三スキル目 確率を操るスキル
この世界は不便だけど、色んな女がいて最高だよな!
そう言っていた旅人の兄ちゃんは俺に一冊の本を渡し、まだ見ぬ女を求めて旅立って行った。
兄ちゃん……いや、あえて師匠と呼ばせてもらおう。
師匠が言っていた言葉の意味も本の内容も、当時の俺には何のことだかさっぱりわかんなかったけど、今ならわかるぜ!
この世界には色んな女……もとい、色んな種族の女がいる。
たまに来る冒険者や商人のおっちゃん達に聞いただけでも、近辺の異種族は十種類は超える。
師匠の置いていった本によると、未確認種族を含めても千種類以上と、途方もない数だ。
しかしながらこの村には普通の人族しか住んでない。たまに来る冒険者達も大半は人族で、稀に獣人族や妖精族がその一団に混ざっていることがある程度には異種族との遭遇率が低い。
俺の住んでいる村は有名な観光地でもないし、ダンジョンがあるようなところでもない。
山間部にポツンと存在する、ごく一般的な農村。それが俺の住んでいる村だ。
この村に来る商人や冒険者の目的は村の農作物等の運搬とその護衛だ。
後は村で対処しきれない獣や魔物の討伐とかだな。
それ以外で来るのは根無し草の旅人くらいだろう。
まあ、以前はそんな程度の村だったわけよ。
で、当時九歳。周囲よりも性の目覚めが早かった俺は、本でしか目にしたことがない美女美少女を拝みたいがために、とある画策をした。
この村に異種族の女性も来るような魅力的な物が出来たらいいんじゃないか、と。
この周辺にも異種族が暮らしている村があるというのだから、魅力的な何かがあればちょっと足を運ぶくらいはしてくれるんじゃないか、と。
村を飛び出すという強硬策もあったが、ちょうどその時、狩人の兄ちゃんが獣にやられて死んだという話を聞いていたから、どうにか踏みとどまった。
つーか、俺の職業じゃ村の外に出てもすぐに獣の餌になって終わる。
そんな俺の名前はライナス。歳は十二歳。趣味は村の女児の面倒を見ることだ。男児は知らん。
俺みたいなのを異世界語でロリコンと言うらしい。
幼馴染のナナリーが気に入ったのか、よくその言葉で俺を呼ぶ。なぜか蔑むような顔で。あいつの考えてることは相変わらずよくわからねぇ。
そもそも言葉の意味もよくわからねぇけど、素晴らしい響きだよな? 俺は気に入ってる。
てなわけで、俺の事はロリコンのライナスとでも呼んでくれ!
ちなみに好きな女性のタイプはうちの母ちゃんだ!
小さくて子供みたいな容姿だが、それでも二児の母だ。あとおっぱいがでけぇ。
でかいおっぱいは好きじゃないが、割と最近――いや、昔むしゃぶりついてたせいか、母ちゃんのだけは大丈夫だ。
まあ、要するに幼児みたいな女性が好きなんだ。俺は。
幼児が好きってわけじゃないぞ?
いや、好きではあるけど性的な対象にはならないってだけだ。
「あーあ、どっかに母ちゃんみたいな女の子が転がってねぇかなぁ……」
ちょっと好みの女性の範囲が狭い俺の職業は遊び人だ。
今日も昼間から遊びまわるぜ!
……と言うか、三年前まではよく幼馴染のユーグやナナリーとつるんで遊んでたんだけども、あいつら、すっかり忙しくなっちまったなぁ。
ユーグは狩人になりたくないと言って、転職に有利なスキルの習得を頑張っている。
ナナリーは実家の薬屋の跡継ぎだからか、薬の開発に掛かりっきりだ。
二人とも、俺みたいにもっと余裕をもって生きたらいいのになぁ?
今のうちからあくせく働くなんてもったいない。
今と言う時を楽しまないとな! 青春は一度きり!
ちなみに俺はこのまま遊び人として生きて行こうと思ってる。
今は村に来る冒険者も多いから夜の酒場で賭けの相手をしてやってるんだが、これが中々いい稼ぎになってる。
あ、勿論イカサマなんかやってないぞ?
賭けをやってるのは簡単なカードゲームなんだが、騙し合いと運の良さだけは自身がある。
あとは決めるところで決め、引くところで引く。これさえできてりゃまず負けることはねぇ。
それと、たまにわざと負けるのも上手くやっていくコツだな。
バカ勝ちすると目を付けられて相手をしてもらえなくなる。それは本当に困る。
あと、ひでぇ奴だと言いがかりをつけて殴り掛かって来るからな。まあ、逃げるけどな!
今、冒険者達がこの村に来る目的は前述の画策によるもので、それが上手く行った結果だ。
その画策と言うのが観光資源たる温泉の発掘である。
この辺りは火山地帯で、俺達の村がある山ももれなく火山だ。
つまり、この辺りのどこかしらの地面を掘れば温泉が湧いて出てくるって寸法よ。
そして、どうにかこうにか掘り当てた結果が今である。
さて、ここで俺のスキルを説明しよう。
と言うのも、温泉を探し当てるのに役立ったのが俺のスキルだ。
で、そのスキルがこれだ。
確率操作 あらゆる事象の確率を一定範囲内で操作できる。
説明を見ただけならすげぇスキルだと思うが、使用条件は要素が二つであること、操作できる範囲はその時の運によるが、最大でもたったの二割り半ってところだ。
使い処のないゴミスキルだと思っていたし、博打の類でも対策がされているため使用できない。
ただ、異世界人にこのスキルを説明するとすごく羨ましそうな反応をする。
ピックアップガチャの当り外れがどうのと言っていたが、異世界語はよくわかんね。
まあとにかく、大して役に立たないスキルだったが、温泉を探すのに大活躍してくれたわけだ。
あれはそう、確か二年前だったかな?
どうにかして異種族女性を村に招きたい俺は、とある女性冒険者の「温泉があればいいんだけどねぇ」と言う言葉を信じて温泉を掘り当てる決意をした!
温泉を掘るとなったら人手が必要だ。
そこで俺は幼馴染みの一人に声をかけることにした。
「ユーグ! 温泉掘ろうぜ!」
「え、いきなり何……?」
「温泉だよ、温泉! この辺りって火山地帯なんだろ? 掘ったら出るんじゃね?」
「温泉? なんでまた急に?」
「そりゃもちろん、村の活性化のために決まってんだろ!」
「村の活性化かぁ……で、実際は何が目的なの?」
「異種族の女の子と仲良くなりたい……!」
「あー、うん、そう言う事なんだ……でも、なんで温泉?」
「冒険者のお姉さんが言ってたからだ!」
「根拠は特にないんだね……でも、温泉はいいかもね。村の人も利用できるし」
「だろっ? ってなわけだから手伝え!」
「えぇ……僕、スキルの習得で忙しいんだけど」
「そんなのまだたっぷりと猶予はあるだろ?」
「それはそうだけど、仕事の手伝いに行ってるところだってあるんだから、あまり手伝えないよ?」
「それは心配すんな! 今お前が行ってるところ全部回って一週間ずつ休み貰って来てやったからな!」
俺ってば出来る男!
「ほんと何やってんのさ!」
出来る男、怒られる。
ユーグにはいつも怒られるなぁ。でも今回は俺が正しい!
「いや、聞け親友よ。お前さん、ここの所働き詰めだそうだな?」
「え、いや、まあ、そうだけど……」
「だろ? 行く先々で心配してたから、一週間くらい休んだって大丈夫だって!」
「いや、僕これから温泉堀りに駆り出されるんだよね……?」
「肉体労働は殆ど俺がやるから大丈夫だ! でも少しは手伝ってくれ!」
「少しかぁ……え、じゃあ、僕は他に何をさせられるの?」
「温泉の探し方を一緒に調べてくれ。まずはそこからだ」
「あ、そこからなんだ……てっきり目星はついてるのかと思ってたよ」
「はっはっは、俺がそこまで利口だとでも?」
「威張る事じゃないと思うな……じゃあ、学校の図書室にでも行ってみようか。あ、でもその前に休むところに挨拶してからだね」
「おっ、そうだな!」
つーわけで、ユーグの挨拶回りを終えてから学校の図書室にやってきた。
「とりあえず温泉関係の本を探せばいいのか?」
「温泉関係なら地質学かな」
「よし、地質学だな」
で、地質学の本を適当に集めてきたら――
「いや、そんなに要らないからね? ほら、これだけでいいから戻してきて」
怒られて大半は戻すように言われた。
そんで、本を戻してくると、ユーグは本を真剣に読んでいる様子だった。
「見つかったか?」
「いや、そんなにすぐに見つからないからね? ライナスも手伝ってよ。その本の中から源泉とか発掘って言う単語を探してくれたらいいから」
「おう! 源泉と発掘だな!」
よーし、温泉目指して頑張るか!
で、調べた結果、いきなり挫けそうな事実が判明した。
「千メートルも掘らなきゃいけねぇってマジか……」
「あくまで目安だけどね。それでも、最低限井戸くらいの深さは掘らないとだよ。温泉って、要は地熱で暖められた地下水だからね」
「井戸かぁ……こりゃ気長な作業になりそうだな」
井戸の深さっつったら結構あるからなぁ。
「いや、掘る以前に地下水も探さなきゃいけないからね?」
「それはほら、本に書いてあったダウジングってやつで見つけられるんだろ?」
確か、針金と細い筒が必要なんだっけか?
「だからそれも確実じゃないんだって……いくら火山地帯だからって、この村の下に温泉が流れている確率は低いと思うよ?」
「確率……確率かぁ……なんとかなるかもしれねぇな」
と、此処で俺が思い浮かべたのは自分のスキルの存在だ。
普段は役に立たないスキルだが、こう言う時こそ役に立ってもらおうじゃねぇの!
「もしかして、あの微妙なスキルを使うつもり?」
「おうっ、こんな時こそ使ってやらねぇとな!」
「まあ、やるだけやってみたらいいんじゃないかな。今は道具がないから、続きは明日かな?」
「いやいや、その前にこの村に源泉があるかどうかだけ調べようぜ?」
「それって今すぐわかるの?」
「俺のスキルならわかるはずだ!」
俺のスキルである確率操作は確率を弄ることが出来ると同時に、その確率を視ることが出来る。
ただ先に言った通り二つの要素、つまり二択と言う条件でしかスキルが発動しない。
この場合の要素は村に源泉が有るか無いかの二択だ。
「と言うわけで、この村に源泉は有るか! それとも無いか! さあどっちっ?」
さあ来い! 頼むぞ俺のスキル!
――――確率表示不可。範囲が広すぎます。
ちょっと長い沈黙のあと、範囲が広いとか言われた。
「使えねーっ! 範囲が広いってなんだよ!」
「もう少し限定された条件じゃないとだめなんじゃないかな?」
「マジか……んー……どうしたらいい?」
「いや、僕に言われても……あ、じゃあ、村単位じゃなくて建物単位ならどうかな? 例えば、この学校の下とか」
おお、その手があったか!
「お、それいいな。じゃあもっかい! この学校の下ならどうよ!」
――確率を表示します。 有る確率〇割 無い確率十割
「出た! けど無い!」
「学校くらいの範囲なら大丈夫なんだね。もうちょっと狭いと思ってたよ」
「よし、この調子で村中回ってみるぞ!」
「それだけなら僕もう帰ってもいいかな……? スキル習得の鍛錬したいんだけど……」
「いや、そこは休めよ。でも却下! お前もついてきて何かあった時に助けてくれ!」
「もう、しょうがないなぁ……」
そう言いつつもついてきてくれるあたり、さすが親友だな!
で、村獣を駆け回った結果、唯一反応したのが――
「なんで僕んちのすぐそば……?」
ユーグの家の裏あたりで、有る確率が三割になった。
「やったなユーグ! 家の裏に温泉ができるぞ!」
「いや待って、もう少し範囲を絞ろうよ。まだ三割だよ」
「そうだな。十割の位置を探すぞ! つーかこれ、ダウジング不要だな!」
「そうだね。余計な出費がなくて良かったよ」
「で、ユーグ、このあたりの地下に源泉があるってことは、なんか地面に特徴があるんじゃないか?」
「ライナスって妙なところで鋭いよね……確かに、冬場から春先にかけて真っ先に雪が溶ける場所があるけど、多分そこじゃないかな?」
「よし、そこに行って調べようぜ!」
「なんだか現実味を帯びてきたなぁ……」
ユーグの案内のもと、家の裏手の方へやってくると、思わぬ奴と遭遇した。
「あ、ユーくん……あと、ロリコン。二人で何やってるの……?」
そう言って尋ねてくるのは村一番の稼ぎ頭で幼馴染のナナリーだった。
「ナナちゃん、僕に何か用でもあった?」
「ん……ちょっとお願いがある」
そう言って、ナナリーの奴は俺の方へじっと視線を送ってくる。
視線はこう言っていた「こいつ早く居なくならないかな」と!
「おっと、急用を思い出した! ユーグ、詳しいことはまた明日な!」
「え、あ、うん。シャベルとか用意しておいたほうがいいよね?」
「それは俺がやっとくから、お前はお姫様の相手をしとけ!」
「え、お姫様って誰げふっ! ナナちゃん! 脇腹はやめてっ!」
背後にユーグの悲鳴を聞きつつ、俺はその場を後にした。
いやぁ、あいつらは相変わらず仲がいいな。
多分、成人したら同年代の中で一番最初に結婚するぜ?
一応、恋敵っぽいのはいるけど、あの領主の息子はないな。
「俺も将来の嫁探しのため、温泉を掘り当てねぇとな!」
◆
つー訳で翌日。シャベルやバケツなどの地面を掘り起こす道具類を用意してユーグの家へ行こうとすると、玄関先で妹のセリアと遭遇した。
セリアは一つ下の妹で、母ちゃんを大人にしたような顔立ちの美人で、親父似の長身と浅黒い肌、身体つきは引き締まっているにもかかわらず出るところは出ている――しかも発展途上――という村の女性陣ですら羨む体型をしていて、村一番の美少女と言う肩書を持っている。
俺の女性の好みとしては対極に位置するが、妹なので問題はないな。
「兄さん? そんな物持ってどこ行くの?」
そう言うセリアは皮鎧を着て帯剣しているようだから、これから村の守衛所で見張りの仕事だろうな。ご苦労なこった。
こいつは俺と違って、両親のいいとこどりの賢闘士と言う希少な職業として生まれてきた。
賢闘士ってのは……簡単に言えば肉弾戦も余裕でこなす賢者ってとこだな。
通常ならとっくに王都の学校へ行っているはずなんだが、うちの母ちゃんの教育方針の元、村での生活を強いられている。ま、本人は特に気にしてないようだけどな。
「ユーグんとこだよ。温泉掘るんだ」
ユーグの名前を出すとわずかに反応した。こいつ、ユーグのことが好きなんだよなぁ。
だが妹よ。あいつを狙うライバルは多いぞ?
本人は否定するだろうが、あいつを慕っている女の子は多い。
特に年下が圧倒的に多いのが正直羨ましい。
とは言え、俺に言わせりゃナナリー一強だからなぁ。一見するとそうは見えないけどな。
「また妙なことを……そもそも兄さんはユーグさんに迷惑をかけ過ぎです。たまには真面目に――」
あ、やべ。説教が始まる前に逃げるぜ!
「じゃ、忙しいから後でな!」
「あ、ちょっと!」
いやぁ、まいったまいった。朝から説教とか勘弁だぜ。
あいつは脳筋のくせに、ちょっと真面目過ぎるところがあるからな。
もっと柔軟になって欲しいと兄さん的には思うな!
家を飛び出した俺は、ユーグの家に向かう前に鍛冶屋に寄ることにした。
持ち出したシャベルが錆びてるから、剣先の交換を頼むためだ。
「おーい、爺さん、生きてるかー?」
声を掛けつつ鍛冶屋に入ると、偏屈そうな爺さんが出迎えてくれた。
「……なんだ。マルスの所の坊主か。何の用だ?」
マルスってのは俺の親父な。職業は闘士で仕事は冒険者をやってる。
まあ、親父のことはどうでもいい。
「このシャベルの剣先を交換してくれ。物置から引っ張り出したんだけど錆びててさ」
「うん? なんだ、こんなもん錆びを取って研ぎ直しゃいいだろうが」
「じゃあ、それで頼む。いくらだ?」
「鉄貨一枚だ」
「結構取るんだな。ほい、鉄貨一枚な」
「……毎度。少し待ってろ。すぐに済む」
「ああ、頼むぜ」
爺さんが奥に引っ込んでからしばらく待っていると、なんかいい匂いがしてきた。
こりゃパンが焼ける匂いだな。近くの家でパンでも焼いてるようだ。
あー、そういや朝飯食ってなかったなぁ。ユーグの所で何か貰うか。
そんなことを考えていると、鍛冶屋の裏口――隣接する家屋側の方から聞き覚えのある懐かしい声が聞こえてきた。
「ひいじいー、パン焼けたよ――あら?」
裏口から入ってきたのは、その昔、村を飛び出して冒険者になったはずの爺さんのひ孫。ニーア姉ちゃんだった。
「お? もしかして、ニーア姉ちゃんか?」
「そう言うあんたはライナス? やだ、久しぶりねー!」
「つーか、冒険者になったんじゃなかったのかよ?」
「一応、まだ冒険者よ? まあ、じきに辞めるんだけどさ」
「え、辞めちまうのか?」
「まあね。重労働の割に食べて行くので精いっぱいだし、現実的な話、一攫千金なんてことは滅多にないのよ」
ニーア姉ちゃんの強さはかなりの物だったと思うんだが、冒険者ってのは強さだけでどうにかなるもんじゃないらしい。
「辞めた後はどうすんだ?」
「王都で主婦として暮らすことになるわね。今回帰ってきたのは、そのことを話すためだし」
「へぇ……主婦?」
「うん、結婚したのよ」
あのニーア姉ちゃんが結婚か……旦那さんは余程できた人なんだろうな。
なんにせよ、結婚とはめでたい話だ。
「おお、そりゃめでたいな!」
「ありがと。うちの両親なんか、早く孫見せろってうるさいったら……あ、パン食べる?」
と、ニーア姉ちゃんが色とりどりのパンが入った籠を見せてきた。
なんか、見たことのないパンが多いな。
「お、いいのか?」
「ええ、落ち着いたらパン屋でも開こうと思ってるから、良かったら感想を聞かせてくれる?」
「へぇ、パン屋か。ニーア姉ちゃんの職業的にいいんじゃね?」
なにしろ、職業がパン職人だからな。よくそれで冒険者になろうと思ったよなぁ。
確か、「私は勇者になる!」とか言って村を出てったんだっけな。
まあ、とりあえずパンを貰うか。
「それにしても、見たことのないパンが多いな」
「異世界パンってのを作ってみたわ」
「異世界パン?」
「異世界人が広めている調理法で作ったパンなのよ。総菜パンとか菓子パンとか、パンの中に具材や煮詰めた果実を入れた物を主流に王都で流行ってるのよ」
「ふーん、どれどれ……お、これ美味いな」
甘く煮た豆を潰した物が入っているようだ。
これは程よい甘さが良いな。牛乳と一緒に食べたい味だ。
「それはアンパンね。異世界人が言うには、とある世界には、顔がそのパンになっている英雄がいるそうよ?」
「パンが顔……? 異世界やべぇぜ……」
パンの顔を持つ英雄とか狂気に満ちてやがる……。
「子供には人気だそうだけど、ちょっと信じがたいわよねぇ……」
「おい、終わったぞ」
と、ニーア姉ちゃんと談笑していたら爺さんから声がかかった。
もう終わったらしい。
シャベルを受け取ると、しっかり錆が取れて新品同様になっていた。
「おぉ……爺さん、あんがとな!」
「仕事だからな。おい、俺にも一つくれ」
一仕事終えた爺さんがそう言うと、ニーア姉ちゃんから待ったがかかった。
「だーめっ! ちゃんと手を洗ってから!」
錆び取りを終えた爺さんの手には赤茶けた錆がついて汚くなっていた。
あんな手で食ったら病気になっちまうわな。
「むぅ……カレーパンは取っておいてくれ」
一つ唸ると、爺さんはややしょんぼりした様子で手を洗いに行った。
どうやらカレーパンと言うパンにご執心らしい。
「わかったわ」
「なあ、カレーパンってどんなのなんだ?」
カレーパンについて聞くと、
「カレーパンはこれよ。香辛料が効いてちょっと辛いんだけど、ひいじいが好きでさ。他にもたくさんあるし、幾つか持ってく?」
「いいのか? じゃあ、お言葉に甘えて俺とユーグの分を貰ってこうかな」
「じゃあ、三個ずつくらいでいいかしら?」
「カレーパンは二個で、他は適当に頼んでいいか? 異世界パンはよくわかんねぇ」
「じゃあ、私のお勧めを入れておくわね――はい、どうぞ」
「ありがとな。ニーア姉ちゃんはいつまでいるんだ?」
「来週の朝には帰るつもりよ。見送りは来なくていいからね?」
「来週か……わかった。ところで、パンって毎日焼くのか?」
「お、気に入った? 毎朝焼いてるから、明日も朝に来なさいな。分けてあげる」
「やった! じゃあ、また明日な!」
「はい、行ってらっしゃい」
ニーア姉ちゃんに見送られ、俺はユーグの家へ向かった。
「ミレイさん、おはようございます!」
ユーグの家に向かう途中、ユーグの母ちゃんに遭遇した。
ミレイって名前なんだよな。
「あら、おはよう。ライ君はいつも元気ねぇ」
うーん、癒される。
ユーグの母ちゃんは言動がほんわかとしていて、一緒に居ると本当に癒される気分になる。
おまけに可愛い。美人じゃなくて可愛い。これ重要な?
ただ、見た目や身体つきは大人の女性なので、俺の好みからは外れる。
で、村の人妻の中では上位に食い込む人気を誇る女性だ。
村の奴らはきちんと弁えてるから良いが、冒険者の奴らは人妻だってわかってても口説こうとするから困ったもんだ。
実際、冒険者に絡まれてるところを助けたこともある。
そして今日は、塀の穴にハマっていた。
……なんだこの状況。わけがわからん。
「あー、ミレイさん? なんでこんなことに?」
「そうねぇ……話せば長くなるんだけど、ユーくんが最近太った? って言うからぁ――」
――要約すると、ユーグに太ったと言われ、以前は通り抜けることのできた塀の穴を通り抜けることで太ってないことを証明しようとしたら見事にハマったと。
「私、太っちゃったのかしらぁ……」
穴にハマって動けないミレイさんは、両手で顔を覆い、しくしくと泣き始めた!
「と、とりあえずそこから出た方が良いっすね!」
このままじゃ俺が泣かしたと誤解される!
「……ライ君も、私が太ったと思う?」
「そんな事ねぇって! いつも通り可愛いっす!」
「ほんとぉ? よかったぁ……でも、通り抜けられないのはなぜかしらぁ?」
「えーっと、ミレイさん? それっていつのことっすか?」
「五年位前かしらぁ」
そりゃ無理だろ!
ミレイさんの年齢は二十五歳。子供を五人も産んでるし、体型だって変わるはずだ。
うちの母ちゃんも、俺とセリアを産んでかなり体型変わったって言ってたしな!
「ほら、ミラさん五年前から二人も子供産んでるだろ? そりゃ体型だって変わってますって!」
「それもそうねぇ……でも、五年前と比べたらやっぱり太ってるってことじゃぁ」
「いやいやいや! そんなの気にするほどじゃないっすよ! 全然太って見えないっす!」
ユーグめ! 余計なことを言いやがって! 全然太ってないだろうが!
……いや、若干ふっくらしてるか?
「そう? ならいいんだけど……うっ、おえぇっ……」
いきなり吐いたー! なにごとだよ!
「え? ちょっ! ミレイさんっ? おい! ユーグ! ミレイさんが大変だぁ!」
えー、診断の結果、ミレイさん、妊娠三か月目だということが判明した。
太った原因は妊娠によるものだった。
「やったなユーグ! 家族が増えるぞ!」
「あー、うん、そうだろうね」
どうやら知っていたらしい。
「いや、知ってたなら、なんで太ったかなんて聞いたんだよ?」
「いや、母さん、妊娠に気付いてなかったみたいだから、それとなく誘導しようと思ったんだよ。自分の子供に妊娠した? なんていきなり言われたら衝撃だろうし」
「確かにな……つーか、気付いてなかったのか」
女って、妊娠したらわかるもんじゃねぇのか?
「そうなんだよね。父さんに言うように頼んだんだけど、恥ずかしがって駄目だったし」
「お前んところの父ちゃんは可愛いなぁ……」
「やめてよ。ライナスが言うと冗談に聞こえないからね?」
ちなみに、ユーグの父ちゃんは冗談抜きに可愛い。
顔立ちも声も女っぽいし身長も低いし、あれで女だったら好きになっていたかもしれない。
「安心しろ、なかなか立派なモノを持ってるのは知ってるからな!」
「わざわざ言わなくていいから! まったく……ほら、それより源泉の詳しい場所を見つけないと」
そうだった。
今いるのは昨日辿り着いたユーグの家の裏側だ。
ここからさらに場所を絞らないといけないんだったな。
やることは昨日と一緒だから割愛!
で、発見!
「ここだああああっ!」
「ようやく見つかったね……」
思いのほか時間が掛かった。
しかし、気になる点が一つ。
「……問題はどんだけ深い所にあるかだな」
「それもライナスのスキルで分かるよね?」
「おう、多分な。じゃあ、とりあえず十メートル刻みで調べてみっか」
「そんな浅い所にはないと思うけどなぁ……」
「いやいや、雪溶けが早くなる程度にはここの地面が温かいんだから、案外浅い所にあるかもだぜ?」
つーわけで調査開始!
まずは十メートル下までに源泉が有るか無いか!
――確率を表示します。有る確率0割 無い確率十割
だろうな。よし、続けていくぜ!
ってな具合に調べて行った結果、源泉が流れているのは地下二十メートルの位置だということが判明した。かなり浅い位置にあるようだ。
「こんな浅い所にあんのか」
「言われてみたら、ライナスのスキルって、そんなに範囲広くなかったよね?」
「……ってことは、俺ってばかなり運いいんじゃねぇのっ?」
たまたま俺のスキルで探知できる範囲に源泉が有ったってことじゃねぇか!
「確かに、こんな浅い所にあるなんて、なかなかないんじゃないかな?」
「ははっ、こりゃ幸先が良いな! じゃあ、早速掘ろうぜ!」
「そうだね」
で、掘り始めたのは良いんだが――
「つ、つかれっ……たはぁっ!」
腕がプルプルするぅっ!
「いや、張り切りすぎだよ……もう五メートルも掘っちゃってるし」
まだ五メートルじゃねぇか!
くそっ! あとたったの十五メートルが長い!
「俺はっ、一刻も早くっ、異種族のっ、女の子とっ、にゃんにゃんしたいんだぁっ!」
「にゃんにゃんって何?」
おいおい、本気か?
「そりゃお前、男と女がする事って言ったら一つしかねぇだろ?」
「男女ですること……? 結婚だよね?」
正解。けどちがぁうっ!
「いやお前それはそうだけどよ? 結婚するってことはそれなりの行為をだな?」
「そもそも、ライナスってきちんと成人できるの? そう言う事は成人までしちゃだめだって言われてるよね?」
成人の条件は十五歳の時に村人以外の職業であることが必要だ。
「お、おう、多分な」
このまま遊び人の道を行くなんて言ったら、絶対怒るよなぁ。だから言わね。
つーか、成人するまでエロい事禁止ってのは、ある意味では建前だ。
実際は成人前に隠れてそう言う事をしている奴らは割と居る。と言うか、居た。
バレたらバレたで大人達から厳重注意を受ける程度だって言ってたから、まあそう言う事なんだろう。ただ、その二人は成人と同時に結婚させられるみたいだったけどな。
まあ、そう言う事をしてるのはそいつらみたいな恋人同士だけのようだから、大人達もその程度で済ませているんだろう。そうでなかったら冗談抜きに村を追い出される。
「それならいいけど、仕事の手伝いくらいはした方がいいと思うな」
そこはほら、あれだ。善処するってやつだ。
「んー、気が向いたらな。それより今は温泉だ!」
「まったくもう……あれ? なんか固い物にぶつかったよ?」
「よし来た任せろ! そりゃあひぃぃっ!」
ガィィンッ! と言う音が響き、衝撃が全身を駆け抜けた!
「――っ! かってぇっ! なんだこりゃ!」
「うわ、岩盤だ……こんな浅い所にあるんだ」
岩盤っ? 岩盤ってこんなに硬いのかよ!
「おいおい! 掘れねぇじゃねぇか!」
「でも、岩盤があるってことは、温泉がこの下に流れてるのは確実みたいだね」
「そりゃスキルで調べてるんだしあるだろ、問題はこいつをどうやって破壊するかだな……やるとしたら発破か?」
「うちの傍で爆破はやめて!」
まあ、普通にやべぇよな。騒ぎになるだろうし。
「冗談だって。しかし、どうしたもんかな?」
「うーん、岩盤かぁ……ライナス、オババを呼んできてくれる?」
「いいけど、なにすんだ?」
「……たぶんだけど、僕のスキルで破壊できると思うんだ」
「ユーグのスキルって言ったら、あのゴミスキルか?」
「うん。そのゴミスキルだよ」
「でも、それとオババに何の関係があるんだ?」
「オババには、あの岩盤の鑑定をしてもらおうと思ってね」
よくわかんねぇけど、秘策があるようだ。
「わかった。じゃあ、オババを呼んで来るぜ!」
呼んできた。
「まったく、人が気持ち良く昼寝してたってのに、なんの用だい?」
オババの奴、村の広場で座ったまま居眠りしてやがった。
見た目殆ど死人だったからちょっと焦ったぜ。
「オババ、この穴の底にある岩盤の鑑定はできる?」
「岩盤? ああ、そう言えばここはそうだったねぇ。もしかして温泉でも掘り当てる気かい?」
「いや、その岩盤の下に温泉があるんだ」
「なるほどねぇ。どれ、耐久力でも見ればいいかい?」
何かを察したオババがユーグにそう聞いて、ユーグは少し驚いた様子で頷いていた。
「あ、はい。それでお願いします」
一体、何が始まるってんだ?
「ふむふむ……頑丈さはすさまじいけど、耐久力はそうでもないね。十五ってところだね」
「十五か……ライナス、適当な大きさの石を十五個集めてくれる?」
「おう、わかった」
ユーグと一緒に石を十五個拾い集めると、それで準備は整ったらしい。
「じゃあ、ライナスとオババは離れててくれる?」
「ああ、わかったよ」
「お、おう、大丈夫なのか?」
「多分ね。上手く行ったら最初は一気に噴き出すと思うから、なにかの陰に居た方が良いかも」
「お前はどうするんだよ?」
「逃げ足は自身があるから大丈夫だよ。じゃあ、始めるから、僕が十五を数え終わった時は特に警戒しておいてね?」
そう言うと、ユーグは集めた石の一つを手に取り――
「いちっ!」
掛け声と共に穴の底に投げつけた。
確か、ユーグのスキルは相手に必ず一のダメージを与えるってやつだよな?
「にっ!」
ってことはあれか? あの投石で岩盤にダメージを与えてるのか?
「さんっ!」
――などと、はたから見たら謎の奇行を行っているようにしか見えないユーグを見守っていると、いよいよ最後の一投となった。
「これで最後! じゅう……ごっ!」
そう言って投げると同時に、ユーグはこちらへ向かって一目散に駆けてきた。
同時に穴の方からは、ビシィッと、あまり聞かない類の何かが軋むような音が響き、ズンッ、とした揺れと共に大量の水――いや、温泉が噴き出してきた!
「おおおおおおっ! すげぇっ! やりやがった! やったぞユーグ!」
「ああっ! うちの家庭菜園がぁっ!」
吹き出た温泉がユーグの家の家庭菜園に降りかかったようだ。とんだ災難だな。
「ところであんたら、湧いて出た温泉の排出路は掘ってないのかい?」
「「あ」」
温泉の排水路はどうにか傍にあった村の排水路へ流れるように溝を掘って事なきを得た。
「危なかったな……」
「危うく村が水浸しになるところだったよ……」
この村は山の中腹にあるだけのことはあって、村全体が傾いてるからなぁ。
ユーグの家は高い位置にあるから、下手すりゃ村の半分くらいが温泉によって水浸しになっているところだった。
そして、先ほどの揺れと噴出した温泉は村中で確認されたようで、めっちゃ人が集まってきた。
今はオババと村長が皆に説明中だ。
そして俺達は軽く怒られはしたものの、温泉を掘り当てたという事もあって特にお咎めなしと言う事になった。
で、肝心の温泉の扱いだが、掘り当てたのは俺とユーグだが、村から見つかった物なので所有権は村にある。まあ、それはいい。
だが、管理する権利は譲らん!
あと、無断で利用するのも禁止として、使用するには料金の支払いか現物支給が必要と言う形に落ち着かせた。恐らくは後者が多いだろう。
その代わり、俺とユーグは毎日温泉の掃除と維持に努めるってわけだ。
家庭菜園に被害があったこともあって、ユーグもそれでいいと納得してくれてよかった。
あと、掃除スキルの習得に役立ちそうだとか言ってたな。
でもまあ、これらはあくまで副産物だな。
本題はここからだ。
◆
温泉を掘り当てた翌朝、俺はまたニーア姉ちゃんの所へ顔を出していた。
異世界パンをご馳走になるというのもあるが、今日はもう一つ目的がある。
ちなみに、温泉の方は女性陣から早く入りたいという声が多数あったため、村の男手が総出で朝から湯殿を掘り、浴場を整備し、代わりに女達が畑に出ると言う事態になっている。
「いやぁ、昨日のはびっくりしたわよ? まさか温泉を掘り当てちゃうとはねぇ」
ニーア姉ちゃんは帰省中のため畑には出てないが、心なしかそわそわした様子だ。
「俺が見つけてユーグが掘ったんだ。村の温泉ではあるけど、管理は俺達がやることになった」
昨日のことを話ながら異世界パンをご馳走になる。
うん、やっぱ美味いなこれ。
どうにかしてニーア姉ちゃんには、この村でパン屋を開いてもらいたい。
それがもう一つの目的ってやつだ。
「ちゃっかりしてるわねぇ。とはいえ、当然の権利かしらね」
そのためには、村でパン屋を開くことによる利点を提示しないとな。
「だろ? それでさ、女って温泉好きだよな?」
利点その一、温泉の存在。
「そうねぇ。街に居てもお風呂は贅沢だし、ここみたいな村だと井戸水とか川や泉で水浴びも出来るけど、冬場は無理だし、かと言ってお湯で身体を拭くだけって言うのも長く続くと嫌だものね」
「つまり、好きってことだよな?」
「ええ、控えめに言って最高ね。あーあ、いっそ旦那に頼んでこっちに引っ越そうかしら……」
結構揺らいでるな。もう一押し!
「なあ、ニーア姉ちゃん? この甘い異世界パンって、この村にある食材とかじゃ作れないのか?」
利点その二、材料の仕入れ易さ。
パン自体はこの村でも各家庭で作られているから、出来ないことはないはずだ。
それに女は甘い物が好き!
特にこの甘い異世界パンもまた異種族女性を招き寄せる効果があると見た!
「菓子パンね。作れるわよ? さすがに種類は減るけど、肝心なパンの材料は全部この村で揃うし、中の具材とかはたまに来る行商で事足りるわね」
「異世界パンって、街じゃ人気なんだよな?」
「人気と言うか、一般的な食料品であり、嗜好品でもあるわね。毎日食べる人も多いから、需要も結構あるのよ?」
よし、いいぞ。畳みかけろ!
「例えばの話だけどよ。冒険してて立ち寄った村に、温泉と街で売ってる食べ物が普通にあるとしたらどう思う?」
利点その三、特需。
この村にはパン屋がない。ましてや、異世界パンなんてものは俺も初めて見た。
何より、村を訪れる冒険者や商人達が宿や酒場で提供されるパンを食ってやや不満そうな顔をしていたのがずっと不思議だったんだが、原因はおそらく異世界パンの味を知っていたからだろう。
あとは値段次第だろうが、これは間違いなく売れる。
「そりゃもう、拠点として長期滞在もあり――なるほど! いい案じゃない! お父さん! お母さんっ? 私、ここでパン屋始めたいんだけどぉ!」
これは商機と確信したのか、ニーア姉ちゃんは両親を説得しに行ってしまった。
後は上手く行くことを祈るのみだ。
まあ、多分説得は成功するだろう。ニーア姉ちゃんの所は兄弟姉妹揃って街の方に行っちまったから、娘の一人が婿を連れて帰ってくるというのなら歓迎するはずだ。
さて、次だ。異種族女性を呼び込むためには、まだやるべきことは多い。
そんなわけで、今度は村長の家にやってきた。
手土産はニーア姉ちゃんに貰った異世界パンだ。
「村長の爺さん、生きてるかー?」
村長の家に入ると、ぽかんとした表情でこっちを見て居た。
「おぉ、お主は……えーと、なんじゃったかのぅ……?」
ついにボケたか? それは困るぞ!
「ライナスだよ! マリアの息子のライナス! 昨日会っただろ!」
「おお、そうじゃったそうじゃった。それで、何の用じゃ?」
「まあまあ、とりあえずこれを食ってみてくれよ」
「ふむ……ほう、これは異世界パンじゃな?」
「お、知ってんのか?」
「うむ、ニーアが持って来たからのう。これは良い物じゃ」
そう言いながら異世界パンを頬張る村長。
「だよな! なあ、爺さん。これ、毎日食いたくないか?」
「そうじゃなぁ。毎食とは言わぬが、頻繁に食べられるようになるとありがたいのぅ」
「だよな? ちなみに、ニーア姉ちゃんはこの村に店を出そうか検討してるみたいだぜ?」
「ほう、そうなったらありがたいのぅ」
「そうだな。でもなぁ……この村だと作れるパンの種類が少ないんだってよ」
「ふぅむ……何があればいいんじゃ?」
よしよし、食いついてきたな?
そう言うと思って、ニーア姉ちゃんには必要な品の目録を書いてもらった。
「こういうのがあったら嬉しいってさ」
「どれ……ほう、なるほどのぅ。香辛料や調味料は行商人に頼むとして、香草や果実は村で栽培するというのはどうじゃ?」
んんっ? なんか予想外の返事が返って来たぞ?
行商人に掛け合う所までは予想通りとして、材料の一部を新たに村で栽培するとか、話がでか過ぎる。
「いやいや、別にそこまでしなくてもいいだろ」
「いや、実はの? 以前、領主様がこの村へ視察に来た時に、森の資源をどうにかできないかと言う話になってのぅ」
「森の資源? それと村での栽培に何の関係があるんだ?」
「森の奥には手つかずの果樹や香草、薬草類が大量にあるそうじゃ。それらを採ってきて、この村で栽培するというのはどうじゃ?」
「はあ? そんなの誰が採りに……あっ、冒険者に頼めばいいのか!」
危ないことは冒険者頼みに限る。
と言う事は、自然と冒険者の出入りも多くなるな!
「そうじゃな。組合に頼んで依頼書を発行するのじゃ。内容は森の奥地での果実類及び香草、薬草の採取と言った所かのぅ。この件に関しては領主様が金を出すと言っておったから、実質タダで新しい事業に取り組めるわけじゃ」
ちゃっかりしてやがる! けどこれは良い手だ。
パン屋の為に行商を増やしてもらおうと思ってきたら、そこから村の利益に繋がる手を打って来やがった。さすが長い事村長をやってるだけはあるな!
「そしてニーア姉ちゃんはパン屋がやり易くなる! 爺さんやるな!」
「ほっほっほ、なに、この件が無ければ断ろうと思っておったのじゃよ。しかし、そうなると早急に領主様に連絡せねばのぅ。ライナス、書状を認めるから組合長に届けてくれるかの?」
「おう! 任せとけ!」
爺さんに渡された書状を持って、俺は村にある組合――ギルドへと向かった。
村のギルドは街にあるような物と比べると小さく質素だそうだが、それでも学校と同じくらいの大きさで、村の住宅のおよそ九倍の面積を誇る。
※天の声 参考までに、村の一般的な住宅床面積が十平方メートル程度。
ちなみに、村のギルドは公民館及び役所の面も併せ持ち、冒険者だけではなく村人も頻繁に出入りしている。
そして、その両隣には酒場兼食堂と宿屋が併設されていて、冒険者や商人は大体ここに寝泊まりするようになっている。
酒場の方にも宿はあるが、こちらは夜中まで騒がしいのと、宿泊目的以外での使用が多い。
賭けで稼いでる時、たまーにアレな声が聞こえてくるんだよなぁ。お盛んなこった!
ちなみに、村の人妻が何人かこっそり出入りして冒険者とアレなことをして稼いでいるのはここだけの話だ。これが結構儲かるそうだ。
彼女等が言うには旦那(農家)の稼ぎだけじゃやっていけないと言う事だが、まあ、それなら仕方がないな。その上、子供が多いと金が掛かるだろうし。
「そもそも、娯楽が少なすぎるのが良くねぇんだよなぁ……」
村での生活は大人の娯楽が少ない。
だからなのか、そう言った行為を娯楽代わりに行う夫婦は非常に多く、意図せず子沢山になってしまう家庭は多かった。故に、家計が厳しい所は多い。
それを危惧してか、少し前に便利な薬ができた。そのおかげで妊娠してしまう確率が大幅に下がったため、今後はそう言った家庭も減るだろうと予測されている。
とは言え、既に子沢山な家庭はそれ以上生活費が増えないと言うだけで、厳しい状況であることには変わらない。
昼間は家事と仕事、夕方から夜にかけては子供達の面倒を見ながらの家事、唯一の空き時間は家族が寝静まった夜の間だけ。内職をしようにも蝋燭などの灯りはかえって金が掛かる為、使えない。
家庭の為に何かできることはないか?
そう考えた末に彼女達の辿り着いた答えが、夜の酒場で冒険者達の相手をするという事だった。
当初こそ、普通に酒場の給仕を行っていたようだが、今のような慣習が出来たのは、とある冒険者の一言だった。
『なあ奥さん、銀貨一枚で一発なんて、どうだ?』
当の本人は冗談交じりの言葉だったのだろうが、銀貨一枚あれば十人の大家族でも半月分の食事代になる。話を振られた方に、断らない理由はなかった。
夫には悪いと思いつつも、家族の為だと自分に言い聞かせ、酒場の宿泊室で一発。
そして、銀貨を一枚。決して安くはない報酬だ。
このやり取りを見ていた他の冒険者や人妻達は、それ以降、細々とこのようなやり取りを続けていたらしく、一部の冒険者達の間で、この村は『人妻とヤれる村』と言われているそうだ。
それも、十年以上前からと言う話だから笑えない。
ちなみにこれ、女性陣は子供を除けば周知の事実となっており、知らぬは男と子供だけと言う村社会の闇をまざまざと俺に知らしめ、俺はそれ以来、ロリコンになった。幼女こそ至高!
ちなみに、例の薬が出来てからは冒険者達を相手にその商売をする人妻が増えたらしい。
女って逞しいなぁ……。
そうそう、俺がこのことを知っているのは前述の通り酒場で稼いでいたからで、このことを男達にバラしたらナニをちょん切るぞとオババに脅されたので、仕方なしに黙っている。まあ、話したところで良い結果にはならないので、話す気もないけどな。
なんにせよ。子供の出産数が落ち着いていけば自然となくなっていくだろう。たぶん。
あと、男達にバレていないのは、そもそも村の人間は食堂も酒場も利用しないからである。
或いは、利用するだけの経済的な余裕がないからとも言えるな。
ほんと、世の中って良くも悪くも巧くできてるもんだなと、しみじみ実感したもんだ。
おっと、色々と思い出してる間にギルドについたな。
「こんにちわ、村長からの書状を持って来ました」
急に敬語になったのは訳がある。
ギルド職員は街の方から派遣されてきた者が大半だ。
村の皆と同じように接するのは余りよろしくない。そのための敬語である。
「あら、ライ君。久しぶりね?」
真っ先に声をかけてきたのは職員ではなく、村人から選出されたギルド嬢の一人であるシェリル姉ちゃんだった。
ちなみに、ギルド嬢だけは現地の女性限定なんだよな。
その理由は派遣された職員だけだと地域住民が利用しにくいという事への配慮なんだとか。
そんなギルド嬢に求められる条件はなんか色々あってかなり厳しいようなんだが、ざっくり言うと美人で頭が良ければ大丈夫らしい。
「あー、言われてみたら久しぶりだな、ですね」
シェリル姉ちゃんの家は俺の家の隣なんだが、ギルド嬢になってからはあまり顔を合わせることがなかったな。ギルド嬢って、朝から晩までギルド務めだし。
「ふふっ、私相手なら無理に敬語を使わなくていいのよ?」
ちなみにシェリル姉ちゃんは未婚の処女な。それもギルドの採用条件なんだとか。
未婚はともかく処女ってなんだよと思ったら、ギルド嬢には潔癖性も必要なんだとよ。
まあ、酒場のアレみたいなことはなさそうで安心だ。これ以上トラウマはいらん。
とはいえ、ギルド嬢には、それはそれで問題があるらしく、目下の悩みと言えば――
「ところでライ君。昔言ってた私をお嫁さんにって言う約束はまだ有効だったりする……?」
――婚期を逃しがちだと言う事だろう。
ちなみにシェリル姉ちゃんは十五歳。まだ成人したばかりだ。
「シェリル姉ちゃん、焦り過ぎ。あと、俺未成年だから」
「でも、ライ君が成人する頃には私も二十歳だし、今のうちに相手を見繕っておいた方が良いと思うのよ」
ちなみにギルド嬢には年齢制限があり、最長でも二十五歳までしか働けない。
一般的には二十歳になる頃に辞めて結婚するのが良いらしい。
二十五歳ともなると完全に行き遅れなんだよなぁ。
なので、そこまで行くとほとんど嫁の貰い手がない。
「だからって未成年は……ああ、かえって都合がいいのか」
一応、未成年はそういう行為を禁止されているからな。一応な。
とはいえ、シェリル姉ちゃんは今の俺の好みじゃない。
確かに昔はお嫁さんにするとは言っていたが、所詮は子供同士の約束ってやつだ。
「それより、これをギルドマスターに渡してくれよ。村長からの書状なんだ」
「村長から? ――はい、承りました。少々お待ちください」
書状を受け取るなりギルド嬢の顔に戻ったシェリル姉ちゃんは、そう言ってギルドの奥にある部屋へ向かって行った。あそこがギルドマスターの部屋か。
そういや、ギルドマスターには会った事ねぇな。どんな人なんだろう。
冒険者に聞いたどっかの街のギルドは俺の理想とする母さんみたいな女性がマスターをやっているそうだ。ロリババアだっけな? 確かそう言ってた。是非とも会ってみたいもんだ。
そんなことをぼんやりと考えていたら、シェリル姉ちゃんが戻ってきた。
「ライ君。ちょっと来てくれる?」
「どこへ?」
「ギルドマスターの部屋よ。貴方とお話してみたいんですって」
なんかよくわかんねぇけど、シェリル姉ちゃんの言い方からして興味を持たれたのか?
村長め、書状になんて書いたんだよ。
「わかった。行くよ」
「マスターがなんだか楽しそうに笑ってらしたけど、今度は何をやったの?」
「昨日、ユーグと一緒に温泉を掘り当てた以外の心当たりはないな」
「ああ、あれってあなた達だったの……今日の夜には入れそうなのかしら?」
シェリル姉ちゃんも温泉を楽しみにしているようだ。
ほんと女って綺麗好きだよな。
「村の男衆が頑張ってるみたいだけど、どうだろうな」
「その男衆の一人が目の前にいるんだけど?」
「ほら、俺は忙しいからな! それに、ぞろぞろと数だけいても邪魔だろ?」
「うーん、まあ、ライ君が居ても邪魔だものね……」
「だろ?」
「そこで落ち込まないのがライ君らしいわね――マスター。ライナス様をお連れしました」
ライナス様て。ギルドの決まりとは言え、なんだかこそばゆいな。
『――どうぞ』
ん? 女の声?
「じゃあ、ライ君。私はここまでだから頑張ってね?」
「えっ」
シェリル姉ちゃんはそう言うと、仕事に戻ってしまった。
うへぇ、こういうの苦手なんだよなぁ。
「……し、失礼します」
緊張しつつドアを開けて部屋に入った。
部屋の中は質実剛健と言うか、ギルドマスターと言う偉そうな身分から豪華な内装を想像していた俺からすると大分質素に見えて、見事に肩透かしを食らったような気分だった。
しかし、そんなのは実に些細な事だった。
なぜなら――
「貴方がライナスですね? 初めまして、私がギルドマスターのレティスです」
――ギルドマスターこそ、俺の求めていた女性だったからだ!
まず、ぱっと見からして人族じゃない。
髪の色が青っぽいとか、明らかに人族とはかけ離れている。
おまけに、目の前の女性は雰囲気から明らかに大人であるにもかかわらず――
「ロリ系異種族だと……!」
うちの母ちゃんみたいな幼女の姿をしていた!
これがギルドマスター……普通じゃないとは思っていたが、まさかこんな姿だとは!
街から派遣されて来たって聞いてたから、人族だと思ってた!
「あら……ふふっ、聞いていた通り、面白い子ですね?」
「え、あっ、す、すみませんでした!」
「いえ、構いませんよ? 見ての通り、私は人族ではないですからね」
「あ、はあ、それで、俺、あ、いや、私と話をしたいとは……?」
「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ?」
無理言うなや! 目の前に理想の女性がいるんだぞ! しかもギルドの偉い人!
つーかやべぇ! 今気付いたけど、この部屋めっちゃいい匂いがする!
「あら、どうかしましたか?」
「あ、いや、な、なんかいい匂いがするので……こ、香水か何かですかね?」
我ながら挙動不審過ぎるだろ! つーか、開口一番でいい匂いとかやべぇ奴みてぇだろ!
「まあ……いい匂い、ですか?」
ほら! なんか驚いてるし! 絶対引いてんだろこれ!
「すんません! 今のはなしで!」
「……ふふっ、いいんですよ? でも、いい匂い……確かに。ふふふっ……」
「は、ははは……?」
……あれ? なんか満更でもなさそうな反応?
くすくすと可笑しそうに笑うレティスさんの反応にホッとしていると、レティスさんは姿勢と表情を正して話を切り出した。
「――さて、お話しをするために貴方を呼んだわけですが……まずは、この書状の件からにしましょうか?」
「あ、はい、わかりました」
「では、書状の内容について再確認をしますね。内容は発掘された温泉による村の今後を想定し、飲食及び宿泊業の拡充、それに伴う行商の交易回数増加の打診、領主様から予てより提案されていた森の奥地の資源活用及びそれらを回収する依頼の発行……これらについてギルドの同意を求むとのことですが、間違いありませんか?」
確か、領主に色々と報告する時はギルドの了承も必要だと村長が言ってたな。
内容の方も村長と話した物より多少付け加えてあるが、間違ってはいないから大丈夫なはず。
「は、はい、間違いないです」
「では、他にも何か要望はありますか? よかったら、貴方の意見を聞かせてください」
そりゃあ、あるとしたら異種族の女性がもっと気安く村に来れるようにしたいってところだが、そんな個人的なこと言えるわけがねぇ!
「あ、いや、その、俺――私の意見もその中に含まれていますので……」
「――本当に?」
「……異種族の女性に来て欲しいです」
ん?
「他には?」
「……あわよくば、仲良くなりたいです」
おいおいおい! なんだこれ!
「では……私ではだめですか?」
「……それは――っおああっ! な、なんだこりゃあ!」
わけわからん! わけわからんが、自分の願望を勝手に口走ってた……!
「あら、残念です」
「い、いまのは……スキルか?」
こんな怪しい芸当、スキル以外にあり得ないだろ。
「違いますよ。これは、種族特性と呼ばれている物ですね」
「種族特性……?」
なんだそりゃ?
「はい、私の種族であるジャコウ族は特殊な香りを操ることが出来る種族なんです。貴方が色々と話してしまったのも、その香りの効果ですね」
異種族ってのはそんなことが出来るのかよ。
で、香りってことは――
「このいい匂いのせいか!」
「あ、いえ、それは違うのですが……とにかく、あなたの目的はわかりました。異種族と仲良くなりたい、交流を持ちたいという事ですね?」
「……はい」
正確には、見た目が幼い異種族と結婚を前提としたお付き合いがしたい。だが、まあ、余計なことは言わぬが花だな。
「貴方の考えは尊い物です。でも、それが異種族のためになるかと言えば否定せざるを得ません」
「異種族と仲良くなっちゃいけない、ということですか?」
「いいえ? ですが、人族と異種族はあまりに違う。貴方はそれを知らなすぎるのです。ですから、私から一つだけ提案があります」
「提案?」
「はい、簡単な事ですよ。私とお付き合いしてみましょう」
「……はい?」
というわけで、なんだかよくわからないがレティスさんとお付き合いすることになった。
場所は引き続きギルドマスターの部屋で、お付き合いの内容を聞き終えたところだ。
「……つまり、健全なお付き合いってことですか?」
付き合うと言っても一時的な物で、性的なことはしないという事だ。
ホッとしたような残念なような……どのみち、俺はまだ未成年だから無理か。
「はい、あくまでもライナス君が異種族と付き合う事の大変さを学ぶ為のお付き合いですからね」
「なるほど……」
確かに、俺は異種族について知らないことが多過ぎる。
例の本に書かれているのは種族名とその外見、それと……まあ、性的な内容とだけ言っておこう。
「あ、ちなみに、私自身は大変な女じゃありませんからね? 男の人とお付き合いするのも初めてではないですし」
ちなみにレティスさん、驚くことに母ちゃんよりも年上だと言う。
具体的な年齢は教えてもらえなかったが、ジャコウ族と言うのは長生きする種族らしい。
……やばい、ますます理想的な女性だ。
「あ、でも、男性経験はありません。見ての通りの身体なので……」
そう言って、ちんまりとした身体を見下ろして溜息をつく姿がかわいそかわいい。
俺はむしろその姿の方が性的に興奮します。はい。
「でも、大人なんですよね?」
「はい、赤ちゃんだって産めますよ? ただ、子供を作ろうと思ったら同族、ネコ科の獣人、オーク、人族の順番で孕みやすいみたいで、それ以外の種族が相手だと妊娠することはないそうです」
繊細な話もすらすら答えてくれるんだが、一応、俺が子供だってことは考慮して欲しい。
妊娠のしやすさなんて求めてないやい!
でも、人族でも大丈夫なのか……そうか……。
「ネコ科の獣人が出て来たってことは、ジャコウ族って猫の獣人なんですか?」
「はい、そうですよ――ほら、この通り、獣耳もちゃんとあります」
そう言うと、レティスさんは特徴的な髪型だと思っていた部分を摘まむと、持ち上げて見せた。
おぉ、確かに猫っぽい耳だ……しかし、気になる事が。
「あの、普通の耳もありますよね?」
獣耳が存在する一方で、普通の耳もある。
獣人族の耳って、どうなってんだ?
「はい、ありますけど、獣耳と人耳は二つで一つの器官なのです」
「え、じゃあ、四か所同時に音を聞いてるってことですか?」
「はい、そうなりますね」
「はー、そうなってんのかぁ……なってたんですね」
いかん、関心のあまり素になってた。
「ふふっ、無理に丁寧な言葉で喋らなくても良いですよ? 私達はお付き合いしているのですから」
「う……わかった。じゃあ、普通で」
「はい、そうしてください」
「……レティスさんは、その話し方が普通なのか?」
「ふむ……特に意識はしてないんですけどね。ライナス君はどんな話し方が好みです?」
そうきたか。さすが大人。
「いや、その……」
「これでも長生きしてますからね。色々出来ますよ?」
色々……だと? い、いや、下手するとドはまりしそうだ!
「い、今のまま! 今のままでいい!」
「あら、残念です。お兄ちゃんっ、なんて呼んであげても良かったんですよ?」
ぐはっ! 今の、お兄ちゃんっ、の部分の声がめっちゃ可愛かった!
ちくしょう、俺の好みが完全に把握されてやがる……!
「と、とにかく、普通でお願いします……」
「ふふっ、じゃあ、そうさせてもらいますね? では、お付き合いを始めると言う事で……今日はお互いの話でもしましょうか?」
「……よし、わかった。じゃあ、その、レティスさんからどうぞ」
「そうですね……じゃあ、ライナス君が好きそうな話をしましょうね」
「俺の好きそうな話?」
「はい、ジャコウ族について、色々と聞きたいでしょう?」
おおっ、異種族の話か!
「そりゃいいな!」
「ふふっ、ライナス君は本当に異種族が好きなんですね」
「もちろん! 師匠に色々と聞いてからずっとな!」
「師匠?」
「ああ、昔、村に立ち寄った旅人なんだけど、世界中の異種族を調査してるって言ってた」
「そのような方がいるんですね……」
正確には違う。大分控えめな表現で言ったが、実際は全種族の女性とエロい事がしたいってのが目的だ。正直憧れるが、そこまでの行動力は俺にはない。ただの遊び人だしな。
「だから、俺って子供の頃から異種族に対して憧れのような物が強いんだよ」
「なるほど……そう言えば、異種族の冒険者達から、やたらと人懐っこい子供がいるという話を聞いていましたが、ライナス君のことだったんですね」
「あ、確かに俺だ。この村に来る異種族って珍しいから、つい話を聞きたくなるんだ」
「確かに、人族と行動を共にする異種族は、この辺りでは珍しいですからね」
「あ、それは師匠も言ってた。なんでだ?」
「色々と根深い問題はあるのですが、ひとえに種族間の認識の違い、と言ってしまった方が良いのかもしれませんね」
「認識の違い? 例えばどんな?」
「そうですね。私達、ジャコウ族と人族を引き合いに出すと、ジャコウ族は狩られる側、人族は狩る側だったと言う所でしょうか」
ジャコウ族って狩られてたのか。全然知らなかった。
「えっ、ジャコウ族って食えんのかっ?」
「食べられないことはないでしょうけど、そうではないですよ。私の種族特性を覚えてますか?」
「えっと、特殊な香りを操るとか?」
「そうです。ジャコウ族の身体にはそう言う器官が備わっていて、そこで香りの元を生成し、臭腺から分泌することで様々な効果を与えることが出来るのです」
「臭腺ってなんだ?」
「えっと、匂いの元が強く出る場所、と言う認識でいいですよ?」
「ああ、なるほど」
酒場で稼いでる時、どこの誰だかの腋臭が酷いって一仕事終えたおばちゃんが言ってたな。
一仕事ってのはまあ、アレな方の一仕事だ。
――ってことはだ。
「レティスさんの匂いはどこから出てるんだ?」
このいつまでも嗅いでいたくなる匂いはどこから出てるのか、非常に気になる。
「えっと……どうしても聞きたいですか?」
「……もしかして、恥ずかしい所か?」
「えっと、はい……」
それなら聞けないな。
「じゃあいいや。そういうのはもっと仲良くなってからな!」
生憎と男女のあれこれはよく知らんけど、女の扱いは師匠と酒場の冒険者達を見て心得てる。
女性に恥ずかしい思いはさせるもんじゃない。嫌われるからな!
「そ、そうですね」
「で、話を戻すけど、人族はジャコウ族の匂いを作る器官を狙ってたってことでいいのか?」
「はい、そうですね。その器官を加工すると素晴らしい香水になるみたいで、特にジャコウ族の男性が重点的に狙われていました」
「でも、今は大丈夫なんだろ?」
そうでなかったらギルドマスターなんてやってるはずがない。
「はい、異種族保護法が制定されてからは、そのようなことはなくなりましたね。あくまで表向きの話ですが……」
異種族保護法……そういや学校で習ったな。
確か、五十程前に制定された法律だっけか? 結構前……いや、最近のことなんだな。
しかし、表向きはってことは、未だに続けてる奴らもいるのか。
「あー、悪い奴らは辞めてないのか。馬鹿だなぁ」
香水なんて、他の種族を狩ってまで作るようなもんじゃねぇだろ。
「ふふっ、そうですね。お馬鹿さんです」
「つーか、そんな馬鹿なことを思いついたのって、どこのどいつなんだ?」
「確か、異世界人の知識が元だと聞いたことがあります」
またあいつ等か。パンの奴はともかく、こっちの奴はろくなことを思いつかねぇな。
「異世界人って、時々やべぇ奴がいるよな」
「そうですね……」
良い奴はとことん良い奴だけど、やべぇ奴はとことんやべぇ奴、それが異世界人。
全世界共通の認識として、出来るだけ関わりたくない奴らだと言われるだけのことはあるな。
「それにしても、ジャコウ族って、ようは獣人族なんだよな?」
「はい、そうですよ?」
「レティスさんは耳と髪の色を除けばほとんど人間にしか見えないぜ? そもそも獣人族って、もうちょっと獣っぽい感じだったと思うんだけども」
以前、村に来たことのある獣人族の冒険者は顔からして獣だった。
「ああ、獣人族には人化と言う専用技能がありますから、それさえ習得出来たら人に化けることも可能なんですよ? 私は元からこのような姿ですが、獣化と言う専用技能を使えば獣に近い姿になる事も出来ます」
「そうなのか……ん? レティスさんは元からその姿なのか?」
「はい、ひとえに獣人族と言っても、誰しも獣のような姿をしているわけではありませんからね。そもそも、獣人族の成り立ちが人化した獣と人が交わった結果生まれたとされているので、生まれながらに人族に近い姿をしている者も珍しくはないんです」
「人化した獣か……やっぱスキルなのか?」
「諸説あるのですが、それが一番有力ですね。野生の生き物は成長する過程で技能を習得することがあるようですから」
「へぇ、それは初めて聞いたな」
「冒険者の講習では教えているのですが、一般の方は知らないでしょうね」
「まあ、そりゃそうだよな。普通の村人が野生の獣と戦うような事なんてないからな」
「一応、一般人でも戦闘職の方には講習を行っているんですけどね」
「ああ、去年のあれか……」
狩人のロニって言う兄ちゃんがジャイアントグリズリーにやられたんだよな。
面倒見のいい兄ちゃんだったけど、ちょっと自信過剰なところがあったからなぁ。
「あのようなことは、二度と起こって欲しくないものです」
「村の外に出てしまえば自身の責任だ。死んだ奴が悪いって、うちの親父は言ってたなぁ」
「マルスさんは戦場に出ていたこともありますからね……言っていること自体は間違ってはいませんが、個人の資質もありますからね」
「戦闘職だからって油断しちゃいけねぇんだな」
「はい、その通りです。そう言えば、ライナス君の職業はなんです?」
「俺? 俺は遊び人! 夜の酒場でそこそこ稼いでるぜ!」
「遊び人? まさか、夜の酒場に出入りしている子供と言うのもライナス君だったんですか……」
「そうそう」
「子供に金を巻き上げられたという相談があるのですが、ライナス君は賭け事が得意のようですね」
あいつら……いい大人がそんなことを相談するなよ……。
「まあ、遊び人だしな。それに巻き上げられたって、俺、そこまで馬鹿勝ちしないように気を付けてるんだけどなぁ」
「ええ、被害額自体はそこまで大きくないですし、賭け事は自己責任なので、嫌なら自粛するようにと通達してあります」
さすがレティスさん、話が分かる。
とは言え、挑んでくる奴らって、そんなに減ったかなぁ? むしろ増えてるような気がする。
「そうなのか? その割には挑んでくる人数は増え続けてるんだけどな」
と言っても、大体前回負けたやつが別の奴を連れてくる流れなんだけどな。
「冒険者をやっている者は負けず嫌いが多いですからね……」
「ああ、知り合いに一人思い当たるのがいるわ」
ニーア姉ちゃんもそうだった。勝つまで諦めないんだよなぁ。
「私としては、もっと冷静で慎重な方が増えてくれるとありがたいのですが……」
「それも思い当たるのがいるわ。まあ、あいつはそう言うの嫌いだから、冒険者になろうなんて思わないんだろうけど」
ユーグは性格からして冒険者に向いてないからな。
「そうですよね……そう言う者程、冒険者と言う仕事の危険性を知っていますから」
「でも、冒険者って色んな所に行けるから、俺らみたいな村人よりも異種族に会える機会は多いんだろうなぁ」
「一応、なろうと思えば村人の方でも冒険者になる事はできるんですけどね。もっとも、お勧めはできませんが……」
「そりゃそうだろ。ニーア姉ちゃんみたいなのがごろごろいてたまるか」
「ニーア? 剣神ニーア様のことでしょうか?」
なんだそりゃ? 同じ名前の別人か?
――うん、ないな。ニーア姉ちゃんがそんなに大層な人物だとは思えん。
「剣神? いやいや、ニーア姉ちゃんはパン職人だぞ?」
「パン職人? この村にパン屋さんなんてありましたか?」
「いや、まだないぞ? 今、ニーア姉ちゃんが帰省中でさ。温泉が湧いたのもあって、この村でパン屋を開こうかって話が出てるんだ」
「そのニーアと言う方がパン職人なんですね」
「ああ、異世界パンを食べさせてもらったけど、すげぇ美味かったぜ?」
「異世界パン? と言う事は、街の方なのでしょうか?」
「ああ、今は街の方に住んでるみたいだな。旦那が鍛冶職人だったかな?」
「……あの、良かったら、その方に合わせて頂けませんか?」
「お、レティスさんも異世界パンが食いてぇのか?」
「いえ、そう言うわけではないのですが……少し気になる事があるので」
「わかった。じゃあ、今から行くか?」
「今から押しかけても大丈夫でしょうか?」
「大丈夫だと思うぜ? 今朝も朝からパン焼いてたし、畑に出るとも言ってなかったしな」
「そうですか。では、行きましょう」
と言うわけで、ニーア姉ちゃんの家に来た。
「ここに居るぜ」
「こちらに……村の鍛冶屋さんですか」
「ああ、スミスって爺さんのひ孫なんだよ」
「鍛冶屋のスミスさんですか……偶然ですよね……」
「ん? 何がだ?」
「いえ、なんでもありません」
「なにがなんでもないのかしら?」
ふいに背後から声が聞こえ――
「きゃっ!」
レティスさんが可愛らい声を上げて驚いた。
「お、ニーア姉ちゃん、ちょうど良かった」
「何がちょうど良かったのかしら? ところでこの可愛い子は? まさか恋人じゃないわよね?」
「ああ、この人は――」
「はい、今日からライナス君とお付き合いすることになった、レティスと申します」
レティスさんっ? いや、確かにお付き合いすることにはなったけども!
「あら、これはご丁寧にどうも。ライナスにはもったいないくらいいい子ねー」
って言うか、あれだ。ニーア姉ちゃん、レティスさんが自分より年上だなんて思ってないぞ!
だって、頭撫でてるし! 扱いが完全に子供だし!
そして口ではレティスさんを褒めつつ俺の事を蔑むような目で睨んでやがる!
そうだよな! 幼女にしか見えないもんな!
「待ってくれ! 説明させてくれ!」
「まさかとは思うけど、子供ができるようなことはしてないでしょうね? 子供が子供を作るなんて駄目よ? ちゃんと養えるだけの備えがないとすぐダメになるんだから……」
「してねぇ! つーか、レティスさんはこう見えて大人だ!」
「大人ぁ? どう見たって幼女でしょうがっ!」
「ふふっ、すみません。私の種族は長命なので、これでもれっきとした大人なんですよ?」
「……え、ってことは異種族? なんだ、そう言う事か……って、それはそれでどうなのよ。長生きしてるなら、異種族同士で付き合う事の大変さは知ってるでしょ?」
「それはそうなのですが、私も思う所がありまして……それに、ライナス君は異種族に興味があるようなので、今のうちから異種族との付き合い方を経験させるのも良いかと」
「あぁ、なるほどね……まあ、そう言う事なら大丈夫か。レティスさんもちゃんとした大人みたいだし」
「そりゃそうだろ。なんてったって、この村のギルドマスターだからな!」
「え」
「ふふっ、ギルドマスターと言っても、小さなギルドですから」
「えええっ! この村のギルドマスターっ? え、嘘っ、本当にっ?」
「はい、本当ですよ」
「大変失礼いたしましたぁっ!」
「いえ、慣れてますから、構いませんよ。それに、剣神様に頭を下げて頂くなんて恐れ多いです」
「ぅぃっ!」
ニーア姉ちゃんが変な声を出した。まさか……なあ?
「レティスさん、さっきも言ったけど、ニーア姉ちゃんがそんなすげぇ人なわけねぇだろ?」
「え、ですが私、一度お顔を拝見したことが――」
「ちょぉぉぉっと待ったぁ! ライナス! 今からレティスさんと大事なお話があるから、あんたはちょっとどっか行ってなさい!」
ああ、なるほど。
「……いや、ニーア姉ちゃん、そんな反応されたら、白状したようなもんだろ……」
しかし、驚いたな。
「まさか、ニーア姉ちゃんがそんなにすげぇ人だったとは……」
色々と白状した結果、ニーア姉ちゃんは村を出た後、怒涛の快進撃を経て、なんの因果か協力して世界征服に乗り出した勇者と魔王を撃滅するに至ったらしい。本当にどうなってんだよ。まるで伝説か神話みたいな話じゃねぇか……。
「絶対に皆には内緒よ! いいわねっ!」
「お、おう……」
すげぇ口止めされた。まあ、言わないけども。信じてくれるとも思えねぇし。
「引退するという噂を聞いてはいましたが……この村の出身だったのですね」
「まあね。それにしても、この村のギルドマスターってこんなに可愛らしかったのねぇ。長命だって言ってたけど、なんの種族?」
「ジャコウ族ですよ」
「えっ、ジャコウ族って……そう、頑張ってね?」
「はい……」
「ん? 頑張るって何のことだ?」
「え? あんた、知らないで付き合おうとしてたの?」
「だから何だよ!」
「先程も話しましたが、ジャコウ族は過去に乱獲されて、今では世界に三名しか存在しないんです」
「少ないなんてもんじゃねぇ! 絶滅寸前じゃねぇか!」
「確か、乱獲のせいで男はほぼ全滅、頑張ってはいたみたいだけど、なかなか子供が産まれずに、どんどん数も減って行って、今では女性だけなのよね」
「同族となら子供ができやすいって話じゃなかったのか?」
「それは……」
「えっとね。長命種ってのは、元々子供が出来難いのよ」
「え、なんでだ?」
「そんなの知らないわよ。でも、そう言う物なの。詳しい確率は知らないけど、同族同士でも一割に満たないんでしょう?」
「はい、男性がいなくなってからも様々な種族と交わることで、少しずつ産まれてはいたようなのですが、同族ほどではなかったようで……」
もしかして、さっき聞いた子供ができる種族って、そう言う事なのか……。
……そんなにできないもんなのか。大変だなぁ。
「なあ、ニーア姉ちゃん、子供って、普通はどれくらいの確率で出来るもんなんだ?」
「学校で習うまで待ちなさい。と言いたいところだけど、あんたの年齢なら大体は知ってるのよね?」
「まあ、一応は」
男は精通、女は生理が始まる頃にきちんと習う。
でも、仕組みしか知らねぇから、どんなもんなのかはよくわからん。
「そうね。人族を基準にすると、やるべき時にやることやって大体五割ってところかしら?」
※天の声 危険と隣り合わせの世界なので人族(人間)の妊娠確率は高めです。
「半々か。確実じゃねぇんだな」
子供って簡単にできるもんだと思ってたわ。
「そりゃそうよ。授かり物だもの」
授かり物かぁ。
「うーん、じゃあ、やめた方が良さそうだな」
「やめるって何をよ?」
「いや、俺のスキルって確率をいじれるからさ。調子がいい時なら振れ幅二割くらいは軽く行けるんだぜ? でも、授かりもんを確率いじってまでって言うのはなぁ?」
そう言うと、二人は揃ってこっちを見た。
「「えっ」」
「ん?」
次の瞬間、レティスさんが俺に縋りついて捲し立ててきた。
「ライナス君! 年上の妻はダメですかっ? そのうえ見た目が幼いのはダメですかっ?」
「えっ? えっ?」
なんだこの反応?
「うわぁ、なんて都合が良いスキルを持ってんのよあんたは……はいはい、レティスさん、とりあえず落ち着いて」
「ああっ! せっかく運命の人に会えたのに……っ!」
運命の人って、大袈裟だな。確かに確率操作系のスキルを持ってる奴は少ないそうだけど。
「いや、ライナスは未成年だからね? せめてあと三年は待ってあげてちょうだい」
まあ、普通にできるけどな! むしろ致してみたいけどな! 詳しい方法は知らんけど!
でも、村の決まりだからなぁ……。
「うぅ、あと三年もですか……? ライナス君となら三割越えは行けそうなのに……」
「うん? 人族とだと確率は低いんじゃなかったの?」
「そうなのですが……その、どうもライナス君とは身体の相性が良いみたいで……」
うわ、身体の相性が良いとかエロいな。
「ライナス、あんた……」
「俺はなにもやってねぇ!」
「あ、いえ、実はジャコウ族は繁殖期になると特殊な匂いを発するようになっていまして、その匂いを感じ取れる相手と交わると、一割以上の確率で子供ができるんです。ただ、そう言う人が居たという記録は過去にニ、三人程度で……」
同族とするより確率たけぇな。人数は少ねぇけど。
それにしても、特殊な匂い? まさか……。
「この匂いが……?」
「匂い? 変わった匂いはしないけど?」
やっぱりそうか! こんなに強い匂いなのに周りが無反応なのはおかしいと思ってたんだよ!
運命の人ってのはそう言う事か!
「それに加えて、その……相性の良い異性の匂いは、特に強く感じるんです。その、具体的には、すごくイイ匂いに思えて……」
「「うわぁ……」」
「ひ、引かないでください! 種族特有の物なんですっ!」
「冗談よ。それにしてもライナス、やったじゃない」
「ん? なにがだよ?」
「だって、レティスさんって村のギルドマスターでしょ? あんた、働かなくても養ってもらえるわよ? 将来安泰!」
確かにそうかもしれねぇけど、言い方ってもんがあるだろ!
「まるで俺がダメ人間みたいな言い方やめてくんねぇかなっ?」
「ライナス君、結婚が嫌なら身体だけの関係でもいいですから……」
いくらなんでもなりふり構わなさすぎだろ!
「なんで二人そろって俺をダメな奴にしようとすんだよ!」
身体だけの関係とか爛れてるにもほどがある!
つーか、そう言うのが嫌だからロリコンになったんだぞ俺は!
「だってあんた遊び人じゃない。おまけに昇格も転職もする気もないでしょ?」
「ないな!」
「じゃあ、文句は言えないわね」
「ぐぬぅ……そもそも、遊び人がどうやって働けってんだよ?」
「頑張ってスキルを覚えて、転職するのが良いんじゃない?」
転職……いや、それだけはダメだ。
「……いやだ。転職はしたくねぇ」
「そんなこと言ったって、遊び人ができる仕事なんて――」
「ありますよ?」
「「え?」」
「公表されていないギルドの裏仕事なのですが、賭け事などの遊びを通じて冒険者達から情報を集めるという物があるんです。これを行うのに遊び人の方が最適なんです」
「うわ、そんな仕事あるの? でも、なんで遊び人?」
「はい、平たく言いますと、遊び人の方は脅威にはなり得ない――と言う認識が現在では常識になっているので、警戒されずに接することが出来るんです」
「まあ、確かに遊び人程度は脅威とは思えないけど……今の言い方は凄く引っかかるわね」
「俺はニーア姉ちゃんの言い方に引っかかったぞ! 遊び人程度ってなんだよ! 確かに弱いけども!」
「うっさいわね。事実でしょうが」
「はい、確かに事実ですね」
「ひでぇ!」
「ですが、その分油断しやすく、彼らの職業特性にまんまと引っかかってしまうんです」
「職業特性? 聞いたことないわね」
俺も聞いたことがない。ユーグなら知ってるかな?
「はい、公にはなっていないのですが、職業毎に発揮される技能のような物があるんです」
へー、そんなもんがあるのか。知らなかった。
「遊び人の職業特性って何なんだ?」
「それは、この場では秘密と言う事でお願いします。ライナス君がこの仕事をやりたいというのであれば、その時にでも」
まあ、秘密っぽいし、簡単には教えてくれないか。
「うーん、悩むなぁ……」
公になっていない職業特性……気になる。って言うか、秘密の仕事みたいなのがかっけぇな。
でも、めんどくさそうなのがなぁ。
「私は自分が好き勝手した手前、何も言えないわね……ただ、その手の仕事を受けるとしたら、なかなか辞められないわよ? もちろん悪い意味でね」
「ヤバいから辞められない仕事って感じか……」
「いえ、ライナス君が働くとしてもこの村になりますから、そこまで危険はないと思います。その分、街のような高給も期待出来ませんけど」
危険はないらしい。給料が少ないそうだが、その辺はあまり気にならないな。
「そういうことなら良さそうね。職権乱用っぽいけど」
「ふふっ、ギルドの職員を決める権利はありませんが、このような外部職員の採用はこちらで決めるようになっていますので」
「いや、まだやるって決めたわけじゃねぇぞ?」
「でもあんた、この仕事以外にできる事なんてないでしょうが」
「ま、まだ三年あるし?」
「ですが、賭け事をお仕事にしたいのであれば、この仕事は最適だと思いますよ? やること自体はほとんどがこれまで通りで、賭け事で得たお金はそのまま収入として得られます。あ、もちろんお給料は別ですからね?」
魅力的ではある。でも、それを仕事にするとなると話は別だ。
「いやぁ、でも、ああいうのを仕事にするってのもなぁ……」
俺はあくまで遊び人。仕事をせずに遊びたい!
「あとは……異種族の方と接する機会が増えますよ?」
「やる!」
仕事最高! やっぱ働かなきゃな!
「あんた、どんだけ異種族が好きなのよ……」
と言うわけで、俺の仕事は早くも決まった。まあ、これまで通りなんだけどな。
あ、レティスさんとのお付き合いも続行と言う事になりました。はい。
◆
そして、だいたい一年の月日が流れた。
レティスさんや村長の協力もあって村の拡張が決まり、温泉の噂が広まって冒険者が多くやって来るようになって、ニーア姉ちゃんが新しく開いたパン屋も大盛況!
異種族の冒険者も以前より多くなったし、レティスさんの言っていた通り、仕事で接する機会も増えた。やっぱ異種族は興味深い。師匠の言っていた通り、最高だ。
そして、思っていたよりも順調に村が発展していく。
しかし、発展しないものが一つあった……俺とレティスさんの関係だ。
いや、一年前よりは発展してるぞ? 手とか繋いだし、一緒に昼寝したし、温泉にだって入った。
が、そこまでだ。それ以上の発展がない。言ってしまうと、それ以上の行為に発展しない。
まあ、原因はわかっている。俺だ。あ、ちなみに許可は出てる。
事情を知っているうちの母ちゃんと村長、あとニーア姉ちゃんからは早く子供を見せろとせっつかれているほどだ。
ニーア姉ちゃんに至っては自分の子供だって生まれるんだから、こっちを気にしている場合じゃねぇと思うな。
そうそう、ユーグの母ちゃんであるミレイさんも子供が無事に生まれた。女の子だった。
ミレイさんによく似ているとのことで、将来は安泰だな。
で、俺の方だが、なんで未だに発展が無いかと言うと……やり方がわからねぇ。
いや、どういう仕組みなのかは知ってんだぞ?
……でも、どうやって始めたらいいんだ?
レティスさんは二人の時なら何時でもいいって言ってたけど、それがわからないことにはどうしようもない。
本当に困った。いったいどうした物か――いや、待てよ?
そう言えば少し前、ユーグの家に行った時にとんでもない本が置いてあったな?
それはほんの数日前、ユーグの家に遊びに行った時の事だ。
「おーい、ユーグ、遊びに来たぜ――って、居ねぇのか。ん? なんだこの本?」
窓からユーグの部屋に入ると、机の上に本が置いてあった。
その本の表紙には『男女の為の正しいセックス教本』と異世界語交じりで書かれていて、内容はアレな行為の方法を図解付きで事細かに説明している物だった。
「ユーグの奴、ついにこういう事に興味を持つようになったのか……つーか、文字多いな」
内容以前にあまりの情報密度に読むことを放棄していたが……あれこそ、今の俺には必要なんじゃねぇか?
ってなわけで、ユーグの部屋にやってきた。窓から。
「おーい、ユーグ居るかぁー?」
今日もいないな。相変わらずスキルの習得に余念がないようだ。
居ないなら仕方がないな。勝手に探そう。さて、例の本は、と。
「……ん? どこだ?」
机の上にはない。ベッドの下にもない。どこかに隠したのか?
「あらぁ、誰かいるの?」
家探ししていると、ミレイさんがやってきた。
「あ、どーも、ミレイさん。お邪魔してます」
「あぁ、ライナス君だったの。どうしたの? ユーくんに用事?」
「まあ、そんなところで――」
「さっきもねぇ、マリアちゃんが来てたのよぉ?」
「え、母ちゃんが?」
「えぇ、なんかねぇ。ユーくんが持ってたえっちな本を貸して欲しいって……」
それだ!
「ミレイさん、母ちゃんはどこへ?」
「学校に行くって言ってたわねぇ」
学校? ああ、そう言えば性教育をするとか言ってたな。でも、あの本を使うのはまずいだろ!
「どうもっす! じゃあまた」
「ええ、いつでも遊びに来てねぇ」
ミレイさんに見送られ、俺は学校の方へと走った。
この後、なぜかセリアと一緒にユーグを追う壮絶な追い駆けっこを繰り広げることになるんだが、それは次――じゃなく、別の話だ。結局、本も手に入らなかったしな!
こんな調子で、レティスさんとの蜜月の日々はまだ遠い。
レティスさんは焦らなくていいと言ってくれてるんだが、男として情けなく思う。
あと、最近気づいたんだが、俺の給料ってレティスさんが払ってんだよな……いや、そういう仕事だし、上司だから仕方がないんだけど……なあ?
職業は遊び人でスキルは使いどころが少ないゴミスキル……こんな男を必要としてくれるレティスさんには、頭が上がらないな。
レティスさんの為にも、あの本をどうにかして見つけないとな!
そして目指すは子沢山! レティスさん、十人は欲しいって言ってたっけな。
こんなゴミスキル持ちの俺だけども、愛する人の為に精一杯生きてやる!