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いつも通りの朝。
しかし、蒼にとってはいつも以上に憂鬱な朝であった。
それは、今日が一年生が待ちに待った遠足の日だからだ。
遠足なんて小学生みたいな行事だが、それでも仲間たちと遊びに行けることを皆楽しみにしていたのだ。
すでに学園の駐車場にはバスが数台来ており、全員乗り込んでいるクラスもあるようだ。
蒼のクラスは現在進行形で、一人ずつ荷物をトランクに積んで乗り込んでいる。
蒼も荷物を積んでバスの中へと進み、空いている座席に座りこんだ。
ここで早速クラスの男子たちに睨まれる。
蒼が座りこんですぐに、隣に瑞穂が座ったのだ。
「蒼くんみっけ! 隣、座っていいかな?」
すでにもう座っている、というツッコミはひとまず置いておいて、座席はまだたくさん空いているのになぜあえてそこに座るのか。
瑞穂以外に誰も蒼の隣に座ろうとするものなどいないだろうが、蒼からしてみれば一番隣に座ってほしくない人物である。
もしも、友達がおらずどうせ一人だろうから超絶美少女の私があなたの隣に座ってあげよう、などという考えならば、すぐさま「いえ結構です。」とでも返していたであろう顔だ。
しかしそれでは、クラスのアイドルを邪魔者のように扱うようで、逆に男たちから敵意の視線を向けられることになるかもしれない。
結局、この美少女からは逃れられないと悟り、何も言わずに窓の外を眺めて返事を返した。
「どうぞ……。」
こうなることを予想していたからこそ、蒼は朝から憂鬱な気分なのだ。
なんなら、これからもっと鬱になっていくようなイベントが目白押しであろうことは蒼には容易に想像ができた。
しばらくしてバスが発射すれば攻撃的な視線は消え、車内は遠足ムードに包まれた。
お菓子やらトランプやらで騒ぐものもいれば、少し背もたれを倒して眠っているものもいる。
中にはアイマスクまで準備している強者まで……。
蒼はもちろん瑞穂とできるだけかかわらぬよう、学園を出てからずっと窓の外に意識を飛ばしていた。
「ねえ蒼くん。私達もトランプしない?」
この女はなぜ後ろからついてきて、せっかく避けた地雷をあえて踏んでいくのか疑問であった。
まあ一応のレクリエーション係ではあるので、クラスメイトが楽しめるように努力することは仕事のうちだろうから何もいえないのだが。
蒼が寝たふりを決め込もうとしていると、後ろの席から声が聞こえた。
「おう、それなら俺達も混ぜろや。」
声の主は純也だった。
隣には愛羅もいて、二人で背もたれの上から顔をのぞかせている。
「おい四葉おまえもやんぞ!」
寝たふりをしている蒼の頭を乱暴に叩いてくる。
純也のおかげで、もといせいで寝ている設定は使えなくなった。
全く余計なことをしてくれたもんだと思いつつ、目覚めたふりをしておく蒼。
「するって、何を?」
「トランプだよ。まずはオーソドックスにババ抜きから。」
「おっけー。 手加減しないかんね!」
みんなやる気満々のようだ。
他のグループからの視線はない。
他のクラスメイトもそれぞれ楽しんでいるのと、今回は純也も絡んできたのであまり関わりたくないと思っているのだろう。
以前の暴力事件の印象がクラスの人間の中には植え付けられており、純也は危険人物として扱われているようだ。
先日の蒼と純也たちの間にあったこともクラスの人間は知らない。
寝たふり作戦は邪魔されたものの結果的には助かったようだ。
ババ抜きは開始され、今は純也のターン。
愛羅の手札から一枚カードを引く。
「うっ……くっ!」
「ぶっははは! バーカバーカ!」
悔しそうな純也と盛大に笑う愛羅。
というかこれでは誰がジョーカーを持っているのかまるわかりだが……。
次に引くのは瑞穂。
純也がババを持っているのはわかっているので慎重に選んでいる。
純也も挑発的な視線を送る。
「んー……。えいっ!」
純也の手札の中でも、不自然に飛び出した一枚を勢い良く引いた。
そのカードを確認した瑞穂は明らかに悔しがっている。
そしてよほど悔しかったのか、蒼の目の前で手札を混ぜることもなくそのカードを手札に加える。
蒼のターン。
瑞穂がジョーカーを持っていることも、どのカードがジョーカーかも手札を見なくてもわかる。
容赦なくジョーカーを避けてカードを引こうとするが……。
「うう……。」
瑞穂はウルッとした目を上目遣いにして、手札から顔をのぞかせている。
「え、えっと……。じゃあこれで……。」
仕方なく蒼は、先程瑞穂が純也から引いたカードを頂いた。
確認するまでもなくそのカードはジョーカーである。
瑞穂は満面の笑みで喜んでいるが、おかげで蒼にジョーカーが渡ったことが全員にバレてしまった。
引いたカードを手札に加え愛羅に向ける。
手札からは先程の純也と同じように、一枚だけカードが飛び出している。
愛羅はしばらく考え込み、飛び出したカードを避け一番端のカードを引いた。
「うわあああ! もう帰ってきたんだけど!」
ババが短くも長い旅を経て愛羅の手札に戻ったところで、松風先生の声がバスの中に流れた。
「あーあー。そろそろ目的地に到着するぞ。降りる準備をしておけ。」
まだ一回目のゲームの途中だが、バスは早くも目的地の近くまで来ていたようだ。
「えー、もう着くの?」
「早くないか?」
予想以上に早い到着に、まだバスの旅を楽しみ足りない様子の生徒たち。
到着が早いのも納得。
ここはまだ学園の敷地内なのである。
今回の目的地は、学園が持つ大型遊園地だったのだ。
外を見ると大きな観覧車や複雑に入り組んだジェットコースターなどが見える。
それを見ると、文句をたれていていた皆もテンションが上がってバスの旅などどうでも良くなったみたいだ。
バスが止まり荷物を取り出すと、そこからは班ごとに自由行動らしい。
純也と愛羅とは別行動だが、代わりに翔太、優、純子、楓の四人と合流した。
「全員揃ったわね。じゃあ早速──。」
「よっしゃー! いっくよー優くーん!」
「あわわ! ちょっと水樹さん!?」
純子は待ちきれない様子で先陣を切っていった。優を道連れに……。
それを追いかけるように楓と瑞穂が走り出し、その後ろを翔太と蒼が歩いて行った。