序章〜その少女、凶暴につき〜
暗黒の宇宙空間に無数の岩塊が浮かんでいる。その中のひときわ大きな岩の影に、全長二キロはある大型の宇宙船が停泊している。
その形状は、海の上に浮かぶ豪華客船を模していて、船腹には大きな太陽が描かれている。
しかし、その巨大な豪華客船は不自然にも全ての表示灯を消していて、周囲の闇に溶け込んでいる。航海法に違反するあり得ない行為である。
無数に並ぶ窓の一つからわずかに灯りが漏れている。そこはだだっ広いパーティールームで、数十人の着飾った男女達が一カ所に集められ、座らされている。その周囲を大型拳銃やサブマシンガン、アサルトライフル等で武装した十人程の男が取り囲んでいる。ほとんどの男が黒いツナギのようなスペースジャケットを着ているが、一人だけ違う。筋肉で今にも弾けそうな黒いタンクトップにベージュのカーゴパンツの大柄な男が、部屋の隅で酒瓶を気分よくラッパ飲みしている。
人質達と共にいる豪華客船サンライトグリーン号の船長が男達に声をかける。
「君たちの目的は何だ?金目の物はもう全て手に入れたはずだ。もういいかげん解放してくれないか」
ラッパ飲みしていた男が立ち上がり、
「いやー、船長さんよ。悪いがもう少し待ってくれや。今、最後のお宝を探してる所なんでな」
はっとして口をつぐむ船長。
「おっと、その様子だとあんた、知ってるね。グラナダ王女のお宝を。王室一行がお忍びでこの船に乗船してるのは確認済みよ」
「し、知らんっ」
ラッパ男は部下から大型マシンガンを奪い取ると、船長の額に銃口を突きつける。
「グラナダ王女はどこだ?」
「・・・・・」
観念した船長が口を開こうとした時、少女の声がそれに割って入る。
「おじさ〜ん、おトイレ行ってもいい?」
ゆっくりモジモジと立ち上がったのは身長一五○センチもなさそうな十五、六歳の少女。白いブラウスに赤いミニスカートで、髪をオカッパにしている。
面倒くさそうに答えるラッパ男。
「後にしろっ」
「え〜っ、漏れちゃうよぉ〜」
「だったらお嬢ちゃん、そこでしたっていいんだぜ。牛乳瓶でも貸してやろうか?」
「・・・・・」
素直にラッパ男の言うことを聞いて、その場にしゃがみ込み、口の中でなにやらつぶやく少女。
(このセクハラ野郎、後でその舌引っこ抜いて、キン○マごりごり潰してやっからな)
(おー怖っ、お嬢ちゃん言葉使い悪いなー)
少女の耳に埋め込まれた超小型の骨伝導型通信機から男の声が聞こえてくる。口の中で小声で話すだけでも振動を耳の通信機に伝えることが出来る優れものだ。
毒づいて答える少女。
(うっさいわね。くだらないこと言ってないで、さっさと仕事しろ)
(こちらは準備OKだ。グラナダ王女の安全も確保した。いつでもどうぞ)
(ちっ、今度ぐだったら、その舌引っこ抜いて、奥歯ガタガタ言わせてやるかんね)
(怖っ)
通信がきれるとパーティールームから船室に向かって長く伸びる通路の先から、連続した銃声が聞こえる。
通路から部下の男が戻ってきて、
「オヤジっ、グラナダ王女見つけました。今、護衛の連中と交戦中っ!」
ラッパ男、勢いよく立ち上がり、
「よぉ〜し、マックス、ジョージはここに残れ。残りはグラナダ王女だ。俺も行くっ!」
マックス、ジョージと呼ばれた男二人を除いて全ての男達が銃を手に通路の先へ向かう。
「ねえ、おじさ〜ん」
少女の声に反応して振り向く男二人。
「いいもの見せて、あ・げ・る」
そう少女が言うと、突然、少女の左右の太股が縦に割れ、割れた太股の中から少女の両手が素早く拳銃を抜く。連続して二発の銃声がして、眉間を撃ち抜かれて倒れる男二人。
王女捕獲に向かった男達が後方から聞こえた銃声に振り向くと、少女が両手に拳銃を持って笑っている。少女が両手に持っている拳銃は、グリップの中からマガジンが下にはみ出すように伸び、銃身よりもグリップが長い。拳銃としては愚形な形状だが、そのため拳銃としては非常に多い三十四発の銃弾がフルオートで発射出来る。
ラッパ男が逆上して叫ぶ。
「この女ぁっ!」
前へ出てきた少女が元気よく答える。
「はあ〜いっ、チャコ、隔壁っ!」
男達が少女に向かって銃を構えるのと同時に、少女の背後で人質の男女達を守るように分厚い隔壁が閉まる。
ラッパ男が悪態をつきながら、大型のマシンガンを構える。
「くっそぉ〜っ!」
少女に向けて男達の容赦のない一斉射撃が始まる。
一瞬、ラッパ男には少女が消えたように見え、激しく目を擦る。気がつくと少女は目前にいた。少女の両足のふくらはぎが下から縦に割れ、その割れ目からホバークラフトのように空気の噴射が少女の両足を浮かしている。
目にも留まらぬ超高速移動で距離を詰め、ラッパ男の鼻先に膝蹴りを叩き込む少女。そのまま細かくジグザグに蛇行しつつも高速で男達との距離を詰め、両手の拳銃をフルオートで乱射する少女。あっというまに、ラッパ男の周辺にいた三人の男が撃ち倒される。その間にラッパ男は通路の横にあった階段に逃げ込み、銃撃を逃れる。
残った男五人の銃が少女に向けて一斉に火を噴く。少女は狭い通路の壁から天井に駆け上がり、男達の真上から銃弾の雨を降らせる。
虚をつかれて対応できなかった三人が倒れ、残りの二人は転がってそれを避ける。すかさず起き上がり、着地した少女に銃を向ける。
しかし二人は引き金を引くことも出来ずに頭から血を流してその場に倒れ込む。
(危なかったな)
男の声が通信機越しに少女の耳に届く。
真っ直ぐに伸びる通路の五百メートル先でスナイパーライフルを構えていた大柄の男が立ち上がる。二メートルはあろうかというガッチリとした巨体とイカつい傷だらけの強面の顔のおかげで、キチンと着込んだはずの黒いスーツが全く似合っていない。男の耳に通信機越しの少女の声がキンキン響く。
(余計なお世話よっ、あたしの獲物だったのにぃ〜っ!)
男は鼻で笑いながら、
「お嬢ちゃん、負け惜しみがお上手」
(これが終わったら、あんたとはキッチリ決着つけて・・・あっ!)
階段を駆け下りる音に気づいて、少女が階段を覗き込むと、ラッパ男が階段を駆け下りて逃げて行くのが見える。少女の額に血管が浮き上がり、
「逃げんじゃねえ、このセクハラ野郎っ!」
二キロはある巨大な豪華客船の船底に、コバンザメのように黒塗りの三百メートルクラスの海賊船が貼り付いている。船底と海賊船とを繋いでいた通路が海賊船に収納され、海賊船が船底から離れて行く。
海賊船の指揮所に戻ってくるラッパ男。
「ったくひでえ目にあったぜ。とっととこの
空域からトンズラするぞ」
レーダーを観測していた男がラッパ男に声をかける。
「オヤジ、なんかちっこいのが追っかけてきますぜ?」
ラッパ男が顔色を変えて、命令する。
「なんだと?スクリーンに出せっ」
指揮所のフロントウインドウの上方にある大型スクリーンに小さな戦闘機が映し出される。ラッパ男が小刻みに震えながら、
「あ、ありゃあ、まさか・・・」
紺色に塗られたデルタ翼の戦闘機で、二枚の尾翼には星を撃ち抜く銃弾のマークが描かれている。その狭い単座式の操縦席には黒スーツの傷男が座り、その膝の上にオカッパの少女が座っている。
「ただでさえ狭い単座の戦闘機だってのに、あんたまで乗ってくることないでしょうが」
大傷男が反論する。
「お前くらいちっこけりゃ、こうして乗れてんだからいいじゃねえか」
「チビ言うなっ!」
「そうは言ってねえっ!」
「あんたは大人しく王女様の護衛やってりゃいいんだよっ」
「お前ばっかり美味しいとこ、持っていくんじゃねえよっ!」
「お二人さ〜ん、喧嘩はやめてくださ〜い」
通信機から女の子の声が二人の間に割って入る。少女が答える。
「チャコ、今どこ?」
「すぐ後ろで〜す」
戦闘機のすぐ後ろにつけていた一〇〇メートル級貨物船のヘッドライトが点灯する。貨物船は小型のタンカーのような形状で、船体が濃紺で染められており、宇宙の闇の中ではすぐ近くまで寄らないと判別出来そうもない。船体前方の二つのヘッドライトが点くとその姿はまるで鯨のようだ。その鯨の首元にも、星を撃ち抜く弾丸のマークが描かれている。パックリと開いた貨物船の下部ハッチに、少女達の乗った戦闘機がスルッと飲み込まれる。
海賊船の指揮所では、ラッパ男が頭を抱えてちょっとしたパニックになっている。
「マジかっ、マジなのかぁっ!?」
操縦席の男が振り返って、
「オヤジ、たかが一○○メートルクラスの貨物船、殺っちまいましょう」
「バカ野郎っ、知らねえのかっ、星を撃ち抜く弾丸マークっ、B・O・Gをっ!?」
緊迫感のない部下達にラッパ男は怒鳴る。
「いいから逃げろっ、あれと関わるんじゃねえ。所詮はたかが貨物船だ。加速じゃ連邦宇宙軍の巡洋艦クラスにも勝るこの船なら追いつける訳がねえ。全速でワープ可能域まで逃げまくれっ」
操縦室に駆け込んできた少女は、靴を脱ぎ捨てて操船ボックスに滑り込む。
「逃がすかよっ、セクハラ野郎っ!」
裸足になった少女の足の甲が割れて、操船ボックスの足下のジョイントに差し込まれ、少女が叫ぶ。
「チャコ、よこせっ!」
「はい、コントロールを譲渡します」
操船ボックスの後ろの観測ボックスに座っているアンドロイドの少女が、お茶をすすりながら答える。操船ボックスのコンソールのランプや計器類が点灯する。
そこへドタドタと遅れて入ってくる大傷男。
「待て待てっ、待ってえっ!」
「遅いっ、行くぞっ!」
少女が怒鳴るやいなや、船体後方にあるメインノズルが火を吹く。
大傷男が操船ボックスの隣にある戦闘ボックスに滑り込む、と同時に船体を凄まじいGが襲う。
「うがっ!」
「あーれー」
大傷男は後頭部をヘッドレストにぶつけ、アンドロイド少女の長い髪が後方に流される。
猛然と加速する貨物船。みるみる海賊船との距離を縮めていく。
慌てたのは、海賊船の観測士の男。
「有り得ねえっ、貨物船が通常の三倍の速度で迫ってきてますっ!」
「なっ、何だとぉっ、奴らの貨物船は化け物かっ!?」
腰を抜かしたように座り込んだラッパ男は、覚悟を決めて、
「こうなりゃ戦闘準備だっ、あのハッタリ貨物船を穴だらけの蜂の巣にしてやれっ!」
海賊船は逃走をあきらめ、百八十度回頭して、全砲門を貨物船に向ける。
ラッパ男が部下達に命令する。
「レーザー防御幕展開っ、貨物船が射程に入り次第、各個に全砲門攻撃開始せよっ!」
アンドロイド少女が猛烈なGの中、淡々と状況を報告する。
「海賊船との距離約六○○。まもなく敵射程に入ります」
海賊船の全砲門が光り、レーザーが貨物船に襲いかかる。
貨物船の船体両側面にある噴射ノズルが断続的に火を吹き、貨物船は右に左に急旋回してレーザーを避ける。船体を横殴りのGが襲い、アンドロイド少女の髪がぶんぶん振り回される。
大傷男が戦闘ボックスのコンソールからスティックレバーを起こす。
「ではそろそろこちらも」
貨物船に自衛用に許されている小出力レーザー砲を海賊船に撃ち込む。が、海賊船のレーザー防御幕によって弾かれる。
大傷男は両手で万歳して、
「だよなぁ」
少女はコンソールパネルを睨んだまま、アンドロイド少女に声をかける。
「チャコ、アレの準備出来てる?」
「待機中に充填完了しておきました」
「んじゃ、やるよっ!」
「へいへい」
大傷男は上げていた両手を再びスティックレバーに戻し、トリガーに指をかける。
海賊船の攻撃をかわしながら周囲を周回していた貨物船が一気に海賊船との距離を詰めるように転進する。海賊船との距離が縮まるに連れて、船体をかすめるレーザーの数が増えてくる。
荒れ狂うGの中でアンドロイド少女が海賊船との距離を読み上げる。
「距離三○○まで二○○、一五○、一○○」
少女が声をあげる。
「展開っ!」
貨物船の甲板が左右に開き、中から一門の巨大な砲塔が顔を出す。
海賊船の指揮所でスクリーンを睨んでいたラッパ男が、悲鳴にも似た素っ頓狂な声をあげる。
「六○センチブラスター砲っ、そんなの連邦宇宙軍の戦艦クラスしか積んでねーぞっ!?」
迫ってくる貨物船を映していたスクリーンが真っ白になる。
貨物船の、いや、偽装された戦闘艦の六○センチブラスターが、海賊船を轟音と共に爆発四散、蒸発させる。その爆風の中を突き抜けてくる戦闘艦「メルビレイ」。
「メルビレイ」とは、地球で人間がまだ猿だった頃、他の鯨を補食していたとされる獰猛な巨大マッコウクジラのことである。
操船ボックスでコンソールを叩く少女。
「あのセクハラ野郎の舌引っこ抜いて、キン○マごりごり潰してやるの、忘れたぁっ!」
二十三世紀初頭、地球の温暖化は苛烈を極めた。地表温度は五○〜一○○度を越え、人類は宇宙に生存の場を移した。超巨大な移民宇宙船が何百と建造され、地球人類は地球を後にした。ある移民船は人類が生存できる惑星を見つけ、またある移民船はコロニーを建造し宇宙空間をそのまま生存の場とした。そして人類はその数を増やしながら、銀河系全域に散って行った。
その中のコロニーの一つ、シリウスコロニーは王制国家シリウスの支配するコロニーである。その首都にある王家の宮殿の応接室のソファに、少女と大傷男は待たされていた。
少女の名は「A子」。偽名なのか通り名なのかは不明だが、アルファベットのAに子供の子でA子と名乗っている。お気づきの方はいるかもしれないが、彼女の足は義足である。見た目は普通と変わらないが、ひとたび事が起これば、それは強力な武器となる。
大傷男の名は「B太郎」。これも明らかな偽名であろう。その風体は日本のヤクザを模しているようだが、実はあらゆる武器を使いこなす戦闘のプロで、過去には傭兵として数々の戦場で活躍してきたと豪語している。真偽の程は確かではないが。
応接室の扉がノックと共に開くと、黒いタキシードを着こなした丸眼鏡の執務の男が入ってくる。名をグラハムという。
「これよりグラナダ王女との謁見が許された。くれぐれも粗相のないよう」
「は〜い」
A子は気の抜けた返事を返す。
グラハムは丸眼鏡を指先で上げながら、A子を睨む。あまり歓迎されてはいないようだ。
グラハムが扉を開け放つと、ドレス姿で着飾った王制国家シリウスの王女グラナダがお付きの女性と二人の護衛の男に案内されて入ってくる。
A子とB太郎は立ち上がって頭を下げ、グラナダが着席するのを待つ。
グラナダは二人の正面の椅子に着席すると、
二人に声をかけてくる。
「どうぞ、お座りください」
B太郎は恐縮して、珍しくガチガチに堅い。
「失礼致します」
「します」
A子の態度は誰の前でもA子である。
グラナダ王女はA子の態度を気にも止めず、微笑んで軽く頭を下げて、感謝の意を伝える。
「この度は我々王室一行の命を守っていただき、感謝の言葉しかありません。本当にありがとうございました。それで・・・」
A子が口を挟む。
「その前に仕事を完遂させて」
グラハムが怒りを露にする。
「王女のお言葉を遮るとは何という無礼っ」
A子は立ち上がる。
「おかしいと思ってたんだよね。極秘のはずの王室の動きが一介の海賊風情に漏れるなんてさ」
A子はポケットから端末を取り出し、目の前のサイドテーブルに置く。
「うちの天才ハッカーが宮殿の通話記録を調べた所・・・」
真っ赤な顔をして反論するグラハム。
「馬鹿なっ、万全のセキュリティーである宮殿の通話記録を調べるなど不可能だっ!」
B太郎が立ち上がり、グラハムの肩に手を回して、ヤクザ風に凄んでみせる。
「それがそうでもないんでさ。不詳の娘なんだが、天才なんで」
A子、端末の再生ボタンを押すと男の声が聞こえてくる。
「王女グラナダの一行は、シリウスコロニー11番デッキから21時13分発のサンライトグリーン号に乗船する。行き先は知ってるだろうが、惑星カメオだ。変更はない。わかっているだろうがくれぐれも・・・」
A子は端末の再生を途中で止める。
「最後まで聞くまでもなく、これってあんたの声だよね?」
A子の指はグラハムの眉間を指している。
驚きの表情を見せるグラナダ王女。
「・・・グラハム、あなたが?」
「ち、違いますっ、こ、こんなもの何の証拠にも・・・」
必死に反論するグラハムを制して、A子は通信機をオープンにして確認する。
「チャコ、どう?」
「声紋分析完了しました。99・9%の確率で、そこのグラハムさんと一致しました」
チャコと呼ばれたアンドロイド少女から、通信機越しに返答がくる。
B太郎はグラハムの首根っこを掴んで凄む。
「だとさ。うちの娘、優秀だろ?」
王女グラナダは静かに立ち上がり、
「グラハム、何か申し開きはありますか?」
「・・・・・」
観念したグラハムはB太郎の腕の中で何も答えられない。
A子は、護衛が呼んだ衛兵がグラハムを連行していくのを見送ると、グラナダに笑顔で敬礼する。
「これにて任務全て完了致しました。毎度ありがとうございましたぁっ」
応接室を出て行くA子を慌てて追いかけるB太郎。
「あ、報酬は口座に振り込んでいただければ結構ですので。失礼しやすっ!」
A子を追って応接室を後にすると、長い廊下を並んで去って行く。
その後ろ姿を見送る王女グラナダ。
「さすがですね。反対を押し切って彼らに護衛を頼んで正解でした。銀河にその名を轟かす何でも屋、B・O・G、バレットオブギャラクシー」
拳を突き合わせて去って行くA子とB太郎。