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57話 ブルーノの思惑

 ブルーノとの話は、実に有意義だった。

 特にお金に関することや、取引に関する情報、それから一番近い街・ハンク市の情報は価値ある情報と言えた。

 途中、朝から何も食べていない俺を気づかってくれたアマリージョが、マンションから持ってきた紅茶とクッキーを出してくれた。もちろん、紅茶の淹れ方などは、俺が教えたのだが、彼女は元々物覚えが良いらしくあっさり美味しい紅茶を淹れることをマスターした。クッキーもみんなに大好評で、あっという間に皿は空となった。

 ルージュとアマリージョは言わずもがな、ブルーノも甘い物には目がないらしく、クッキーを食べた後の彼はさきほどよりも饒舌だった。


 ヒカリも時々、自分の聞きたいことを通信を介して言ってきていた。ブルーノは質問を受けるたびに少し驚いた表情し、感心したように俺の顔をまじまじと眺めてきた。質問の主はヒカリなのだが、ブルーノの中ではきっと俺に対する評価が上がっているんだろうと思うと、嬉しいような、複雑なような微妙な気分だった。


「勉強になりました。ブルーノさん、いろいろありがとうございました。たくさん時間をとらせてしまい申し訳ありません」

 かなりの時間、いろいろな話を聞かせてもらい、たくさんの知識を得ることができた。

 個人的にはエルフや魔王の話が一番興味深く、もっと聞きたかったのだが、ヒカリにいい加減にして下さいと怒られてしまったため、今回は諦めることにした。


「いえ、お気になさらないでください。私も楽しい時間でしたから。それでクロードさん、買取りの件ですがいかがいたしましょう? 全部買い取りになさいますか?」


「そうですね・・・」

 話が本題に戻ったが、どうするかをまだ決められずにいた。迷いながら、ふと貴金属に目をやると、ルージュとアマリージョが並べられた宝石を指さしながら何やら話し込んでいる。


「ねぇ、二人はこの宝石、どう思う?」


 唐突に声をかけられ、二人は一瞬驚いたように顔を上げたが、

「はい。とても綺麗で・・・見てるだけで幸せな気分になります」

「私もアマリほどではないけど、やっぱり見てるといい気分になるわね」

 ルージュとアマリージョがそれぞれ答えた。


「そっか。じゃあ、二人とも、この中から自分がいいと思うものを一つずつ選んでくれる?」


「え、なんでよ?」

「ひとつですか・・・どれも素敵で、難しいですね・・・」

 二人とも怪訝そうではあったが、「まっ、いいからとりあえず頼むよ」と言うと、真剣な面持ちで選び始めた。


 しばらくして、ルージュが「私はこれかな」と言って一粒ダイヤのネックレスを手に取った。

 続けてアマリージョも「じゃあ、私はこれで」と言い、小ぶりだがカットの美しいダイヤのリングを指さした。


「わかった、ありがとう。じゃあブルーノさん、今彼女たちが選んだもの以外の商品をすべて買い取りでお願いします」


「はい。かしこまりました」

 ブルーノはすべて心得ていますよ、と言わんばかりの笑顔を浮かべた。


「なんでこの宝石だけ残すの?」

 ルージュが不審そうにこちらを見てくる。アマリージョも戸惑っている様子だった。


「ごめんね、ふたりとも。俺の持ち物じゃないのに、こんなこと言うのはおかしいって自分でもわかってる。でも、悲しいけど前の持ち主はもういない。売ってしまったら何も手元に残らないで、全部忘れちゃう気がして・・・せめて、少し手元に残して記憶にとどめておきたいんだ。でも宝石だし、俺が持っててもあれなんで、どうせなら可愛い女の子たちにと思ってさ。そのほうが宝石たちもきっと喜ぶだろうし」


「え、そんなこと急に言われても。クロードの気持ちはわからなくはないけど・・・」

「・・・気持ちはわかりますが、私たちが持つことが本当にいいことなのかどうか・・」

 二人は俺の気持ちはわかると同調はしてくれたが、自分たちが宝石をもらうということに抵抗を感じているらしかった。

 俺もなんと言っていいか言葉が見つからず、全て売ってしまった方がいいのかと迷い始めてきた。


 そんなとき、黙って話を聞いていたブルーノが口を開いた。

「差し出がましいとは思いますが、一言よろしいでしょうか? ルージュさん、アマリージョさん、お二人が迷われるのは当然だと思います。私は、仕事柄たくさんの古い品物、もちろん宝石なども見てきていますが、宝石には念と言うか、思いがこもりやすいと言われています。良い念、悪い念、いろいろあると思いますが、こちらの宝石はお二人に縁があってこちらに来たような、不思議な力を感じます」


「・・・」


 ルージュとアマリージョはしばらく考え込むように黙っていたが、やがて二人で顔を見合わせると、小さくうなずきあった。


「わかったわ。その宝石・・・いただきます」

「わかりました。大切に使わせてもらいます」

 二人が同時に口を開いた。


 その後二人は、俺とブルーノにお礼を何度も言うと、ネックレスを首にかけたり、指輪をはめてみたりしながら、きゃあきゃあはしゃいでいた。


――はぁ、なんだかすごく疲れたな。よかれと思っても、思いつきだけで行動するのはあまり良くなかったか。今後は少し考えてから、あ、いやヒカリに聞いてからにしよう


『――宝石の件は、予想通りでしたので、相談されても止めませんでしたよ。それに二人が迷っていたのは、別にも理由があるのかも知れません。もう少しこの世界の風習や考え方も勉強する必要がありますね』


――そうだね。


『――玄人(クロード)の場合は、この世界というより、生身の女性の気持ち・・・女心というものを学ぶ必要がありますね』


――おい! 生身ってなんだよ・・・


『――画面の中の女性、わかりやすく言うと「秘密フォルダ」以外の女性を・・・』


――ちょっ!! もうわかったから! それにそこまで見てないし! 溜め込んでるだけだし!


「では、クロードさん。こちらをご確認お願いします」

 俺とヒカリのやりとりが終わったタイミングで、ブルーノが数枚の紙を差し出してきた。


「これは?」

 俺が尋ねるとブルーノが一枚一枚拡げながら説明する。

「こちらが、貴金属の買取明細と最初にお持ち頂いた魔石の買取明細、そしてこちらが購入頂いた品の明細と、残りの後払いに関する確認書です」


「確認書ですか? 借用書ではなく?」


「はい。後払いにしている金額の確認書です」


「だから借用書ですよね?」

 怪訝な思いで、もう一度ブルーノにたずねる。


「いえ、ただの確認書です。ですから返済の義務も、期限もありません。確認しているだけです」

 ブルーノは涼しい顔だ。


「それでは、ブルーノさんが損してしまうじゃないですか?」

 ブルーノの真意がわからず、うろたえながら聞き返した。


「大丈夫ですよ。現に今300万近くを一気に返してみせたじゃないですか」


「それは、たまたま・・・」


「それでも、そんな事が出来る人間は、この世にそうはいませんよ」

 ブルーノは余裕たっぷりにそう言うと、ニヤリと笑った。


「それは・・・」

 もう、何も言い返す言葉が見つからなかった。


「私は明日、村の小麦の収穫を手伝ったあと、その小麦を積んで明後日ハンク市に向けて出発します。ですから、次にお会いするのは、早くても数ヶ月先になると思います。ですが、次にお会いするときは、更に面白いものを見せてくださることを期待しています。そして、その面白いものは、私にとっては借金としてお金を取り立てるよりも、何十倍も価値のあるものだと信じていますので」

 ブルーノは、俺の顔を真っ直ぐ見据え、力強く言い放った。


「買いかぶりのような気がしますが・・・」

 プレッシャーを感じつつ、嬉しいような、照れくさいような、何とも言えない気持ちになり頭をポリポリと掻く。


「いえいえ、だとしても私はきっと得をすると思います。私の直感がそう言っていますので。それでは、今後ともブルーノ商会をご贔屓に。よろしくお願いいたします」

 ブルーノは小さく微笑むと、うやうやしく頭を下げ立ち去っていった。


「ふぅー・・・やっと終わった。なんか疲れ・・・」


「クロード! お腹すいちゃったー! もう倒れちゃう」

「クロードさん! 三人で一緒にご飯食べるって約束しましたよね!?」

 待ってました! と言わんばかりにルージュとアマリージョが俺の周りで騒ぎ始める。


「・・・わかった、わかった。待たせてごめんね。じゃあ、今日はマンションから持ってきた新たな食材で、また何か美味しいものを作ってあげるから」


「やったー!!」

「楽しみです!」

 二人は輝くような笑顔で応える。なんとも言えない可愛い笑顔だった。

 やっぱり男はどんなときでも、可愛い女の子にはかなわないよな・・・。

 そんなことを考えながら一回大きく伸びをして、台所に向かった。




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