01話 ゴキブリ
「ん?………うわわわわぁぁぁぁぁあああ!!デカ! クロ! ゴキッ!」
♣
仕事を終え自宅へ戻る途中、行きつけのカレー屋でカツカレーを買う。
マンションのオートロックを開けて、郵便物を確認してからエレベーターへ。
玄関のドアを開けて自宅へ。
荷物を置き、いつもの部屋着に着替える。
ノートパソコンの電源を入れて、動画を見ながらカレーを食べる。
いつもの日課だ。
カレーを食べ終えた後は、ネットゲームを楽しむ。
基本的にチャットはしない。
友人と呼べるような人間もいない。
でも、さほど気にもしていない。
そう、友人がいなくてもゲームは楽しいのだ。
パソコンがあれば、結構なんでも出来てしまう。
俺は、それなりに充実した生活を送っているのだ。
だが、今はどうだ。
さっきまで、あんなに夢中でゲームを楽しんでいたのに・・・。
♣
今、俺の目の前、ノートパソコンのキーボードの上には、見たことも無いサイズのゴキブリがいる。
突然、天井から落ちてきた、俺の手と同じくらいのサイズのゴキブリ。
死ぬほど驚いて、今、叫び声を上げた。
驚きのあとに来た、とんでもない悪寒。
全身が総毛立つ。
だが驚いたのは、ゴキブリも同じだったようで、ピクリとも動かず気配を消していた。
お互いに息を殺しながら、様子を窺う。
・・・が、そんな状況も長く続くわけも無く、目が合ってしまった。
何故かは分からないが、目が合った瞬間、異様な殺気のようなものを感じた。
恐怖を感じた訳では無いが、背中に悪寒が走る。
――これはきっとアレだ・・・飛ぶんだ。
そう感じた俺は、何も考えずにノートパソコンのカバーを速攻で閉じた。
だが、あまりのサイズにカバーは閉まらない。
カバーを一枚隔てた向こう側では、モゾモゾとゴキブリが動いているのが分かる。
このまま、逃げられて飛ばれたら大惨事だ。
そうなれば、このサイズだ。
もう俺では、気持ち悪すぎて捕まえられない。
カブトムシ? 触れませんよ
セミ? 触れませんよ。
バッタ? 触れませんよ。
ゴキブリ? 無理に決まってるじゃないですか。
そう昔も今も苦手なもんは苦手ですから。
ここで逃がしてなるものか。
というか、出てこられて姿を見たら、もう俺には太刀打ちできない可能性が。
やるなら姿が見えていない今しか無い。
そう思い、カバーの上から体重をかけて押しつぶしていく。
少しずつ下から押し上げてくる抵抗が少なくなる。
もう潰れただろうか?
上から押さえつけながら、パソコンとカバーの隙間をのぞき込んで確認する。
――あれ、なんか、光ってる
そんな気がして、中をもっとのぞき込もうとした瞬間、隙間から炎が燃え上がった。
「熱っ!」
前髪が少し焦げた。
パソコンの電気系統に何かあったのだろうか。
こうなると、パソコンがいつ爆発してもおかしくない気がする。
ゴキブリにとどめを刺すのが先か、パソコンが爆発するのが先か・・・
もうゴキブリへの恐怖心など頭から消えてしまっていた。
急いでコイツを始末して、パソコンから手を離さなくては・・・
「うぉぉぉおおお」
なんだか分からないが、年甲斐もなく大声を上げた。
そのまま、ノートパソコンを力まかせに上から押さえつけて、更にカバーを閉じる。
そして、右手をハンマーの如く、何度もカバーに打ち下ろす。
半分、潰れたアイツが出てくる方が恐ろしい・・・
そう思うと、拳により一層、力が入る。
中の画面も割れているだろう。
それでもお構いなしに叩きまくる。
「グェ!」
変な音がしたと思ったら、下からの抵抗がなくなり、完全に押し返してこなくなった。
だが、同時に青い液体がカバーの隙間から垂れてきた。
ちょっと後悔。
叩きまくったせいか、ノートパソコンからはうっすらと煙が出ている。
自業自得とはいえ・・・凹む。
ノートパソコンは、完全に壊れてしまったようだ。
今さらながら、爆発でもしたら大変だと思い、念のため電源コードを抜く。
・・・が、遅かった。
〝ドン〟という音と共に、ノートパソコンからは火花が飛び、家のブレーカーが落ちた。
俺は真っ暗の部屋の中、焦げ臭い匂いをかぎながら、ただただ後悔することとなった。
温かい目で見守ってもらえればと思います。
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