92話 ヒカリ
会議の日から2カ月が経過した。
天気は快晴。
風は微風。
少し涼しく、旅の出発にはこれ以上ない日の朝。
『皆さん、集まってもらってすみません。本日はいよいよ出発ということで、私の方からいろいろとご説明と、あとプレゼントを用意しました』
「お~ プレゼントか」
「さすがヒカリね、気が利くじゃない」
「プレゼントは嬉しいですが、私は別れるのが寂しいです・・・」
『まぁ、言いたいことはいろいろとあると思いますが、まずはこちらからです』
ヒカリがそう言うと、奥の部屋から濃紺のフードを深く被り、同じ色の布で顔の下半分を隠した髪の長い 少女が現われた。
身長は140センチくらい・・・子供だろうか・・・
全身の服装は濃紺で統一され、左右の腰には刀がそれぞれ1本ずつ。
肌の露出は目の部分だけで、丸々忍者って感じだな。
「誰なの?」
ルージュがヒカリに尋ねた。
『えーと、改めて紹介します。こちらは私です!』
「「「!?」」」
「あっ、これってもしかして・・・ヒカリさんが前に言っていた同行するゴーレムですか?」
『その通りです。さすがアマリージョ、よく分かりましたね』
「たまたまですよっ! 元々そう聞いていたからです。だってこれ・・・でも、どう見たって人間にしか見えないですよ!」
『そう言って貰えると嬉しいですね。かなりの自信作だったものですから・・・』
「マジで? これ作ったの? 人間じゃないの?」
俺だけ察しが悪いのだろうか・・・
『はい。では動かしてみましょうか?』
そう言ってヒカリは、ゴーレムをなめらかに操った。
「ヒカリ、これやっぱり人よね?」
驚いたまま口が半開きだったルージュが、我に返ってヒカリに聞いた。
『いえ、ゴーレムです。ここまで滑らかに動かすのは、かなりエネルギーを使いますが。一応、素材は、骨や関節部分には、ワイバーンの骨とブルーノさんから頂いたミスリルを溶かした状態で使用しています。流動ミスリルと言ってかなり進んだ技術らしいですが、大量の魔力を循環させることで液体の状態を保てるとか。身体は土や金属、それと同じく持ち帰ったワイバーン鱗などを加工して作りました。服も同じく鱗を加工したものでかなりの強度になっています』
「なんか凄いな・・・職人だよな・・・ていうか、あとそれ刀?」
俺が気になって腰に差してある刀について聞いてみた。
『はい良くお気づきで・・・こちらはワイバーンの骨と牙を、ミスリルなどの金属と混ぜて作りました。かなりの切れ味に仕上がっています』
「ルージュのは? ルージュの剣はないの? この間の戦闘で折れちゃったし」
まさかヒカリが、ルージュのことを忘れて自分の武器だけを作ったとは思えないが、不安になって、ムキになって聞いてしまった。
『これは順序が逆になってしまってすみませんでした。本当は刀の説明の前に渡すつもりだったのですが・・・』
ヒカリがそう言うと、小さなゴーレムは奥の部屋へ行き、武器をいくつか手にして戻ってきた。
3人で机に並べられていく武器を、まじまじと眺める。
『まず、こちらがルージュの武器です。素材は同じくワイバーンの牙です。ミスリルと合わせることで、素晴らしい切れ味を実現しました。重さはミスリルより少し軽めですが、急激に魔素を送り込んでも、前回の件のように脆くなったりはしませんので』
「脆く? 前回って・・・眷属にやられた時か・・・」
『はい。あの時、剣が折れてしまったのは、もちろん眷属が強かったこともありますが、それ以前に、剣に大量の魔素を送り込んだせいで、剣の中のミスリルが溶けてしまい、脆くなっていたのです』
「そうなの? 本当に? なんだ・・・そうだったのね・・・」
ルージュは初めて原因を聞いたようで、驚きながら納得する。
『あれ? 言っていませんでしたっけ?』
「言ってないわよ! 私は、てっきりブルーノに安物を掴まされたと思ってたんだから」
『それは、申し訳ありませんでした。とにかく必要以上に魔素を流すとミスリルは溶けてしまうようです。ですから、剣が悪いというよりも、ルージュがその剣を持つには強すぎた事が原因でしょうね』
「え!? 強すぎる? 私が?」
『はい。ですが勘違いしてはダメですよ。本当に強い人はどんなときでも武器の性能を100%発揮するように、武器に流す魔素の量もちゃんと調整するようですから・・・』
「そうだったのね・・・今度からは、ちゃんと気をつけるわよ」
「もしかしてヒカリさん、この2カ月間、特訓だと言ってずっと姉さんにやらせていた事って?」
『はい。その通りです。いろいろな武器を使って戦って貰っていたのはこの為です。素材や形状の違いなどを理解することで、その武器の限界を知り、武器の性能を最大限まで引き出すのが目的でした』
「納得ね・・・今ならあの時の剣でも、壊さずに戦えそうだし。してやられた感じはあるけど、まあ、ありがとう、ヒカリ」
『いいえ・・・では次は、アマリージョの武器です。この素材はルージュの剣と同じで形状をレイピアにしてあります。細身ですが、近接戦闘にも耐えられる強度があります。以前使っていた武器を解体して、再利用しました。魔石部分は加工して魔力増幅用のネックレスにしておきました』
「嬉しいです。これでちゃんと前に出ても戦うことが出来ます」
『そうですね。前回の剣は、剣と言いながら魔法の杖の役割の方が大きかったですからね。普通の魔物との近接戦闘に向いていても、眷属相手では物足りなさを感じてしまいました』
「はい。ですがこれなら遠距離・近距離。対応力が上がると思います」
『そう言って貰えると嬉しいです。そして最後に玄人です』
ヒカリがそう言うと、小さなゴーレムが30センチほどの木箱をこちらに差し出してきた。
「これ?」
剣や刀にしては小さいと思いつつ、木箱を受け取る。
恐る恐る蓋を開けるとそこには銃が入っていた。
「おぉぉぉぉぉおおおおお。こ、こ、これ。銃じゃん・・・しかも・・・コンバット・マグナム!」
「銃? こんばんわなむなむ? なによそれ!」
ルージュが箱の中身をのぞき込みながら不思議そうな顔をしている。
「銃って・・・クロードさんの世界にあった武器ですよね。魔法があるこの世界ではあまり役に立たないと以前いっていたような気もしますけど・・・」
アマリージョが以前の話を思い出したようで、更に不思議がっていた。
「これは、コンバット・マグナム。あの世界的大泥棒・・・の相棒が使っている銃だよ。と言っても分からないか・・・映像が残っていたら後で見せて貰ってよ」
「よく分かんないけど、クロードがもの凄く好きなのは分かったわ。それで? その役立たずの銃がクロードの武器なの?」
『はい。以前銃が使いたいと言っていましたから。ちなみにその銃は、塗装で本物っぽくしてありますが、中身はワイバーンの牙や骨とミスリルなどを加工したもので、ルージュたちの武器と同じ素材です。弾丸は5発まで入りますが、現在は3発のみで、弾丸と銃身部分などに魔法陣が刻んであるのが特徴です。一つ目の弾丸はストーンバレットの魔法陣が刻まれていて、玄人本人の魔法陣と組み合わせることで、これまでのストーンバレットよりも、より高速で回転数が増した、強度の増した弾が飛んでいきます。2発目はストーンスピア。打つ瞬間に若干のタメが生じますが、これまでよりも強度のある槍を作りだし、より高速で打ち出すことが可能です。3発目はストーンボール。これはただの砂の弾です。アマリの風魔法と組み合わせていた砂をより遠くに飛ばせるようにボール型にしてあります。大きさはタメの長さで自由に変えられます』
「これは、もしかして俺の魔法陣と組み合わせってことは、俺しか打てないの?」
『はい。手のひらで出した魔法陣とグリップ部分の魔法陣が共鳴し、銃に魔力を供給します。そして弾丸から銃身部分で順に魔法陣を展開し、最終的に発射口の所に作る魔法陣で魔法を展開します。ですから弾は銃身の中から飛び出すわけでなく、銃身部分の外側で作り出され飛んでいく感じです』
「だから太い槍も撃てるのか」
『銃型にしたのは、あくまでも雰囲気だけの問題なので、手のひらで打っていたものを銃でそれっぽく撃つというだけです。強力にはなりましたが』
「なんか俺だけ雑じゃない?」
『いえ、そんなことはありませんよ。お気づきかもしれませんが、弾丸には魔法陣が入っています。ですから弾を撃っても反動もありませんし、リボルバーは回転せず、同じ魔法を打ち続けることが出来るようになっています。もし弾丸を変更したいときは、頭で念じて手のひらの魔法陣に反応して自動で回転する仕組みです。回転させて弾丸を変更すれば違う魔法を打つことが可能です。現在は土魔法の3種だけですが、いずれは他の魔法も打ち出すことが可能になると思います』
「え! 打った後の反動は少しでいいから欲しいかな・・・気分的に・・・それと弾丸は・・・ヒカリの魔法研究が進めば・・・ってことか。聞けば確かに雑ではないか。ありがとうヒカリ」
『いえいえ、それに私も分身を動かすとなると、処理能力の関係で玄人にばかり手間をかけられなくなりますから』
「うわっ! 本音が出たよ。雑じゃん、やっぱり。武器がというよりも考えが雑・・・とはいえ、結果オーライか・・・ありがとう」
『とりあえず、3人とも気に入ってくれたようで満足です。それと最後にこれまでのベストに、ワイバーンの鱗を加えて防具を強化して置きましたから、こちらを是非使ってください』
小さいゴーレムが、3人に1着ずつベストを手渡した。
「お、ありがとう」
「なかなか格好いいわね」
「あれ、前より軽くて着やすいです。不思議です」
『では、ここからは私は・・・』
ヒカリがそう言うと、
『こちらから声を出しますので、改めてよろしくお願いします』
と小さいゴーレムが頭を下げながら、喋りだした。
「なんか関節が可動しているのだろうけど、妙にくねくねして・・・滑らか過ぎて逆に気持ち悪いな。これ・・・」
「言われてみると、確かに気持ち悪いわね」
「私、好きになれなそうにありません・・・」
『しばらくしたら慣れますから、それまでお待ち下さい!』
ヒカリが少し強い口調で言ったが、言葉と動きが合っておらず、更に気持ち悪かった。
だが、これ以上刺激するのも良くない。
ふと横をみると、ルージュとアマリージョも同様の考えのようだった。
「だ・・・大丈夫だよ。冗談・・・冗談。ま、とにかくこれで4人揃ったわけだ。ヒカリも念願?の身体を手に入れたわけだし。じゃ村長に挨拶してから出発しようか」
あれこれ、突っ込まれても面倒なので、話を切り上げて、出発を促すことにした。
「ええ」
「はい」
ルージュとアマリージョは逃げるように先に村長のところへ向かっっていってしまった。
残された俺は、ヒカリと馬車の準備をする。
動きはそのうち慣れるだろうから、二度と言うのはやめておこう・・・
その後、一階に置かれた大量の荷物を馬車に積み込む。
「なんでルージュは、こんなに荷物が多いんだ?・・・ていうか、これ木彫りの熊じゃん。おいルージュ、聞こえてるか・・・なんでお前、熊とか持って行くんだよ」
村長の家に向かっているルージュに通信で話しかける。
「・・・なんで?って、それを見てると、いろいろと初心を思い出すのよ・・・だから」
「じゃあ、この木魚はなんだよ」
「それ叩くとよく眠れるのよ」
「じゃこの御札は?」
「夜一人で眠れないとき、それに話しかけるとなんか、そこから声が聞こえて楽しいのよ」
「・・・あっ・・・ごめん。言い過ぎた。とりあえず全部積んでおくから。気にしないで」
「・・・変なクロード」
ルージュは、横を歩くアマリージョと顔を見合ったあと、二人で肩をすくめた。
♣
馬車に荷物を全て積み込んだあと、村の入り口に馬車を移動させる。
「ちなみにヒカリ、村に残った本体の方は何をするの?」
『私は連絡の中継と、世界各地での通信ネットワークの確立。それと村をもう少し発展させていこうと思っています』
「発展か・・・ほどほどにね。それと安全面とか本当に大丈夫?」
『はい。今はこの身体の元になったプロトタイプが一体、村に配備出来ますし、徐々に増やして村の守りを強固にしたいと考えています。それにヒーロー兄弟も2体を同行させるつもりですが、それでもまだ村には残り4体残りますので、時間はかかるかも知れませんが、村の方は大丈夫ですよ』
「そお? それならいいけど・・・でも、何かあったら、どこにいてもすぐ戻るから」
『ありがとございます玄人。あなたが主人で私は幸せです』
「ん? 今はヒカリが主人みたいなものだけどね」
そう言って俺が笑うと、ヒカリも笑いながらおかしな動きをしていた。
馬車を村の入り口まで持ってくると、村の外にルージュとアマリージョ、それに村長一家と村人たちが大勢集まってきているのが見えた。
「おーい、クロード。村長のところ挨拶に行ったら、みんなで送ってくれるって」
ルージュはそう叫びながら、村の奥の方から手を振っていた。
♣
村人全員が村の入り口に揃い、それぞれに別れの挨拶をした。
最後、残るはケナ婆と村長だ。
「ほんじゃあ・・・元気でな」
ケナ婆が俺の手を握りながら言った。
「二人のことを頼んだぞ」
続いて村長が俺の手を握る。
村人は寂しそうにこちらを見ている。
「別にずっと帰ってこないって訳じゃないんだから。心配性なのよ、みんな・・・そうね、分かったわ。少し安心させてあげるわ」
ルージュはそう言うと、俺の前に来て村人の方を振り返り大声で叫んだ。
「ほら、全員、聞きなさい。私の名前は、ウール村のルージュ。ここが故郷よ。世界を回って、ちゃちゃっとやることやったら、ちゃんと帰ってくるわ。それまでヒカリと一緒に村を発展させて、少しは村も大きくしておきなさいよ!」
ルージュはそう言って、両手を高々と上げた。
「ばーか。お前なんか心配するかよ」
「心配なのはアマリの方だ」
「アホな姉さんに振り回されて、大変な思いばっかりしてるんだから」
「そうだ、そうだ」
村人たちが次々に口を開く。
村人の予想外の反応にルージュの両手が下がっていく。
すると
「ルージュ姉ちゃん、がんばってー。姉ちゃんは僕の勇者だぞー。誰よりも強いんだぞ。バカにしたら許さないぞ!」
ジョセフが涙目になりながら、ルージュの前に出て来て村人と対峙した。
・・・
「・・・知ってるよ。ジョセフ」
「みんな、ルージュと別れるのが寂しいだけなんだよ」
「そうだよ」
「もう、あのゲフー鳥のマネが聞けないなんて・・・」
「もう朝から家のドアを壊されることがなくなると思うと・・・」
「夕飯時に来て、メインの肉を全て食われることもなくなるのか・・・」
「急に泊まるって言ってタダ飯食らうことも・・・」
「そうだな・・・」
・・・
・・・
「「「「「「「「「「さみしいぞーコノヤロー」」」」」」」」」」
次の瞬間、村人が全員、ルージュとアマリージョに向かって飛びついてきた。
それからはみんなが涙を流して大声で泣いていた。
でも全員、涙を流しながら笑っていた。
「なあ、ヒカリ。俺たちは、とんでもなく良い人たちに巡り会えていたんだな・・・」
『ええ。そうですね。この人たちのためにも、あの子たちは守ってやらないといけませんね』
「ああ、ほんと。責任重大だよ」
♣
この日、一台の馬車が一人の男に引かれてウール村を旅立った。
天気は快晴。
風は微風。
少し涼しく旅の出発にはこれ以上ない日のことだった。
3章終わりです。
幕間を挟み4章へ続きます。
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