表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/11

十スキル目 禁忌のスキル

 この世界は楽しいけど、何かと疲れるな。

 すごく疲れた様子で、でもどこか楽しそうに微笑んでいたあの人は、今はちゃんと休めているのだろうか。

 連続稼働時間が百時間を超えたと壊れた笑みを浮かべていたお姉さん。

 労働じゃなくて稼働らしい。

 よくわからない拘りだけど、自分を機械か何かだと思ってるんだろうか?

 お姉さん、人間は休まないとゆっくり壊れていくんだよ……?

 機械ですら定期点検が必要らしいのに。

 いくらなんでも働き過ぎだと幼いながらに思ったね。

 本人は楽しくてしょうがないとか言っていたけど、絶対に頭がおかしくなっていたと思うな。

 だって、目の焦点が定まってなかったし、何日間お風呂に入っていなかったのか、異臭を放ってたし、なんと言うか……女性として終わってた。何がそんなに楽しかったんだろうか。

 リアルレベル上げとか経験値美味しいとかブツブツ呟いてたけど、一体何だったのか……。

 異世界人だったらしいけど、やっぱり異世界人はみんな頭がおかしいのかな?

 あの人達って歴史を遡ると一万年以上前からこの世界に出没してるらしい。

 近年は諸々の召喚魔法の使用禁止のあれこれが進んで、新しく来る人は減っているそうな。

 ……減ってるだけで、どこからか湧いてくるんだよね。害虫かな?

 ほんと、どこから来てるんだろう。あの人たち。いや異世界なんだけどさ。

 問題視されているのはその方法だ。

 口の軽い異世界人曰く、転生トラック(乗り物らしい)に轢かれてだとか、ヤンデレ(精神異常者のこと)ストーカーに刺されてだとか、わけのわからない方法でこっちに来ているらしい。

 で、この世界に転生する前に神様の所を経由して神器や技能を授かるそうだ。

 なんでも彼等が死んだのは手違いで、そのお詫びとして神様がこちらでの人生を優遇してくれるみたい。羨ましいようなそうでもないような……。

 ……いや、そもそもなんで手違いで人が死んでるの? 命は大事にして?

 運命的に死ぬ事になってたって言うならわかるけど、そこを間違っちゃいけないんじゃないの?

 そもそも、神様って兼業で他の世界も管理してるの?

 神様がうっかり? 神族としてそれでいいの?

 って言うか、なんで違う世界の人をわざわざこの世界に送り込むわけ?

 私は特に信仰心が深いわけじゃないけど、それが本当だったら流石に信仰心が揺らぐよね。

 私が住んでる村の教会は最高神様じゃなくて博愛と豊穣の女神様を祀っているところだから、あんまり関係ないってのもあるけど。

 あ、神様って、この世界だと何柱かいるのよね。十二だったっけ?

 で、それらを統括するのが最高神様で、合計で十三柱かな。

 最高神様はこの世界の他にもたくさんの世界を生み出していて、別の世界にもこの世界の十二柱の神様のような別の神様達がいるらしい。って、昔、旅の僧侶だって言うお姉ちゃんに聞いた。

 前述のお姉さんとは別のお姉ちゃんで、お姉さんより若い方がお姉ちゃんだ。他意はない。

 強いて言うならお姉さんが大人でお姉ちゃんは未成年だ。なんとなくわかるでしょ?


 まあ、それはそれとして、自己紹介をひとつ。

 私の名前はアルク。年齢は九歳になったばかりの、名前もない辺境の村に住んで居る村娘だ。

 何の変哲もない村娘なんだけど、ちょっとばかりおかしなスキルを持っている。

 スキル。或いは技能とも呼ばれているそれは、神様が授けてくれる物なんだけど、神様も一人一人丁寧に授けることが出来ないのか、生まれ持ってくるそれは使える物から使えない物まで千差万別となっている。

 まあね。貰い物だから文句はないよ?

 貰った物に一喜一憂するのもわかるよ。

 そりゃ、良い物が貰えたら嬉しいし、変な物を貰ったら嫌な気分になるもん。

 うちのお兄ちゃんもなんか微妙なスキルを持ってるけど、あれはまだ当たり枠だと思う。

 一般的にはゴミスキル呼ばわりだけど、使うことが出来てるからね。

 後は、幼馴染のセリアちゃんなんかはよくわかんないスキルで使うこともできない物だけど、それでもまだ私のスキルよりはましだと思う。

 で、私が貰った変なスキルがこれ。


 魔王覚醒 使用者の職業を魔王へと変更し、莫大な能力を付与する。


 これね。禁忌スキルって言うんだって。使っちゃいけないやつね。

 ちなみに使ったら全世界から狙われて殺される。

 使ったら世界の主要国家に使用したって言う報せが入るらしい。

 なんか、そう言うスキルでマーキングされてるってオババが言ってた。

 んで、このスキルの存在を知っているのは村の中では村長と先生とオババだけだ。

 あと、ギルドマスターさんもそうだったっけ? 両親は勿論、家族の皆は知らない。

 知らないし、言ってはいけないことになっている。

 なので、対外的に私の生まれ持ったスキルは無しと言うことになっている。

 ちなみにこう言ったスキルが禁忌扱いされるのは当然、理由がある。

 このスキルに関して言えば、過去の所有者が世界の半分を制圧したらしい。

 征服とかじゃなく、制圧だ。当時は文字通り世界の人口が半分程失われ、世界の半分が瘴気による闇に覆われたそうだ。

 今でも魔王と呼ばれている人達は居るけど、ここまで酷くはない。

 このスキルで産まれた魔王は、それくらいのことが容易く出来るだけの力を与えられる。と言うことらしい。

 また、このスキルを持った者が産まれると、その対となる力を持つスキルを持った者も必ず産まれているそうだ。まあ、勇者覚醒って言うスキルなんだけどもね。

 ちなみに、それも禁忌スキルとなっている。

 前述したように、スキルって言うのは誰に何が与えられるかわからない物だ。

 スキルの保持者が必ずしも善人ってわけじゃない。

 だからこそなんだろうけど、こう言ったスキル使用時の対応については詳しく知らされていない。

 まあ一つだけわかっているのは、漏れなく使用した者は死んでいるってことなんだけどね。

 あ、もう一つあった。

 このスキル、片割れが使用されると、もう片方も自動発動するんだってさ。

 その場合はきっちり使用した方だけが始末されるみたいなんだけど、残った方は殺されはしないけれど非常に不自由な生活を送ることになるだろう、って言われたよ。ほんと最悪。

 とは言え、私のコレも片割れのソレも発動条件がすごく厳しいから、普通に生活を送る分には問題なかったりする。そう、普通に生活する分にはね。

 なので、表向き無能な私は毎日楽しく生きてます。


 ――と言うようなこともなく、訓練の日々に明け暮れていた。


「はひっ、ぜひっ、し、しぬっ! 死んじゃう!」


 現在、村の周囲を死の行軍中。今日は倒れるまで歩けだって。鬼かな?

 でも、これを行うことでスキルの根性と体力強化が習得できるらしい。

 ちなみにこれ、自力が低い方が習得しやすいという点もあり、私みたいにスキルの習得を急ぐ必要がない子供達が特に多く参加している。

 スキルを習得するなら早いに越したことはないという村の大人達の総意の結果だ。

 昔は今みたいにスキルを習得する方法がよくわからなかったから、私達は幸運なんだって。

 とはいえ、子供達をただひたすら歩かせ続けると言うのも可哀想と言うことで、遊びとの両立と言う形でこの訓練は実施されている。

 ……本気の遊びと言う形で、だ。

 ちなみに名目上は歩き鬼ごっことなっている。


「はーい、鬼に捕まった人の今日のおやつはナナちゃんの雑草ジュースと謎団子だからねー」


「「「「「ぎゃーっ!」」」」」


 後からすたすたと追いかけてくる鬼の声が死刑宣告をしてきて、私達は絶叫しながら足を速めた。

 この訓練、前述の通り歩く物なので、走ったりすると先程の罰ゲームが容赦なく適応されることとなる。

 逃げる? ふふふ、もっと酷い目に合うだけよ……。


「栄養も滋養もたっぷりなのに……」

「味は?」

「……黙秘する」


 ハンデ用の重りとして鬼に背負われている劇物の制作者がなんか言ってる。

 ちなみに味は最悪だ。特にジュースの方。

 なんていうか……甘くて苦くて酸っぱくて辛い上に臭いしドロッとしている。

 飲み物で良いのかな、あれって?

 でもなぜかゴクゴクいけてしまう。酷い味なのに……。

 精神が拒否してるのに体が積極的に取り込もうとすると言うわけのわからない飲み物だ。

 なんだったら飲み物の方が身体に入ってこようとしている気さえする。

 まさか、生物……? いや、そんなわけないか。

 団子の方はまだましだけど、なんかよくわからない食感。

 食み心地はむにゃっとしてるけど歯を立てるとさっくりと噛み切れて、口の中でしゅわしゅわと泡立ち、喉越しはツルンとしている。

 食感が渋滞起こして大変なことになってる。って言うのが初めて食べた時の感想。

 味とかは無味無臭だけど、正確には人の舌では感じ取れない味らしい。

 いやなんでそんな味にしたし。わけがわからないよ……。

 知ってる? 味が全く感じられない食べ物って、違和感が凄いの。

 まるで食べ物じゃないものを食べてるみたい。

 なので、どちらもまともな飲食物じゃないのは確かだね。

 そんな酷い物を私達はみんな一度は口にしているわけで、誰もが脱落してたまるかと必死になっている。ならないわけがない。

 なお、私達が全員無事に踏破した場合は――


「うーん、今日はみんな頑張るなぁ。ナナちゃん、消費期限は大丈夫かな?」

「今日の分は食べないとだめだけど、明日からのは日持ちするレシピに変えたから平気」

「そっかぁ……じゃあ何人か脱落させなきゃね」


 ――鬼役の人が消費する羽目になるので、あちらも必死だ。

 速度を上げてきた鬼と、捕まり始めた子供達の悲鳴が村中に木霊する中、私はどうにか逃げ切ることが出来た。


「に、逃げ切った……はは、ははは――」

「ん、ご褒美。これも新作」


 倒れる私の目の前にご褒美のおやつが置かれたと思ったが、新作と言う名の絶望だった。

「ナナちゃん、わたし普通のおやつが良いっ!」

「大丈夫。どっちも味は美味しい」

「えっ、じゃあ、いい、のかな? えへへ……」

 鬼に捕まった子達が死んだ顔で本日のおやつを食べている横で、ナナちゃんの新作とやらをいただくことにした。

 あ、ナナちゃんって言うのは村の薬屋さんの子で、私の年上の幼馴染。

 そして、お兄ちゃんのお嫁さん候補でもある。

 いや、お兄ちゃんが婿入りするのかな? まあ、どっちでもいいや。

 ナナちゃんはお兄ちゃんが居ないとダメダメだからね。

 お似合いの二人だし、むしろくっつかない方がおかしいと思う。

「あとはアレさえなければいいのに……」

 ナナちゃんは運動嫌いのめんどくさがりのくせに健康志向で、昔からよくわからないジュースや団子を作っては私達に食べさせてくる。

 確かにアレを飲食すると身体の調子は良くなったりするけど、味と見た目が最悪なんだよね。

 当の本人は信じられないことにアレを常食しているらしく、平気な顔で飲んだり食べたりしているのをよく目撃する。慣れれば平気とは本人談。本当に信じられない。

 ……でも、アレのおかげなのか、ナナちゃんって髪とか肌の色艶は良いんだよね。

 一時期は長時間の徹夜とかで大変なことになってたみたいだけど。

 あと、アレだ。おっぱい。すごく大きい。

 何度か揉ませてもらったけど、アレはすごい。枕にしたい。

 私もアレを常食したら、あのおっぱいがモノにできるんだろうか……。

「アルク? 具合、悪い?」

「う、ううんっ、だいじょうぶっ!」

 おっぱい。じゃなくてナナちゃんが覗き込んできた。

 危ない危ない。おっぱいで思考が埋もれるところだった。

 どうせ埋もれるなら、あのおっぱいに直接埋もれたい。

 ……さて、私もおやつ食べよ。

「いただきまーす」

 新作とやらの味は果たしてどれほどの物かな?

 これまでナナちゃんの作る物を食べてきた身としてはあまり期待してはいないけど。

 とりあえず喉が渇いてるから飲み物からね。

「……普通だ」

 飲み物が入ったカップを覗いてみると、薄緑色の透明感のある液体で満たされており、ほんのりと甘い香りがした。異臭がしない事に感動する。

 ……いや、それが普通なんだけどねっ?

「……」

 ごくり、と生唾を飲み、カップに口を付け、一口だけ含んでみた。

 清涼感のある風味と程よい甘みが口内に満たされ、喉を通り抜けていった。

 ああ、これ、すごく美味しい。美味しいんだけど――

「満たされない……」

 ――驚くくらい満たされない。すごく美味しいのに。

 なんだろう。コレジャナイ感がする。

「ナナちゃん、これ……」

「ん? それ、雑草ジュースを濾して雑味を取った物。味も調整した」

「そ、そうなんだ」

 ああ、だからか。

 ……まさか自分の身体がいつもの雑草ジュースを求める日が来るとは思わなかったよ。

「うちの新商品になる予定。あとで感想書いて」

 しかもこれ、薬屋の新商品にするらしい。商魂たくましいなぁ。

「うん。書くけどさ、これってもっと早くできなかったの?」

 さっき聞いた作り方だと、ナナちゃんならもっと前からできたと思うんだけど。

「めんどくさかったし、原液の方が栄養たっぷり。こっちは一割程度しかない」

「一番にめんどくさいが出てくるんだね……」

 そして一割かぁ。これを十杯飲むのとアレを一杯なら……いや、まともな人ならこっちを取るよ!

「あと、原液はお通じが良くなるし、むくみも取れる。あと、美肌効果もある」

「……えっと、おかわり、お願いします。いつもの方で……」

 私だって女の子なので……。

 あ、団子の方は甘くて美味しい草団子の味だった。味があるって素晴らしいと思う。



「はー、つっかれたぁ……」

 運動後は皆でお風呂。

 すっかり名物になった村の温泉にゆっくりと浸かる。

 温泉のおかげでいつでも温かいお湯に浸かれるのは嬉しい。

 もう温泉がない生活なんて考えられないくらい。

 温泉を掘り当てたお兄ちゃん達には感謝だね。

「アルちゃんのお兄ちゃん、相変わらず訓練の時は厳しいねぇ……」

 運動の汗を流し終えてゆっくりと温泉に浸かって寛いでいると、隣で温泉に浸かっていたハルちゃんが疲れた様子でぼやいた。

 ハルちゃんは私の初めての友達で、本名はハルカって言う異世界人風の名前の子だ。

 ちなみに従妹でもある。

 外見は肩まで伸ばした黒髪に真ん丸な茶色の瞳で、私よりちょこっと背が高く、お姉さんのカナちゃん――と言うか、お母さんのミライさんに似て可愛い系の顔立ち。

 瞳の色も黒かったら名前も相まって異世界人と間違えられてもおかしくないくらいだ。

 そんなハルちゃんの愚痴っぽいぼやきに苦笑しながら、私は答えた。

「お兄ちゃんは訓練馬鹿だから……」

 お兄ちゃんはスキルや素質の都合上、村人派生の戦闘職である狩人への転職を示唆されていたけど、その話がされた時期に村の狩人のロニさんが死んじゃったから、どうにかして他の転職先を増やそうと色々やり始めた結果、自力でスキルを習得すると言う手段にたどり着いたんだよね。

 その方法が肉体の鍛錬をはじめとしたさまざまな訓練で、本当にスキルが習得できちゃうから恐ろしい。

 最近になって村にやってきた元冒険者のネイさん曰く、スキル習得効率が半端ないらしい。

 私は知らなかったけど、スキルを習得するのはすごく大変みたい。

 まさかお兄ちゃんがポンポン習得しているようなスキルの習得に年単位掛かっていたなんて思わなかった。

「でも将来有望だよね。アルちゃんのお兄ちゃん」

 そうだろうか? いや、そうかもしれない。

 お兄ちゃん、やけに年上の女性にもてるもんなぁ。

 しかも、有名な冒険者さんとか、結構すごい人達に目を掛けられてるらしいし。

 お兄ちゃんは気付いてないけどね。周りの人も敢えて言ってないけど。

「そうかな? 確かに最近は良い感じだけど、このままだとお兄ちゃん、順当にナナちゃんとくっつくよ?」

 と言うか、その方が私としては助かる。

 あまりすごい人とくっついても気を使いそうだし、どうせくっつくなら私も気心の知れたナナちゃんあたりが良い。

「お妾さんとかはとらないのかなぁ?」

 いや、お妾さんて。

「ハルちゃん……?」

 まさか、愛人願望でもあるの?

 思いもよらぬ友人の一面に今後の付き合いを改め直そうと思っていたら、ハルちゃんは慌てて首を振って言い直した。

「あっ! 違う違う! うちのお姉ちゃんも貰ってくれないかなって思っててっ!」

 なるほど……いや、それはそれで大概だと思うけど!

 自分の姉を妾にって、どういうこと?

「カナちゃんを? 確かに仲は良かったと思うけど……」

 昔は訓練を二人で一緒にしてたんだっけ。

 二人して森の中から出て来た所を目撃したことがある。

「でしょ? お姉ちゃんもよくアルちゃんのお兄ちゃんのお話してるし、うちの仕事も良く手伝ってくれるから、お母さんもすごく気に入ってるし」

「それ、本人の意思は確認したの?」

「好きなの? って聞いたらすごい勢いで誤魔化されたから、絶対好きだよねっ?」

「そ、そうなんだ……?」

 正直、男女の好き嫌いはまだ私にはよくわかんない。

 大きくなったら解るってお母さんは言ってたけど、成人するまでにはわかるかな?

「って言うか、そう言うのは当人同士の問題だよ?」

「それはそうなんだけどさぁ。見ててもどかしいんだよね」

 あ、それはわかる気がする。

 でもそう言うのは黙って見守ってあげなさいってお母さんが言ってた。

「それでもだよ。今後、この話題は禁止ね」

「ちぇー、まあいいや。お姉ちゃんならきっとやらかしてくれるはず!」

「何その嫌な信頼……」

 カナちゃんも大変だなぁ。


 お風呂から上がったら皆それぞれの帰路に就き、私はお兄ちゃんとナナちゃんと一緒に家の方へ向かうのが、ここ最近の日課だったりする。

 お兄ちゃん達は最近引っ越したので帰る方向は違うんだけど、お兄ちゃんは私を家に送る為、ナナちゃんはお家の薬屋さんの在庫確認の為に同行してる。

 ……まあ、私を送るのはついでなんだろうけどね。

「お兄ちゃん、今日はうちでご飯食べてくの?」

 今の時間だと、そろそろ夕飯の時間だ。

 今から帰って料理をするとなると、ちょっと大変じゃないのかな?

「今日はカナちゃん達も実家に寄って行くっていってたし、そのつもりだよ。ナナちゃんはどうする?」

「ん、私もお母さんが料理作ってるって言ってたから、大丈夫」

「じゃあ、夕飯後に迎えに行くよ」

「わかった」

 そんなやり取りをして、ナナちゃんは自分の家の方へ行ってしまった。

 うーん、まだそこまで関係は進んでなさそう?

 お兄ちゃん、そう言うのに鈍感そうだしなぁ。私も人のことは言えないけど。

「じゃ、僕達も行こうか?」

「うん」

 まあ、いっか。二人とも、まだ結婚できる年齢じゃないもんね。

 とは言え、やっぱり気になる。

「お兄ちゃん、ナナちゃんとはもうチューした?」

「そう言う話はしません」

 むぅ、やっぱりだめか。

「えー、孫の顔が早く見たいって、お母さん言ってたよ?」

「母さんは孫の前に自分の娘でしょ……」

 そうそう、うちのお母さん、一年とちょっと前に赤ちゃん産んだんだよね。

 うちって地味に子沢山だから、またかーって感じではあるんだけど、それでも家族が増えるのは嬉しい。

 妹達は生まれた赤ちゃんに未だにべったりだけど、お母さんは世話が楽で助かるって言ってたのは内緒だ。

 お兄ちゃんも新しく生まれた一番下の妹を気に掛けてはいるけど、忙しくてあまり構えてないって前に愚痴ってたっけ。

 ちなみに妹達に負けず赤ちゃんに一番べったりなのはうちのお父さんだったりする。

 たぶん、お母さんよりお母さんしてる。いろんな意味で。

「ただいまー」

「あ、ユーくん。おかえりなさい」

 家に着いてドアを開けると、高く可愛らしい声の小柄で可愛い人が赤ちゃんを抱いて出迎えた。

「うん、ただいま。父さん」

 これ、うちのお父さんです。冗談じゃなく。

「ただいま……お父さん、また女装してる……」

 フリフリのエプロンなんか着けて、ただでさえ高い女子力の影響もあってか男性に見えない。

 ……実際、見た目だけなら女性なんだけどね。

「なんでエプロン着けただけで女装扱いっ?」

「お父さんは自分の可愛らしさに、いい加減に気付いて?」

「酷いっ! ユーくん! アーちゃんが最近、反抗期なんだよ! どうしたらいいのかなっ?」

 反抗期じゃないし、お兄ちゃんに振らないで欲しい。困ってるじゃん。

「いや、僕に言われても……実際、父さんって女性にしか見えないし」

 お兄ちゃんが目を逸らしながら答えた。

 お兄ちゃんはお父さん似だからね。自分に返ってきちゃうもんね。

 でもお兄ちゃんは身体を鍛えているおかげか、身長とかも伸びてちゃんと男性に見える。

「ユーくんまでそんなこと言う! 私はちゃんと男だもん!」

 こんなこと言ってるけど、村を訪れる男性に告白されたことが今年だけで十件以上に上っていることの異常さを自覚してほしい。

 そんなうちのお父さんの職業はギルドの職員で、元受付嬢だ。

 ……元受付嬢に関してはあえて言及しないけど、うちのお父さん、仕事は良くできる人みたいで、受付嬢をはじめとした職員達の取りまとめ役をしているって聞いたことがある。

 お母さんとの出会いもギルドだったって言ってたなぁ。

「あれ? お母さんは?」

「今料理をしてるところだよ。もう少しで終わるかな?」

 あー、料理作って待ってるって、お兄ちゃんが言ってたっけ。

「父さん、僕にもエイルちゃん抱かせてよ。あまり会ってないから顔を忘れられそう」

 赤ちゃん――我が家の末っ子の名前はエイルちゃん。

 うちはお兄ちゃんをはじめ子供の名前はみんな過去の偉人に肖ってるんだよね。

 エイルちゃんは――なんだったっけ? 忘れちゃった。

 偉人って、なんかすごいことをした人達って言うのはわかるんだけど、あまり興味がわかないんだよね。たぶん、歴史の勉強とかによく出てくるせいだろうけど。

「いいよ。ほら、エイルちゃん、お兄ちゃんだよー」

「きゃっきゃっ!」

 エイルちゃん、お兄ちゃんに抱かれてご機嫌だ。

 お兄ちゃんは忘れられないか心配してたけど、杞憂なんじゃないだろうか。

「おっ、前に抱いた時より重くなったかな?」

「赤ちゃんはすぐに大きくなるからねぇ。ユーくんがちっちゃかった頃を思い出すよぉ」

 お兄ちゃんの方がお父さんよりも父親に見える。なんなら夫婦だよこれ。

 っていうか、なにこの絵面。

 頭がおかしくなりそうな光景に眩暈を覚えていると、外から騒がしい声が近づいてきた。

「「「ただいまー!」」」

 妹達が帰ってきてしまった。

 三つ子ではないけど、三つ子のような連携力を持った三姉妹で、村ではおてんば三姉妹なんて言われている。なんでも将来は冒険者になりたいらしい。

 ちなみに私はあの子達ほど騒がしくないし、将来は誰かのお嫁さんになって、この村でゆったりと暮らしていきたい。人生は波乱よりも安定だよね。

「「おかえりー」」

「おかえり」

 お兄ちゃんとお父さんが異口同音に挨拶をし、少し遅れて私も挨拶をした。

 で、そんな挨拶はどうでもいいとばかりに、妹達はすぐさま標的を見定めると行動に移った。

「お兄ちゃんだあぁぁぁぁっ!」

「今日は泊ってくのっ? 一緒に寝よっ!」

「だめーっ! あたしが一緒に寝るのぉっ!」

 三者三様にお兄ちゃんに詰め寄り、口々に捲し立てる。

 うちの妹達、お兄ちゃんが好き過ぎるんだよね……。

 私は普通だけどね!

「今日はご飯だけ食べて帰るよ。それに、僕の部屋は今、アルクが使ってるんだよね?」

「あ、うん」

 一人部屋を満喫させてもらってる。

 お兄ちゃんの部屋はそんなに広くなかったから、妹達と一緒だった大部屋を出て私が使わせてもらってるんだよね。

 すごく静かで、落ち着いて勉強や読書が出来るのはとてもありがたい。

「いいなぁ、一人部屋……」

「えー、私は一緒が良いよぉ」

「あたしもー」

 一つ下の妹が羨ましがっているけど、さらに下の二人は今のままでいいらしい。

 小さいうちは良いけど、その内そんなこと言ってられなくなるよ?

 まあ、一つ下の妹にはもう少し我慢してもらうしかない。

 もう少ししたら家の改築が始まるらしいから、それまでの辛抱だ。

 お兄ちゃんが家を出たとはいえ、エイルちゃんが産まれて妹達も大きくなってきたことで手狭になってきたから、村の拡張計画に合わせて家も改築しちゃおうって事らしい。

 既に大工さんには話を付けてあるみたいで、最初の拡張工事が終わったらやってくれるんだって。

 今の大部屋を半分に仕切って、さらに二部屋分増やす予定らしい。

「あらぁ、にぎやかだと思ったらユーくんが帰ってきてたのね」

「あ、ただいま。母さん」

「ただいま」

「「「ただいまー!」」」

「ええ、みんなお帰りなさい。さ、ご飯ができたから皆で食べましょう」

「「「はーい!」」」

「あ、配膳手伝うよ」

「わたしも手伝う」

「じゃあ、お願いね。さ、エイルちゃんもご飯にしましょうねぇ」

「あうー」

 その後は久しぶりに家族全員揃っての食事と言うこともあってか、妹達がはしゃいで大変だった。

 お兄ちゃんが居なくてもにぎやかな我が家だけど、お兄ちゃんが居る時は一際にぎやかになるんだよね。



「それじゃあ、僕はそろそろ帰るよ」

 エイルちゃんが寝てしまった後、下の三人もこっくりこっくりと舟を漕ぎ出した頃を見計らって、お兄ちゃんが言った。

「この時期は暗くなるのも早いからね」

「気をつけて帰るのよ?」

 お父さんとお母さんはお兄ちゃんにそう声をかけると、すでに半分ほど夢の世界に踏み込んでいる三人を連れて寝室へと向かって行った。

 私はお兄ちゃんを見送る為、家の前まで一緒に出て行く。

「明日はなにするの?」

「んー、明日も耐久系の訓練だけど、今日とはまた違った方法になるかな」

 訓練を施す相手に子供が多いからか、お兄ちゃんのスキル習得訓練は飽きが来ないように毎日違う内容になっている。考えるの大変そう。

 ちなみに今は耐久系のスキルを習得する期間になっている。

 これは今後のスキル習得にも関わって来るそうで、皆には早めに習得させたいって息まいてた。

 それが終わったら成人が近い人達は其々、希望する職業に就けるようにスキルを習得して行く予定だそうな。

 ただ、全員が希望する職業に就けるかは本人の努力意外に才能も関わって来る場合がある為、オババや各々の家族と相談して希望する職業は二つから三つ程度に絞られた後、スキル習得の為の訓練予定表をギルドが発行してくれるそうだ。

 この形式が出来上がったのは本当にあっという間だったよ。

 まだ始めたばかりだからどうなっていくのかはわからないけど、大人達が言うには少なくとも落伍者が出ることはないだろうっていう話だ。

 落伍者って言うのは成人しても職に就いていない人で、きちんとした職に就くまで大人として扱われない人の事だ。

 私が知ってる限りはこの村で落伍者が出たことはないはずだけど、昔はそう言う人がたくさんいたんだってオババが言ってた。

「わたし、今の時代に生まれてよかった……」

「唐突にどうしたのさ?」

「ううん、なんでもない。じゃあ、また明日ね」

「うん、夜更かししないで早く寝るんだよ?」

 そう言って、ポンと頭に手を置いてくるお兄ちゃん。

 これ、ちっちゃい頃からよくされてるんだけど、なんか心地いい気がするんだよね。

 スッキリするというかなんというか……よくわかんないけど、とにかくお兄ちゃんに頭をポンポンされるのは好きだ。

「はぁい」

 で、釘を刺された夜更かしだけど、念願の一人部屋になってからしばらくは夜更かしが多かったんだよね。

 一人だから本を集中して読めるし、趣味の作業も捗る。

 それにうちってお父さんもお母さんも夜更かし程度じゃ怒らないから、つい甘えちゃうんだよね。

 それで連日寝坊をした結果、お兄ちゃんに怒られてしまった。

 なので今はきちんと自重してる。

 と言うか、最近は訓練のおかげで夜はぐっすりだ。起きてられない。

「ふわぁ……眠くなってきちゃった」

 隣の薬屋さんに向かうお兄ちゃんを見送り、私は家に入った。

 今日も疲れたし、早く寝てしまおう。

 自室に向かおうとすると、ちょうど三人を寝かしつけたらしいお母さん達が部屋から出て来た。

「あら、もう寝るの?」

「うん、明日も訓練だし、早く寝るよ」

「そっか。頑張るんだよ?」

「お父さんも女性に見られないように頑張ってね?」

「ミーちゃん! アーちゃんがいじめる! 私お父さんなのに!」

「はいはい、あなたが男性だってことは私が一番知ってますからねぇ」

「じゃ、おやすみー」

「はい、おやすみなさい」

「ぐすっ、おやすみ……」

 さて、さっさと寝よう。お父さんがぐずったせいで、きっと今夜は激しい夜になる。

 だって、お母さんが捕食者の顔でお父さんを見てたし。



 翌朝、妙に肌の色艶の良いお母さんに見送られて集合場所へ向かう。

 お父さん? 起きてこなかったよ。たぶん今日は使い物にならないんじゃないかな?

 それはそうと、今日は学校がないので朝から妹達と一緒だ。

 私はもう学校を卒業して村のお手伝いを始めてるから関係ないけどね。

 そうそう、学校と言えば、この村の学校って必要な知識と教養を身に付けたら卒業扱いで、何年までとか言った縛りはない。

 卒業判定は月に一回行っている試験に合格したらと言う事になってる。

 また、村の学校は有料ではあるけど、大人も通うことが出来るようになってて、意外と利用者が多いみたい。大人の部は夜間だから、具体的にどれくらい居るのかは知らないけど。

 ちなみに子供は基本的に無料だ。教材費は別途必要だけどね。

 外から来る人達が言うにはかなり恵まれた環境だそう。

 このような経営が成り立っているのは村の大人達のおかげだ。

 詳しくは私も知らないけど、皆でお金を出し合って学校を始めとした村の施設の為に使用しているらしい。

 今後はその辺りをこの地方の領主さんがきちんと請け負ってくれるみたいで、お金で困ることはなくなりそうだって村長が嬉しそうにしてたっけ。

 村長はお金にがめついというか、しっかりしてるって感じなんだよね。言動はボケてるけど。

「おねえちゃんおそーい!」

「「おそーい!」」

 気が付けば妹達が先を争うように走っていた。

 誰に似たのか、あの子達ってばすぐに競争とかを始めるのよね。

「あー、はいはい。あんまり走らないの」

 この時間になると村の人通りが多いから、子供はまとまって歩いてないと危ないんだよね。

 特にガサツな冒険者さんなんかだと周りを見て歩かない人が多いから、子供がぶつかったりした結果、同業者のお姉さん達に睨まれてることがよくある。もちろん、だいたいが男性だ。

 ただ、村に温泉が湧いてからは女性の冒険者が定期的に訪れるようになったおかげか、妙に治安が良いんだよね。

 ちょっと前に村着きの冒険者として来た人も強くて優しい上に綺麗なお姉さんだし。

 そう言えば、あのお姉さんも変なスキルを持ってて、お兄ちゃんの訓練に関心を持ってたっけ。

 スキルで苦労してきた人ほど、お兄ちゃんの修行じみた訓練は色々と参考になるらしい。

「……異世界人のお姉さんだったらどんな反応してたんだろ」

 昔会った異世界人の冒険者のお姉さんだったら、また妙な喜びを見出しそうだ。

 レベル上げに励む一方でスキルの習得にはてこずってたみたいだったから、文字通り狂喜乱舞してもおかしくなはい。心底、今この村に居なくてよかったと思う。

 最近聞いた風の噂によると、どこかの国の勇者の一行に加わったもののソリが合わなくてさっさと抜けた結果、その勇者の一行はパーティー内の不和によって解散に至ったとか。

 ……いや、わけがわからないよ。何があったの?

 ともあれ、お姉さん自身は今もどこかで元気にやってるんじゃないかな?

 何かとおかしな言動が目立つ人だったけど、実力だけは確かだったし。

 そんなことを考えながら歩いている内に、集合場所についてしまった。

 まだ他の子達は来ていないみたいだ。

「お兄ちゃん、おはよー!」

「「おはよー!」」

 妹達がお兄ちゃんの方へ突撃して行った。

「うん、おはよう。みんな早いね」

「おはよ。遅くなると人が多くなるからだよ」

「あー、そっか。そろそろ人通りが多くなる時間だっけ」

「お兄ちゃん達は、いつもはもっと早いんでしょ?」

「そうだね。早朝じゃないと驚かれそうだし」

 ……驚かれる?

「待って? 一体どんな訓練してるのっ?」

 普段の訓練も大概酷いと思うけど、早朝はもっとヤバいってこと?

「いや、変なことはしてないよ? ただ、ナナちゃんが機敏に動いてるってだけで」

 えっ?

「えっ……何その異常事態?」

 すごく見てみたい。

 ちなみに、そのナナちゃんの姿は見えない。

「そう言えばナナちゃんは?」

「ナナちゃんは家で仕事だよ。朝の訓練も頑張ってたし、ちゃんと動けるようになってきたから、ようやく人並みの体力が付いてきたかな」

 お兄ちゃんの言う人並みは人並み以上だと思う。

「あのナナちゃんが……?」

 機敏に動くナナちゃんなんて想像できない。

「なんか失礼な想像してそうだけど、昔のナナちゃんは活発だったからね?」

「あ」

 言われてみたらそうだった。

 近年の駄目なナナちゃんの印象が強すぎてすっかり忘れてた。

 ちっちゃい頃はよく追いかけ回された挙句に変なジュースとか飲まされてたっけ……。

「お、他の子達も集まって来たね」

「今日は何の訓練するの?」

「今日は軽く身体を使う訓練をしてから、頭を使う訓練に移行しようかな」

「軽くって、どれくらい?」

「あまり疲れない程度だね。昨日よりは楽だから、そう身構えなくていいよ」

「お兄ちゃんの軽くは信用ならないんだもん……」

「これでも気を付けてるつもりなんだけどね」

 だったらいいんだけど、前に軽い運動って言いながらナナちゃん背負って村の中をとんでもない速さで走ってたって話を村のあちこちで聞いた。

 幸か不幸かその光景を見ることはなかったんだけど、昨日の訓練の様子から判断すると、割と日常茶飯事っぽい。

「それでも、ナナちゃんを背負って走るのは普通じゃないと思うな」

 そう口にすると、妙に早口でお兄ちゃんが言い返してきた。

「あー、ちょうど良い重さなんだよね。あっ、ナナちゃんが特に重いってわけじゃないよっ?」

 それは知ってる。肉付きは良いけど太ってるってわけじゃないんだよね。

 というか、お兄ちゃんの様子から判断するに予測は付いてる。

「ナナちゃんのおっぱいが背中に当たるから?」

「……そろそろ人が集まって来たねー」

 図星だったらしい。私は優しいので今日の所は見逃してあげよう。


 本日の訓練対象者が集まったため、皆で準備運動を兼ねた駆け足で移動する。

 訓練は内容によって行える場所が変わる為、必然として日毎に訓練を行う場所も変わる。

 昨日は村の外周を走らされたから、今日はギルドの訓練所かな?

 この村のギルドは一応、総合ギルドって言う扱いになっているけど、主な利用者は冒険者となっている。あとは村の人達が依頼をする時に利用するくらいだ。

 ギルドに関しては学校で少し習ったけど、一つの自治体? だったかな。ようは村とか街とか、国の中で人が住んでいるところには最低でも一件は無いといけない組織なんだってさ。

 まあ、無いと困るところではあると思う。

 で、今向かっているギルドの訓練場は本来であれば冒険者用に用意されていた物だったんだけど、肝心の冒険者の多くは訓練なんていう殊勝なことをする質の者は少なく、主に村の防人隊の人達が訓練施設として利用している。

 そして、その防人隊の人達も全員で訓練しているわけじゃなく、その大半は村の見回りや出入り口の門衛として出張っている為、少数の人数でしか訓練できていない。その隊長さん曰く、人員は常に募集中だって言ってた。

 ちなみに隊長さんはお兄ちゃんの訓練仲間で、かなりの脳筋だ。美人なのにもったいない。

 というか、お兄ちゃんの訓練に嬉々として付き合っている時点ですごく残念な人だと思う。

 なんて、考え事をしながら走ってたらギルドに到着した。

 最近、体力がついてきたのか、これくらいなら息も切れなくなったなぁ。

 流石に昨日のはすごく疲れたけどね!

「よし、到着したね。じゃあ、少し休んだら軽く身体を使った訓練をするよー」

 お兄ちゃんの声に各々返事をして休み始めた。

 こういう時間はみんな仲の好い人とまとまって休んでたりする。

 私の場合は――

「アルちゃんおはよー」

「ハルちゃん、おはよう。今日は筋肉痛になってない?」

 ――まあ、ハルちゃんだよね。幼馴染だし。

「大丈夫! だって、ナナちゃんの謎ジュースとか飲まされたし……」

「凄いよね。あれ……」

 ナナちゃんの作ったジュースはどんなに疲れていても飲んで寝た翌日には身体がスッキリしてるっていう恐ろしい効果があるんだよね。

「今日はアルちゃんの兄ちゃんだけなんだね」

「うん、他の皆は用事とかお仕事みたい」

「良かったぁ……合わせ技があると怖いもんね?」

「あはは……」

 合わせ技って言うのはお兄ちゃんと他の訓練仲間が合わさった時に行われる特殊な訓練のことで、だいたいろくな目に合わない。その分、スキル習得者が多いから効果は高いんだけどね。

 昨日の訓練もナナちゃんが居たからこそ、あそこまで無茶をさせられたわけで、そう言う意味ではあれも合わせ技みたいな物かな?

「今日はなにするのかなぁ?」

「子供用の訓練だから、また遊び感覚で出来るものなんだろうけどね」

「最初は楽しいよね」

「最初はね……」

 慣れてくると難易度が際限なく上がって行くから怖い。

 まあ、訓練だからそれが正解なんだろうけど。

「はい、じゃあそろそろ始めるよー」

 始まるみたいだ。

 一体どんなことをさせられるんだろう……。

「今日は最初に体幹を鍛える訓練をするよ」

『はーい!』

 小さい子達が元気よく返事をする。なんだかんだでみんな楽しんでるなぁ。

「やり方は簡単だよ。この訓練は僕が取る姿勢をみんなが真似するだけで、みんなが同じ姿勢をとった所から時間を数え始めて、三十まで数えたら次の姿勢に移るから、みんなはどんどん真似をして行ってね?」

『はーい!』

 体幹を鍛える訓練かぁ。

 お兄ちゃんと同じ姿勢を取るまねっこ遊びのような感じでやってくみたい。

 みんな楽しそうだけど、私は先程のお兄ちゃんの言葉の端から嫌な予感を感じてる。

「あ、そうそう。この訓練、体勢を崩して倒れたりしたら負けだからね。もちろん負けた人達は……わかるよね?」

 ついでに罰ゲームもしっかり完備。抜かりなさ過ぎて泣けてきちゃうね。

「それじゃあ、始めるよ?」

 と、始まった訓練は、最初こそ簡単かつ楽な姿勢からだったけど――


「ちょ、ちょっと待ってキツイ!」

 足を攣りそう……っ!


 ――今は非常に辛い姿勢ばかりを要求されている。まだ開始して十分程度なのに!

 しかもこれ、全員が同じ姿勢を取らなきゃいけないから、最初の人が割を食う奴だよ!

「はやくはやく!」

「んあーっ!」

「もうむりぃっ!」

 そりゃこうなるよねっ!

 幸か不幸かまだ脱落者は出てないけど、そろそろ時間の問題だよ!

「……あっ!」

 どてっ、と誰かの倒れる音が聞こえた。

「お、最初の脱落者だね。はい、これ飲んでおいてね」

「ひぃっ! 新しいのだぁっ!」

 倒れてしまった子と思われる声が聞こえ、辺りがざわつく。

「はい、他の皆は動いたらだめだよ。じゃあ、続けていこうね」

 私は新作を知ってるから驚かないけど、初見だと驚くよね。

 その後も姿勢の難易度は上がっていき、次々と脱落していく子達の悲鳴と驚嘆、そして苦悶の声を聞きながら堪え続け、残りの人数が十名を切った所で終了となった。

 私はどうにか生き残ったよ……。

「はい、残った皆はよく頑張ったねー」

 お兄ちゃんが褒めてくれるけど、やけににこやかな表情と雰囲気的に『本当は全員落とすつもりだったんだけどなぁ』って思ってる気がする。

 何事にも手を抜かないのはお兄ちゃんの良い所だと思うけど、常にこちらの限界ぎりぎりを攻めて来るのは本当にどうかと思う。せめてほんの少しでいいから余裕が欲しい。

「じゃあ、残った子達は少し休憩してから次の訓練に参加かな。それまでこれで水分補給しててね」

「あー、やっぱり昨日のだ」

 受け取ったカップには昨日の新作ジュースがなみなみと入っていた。

「それだと飲みやすいし、水分補給にちょうどいいからね」

「珍しく美味しいもんね……」

 私と同じタイミングで飲み物を受け取った子達は恐る恐る口をつけては、その味に愕然として固まっている。

 そうだよね。あのナナちゃんが作ったジュースが美味しいって変だよね。

 気持ちはよくわかる。

 そうして小休憩が終わると、一足先に次の訓練を始めていた子達に合流する。

「お兄ちゃん、次はなにするの?」

「これをやってもらおうかな」

 そう言ってお兄ちゃんが差し出してきたのは紙に描かれた二枚の絵だ。

 どちらも同じ絵に見えるけど……?

「なにこれ?」

 意図が解らず尋ねると、簡単な説明が帰ってきた。

「間違い探しだよ。一見同じ絵に見えるけど、全部で十の違いがあるから、制限時間以内に五つ以上見つけてね」

 それは楽しそうなんだけど、気になる点がある。

「……五つ以上見つけられなかったらどうなるの?」

「ナナちゃんが作った目が良くなる飲み物を飲んでもらう予定だよ?」

 あー、それは前に飲んだことがある。

 さらっとした飲み口の甘酸っぱいやつだ。

 ナナちゃんの作った飲み物の中ではまだ飲みやすい方なんだけど、酸っぱさがきついのに加えて飲んだ後、口の周りと舌が色素で青っぽくなっちゃうんだよね。

 この色素がなかなか落ちなくて、飲む時には麦わらの管が必須だ。

 あ、異世界語だとストローって言うんだっけ。

 まあとにかく、それくらいに気を付ける必要がある飲み物だ。

 で、逆に全部見つけたらどうなるんだろう?

「全部見つけたら?」

「そうだなぁ……考えてなかったけど、ご褒美くらいはあげてもいいかな?」

 考えてなかったと言うあたり、全部見つけさせる気がないのが伺える。

 お兄ちゃんのことだから、難しい物になるとうっすら色が違うとか、線の長さがちょっとだけ違うとか程度じゃすまないと思う。

 まあ、それはそれとして、ご褒美は気になるかな?

「ご褒美って何が貰えるの?」

「そうだね。ご褒美となると……何が良いんだろうね? 特別な訓練とか?」

「それで喜ぶのは一部の特殊な人だけだと思うなっ!」

「えぇ? じゃあ……あっ、自主鍛錬に使える道具とか」

「訓練関係から離れて?」

「うーん、それじゃあ、本はどうかな?」

 本かぁ……内容によるかな?

「どんな本?」

「これからやる間違い探しとか、訓れ――知育遊びを収録した本だね」

 今訓練って言いそうになってたよ!

 とは言え、知育遊びと言うのも間違ってはいない。

 実際、私達がしているのは殆ど遊びの延長線上みたいな訓練ばかりだし。

「へぇ、結局は訓練関係だけど、面白そうだね」

 訓練みたいなものとはいえ、遊び関係なら割と欲しい。

 子供のお小遣いじゃ玩具とかなんてあまり買えないし。

「かなり売れてるみたいだから、面白いんじゃないかな?」

「そうなんだ? 誰が書いた本なの?」

「内容は僕が監修と執筆をして、ライナスが挿絵とかを描いたものだね」

 ……うん、薄々そうなんじゃないかと思ってた。

「お兄ちゃんって、まだ普通の村人だったよね……?」

 前から思ってたけど、商魂逞し過ぎない?

「できることは増えて来たけど、まだ村人かな?」

「お兄ちゃんは一体何を目指してるの?」

「戦闘職以外の職業かなぁ」

 こんなこと言ってるけど、運動能力だけならそこらの冒険者より上だって噂されているのを私は知っている。ただ、肝心の戦闘能力がスキルのせいで無いに等しいからそれが正解なんだろうけど。

「ナナちゃんと結婚して薬屋さんになればいいじゃん」

「はいはい、それより間違い探しを始めてね。制限時間は五分だよ」

「えっ」

 今、五分って言った? 十個の間違いを見つけるのに、たったの五分?

「はい、始め!」

 こういう時は容赦ないよね!

 私達は全員、文字通り血眼になって間違いを探し始めた。


 結果、私はどうにかぎりぎり五つ見つけた。

 一緒に始めた子達の半数は五つも見つけられずに飲み物をお見舞いされて酸っぱい顔をしている。

 ……いや、無理だってこれ!

「お兄ちゃん、これ難易度高すぎ!」

「え? 難しくないと意味がないでしょ?」

 確かに正論だけどさぁっ!

「いや、それはそうなんだろうけど、お遊びじゃすまない難易度だよこれ!」

 最初の二つ、三つくらいまでは簡単だったけど、四つ目から微妙な変化なものになって、五つ目なんかはとんだ罠だったよ!

「なんで触らないと気付かないような間違いなんか仕込んだのっ?」

「え、僕、間違いは見た目だけだなんて一言も言ってないよね?」

 ……確かに言ってない。

 でもみんな、絵の見た目の間違いを必死になって探して……あっ。

「もしかして、あの目が良くなる飲み物を飲ませるって言うのも引っ掛けだったりする?」

「いや、そんなつもりは全くなかったけど、もしかしてそれで見た目だけの違いだと勘違いしちゃったのかな? 悪いことしちゃったなぁ……」

 天然かい……っ!

 というか、触れば明らかにわかる違いに終わる間際まで気付けなかったのが素直に悔しい!

「ちなみに、全部の間違いを探すには五感のほとんどを駆使しないと難しいよ?」

「五感って、視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚だっけ?」

 前に学校で習った気がする。

「そうだね。さすがに味覚を必要とするのは仕込んでいないけどね」

「ああ、だから五感のほとんど……やっぱり遊びの難易度じゃない気がする」

「そんなことないよ? 流石に全部見つけた子は居ないけど、九個まで見つけた子は何人か居るし」

「えぇ……」

 それはなんか悔しい。

 同時に、そんな目聡い子が複数人いたことにちょっと驚く。

「誰が九つも見つけたの?」

「ん」

 と、既に次の間違い探しを始めている子達の方を指すお兄ちゃん。

 その先に居るのは我が家の妹達だ。

「え、もしかして三人とも?」

「うん。驚いちゃったよ」

「うわ……さすが冒険者志望」

 こっそりとお兄ちゃん直伝の訓練をしているだけのことはあるわ。

「三人とも、十個目が見つけられなくて悔しがってたけどね」

「うーん、姉としてこれは負けてられないわ!」

「そうだね。はい、じゃあ次はこれだよ」

「今度は五つより多く見つけて見せる!」

 妹達に負けてられないと、私は意気込んで次の問題にとりかかった。


 それから一時間……あれ、二時間? どれくらい時間が経ったんだっけ?

 前日にお兄ちゃんが言っていた通り、耐久系の訓練と言う名目に違わず、私達は延々と間違い探しをさせられ続けている。

 もう、何問目かも思い出せないくらいやってる。

 幸か不幸か一回の時間が五分なのと、毎回絵柄が変わるから飽きが来ないということもあり、不満の声は出ないんだけど、これはとんだ時間泥棒かもしれない。

 これをこなし続けることで集中力とか、記憶力が向上するスキルや五感を拡張するスキルが習得できるらしい。

 間違い探しに集中していると、外からお昼を告げる鐘の音が聞こえてきた。

「あ、もうお昼だね。じゃあ、今日はもう終わりにしようか」

「あれ? 午後からはないの?」

「今日の訓練はこれ以上時間をかけても効率が良くないからね。昼食はギルドで用意してもらってるから、みんな食べてから帰ってね」

『はーい!』

 小さい子達が元気よく返事をして走っていった。

 

 

「お兄ちゃんは午後からどうするの?」

「午後からはナナちゃんと一緒に子守りを任されてるよ」

「子守り? 学校の?」

「いや、そっちじゃなくて、ウィリム君を預かるんだよ」

 ウィリム君? ああ、あの子か。

「シアさんの所のウィー君?」

 まだ乳児なのに、偶に妙な貫録を感じさせる子なんだよね。

 眼光が鋭いというか……たぶん、親譲りなんだろうけど。

「そうだよ。シアさんがお昼から急用が出来たみたいでね」

「そうなんだ。子育て中なのに大変だね。旦那さんが都の方に行ってるんだっけ?」

 確か、シアさんの旦那さんは冒険者だから、偶に長期の依頼で遠い所に出張って行くんだよね。

「うん、今回は村着きになる為の試験を受けるって出て行ったんだけど……」

 村着きって、ギルドの依頼を率先してこなす代わりに村に定住する権利を得た冒険者だっけ?

「え? もう住んでるよね?」

「うん。村の住人であるシアさんと結婚してるから、既に村の住人扱いで必要はないんだけど、説明する前に飛び出して行っちゃったみたいだよ」

 あー、確かにあの人らしい。

 獣人族って話を聞かない人が多いもんね……。

「そ、そうなんだ……」

 シアさんも大変だなぁ。

「アルクはこのあとどうするの?」

 どうすると言われても、特に予定はないしなぁ。

「うーん、私は特に予定もないし、一緒に行ってもいい?」

 どうせだし、お兄ちゃんについて行こう。

 ナナちゃんと一緒に子守りって所に若干の不安を感じるし。

「別に大丈夫だと思うけど、アルクって、ウィリム君と会ったことある?」

「うん。何回か会ってるし。一緒に遊ばせてもらったよ?」

 何なら結構、懐かれてると思う。理由はよくわからないけど。

「そっか……じゃあいいかな。それじゃあ、一緒に行こうか。ナナちゃんとはシアさんの家で待ち合わせだから、このまま向かうね」

「うん、わかった」


 お兄ちゃんと一緒にシアさんの家に向かう途中、ネイさんに遭遇した。

「お、ユーグ君にアルクちゃん。こんにちわー」

「こんにちわ。ネイさん」

「こんにちわー」

 ネイさんは最近になって村にやってきた村着きの冒険者さんで、昔は有名な冒険者パーティーに居たらしい。

 そんなネイさんもいわゆるゴミスキル持ちの人らしく、その影響で壊滅的な不器用なんだとか。

 その分、物を壊すことにかけては天才的な活躍をしている。

 今、この村って拡張計画って言うので、古い建物の解体とかをしているんだけど、ネイさんが来てからはすごく捗っているみたい。

 あと、硬い土壌もどんどん耕してくれるから助かるってナナちゃんのお父さんが喜んでた。

 畑を耕してる所は私も見たけど、あの岩みたいに硬い土をどうやったら柔らかくできるのか、さっぱりわかんなかった。

 見た目は綺麗なお姉さんなんだけど、愛用のハンマーを振るう姿はまさに戦士って感じがしてカッコよかったよ。

「兄妹二人でお出かけ?」

「いえ、これから子守を頼まれてるんです」

「あー、シアさんの」

「はい、急用ができたとかで、頼まれたんです」

「そっかそっか。じゃあ、頑張ってねー」

「はい」

「はーい」

 軽く挨拶を済ませて別れた後は、特に誰かと遭遇することもなくシアさんの家に着いた。

「待ってたわ!」

 着いた途端、ドアを開けてシアさんが出て来た。

 足音で私達が来たのが分かったらしい。獣人族の人って五感が鋭いからね。

「こんにちわ。ナナちゃんはもう来てますか?」

「ええ、さっき来た所よ。今、お昼寝してるウィー君を見てもらってるわ」

「わかりました。子守なんですけど、アルクが居ても大丈夫ですか?」

「いいわよー。ウィー君、アルクちゃんのこと大好きみたいだし、将来のお嫁さん候補かな?」

 いや、流石にそれは無いと思う。年も離れてるし。

「わたしとウィー君、九歳差なんですけど……」

「あら、大丈夫よ? 獣人族は成人するのが早いから、アルクちゃんが成人する頃には必要な機能が備わってるはずよ?」

 急に現実味が帯びてきた。あと、必要な機能とか生々しい発言はやめて欲しい。

「あはは……か、考えておきます」

 というか、こう言う時ってどんな返事したらいいの?

 私にはその場をやり過ごす言葉しか出てこないよ……。

「前向きにお願いねー。じゃあ、私は用事を済ませに行くから、後はよろしくね?」

 用事って何だろう? おめかしと言うか、かっちりとした綺麗な服を着ている。

「はい、行ってらっしゃい」

「いってらっしゃい……」

 シアさんを見送って家のドアを閉じると、おもむろにお兄ちゃんが聞いてきた。

「ウィリム君にそこまで懐かれてたんだ?」

「まあ、うん……会えばわかるよ」

 というわけで、ナナちゃんが待つ部屋へと向かう。

 シアさんの所はまだ夫婦の寝室で子供を育ててるから、向かう部屋も必然とそこになる。

 つまり、大人の寝室に入ると言う事だ。

 大人の寝室には子供に見せられないようなアレやソレがあるとかで、少し前に女の子達の間で話題になったことがあったっけ。まあ、流石に隠してるだろうけど。

「ナナちゃん、入るよ?」

「ん、問題ない」

 お兄ちゃんが軽く戸を開けて尋ね、部屋の中からナナちゃんの返事が戻ってきた。

 ……まるで以前になにか問題があったかのようなやり取りだ。

「前に何かあったの?」

「え、なんで?」

「?」

 部屋に入るなりの私の質問に、お兄ちゃんとウィー君を抱っこしてるナナちゃんが首を傾げた。

 あれ? 思ってた反応とは違う。

 この二人のことだから、ナナちゃんが油断してお兄ちゃんがあられもない姿を目撃してしまったとかだと思ってた。

「いや、なんかわざわざ声かけてたし」

「あー、前にもナナちゃんと一緒にウィリム君のお世話をした時に、ちょっとね」

「ん、ウィー君に服を引っ張られて服の止め紐が外れた」

 やっぱりそう言う姿を目撃してたか。

 この手の質問であまり慌てなくなった辺り、お兄ちゃんも成長してるんだなぁ。

 そしてウィー君は相変わらずやんちゃらしい。

「あー、ウィー君って結構力強いもんね」

 獣人族だからってのもあるんだろうけど、今の時点で十代の子供と同程度の力はあるんだよね。

 獣人族としては中々に力強い方らしい。

「あと、おっぱい吸われそうになった。まだ出ないのに」

「ナナちゃんのはまだ無駄におっきいだけだもんね」

「大丈夫。成人したらすぐに役立つ」

 そう言いながらお兄ちゃんを見つめる瞳からは強い意志を感じる。

 逃がす気はないらしい。

 是非ともそのままくっついて欲しいところだ。

「そう言う意味では今の時点でも役立ってるよね……」

 お兄ちゃんってむっつりだしね。

「で、肝心のウィー君は……」

「ん、寝てる」

 もう寝てた。ナナちゃんのおっぱいを枕にして。

 道理で静かだと思ったよ。

 それにしても、このおっぱいは小さな子にも通用するらしい。

「ウィー君も所詮は男の子ってことね」

「さすがにそれは関係ないと思うけど……」

「ん、赤ちゃんはみんな柔らかくて温かい物が好き」

 そう言えばナナちゃんって赤ちゃんと絡む機会が多いんだよね。

 変な意味じゃなくて、村の薬屋としてだけど。

「それは赤ちゃんに限った話じゃないと思うなぁ」

「うん、確かに」

 私だって柔らかくて温かい物は好きだ。村で秋頃から売られ始める蒸し饅頭とか。

 そう言えばそろそろ売り始める時期だったっけ。

 あとでお兄ちゃんに強請ってみよう。


 その後、すぐにウィー君をベッドに寝かせ、手が空いた私達は交代でウィー君の様子を見守りながら家事をすることにした。

 今はお兄ちゃんが見張りについている為、ナナちゃんと二人っきりだ。

 ……いい機会だし、聞いてみよう。

「ねえ、ナナちゃん。聞きたいことがあるんだけど」

 お風呂掃除をしながら、洗面所の方にいるナナちゃんに声をかける。

「なに?」

「誰かを好きになるって、どんな感じ?」

 ナナちゃんはしばし考え込むそぶりをしたのち、問い返してきた。

「……好意? 愛情?」

 あー、うん。好きにも色々あるよね。

「愛情の方かな」

「いずれ解ると思うけど……難しい。でも、嫌な感じじゃない」

「そっかぁ」

 難しいのかぁ……まあ、私はしばらくはいいや。

 いずれ解ると言う事は、きっとその時になったら解るよね。

 私まだ九歳だし。

 とは言え、女性としての機能はもう備わっているので、赤ちゃんは作れる。

 ただ、赤ちゃんを作れるのと赤ちゃんを産めるって言うのは同じじゃないんだよ?

 って言うのをちょっと前に女性だけの集まりで習った。

 色々と生々しい話をされて少し気分が悪くなったりしたけど、ああいった知識をきちんと知っておくのは必要なことなんだって教わったよ。

 おかげでしばらくは男の人を見る目が変わっちゃったけどね。

 ちなみに同年代の男の子達にその辺りの知識はまだ教えないのが村の決まりだ。

 興味本位でそう言う事をしようとしないようにする為らしい。

 女の子達だけに教えたのは、そう言った知識を知っておくことで自己防衛すると共に命の重さや責任って言うのを覚え込ませるためって言ってた。

 まあ、あんな話を聞かされたら成人するまでそういうことをしようだなんて気にはならないよ。

 実際、赤ちゃんが出来て苦労するのは殆ど女性だけだし。

 作るのは二人がかりでも産む時は一人なんだってオババが口うるさく言ってた。

 その他の生々しい話に関しては……まあ、うん、色んなことしてたんだなぁ、って話だね。

 今は必要なくなったみたいだけど、村に殆ど人が訪れなかった頃は色々としていたようだ。

「ねえ、ナナちゃん」

「ん?」

「ナナちゃんも女性の集まりに初めて行った時に、ああいう話は聞いたの?」

「……ん? あぁ、ほとんど聞いてなかった」

「だよねー」

 ナナちゃんはそっち方面の話はお兄ちゃんにしか関心がないからね……。

「ん、既に知ってることを改めて覚える必要もない」

 違ったようだ。

「え、なんで知って……あ、もしかしてサラさん達の」

「違う。本で知った」

 食い気味で否定された。

 ちなみに私はお父さんがお母さんに襲われているところを一回だけ見てしまったことがある。

 ちっちゃい時だったから何をしていたかわかんなかったけど、アレはそう言う事だったんだなぁって、お話を聞いた時に理解した。

 それはそうと、そんな本があるなんて聞いたことがない。

「どんな本?」

「ん、図解付きの教本があった」

「そ、そんな本があったんだ……」

 知らなかった。今度探してみよう。

「持ち主はユーくん」

「それはもっと知らなかった! え、なに? じゃあ、お兄ちゃんってそう言うの知っててナナちゃんに手を出してなかったってこと?」

 つい最近まで一緒にお風呂とかも入ってたよね!

 逆に心配になるんだけど!

「そうなる。だからユーくんは偉い」

「そ、そうなのかな……?」

 男の人の異性に対する感覚って言うのは知らないけど、ライナス兄ちゃんとかみたいに興味津々なのが正常な反応だってオババが言ってたっけ。

 ……ライナス兄ちゃんは性癖が異常だってよく言われてたけど。

 そう言えばつい最近、私をしみじみと見つめて「がっかりだぜ」みたいな態度で盛大な溜息をついてくれやがったから蹴り飛ばしてやった。

「ん、ユーくんは偉い。あと、ちゃんとそう言う事にも興味津々だから大丈夫」

「あ、そうなんだ……」

 でも正直、実の兄のそう言う話は聞きたくなかった。

「アルクは、そう言う相手はいない?」

「うーん、まだ興味がないかなぁ」

 もしかしたら遅い方なのかもしれないけど、興味がないんだから仕方がないよね。

「ん、焦る必要はない」

「うん。成人するまでまだ六年あるし」

「……そう言えばそうだった」

「もう、私まだ九歳だよ?」

 そりゃ他の同年代の子達より発育は良いってよく言われるけどさ。

「忘れてた」

 幼馴染なんだから忘れないでほしい。

 そんなとりとめのないことを話しながら掃除を続け、湯船が綺麗になった。

「……よしっ、これで湯舟は終わりっ!」

 次は洗い場かな。

 お風呂のある家はこの村ではそう珍しくもないんだけど、この家のお風呂は他の家とは違う。

 大体は木製か陶器の湯船なんだけど、ここのは石造りで綺麗に磨かれた石を使った湯舟が使われていて、床に埋め込む形のいわゆる温泉っぽい形式になっている。

 広さに関しても通常の家の倍近くはあり、のびのびとお風呂に入れるようになっている。

 獣人族は生来のお風呂嫌いなんだけど、シアさんは昔、どこかの秘境で露天風呂に入ってからすっかりお風呂好きになったらしく、このようなお風呂を作らせたって話だ。

 そんなシアさんなので、村に温泉が湧いた時は一番に喜んでいたっけ。

 温泉作りにも積極的に関わってたし、獣人族用の温泉用品なんかもお兄ちゃんと一緒に作ってたんだよね。

「こっちも、洗面所は終わった。あとは洗い場?」

 ナナちゃんが洗い場に入ってきた。

「うん。手伝ってくれる?」

「わかった」

 今度は二人で洗い場を掃除する。

「そういえばさ」

 掃除をしながら、ふと気になったことを聞いてみる。

「なに?」

「洗面所もそうだけど、そこにもナナちゃんが作った石鹸とかがあるよね。やっぱり人気なの?」

 

「ん、そうらしい」

 ナナちゃんはお薬以外にも石鹸とか美容液とか、女性向けの物を開発しては売り捌いてる。

 あまりにも飛ぶように売れるから、街の商人さんとかが直接交渉しにやって来るんだけど、全部ギルドで弾かれてるんだよね。

 何せ、ナナちゃんの情報って殆ど出回っていないから、外から来る人達は誰が生産者かも知らない状態だ。

 商品の出所に関しても、あくまでこの村がそうらしいと言う信憑性の薄い情報だけで来てる人しかいないみたい。

 生産者を知っている村の人達――特に女性陣はナナちゃんの商品がなくなったら困るから絶対に口を割らないし。

「この村に薬屋なんて一つしかないのに、全然ばれないよね?」

「外に回す分の商品は信用できる商人経由で流してるから大丈夫」

「あー、行商人のファマルさんだっけ?」

 たまに見かける南方風の衣装と見た目の怖そうな人だ。

 肌の色が黒くて目つきが鋭いから、最初見た時は盗賊かと思った。

「そう。変わった材料を仕入れてくれる良い人」

 確かに、前にお邪魔させてもらったナナちゃんの仕事部屋には見たことのない草花とかを乾燥させたものが瓶に詰まってたくさん置いてあったっけ。

「変わった材料なら他の商人さんでもいいんじゃないの?」

 むしろ行商人よりもちゃんとした商人の方がいろんな物を持ってきてくれそうな気がするけど、ナナちゃんは首を横に振った。

「あの人は目利きが良い。良品質ばかり」

「へぇ、そうなんだ。怖そうな人だけど、商人さんとしてはすごいのかな?」

「ん、すごい」

 人は見かけによらないんだなぁ。

 ……それを言ったらナナちゃんとかもそうか。

 そう考えると、この村って見かけによらない人が多い気がする。

 それとも、村の外にはもっとすごい人達がたくさんいるのかな?

 産まれてからずっとこの村で暮らしてきた私にはわからないけど。

「ん、終わった」

「二人でやると早いね」

 その後、洗い場の掃除もすぐに終わり、私達はお兄ちゃんとウィー君が待つ寝室へ向かった。


「あ、終わった?」

「ん、終わった」

 ナナちゃんに続いて部屋に入ると、ウィー君を抱っこしたお兄ちゃんが出迎えてくれた。

「あれ、ウィー君起きたんだ?」

「うん、ちょっと前に起きた所だよ」

「あうー」

 さっきからずっとこちらを見つめていたウィー君が手を伸ばしてきた。

「おっ、アルクの方が良いのかな? 抱っこする?」

「うん、前にも抱かせてもらったから大丈夫だよ。ウィー君、おいでー」

「あいー」

 お兄ちゃんから受け取ったウィー君を抱っこすると、ぺたぺたと顔を触られる。

「ちょっ、ウィー君、それやめへぇ」

「きゃっきゃっ!」

 絶対わざとだよねこれ。まあ、喜んでるならいいんだけどさ。

「じゃあ、次は夕飯の準備かな。ナナちゃん、手伝ってくれる?」

「ん、わかった」

「私はウィー君を見てるね」

「何かあったら呼ぶんだよ?」

「はーい」

 お兄ちゃんとナナちゃんを見送り、ウィー君と二人っきりになった。

「……ウィー君、今日もお話しする?」

「あうあー(うむ、よいぞ)」

 うーん、やっぱり聞こえるなぁ。

 ウィー君と関わるようになってから、二人っきりになるとこうやって声が二重になって聞こえる時があるんだよね。

 声の感じは大人の女性で、最初はすごく驚いちゃったよ。

「今日はどんなお話を聞かせてくれるの?」

 こういう時のウィー君がしてくれるお話は村のお外の話ばかりで楽しいんだよね。

 ウィー君の前世って言うのが魔族だったらしくて、ほとんどが魔族関係の話だけど、私が知らないことを聞くのは楽しい。

「あぶぅ(たまにはお前の話を聞かせてくれ)」

「私の話? 村のことばかりだけど、いいのかな?」

「あう(うむ、構わん)」

 本当に良いのかな?

 それでも、私ができる話は村の人達や家族のことくらいしかないし、何か面白そうな話を思い返しながら話すことにした。


「……とまあ、こんな感じかな。面白かった?」

「うむぅ(なるほど、平和なことだ)」

「ウィー君のお話が物騒過ぎるだけだと思うけど……」

「あむ(確かに)」

「ウィー君は大きくなったらどうするの?」

「おうう(普通に暮らしていくとするさ)」

「そうなんだ?」

 戦いの話とかになると嬉々として語り出すから、そう言った仕事を目指していくのかと思ってた。

「うあー(我とて平穏は好ましい)」

「そっか。ちなみに、ウィー君、私のお婿さん候補になってるんだけど知ってた?」

「あいっ?(なにっ?)」

 驚いてるってことは知らなかったんだね。

「私が行き遅れになりそうだったらよろしくね?」

「おうあー(我はまだ乳児だぞ……)」

 そんなこと言ったら私だってまだ九歳だよ。

 その旨を伝えたら、お婿さん候補になっていたことよりも驚かれた。なんで?


 ウィー君と話している間にお夕飯の準備は終わったようで、お兄ちゃん達が戻ってきた。

「ウィー君、ただいまー! 用事は超速で終わらせてきたわ!」

 あとシアさんも帰ってきたところだったみたい。

「おかえりなさい。ほら、ウィー君、ママだよ」

「うあー」

「アルクちゃん、ありがとうね。良かったらお義母さんって呼んでも良いのよ?」

「あはは、今は遠慮しておきますね」

「じゃあ、僕達はこれで」

「あー、待って待って! 一緒にお夕飯食べてって? 帰って来た時に皆のお家の人に言っておいたから、ね? ほら、お土産もあるし」

 と、シアさんが部屋に入って来た時に床へ置いた袋を指す。

「なんかいい匂いがするね?」

「ほら、最近新しい調味料とかも増えて来たでしょ? それに季節の変わり目で品目が変わるのもあって、村の屋台連中が張り切っちゃったみたいでねー」

 わかる。いい匂いがするとつい引き寄せられちゃうんだよね。

「おー、新しい料理?」

 袋の中身は更に小分けの袋に入った見慣れない串焼き料理などが沢山だった。

「ええ、どれも美味しそうだったから、つい買い過ぎちゃって。ほら、色々と試してみたいでしょ?」

「そう言う事なら、ご馳走になります」

「ん、ご馳走になる」

「やったぁ! シアさん、ありがとう!」

 村の屋台で売ってる料理はおやつのお饅頭くらいしか買ったことがなかったから嬉しい。

 食事は家で出るし、子供のお小遣いだとそんな頻繁に買えないしね。

「いいのよー。美味しい物は皆で食べた方がもっと美味しいもの」

 そんなわけで、シアさんの計らいでお夕飯をご馳走になった。


 お夕飯をご馳走になる中、シアさんの話題は専ら最近の村のことだった。

 今日の急用とも関係している話しらしい。

「どうにも最近、都の方で冒険者が急増してるみたいでねー。教官をやってくれないかって言われたのよ」

「教官? 冒険者のですか?」

「ええ、ギルドの訓練所って今はあまり使われてないでしょ? それを有効活用するために冒険者用の講習をやってみようって試みなのよ」

「この村で、ですか?」

「そうなるわね」

「ん? 都の冒険者の講習を、この村でやるの?」

 おもわず気になって声を上げると、シアさんが頷いた。

「そうなのよ。都の方でも行ってはいるみたいなんだけど、教えられる人材が足りないのと何より受講者の人数が多過ぎるって言う事でこっちにお鉢が回ってきたって所ね」

「へー、そんなにたくさんいるんだ……」

 シアさんが元冒険者だって言うのは知ってたけど、引退してもこういうお仕事に誘われたりするくらいには凄い人だったみたい。

 でも、シアさんって今は子育て休暇中なだけでギルドの職員じゃなかったっけ?

「それってギルドの仕事扱いになるんですか?」

 あ、お兄ちゃんも気になったらしい。

「ええ、今は子育て休暇の最中だから断ったけど、復帰したらそっちの仕事が主になるわね」

「シアさんの復帰っていつ頃なの?」

「そうねぇ。ウィー君の分別がちゃんとつく頃が妥当だから、二、三年後ってところかしらねー」

 ってことは、ウィー君が四、五歳になる頃かぁ。

「すぐってわけじゃないんだね?」

「ええ、だから、私が復帰するまではうちの人に頼みたいみたいなんだけど、あの人が物を教えるなんてことできるわけもないし?」

 あー、そもそも本人があまり話を聞かない人だからなぁ。

「ん、村着きの人は?」

「ネイちゃんはスキルがアレだったせいでそういうのは苦手だって断られちゃったみたい」

 ネイさんも駄目だったらしい。スキルのせいで不器用みたいだから仕方がない、のかな?

「じゃあ、ユーくん」

「じゃあって何っ? というか、僕に教官役なんて無理だから!」

「でもお兄ちゃん、私達の訓練とかやってるじゃん」

 割と根性で乗り越えさせようとしてくることはあるけど、聞いたらちゃんとわかりやすく教えてくれるし、問題はないと思う。

「子供と大人じゃ勝手が違うと思うんだけど?」

「……いや、悪くないんじゃないかしら? ねぇ、ユー君。教官補佐として働いてみない?」

「え、補佐ですか?」

「ええ、大雑把なところはうちの人やネイちゃんに任せて、細かいところをユー君が手伝ってくれたらうまくいきそうな気がするのよ」

「手伝いということなら……やれるだけやってみます」

「まあ、まだ決まったわけじゃないし、早くても来年の夏頃からだから、それまでに考えておいてくれたらいいわよ?」

「わかりました」

 おー、お兄ちゃんがギルドのお手伝いかぁ。

「そう言えば、ギルドの職員さんってどんな職業の人が多いの?」

「戦闘職から一般職まで色々いるわね。ギルドの職員は職業よりもスキルが重視されているから、なろうと思えば誰でもなれるわよ? もちろん、相応の努力は必要だけど」

 それはそうだよね。ギルドの人は色んな事を知ってなきゃいけないから、たくさん勉強が必要だってお父さんが言ってたし。

「へー、じゃあ、お兄ちゃんはどうなの?」

「まあ、即戦力でしょうねー。レティスちゃんはユー君が成人したら職員として引き込もうと虎視眈々と狙ってるわよ? というか、ユー君を自分の所へって狙ってる事業主は多いわね」

 私が思ってたよりもお兄ちゃんの評価は高かったらしい。

「いつの間にそんなことに……って言うか、お兄ちゃんはあまり驚いてないね?」

「まあ、うん。結構誘われてるから… そう言えば、ハルちゃんのお母さんもお兄ちゃんが欲しいみたいなこと言ってたっけ。

 そして今の反応を見た感じ、全部保留中、と。

「なんでもできるって言うのも大変そうだね」

 狩人になりたくないってだけの理由でここまで出来るのは素直にすごいと思うけど。

「なんでもってわけじゃないよ。できることを増やして行ったらこうなっただけだよ」

 それはそれでおかしいと思うな。

「そのできることを増やせる速度がおかしいのよねー」

「ん、異常」

「そのせいで頭のおかしいやばい訓練をこっそり行ってるって噂になってるよね?」

「なにそれ初耳なんだけどっ!」

 そりゃ本人の耳に届くところで噂はしないよ。

「でもたまに一人でふらっと居なくなることあるよね?」

 最近は知らないけど、昔はそう言う事がよくあったのを覚えてる。

「ん、ある」

 ナナちゃんもそう言うなら間違いない。

「そりゃ僕だっていつも誰かと一緒ってわけじゃないけど……」

「カナちゃんと一緒に森に入って行ったっていう話も聞いたことがあるけど?」

 こっちも最近じゃないけどね。

「……ユーくん、どういうこと?」

「そ、それは昔のことだから! 一緒に訓練してただけだよ!」

 なんだ。最近はそうでもないのかな?

 でも、カナちゃんもお兄ちゃん達の家で同居してるんだっけ。

 同居人の半数以上が女性だし、お兄ちゃんはハーレムでも築くつもりなんだろうか?

「ふぅむ、ユーグ君、いっそのことハーレムとかはどうなのかしら?」

 シアさんも似たようなことを考えていたらしい。

「なぜそんな発想に……?」

「あら、一夫一妻なんて法できっちりと定められているわけじゃないんだから、お嫁さんが複数いたっていいじゃない?」

「王国法は基本的に一夫一妻ですから……」

「ただし、年収が一定以上の場合はその限りではない。だったかしら? ところでユーグ君、今の年収はおいくらくらい?」

「……こ、この新しい料理、すごく美味しいなぁ」

 露骨に話しそらした!

「え、お兄ちゃん、そんなに稼いでるのっ?」

「いや、ナナちゃんほどじゃないから……」

「でも、本と道具の売れ行きが凄いって聞いた」

「本は今日貰ったけど、道具って、前に手伝ったお風呂用の?」

 携帯桶とか、割れにくい容器とか、色々と手伝ったんだよね。

 お小遣いも一杯貰えてなかなか美味しいお手伝いだったから、よく覚えてる。

「ん、冒険者需要に刺さった」

「特に女性冒険者はああ言う物へのお金払いが良いのよねー。なんなら私が現役の頃に欲しかったくらいだもの」

 元冒険者のシアさんが言うと説得力があるなぁ。

 確かに、女性の冒険者さん達がすごい勢いで買い漁ってたっけ。

 今も定期的に来てる人も居るし、一時の村とは比較にならないくらい人が多い。

「ありがたいことだよねぇ」

「そうねー」

 と、そんな感じの時間を過ごした私達だった。

 ちなみに、ずっと静かだったウィー君は最近になって解禁されたお肉をじっくりと噛みしめるように食べていた。


「それじゃあ、気を付けて帰るのよー」

「はーい」

 シアさんとウィー君に見送られながら、私達は家を出た。

 結構話し込んでいたみたいで、外はすっかり日が暮れて居た。

 とは言え、外灯と月の光があるから、夜だけど意外と明るい。

「さて、まずはアルクを家に送ってかないとね」

「ん、送る」

「う、うん」

 私としては別にお兄ちゃん達のお家に泊っても良いんだけど、それを伝えた際のナナちゃんの反応が早かった。

 ナナちゃんが言うには「今日はダメ」という事らしい。

 お兄ちゃんも苦笑してたから、きっとこのあと何かをする予定なのだろう。

 またなにか新しい薬でも作るのかな?

 二人とも研究や訓練で徹夜をするのは当たり前なところがあるから、ちょっと心配ではある。

 そう思いながら二人を見てると、同じくこっちを見ていたお兄ちゃんが変なことを聞いてきた。

「そう言えば、アルク。今日は何かおかしなことでもあった?」

「え? 急にどうしたの?」

「いや、なんとなく。いつもと変わったことがあったんじゃないかなって」

 え、なんだろ? いつもと変わったことと言われても思い当たる節がない。

 強いて言うなら、ウィー君とお話しをした位かな? でもそれは関係ないと思うなぁ。

「特に何もなかったと思うけど……」

 こちらの答えに納得したのかどうかはわからないけど、お兄ちゃんは一つだけ頷いて――

「そっか。じゃあ、はい」

 ――と手を出してきた。

「ん? どうしたの?」

「もう夜だし、手を繋いで帰ろう」

「わたしもうちっちゃい子じゃないし、別に大丈夫だと思うけど」

「念の為だよ」

 お兄ちゃんは心配性だなぁ。

「もう、仕方ないなぁ」

 仕方がないから手を繋いであげることにした。

 そう言えば、昔はよく手を繋いでもらってたっけ。

 ……うん、たまには悪くないかな。

 その後は特に何事もなく、私は家まで送ってもらった。

 ついでにうちの裏にある温泉でナナちゃんと一緒にお風呂に入った。

 ……ナナちゃんのおっぱい、前に見た時より大きくなってたよ。どこまで成長するんだろう。


「それじゃ、早く寝るんだよ?」

「うん、おやすみなさい」

「ん、おやすみ」

 自分達の家に戻るお兄ちゃんとナナちゃんを見送った私は自分の部屋に入ると、そのまま寝床にもぐりこんだ。

 うちの家族はみんな早寝なので、既に寝静まっている。

 それにしても、今日も一日、平和だったなぁ。

 あ、そういえば最近はオババに鑑定してもらってなかったっけ。

 鑑定されるのって苦手なんだよねぇ。

 でも、訓練とかも結構してるし、スキルが増えてると思うから確認しておかないと。

 明日は朝からお手伝いがあるから、お昼頃に見かけたら頼んでみようかな?

 今やってる訓練で得られるスキルが習得できていればより効率的にスキルが習得できるようになるってお兄ちゃんが言ってたけど、どうなるんだろ?

 そうなったらまずはお嫁さん用のスキルを習得するところからかな。

 もしかしたらお兄ちゃんみたいに色々出来るようになれるかもしれないけど、まずは堅実に必要なものから習得していきたいと思う。

 最低限、お嫁さんになれるだけのスキルは覚えておかないと大変だもんね。

 魔王覚醒なんてスキルはあってないようなものだし、やっぱり堅実が一番だね。


 ゴミスキルなんて無視して、私は堅実に精一杯生きてくよ!



 アルクを実家に送り届けた僕達は、自宅へ向けて歩いていた。

 帰りがてら、ずっと気にかかっていたことをナナちゃんに尋ねてみる。

「あ、そうだ。ナナちゃん、今日はアルクと二人っきりだった時があったけど、何か変わった話はしたかな?」

「変わった話?」

「うん、なんていうか……女性同士でしかできないような話とか」

「ん、した」

「あー、それかぁ……」

 ようやく原因が分かった。

 まあ、大した影響はなさそうだったけど、やることはやっておいたから大丈夫かな。

「ユーくん? 何か気になった?」

「いや、大丈夫だよ。さ、湯冷めしちゃう前に家に帰ろう」

「ん、今日は私が添い寝する順番」

 まさかアルクもこんな理由でお泊りを拒否されたとは思わないだろうなぁ。

 発案者のカナちゃんいわく、女性に慣れさせるためらしいけど、慣れていいものじゃないと思うのは僕だけだろうか?

 そんなことを思いながらナナちゃんと連れ立って歩き、家が見えて来た所でうちの前に女性が立って居るのが見て取れた。

「あれ、オババかな?」

「ん、オババ」

 家の近くまで来ると向こうから気付いてこちらへ向かってきた。 

「ようやく帰って来たね。ユー坊、ちょっといいかい?」

「え、僕ですか?」

 てっきりナナちゃんへの用事かと思ってた。

 ナナちゃん自身もそう思っていたようで、首を傾げつつ尋ねていた。

「ん、私は?」

「ああ、薬は間に合ってるよ。また今度頼むよ」

「わかった。じゃあ、先に入ってる」

「あ、うん」

 ナナちゃんが家に入ったのを見送ると、オババが用件を切り出した。

「で、アルクの様子は?」

 あー、その事かぁ。

 何を隠そう……というか、ある時から僕はアルクのスキルのことを聞かされて、その抑制の為に、こっそりと干渉を続けていた。

「今日は一時、色欲の値が増えてたんですけど、ちゃんと零にしておきました」

 アルクのスキルである魔王覚醒って言うのは七罪って言う特殊な七つの項目の数値がどれか一つでも一定値に達したら勝手に発動してしまうという厄介な物なんだよね。

 それで、今日はその項目の一つである色欲の値が少し増えていて、驚きつつも家に送って行く途中でしっかりと初期値に戻しておいた。

 僕のスキルがこんな形で役に立つ日が来るとは思わなかったけど、妹を守る為に神様が授けてくれたんだと思うと、ちょっと誇らしい。

「色欲ねぇ……そう言えば、アルクもあの話は聞いていたんだったね」

 あの話って言うのはたぶん、前にライナスに聞いたことがある話しかな?

「成人が近い女性に聞かせる話でしたっけ? 僕も詳しくは知らないですけど」

 アルクにはまだ少し早いと思うんだけど、年齢が重要と言うわけでもないらしい。

「ま、大した話じゃないさ。それにしても、気付かれたりしなかったのかい?」

 と、オババが珍しく真剣な顔で聞いてくる。

 これにはちょっと訳があって――

「はい、僕が鑑定スキルを習得してから一度も」

 ――僕が鑑定スキルを習得しているからだ。

 先述のある時って言うのが、僕が鑑定スキルを習得した時なんだよね。

「ふぅむ、不思議なもんだね。同じ鑑定スキルだって言うのに、ユー坊の鑑定は鑑定されたことを気取られないなんてねぇ。やはりレベルかねぇ」

「かもしれないですね」

 というのも、僕の鑑定スキルは習得が発覚した時点で既にレベルが最大になっていた。

 そもそも、鑑定スキルを習得しようと思ったのは僕のスキルを十全に使う為に必要だと思ったのがきっかけで、オババに話を聞いたり、村の手伝いを通して目利きの訓練をして居たら、いつの間にか習得していた。

 何気なく僕を鑑定したであろうオババが鬼気迫る表情で掴みかかってきたのには驚いたけど。

「或いは、同じ名前の別のスキルと言う可能性も捨てきれないね。後天的に鑑定スキルを習得した例は少ないからね」

 へぇ、そんなことがあるんだ。

「別のスキル、ですか?」

「……今の話は聞かなかったことにしな」

「あ、はい」

 何か不味い話だったらしい。

 僕としては普通に鑑定スキルが使えてるし、特別深く話を聞きたいわけじゃない。

 ましてや、オババがそのようなことを言う話ともなると余計に聞きたくない。

「……はぁ、全く。あんたは小心者のくせに感は鋭くて困るね。いや、小心者だからこそ、かねぇ?」

「なんで僕、唐突にけなされてるんですか? 話しが終わったならそろそろ戻りたいんですけど」

 寝る前にまたスキルの実験もしたいし。

 あと、あまり待たせるとナナちゃんが拗ねて、また変な薬を盛られてしまうかもしれない。

「ああ、最後に一つ確認させておくれ」

「なんですか?」

「あんたのスキル。いつの間に名前が変わったんだい?」

「……秘密です。って訳にはいきませんか?」


 固定減算 このスキルを持つ者が与えるダメージが必ず一になる。


 これが、今の僕のスキルの名前だ。

「さすがに見逃すわけにはいかないねぇ」

 さて、どうしよう? 別に話したくないわけじゃない。

 ただ――

「さすがに夜も遅いし、話すと長くなりますし、何より前例がない話だと思うので、先生とレティスさんがいるところで後日改めて話しませんか?」

 ――本当に長い話になると思うので、こんな時間に話したい内容じゃないと思うんだよね。

 間違いなく日付をまたいで深夜になるか、最悪、朝を迎えることになりそう。

「……それもそうだねぇ。悪かったね。こんな時間に」

「いえ、アルクのことですから」

「あたしとしてはあんたのスキルがそうなった話の方が気になるんだが……まあいいさ。後日、きちんと話を聞かせてもらうよ?」

「解りました。おやすみなさい」

「ああ、日取りが決まったら連絡を忘れないように頼むよ?」

「はい」

 オババは難しい顔をしながらも帰っていった。

 ふう、遂にバレちゃったか。

 絶対に面倒なことになるだろうから、隠しておきたかったんだけどな。

 なにしろ、僕のスキルがこうなったのは偶然の事だし、恐らくだけど、誰もが出来る事じゃないと思う。ただ、僕の予想が正しければ――

「本当に、とんでもないことになりそうだなぁ……」

 ――ゴミスキルが、ゴミスキルたる理由が判明してしまうのかもしれない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ