の四人で、ルッシーはファマルさんが戻ってきてるため、昨晩のうちに実家に戻った。

 ライナス君はさっき帰ってきて寝た所だね。

 本日の早朝訓練はまず柔軟体操。二人一組になってやるということで、初参加である私の相棒はユーグ君になった。

「じゃあ、まずはカナちゃんからね。まずは足の筋肉を延ばそう」

 足の筋肉を伸ばすとな。

 視線をもう二人の方へやると、足を延ばして座るナナちゃんの背中をセリアが押している。

 ナナちゃんは死にそうな声を出してるけど、あれくらいならできそうかな?

「えーっと、ああいうふうにやればいい?」

「うん、僕が押すから、痛かったら言ってね?」

「はーい」

 返事を返してナナちゃんと同じ体勢になると、ユーグ君が背中を押してきた。

「おぉー」

 ググッと背中が押され、身が倒れると共に足の太腿や脹脛の筋肉が伸びるのがわかる。

 そのままぺたりと上半身を倒し切ると、ユーグ君が驚いていた。

「おぉっ、カナちゃんすごく柔らかいねっ!」

「ふっふーん、まあ、これくらいはねー」

「じゃあ、そのままの体勢で十秒ね?」

「えっ」

 なんてやり取りがありつつ、朝の訓練を終える頃にはすっかり日が昇っていた。


「よし、じゃあ、一旦ここまでにして、朝ご飯を食べに帰ろう」

「ん、朝から疲れた……」

「準備運動としてはちょうど良かったです」

「いや、結構きついよこれ……」

 けろっとした二名に引き連れられて家に戻る途中、ユーグ君がなぜかこっそり話しかけてきた。

「あのさ、ちょっと聞いてもいい?」

「んー? なぁに?」

「カナちゃん、なにか香水とか香料入りの石鹸使ってる?」

 そんな高い物を買う余裕なんてないよ。

「え、使ってないけど」

「あれ、そうなんだ……てっきりナナちゃんから新しい石鹸とかの実験台にされてるものかと」

 いや、ナナちゃんはそんなこと――無きにしも非ずだけど、少なくとも心当たりはないかな。

「いや、そんなことないけど、なんで?」

 聞き返すと、ユーグ君が挙動不審になった。

「えっと……その、怒らない?」

「なんで私が怒ることになるの? いいから言ってみて?」

「じゃあ、言うけど……昨日、カナちゃんと一緒に寝た時にすごくいい匂いがして……」

 ……ふむ。私からいい匂いがした、と。

 私は香水は勿論、香りの良い石鹸なんて使ってない。使ったことはあるけど、大分前だし。

 えー、つまり、なんだ。

 ユーグ君が嗅いだ匂いってのは天然物――つまり、私の匂いってわけで。

「……どんな匂いだった?」

「え、なんか、甘酸っぱいような。えーっと、ほら、僕の好きな森苺みたいな匂いだったよ」

 森苺って言うのは森に生ってる野生の苺で、甘酸っぱくて美味しい果物だ。

 ちなみに私とユーグ君の好物でもある。

 私ってそんな匂いがするんだぁ。へーそっかぁ。(現実逃避)

「あの、カナちゃん……?」

「うん、わかったわかった。つまりユーグ君は勝手に私の匂いを嗅いだと」

「……はい、ごめんなさい。一応、弁明させてもらうと隣で寝てるから仕方が無いかと」

 確かにおっしゃる通り!

「うぅん……匂いでどうこうは私も言うけど、いざ自分がされるとこんなにも恥ずかしいなんて思わなかったよ」

「だよね。僕も昨日思い知ったよ……」

 あー、昨晩のはユーグ君にも効いてたらしい。

 私も眠かったとはいえ、とんでもないことを言ってた気がするもん。

 今後はそう言う部分で自分の発言に気を付けた方がいいのかもしれない。

 それにしてもユーグ君、朝からずっとそうだけど、私への対応が普通だ。

 やっぱり一緒に寝たくらいじゃ女性を意識させるのは難しいのかもしれない。

 まあ、特訓は一日目が終わったばかりだし、今後に期待するとしよう。

 そしてね。今更なんだけど、私ってこのままいくと村人から卒業できないっぽい。

 というのも、私のスキルって嫁スキル以外は料理スキルと自前のスキルだけなんだよね。

 嫁スキルだけだと昇格は勿論無理だ。料理スキルも同じく。

 そして自前のスキルって、今のところ防人隊での見張りと聖域を見つけるくらいしか役に立ったことが無い。

 聖域を見つけられたのはすごいことだけど、聖域なんてそうそうある物じゃないし、見張りだって別に目が良ければ私以外の人でもできる。

 極端な話、私のスキルは目が良くなるだけなんだよ。

 ……という事に、今更気付いたんだよね。ほんとついさっき。

 ユーグ君を見てて、成人したらどんな職業に昇格するんだろっていう考えから、そう言えば私って昇格できたっけって思い至った現在がこうである。

 なんとなくスキル取得しておくかなぁ。なんていう軽い気持ちで訓練に合流したけど、もしかしたら私、セリア以上にヤバい立場なのかもしれない。

 セリアは職業がアレだから昇格の必要なんてないし。

「……えっとさぁ、ユーグ君、もしかして私って焦らないとヤバい?」

「えっ、だから訓練に参加したんじゃないの?」

「気付いてたなら教えてよ!」

「いやだって、カナちゃんは嫁スキル習得済みだったし、料理スキルもあるから昇格しないで誰かのお嫁さんになるのかなって」

 確かにそう言う人生もあるけどさぁっ!

「そもそも相手がいないよっ!」

「じゃあ、本気で何かスキル習得しないと落伍者になっちゃうよ? カナちゃんの様な場合だと、落伍者になったらお見合いで村の誰かのお嫁さんになるんじゃなかったっけ?」

 大して好きでもない人とお見合いさせられて結婚とか最悪っ!

「それだけは嫌っ! 頑張るから見捨てないで!」

「もちろん、見捨てないよ。伯母さんからも頼まれてるし」

「え、そうなの?」

「うん、なんか、なんだったら二番目でもいいからカナタをよろしく。とか? 二番目って何のことか知らないけど、ちゃんとスキルを習得できるように面倒は見るからね?」

 ユーグ君、たぶんそれ、ユーグ君が思ってるほど軽い話じゃないと思うな?

 って言うかお母さん、人が居ない所でなんてことを!

「絶対スキル習得して昇格してやるぅっ!」

「お、おー、気合入ってるね……ところでカナちゃん、昇格したい職業は決まってる? あと四年あるから、割と選択できる範囲は広いよ?」

 ……そう言えば考えてなかった。でも、まだまだ間に合うらしい。

「あ、そうなんだ?」

「その分、頑張らないといけない職業もあるけどね。だから、決めるなら早めにね?」

「う、うん、わかった」

 昇格かぁ……狩人はちょっと成りたかった職業だけど、私には無理っぽいから別なのを考えないとね。死にたくないし。

 そう言えば、私のスキルと同じのを持っていた過去の英雄って、どんな職業だったんだろ?

 出来たらこのスキルを活かせる職業に成りたいし、今度調べてみよう。

 目が良くなるだけのスキルで英雄になれたんだし、きっとすごい職業に違いない。

 ゴミスキルと言われていたスキル持ちでも頑張れば英雄になれるんだし、私も頑張って英雄に――とまではいわないけど、きちんと昇格して一人前の大人になりたい。

 まあ、あと四年あるし? きっとなんとかなるだろう。たぶん、きっと。


 ゴミスキル持ちの私だけど、将来の為に精一杯生きてくよ!

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