表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
92/260

87話 追い抜き

「・・・ド!・・ロード!」

 遠くで、なにやら騒がしい声がしている。なんだか身体も揺れている気がする。


「・・・ん・・? ムニャ・・・なんだ?」

 寝ぼけながら、寝返りを打つ。


「・・・ド! クロード! 何がムニャよ! 早く起きて!! 先に寝たくせにいつまで寝てんのよ!」

 身体を揺すっても一向に起きない俺に痺れを切らしたルージュが、ガバッと布団をはぎ取りながら捲し立てる。


「何するんだよ!・・ん? あれ、ルージュ? あっ、おはよう」

 ぬくぬくした布団を取られて、一気に目が覚める。


「あっ、おはようじゃないわよ! そろそろ7時になるわ。ヴェールを送って行かないと」

 ルージュがはぎ取った布団をきちんと畳みながら、呆れたような口調で言った。


「あ、そうか!」

 急速に意識が覚醒し、状況を思い出す。こんなにのんきに寝坊している場合ではなかったとあわてて飛び起きる。


「アマリージョとヴェールは、スマホの使い方を確認するとかでヒカリの部屋にいるから。私は馬車の支度をするから、クロードもさっさと支度してよね」

 ルージュはそう言い残すと、足早に部屋を出て行く。


「ごめん、わかった。すぐ行くよ」


 ルージュの背中に声をかけながら、急いで身支度を整える。一階に降りると誰の姿も見当たらない。テーブルの上の湧き水を一気に飲み干しあわてて表に出ると、既に馬車が用意してあり、ルージュとアマリージョとヴェールの3人が乗っておしゃべりしていた。


「おはよう、待たせちゃってごめんね」

 俺が声をかけると、アマリージョとヴェールが爽やかな笑顔で「おはようございます」と返してくれる。


「やっときた! じゃあクロード、またこれでお願いね」

 ルージュは、馬車の中から身を乗り出し、いそいそと例のかぶり物〝ウマヅラー〟を手渡してくる。


「・・・また被るの、これ?」


「その方が気分がアガるでしょ!」

 ルージュがワクワクした様子で言った。


「私も〝ウマヅラー〟好きですよ!」「実は、私も・・」

 アマリージョとヴェールも口々に賛同してくる。


「・・・でも暑いし、走るとすげぇ息苦しいんだよ・・これ」

 ブツブツ言いながらも、三人の期待に満ちたまなざしを無碍にすることもできず、とりあえず頭の上に乗せると馬車を引きながら村の入り口まで移動する。


「あの、本当に・・お手数をおかけして申し訳ありません」

 ヴェールが送ってもらうことを恐縮した様子で、馬車の中からおずおずと声をかけてきた。


「・・・もう仲間なんだから謝る必要なんてないよ。〝ウマヅラー〟だって、ルージュがただふざけてるだけで・・みんなで遊んでるようなもんだしね。だから気にしないでいいんだよ。でも、どうしても気になるっていうなら・・もし、いつか俺たちに困ったことが起きたら、その時に力を貸してくれたら嬉しいよ」

 俺が優しくそう言うと、ルージュとアマリージョもウンウンと頭を大きく動かしながらうなずいている。


「・・ありがとうございます。本当に・・すみま・・あっ!」

 ヴェールが瞳を潤ませながら、こちらを見つめてくる。


「あっ! ほら、また!」

 俺が冗談で少し呆れた口調で言うと、ヴェールが慌てたように


「あっ、すみません・・・あっ!」

 あたふたしながら口を押さえるヴェールの様子が可愛らしくて、俺とルージュとアマリージョが微笑ましく見ていると、馬に乗ったテスターが村長と共にやってきた。


「聖女様、お早いことで・・・お変わりはない・・ようですな」

 そう言いながらテスターは、恐ろしいまでの仏頂面でヴェールの全身を一瞥する。朝早いからだろうか、嫌味な口調は相変わらずだが、なぜかあまり覇気が感じられない。


「副団長、どこかお身体の調子でも?」

 ヴェールが心配そうな顔をして、テスターに声をかける。こんな奴を本気で心配しているように見えるのが彼女らしいと言えば彼女らしい。これも聖女たる所以なのだろうか。


「・・フン、ご心配には及びません・・・おい! それよりもそこのお前、その馬の被り物をこちらに渡せ!」

 テスターは面倒くさそうにヴェールに答えると、明らかに苛立った様子でこちらに声をかけてくる。


「!?」

 思いがけないテスターの言葉に一瞬絶句し、全員で顔を見合わせる。

 

「何をグズグズしているんだ! その速く走れる魔道具を寄越せといっているんだ!・・・それとお前ら、眷属を倒した時の魔石も持っているな?」


「あ・・ 魔石! あれ、どうしたっけ?」

 慌ただしくしていて、すっかりそんなことは忘れていた。うしろを振り返り、ルージュとアマリージョに確認する。


「あの時の魔石は細かい物も含めて、ヒーロー君が回収して、今は私が持っています」

 アマリージョが俺たちだけに聞こえる声で言った。


「すっかり忘れてた・・・」

 小さい声でヒソヒソ話していると、テスターが声を荒げてこちらを睨みつけてくる。


「なにをゴチャゴチャ話しているんだ!! ほら、早く出せ! その魔道具と魔石は教会で研究の為預かることとした。出せ! 出さねば不敬罪として、捕らえるぞ!!」


「副団長! それはいくらなんでも・・・」

 ヴェールが驚いたように、思わず声を上げた。


「聖女様は、口を出さないでいただきたいですな。魔石、特に眷属や厄災などの魔石は穢れたものかどうかを確かめねばならないことは、ご存知のはず」

 テスターは明らかに不快そうだったが、さすがにヴェールを怒鳴りつけることはできなかったようで、少し声のトーンを落としながら言う。


「そういう事でしたら、昨日の夜に私が確かめて、問題なかったのでお返ししました」

 ヴェールは静かな口調で、テスターの目を真っ直ぐに見つめる。


「それはいけませんね。聖女様とてただのシスター。戦闘に関することは、私の責任。ですから私が教会に届けるのが筋だと思うのですが。それと・・その馬の被り物は非常に怪しいので、教会で呪われていないか確認をします」

 テスターはバカにしたように小さく鼻で笑い、侮蔑の目でヴェールを見下ろす。


「呪われてって・・」

 思わず眉をひそめて小さい声で呟く。ルージュの方をチラリと見ると口が小さく「バカじゃないの」と動いていた。


「それも、ありません。近くで見ても何も感じませんし、呪われた魔道具ではないと思います!」

 ヴェールはテスターに懇願する。〝ウマヅラー〟を守ろうと必死なのだと思うと、何だか申し訳ない気持ちになる。


「それも私の責任でやることです」

 テスターは、必死に食い下がるヴェールと目も合わせようとせず、冷たくあしらう。

 彼らのやりとりを横目で見ながら、このままでは埒があかないと思いルージュとアマリージョに小さい声で確認する。


「二人とも・・いい?」

「ええ、今更揉めたくはないし、仕方ないわね」

「はい」

 三人で意思を確認し合い、テスターに声をかける。


「では、テスター副団長!」

 俺はアマリージョから眷属の魔石を受け取ると、〝ウマヅラー〟と共にテスターに差し出す。テスターは俺の手から〝ウマヅラー〟と魔石を乱暴に奪い取ると、口元を嫌らしく歪めながら傍らの革袋に放り込んだ。


「はっはっはっはっはっ、昨晩は時間を無駄にしたが、これでチャラというもの。では出発するぞ。聖女様はそちらの馬車でゆっくりお越しください。先にいる魔物は我々で片付けておきますので」

 テスターは愉快そうにそう言い残すと、後ろに控えていた部下達と馬で駆けていってしまった。


「・・あいつ、嫌がらせしたさに、護衛の任務忘れてんじゃないのか?」


「ほんと、性根が腐ってると言うか・・・とんでもないバカね、あれは」

 俺が呟くと、ルージュがさらに畳みかけてくる。アマリージョとヴェールも深くうなずいている。


「・・でも、あの人〝昨日は時間を無駄に〟って言ってましたけど、何かあったんですか?」

アマリージョが少し離れたところで、こちらの様子を心配そうに見守っていた村長に声をかける。


「あ、いや、それがだな・・・酌を強要されたので、誰かに頼もうと思ったんだが、村人、まあ村の女性に嫌な役目を押し付ける訳にもいかず、妻に頼んだのだ。妻も嫌々だったと思うが、手伝ってくれてな。そうしたら酒を運ぶ際に、ヒカリがヒーロー君たちを送り込んできて・・出す酒やら食べ物に何だか分からん薬を入れ始め、そのまま出したら騎士団の面々は30分もたたないうちに寝てしまって。寝た後は朝まで起きないので帰ってよいと・・・」

 村長が不思議そうな顔をしながら、昨夜のことを教えてくれた。


「薬って・・・ヒカリはそんなものまで作ってたのかよ」

 俺が驚いたように声を上げると、


『薬草の研究もしていますよ。魔法の方が一般的なので、テスターたちも油断していたのが功を奏しました』

 ヒカリがすぐさま反応する。


「まあ、そういう事なら・・結果的には良かったの・・かな?」

 俺が少し迷いながらそう言うと、


「ええ、良かったのよ。ヒカリ、やるじゃない!」

「そうですね。本当にヒカリさんはすごいです!」

「はい。もし、ご迷惑をお掛けしたら・・と心配していましたが、ヒカリさんのお陰で何事もなくて本当によかったです」

 ルージュとアマリージョとヴェールが、口々にヒカリを褒め称える。


「聖女様がそう仰るなら、ヒカリのお陰ですな」

 村長がホッとした様子で、満面の笑みを浮かべる。


「ヒカリの凄さも改めてわかったことだし・・じゃあ、私たちもそろそろ出発しましょうか!」

 ルージュが馬車の中から、元気に声をかけてくる。


「おお、そうだな。では聖女様・・たいしたお構いも出来ませんでしたが、また機会がございましたら、いつでもお立ち寄り下さい」

 村長が名残惜しそうにヴェールに挨拶した。


「はい、村長さん。本当にありがとうございました。また、ぜひお伺いしたいと思っていますので・・この次は村長さんも一緒に食事できたら嬉しいです。ではまた、皆さんに神のご加護がありますように」 

 ヴェールが両手で、村長の手を包み込みながらに優しく微笑んだ。村長は最初の対面の時と同様に、固まりつつ顔を真っ赤にして大感激していた。


 村長への別れの挨拶を済ませると、ルージュ、アマリージョ、ヴェールを乗せた馬車を〝ウマヅラー〟なしで引いていく。

 実際のところ、〝ウマヅラー〟はただの雰囲気作りで、むしろない方が呼吸もしやすく走りやすい。

 アマリージョの風魔法もあり、このまま行けば、テスターにすぐに追いつくだろう。


「ねぇ、ヴェール。このままだと、すぐにテスターに追いつくと思うけど、追いついた方がいいかな? 抜こうと思えば抜けるけど・・」

 走りながら馬車の3人に向けて通信で話しかける。


「そうですね・・テスターはプライドが高いので、抜くのはあまり・・・」

 ヴェールが少し思案するように答える。


「なんでよ! 私の大切な〝ウマヅラー〟を取られたのよ! 目の前で抜いて、ギッタギタのメッタメタにしてやるのよ!!」

 ルージュがかなり憤慨したように言った。ルージュ、気持ちはわかるけど・・しかもキャラ違う。それは青いロボではない。リサイタル好きのアイツの方だ。


「姉さん・・キャラ違う。あ、そうじゃなくて・・それじゃあ、さっきせっかく大人しく〝ウマヅラー〟渡した意味がないじゃない。それに帰ってからのヴェールのことを考えてあげなきゃ」

 アマリージョがルージュをたしなめながら、優しく諭すように言う。いつの間にかアマリージョがヴェールを呼び捨てにしていることに気づく。きっと昨夜の〝秘密の女子会〟で距離が縮まったんだな・・と一瞬全然関係無いことを考える。


「うっ・・・それを言われると・・・」

 ルージュが、痛いところを突かれたと言わんばかりに言葉を失う。


「じゃあ・・少し遠回りをして見つからないように抜くっていうのはどう?」

 アマリージョが、いたずらを思いついた子供のような口調で提案する。


「それならいいかも! ヴェール、どう思う?」

 ルージュが嬉しそうな声を上げ、すぐさま賛成する。


「ええ、アマリの案でいいと思います。目の前で抜くと恨まれそうですけど、いつの間にか抜かれていたら、どこで? なぜ? のほうが気になると思いますから・・」

 ヴェールの声も、何だか生き生きしているように聞こえた。


「よしっ! じゃあヒカリ、見つからないような最短コースを計算してちょうだい! クロードも本気出して頑張りなさい!」

 ルージュはどうしてもテスターに一泡吹かせたいらしく、鬼軍曹のようなキビキビした声で、ヒカリと俺に指令を飛ばす。ヒカリも俺も、一応上司なんだけど・・何となく釈然としない思いが胸をよぎる。


「なんか、俺ばっかり損してる気がするんだけど・・・」

 思わず愚痴をこぼすと、すかさずヒカリが、


『そこは男一人ですから仕方ないですね。我慢するのがいい男というものですよ』

 なんだか、わかった風な口ぶりで言ってくる。


「そうそう、シャキッとしなさいよ! 男でしょ!」

「クロードさん、頑張ってください! 素敵ですよ!」

「お願いします。クロードさんが頼りです・・」

 三人娘が、口々に檄や賞賛の言葉を口にする。まあ、可愛い女の子たちに褒められると悪い気はしないが・・


――世の中の三姉妹の父親ってこういう感じなのだろうか、辛いな・・・


「・・わかったよ! じゃあ、ほら。ちゃんと捕まって。ヒカリも地図に最短コースの表示をよろしく」

 大きくため息をつくと、気を取り直して体勢を立て直す。とりあえず今は、ヴェールを無事に送り届けることだけを考えよう。


『了解です』

 ヒカリが俺の気持ちを察してか、明るい声で応えた。


 少し遠回りのコースを全力で走る。

 とはいえ、遠回りにも限界があったので、途中、俺の砂魔法とアマリージョの風魔法を組み合わせ、砂のカーテンのような状態を作り出すことにした。


「これなら少し離れるだけで、向こうからは見えないだろう・・・」

 俺はそう言いながら、全力で走る。


 そして、砂のカーテンに隠れながら、テスター御一行を一気に追い抜いていく。


 ・・・馬車の中から歓喜の声が上がった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ