五スキル目 使用すると死ぬスキル
未投稿文。11話まで。
11話で一区切りとしてあります。
この世界にはなんでもあるけど、何をしても良いってわけじゃないんだよな。
そんな至極当たり前のことを言っていたお兄さんは、冒険者の人達に捕らえられ、街に連行されて行ってしまいました。どうやらお兄さんは食い逃げの常習犯だったとのことでした。
ちなみにそのお兄さんは異世界人だったようで、俊足系のスキルを駆使して逃げていたと友人から聞きました。
お兄さんを捕まえたのは、その友人のお父様でした。
彼女のお父様は有名な冒険者で、普段は村に居ないのですが、その日は偶々帰ってきていたようでした。お兄さんは逃げる間もなく捕らえられたそうです。
お兄さんはなぜ食い逃げをしていたのか、それは私にはわかりません。
ただ、お兄さんが好きでそのようなことをしていたわけではないという事は、幼かった当時の私でもわかりました。
捕まってしまった後は話す暇もなかったので、もしまた会えるのなら、もう一度お話をしたいと思っています。
迷える者を諭し導くのも、神に仕える者の役目ですから――ああ、私は、とある村の教会に所属させていただいている身なのです。
私が所属する教会は女神エクサリサ様を崇める教派で、博愛と豊穣を司るエクサリサ様の元に環境保護や農耕術を広めるべく活動をしております。
私自身は村の出身ですが、幼い頃に両親を亡くしてしまったので、自宅から教会に通う日々を送っています。
ああ、そう言えばここ最近は村の拡張計画が持ち上がっていて、その先駆けとして村の外れにあった私の家の隣には、新しく家が建ちました。
しかも、その家に住むのが私の友人達だと言う事をつい先ほど聞きました。
なので、今日はこれから引っ越しのご挨拶に伺う所なのです。
が、まずは朝の御祈りを済ませてしまいましょう。
「女神エクサリサ様、どうか村の皆に御加護を……」
――いつもの御祈りを済ませ、軽めの朝食を取った後、私は隣の家の様子を伺いに外へ出ました。
どうやら今日がお引っ越しの日だったようで、荷車を引く友人の姿がありました。
「ユーグさん、おはようございます。今日がお引っ越しの日だったのですね」
「あ、シアちゃん、おはよう。そうなんだよ。ナナちゃんの荷物が多いから、早い内から運んでるんだよね」
ユーグさんは私の一つ年上なのですが、昔から現在に至るまで私の事をシアちゃんと言う可愛らしい呼称で呼ぶので、そう呼ばれるたびになんだかむず痒い思いをします。
それはともかく、現在は早朝――よりも少し早い時間帯で、畑仕事をしている方々がちょうど起き出すくらいの時間です。
このような時間帯から引っ越しを始めて、荷車には結構な数の荷物が載っていました。
そして、ユーグさんの言い方だと、まだまだ荷物はある様子。
それだけたくさんの荷物があるとなると、大変でしょう。
「そんなにたくさんあるのですか? 私もお手伝いしましょうか?」
「うーん……じゃあ、お願いしようかな? 教会の方は大丈夫?」
「はい、今日はお休みをいただいておりますので、遠慮なく頼ってください。これでも結構力持ちなんですよ?」
こういう時は助け合いです。
私の職業も力仕事に向いていますし、問題はありません。
「あー、うん、知って――あ、いや、そうだね。じゃあ、ナナちゃんの家に行ってくれるかな?」
「はい、ナナリーさんのお家ですね」
と言うわけで、引っ越しのお手伝いをすべくナナリーさんのお家まで来ると、沢山の荷物を荷車に積み込んでいるナナリーさんの姿がありました。
こちらの荷車にも、先程ユーグさんが引いていた物に負けず劣らずの荷物が大量に積まれていました。恐らくナナリーさんが使用している製薬用の器具類でしょう。
あ、ナナリーさんも、私の友人の一人です。
「ナナリーさん、おはようございます。お手伝いに来ました」
ナナリーさんは村の薬屋さんの娘で、薬の生産や新薬の開発に勤しんでいる為か、部屋に籠りきっているようで、村の中ではめったに見かけることがありません。
私が彼女の姿を見たのは、およそ半年ぶりでしょうか?
「ん、おはよう。ルシアは今日、おやすみ?」
「はい、シスターが今日は特にやることがないから、たまには休めとおっしゃられたので」
「……おやすみなのに、いいの?」
「はい」
「……ん、助かる。じゃあ、この荷車をお願い。私が引くから、後ろから押して欲しい」
「はい、任せてください」
荷車の後ろに回り、持ち手を掴んで軽く押してみると、思いのほか軽いようでした。
「思ったより軽いですね?」
「……そう? じゃあ、ゆっくり行くから、お願い」
「はい、荷崩れしないように、気を付けて行きましょう」
「ん、私の速度に合わせて欲しい」
「はい、わかりました」
荷物には割れ物もあるようですが、ナナリーさんの指示に従って行けば大丈夫そうです。
ナナリーさんと荷車を押していくと、また一人、友人と出会いました。
「あっ、ナナリーさん、おはようございます! それと、後ろの方は……? ああ、ルシアさんでしたか。おはようございます!」
元気よく挨拶をしてきた女性はセリアさんでした。
彼女が食い逃げのお兄さんを捕まえた冒険者さんの娘です。
「ん、おはよう」
「セリアさん、おはようございます。これからお仕事ですか?」
セリアさんは村の防人として働いているのです。
防人の方々は朝昼晩と交代しながら村の秩序と安全を守る為に働いており、セリアさんは朝から昼にかけて見張りに就いていることが多いそうです。
「ええ、この後向かいます。私も午後から引っ越しなので、様子を見に来ました」
「確か、セリアさんも住むという話でしたね」
「はい、流石に成人前の男女が二人きりと言うのは外聞的に良くないという事で、私が監視役になりました」
「なるほど、それで……」
ユーグさんとナナリーさんの仲睦まじさは周知の事実なので、お二人の同居と言う点では得心していたのですが、セリアさんも同居するという話には少々違和感を抱いておりました。
しかし、監視役と言う事であれば納得です。
セリアさんは、その……真面目なので。
「ええ、私としても、今回の同居はありがたくもあります」
「と言うと?」
「ユーグさん達に付き合って鍛錬やスキルの習得をして行こうと思いまして」
「ああ、なるほど……」
ユーグさんは村の各所でお手伝いに励み、様々なスキルを習得しているのです。
スキルの習得は長い期間が掛かるものなのですが、なぜかユーグさんの習得期間は常人のそれよりも短く、彼の作業風景は当人の与り知らぬところでこっそり観察されていたりするのです。
「そういえば、セリアさんは今、どれくらいのスキルを?」
セリアさんの年齢だと、村の手伝いを始めて二年……順当にいけば三つから四つはスキルを習得しているはずです。
「えっと……家事スキルだけ、ですね」
「……え?」
えっと、確か、セリアさんが本来持っているスキルは正体不明かつ使用できない物で……習得したのが家事スキルだけ、と。
この村に限った話ではありませんが、人が生きていくためには働かなくてはなりません。
尚且つ、女性ともなると家庭に入ることになる方が大半で、家庭に入るとなると、相応のスキルが必要とされています。
それらは通称・嫁スキルと呼ばれ、所によっては花嫁修業と称して習得を強制させられるものなのです。幸いにも、この村ではそう言う事はありませんが、それでも習得していた方が結婚しやすいと言われています。
ちなみに、嫁スキルと呼ばれている物の内容は次の通りです。
家事 室内における掃除、炊事、洗濯等の行動に対して上昇補正。自宅だとさらに補正。
内職 器用さ、作業効率に上昇補正。対象行動は簡単な縫製、小物作り等。
教育 近接時、被保護者との意思疎通に補正及び知力の向上作用。
私自身、これらは既に教会での仕事を通して習得済みです。
効果自体は地味な物ですが、なかなか役に立っております。
ああ、そうでした。
私が生まれながらに持っていたスキルですが、このような物です。
奇跡 一度きりの奇跡を起こす。使うと使用者は死ぬ。
これは、神に仕える身としては喜ぶべきなのでしょうか……?
なんにせよ、使うと命を失ってしまうようなので、使おうとも思いません。
村の若い者の間では、こういったスキルをゴミスキルと呼んでいるようです。
ただ、村の鑑定士であるオババからはこのスキルについては他言無用を厳命されていますので、現状、このスキルの事を知っているのはオババと私だけであり、私自身の生まれながらのスキルはなにもなかったと言う事になっております。
さて、話を戻しましょう。
それにしても、セリアさんがまさかスキルを一つしか習得していないとは……。
「セリアさん、防人の仕事でスキルは習得できなかったのですか?」
「えっと……大体のことは力技で……」
「あの、それだとスキルの習得は出来なかったと思うのですが……」
「はい、その通りです。なくてもどうにかなると思っていたのですが、流石にまずいと思いまして」
「ふふっ、そう言う所はライナスさんとそっくりですね?」
「あの兄と一緒にしないでください! と、とにかく、今日からユーグさん達の下でスキルの習得に励むので、まだ巻き返せるはずです!」
セリアさんの年齢は十二歳、成人まであと二年以上はあります。
幸いにも、彼女の職業は賢闘士と言う稀な職業であり、防人と言う仕事には過剰なほどの身体能力もあるので、仕事に関するスキルは現状、必要ではなさそうです。
となると、今後の彼女に必要なのは家事を除いた残り二つの嫁スキルでしょうか?
「そうですね。確かに、今からでも十分間に合いますね」
内職と教育のスキルも家事スキルと同様にさほど習得に時間が掛かるものでもないですし、セリアさんならすぐに習得してしまうでしょう。
「ですよねっ?」
「……私、まだお嫁さんスキルは全部習得してない。ユーくんは覚えてるのに……」
と、何やら考え込んでいる風だったナナリーさんが会話に入ってきました。
どうやら、ナナリーさんも嫁スキルを習得していなかったようです。
ですが――
「ナナリーさんの場合、なくても大丈夫なのでは……?」
「まあ、確かに……」
ユーグさんが覚えているというのなら、ナナリーさんが無理に習得する必要もないと、暗に私達は言いました。
「そんなことない。ユーくんにご飯作ってあげたりしたい」
なるほど。これが乙女心と言うものなのでしょう。
ずっと引き籠っていたナナリーさんがこのような考えに至るとは、これこそが愛のなせる業なのですね。
「それは素晴らしい考えです。エクサリサ様、どうかナナリーさんの愛にご加護を……」
感激のあまりエクサリサ様に祈る私に、ナナリーさんが慌てて言いました。
「あ、愛とか、そう言うのじゃ、ない、と思う……たぶん」
これはきっと、照れ隠しなのでしょう。
「ふふっ、ナナリーさん、照れてますね」
セリアさんも同感だったようです。
「そうですね」
「「うふふ」」
二人で顔を見合わせて笑っていると、ナナリーさんは顔を赤くして俯いてしまいました。
「もう……」
「では、後で伺います!」
少し話した後、セリアさんは仕事へと向かいました。
「ん、後で」
「はい、後でまたお話ししましょう」
気を取り直して荷運びを再開です。
「もう少し」
「はい」
そうしてセリアさんと別れた場所から荷車を押すこと数分、目的地となる家の前に着きました。
すると、ちょうど家の中からユーグさんが出てくるところでした。
「あ、来た来た。二人とも、お疲れ様ー」
「ユーくん、私のはこれで終わり」
「うん、結構あったよね。じゃあ、これを中に運び終わったら休憩にしようか」
「ん、わかった」
「シアちゃんもいいかな?」
「はい、構いませんよ」
「じゃあ、中に入って。お茶を淹れてあるからどうぞ」
「ん、喉乾いた」
「お邪魔します」
出来たばかりの新居に上がらせてもらうと、乾いた木の香りがしました。
「新築の香りがしますね」
「出来たばかりだからねー」
「ん、この匂い、好き」
「私もです」
「僕も。何年か前に秘密基地を作った時を思い出すよね」
ああ、そのようなこともありましたね。
確かあの時はギルドの改装で村に滞在していた大工さんに意見を貰いながら、同世代の皆で建てたんですよね。
あまりに大々的にやっていた物ですから、完成当初から秘密基地とは言えない程の認知度で、今は村の年少組達の遊び場になっています。
「そう言えば、あの時はすごく疲れた……」
玄関から入ってすぐのリビングには運び込まれていたと思われるテーブルと椅子が置いてあり、椅子の一つに腰かけながら、ナナリーさんが思い出したように言いました。
「ナナちゃんはずっと掃除してただけだよね?」
人数分のお茶を器に注ぎながら、ユーグさんが言いました。
掃除していたのなら問題はなさそうですが、その言い方にはどこか呆れを含んでいるように思われました。
「木屑が色々と使えてよかった」
お茶と一緒に提供されたおしぼりで手を拭きながら、ナナリーさんが言いました。
私もおしぼりで手を噴きつつ、尋ね返します。
「木屑ですか?」
おそらく端材や切粉として出た木屑なのでしょうが、何に使ったのでしょう?
「ん、材料を燻して乾燥させるのに使ってた」
なるほど、そういう使い方ですか。
「ああ、お薬関係ですね。そう言う作業もあるんですか?」
「ん、使う木によるけど、薬効を高める作用とか、毒性を抑える作用がある」
「はあ、色々とあるんですねぇ」
製薬関係には携わったことが無いのでわかりませんが、手間がかかって大変だとナナリーさんのお母様が前に言っていました。
「ん、ある」
「あの時のナナちゃん、すごく煙臭かったよね……」
「ずっと燻してた」
そうまでしてとは……脱帽です。
「ふふっ、ナナリーさんはお薬作りが本当に好きなんですね」
「好き。楽しい」
「それで引き籠られて困るのは僕なんだけどね」
「今度からは大丈夫。たぶん……」
ナナリーさん、目を逸らしながら言っても説得力が……。
苦笑交じりにお茶を飲むと、懐かしい香りがしました。
「あ、このお茶……」
「うん、昔、ナナちゃんに呑まされてた雑草ジュースをアレンジしてみたんだよ」
「ふふっ、そんなこともありましたね」
雑草ジュースとは、ナナリーさんが同年代の子達に飲ませて回っていたとても苦い飲み物です。
「あれは若気の至り……」
「いや、まだ成人してないでしょ。でも、あれってほんとマズかったけど、なんか癖になる味だったから、どうにか飲めるようにできないかなって思って、色々と試してたんだよ」
「それがこのお茶ですか?」
「そうなんだ。意外と美味しいでしょ?」
「そうですね。風味は雑草ジュースを思い出しますけど、美味しいと思います」
「アレに使ってたのは薬草だけど……これは焙煎してる?」
「うん、蒸した後に風味を飛ばし過ぎない程度に軽く焙煎してるよ」
「なるほど、蒸す。思わぬ発見」
「あ、蒸すと言えば、さっきニーアさんが来て蒸しパンって言う新しいパンの試作品を貰ったんだけど――」
「食べる」
「だよね。じゃあ、ちょっと待っててね」
そう言うと、ユーグさんは奥の方へと行ってしまいました。
「私もたまにお手伝いに行きますけど、パン屋さんが出来てから、美味しいパンが毎日食べられるようになりましたよね」
確か、異世界パンと言って、異世界の方の知識を基に作られたパンだとか。
「ん、あそこのパンはすごく美味しい」
「ですよね。ナナリーさんはどのパンが好きですか? 私はアンパンと言う甘く似た豆の入ったパンが好きです」
「私はポテサラパン。コロッケパンも捨てがたいけど、朝食べるには重い……」
「あー、揚げ物系はそうですよね」
「お待たせー。何の話?」
「あ、好きなパンのお話をしていました」
「ああ、あそこのパンってどれも美味しいもんね。ちなみに僕はカレーパンが好きかな?」
「あれも好きな方が多いですよね。確か一番の売れ行き商品だとか」
「そうそう。この村で作ってるのは山菜とジビエがふんだんに使われてるオリジナルだからか、最近はわざわざ街の方からカレーパンを食べるために来る人も居るそうだよ?」
「ユーくん、パン」
「あ、ごめん。はい、これが蒸しパンだよ」
ユーグさんが持って来たお皿には、こぶし大ほどのふっくらとした蒸しパンが六つほど盛られていました。
「これが蒸しパンですか」
いつも目にするパンとは違い表面の艶は少ないものの、なんだか柔らかそうな見た目です。
「うん。あ、一人二つずつだからね?」
「ん、わかってる」
「では、いただきます」
三人其々、蒸しパンを掴んで口に運び、良く味わって噛みしめていると、最初に呑み込んだユーグさんが口を開きました。
「うわっ、これ美味しい……ふわっふわでケーキでも食べてるみたいだよ」
「確かに、食感が軽くて口溶けが良いですね」
「ん、安心する味」
「あ、それわかる!」
「確かに、なんだかホッとする味ですね」
新しいパンの話題に盛り上がりつつ、楽しい休憩時間を過ごしました。
休憩を終えた後は運び込んだ荷物の整理です。
ナナリーさんの荷物はほとんど運び終えており、残るはユーグさんとセリアさんの荷物ですが、そちらは午後からとのことです。
なにしろ、ナナリーさんの荷物が多く、薬品作りの機材や材料がたくさんあるのです。
特に材料の方は保管に気を使う物もあるそうなので、そちらを最優先に片づけてしまいたいということでした。
「ナナリーさん、こちらの鉱石のようなものはどちらへ?」
大小さまざまではあるものの、赤っぽい色をした鉱石の入った箱を抱えながらナナリーさんの指示を仰ぎます。
「ん、それはそっちの棚の下の段。日陰になるところ」
「わかりました」
指示された通り、棚の下の段の日陰になる箇所へ箱を置きます。
それにしても、このような鉱石も材料になるのですね。
他のも色味の怪しい液体や何かの動物の骨や鱗のような物まであり、さながら錬金術師の工房のような品揃えです。
「いろんな材料がありますね……」
「ナナちゃん、使えそうな物は片っ端から買っていくから、行商人さんにとっては上客なんだよね」
「結構珍しい物も仕入れてくれる」
「そう考えると、いつも来る行商人さんって凄いよね。あの……なんて名前だったっけ?」
「知らない」
「いや、ナナちゃんは知ってようよ」
どうやらお二人とも覚えていないようです。
「確か、ファマルという名前だったと思いますが。女性の方ですよね?」
「あ、そうそう。肌が黒くて金髪のね。見た目は印象深いのに名前が中々覚えられないんだよね」
「いつも来る方と言ってもひと月に一度ですし、無理もないかと」
「それもそっか」
「ん、そう」
「そうですよ。あ、こちらの箱はどうします?」
「それは――」
と、ナナリーさんの仕事の材料整理を手伝い、各設備の配置を済ませたところで続きはお昼からとなり、引っ越し作業はいったん解散となりました。
ユーグさんとナナリーさんはユーグさんの御実家へ向かい、私は自分の家に戻ってきました。
「ただいま帰りました……あ、ファマルさん。お目覚めでしたか」
「んぁー、さっき起きた……」
「お怪我をなさっているんですから、寝ていた方が良いですよ? あ、なにかお食べになりますか?」
「肉が食べたい。血が足りねー」
「まだ消化に悪いモノはダメです。ナナリーさんから鉄剤を買ってきたので、これで我慢してください」
「あの薬屋、そんなもんまで作ってんのか。ってか、怪しまれなかったか?」
「貧血気味だと伝えたら普通に売ってくれましたよ?」
「なるほどね……まー、とりあえず何か食わせてくれ」
「はい、お粥で良いですか?」
「任せたー」
……えぇっと、なぜファマルさんが私の家に居るかという事なのですが、こうなっているのには今から一週間ほど前の出来事が関係しています。
その日、私は寝る前の湯浴みを村の温泉で済ませ、自宅までの夜道を一人歩いていました。
外灯が灯されている為、前も見えないほどに暗いという事はありませんが、それでもなお薄暗い夜道を一人歩くのは、少々怖く感じられます。
なので、若干の怯えをまといながらも夜道を歩いていた私は、ふと、芳しい香りと共に外灯の下で蹲る何かを目にした時には酷く驚き、悲鳴すら上げられずその場にへたり込んでしまいました。
しかし直後「う……」という呻き声を聞き、誰かが苦しんでいることに気付いた私は、すぐさま蹲る誰かの元へ駆け寄っていました。
「大丈夫ですかっ!」
「っ! あたしに、構うな……っ!」
差し伸べた手を振り払われ、顕わになった顔を見ると、見覚えのある方でした。
「行商人の……? 一体何がっ?」
「いいからっ、あたしのことはほっとけ!」
なおも片手で振り払って来ようとする彼女の手を掴むと、ぬるりとした感触が。
「これは、血が……怪我をしているじゃないですか!」
彼女が怪我をしていることを確認した私は、その場で彼女を抱き上げ、自宅へと急ぎました。
その後は、酷い怪我にも拘らず無理に出て行こうとする彼女を文字通りベッドに縛り付け、必死の想いで治療を施しました。
「あー、くそっ! もう好きにしろよ……」
治療が済むと、そう言って彼女――ファマルさんは大人しくなってくれました。
傷は腹部を刃物のようなもので一突き。しかしながら、幸運なことに急所は外れていたようです。
出血量が酷かったので心配でしたが、一命はとりとめたようで安心しました。
「こんな怪我、一体どこで?」
「さあな」
「でもあなた……普通の行商人の方、ですよね?」
「まあな」
どうにも、言いたくない事情があるようでしたので、私は引き下がることにしました。
「……ともかく、怪我が治るまでは私が面倒を見ますので、大人しくしていてください」
「わぁったよ。とりあえず寝かせてくれ。しばらく寝てねぇんだわ」
確かに、目の下にはクマがあり、重度の疲労を感じさせる様子です。
「わかりました。では、何かあったら声をかけてくださいね?」
「おい、その前にこれ外してくれ。寝返りもうてねぇ」
「あ、そうですね。今、外します」
「ああ、早く外してくれよな」
ファマルさんを拘束していたタオルを解いた瞬間、こちらの喉笛を狙ってきた手刀を掴み「なっ!」もう片方の拘束を解くと間髪入れず飛んできた拳をかわし「嘘だろっ?」先の手とまとめて掴んでから足の拘束を外し――
「ちょっと待てや! 冷静に対処してんじゃねぇ! なんなんだお前!」
なんなんだと申されましても。
「ただの聖職者見習いですよ。そちらこそ、ただの商人にしては物騒じゃないですか?」
言い返すと、ファマルさんはバツの悪そうな顔をして、そのままこちらの方から反らしました。
「……けっ! わぁったよ! 今度こそ大人しくしてるから放してくれよ……」
「はい」
「こいつ、本当に放しやがった……」
「怪我人なんですから、ちゃんと大人しくしていてくださいね?」
「へいへい、ほら、さっさと出てってくれ。人が居ると眠れねぇんだ。それとも、乙女の寝顔を眺める趣味でもあんのか?」
「さて、どうでしょうね。ああ、それと――」
「なんだよ?」
「この部屋は家の中央にあるので、脱出しようとしても無駄ですからね?」
「――けっ! わぁってるよ! 大人しく寝ときゃいいんだろ!」
「はい。では、ごゆっくり」
と言った経緯がありまして、かれこれ一週間は私の家で治療と療養を受けさせています。
「はい、出来ましたよ」
「さーて、今日の粥は――ゲッ、ミルク粥かよ」
「この村の乳牛から取れるミルクは栄養満点で美味しいんですよ?」
「なんで粥にすんだよ。そのままでもいいだろ……」
「冷たいとお腹を下してしまうかもしれませんから」
「お気遣いどーも……あぁ、くそっ、うめぇなぁ……」
「良かった。昨晩残ったコンソメスープにミルクを加えて味を調えてみたんです。味はクリームシチューに近いかと」
「なんでそんな発想になるんだよ。でもうめぇから許す」
「沢山ありますからね」
「んっ、おかわり」
「はい」
そうして、ファマルさんと共にする食事を終えてから、ふと、ファマルさんが尋ねてきました。
「……なあ、一つ聞いても良いか?」
「何ですか?」
「お前、なんであたしの事を村の奴らに話さねぇんだ?」
「なぜと言われましても、ファマルさんが隠したがっているようですし」
「あー、いや、そうじゃなくてだな……まあいいや。お前の好きにしてくれ。怪我が治ったらあたしは出てく」
「はい、構いませんよ」
「……おう」
「ただ、ファマルさんが居なくなると少し寂しくなってしまうかもしれませんね」
「うっせ、情に訴えかけても無駄だからなっ」
「本心ですから」
「……っ! んがーっ! また寝る! 起こすなよっ!」
「あまり寝過ぎても良くないですから、傷が開かない程度の柔軟体操位はしておいた方が良いですよ」
「ふんっ」
ベッドに寝転がるファマルさんを確認してから、私は雑事を済ませ、再び引っ越しのお手伝いへと向かいました。
家を出て隣のユーグさん達の家へと歩を進めていると、背後から声を掛けられました。
「おっ、ルシアじゃん。お前もこれから引っ越しの手伝いか?」
「ライナスさん。こんにちわ。新しいお仕事は順調ですか?」
確か、ギルドで夜間に何らかのお仕事をされているとか。
「順調だと困る内容なんだけどな。まあ、ぼちぼち、な」
「そうですか」
「ところでルシアさ。一週間前位に、なんか怪しいもんを見なかったか?」
「何か怪しいと言われましても、どのような物でしょうか?」
「あー、いや、なんもなかったんならいいんだ」
「そうですか。私で力になれる事ならいつでも相談してくださいね。教会はいつでもどなたでも懺悔を受け入れておりますので」
「懺悔するようなことはしてねぇよ!」
「ふふっ、わかっていますよ。さあ、引っ越しのお手伝いに行きましょう」
「お前なぁ……まあいいや。早く行こうぜ」
「ええ、そうですね」
ライナスさんと共に隣家へ向かうと、セリアさんが一抱えほどの荷物を持って家を見上げていました。
「ん? セリア、何やってんだ?」
「あ、兄さん。いえ、今日からしばらくここが私の家なのだなと思うとなんだか不思議な気分で」
「別に実家に帰って来たらダメってことはねぇんだぞ?」
「ええ、わかっています。あ、兄さんこそ、私が居ないのを良いことにレティスさんを連れ込んだりしないように――」
「むしろ母ちゃんが連れ込むんだよなぁ……」
「あぁ、孫の顔を早く見たいと言ってましたね……」
「エクサリサ様の教えだと異種族婚はむしろ奨励しているので、ご結婚の際はぜひ」
「いや、そもそもこの村、教会一つしかねぇだろ」
「確かにそうですね」
この世界の宗教は大きなもので五つあり、そのうちの一つが、この村の教会でも教えを説いているエクサリサ教なのです。
「ここは村ですからね。街の方には二つから三つはあったと思いますけど」
「お前、よく覚えてんなぁ」
「兄さんが忘れ過ぎなんですよ」
「へいへい。で、ユーグ達は?」
「まだ来ていないようです。私の荷物はこれだけなので、置いてから様子を見に行こうかと」
「別に大丈夫だろ。ユーグの荷物を運ぶって言ってたから、俺達は先に中で荷物の整理でもしておこうぜ?」
「そうですね。休憩前にユーグさんが先に入ってて良いと言っていましたし」
「そうですか。では、そうしましょう」
三人で家の中に入ると、どうやら先客が居たようでした。
「おっ、セリアとライナス君にルッシーじゃん。お邪魔してるよー」
あちこち珍しそうに見て回っていたのはカナタさんでした。
私と同じ歳の女性で、防人隊の斥候と見張り役を務めている方です。
「カナタ。いつの間に中に?」
「お昼食べてからすぐに来てたんだよ。この村に新しい家なんて久しぶりに出来たし」
「秘密基地以来だよなぁ。秘密基地は家じゃねぇけど」
「だよねぇ。うちはチビ共がいっぱいだし、部屋が余ってたら間借りさせてもらおうかなって」
おや?
「住むのではなく、間借りですか?」
「うん、うちからここまでならそう遠くもないし、私もいずれ家を出なきゃだし」
「えっ、家を出てしまうのですか?」
と、驚いてたのはセリアさんでした。
カナタさんはとても家族思いで、特に下の子達の面倒をよく見ているのは私でもよく知っていますから、その発言には驚いてしまったようです。
「あ、村を出るわけじゃないからね? 単に、人数的な問題でね?」
人数ですか。そう言えばカナタさんの家は子沢山でしたね。
「そういや、お前んとこの母ちゃん、また子供が出来たんだっけ」
「そうなんだよねー。これで十人目だよ。お父さんもお母さんも頑張り過ぎ!」
「それは大変でもありますが、嬉しいことですね」
「うん、まさかまだ出来るとは思わなかったって二人とも驚いてたけどね」
「お前んところの母ちゃんが確か三十代くらいだったよな?」
「うん、もういい歳したオバさんだよほんとに」
「お前それ、うちの母ちゃんとレティスさんの前で言えるか?」
「いや、あの二人は規格外と言うか例外でしょ。レティスさんは種族的にああなんだし」
確か、レティスさんは長寿の種族でしたね。
「うちの母は――あれはどうやってるんでしょうかね? 本当に人族なんでしょうか?」
「俺は知らん!」
「先生は確か賢者でしたよね? もしや賢者の石を作られたのでは?」
「賢者の石ってなんだ?」
「不老長寿の秘薬の材料ですよ」
その他にも様々な用途や、石単体でも信じられないような効果を発揮するのだとか。
「……母ならそれくらいの物は作ってそうですね」
「不老長寿かぁ。賢者の職業ってすごいんだね」
「それはもう、それだけの力を与えられていますからね」
「ふーん、母ちゃんってマジですごかったんだな」
「そうですね。私もすごいと思います」
賢者の石と言えば過去に数回度の目撃談がある程度で実物が存在するわけではないですからね。
実際のところ、先生がそれを作ったのかどうかはわかりませんが。
「まあ、先生だもんね」
「そうですね、あの母ですし」
しばしの談笑を経て、私達は作業を始めることにしました。
「では、ユーグさん達が来るまで荷物の整理をしましょう」
「だな。じゃあ、俺とルシアはでかい荷物の整理をすっか」
「そうですね」
「では、私はまず自分の荷物を片付けてきます」
「あ、手伝うよー」
「はい、お願いします」
それぞれ役割を分け、行動に移ります。
玄関には様々な物が入った道具箱が置かれており、中身はどうやらナナリーさんの薬剤造りの道具のようでした。
「ここにあるのって、全部ナナリーの道具だよな?」
「そうですね。材料と大きな機材は午前中に済ませてしまったので、後はこれだけです」
「よくあの家に納まってたな」
「納屋に入れてあった物も引っ張り出して来たそうですよ?」
「あー、古い道具もあんのか」
「古いというより、使う頻度の少ないものだそうです」
「なるほどな。んじゃ、運びますかっ」
「はい」
ライナスさんと手分けして、道具箱をナナリーさんの作業部屋へと運んで行くことになりました。
見慣れない道具の数々は見覚えのある物から用途不明の物まで多彩で、眺めているだけでも何となしに楽しい気分になれるものがありますね。
「……私も薬作りに挑戦してみましょうか」
「お前、確か回復魔法使えるだろ」
「ええ、使えますけど、病気は魔法では治せないことが多いですからね。なので覚えておくといざという時には役に立ちそうです」
「なるほどなぁ」
「まあ、習得に関しては追々ですけどね」
「今は教会の手伝いで忙しいんだっけか?」
「はい、今日は偶々やることがなかったようで、お休みを頂いたのです」
「ルシアは主に雑用担当だったか?」
「はい、偶に懺悔室に入ることもあります」
「……ま、そう言う時もあるか」
「どうしました? 先程もなにか様子がおかしかったようですが」
「んー、いやな。ここだけの話、どうにもこの村に、やべぇ奴が紛れ込んでるらしい」
「危険な人物と言う事でしょうか?」
「それがよくわかんねぇんだよな。情報源もきなくせぇし、レティスさんは慎重に行動してくれって言うし」
「私に漏らしてしまっても良かったのですか?」
「お前は俺と違って口がかてぇからな」
「……では、私の方でも何かあったら報告しますね」
「おう、そうしてくれ」
と、二人で話ながら荷運びするうちに、全てを運び終えてしまった所でユーグさん達が到着したようでした。
「あ、玄関がすっきりしてる!」
「おっ、ユーグ、遅かったな」
「あ、ライナス。いらっしゃい。これでも父さん達に荷造りは手伝ってもらったんだよ」
「ユーグさんの荷物も運びこみましょうか?」
「うん、シアちゃんも引き続きお願いします」
「あ、ユーグ君、お邪魔してまーす!」
「ユーグさん、私の荷物は終わったのでお手伝いします」
「あ、カナちゃん。来てたんだ? セリアちゃんもいらっしゃい。今日からよろしくね?」
「ユーくん、荷物……おぉ、勢揃い」
「ナナちゃん、ライナス達が道具を運び込んでくれたみたいだから、お礼言っておくんだよ?」
「ん、ありがとう」
「なんか道具がめっちゃ多かったけど、あれ全部使うのか?」
「使う。これまで出来なかったことが色々出来る」
「ナナリーさん、今はまだ無理なのですが、空いた時間で出来るような製薬に必要な作業はありませんか?」
「刻む、潰す、計る、混ぜる。料理の作業が大体応用できる」
「なるほど」
それは良い事を聞きました。
作業によって技量を高めると能力の習得が早まる。というのを教えてくれたのは先生でした。
使おうにも使えない能力しか持たない私にとって、あの情報はとても嬉しい物でしたね。
「それが出来たら簡単な塗り薬くらいはできるようになる」
「つまり、製薬スキルが習得できるという事ですか?」
「そう」
なるほど、近い内に薬草を採ってきて試しに作ってみましょう。
「ルッシーって魔法も使えるのに、スキル習得まで頑張ってすごいねー」
「いえ、私の魔法――というよりも法術は神様の力を借りて行う物ですから」
エクサリサ様へ信仰を捧げて力を借りているので、私の力と言うわけではないのです。
「いやいや、十分すごいって」
「それを言ったらカナタさんだって、ものすごく遠くの標的を射抜くことが出来るほどの射撃の腕前だと伺っていますよ?」
「いやいや、私のなんてスキル頼りだし」
カナタさんは鷹の目と言う遠くまで見渡せるスキルを持っているんですよね。
「カナちゃん、射撃の腕はスキルだけじゃ無理だよ」
「え? あ、そっか。じゃあ、私って実はすごい?」
「はいはい、すごいですよ」
「セリア適当過ぎぃ! もっとちゃんと褒めて!」
「めんどうだから嫌です。さ、お話は後にして、ユーグさんの荷物を中に運んでしまいましょう」
「あ、そうだったね。ごめんごめん」
「さっき、私もそう言おうとしてた」
「そう言えばなんか言おうとしてたね。ごめんね?」
「いい、お話し、楽しかった」
「そうだね。じゃ、荷物を運び込んで整理を済ませたら、またお話ししようね」
「ん、それがいい」
こうしていると、まだ幼かった時の頃を思い出しますね……。
っと、いけません。ユーグさんの荷物を運ぶ手伝いをしなければ。
ユーグさんの荷物もまた多種多彩と言いますか、流石色々なところでのお手伝いを経験しているだけはあって、ちょっとした道具屋でも開けそうなほどでした。
あ、荷運びと整理は人数が多かったのですぐに終わりました。
今は休憩中です。
「しっかし、お前も結構、荷物持って来たんだなぁ」
「そうなんだよ。思ったより多くてびっくりしたよね?」
「ん、種類が豊富」
「道具屋を開けそうだね」
「同感です」
「私もちょうど、そう思っていました」
「売らないよ? まあ、それでもナナちゃんよりは少ないけどね」
確かに、ナナリーさんの荷物の量は尋常では無い量でした。
「わたしのは大きい物も多かった」
確かに、大きなお鍋や水釜等もありましたね。
「ああ、そういや、あのでっかい鍋とか何に使うんだ?」
「煮詰める用」
「ああ、煮詰めると量が少なくなりますからね」
「そう」
「ふーん、薬作りってめんどくせぇんだな」
確かに手順が多かったり時間がかかる物もあるようですが、そう言う所がめんどくさいと感じるのでしょうね。
「私は楽しい」
「色々覚えると面白いよね」
「私はたくさん覚えるのが苦手だなー」
「ああ、俺も俺も!」
「それも含めて楽しい」
「そうだよね」
「人には向き不向きがありますからね」
「そうですね。苦手なことを頑張るより、得意なことを頑張った方が良いと言う教えもありますし」
確か、エクサリサ様の第三の使徒様のお言葉でしたね。
「そんな教えがあんのかよ?」
「エクサリサ様の使徒様のお言葉ですよ」
「ふーん、いい教えだな。俺は好きだぜ、そう言うの」
「そうだよね。得意なことを頑張った方が良いよね」
「ちなみに――だからと言って苦手なことを放置するのはよくない。と続きます」
「うへぇ」
「だよねー」
「要は苦手なことは程々に、得意なことは一生懸命頑張った方が良いってことだよね」
「そう言う捉え方が自然かと」
こういうお言葉は捉え方によって解釈も変わってきますからね。
そう言う所が宗教の面白いところだと神父様がおっしゃっておられましたね。
「なるほどなぁ」
「まあ、程々くらいならいいかな」
「そう思わせるところも含めての宗教……」
「ふふっ、ナナリーさんは神父様と話が合いそうですね?」
「……それは嫌」
「ナナちゃん、神父様が苦手だもんね」
「ん、天敵。やかましい」
「ナナちゃん、やかましいはさすがに言い過ぎじゃ……確かに声は大きいけど」
実は神父様はナナリーさんのことを気に入っておられるのですけどね。
ただ、ナナリーさんは私生活がその……なので、どうしても口煩くなってしまうんだとか。
「神父の爺ちゃん、めっちゃ声でけぇもんなぁ」
「怒鳴り声が村の端から端まで届いたという話を聞いたことがありますが」
「あ、それ本当らしいよ。兄ちゃんが言ってた。雷が落ちた時みたいだったって」
「異世界語で怒られる時の表現で雷が落ちるって言うけど、あながち間違いじゃないんだね」
「異世界語の表現は感心する物が多いですよね」
「うん、本当にね。あ、そう言えば――」
と、話をしている間に、気が付けば日が沈みかける時間となっていました。
「あ、では、私はそろそろお暇させていただきますね?」
「ごめんね。なんか引き止めちゃったみたいで」
「いえ、楽しかったですよ。またいつか、みんなでお話ししましょう」
「そうだね。時間が出来たらまた集まろっか」
「そうだね。私も楽しかったよー。って、そうだ! ユーグ君! どっか空き部屋貸してー!」
「うん、別にいいけど――」
皆に軽く会釈してから、カナタさんがユーグさんに部屋の賃貸をお願いする話を背に、私は自宅へと戻ることにしました。
「あ、俺もそろそろ仕事だから行くかな」
「あ、うん。またね」
そういえばライナスさんもこのあとお仕事でしたね。
小走りにやってきたライナスさんが私の隣に並びました。
「じゃ、さっき言ってた件、頼むな?」
先程の件と言うと、何か異変があれば報告するという事ですね。
「はい、何かあれば」
「頼むぜ? じゃあなー!」
ユーグさん達の家を出ると、ライナスさんはギルドの方へと駆けて行きました。
さて、私も家に帰って食事を作るとしましょう。
……今日は製薬を意識して料理してみるとしましょうか。
◆
「……なんだこりゃ? 薬膳ってやつか?」
「えぇっと……はい、そのようなものです」
製薬を意識して作った結果、ファマルさんの夕飯のお粥は薬膳粥のようなものになってしまいました。オババが鑑定したらどういう結果になるのでしょうかこれは。
具材に薬草を使用しているせいか、やけに緑色の鮮やかな粥となってしまいましたが、味は調えてあるので大丈夫です。はい、味だけは。
「すげぇ緑色だし薬草くせぇし、食欲がわかねぇんだけど……」
「あ、味は確かですよ?」
「お前も見た目と匂いはダメだってわかってるんだな? はあ、まあいいか。食えるってんなら食うけどな。んっ……うめぇ。匂いを気にしなきゃ普通に食えるな」
「す、すみません……」
「食わせてもらってるから文句はねぇけど、急にどうしたんだよ?」
「実は――」
と、昼間にあったことをファマルさんに話しました。
「ふぅん、スキル習得のためにねぇ」
「はい」
「まあ、そう言う事なら別にいいぞ。味は普通にうめぇしな。こちとら、ちいせぇ頃は臭くて汚くて不味いもんばっか食ってきたかんな」
「そう、なんですか……」
「別にお前が気にすることじゃねぇよ。世の中にはそうなっちまう子供もいるってだけの話だ」
「……はい」
この村の外のことを知らない私には信じられない話ですが、そのような境遇の下に生まれてしまう子供も居るようです。
「……で、お友達の引っ越しは終わったのか?」
「あ、はい、無事に終わりました」
「そりゃよかった」
「はい。あ、食事が終わったら包帯を替えましょう」
「ああ、頼むよ。傷もふさがってきてるし、そろそろ風呂にも入りてぇな」
「完全に塞がるまではダメですよ?」
「わぁってるって」
「お湯は沸かしてありますから、もうしばらくは身体を拭くだけで我慢してくださいね」
「ああ、それでも十分ありがてぇよ」
「私がしたくてやっていることですから」
「だろうな。全く、お人好しなこった」
「ふふっ、きっと、父と母に似たんですよ」
「そっか、いい両親なんだな」
「はい、いい両親でした……」
「……んっ、ごっそさん。じゃ、悪いけど包帯替えてくれ」
「はい」
ファマルさんの怪我の状態は良好で、もう数日もしたら完全に傷は塞がりそうでした。
「怪我の状態も良いですね。あと数日、様子を観ましょう」
「ん、じゃあ、あと数日だけ世話になる」
そう、あと数日もすると、ファマルさんの怪我は完治します。
「……はい」
「んだよ。厄介者が居なくなって清々するだろ?」
「厄介だなんて、思ったことはありませんよ」
「だと良いけどな」
「えっ」
「……ん? あっ! いやっ、今のは違う! 忘れろ!」
「ふふっ、忘れられそうにないです」
「ったく、調子が狂うな……」
「私だって、同じなんですよ?」
幼い頃に両親を亡くして以来、一つ屋根の下で誰かと過ごす日々はとても満たされました。
「あ、いや、だって、おまっ、あ、あたしをどうするつもりだっ?」
私、何かおかしなことを言ってしまったのでしょうか?
「どう、とは?」
「あ……お、お前、何歳だったっけ?」
なぜ唐突に年齢の話を? ですが、確かに年齢は言っていませんでしたね。
「今年で十一になります」
「まだ未成年じゃねーか!」
「そうですけど?」
「いや、それにしては、その……」
何やらじろじろと上から下まで見られています。なんだか恥ずかしいですね。
「ああ、大人びて見えるとは、よく村の方達からも言われますね」
「いや、それもそうなんだけどよ。その……お前、どっちなんだ?」
「どっち、とは?」
「だからぁっ、男なのか女なのかってことだよっ!」
「ああ、なるほど」
私の性別の話でしたか。
どうも私は母親の血を色濃く継いでいるせいか、見目は大変な美人なのだとか。
あと、声も中性的だとよく言われます。
「で、どっちなんだよ?」
「……秘密です」
「はあっ? 秘密にするようなもんでもねぇだろっ?」
「あ、性別と言えば、私もファマルさんのことは最初どちらかと」
「あたしはちゃんと乳があるだろうが! あと、声もちゃんと女だろ!」
と、大きな胸を張って見せますが、視線のやり場に困りますね。
私の性別はさておき、そう言うのは同性と言えど、あまりじろじろと見るものではないでしょう?
「ほら、普段着ていた服はそういうのが分かりにくいじゃないですか」
「あー、いつもの装束か……ん? お前、あたしの所に買い物に来たことあったか?」
「ありませんけど、よく見かけてはいましたので」
この辺りでは珍しい褐色の肌の方でしたし。
「ああ、それでか」
「あの時、近くでお声を聞いて、ああ、女性の方だったんだな、と」
「なるほどな」
「ちなみに私の友人はしばらくの間、男性かと思っていた。と」
「もしかして、あの薬屋の娘か?」
「はい」
「ああ、それでか……」
「何かあったんです?」
「いや、まあ……男性用の薬を、な」
「ああ、避妊薬ですか」
男性用のは確か……一時的に機能しなくなるのだとか。
それを渡そうとしてという事は、ナナリーさんなりの善意だったのでしょう。
「人が濁したもんをさらっと言うんじゃねぇよ」
「恐らく善意で渡そうとしたのだと思いますよ? この村には、ちょっと癖のある方がいますので」
確かな証拠があるわけではないのですが、私もよく知る方がこの村を訪れる男性にちょっかいをかけているようなのです。
「なんだそれこえぇな……女か?」
「はい」
「サキュバスか何かかよ……」
「ナナリーさん……薬屋の娘さんは密かにそう呼んでいるそうです」
「ああ、あいつ、ナナリーって言うのか。よく一緒に居る小僧にナナちゃんとか呼ばれてるのは知ってたけど」
「その方はユーグさんですね」
「ユーグとナナリーって、御伽噺に出てくる夫婦になった英雄と聖女の名前か」
「はい、彼等のご両親が肖って名付けたそうですよ?」
「そりゃ何とも……」
「私はお二人に似合っている名前だと思いますけどね」
「ふーん、まあ、お前がそう言うならそうなんだろうな」
「友人ですから」
「友人か……いいもんだな」
「私はもう、ファマルさんのことは友人か――家族のようなものだと思っていますよ」
「ハハッ、どっちもあたしには縁のなかったもんだな」
「ファマルさんさえ良かったら、この家に居ていいんですよ?」
「そう言うわけには行かねぇよ。あたしがここに居ても、お前に、迷惑を……」
「そんなことはないですよ」
「でも、あたしは……ん、なんか、眠く、なって、きた……」
「薬草粥に入れた薬草が効いてきたようですね。少し眠くなる作用がありますが、傷の治りが良くなるそうです」
「ん、そう、か。じゃあ、寝るわ……」
「はい、お休みなさい」
――さて、明日からはまた教会の仕事に戻ることになりますね。
その前に、やってしまいたいことを済ませてしまいましょう。
◆
準備を整えた私は、ギルド直営の酒場へと向かいました。
この時間ならライナスさんが仕事をしていますからね。
「んっ? ルシアじゃねぇか。お前がこの時間にこういう所にいるとか珍しいな」
本当はあまりよくないのですけどね。
「ライナスさん。例のお話、詳しく聞かせていただけますか?」
「ああ、あの話か。なんかあったのか?」
「実は私、一週間前にとある方を保護しておりまして」
「おまっ、なにも見てないって言ってただろっ」
「ええ、怪しい方は見ておりません。怪我人を保護しただけです」
「充分に怪しいだろ……で、その保護してるってのは誰だ?」
「言えません。ですので、まずはライナスさんのお話を聞いて判断しようかと」
「……お前から見て、そいつはどう思う?」
「悪い方ではありませんよ。それはライナスさんならわかるのでは?」
ライナスさんはスキルの都合上、そう言う判別が出来るようになっていますからね。
「……確かに、そうらしいな。わかった。じゃあ、ちょっとだけだからな」
「はい、それで十分です」
「内容が物騒だから詳しくは言えねぇが……人が一人死んで、貴重な物が盗まれた」
「……なるほど。盗まれたものは何です?」
「それは言えねぇ」
「死んだのは冒険者ですか?」
「ああ、ほら、前にゴブリン退治に来て死んだおっさんだ」
あの運の悪い方ですね。
「ああ、あの方ですか。今回も蘇生を?」
「ああ、すぐに迎えが来て連れてかれたから、多分大丈夫じゃねぇかな。今は事情聴取の為にこっちに向かってるそうだ」
「盗まれた物を持っていたのはその方で?」
「いや、おっさんの仲間だって言う奴らだ」
「……なるほど、その方々のことは教えていただけますか?」
「被害者の情報は明かせねぇな」
死んだ方は被害者ではないのでしょうか。
「……では、最後に。ライナスさんから見て、その被害者の方々はどうです?」
「……言えねぇな。なんせ、証拠がねぇ」
「わかりました。では、失礼します」
「あっ、おい、夜道はあぶねぇぞ?」
「知っていますよ。ご心配なく」
ええ、知っていますとも。きっと、この村の誰よりも。
「お、おう……気を付けて帰れよ? ってか、その黒い外套かっけぇな」
「ありがとうございます。母の形見なんです」
酒場を出て、ひんやりとした夜気に包まれながら、私は自宅へと向かいました。
酒場の喧騒が遠ざかるにつれ、草木の擦れ合う音と虫や蛙の鳴き声が耳に届くようになりました。
そして、徐々に霧が濃くなり視界が白く染まる中、私の足音に混じり、かすかに別の足音と衣擦れが――
「――動くな」
「……なんでしょう?」
「あの女を保護しているな? 案内しろ」
ああ、釣れましたか。
「彼女をどうする気で?」
「お前には関係ない。黙って案内をしろ」
「……他にも何人か隠れているようですね。出てきたらどうです?」
そう告げると、暗闇の中から歩み出てくる気配が――二人。計三人ですか。
他にそれらしい気配も匂いもないようです。
「んだよ。バレてんじゃねぇか。気配察知のスキル持ちか?」
「おいっ」
「いいじゃねぇか。どうせこいつも始末するんだろ。つーか、あの女生きてやがったのか。念入りに毒を塗りたくったナイフで腹をえぐってやったはずなんだけどなぁ?」
「ああ、彼女なら、一度死にましたよ?」
「……はぁ? 何言ってんだ?」
「嘘はよくねぇな。お嬢ちゃん、一度死んだ人間は大聖堂の神官以上でもない限りは蘇生できねぇんだわ」
「おい、お前ら、不用意に近づくんじゃ――」
「出来ますよ。私は蘇生スキル持ちですからね」
「おいおい、嘘はよくねぇな。そんなスキルを持ってんなら、こんな村に居るわけがねぇだろ」
「ええ、そうですね。ですから、私の両親はスキルの存在を秘匿することにしてくれたようです」
「ほぉう? そんな話をしていいのか? そりゃ立派な犯罪ってやつだぜ?」
「ええ、構いませんよ。誰一人として生かして帰しませんからね」
さあ、喰らって良いですよ。
「は? おごっ!」
「なんっ! ぐぇぇっ!」
私の意思に反応した外套が鋭い鉤爪を形成し、近くにいた二人の腹を貫き、瞬く間に喰い破りました。どうやらお腹が空いていたようです。
出来たら殺さないで欲しかったのですが、仕方がないですね。
私の身体から離れ、本格的に獲物を喰らい始めたそれを見て、最後の一人が喚きます。
「な、なんだ! なんなんだそれはあああああっ!」
「ああ、この子ですか? これは、母が残したモノで、一族に伝わる【生ける秘宝】だそうですよ。ちょっとばかり乱暴ですけど、私を守ってくれるとてもいい子なんです」
「な、なぜそんな物がこの村に……」
「さあ? 母は自身のことをあまり語りたがらなかったので何とも」
「くそっ! 誰か! 誰か助けてくれ! 村の中にバケモノが――」
「無駄ですよ」
叫んだところで誰かの耳に届くことはありませんが、恐怖を植え付けるために一足飛びに彼の背後へと回り、耳元でささやきました。
「ひっ」
「ああ、そうでした。母のことで一つだけわかっていることがありまして。どうやら私の母は――吸血鬼だったそうです。不思議ですね。歴史上は絶滅したはずの種族が生きていただなんて」
「あ、あぁ……」
「そして、私、どうやら母の血を色濃く受け継いだ結果、先祖返りと言うものを起こしてしまったそうなんです」
だからなのか、血の匂いがとても美味しそうに感じてしまうのですよね。
ファマルさんを保護した時は衝動に駆られて危うく血を吸う所でしたが、どうにか留まりました。
おかげでここのところ、村の方々の血まで求めてしまいそうで大変だったのです。
「た、助け……」
なので、あまり美味しくはなさそうですが、この衝動を抑えるために、この方には少し協力してもらいましょうか。
「いただきます」
◆
「……はぁ、やはり、本物の血は良いですね」
味はイマイチでしたが。
両親が亡くなって以来となる人からの吸血行為を終えると、母の外套が満足したのか、雑に食い散らかした遺骸から離れて私の身に戻ってきました。
「さて、後片付けをしますか」
まずは遺骸の修復を法術で済ませ――私の血を一滴。
「――げほっ! ごほっ、な、なんっ……」
「――ひぃぃっ! あっ、あっ……い、生きて、る……?」
ふむ、本当に蘇りましたね。母の言っていた通りです。
という事は――
「静かに」
「「――」」
ぴたりと、蘇った二人の動きが止まりました。
これも聞いていた通りですね。
という事は、こちらもそろそろですか。
「……はぁっ! はっ、はっ……お、俺は……」
先ほど血を頂いた際に気絶してしまった方が飛び起きました。
「お目覚めですか?」
「ひっ! よ、寄るなぁっ!」
「なるほど、眷属意識はないようですね」
「け、眷属? 何を言って……」
「吸血鬼に血を吸われた者がどうなるかくらいは、知っているでしょう?」
一般的に知られているのは、血を吸った吸血鬼の眷属になってしまうと言うものですね。
「ま、まさか……」
「そのまさかです」
というのは嘘ですが。
血は頂きましたが、致死量に至る量でもなければ、先の二人のように血を与えてもいません。
母の言っていた事が確かであれば、吸血鬼の血は死者に与えることで仮初の命を授ける作用があるのだとか。
そして、仮初の命を与えた存在を意のままに操ることが出来るとも。
眷属を作るのは、また別の方法となっています。
「とは言え、ご安心を。太陽の下を歩けなくなるわけでもなければ吸血衝動に駆られるわけでもありませんよ。普通の人として生きていく分には問題はありません」
「ほ、本当かっ?」
「ええ、ただ、このまま見逃してもらえるとは、思っておりませんよね?」
「命だけは……」
「ええ、そこまでするつもりはありませんよ。ほら、そちらの方々も無事でしょう?」
「お、お前ら、無事だったのか! お、おい……?」
「そちらの方々には仮初の命を授けさせていただきました」
「こ、これが蘇生スキルの正体かよ……」
何か勘違いしているようですが、まあ良しとしましょう。
「ご安心を、普段はいつも通りに振る舞えますよ。私からの指示があった場合は別としてですが」
「……わ、わかった。俺は何をすりゃいいんだ?」
話が早くて助かりますね。
「まずは、洗いざらい喋ってもらいましょうか」
「う……わかった」
「ではまず、冒険者のおじさんを殺したのはあなた達ですか?」
「……そうだ」
「何かを盗まれたという話ですが、誰に何を盗まれたのです?」
「盗まれたのは賢者の石だ。盗んだのは、あの女と俺達が殺した野郎だ」
賢者の石、ですか。
本日、話題に上がったばかりの品ですね。
「その賢者の石は、どこでどのように調達したのです?」
「それは……」
と言い淀む相手に、私は察してしまいました。
ああ、やはりそうでしたか、と。
「……この村で、ですね?」
「……そうだ。賢者の家から盗んだ」
やはり先生の物でしたか。というか、本当に作っていたんですか。
「なるほど、おおよその事情は把握しました。あなた達が盗んだ物はおそらく持ち主の下に戻っている事でしょう。以前聞いた話ですが、あの家の貴重品は盗難防止対策がされていて、家から一定距離か、持ち出されて一定時間経つと元の場所に戻るようになっているそうです」
「じゃあ、あの野郎が言っていたことは本当だったのか……」
何やら心当たりがあるようですが、本題がまだです。
「冒険者のおじさんはともかく、商人の女性はなぜ殺されなければならなかったのです?」
「石が消えた時にあの野郎と女が一緒に居たんだ。で、女は逃げた」
「もっと詳しく」
「……女は鑑定スキル持ちで、それを知っていた野郎が鑑定を頼んでいた時に消えたと抜かしやがったから、そこのバカがカッとなってヤッちまって、それを見た女が逃げ出した」
それはそうでしょう。
「それで?」
「……石を持っていると思ったから、女を捕まえて確認したが持っていなくて、どこに隠したか吐かせようとしたが、知らないとしか言わなかったから始末した」
そして、瀕死のファマルさんを私が見つけ、保護したという流れですね。
「……はあ、呆れて物も言えないとはこのことですね。そもそも、なぜ賢者の石を盗もうとしたのです?」
「そりゃあ、幻の存在と言われてるようなすげぇお宝が施錠もされていない家に放置されてたら……なあ?」
「なあじゃありませんよ。普通に窃盗ですよ?」
ですが、一度村長辺りに掛け合って貴重品のある家には鍵を付けるよう義務付ける必要があるかもしれませんね。
「……はい」
「では、ギルドへ行きましょうか。そこで洗いざらい話して、然るべき処分を受けてください。というより、受けて頂きます」
「魔が差したばかりに……」
そう言えば、気になることがありますね。
「……ところで、どこで賢者の石の話を?」
「どこでも何も、この村の奴らは全員知ってるんじゃないのか?」
「……はい?」
「少なくとも、酒場で働いてる女達は知ってたぞ? 若返りの秘薬を融通してもらってるとか」
「先生……」
そう言うものは隠れて使ってください。
無実の人が二人も死んでいるんです。勘弁してください。
それにしても、人の欲は恐ろしいですね。
とりあえず、このこともギルドに報告しておきましょう。
◆
「疲れました……」
ギルドに男達を連行して、事情聴取を受けて、日付が変わる頃になってようやく解放されました。
ライナスさんは盗まれた物は知っていたものの、それがが自分の家にあったものだったと初めて知ったようで「母ちゃん、まじか……」と、ひどく疲れた様子でぐったりとしていました。
私は寝る前に温泉にでも入ろうかと思い、自宅へと向かいました。
ファマルさんはまだ寝ているはずですが、念のため確認をしておきましょう。
自宅に戻る直前、隣のユーグさん達の家を確認すると、部屋の一室に明かりが灯り、かすかに話し声が聞こえました。どうやらあちらも夜更かしをしているようです。
「……?」
楽しそうなのは何よりなのですが、何やらユーグさんの情けない悲鳴が混じっているのは気のせいでしょうか? きっと気のせいですね。
自宅に戻りファマルさんの様子を確認すると、ぐっすりと眠っているようでした。
「ん……」
そのまま様子を見ていると、寝返りを打った拍子に布団がずり落ちてしまいました。
思っていたより眠りが浅かったようです。
起こさないようにそっと布団をかけ直してから部屋を出て、自室へ行って湯浴みの準備を済ませると、隣の家からわっと一瞬だけ大きな声が上がり、少し驚いてしまいました。
「……今の声はユーグさんでしょうか?」
何かがあったようですが、おそらく問題はないでしょう。なにしろユーグさんですし。
さて、温泉に行きましょうか。
何事もなく温泉に着き、脱衣所で衣服を脱ぐと、母譲りの白い肌が顕わになりました。
「……少しくらい焼けてもいいんですよ?」
言い聞かせるように呟きますが、この肌、幾ら太陽の下に長時間居た所で全く焼ける気配がないのです。吸血鬼が太陽の光に弱いという説はなんだったのでしょう?
母曰く「吸血鬼の弱点? そうですね……たぶん、心臓を一突きされたら死にますよ?」とのことです。なお、それ以外の弱点はひと通り試してみたそうです。それも全部平気だったとか。
実際、私も日常生活に関わるようなことはひと通り自分で試しています。
なので、普通に身体についた汚れを流すための流水も平気ですし、今みたいに温泉に浸かることもできます。
「……ふぅ、温かい……」
これは吸血鬼であることと関係があるのかわかりませんが、私は基礎体温が低めで、いわゆる冷え性と言う症状に悩まされることがよくあり、村の温泉には毎日浸かりに来ています。
温泉に浸かるとしばらくは体温が上昇するので、寝る前に浸かると身体がポカポカして、気持ち良く眠りに就くことが出来るんですよね。この温泉は、もはや私の生活の一部とも言えます。
「温泉が出た時は驚きましたけど……」
温泉騒動の時は、確か教会で掃除をしていたのでしたね。
大きな地響きの直後に神父様の「か、神様がお怒りじゃあああっ!」という怒鳴り声が聞こえて、酷く驚かされたのは今でも忘れられません。
結局は、ただ温泉が出ただけで何ともなかったのですけどね。
「でも、ふふっ、あの時の神父様の慌てようったら……」
少し面白くもあったというのは、本人には内緒です。
少し身体を温めた後、一旦お湯から上がり、浴場で身体を擦り洗いします。
お湯に浸かる前にも身体を洗った方が良いそうなのですが、吸血鬼である私の身体は代謝が遅いそうで、汗をかきにくく、肌の老廃物が出にくい体質だそうで先に洗う必要はないのだとか。
なので、入る前にお湯で流す程度で十分だそうです。
「ファマルさんの怪我が治ったら連れてきてあげないとですね」
身体は拭いているものの、一週間以上も風呂に入ることが出来ていないのはお辛いでしょうし。
ああ、そうでした。
ファマルさんが無事に生きているわけですが、実は私のスキルを使用した結果なのです。
奇跡を起こすという私のスキルですが、使用すると使用者が死ぬという欠点があります。
――が、この死ぬという現象の正体を突き詰めると、どうやら命を一つ消費するという結果になるようなのです。
例えそれが、仮初の命であったとしても。
仮初の命を与えることが出来る吸血鬼の身体は、その血の中に複数の命を内包できるようになっており、先程の死んだ男性達に与えたように、必要に応じて使うことが出来るのです。
母はそれを命のストックと呼んでいました。
つまり、吸血鬼である私はスキルを使用しても死なないということになります。
しかし、仮初の命ではあるものの、限りがあるそうなのです。
先程のように命を与えるような行為を何度も繰り返すと、おのずとストックはなくなってしまいます。
あ、母の死因はそれを使い過ぎたとかではありませんよ?
私の両親の死は事故死なので、これとはまた別のお話です。
さて、話を戻して、ファマルさんを蘇生した時の話を思い返してみましょう。
あの日、ファマルさんを連れて帰宅した直後のことです。
「ぅ、ぁ……」
ファマルさんの容体が急変し、失神と同時に発汗と震えが酷くなったのです。
「……まさかっ」
慌ててファマルさんの怪我を確認すると、傷口が変色し、明らかに普通の傷ではないことがわかりました。
「毒、ですか……」
生憎と毒物には詳しくないので何の毒物かは特定できず、解毒魔法も万能ではないため、一刻を争う状況であったため、私はスキルを使用する決意をしました。
……私、実はこの時点までスキルを使用すると確実に死ぬと思っておりました。はい。
では、なぜ使用に至ったかと言いますと、いくつか理由はあります。
私の両親は人助けが趣味のような方々で、人助けを主な活動とするような冒険者稼業を営んでおりました。
両親の最期の姿を見た方の話によると、街を襲う龍を相手に奮戦し、逃げ惑う龍に取りついたままどこかへと飛んで行ってしまったとのことです。
それ以来、旅先からでもこまめに来ていたお手紙もなく、全くの音信不通となり、両親は死んだものとされました。
或いは、どこかで生きていて、そのうちひょっこりと帰ってくるものかと期待しておりましたが、もう五年以上も経ってしまうと、そのような望みも潰えました。
それでも私は、両親の最期を誇らしいと思いますし、私もそのように生きたいと思っていました。
ただ、生憎と荒事の才能はなかったようで、教会に入り別の形で人々を救う道を選ぶことになりました。
そして何より――
「死にた、く、ない……誰か、助け、て……」
助けを求める方を見捨てることは、私にはできそうにありませんでした。
「エクサリサ様、神父様……自らの命を使うことをお許しください。父様、母様……私も、これからそちらへ向かいます」
私のスキルは奇跡を起こします。
初めて自らのスキルを行使した私は、このスキルの正体を知りました。
このスキルは一つの事象に対して怒り得るあらゆる可能性を手繰り寄せ、命を一つ消費して使用者が望む可能性を選択できると言うものでした。
「これ、は……」
奇跡とは、決して万能な物ではありません。
ファマルさんを助けると言う漠然とした望みに対してスキルが導き出した答えは、毒を除去するというものでした。つまり、怪我までは治らないということです。
一つの事象につき一つの命。つまり、毒の除去に対して命が一つ消費されるということです。
しかし、それでは困ります。毒が消えた所で失血死は免れません。
私が死んでしまったら、ファマルさんは出血多量で死んでしまうでしょう。
どうしたらよいのかと迷う私の視界に、スキルを通して見えるものがありました。
「えっ……」
命の残数 六 スキルを使用しますか?
最初は我が目を疑いましたが、そこで昔、母にされた話を思い出した私は、一縷の望みに賭けて、選択しました。
「はい、使用します」
奇跡を行使しました。対象・ファマルから壊死毒を除去します。
「壊死毒……」
壊死毒とは、投与した対象の細胞を破壊し確実に死に至らしめる毒で、魔法で癒すことはできない種類の毒でした。
そして、毒の除去が終わり、ファマルさんの容体が急速に回復しました。
「良かった……」
二重の意味でほっとしながら胸をなでおろすと、ファマルさんが意識を取り戻しました。
「う、ん……ここ、は……あっ! てめっ!」
……あとは知っての通りです。
そして、その後、秘かに頭に来ていた私は、ライナスさんの話からファマルさんを襲った実行犯をおびき出すことを思いつき、あのような行動をとり、母の外套をけしかけて殺害し――もう一人の方は少々気の毒でしたが――そこで命を二つ使用したため、残っている命は三つと言う事になります。
「スキルは……駄目、ですね」
もしかしたら両親を――と思い、スキルの使用を試みましたが、奇跡は一度切りと言う言葉に偽りなく、何の反応もありませんでした。
ですが、後悔はありません。ファマルさんを救うことが出来ましたし、いつか死んだ時、両親に誇れるような自慢話も出来ました。
……蘇らせたとは言え、殺してしまったのは父様に叱られるかもしれませんが。
「父様、母様……もう一度だけ……」
逢いたい。逢って、話がしたいです。
◆
思いの他、長湯になってしまいました。
帰り道を小走りに急ぎながら、ふと考えます。
ファマルさんは怪我が治ったら出て行ってしまう。
これまで、両親を失ってからは友人達がよく遊びに来てくれて寂しいことは滅多にありませんでしたが、夜、一人で家にいると寂しくなってしまう事はありました。
ここ最近は自分も成長し、そのように思うこともほとんどなくなっていましたが、この一週間ほどのファマルさんと過ごした日々は、両親が居た時のように幸せな日々でした。
また一人になると思うと――
「あ……」
想像しただけで涙が出てしまいました。いけません。
どうやら、すっかり情を移してしまったみたいです。
「困りましたね……」
いっそのこと、この思いを打ち明けて私の家で暮らしてもらえないでしょうか。
……断られそうですね。それに、ファマルさんは商人ですし。
どうしたら、ファマルさんを引き留められるのでしょうか……。
悩みながらも行き慣れた道を行く足はよどみなく、気が付けば自宅の前についてました。
「ああ、着いてしまいまし――?」
家の明かりが点いていました。
ファマルさんが起きてこられたのでしょうか?
首を傾げつつもドアを開け、帰宅を告げました。
「ただいま戻りました。すみません、温泉に行っていて――」
そして、思いもよらぬ人物が、私を出迎えてくれました。
「あら、お帰りなさい。温泉って何? 新しくできたの?」
「おぉ、帰って来たか。我が子よ」
両親でした。母は相変わらずですが、父は少し老けたようです
「おー、帰って来たか。頼む、説明してやってくれ」
あと、眠そうなファマルさんも。
「え、あの、え……?」
元気そうな両親の姿にわけもなく涙があふれ、そんな私の心配をしてか、ファマルさんがそっと傍に寄り添ってくれました。やっぱりファマルさんは優しい方です。
「お、おい、どうした? 泣いてんのか?」
「あ……だ、だって、二人とも、死んだって……」
とっくに生存を諦めていた二人が生きていてくれた。帰ってきてくれた。
戸惑いと嬉しさとずっと寂しかった気持ちが溢れてきて、もうどうしたらいいのかわかりません。
「見ての通り、生きてるわよー」
「すまないな、手紙を出す暇もない位の状況だったのだ」
「……あー、邪魔なら席を外すけど」
――だめっ、行かないでっ!
「ファマルさんっ」
「うおぉっ! な、なんであたしに抱き着くんだっ? 親子の感動の再会だろっ? こういう時はそっちに行くもんだろうがっ!」
「……だって、恥ずかしいです……」
何か、色々と混乱した末に至った答えとして、ファマルさんにそばにいて欲しいという結論に至ってしまいました。
「あらー」
「ほう」
母がにんまりと微笑み、父が顎に手を添えました。
「いやいやいや、ほら、誤解されてるだろ!」
「それでもいいです」
「良くねぇよっ!」
「まあまあ、ひとまずそのままで。ファマルさん、だったかしら? この一週間、うちの子と一緒に居てくれてありがとうね」
「いや、それはさっきも説明した通りで――」
「それでも、ありがとう」
「はい……」
「それで? どこまで行ったのかしら?」
「はあっ?」
「馬鹿なことを聞くんじゃない。ファマルさんは怪我をしていたのだぞ」
「やぁねぇ。これくらいの怪我なら無理をしなければそれなりのことはできるわよ?」
「いやっ、ちょっ、まっ、変なことはしてませんからっ! そもそもあたし、こいつがどっちか知りませんし!」
「どっち? ああ、そう言う……あらー、じゃあ、清いお付き合いなのね?」
「それは良い事だ」
「いや、だからそういう関係でもないんですって! おい! お前からもなにか言ってくれ!」
何かと言われましても、こんな状況で……あっ。
「あの、ファマルさん、これからもうちにいてください……」
「状況を考えてもの言えやっ!」
無理です。何も考えられません。
「あらららーっ、そこまで考えてくれてるのねっ!」
「うむ、めでたい」
「いや、何をどう聞いたら今のが同意したとっ?」
「いっしょじゃなきゃやです……」
「なんか言動が幼くなってるぞ! おい! 大丈夫か! 戻ってこい!」
「えへへ……」
なんと言いますか、幸せ過ぎてどうにかなってしまいそうで、ファマルさんに抱き着きながら、私はそのまま安堵と幸福感に包まれながら、眠りに落ちてしまいました。
その夜は、私のこれまでの人生の中で一番幸福な夜でした。
◆
「……よし、完璧だな」
「はい、これで完治です。お疲れさまでした」
両親が帰ってきてからさらに一週間経ち、ファマルさんの傷はすっかり完治しました。
両親が戻ってきたことでファマルさんの病室代わりにしていた私の寝室に私は戻ることにし、私が寝室として使っていた両親の部屋は再び元の主達が使用することになりました。
なので、この一週間はファマルさんと同じ部屋で寝る事となり、床で寝ようとする私と宿を取ろうとするファマルさんの間で意見が分かれた結果、私達は一週間、同衾することになりました。
この一週間、毎晩ファマルさんと一緒に寝られて嬉しかったです。
ただ、毎晩のように両親の部屋から漏れ聞こえる声や物音で目を覚ます度に先に起きていたファマルさんが「いいから何も聞くな」と私の耳を塞ぐように抱きしめてくれたのが少しドキドキしました。
お姉さんがいるというのはこんな感じなのでしょうか?
そう言えば母様が「もうすぐ妹か弟ができるからねー」と言っていました。
両親は「たんまり稼いだ」ということでしばらくの間は冒険者稼業を休んで子作りと子育てに専念したいということでした。
つまり、毎晩聞こえていたあの音と声は――そう言う事らしいです。まさかあれがそうだとは。
ファマルさん、うちの両親がすみませんでした。
「……行ってしまうんですか?」
「……まあ、仕事だしな。けど、あー、なんだ……帰って来るよ。この家に」
「はいっ」
ファマルさんはこの村を中心に行商を行うことにしてくれて、間借りと言う形で私の部屋に住むことになりました。
まだ病み上がりと言うことで、しばらくは近くの町や村をまわって商いをするそうです。
取引する商品はナナリーさんが「独占契約、する?」と持ち掛けた新薬で、それを売り歩くのだそうです。
ちなみにファマルさん、自分が襲われた理由はナナリーさんと取引しているのが自分だけで、商売敵に恨まれたからだと思っていたそうで、賢者の石については何も知らなかったようです。
ナナリーさん曰く「欲しい物を売ってるのはこの人だけ」とのことで、珍品を多く扱っていたファマルさんを自然と特別扱いしていた面もあったそうです。
「これでまとまった金が手に入ったら、この村で店でも開くかな」
とはファマルさんの談です。
しばらくの間は一週間に一日しか会えないそうなので、寂しい夜が続きそうです。
――いえ、もしかしたら眠れない夜かもしれません。両親がうるさいので。
ファマルさんがいない間はユーグさんの家に間借りさせてもらうのも手かもしれませんね。
まだ部屋は余っていると言っていましたし。
将来の為に私もスキルを習得したいですし、割と本気で考えてもいいかもしれません。
奇跡のスキルはもはや使うことも叶いませんし、正真正銘のゴミスキルとなってしまいました。
ということで――
ゴミスキル持ちになってしまった私ですが、これからも精一杯生きていきます。