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 入学式の翌日。

 今日から授業が始まり、本格的に高校生としての学園生活を送っていくことになる。

 入学式の日は新入生やその家族ばかりで、ニ三年生の先輩たちは生徒会やクラスの代表、部活動紹介の部員を残してほとんどの生徒は部活動に励んでいた。

 しかし今朝は、全校生徒が学園の敷地を歩いて登校し、各学年の校舎のそばにある体育館には、すし詰めになりそうなほどの生徒が集まっていた。

 節目の時期にはこうして集会が催されるが、生徒たちにとっては退屈で精神的に辛いものがある。

 蒼は体育館の天井を眺め、退屈だという気持ちが表情にも表れていた。

 並びは入学式とは異なり、男女混合の出席番号順で、クラスごとに一列になる。

 入学式のときの並びと今日の並びを使い分けるらしい。

 クラスで出席番号が一番うしろの蒼は、クラスの列でも一番うしろ。

 そして、蒼の一つ前の番号は瑞穂なので、目の前に座るのも瑞穂なわけである。

 蒼の視界には、瑞穂の美しい蒼髪が否応なしに入ってくる。

 ――目のやり場に困るな……。

 校長先生の話や部活の表彰など耳に入らず、目の前の美少女に視線を追い込まれそうになりながら天井を眺めていた。

 周りに視線を移すと、相変わらず目の前の少女は周囲の生徒たちの視線も集めていた。

 蒼はその視線の先の蒼髪に目を向けてみた。

 艶のあるとても綺麗な蒼色をしている。

 滑らかに流れるその髪に、蒼は無意識のうちに手を伸ばしていた。

 指先に滑らかな感触が伝わり、長い髪に指を通すと一切の抵抗なく最後まで撫でることができる。

 そうすると優しい香りがふわりと鼻をくすぐる。

 蒼はその全てに虜になり、その感覚に支配されていた。

 一方で瑞穂の方は、どれだけ髪を触られようと全く反応を示さない。

 じっと前を見つめ微動打にしない。

 ――え? え!? ちょっと!! ちょっと、蒼くん!? わ、私の髪で……なななにしてんの!?

 ごもっともな疑問を内心でぶちまけ、内面ではパニックに陥っていた瑞穂。

 根暗な男子がいきなり自分の髪に指を通しているのだから当たり前の反応だ。

 セクハラと言われても仕方がないほどだ。

 そこまで至らないのは、彼女がそれほどまでにパニックに陥っているからなのか、彼女の心の広さゆえなのだろうか。

 そんな瑞穂の心境など知る由もない蒼は、相変わらずその髪の気持ちよさに浸っている。

 しかし突然、蒼は周囲からの視線を感じた。

 横目に見渡すと、その目には怒りや憎悪の類の何かが宿っていた。

 周囲の男女数人が蒼を睨んでいる。

 蒼は我にかえり、ごまかすように目の前の蒼髪からゆっくり手を引いた。

 男子の方は「なに俺の瑞穂さんの美しい蒼髪に気やすく触れてんだ!!」といった様子で、女子は「なんで瑞穂さんの髪に触ってんの? 変態? マジ無理、キモ」といった感じだ。

 ――何やってんだ僕! うわああ恥ずかしい死にたい!! 終わった! 僕の学園生活終わった!!

 周りに見られていたことに気づき恥ずかしさのあまり、つい顔を伏せる蒼。

 瑞穂は内心荒れながらもなんの反応も示さずにじっと前を見ている。

 そうな瑞穂を見て、蒼は気づかれていないと思い込みホッとしている。

 列の最後尾のおかげで目撃者が少ないのが、蒼にとっての唯一の救いだった。


 集会が終わると、各々で教室に戻る。

 まだ体育館の出口には人だかりができており、外に出るのは時間がかかりそうだ。

 蒼はもうしばらくその場に座って、人が減るのを待っていた。


「うわ!」


 目の前の美少女が蒼をじっと見つめていることに気がつき驚く蒼。

 さんざん髪をいじり倒された瑞穂は、真っ赤な顔で頬を膨らませながら蒼を睨みつけている。


「蒼くん! 私の髪で何してたの!」


「いや、えーと……瑞穂さんの髪がきれいで、触ってみたら凄く触り心地良かったから、つい……ご、ごめんなさい……」


 言いながら思い出してはまた恥ずかしさがこみ上げ、顔の前で両手を合わせながら謝罪した。


「蒼くんの……」


「はい……?」


「蒼くんのバカ……!!」


「ぐは!!」


 蒼の腹に全力の拳を叩き込み、そのまま瑞穂は出口の人の塊に体当たりをかまし去っていった。


「ど、どうしよう……」


 呟きこれからのことを不安に思いながらも、蒼も立ち上がり人混みに向かって歩いた。


 教室に戻ると先程の視線が蒼を貫く。

 しかし運良くすぐに授業が始まり、その視線からも開放されることができた。

 一時的かもしれないが、その場をやり過ごすことができて蒼はほっとした。

 最初の授業ではその授業のガイダンスが行われ、特になにをすることもなく終了。

 余った時間は自習時間となった。

 といっても、まだ何も習っていないので、持ってきた本を読むか、買ったばかりの新品の教科書を開くくらいしかすることはない。

 周りのクラスメイトたちは、新しい友達ができている人も多く、近くの席同士で話し合っている者もいた。

 蒼はというと、さっきのこともあり瑞穂とは少し気まずい空気になっている。

 他に周りに話せるような人間もいないので、新品の教科書をなんとなく眺めていることにした。

 もともとこの授業は数学の授業だったので、数学の教科書を開いて予習を始めた。

 最初の方に書かれていた内容は中学の復習。

 蒼の高校最初の数学の授業へのちっぽけな期待は外れてしまった。

 教科書もつまらず、蒼は残りの時間は寝てしまおうと思い教科書を閉じた。

 するとその閉じた教科書の向こうから、熱い視線が送られていた。

 頬を膨らませていたのは蒼の前の席の瑞穂だ。


「な、なんでしょうか?」


「つまんない……」


「はい?」


「つまんない、かまって……」


 どうやら怒っているわけではなく、ただ退屈なだけらしい。

 どうやら瑞穂はさっきのことはもうなんとも思っていないらしい。

 引きずって気まずく思っているのは蒼だけだったようだ。

 ――よかった、気にしてないみたい。

 しかし、蒼には新たな問題が浮上していた。

 突然教室中から突き刺すような視線が蒼に向けられ始めていたのだ。

 それは、先程の体育館でのことがすでにクラスに広まっていることもあるだろう。

 クラス一の美少女と、その髪をいやらしく撫で回していた変態。

 この教室の生徒たちは皆、変態に瑞穂を近づけてはいけない、と思っていることだろう。

 しかしそんなこと気づく素振りもない瑞穂。

 蒼としては狸寝入りでも決め込んでしのぎたいところだが、今の瑞穂は蒼を解放してくれる様子はない。

 仕方なく蒼は、この突き刺さる視線の嵐の中、瑞穂の暇つぶしに付き合いこの地獄の時間を過ごした。

 ――僕の心臓、持ってくれ!

 そんな授業が今日一日の間に数回行われ、蒼はその間に永遠と降り注ぐ男たちの熱い視線の雨に晒され、すでに心臓のライフポイントは一ミリたりとも残っていなかった。

 そんなことには全く気がついていない瑞穂は、朝のふくれた表情とは打って変わって、下校の時間には満面の笑みなのである。

 下校時刻となり、蒼は昨日同様部活動見学に行くことにした。

 ――昨日行けなかった文芸部にでも行こうかな。

 蒼がカバンを持ち、文芸部の見学でも行こうかと教室を出ようとしたところ、今日一日嫌というほど聞いた声が蒼を呼び止めた。


「蒼くん、部活見に行くの?」


「行こうと思ってるけど……」


「ねえ、軽音部見に行かない? 私バンドとかしてみたいなって思ってて」


「バンドか……」


 正直瑞穂といくことは避けたいところではある。

 しかしまだ入りたい部活も決まっていないので軽音部も見ておくことにした。


「うん、いいよ」


「よし、じゃあ行こう!」


 というわけで、蒼は瑞穂と一緒に軽音部へと向かうことになった。



***



 真っ暗な小さなスタジオのステージを、カラフルなライトが照らしている。


「一年生のみんな! 今日は軽音部のライブに来てくれてありがとう!!」


 どうやら今日は、見学に来る新入生のためにライブをしているようだ。

 周りの生徒たちは盛り上がってはしゃいでいる子もいれば、一年生らしき生徒がバッグを持ったまま二三人のグループで固まっていたり、二三年生の部員が忙しそうにしていたりと様々だ。

 蒼は後ろの壁によりかかって一人静かに演奏を聞いていた。

 どの曲も有名なバンドのカバーらしいが、にわかには全くわからない。

 と思っていると、たまに知っている曲のカバーや有名なアニソンのカバーなども流れ、原曲と聴き比べるように聴き入っていた。

 瑞穂はというと前方でノリノリのグループに混ざってはしゃいでいる。

 ――初対面でよくあんなに打ち解けられるな……。

 しかし観客の中には、ライブではなく瑞穂に夢中になっていたり、バンドメンバーの中にも瑞穂だけのためにライブをするものもいたりと相変わらずのスターっぷりを見せつけていた。

 蒼は瑞穂のコミュ力の高さに驚きながらも、半分呆れていた。


 ライブが終わり外へ出ると辺りはすっかり暗く、すでに夜になっていた。

 瑞穂は息を切らし胸元に汗を浮かべていた。

 首筋に汗でへばりついた髪が色っぽさを醸し出している。

 ――ちょっと、目のやり場に困るんだけど……。

 同じく外に出てきた男子も、横目に瑞穂の胸元に視線が吸い寄せられているようだ。


「はぁ楽しかった! ねぇ! 蒼くんはどうだった?」


「えっと、うん、思ったより楽しかった……かな?」


「むう……。なんかそんなに楽しそうじゃない……」


「そんなことないよ……」


「ほんと? じゃあ候補に入れておこう……」


 瑞穂はメモ帳を取り出して何かを書き出した。

 ちらっと除くと部活名が書かれている。


「部活入りたいところをメモしてるの」


「あ、そうなんだ」


 ――結構真面目なんだ。

 きちんとメモしている姿が、普段の明るく元気な様子からは想像ができなくて蒼は意外に思っていた。


「今のところどこに入る予定なの?」


「結構軽音部よかったし、今のところだと軽音部かな。蒼くんは?」


「まだ見てないけど文芸部とか? 静かで落ち着いたイメージだし」


「そっか、文芸部か……」


 瑞穂はまたメモ帳を取り出し何かを書き始めた。


「今度は何書いてるの?」


「文芸部も候補に入れておこうと思って」


 文芸部は瑞穂の候補には入っていなかったらしいが、蒼の候補にはあると知って追加したようだ。

 ――瑞穂さんも本とか好きなのかな?


「じゃあ帰ろっか。もう暗くなってきたし」


 すでに太陽は沈み、随分と遅くなってしまった。

 きっと今頃はるさんが夜ご飯を作って待っていることだろう。


「そうだね。早くしないと心配かけちゃうし」


 寮につく頃にはすっかり暗くなっている頃だろう。

 瑞穂がメモを直すと、二人はすぐに帰路についた。

 道中すでに空は黒一色に染まっていたが、道は街頭に照らされ明るかった。

 しかし、寮は暗い山の中にあり、その途中の道も真っ暗で先があるのかないのかさえもわからないほどだった。

 前へ進むことができず、瑞穂は道の真ん中で佇んでしまった。


「うう、暗くて何も見えないよ……ってあれ? 蒼くん? どこ?」


「瑞穂さんこっちだよ」


「どこ?」


「ほらこっち!」


「ひゃ!! え! 蒼くん!?」


 

 ふらつく瑞穂の手を蒼が突然ぎゅっと握り、暗闇の中へ引きずりこんだ。

 そのまま瑞穂の手を引きながら先を歩く蒼。

  蒼はすでに目が慣れ、暗闇の中の道もはっきりと見えていた。

 しかし瑞穂にとっては先に何があるのかわからない闇の中を引っ張られている状況。

 目の前が崖のようにも感じられて生きている心地がしていないだろう。


「待って蒼くん! 怖い! 死ぬ! 死んじゃう! 蒼くん死んじゃうよお!!」


 蒼は早く帰ろうと、早足で進む。

 瑞穂は寮までの闇の中を絶え間なく叫び続けた。

 ようやく寮に帰りついた頃には、瑞穂は放心状態になっていた。


「……もう、私、だめ……。ここで、死んじゃう……」


 瑞穂は恐怖と疲労で地面に崩れ落ちていた。


「あ、たきさんただいま」


「おかえり、蒼ちゃん。あら、瑞穂ちゃんも一緒ね。仲がいいこと。ヒヒヒヒヒ」


「こら二人とも! 遅いわよ! ご飯できてるから、早くいらっしゃい!」


「ごめんなさいはるさん。部活の見学で──」


 結局帰りは遅くなってしまい、はるさんには怒られてしまった。

 しかしはるさんのおいしいごはんが待っているので蒼は気にしていない。

 蒼とはるさんは、今日の出来事を楽しそうに話しながら食堂へと向かったが、蒼に連れられた瑞穂はまだふらついていた。


「うう……」


「ほら瑞穂ちゃん。そんなところに寝てたら風邪引くわよ」

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