81話 告白2
「「「!!!」」」
ガターンという音とともに、ルージュが派手に椅子から転がり落ちる。
ヴェールの予想だにしない告白に、頭を激しく殴られたような衝撃を受け、一瞬思考が停止する。
――いま・・こんやくしゃって聞こえたけど気のせいかな? ん・・聞き間違えたような気もするぞ。こん・・やくしゃ・・・役者? ちがうな・・。もしかして、ほん・・やくしゃ?あ、翻訳者!?
混乱する頭の中を整理したくて、目を瞑り一度大きく深呼吸する。年上の俺が、一番動揺していてはみっともないと、自分を叱咤して気持ちを落ち着かせていると、ガタガタと椅子を直す音が聞こえた。
「ちょっ! 今・・なんて言ったの? こんやくしゃ・・って聞こえたけど、聞き間違えよね? あ・・こん・・・役者? ちがう・・あ!! ほん・・翻訳者!?」
ルージュが椅子に座り直しながら、早口でまくし立てている。彼女も相当混乱しているらしい。
「姉さん!! なにバカなこと言ってるの、こんやくしゃ・・婚約者ってヴェールさんは言ったのよ。もう、変なことばっかり言って・・・失礼でしょ!」
アマリージョがルージュを睨みながらたしなめている。俺はというと、ルージュと思考回路が同じだったことに少なからずショックを受けていた。
いや、今はそんなことを気にしている場合ではない。早く話を本題に戻さなければと、口を開きかけた時、ルージュのこの上なく芝居がかった声が響く。
「あ・・そう、婚約者!! いや、そうなのよねー。なんとなく、そんな気はしてたんだよねぇ・・・あの、げひ・・・あっ! まっ、まぶしい金色! ただ者ではない感じの・・イヤミ、あっ! こっ、個性的な・・ふっ、雰囲気? みたいな・・・」
やはりルージュは嘘がつける性格では無いらしい。顔を引きつらせたまま、途中で黙り込んでしまった。
「姉さん・・」
さすがのアマリージョも、フォローしきれないようでオロオロしている。
「いえ・・気を遣わないで下さい。あの方、いえ・・あの人は実際そんな人ですから」
ヴェールが寂しそうな笑顔を浮かべる。その表情から察するに、とても好きで婚約しているようには思えなかった。
二人の間に、どんな事情があるのかわからない中で、安易に口を挟むのもためらわれるが、思いきって口を開いた。
「ヴェールさん・・何か深い事情があるんですよね? もし、俺たちで力になれることがあれば協力します。差し支えない範囲でいいので話してもらえますか?」
ヴェールはうなずくと、小さく「ありがとうございます」と呟き、話の続きを話し始めた。
「テスターは、元々貴族の家系の生まれでして、名前をテスター・ピッコラ。父親はクリチュート教会の枢機卿であるドリット・ピッコラです」
「枢機卿?」
俺が聞き返す。
「はい。枢機卿は教会の序列で言いますと、教皇様の次に偉い方です。偉いとは言っても実際は大司教様と同列であり、仕事内容が違うため呼び名が違うだけなのですが・・・」
「で、そのナンバー2の息子が、あの金ピ・・・テスターって事か・・・」
「はい。元々私は平民の出で、幼い頃に両親を亡くしたため、教会の孤児院で司祭様の手によって育てられました。そこで魔法を学んだりもしたのですが、私には特殊な封印魔法が使えることがわかって・・・それで・・と言いますか、それがわかってから枢機卿に・・・当時は司教様でしたが目をかけて頂くようになりました」
「あぁ、それで息子の嫁にって話か・・・」
何だか小説とかでよくある話だなと思いながら、納得をする。
「そうなんですが・・事は、あまり単純では無くて・・・私が使えるその封印魔法が問題なんです」
ヴェールは、慎重に言葉を選びながら話している。
「封印魔法? ルージュ達は知ってるの?」
今まで聞いた事のない、魔法の種類だった。
「ええ、噂くらいは・・ね。まぁ、誰でも知っている話よ」
「そうですね」
ルージュとアマリージョは知っているようだった。
「一応説明しますと、封印魔法は厄災を封印する魔法の一種で、この世では3人しか使えないと言われている魔法です。使い手の一人は現在のクリチュート教会の教皇様で、もう一人は北の国・魔王が治める国の王女だと言われています」
「そして、お3人目が・・・ヴェール・・・さま?」
ヴェールが想像以上に重要人物で、みんなに「聖女様」と敬われている理由がわかった気がして思わず敬語になってしまう。
「そうです。あ・・でも、様をつけるのは止めて下さい。みなさん・・ヒカリさんも含めて私の友達ですから、ヴェールと呼んで欲しいです。人前では・・逆にご迷惑をかける場合があるかもしれないので、シスターと呼んで頂ければ・・・」
ヴェールが恥ずかしそうに、少し上目遣いでお願いしてくる。モジモジしている様も、なんだか可愛らしい。
「そうだよね・・なんか、ごめん。急に恐れ多い気がしちゃって・・・」
頭をポリポリと掻きながら、慌てて弁明する。
「そうなんです・・普通はそうなんですよね。私はそれで聖女と言われているんです。あ・・・でも、封印魔法を使うことが嫌なわけではないんです。ただ、なんとなく持ち上げられて、遠巻きに敬われている感じが、寂しいと言うか・・・」
ヴェールの言わんとしていることが、よくわかった。彼女は「聖女」としてではなく、一人の人間として自分を扱って欲しいのだろう。
「ごめん、ヴェール。そんなつもりはなかったんだけど・・ちょっとビックリしちゃってさ。本当にごめんね。ヴェールはもう友達だし、俺たちの仲間みたいなもん・・・だよね?」
最後の部分で急に弱気になる俺を見て、ヴェールがクスッと笑った。
「はい。友達で・・仲間にしてもらえるなら嬉しいです」
ヴェールがニッコリと笑う。なんとも可愛らしい、年相応の笑顔だった。
「よし! これで正式にヴェールも私たちの仲間入りね!! でもさぁ、その封印魔法と結婚と何が関係あるの?」
ルージュは満足そうに笑ったあと、急に真顔になってヴェールに問う。彼女は、人の聞いていないようで、本質をよく見ている。
「そうですね。話が逸れましたが、枢機卿は私がというより、私が使える封印魔法に興味があるんです。おそらく・・ではなく、そう言われましたから。そして息子であるテスターと私を結婚させることで、次期教皇様の地位を狙っているのです。教皇様はもうかなりのご高齢で、封印魔法を使えるほどお元気でもありませんので・・・」
ヴェールが、少し苦しげな表情で答える。
「それは、つまり権力争い的な道具になっている・・って事?」
ルージュは、眉をひそめながら呆れた声で言った。
どこの世界の権力争いも、やる事は同じなんだな・・と変なところで妙な親近感を覚えてしまう。
「単純な話・・・そうですね。封印魔法は教会の中ではかなりの重要な魔法の一種なのです。クリチュート教会は元々邪神の復活を止めることを目的に作られた教会ですし、邪神になる前の厄災を止めることは教会の教義でも最重要事項なんです。ですから、その封印魔法を使える者が嫁とはいえ身内にいるとなれば・・そうなれば次の教皇様はドリット枢機卿という事に・・・」
ヴェールは全てを諦め、達観しているかのような表情に見えた。
「じゃあ、ヴェールは結婚が嫌なのね」
腕組みをしながら話を聞いていたルージュが、単刀直入に聞いた。
「あ、いえ、嫌と言いますか・・・これまでの恩もありますので、そういう話を頂けるだけでも幸せなのですが・・テスター・・・副団長は、私のことを道具のようにしか思っていなくて・・おそらく結婚したら、封印魔法が必要な時以外は、一歩も外には出してもらえないと思います。そうなると、人々の役に立てなくなるというのが・・・残念と言いますか・・・」
ヴェールが、窓の外に目をやりながら独り言のように呟く。今の彼女の言葉には、感情というものが一切感じられなかった。
「いわゆる形だけの結婚・・・封印魔法さえ手に入れば、愛情なんてどうでもいいってことね」
ルージュが苛立ちを隠そうともせず、吐き捨てるように言うと、アマリージョも悲しそうな表情でヴェールを見つめる。
「・・・そうですね。本当に・・その通りです。ですから、今日も外に出て私が人助けをするのを彼は止めようとしてきたのです。お飾りはお飾りらしく馬車の中で大人しくしていればいいと・・・」
ヴェールが下を向き、言葉を飲み込む。彼女の身体は小刻みに震えていた。
「男の風上にも置けない奴ね・・・」
ルージュが憎々しげに目を細めて、なぜか俺のほうを睨みつけてくる。
「おい、なんで俺を見る? え、俺は普通だよ・・ね? 八つ当たり・・良くない・・・」
俺の弱々しい反論に、ルージュはプイッとそっぽを向いてしまった。またしても、何もしていないのに流れ弾に当たった気分だ。こんなに紳士な俺の、いったい何が気に入らないっていうんだ? 全く女心は難しいな・・・。
俺が肩をすくめると同時に、ヴェールの震える声が静かに部屋に響いた。
「・・・そんな私なので・・今はまだ、少しでも自由な内に・・いろいろな世界を見て、様々な人を助けて・・・私には訪れることのない・・・幸せを・・みなさんに・・・それで人助けが・・・」
ヴェールが耐えきれずに、両手で顔を覆い嗚咽する。
「ヴェール!!」
「ヴェールさん!」
ルージュとアマリージョがヴェールに駆け寄ると、二人でヴェールを抱きしめ、子供をあやすように背中を撫でる。
男の俺には、今できることは何もなかった。込み上げてくる感情を必死に抑え込みながら、この光景をただ見つめていた。
一部修正しました。




