一スキル目 一ダメージしか与えられないスキル
この世界は残酷だが、無慈悲ではない。
と、格好つけて言っていた冒険者のおじさんは、村の近くの洞窟で魔物に殺されていた。
うん、まあ、よくあることだよね。冒険者ってそう言う仕事だし。
おじさんは、村の人が出したギルドへの依頼でゴブリン退治に来ていたのだが、どうやら返り討ちにあったらしい。
と言うか、なんでゴブリン退治なのに一人で来てたんだろうか、あの人は。
いくら強いと言っても、それこそ人間辞めてるようなレベル(具体的にはレベル五以上)がないと一人でゴブリンの相手なんかができるはずないのに。
ちなみにおじさん、自分のレベルは三だって自慢してたっけ。
それは凄い事だと思うけど、過信しちゃいけない。
で、おじさんが一人で来てた理由はギルド側の手違いだったようで、おじさんは完全な被害者だったみたい。手違いで殺されるなんて、なんて残酷な世界なんだ。
おじさんを殺したゴブリンだけど、単体のレベルは一程度で、群れた時の強さはレベル四相当はあるって、後からやってきてゴブリン達を退治してくれた冒険者パーティーのお姉さんが言ってた。
やっぱり冒険者は数を揃えてなんぼだよね。
あ、おじさんの遺体はその人達が連れてってくれた。
そこそこ有名な人だそうで、街に連れ帰って蘇生してみるらしい。うん、慈悲深いね。
冒険者をやっている人は基本的に善人が多い。
おじさんもお姉さん達も、お菓子とかをくれたし。
そして、僕達のような村人は、そんな冒険者達に助けられて生活している。
一応、自己紹介をしておくけど僕の名前はユーグ。歳は十二歳。
名前の由来は御伽噺の英雄にあやかったそうだけど、なんでそんな名前にしたのか過去の両親に小一時間ほど問い詰めたいと何度思った事か。
この名前に関してはこれまでの人生で散々弄られてきたので今更どうと言う事もないけど、初対面の人に名乗る時はちょっと勇気がいる名前だ。
まあ、僕が村を出ることはないから大した心配はないけどさ。
なんでかって言うと、この世界は産まれた時から人生が決まっているからだ。
この村のように、人が住んでいるところには鑑定士と言う職業の人が必ず一人いて、出産の場に立ち会い、生まれた子供を鑑定する役割がある。
この世界の人類は出生と同時に職業が定められ、だいたいはスキルと言う技能を備えた状態で生まれてくるようになっている。
職業と言うのは様々な種類があり、希少な職業ほど出生率が低いそうだ。
だから、そう言った希少な職業を持って生まれてくる者を国はきちんと把握した上で確保したいと言う事で、こんな村にまで鑑定士を配置しているという事だ。
これは全ての国が行っていることで、そうやって確保された者達は一定以上の年齢に達すると国の都市にある学校へ招かれ、上等な教育を受ける事が許されているそうだ。
国によってはそれが強制されることもあるよううだけど、僕達の住んでいる国では資格を持つ者は任意で受けられるように法律で定められているって先生の授業で聞いた。
まあ、なんにせよ村人として生まれた僕には縁のない話であり、不満があるわけでもない。
あー、でも、一つだけ不満があるとしたら――
「なんで僕、こんな使えないスキルを持って生まれたんだろ……」
――村人として需要のない戦闘用のスキル【固定打撃】を持って生まれてしまった事だ。
需要はないと言っても戦闘スキルを持って生まれたなら成人する時に狩人って言う職業に転職することはできるんだけど、このスキルの内容が実に戦闘向きじゃない。
固定打撃 このスキルを持つ者の全ての攻撃によるダメージが一になる。
要するに、何をやっても蚊に刺されたようなダメージしか与えられないという事だ。
こういった役に立たないスキルは陰でゴミスキルなどと呼ばれている。
実際、僕もそう思う。なんだこのゴミスキルはって子供ながらに思った。
でもこのスキル、かなり珍しい物らしい。
たまに村に来る冒険者の人達も見たことがないって人ばかりだった。
それでも、このスキルが役に立たないってことはどうしようもない事実だ。
だって僕、村人だし。狩人なんて言う毎年死者が出るような職業なんて絶対になりたくない。
このままだと確実に未来で死んじゃう。
でも、慈悲はあった! 技能は後から習得できるものもあるのだ。
だから僕は、今もこうして家の隣の薬屋で薬草をすり潰す手伝いをしている。
「……」
薬草をすり潰す作業は九歳の頃から、かれこれ三年は行ってきた。
この作業は無心になって行えるので、実は気に入っている。
そして、この作業を三年続けて得た成果はそれなりに上々で、調剤と調合のスキルを習得することが出来ていた。
これで将来は安泰かと言うと、そうでもない。
狩人になる可能性は、まだ消えたわけじゃない。
そもそも、調剤と調合に関しては僕よりもぶっちぎりに上手い幼馴染がいるし、本人も将来は薬屋になると言っている。
とはいえ、薬の需要は常に絶えないからこのまま薬屋を目指してもいいのだけども、ちょっと問題があって――
と、ふいに横から声が掛かった。
「……ユーくん、終わった?」
僕の思考を断ち切るように声をかけてきたのは、先ほど少し出てきた幼馴染である。
声の方へ顔を向けると、まず目に入ったのは、ぼさぼさの頭と目の下に大きなクマを作った、見慣れた女の子の顔だった。
「ナナちゃん、また徹夜したの……?」
「んー……」
彼女の名前はナナリー。
職業は魔法使いだけど、本人の希望で将来は実家の薬屋の跡を継ぐそうだ。
昔はもう少し普通の女の子だった気が――いや、雑草ジュースとか飲まされてたからそれはない。
昔からちょっと変わった所がある子だけど、ここ最近はオリジナルの薬を作るのがマイブームらしく、アトリエを兼ねた自室に籠って製薬三昧の日々を送っているようだ。
そんな不健康な生活を続けているからか、ご覧の有様である。
髪は伸び放題で、手入れを怠っているのかぼさぼさだし、目の下のクマも酷い。おまけになんか変な匂いがする。仮にも女の子からしていい類の匂いじゃない。
「ナナちゃん、とりあえず温泉行こう。今すぐ」
近場の温泉に行くことを提案すると、返事は即座に返ってきた。
「やだ」
こういう時だけはっきりと意思表示をするなこの子は。でもそれを認めるわけにはいかない。
「駄目だよ! なんかもう凄い匂いだよ! これ絶対女の子がさせちゃまずい匂いだから!」
これはあれだ、なにかが発酵している時の匂いがする。
ただでさえ薬作りで妙な匂いが付きやすいのに、引き籠るからなおさら酷い。
「むぅ……わかった」
しぶしぶ頷くナナちゃんに、僕は念を押すように言っておく。
「じゃあ、ちゃんと支度をしておいてね? 僕は一旦家に戻るから」
本来なら一人で行かせるところだけど、徹夜明けに加えて風呂嫌いなナナちゃんのことだから、再び部屋に引きこもりかねない。
「わかった……」
「じゃあ、ちょっと行ってくるから」
そう声をかけてから調合室を出て、売り場の方へ回り込んでナナちゃんの母親であるサラさんに断りを入れておく。
「サラさん。すみません、ナナちゃんを温泉に連れて行きます」
「あら、ユーくん。いつも悪いわねぇ。やっぱり、あの子を任せられるのはユーくんだけだわぁ」
さっき言いそびれた問題だけど、僕が薬屋をやることになったらもれなくナナちゃんが付いてくる。
付いてくるというのはもちろん、お嫁さんとしてだ。
あまり言いたくないんだけど、ナナちゃんには嫁の貰い手がない。
先ほど言った地味な見た目に加えて口数も少なく、社交性もないと言う、おおよそ村社会においては致命的な存在を好き好んで嫁にしたがる男は居ないと言うのが現実だ。
で、幼馴染である僕が最後の望みらしく、サラさんは何かにつけてナナちゃんと僕をくっつけたがるのだ。
「グリーンチーズみたいな匂いがする女の子はちょっと……」
グリーンチーズって言うのは緑カビと言う魔物由来の特殊なカビと様々なハーブ類を使って発酵させたチーズで、珍味として有名なんだけど、何より世界一臭いチーズとしても有名なんだよね……。
そんな匂いをさせている女の子……どう思う?
例えそれが世界一の美少女だとしても、僕はちょっと遠慮したい。
「そうよねぇ。それで、いつ貰ってくれるの?」
めげないサラさんに苦笑しつつ、僕はお決まりの返答をする。
「部屋に引き籠らくなったら前向きに考えてみます」
「うーん、相変わらず手厳しいわね」
「ナナちゃんを想ってのことです」
「だったら貰ってくれても」
「それとこれは別問題です。じゃあ、ちょっと抜けますね」
「はーい」
サラさんの返事を聞き、店を出て隣の自宅へ向かう。
この時間、両親は畑の方に出ているから、家には誰も居ない。
家のドアを開けて中に入ると、袋に詰まった大量の芋が入口脇に置いてあった。
「お、これはトムソンさんの畑の芋かな?」
トムソンさんはナナちゃんの父親で、今の時期は芋の収穫をしていたはずだ。
ナナリーの趣味である薬作りの恩恵(と言うよりも実験?)をもろに受けているトムソンさんの畑では質が良い作物が実り、沢山の収穫がある為、我が家におすそ分けをくれるのだ。
「ん? なんだろこれ?」
芋の上に一枚の紙が置かれていた。
「なにか書いてある……」
『ユーグ君へ どうか娘をお願いします』
切実な願いが書かれてた。両親揃って娘が危ないという事はわかってるんだよなぁ……。
でも、それを僕に押し付けようとするのは本当に止めて欲しい。
と言うか、娘の価値が芋一袋って酷くないだろうか?
それに、ナナちゃんだって選ぶ権利は――現状のままだと選べる相手すらいないけど、一応、あってもいいはずだ。
とにかく、今はナナちゃんを物理的に綺麗にしないと。
「えっと、確かここに……あー、あったあった」
調合の練習を兼ねて作った石鹸と、着替えとタオルを手桶に入れて準備を整え、家を出る。
街に住んでいる冒険者の人が鍵を掛けないのは不用心だと言っていたけど、そもそも、この村の家に御大層な鍵なんかついていない。精々がカンヌキ程度だ。
それに、村社会において犯罪を起こすような者は村八分扱いになり、村を出て行くしかなくなる。
村人が村を出て生きていくには、この世界は厳しすぎるのだ。だから犯罪は起こらない。というよりも、起こせないというのが正しい。
まあ、そもそも、わざわざこんな村で犯罪を起こすような者自体が滅多にいないからね。
たまに女の子が襲われたりしてたけど、手酷い仕返しを受けるという事件が発生して以来、そういったことも起こらなくなったし、この村自体は平和そのものだ。
隣の薬屋に戻ると、桶に色々と詰め込んだナナちゃんが出てくるところだった。
「う……太陽が眩しい。燃え尽きそう……」
「絶滅した吸血鬼じゃあるまいし……」
さっそく弱音を吐くナナちゃんを連れて、温泉の方へ向かう。
ちなみに村の温泉は僕の家のすぐ裏の方にある。何しろ掘り当てたのも僕達だ。
「ただの冗談……それに、私はそこまで貧弱じゃない……たぶん」
吸血鬼って言うのは大昔に絶滅してしまった種族で、強い力と多種多様な能力を持つ種族だったって話だけど、弱点もたくさんあって、他の種族によって絶滅させられてしまったと歴史の授業で習った。
その弱点の一つが太陽の光で、その光を浴びると瞬く間に燃え尽きて灰になってしまうんだとか。
さっきのナナちゃんの反応を見て、ふと思い出したんだよ。
「そりゃそうなんだろうけど、肌が病的に白いよ……ちゃんと外に出る習慣を付けようね?」
吸血鬼云々は置いといて、こうして外でナナちゃんを見ると、肌の色白さがやけに際立つなぁ。
子供の頃は、もっと血色良かったのに。
「……善処しようと思った」
既に過去形になってる……。
と言うか、引き籠り状態に慣れ過ぎていて駄目な思考になってる。これは何とかしないと。
とは言え、ナナちゃん自身、その引き籠りによる薬の開発のおかげで村一番の稼ぎ頭だから、彼女の両親はあまり強いことが言えないようなんだよね。
それもまた、男性に見向きもされない一因だったりする。
まあ、僕は遠慮なく接するけどね。
「うん、出る気ないね? じゃあ、明日から毎朝、僕と一緒に外で運動しよう」
スキル習得の一環でやっている朝の運動に、ナナちゃんを巻き込むことにした。
さすがにここまで変わり果てた幼馴染を放ってはおけないし。
「藪蛇だった……」
心底嫌そうな顔をするなぁ。昔、僕達に雑草ジュースを飲ませたお転婆はどこに行ったのやら。
「いや、薬を作るのは構わないんだけど、少しは運動しないと身体に良くないよ? いい仕事をするには健康な心と身体が必要不可欠だって先生も言ってたよ」
「……一理あるけど、つい夢中になる……」
「気持ちはわからなくもないけどね」
「……閃いた。ユーくんが私を管理して……?」
さすがに自分を他人に預け過ぎだと思う。
あと、既に自分が半分ほど僕に管理されているという自覚がない。
「自分のことは自分で管理しようね? まあ、しばらくは僕が一緒に行動するつもりだけど」
スキルを習得するための訓練とかって同じようなことを延々と繰り返すから、一人だけだと張り合いがないんだよね。それに、ふと寂しくなることもある。
どうせナナちゃんは現時点で一生遊んで暮らせるだけ稼いでるんだし、社会的なリハビリも兼ねてしばらくは訓練に付き合ってもらうつもりだ。
「……ユーくんと一緒……」
「うん? そうだけど、それがどうかした?」
「……なんでもない」
あれ、なんか不機嫌になった? まあいいか。温泉に着いたし、まずは綺麗になってもらおう。
「ほら、ナナちゃんはそっち。服くらいは自分で脱げるよね?」
「うん……」
五年前に掘り当てた温泉は混浴になっているが、脱衣所はちゃんと男女別に分けてある。
温泉の管理はここを掘り当てた僕と、もう一人の幼馴染が毎晩掃除なども含めて行っているので毎日綺麗に使えるようにしてある。
本当は大人に管理してもらった方が良かったんだけど、一緒に掘り当てた幼馴染が頑として譲らなかったんだよ……。
ちなみに、混浴と銘打っている物の、村の中では暗黙の了解として入る時間を分けてあるので、混浴風呂なんて名前だけだったりする。
この時間帯は村の皆は仕事中だし、村に立ち寄る商人や冒険者には、こことは別の浴場が設けられてあるから、まず人はいないと言って良い。
つまりこれから混浴状態になってしまうわけなんだけど、生憎とそう色っぽい物じゃない。
「もうこれで……何回目だっけ」
だって、ナナちゃんとは数えきれないほど一緒にお風呂に入ったりしてるし。
おまけに、温泉が出来てからはナナちゃんのお風呂係みたいなことをさせられてるからね。
……順調に外堀が埋められて行ってるのは自覚しているよ?
「……ユーくん、まだ?」
ナナちゃんの方が先に準備を済ませてしまったようで、浴場の方から声が掛かった。
「ああ、ごめん、すぐ行くよ」
手早く服を脱ぎ、湯浴み着(必須)を着用して、桶とタオルと石鹸を以って浴場の方へと向かった。
浴場では同じく湯浴み着を着用したナナちゃんが待っていた。
温泉の熱気でうっすらと汗をかいたのか、頬が赤く火照り、幾分か血色がよくなって見える。
こちらの姿を確認すると、僕と同じくらいの背丈をやや前かがみにさせ、不服そうに文句を言う。
「……遅い。あと、暑いし重い」
「遅かったのはごめん。暑いのはいつも通りでしょ? ほら、それよりまずは身体を洗おう」
暑いのは仕方がないとして、重いというのはナナちゃん自身の問題だからどうしようもない。
別に太っているわけじゃない。運動はほとんどしないものの、その分少食だし。
でも、なぜか異様に発育の良いナナちゃんの身体の一部は、同年代の中では村一番の大きさを誇っていた。
「んー……胸が邪魔。んっ……ビリッてした」
そんな事を言いながら自分の胸を絞るようにして変な声を上げているが、そんな光景に揺らぐほど、僕も初心じゃない。しかもこれ、毎度のようにやってるのでもう慣れた。
なにしろ「出せば萎む」とか言われて揉まされたことだってあるからね。
当然何も出なかったけど。出るはずないって何度も言ったのにやらされたよ……。
他に、さらに過激なことを要求されたこともあったけど、流石にそれは断った。
吸っても出ないものは出ないからね。
「ほらナナちゃん、ここに座って」
「ん」
洗い場の方へ移動して手招きすると、胸の縮小化を諦めて大人しくやってきた。
そのまま洗い場に設えてある椅子へ座ると、自ら進んでお湯を被った。
ぞろりと落ちる汚れがなんとも酷い。けど、ナナちゃんの汚れの大半は薬作りで付着したものだから、本人はそこまで不潔……ではないとは言えないんだけど、まあ、うん。綺麗にしよう。
「じゃあ、背中は僕がやるね」
「んっ」
一足先に身体の前面を洗い始めたナナちゃんに声をかけ、湿らせたタオルに石鹸を馴染ませ、しっかりと泡立ててから背中を擦り始める。
ナナちゃんはこれでも身体はちゃんと女の子なので、力は弱めに撫でるような加減で汚れを落としていかなければならない。
温泉の熱気と湿気による代謝と石鹸の力でどんどん浮いてくる汚れを落とす作業はもはや手慣れたものだけど、どうしても慣れない作業がある。
「ん……ユーくん、持って」
ああ、早速来た。これだけは本当に苦手なんだよね……。
「あー、はいはい」
ナナちゃんに頼まれた僕は仕方なく背中から前方へ手を回し、すくい上げるようにナナちゃんの両胸を持ち上げた。こうしないと自分で洗えないのと、今のナナちゃんの腕力では、この女性としての唯一の取り柄を片手で持ちあげられないのだ。
くぅっ、相変わらず、ずっしりと柔らかい。誘惑されているわけでもないのに、男としての本能に屈してしまいたくなる。
きっと、普通なら役得だし、なんなら手を出してしまおうと思うよね?
でも、手を出した瞬間からナナちゃんを養う義務が発生するんだよ。
村社会では未婚の男女が肉体関係を結ぶ=所帯を持つという事だからね。
金銭面はどうにかなるとは思うけど、世話をしなければならない程に日常生活が壊滅的なお嫁さん……欲しい人、いる? と、質問をしたら、村の男性陣はそろってそっぽを向いたよ。
「ユーくん、終わった」
「あっはい」
手をそろりと離し、重量から解放された。
これ、落すように離しちゃうと視覚+音の暴力に襲われる、あの時は危なかった。
あの、だぷんっ、って言う音と揺れは理性を破壊し得る凶悪な兵器だったよ……思い出すだけでちょっと反応しそうだった。危ない危ない。
……この後、温泉を上がってから、もう一度洗うことになるんだけどね。
一度目のこれは表面上の汚れを落とすだけの作業だから……。
「ユーくん、頭」
「あ、はいはい」
気を取り直して身体の次は頭だ。身体を洗う時って本当は頭からの方からが良いんだけど、ナナちゃんは別の所が――何処かは言えないけど――気になるのか、いつもそこから洗い始めるんだよね。と言うか、そんな風に気になるまで放置しないで欲しい。
さて、次は頭だけど、ナナちゃんの髪はボリュームがある上に長い。
またそろそろ切り時かなぁ。
本当はこまめに整えたりしてあげたいんだけど、そう言うのは嫌がるんだよね。
……いや、うん。髪も僕が切ってるんだよ。
この村に散髪屋とかはなくて各自、自分で切っているんだけど、ナナちゃん達は家族揃って変に不器用だから、僕が切らせてもらってる。実はこれもスキルの習得に役に立つんだよね。
覚えたスキルは毛刈り。散髪はもちろん、羊等の家畜の毛刈りでも役に立つ。
役に立つんだけど、この村では羊は育てていないんだ……散髪屋を開こうにも、そこまで需要があるわけでもない。つまり、この村では大して役に立たない。
それに気づいたのは習得した後だったよ……まあ、ナナちゃん一家の散髪があるから全く役に立っていないわけじゃない。
村の人に散髪をお願いされたり、狩った魔物の毛刈りを頼まれることもあるから、ちょっとした小遣い稼ぎにもなっているしね。
よし、洗髪作業に取り掛かろう。
「ユーくん、これ」
洗髪に取り掛かろうとしたら、ナナちゃんが液体の入った瓶を差し出してきた。
「ん? もしかして、新しい洗髪剤? これを使えばいいんだね?」
「んっ」
声が弾んでいる。余程自信があるらしい。
ナナちゃん、製薬関係の腕だけは確かだからなぁ。
瓶の蓋を開けて、中の液体を手に取ってみる。
透明感のある液体は、程よいとろみがあって、良い香りがする。これはきっと売れるだろうなぁ。
「あ、いい匂いだね。しかもこれ、液体石鹸?」
「そう」
さすがナナちゃん。調合の腕も凄い。
「今度作り方教えてよ。僕、まだ固形の石鹸しか作れないんだよね」
「……うん、いいよ」
「ありがとう。じゃあ、これで頭を洗うね」
「ん……」
洗髪剤を両手で馴染ませ、ナナちゃんの髪につける。
そのまま頭皮を揉むように、掌と指の腹を使って髪を洗っていく――んだけど、この洗髪剤、全然泡立たな――いやこれ、髪が汚すぎるんだ!
僕は追加の洗髪剤を手に取り再挑戦をすること数回、ようやく泡立ち始めた。
「……ナナちゃん、毎日じゃなくても良いから、せめて二日に一度はお風呂に入ろう?」
ここ最近は薬屋が書きいれ時で、余り構ってあげられなかった結果がこれだからなぁ……ナナちゃんは何時まで経っても目が離せないから困る。
「やだ、時間がもったいない……」
うーん、ナナちゃんは好きな事には一直線だからなぁ。
でも、根を詰め過ぎてもいいことはない。
少なくとも、今のナナちゃんの状態では満足な成果は得られないだろう。
「時にはこうやって息抜きすることも大切だよ?」
「……ユーくんが一緒なら、入る」
僕が一緒ならちゃんと入るらしい。それなら安い物だ。
「あ、言ったね? じゃあ、これからは毎日お風呂に入るんだよ?」
「……うん、毎日一緒」
よし、これで衛生的な問題はどうにかなりそうだ。
きちんと管理はしてるんだろうけど、薬品を作っている人が不衛生って言うのはね……。
「それにしても、この洗髪剤凄いね。汚れが良く落ちるよ」
「……わからない」
「え? ああ、対象が良くないか……でも、髪が傷むような感じでもないし、指に絡んでこないから、凄く洗いやすいよ?」
「うん……痛くない」
「だよね? ナナちゃんの髪って長いから絡まりやすいんだけど、指通りがこれまでのとは全然違うよ」
この洗髪剤はきっと売れると思うな。価格次第だとは思うけど。
「ん、植物の油、使ってる」
「ああ、だから良い匂いなのかな? 触媒の灰汁はなんだろ?」
「海藻……行商人が売ってた」
「うわ、贅沢すぎる……じゃ、じゃあ、製法は? この透明感が謎なんだけど……」
「それは秘密……」
「えぇ……どうやったんだろ、これ。いや、それ以前に、どうやったら液化するのかわからない」
「……ヒント、常温で固形じゃない。適度に加水」
「常温で固形じゃない……? 気体は流石に無いとして……いや、適度に加水ってことは、粘液状ってこと? あ、そう言えば前に失敗してそんな状態になったような……」
あれって、石鹸としては使えたんだけど、ベトついて使い難かったんだよね。
「失敗じゃない」
「えっ、そうだったんだ? じゃあ、その状態の石鹸に加水したら液体石鹸になるってこと?」
「そう」
「へぇ、それで良かったんだ……よし、次の目標は液体石鹸だ!」
「ん、がんば」
「うん、頑張るよ。だから、ナナちゃんも生活改善を頑張ろうね?」
「……ユーくんが一緒なら頑張れる、かも……」
「うん、僕もスキルの習得を頑張るから、一緒に頑張ろう」
「……うん」
あれ、なんか元気がなくなった? 気のせいかな?
ともあれ、これからしばらくはナナちゃんにつきっきりで居られるから、閉じ籠らせないように積極的に連れ回そう。あとスキル習得のための日課も忘れずにやらないとね。
「……よし、こんなものかな?」
「ん」
話している間にようやく頭の洗浄が終わった。
髪の方はナナちゃんがきちんとやってくれるから、頭の洗浄は楽な方だ。
「じゃあ、流すよー」
「んっ」
洗い場の汲み置き槽から湯をすくい、頭からお湯をかけて頭と身体の泡を落とすこと数回、ナナちゃんの見た目はすっかり綺麗になった。妙な匂いもしない。
「うん、だいぶ綺麗になったね。後はお湯に浸かってから、もう一回身体を洗おうね」
一度お湯に浸かって温まると、毛穴が開いて汚れが浮いてくるからね。
さて、今回はどれくらい溜まったかな?
こうやって身体を洗っても、汚れが溜まっているとお湯に浸かってから出汁のように汚れが浮いてくるんだよね……中々に圧巻だよ?
「わかった」
「僕も頭を洗ったら入るから、先に入ってていいよ」
「うん」
ちゃぷんっ、と、ナナちゃんが湯船に使ったのを確認して、僕は頭を洗い始めた。
そして、こっそりとため息を一つ。
「ふぅ……」
いやぁ……なんというか、相変わらずナナちゃんの身体の破壊力は凄いね。
見た目は地味なナナちゃんだけど、脱ぐと本当にすごい。
どうにか理性を保って接してはいるけど、将来のあれこれとか変なしがらみがなければ、僕はとっくの昔に堕ちていたと思う。
多分、このあとお風呂で迫ったとしても、ナナちゃんはあっさり僕を受け入れてくれると思う。
もちろん、そんなことはしないけど。
なんていうのかな……僕もナナちゃんも、お互いのことを特に好きってわけじゃないんだ。
嫌いと言うわけでもない、と思う。
なにしろずっと昔から一緒だったし、一緒に居るのが当たり前のようになっていたんだよ。
でも、成長するにつれて顕著になる男女の違いや、人としての能力の違いから、僕はナナちゃんを遠ざけていた。いや、逃げていたんだ。
その結果、ナナちゃんは自分の趣味にのめり込むようになってしまい、今から三年前、ある事件が起こったんだ。
◆
今から三年前、当時の僕は九歳で、職業や技能といったこの世界の仕組みを知ると同時に、深い失望と不安に満ちた生活を送っていた。
産まれ以っての職業や技能はどうしようもないという事は、今でこそ理解をしているものの、当時の僕にはものすごく理不尽に思えて仕方がなかった。
役に立たない攻撃系統のスキルを持って生まれてしまったことが何よりも恐ろしく、辛かったことは鮮明に思い出せる。
何よりも――
「僕、狩人になんかなりたくない! ロニお兄ちゃんみたいに死んじゃうんだ!」
――よりによってそのタイミングで、村の狩人であり、僕達年少の子供達にとって良き兄貴分だったロニさんが、森の中から遺体で発見されたのが悪かった。
時期は春先で、ロニさんは冬眠明けのジャイアントグリズリーに運悪く遭遇してしまったらしい。
遺体は上下で半分に裂け、下半身だけは見つからなかったと、大人達が話しているのを聞いた。
ジャイアントグリズリーはその後すぐに冒険者が討伐してくれたんだけど、その事件は当時幼かった僕にとって酷く衝撃的な事件であり、将来への不安を強く煽る出来事だった。
このままではいつか自分も死んでしまうと、幼心に強く思ったものだ。
それからしばらくは幼いながらもなんとかしようと思い、筋トレや走り込みなどを自主的に行っていたけど所詮は子供の浅知恵で、これと言った成果が得られることはなかった。
そもそも、幾ら鍛えてもスキルのせいで一ダメージしか与えられなかった……。
そんな風に僕が空回っていたある日、学校の授業でスキルについて詳しく学ぶ機会があったんだ。
「皆さん、本日は皆さんもよく知っている技能――スキルについてのお勉強をします」
「はいっ! よろしくお願いします!」
教室の中でただ一人、僕だけがやたらと元気過ぎる返事をしていたと、後に苦笑と共に幼馴染から教えてもらったんだっけ。
この時の僕は狩人になる未来を回避するために必死過ぎて、周囲から少し――いや、かなり浮いていたんだと思う。ちょっとした黒歴史だ。
「この国に限ったことではありませんが、職業と技能は将来就くことになる仕事を決める重要な要素です。最重視されるのは職業ですが、珍しい職業を持つ者は滅多に生まれることはありません」
この村の子供の大半は村人で、僕の同世代には少し珍しい者で魔法使いと遊び人が一人ずつ、極めて珍しい者で賢闘士と言う職業を持つ者が一名居る。
……まあ、三人とも僕の幼馴染なんだけど。ちなみに、その内の一人がナナちゃんだ。
「なので、大半の人の進路を決定するのはスキルの内容となります。この村を例にすると、戦闘系のスキル持ちは狩人や守り人、生産系のスキルを持ちは農家や鍛冶師、育成系のスキル持ちは酪農家や養鶏農家と言ったように、技能に即した職業に昇格する決まりがあります」
そう、それが僕を悩ませている原因だ。
よりによって戦闘系、それもどんなに強く叩いても一ダメージしか与えられないという酷い内容のスキルなのに村の決まりで狩人にしかなれない。ちなみに守り人の方は戦闘系かつ攻撃系ではなく防御系のスキルがないとなることが出来ないという徹底ぶりだ。
「ですけど、それだと困ったことになると思いませんか?」
と、不意の質問に、僕だけではなく、教室の皆が首を傾げた。
将来の職業を決めるのに、技能に即した物だけだと困ったことになる?
その意味を最初に理解したのは、ナナちゃんだった。
「……技能が偏ると職業も偏る」
なるほど、確かにそうだ。
無作為に決まる技能がちょうど良い具合にばらけるなんてことは滅多にないだろう。
「はい、正解です。職業と一緒で技能も無作為に決まるので、極端な例だと所によっては戦闘系のスキルを持つ者ばかりが集まってしまった、なんて言う事もあります」
そんな事もあるんだ……でも、それだったらそう言う所はどうしているんだろう?
「はい、ここで再び質問です。そのように技能が偏ってしまったところは、どうやって生まれ持った物とは関係ない技能の職業へ昇格しているのでしょう?」
戦闘系のスキル持ちが戦闘系以外の職業へ昇格できると取れる言い方に、僕は思わず声を上げていた。あの時は本当に驚いたっけ……。
「えっ、出来るんですかっ?」
「はい、できますよ。皆さんは、昇格の条件を覚えていますか?」
村人を始めとした生まれながらの職業は、そのほとんどが上位の職業への転職――昇格が出来るようになっている。
「はい! 昇格の条件は必要な技能を持っていること、そして生命としての存在力が一定値に達していることです!」
「はい、そうですね。存在力の方は子供のうちは成長によって自動的に上がるので、皆さんが成人する頃には必要な値に達しているので特に心配はありません。ここで重要なのは技能、そして技術――アーツという物が関わってきます」
「アーツって何ですか?」
「アーツと言うのは、スキルの習得に関わってくる物です」
「「「「「えっ!」」」」」
さらっと告げられた事実に教室中がわいたのは、言うまでもないよね?
ひとしきり騒いだ後、興奮も冷めやらぬままに僕は先生に詰め寄る勢いでアーツについて尋ねた。
「先生! アーツって言うのはなんなんですかっ! それにスキルの習得ってどういうことなんですかっ?」
「はい、落ち着いてくださいね。確かにスキルを習得できるとは言いましたが、スキルを習得するのは困難なのです」
「その、具体的にはどれくらい……?」
「そうですね……通常であれば習得したいスキルに関係する特定の行動を毎日八時間。それを三年間欠かさず行うことが必要です」
「さ、三年も……?」
「ただし、それはあくまで通常であればの話で、早いこともありますが、逆にそれ以上かかることもあるんです」
「そんな……」
技能を習得するのに三年……成人するのが十五歳で、今年で十歳になる僕には、あと五年しか残されていない。
そして狩人になる未来を避けるためには、より需要のある職業へ昇格できる条件を満たさなければならない。
その職業がこの村だと医師、薬師、教師あたりで、これらの職業のどれかに昇格できる条件を満たすことが出来たら確実に狩人にならずにすむ。
「ユーグ君、話は最後まで聞きましょうね? 三年かかるとは言いましたけど、これは大幅に短縮できるんですよ? その為のアーツの習得です。とはいえ、アーツの習得はスキルの習得よりも難易度が高いのです。その理由が個人の感覚と素質によって習得の可否が決まるからなんです」
「感覚と素質ですか……?」
そんなの聞いたことあったっけ?
「これは最近明らかになったことで、そう言う点では皆さん運が良いと言えますね。感覚と素質に関しては鑑定スキルのレベル十で確認できるそうなので、同じく最近、鑑定スキルのレベルが十になったオババさんにきゃんっ!」
スパンっ、と、先生が誰かにお尻を叩かれた。
同時に、僕達は突然教室内に現れた人物を見てどよめいた。
そこに居たのは、この村の鑑定士であるオババだった。
「さんを付けるのはおよし、あたしゃただのオババだよ。それよりあんた、三人目はまだかい? まだ若いんだから、子供は今のうちに産めるだけ生んどきな」
「もうっ、そう言う話は後にしてくださいっ。んんっ、と言うわけでオババに来てもらいましたので、これから皆さん鑑定してもらいましょう」
オババだ。オババが来た。と皆がざわつく。
オババはこの村で唯一の鑑定士で、先生が子供の頃からずっと居るらしい。今と全く同じ姿で。
そんなだから当然のように年齢は不詳で、オババと言う名前も子供達が勝手につけて呼んでいたのを気に入って、そのまま自分の名前として使っているため本名も不明と言う謎のおばあさんだ。
「さあ、ちゃっちゃと済ませるよ。さあ、誰から鑑定されたい?」
はっきり言って、僕はオババが苦手だ。
むしろ、この村の子供の大半がオババに苦手意識を持っているはずだ。
鑑定スキルを使われた時の全てを見透かされるような感覚はなんとも表現し難い種類の悪寒に襲われるんだよね。なぜか大人になると気にならなくなるそうだけど。
そして案の定、誰も前に出ようとしない――と思ったら、おもむろに隣の席のナナちゃんが僕の手を掴んで立ち上がった。
「オババ、私達から」
この頃のナナちゃんは僕が避けていたせいか、本当に色々と積極的だったなぁ……。
「おや、ナナリーとユー坊かい。いいよ、こっちに来な」
「ユーくん、行こ?」
「う、うん……」
逆にこの頃の僕は引っ込み思案だったっけ。ナナちゃんからもずっと逃げてたし。
そうこうしている内にオババの前に連れられてすぐ、ぞわりとした感触が身体を抜けていった。
鑑定が終わったのか、オババは物凄い速さで紙に文字を書き込みながら話しかけてきた。
「……ふむ、ナナリーは相変わらず家業優先かい?」
「うん」
ナナちゃんはこの頃から実家の薬屋を継ぐって言ってたなぁ。
「ま、あんたがそれでいいならあたしから言う事は何もないね。で、ユー坊だが……あんた、まだ無駄な努力をしているようだねぇ?」
「うぅ……」
あの頃のあがきは確かに無駄な努力だったのかもしれない。
今だからこそわかるけど、あの頃の僕だって必死だったんだ。色々やりもする。
「何度も言うけどね。狩人って職業はあんたに向いてるんだよ?」
「で、でも、僕のスキルじゃ……」
「何か勘違いしてるようだねぇ。あたしゃスキルの話をしてるんじゃないんだ。あんた自身が狩人に向いてるって言ってんのさ」
「いや、だから僕のスキル……」
「スキルスキルと情けないねぇ! あんたは身体を鍛えるなんて言う無駄な努力をする前に、少しは知恵を付けな!」
「ひぃっ! ご、ごめんなさいぃっ!」
このオババの叱咤、これが重要なのだとすぐに気づくことが出来ず、僕は後になって後悔することになるんだ。
皆の鑑定を終えたオババは疲れた様子で「じゃあ、精々励むんだね」と言い残して教室を出て行った。
あからさまにホッとする僕達に苦笑しながら、先生が言った。
「では、オババに書いてもらった皆さんの固有情報を見てみましょう」
そうだ。久しぶりの固有情報更新だ。
固有情報って言うのは個々人の技能や体力などと言った情報を文字と数字に書き起こしたもので、村に住む者は毎年一度、オババの鑑定で更新を行うようになっている。
「今回はオババの鑑定レベルも上がっているので、いつもより内容が多くなっていますね? 今日の授業で見るべきところは先程も言った感覚と素質なので、そこに注目してください」
「えっと、感覚と素質……えぇ……」
思わず声が漏れた。
僕の固有情報の感覚と素質が、こんな内容になっていた。
後に続く内容に関しては僕の自覚範囲内の事なので、詳細はよくわからない。
感覚
・鋭敏――五感が鋭い。小さな物音とか匂いとか、すごく気になるんだよね。
・六感――勘が働くって言うのかな? 嫌な予感がやたらと的中する。
素質
・工作――大規模、小規模に縛られず物作り全般が得意な方かな。でも図面とかが無いと難しい。
・隠遁――かくれんぼはすごく得意だ。ナナちゃんにだけはなぜか見つかるけど。
・努力――無駄に頑張ってる方だとは思うけど、素質扱い?
・本能――一緒に見てたナナちゃんが頬を染めてエッチとか言ってたけど、それは違うなと思った。
「本当に狩人向きだ……」
特に感覚の鋭敏と六感なんて、狩人の為にあるような物だ。あとは素質の隠遁も。
「ね」
思わず呟く僕と、賛同するように頷くナナちゃん。
いやでも、向いていても肝心の攻撃力が無いのはどうしたら……?
「ユーくん」
「え、なに?」
「工作が向いてるなら、道具とか、お薬も作れる?」
「あー、そっか……そういうのもあるんだ」
幾ら狩人に向いているからって、嫌な物は嫌だ。
それだったら、自分の持っている物で少しでも新しい道を切り開きたい。
ナナちゃんの提案に倣って、その日から僕は村の工房や薬屋での手伝いを始めたんだ。
◆
スキルとアーツ、感覚と素質に関する授業が終わってから三ヶ月。
僕は相変わらず工房と薬屋の手伝いを続けていたけど、たまにちょっとした仕事も任せられるようになり、給金も貰えるようになっていた。
あれから一度オババと出くわした際に「……ま、そういう道もあるだろうさ」と呆れたように言われたのが、少し心に刺さった。
僕が手伝いをするようになってから、他の子達も将来を見据えてか色々なところで仕事の手伝いをする姿が見受けられるようになった。
ナナちゃんは自宅の薬屋でいつものように手伝いをしていて、僕が行くと隣に座って一緒に作業をしていた。
ずっと僕に避けられていたせいもあってか、薬屋に居る時は傍から離れようとしなかった。
「……ん、お母さん、出来た」
薬草をすり潰す僕の隣で、そのすり潰された薬草を用いて傷薬を作り上げたナナちゃんが母親であるサラさんを呼んだ。
「はいはい、どれ……うわ、なにこの効力。我が娘ながら末恐ろしいわ……」
「ユーくん、次は?」
「ご、ごめん。もう少し待って」
「うん、ゆっくり丁寧でいい」
ちなみに、ナナちゃんは僕の作業を見守る役も兼ねている。
ここの仕事に関してはナナちゃんの方が一日の長どころじゃない程に差があるからね。
そのことに、当時の僕は若干の不満と言うか……まあ、平たく言えば同じ年頃の女の子に教わっているという事実が嫌で仕方がなかった。
他の所ではちょっとした仕事を任されているのもあって、天狗になっていたんだ。
我ながら子供みたいだと今でこそ思うけど、実際子供だったんだよね……。
そして、つい言ってしまったんだ。
「……ナナちゃんに教わるの、もう嫌だ」
そんな僕の言葉にナナちゃんは「ふぅ」と一つ溜息をつき、ぽんと僕の肩に手を置いて言った。
「……そのセリフは十年早い。ユーくんはまだ始めたばかり」
その表情は憐れみと慈愛に満ちていたけど、当時の僕にはただただ苛つく顔にしか見えなかった。
あと、大人顔負けの対応が尚更腹に立ったんだよね。
「そうねぇ。それに、もう私よりもナナリーの方が色々と上手いから、ナナリーから教わった方がいいわよ?」
おまけにサラさんの言葉に追撃された僕は「もうやめるぅぅっ!」と叫びながら薬屋を飛び出し、村のはずれにある秘密基地に逃げ込んだ。
と言うか、家が隣同士だから、そこしか行き場がなかった。
「ぐすっ……もうやだ……」
薬屋を飛び出した僕は、秘密基地の中で膝を抱えて座りながらすすり泣いていた。
ちっぽけなプライドからナナちゃんにあたるような発言をしてしまったものの見事に慰められ、サラさんに告げられた圧倒的な実力差に勝手に切望した挙句、情けない捨て台詞を残して逃げだした。
……情けないやら恥ずかしいやらで死にたい。
あの授業から三ヶ月、色々とやって来たけど、スキルどころかアーツの習得にすら至っていない。
それは当然の事なんだけど、気が逸っていた僕は目に見える成果が欲しかったんだ……。
一応、成果としてはちょっとした仕事を任されたり、商品に使う材料の下拵えをさせてもらえていたんだけど、その時の僕は気付いてすらいなかった。
それに気づくのはもう少し後、そして、僕の人生の分岐点となる時が来る。
「……えっ?」
かすかに届いた悲鳴。それは聞き間違いようもなくナナちゃんの声だった。
そして、途端に込み上げる嫌な予感。
その感覚は……ロニさんが死んだ時に感じたのと同じ物だった。
「ナナちゃんっ!」
秘密基地を飛び出した僕は、悲鳴が聞こえた方角へ向けて走った。
その方角には村から秘密基地へ向かう道があり、その途中には森に繋がる道があって、極稀に森の獣が迷い込むことがあった。
その極稀な出来事が、よりによってその日に起こっていた。
現場に着くと争った形跡。
樹に刻まれた大きな爪痕、そして、焼け焦げた地面。血痕は見当たらない。
前者はおそらく何らかの獣、それも大きな個体だ。後者はナナちゃんの魔法だ。
ここまで来て獣に襲われたナナちゃんが魔法を放ったようだ。
ここに来るまでそれらしい物音や姿はなかった。村の方へ逃げた?
いや、それなら見張り台の鐘の音が聞こえているはずだ。
それが聞こえないという事は……。
「まさか……秘密基地の方へ?」
秘密基地への道は多少整備されているけど、回り道になってしまう。
もし最短距離で秘密基地に行くのなら、森の中を突っ切った方が早い。
もしそうだとしたら、ここまで来る途中、ナナちゃんに遭遇しなかったのもわかる。
「ど、どうしよう……」
村に戻って大人を呼ぶ? いや、それだと間に合わない可能性が高い。
じゃあ、僕が助けに行く? でも、僕に戦う力なんてない。
……本当に? 本当に、僕には戦う力がない? 本当は気付いているんだろう?
だって、僕のスキルは理論上、どんな生物でも殺せるスキルなんだ。
どんなに硬い奴でも、どんなに巨大な奴だって――それが生物なら、僕に殺せないモノはない。
この世界の生き物には生命力と言う概念がある。
それは鑑定スキルでも数値として可視化され、どんな生物もこの数値が零になると死亡することが確認されている。
この数値が下がる条件は怪我や病気など様々で、命に係わる事象が原因とされている。
そうして生命力が下がる現象のなかでも物理的な物は一般的にダメージを受けた等と言われている。
ただ、物理的なダメージを与えるには相手の硬さ――防御力を上回る必要があり、それができない場合はダメージが零となる。
でも、僕のスキルの前に防御力は意味をなさない。
固定打撃と言うスキルは、相手の防御力を無視して必ず一のダメージを与える。
つまり、一つの攻撃に付き相手の生命力を一つ削ることが出来る。
固定打撃の発動条件は、僕が攻撃と認識する行動でもって相手に攻撃を加えることだ。
つまり、僕が攻撃だと認識していれば、本気で殴るのも、小さな豆粒一つをぶつけるのも差がない。
オババが言っていたのは、そう言う事だったんだ。
僕は身体を――力を鍛える必要なんかなかった。
そして何よりも、自分のスキルと向き合い、それを理解する事が何よりも必要だった。
この三ヶ月、色々なところで手伝いをするうちに、大人はみんな自分のスキルと上手く付き合って生きているように思えて、ここ数日の手伝いの合間に自身のスキルと向き合うようになった僕が知り得たのが、これらのことだった。
でも、それだけじゃ足りない。相手は獣だ。
生命力は人間以上、例え百発攻撃を当てても倒せはしない。
こうなることがわかっていたら何らかの攻撃手段を用意できていたのかもしれないけど、事態は今も進行中だ。
「ナナちゃん!」
森を駆け抜けて秘密基地のある広場に出るとナナちゃんと大きな獣が居て、僕の視線はナナちゃんの姿に釘付けとなった。
「ナナ、ちゃん……?」
――そんな、どうして――露出の高いお姫様みたいな恰好をしてるの?
「ゆ、ユーくんっ? 村に戻ったんじゃ……げふっ」
「なっ、ナナちゃ―――――――――んっ!」
なんかよくわからない格好をしたナナちゃんがこっちを見て驚いた隙にでっかい獣に殴られた!
くそぅっ! なんかよくわかんないけど色んなことが台無しになった気がする!
と、とにかくナナちゃんを助けないと!
「こっちだバケモノ! ナナちゃんから離れろ!」
そう叫び、でっかい獣に向かって石を投げつけると、上手いこと当たった。
『GURRRRR!』
でっかい獣改めバケモノは唸りながらこちらを向いた。
その姿は今まで見たことのない物で、何と言えばいいのか……次元が違う? 姿だった。
「ひっ!」
ちょっと漏らし――漏れそうになったけど、歯を食いしばって恐怖に耐え、バケモノを睨み返す。
あの大きさ、もしかしてあれがジャイアントグリズリーなんだろうか?
なんか聞いていたのとは違う姿だけど、あの大きさはきっとそうに違いない。
※天の声 この時ユーグが視ていたバケモノの姿 ≒ でかくて目つきの悪いリ○ックマ
とにかく、今はあの化け物をこっちに引き寄せないと!
「こっちだ! 狙うなら僕を狙え!」
もう一度石を投げると、それを器用に避けたジャイアントグリズリーらしいバケモノは、こっちに向かって走ってきた。
「ひぃっ!」
殺される云々よりも、得体のしれない恐怖の方が強い外見にビビりながら僕は森の中へ向かって逃げ出した。
背後からはバケモノの唸り声と荒々しい息遣いが聞こえてくる。
よし、これでナナちゃんはひとまず安全だ。
問題はあと一つ。
「……ここからどうしよう」
このバケモノを処理する方法を考えていなかった。
村の方へ逃げようにも、確実に仕留められる保証はない。
そもそも、村に着く前に追いつかれて僕が殺される。
ここから走っても村に着くまで十分以上はかかるし、バケモノから逃げる速度ではそんなに長く走れないし、誰かの助けを期待することもできない。
つまり――
「……逃げきれない」
と言う事になる。
でも、ここで僕が犠牲になればナナちゃんが助かる可能性が――いや、こんな大きなバケモノが僕一人を食べた所で満足するはずがない。僕の次はきっとナナちゃんが狙われる。
……それだけはダメだ。僕のせいでナナちゃんが死ぬなんて、絶対にダメだ。
でも、どうやって逃げたら……いや、待てよ?
ちょっと冷静になろう。
そもそもこいつは、なんで僕を追ってきている?
僕が仕掛けたから? でも、なんで? すぐそこに気絶しているナナちゃんが居たのに、なぜ僕を追いかけてきた? すぐそこに餌があったのに?
昔、ロニさんに聞いたことがある。
肉食の獣は餌に執着するから、食事中が一番仕留めやすいと。
だから、食事に集中したい時は多少の邪魔があっても気にも留めないそうだ。
さっきの僕の行動を振り返ってみても、大きな声を出して石をぶつけた程度だ。
本来ならわざわざ気にするようなことじゃない。
そのまま目の前にいたナナちゃんを食べればいいだけなんだから。
でも、こいつは僕を追いかけてきた。その原因は考えるまでもない。
「僕の攻撃を邪魔だと思った……?」
さっきの投石が効いたんだ。そして、僕が邪魔な存在だと認識した。
たったの一ダメージで?
よく見たら、あいつの身体には焼け焦げた跡がある。
ナナちゃんの魔法が直撃したんだ。つまり、手負い。
そう言えばあいつ、二回目の投石は避けたな。
もしかしなくても、ほとんど余裕がないんだ。
「……殺せる! いや、殺す! 絶対に生き延びてやる!」
おそらく人生初の殺意が芽生えた瞬間だった。
そうと決まれば、あいつを殺す計画を早々に練らないと、僕の足と体力に限界が来てしまう。
あと何発であいつが死ぬのかはわからないが、数百発と言う事はないはずだ。
だからと言って特攻は禁物だ。絶対に一撃もらった時点で僕は死ぬ。近距離戦は論外だ。
理想を言えばあいつの手の届かない安全なところから小石でもなんでも死ぬまでぶつけ続ければいいんだけど、生憎とそんなに都合の良い場所はない。
せめて木に登れたら時間が稼げそうだけど、距離的な余裕がない。
そんなことをしたら追いつかれて殺される。
引き離すのも無理だ。逆にじわじわと距離を詰められている。
くそっ、でかい図体のくせして速い! しかも二足歩行だし!
獣って四足歩行じゃなかったっけっ! なぜかすごく理不尽に感じる!
「あっ」
そうだ! あの身体なら狭い所は通り抜けられない!
速度優先で避けていたけど、狭い所を通り抜けるように逃げたら時間が稼げるはず!
幸いにも、森の木々は所々交差するように生えている箇所がある。
「そこっ!」
その隙間を潜り、すり抜けるたび、徐々にあいつとの距離が空いてきた。
よし、これで少しは――
『GUOOOOO!』
背後から雄叫びが聞こえると同時に破砕音、重圧、なにかが迫る風切り音が「あぶなっ!」聞こえる前にゾッと来た予感に従い、僕は地面に転がっていた。
慌てて背後に視線をやると、あいつが腕を振り切った所だった。
今、何が起こった? 何かが飛んできた?
再び距離を詰めようと追ってくるバケモノから距離を取るように逃げようとして、視線の先に転がる物が目に入った。
倒木? 何時? さっきまであんな物は……いや、あいつか!
どうやら、さっき後ろから飛んできたのはこの巨木だったようだ。
……こんな丸太みたいな物をぶっ飛ばしてくるとか、ただの獣じゃない。やっぱりバケモノだ。
倒木を飛び越えて逃走を再開する。
バケモノは僕への執着をより強くしたようで、空気を揺らすほどの咆哮を響かせながら、重たい足音を立てて追いかけてくる。
よし、いいぞ。ナナちゃんのことは忘れろ。僕だけを追いかけてこい。
逃げ方次第では距離が空けられると言う事実に、心に少し余裕が生まれていた。
とは言え、距離が空き過ぎると、さっきのように巨木を飛ばしてくるんだろう。
あれに当たればそこで終わりだ。多分即死する。即死を免れたとしても大怪我は必至だ。
背後から飛んで来る巨木に警戒しつつ、慎重に距離を空けて行く。
体力はどうにかもっている。今後、身体を鍛えるなら持久力を付けた方が良いのかもしれない。
今はそれよりも、あいつをどうやって倒すかだ。
「このっ!」
逃げながら手頃な小枝を拾いバケモノに向かって投げるが、投げた枝はバケモノではなく生えている木に当たり、乾いた音を立ててあらぬ方向へ飛んでいった。
やっぱり、逃げながらだと難しい。そして、逃げるために役立ってくれている木々が攻撃の際には邪魔になる。なんともままならない状況だ。
それはバケモノの方も同じようで、一向に縮まらない距離に苛立つような唸り声をあげ、その剛腕で木々をなぎ倒しながら追いかけてくるようになっていた。さすがバケモノ腕力がおかしい。
しかも、木々をなぎ倒しながら追いかけてくるから、いつ巨木が飛んで来るかわからない。
このまま背中を向けて逃げていたらまた巨木が――
「あひぃっ」
――飛んできた。
転びながらどうにか躱し、後ろを見ると、バケモノは次の巨木の投擲姿勢に入っていた。
「あ」
死んだ。間に合わない。投げた。飛んで来た。避けられない。当たる。
「うわああっ!」
目の前に迫る巨木に無駄だとわかりつつも手をかざすが、大質量+とんでもない速度を伴った物体を受け止められるはずもなく、かざした手ごと顔面に深々とめり込――むことはなく、ドスンっ、と言う音と共に巨木は僕の目の前に落ちた。
「え……?」
なんだ今の? いや、とにかく今は体勢を立て直さないと!
慌てて立ち上がり、逃走を再開する。
わけがわからなかったのはあちらも同様らしく、訝しむように様子を窺っていたが、僕が健在だとわかるとすぐさま追いかけてきた。
「ぃつっ……!」
巨木を受けた手が痛い。
見た感じは擦り傷程度だけど、手首が上手く動かないから、おそらく骨が折れている。
あと、自分の手を巨木ごと受け止めた額が少し傷む。
謎の現象に助けられたけど、もしかしてこれ……僕のスキルが原因?
でも、今のは自分で自分を攻撃したわけじゃない。
……待てよ? 僕の身体による打撃の類は必ず一ダメージになるのか?
だったら、さっきのようにあいつの攻撃をさばけるかも……ダメだ、情報が足りない。
変な期待を持つのは良そう。もし間違っていたら今度こそ死ぬ。
それに、上手く行ったとしてもダメージがないわけじゃないから、何度も使えるような手でもない。
もしこの状況から生き残れたら、もっと自分のスキルの確認を――
「あっ」
まずい。そう思った瞬間には視界がぶれて、僕はその場で転げた。
原因は砂だった。いつの間にか砂地に踏み込んでしまい足が滑ったのだ。
そんな僕に向かって、バケモノは咆哮を上げながら突撃してきた。
嫌だ! こんなところで死にたくない!
「うわあああああああっ! 来るな! 来ないでぇ! いやだあぁぁっ!」
僕は無様に泣き叫びながら、動く方の手で砂を掴み、バケモノの方へ何度も投げつけた。
「――――ああああぁぁ……あ? え?」
何時まで経っても痛みも衝撃もなく、気が付けば、バケモノはこちらに向かってくる途中で倒れたのか、前のめりに伏したままピクリとも動かなくなっていた。
その周囲には砂が散らばっていて、バケモノにはナナちゃんが与えた以外の外傷はどこにも見受けられない。
「え……あ? まさか……砂?」
苦し紛れに投げつけた砂。その一粒一粒が一ダメージとしてバケモノに当たった?
倒れる前までは元気いっぱいに僕を殺そうしていたから、累積していたダメージが原因とは思えないし、倒れている化け物を見た限り、こうなった原因はそれくらいしか浮かばない。
「はは、は……呆気なさすぎる……と言うか、こんな簡単な方法があったのになんで気付かなかったんだ……っ!」
この時、改めて自分のスキルについてきちんと学ぼうと決意する僕だった。
「ナナちゃん、ナナちゃん……!」
あの後すぐに秘密基地へ取って返すと、ナナちゃんは相変わらず妙な格好のまま気を失っていた。
あのバケモノに強かに顔を殴られていたはずだけど、少し汚れている程度で全くの無傷だった。
ただの脳震盪ならいいけど、もしこのまま目を覚まさなかったら……。
「ナナちゃん! その格好のまま死ぬなんて恥ずかしすぎるよ!」
「そ、そう言う、問題じゃ、ないと、思う……」
「ナナちゃん!」
ナナちゃんが突っ込み返してきた! じゃなくて意識を取り戻した!
「ユーくん、顔が痛い……変形してない?」
無駄口をたたく元気はあるようだ。これなら大丈夫かな?
「大丈夫! いつも通りのパッとしない顔だよ!」
「それ、ユーくんにだけは言われたくない……」
「それもそうだね。ところでナナちゃん、その格好は……?」
改めて謎の格好について問うと、ナナちゃんは狼狽したように言葉に詰まった。
「……っ! あ、ちが、これっ、はっ……」
……ははーん、なるほど。
「もしかして、裁縫に目覚めた? ナナちゃんも年頃だし、お洒落に関心が出てきたんだ?」
「えっ、あっ、うん、まあ、そんな感じ……」
「そっか、それは何よりだよ。でも、なんで僕を追いかけるのにそんな格好を……?」
「えっと、その……元気づけようと思って」
「そ、そうなんだ……」
あの状況で普段地味な幼馴染がいきなりひらひらの服を着て現れたら、元気になるよりも驚きの方が大きかったかな? まあ、元気が出ると言えば出たんだろうけど。
「あっ、さ、さっきのアレは?」
ナナちゃんは気絶前のことを思い出してか、さっきのバケモノのことを聞いてきた。
「あれって、あのバケモノのこと? それなら倒しちゃったよ」
「……え? ユーくんが?」
「うん、本当に偶然なんだけど、役立たずだと思ってたスキルが役に立ってくれたよ。あ、でもナナちゃんが先に魔法を喰らわせてくれてたのが大きかったのかな?」
「そう……良かった。ユーくんが無事で……」
「それはこっちのセリフだよ……あ、いたたたた! 痛い痛い! なんか痛くなってきた!」
そこでホッとしてしまったのが原因か、骨折した手が急に痛みを訴えだした。
「怪我したのっ? 見せて!」
「うぅ……これ絶対折れてるよ」
「ごめん。ちょっと触る」
ナナちゃんに手を見せると、おもむろにガっと掴んで何かを塗ったくってきた。
「ひぎぃっ!」
「……これ、折れてない。ただの捻挫」
いや、すっごく痛かったんだけど。
「だ、だって、こんなに痛い……あれ? 思ったより痛くない?」
「お薬塗ったから、痛みは緩和できる。でも、後でお医者さんに診てもらった方が良い」
ああ、薬を塗ってくれたんだ。
こんなにも痛みを軽減してくれるなんて、やっぱり薬は最高だね!
「うん、そうするよ」
「そうして」
ナナちゃんの言う通り、村に戻ったらお医者さんに診てもらおう。
「じゃあ、ナナちゃん、もう村に戻ろうか。あのバケモノを捌いて貰わないと」
「……え、捌く……? 食べるの?」
「え、だってあれってジャイアントグリズリーでしょ? 癖があるけど美味しいって冒険者のお姉さんに教えてもらったよ?」
「……私はいらない。あと、着替えたいから待って」
「え、着替えちゃうの? せっかくお洒落したのに?」
「……ユーくん以外には見せたくない」
「え、それって……」
「とにかく、ここに居て。絶対に覗いちゃダメ」
「の、覗かないよ。ナナちゃんの裸なら見慣れてるし」
ここ数年はさっぱりだけど、家が隣同士と言う事もあって、ナナちゃんとはよく一緒にお風呂に入ったりしてた。薪の節約になるって言われてね。
だから今更ナナちゃんの裸なんて――
「……これでもおっぱいとか、さらに大きくなってる」
――おっぱいに罪はないよね。
ナナちゃんのおっぱいは最後に見た時点で掴める程度の大きさはあった。
それがさらに大きく……?
「……(ごくり)」
「……ふふん、覗いたら絶交だから」
なぜか得意げに言ってから、ナナちゃんは秘密基地に入って行った。
見たい。すごく見たかったけど。絶交はずるい。
ナナちゃんとは言え、女の子に絶交されるなんて死んでも嫌だ。
だから僕はナナちゃんが着替え終わるまで大人しく待つことにしたのだった。
その後は、いつもの地味なナナちゃんと一緒にバケモノの死体を確認してから村に戻り、大人を呼んでバケモノを村に運搬。その夜は珍しい獲物を狩ったという事で僕とナナちゃんは沢山の大人達に褒められ、双方の両親からはこっぴどく叱られることになったのであった。
後日、あれがただのジャイアントグリズリーじゃなかったって言うのは実物を見て知ったけど、本当に何だったんだろあれ。
あ、でもお肉はすごく美味しかった。二度と遭遇したくはないけど、また食べたいなぁ。
そしてナナちゃんは僕がお洒落着のことをうっかり言いふらしてしまったため、恥ずかしがって余計に引き籠ることになってしまった。本当に酷い事件だった……。
ごめんナナちゃん。あまりに可愛かったから、他の皆に自慢したかったんだ……。
◆
温泉から上がって、すっかり身綺麗になったナナちゃんとまったり夕涼みをしながら、昔を思い返していた僕は気になっていたことを聞いてみる。
「それにしてもナナちゃん、あれ以来、新しい趣味のお洒落な姿は見せてくれないの?」
あの格好、ちょっと露出が高いけど可愛かったから、また見てみたい。
ああいうのをなんて言うんだっけ……馬子にも衣裳?
そんな言葉を冒険者のお兄さんに教えてもらったことがある。
「絶対にヤダ……でも、ユーくんが私を貰ってくれるなら見せてあげてもいい」
ナナちゃんを貰ったら見せてくれるらしい。
「えぇ……一生をかけるほどの価値はちょっと――痛い! なんで叩くのさ!」
「そんな風だからユーくんは女の子と付き合えない」
「確かに恋人なんていたことないけど、今は関係ないよね!」
「ばかばかばーか。ユーくんのえっち、変態」
「唐突の罵倒はなんでっ?」
「温泉でずっと私のおっぱい見てた。洗う時も触り方がえっちだった」
バレてた! でもしかたないじゃないか!
「いやそりゃ見るよ! 見ないと手伝えないし! おっぱいに触るのだって痛くしないように優しくしてたんだよ! 前に敏感だって言ってたから!」
「……そう言う意味で言ったんじゃないもん」
「ちょっと可愛らしくいってみても無駄だからね! まったく、無駄に大きくなって……」
一緒に入浴するたびに理性を押さえているこっちの身にもなって欲しい。
「手ごたえはあるのに……」
「え、手ごたえ? なんの?」
「なんでもない。それよりユーくんは諦めて私を貰った方が良い。その方が楽だよ?」
「今日は何時になく積極的だね……そりゃあ、狩人にはなりたくないけど、そんな風に薬屋になっても嬉しくないよ。僕は自分の実力で職に就きたいんだ」
「でも、やっぱりユーくんは狩人が向いてると思う」
「うーん、そりゃね。スキルの有用性もつかめて来たけど、向かい風に弱いとか盾で簡単に防げるとか、弱点もかなり多いからね……何よりも、あんな怖い思いは二度と御免だよ」
狩りのたびにあんな死闘は演じたくはない。
最悪狩人をやるとしても、罠専門の在宅狩人になるつもりだ。
もちろん罠の仕掛け役及び掛かった獲物は信頼できる人にやってもらう感じで。
報酬は獲物の半分なら文句はないはずだ。
薬屋で得た調合スキルで罠用の毒を調合。鍛冶屋で得た鍛冶スキルで罠の作成。
罠に関しては既に実用品が出回っており、性能もお墨付きをもらっている。
そんな感じで、もしもの時の下地はできているから、僕は全力で狩人以外を目指すことが出来るという寸法だ。僕って頭良いでしょ?
「じゃあ、ユーくんは結局、何になりたいの?」
「戦闘職以外と言うか……理不尽な死に方をしそうな職業でなければなんでもいいよ。ほら、僕が死んじゃったらナナちゃんの面倒を見てくれる人がいなくなっちゃうし」
「……ユーくん、私はもうどうしたらいいのかわからない……」
「え、なに急に――顔赤ッ! どうしたのっ? のぼせちゃったっ?」
「ある意味のぼせ上ってるけど、大丈夫……一過性だから」
「そう? 久しぶりのお風呂ではしゃぎ過ぎたのかと……」
「……ユーくんの春はきっと遠い。あと私のも……」
「いや、このままだとたぶんナナちゃんの春は一生来な――痛いっ! 事実なのに!」
「私、ユーくんの恋路は全力で邪魔する。今決めた」
「なんでっ! あ、でもそれってナナちゃんが相手でも?」
「……私も候補に入ってるの?」
「え? そりゃあ……ナナちゃんだって女の子だし」
「……今日はこれで許す」
「よくわからないけど許された……?」
とまあ、こんなゴミスキル持ちの僕ですが、今日も精一杯生きてます。