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アゲイン  高校の同級生が、ペットショップで売られていました。 作者:柳なつき

第六章

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喉元過ぎれば、

 二階の部屋からは、解放してもらった。
 一階のモノクロの部屋に、案内された――両親がもうすぐ戻ってくるから、それまではいてほしい、って。
 だいじょうぶかな……と、もちろん、そうは思った。このまま、逃げ出してでも帰ったほうがいいんじゃないか、って……。
 けど……念には念をということで、あのあとのこの家ネコの映像はすくなくとも明日の明け方までは、パブリック・サーバーにアップロードする設定させてもらった。――というかそれを条件として僕は南美川さんの両親が帰ってくるまでいてもいい、と言った。

 僕自身が、……挨拶をしたかったということも、大きい。
 けど、そんなことよりなにより――


 南美川さんが、それを望んだ。なぜだろう、……なぜだろうか。
 僕自身の身の安全のこともあるけれど、きっと南美川さんが実家なんかは一刻も早く立ち去りたいだろうって思ったから、僕は早めに帰ろうとしていたし――けども南美川さんは、たぶんほんとうにもうしばらくここにいたがっている、あるいは、……ほんとうに両親に会いたがっている。
 峰岸くんを犯罪者の遺伝子のキャリアとみなして、そうとしか扱わないで、
 長女にすこしばかりの不満があったからって、さっさとデザインキッズの妹と弟を発生させ、
 そのまままるでものわかりのいい保護者のような顔をずっとして、
 南美川さんから、ある日いきなり人権を奪い――にこやかな態度のまま、ヒューマン・アニマルに堕としたという、


 ……南美川さんの、両親。


 どうしてだろう――どうして、そんな親たちに、会いたいのだろう。
 まだ、期待が、あるのだろうか。
 それともなにか、言いたいことが、あるのだろうか。


 わからない――ただ僕にわかったのは、南美川さんがこのうえなく硬くさせて直立させている尻尾で、南美川さんはけっして嘘もついていないし、本心から、ただ一生懸命に、それを望んでいる、ということだった。


 だから、僕のできることは、……この三人がもうこれ以上なにかをし出さないように、目の前で家ネコを操作しながら、この部屋での記録はかならず残るしなにかしそうになったら倫理監査局に緊急通報がいくようにしてある、ということを、説明して、納得させて、……せめてなにかのときにこちらが有利になるよう、口頭であっても三人全員に約束をさせるという、――そのくらいのことだった。




 ひと通りの僕の説明が落ち着いて、それぞれがそれぞれの定位置っぽいところに、ついた。
 モニターは収納されていて、映像メディアは流れていない。絞ったボリュームで、どこからか音声コンテンツが流れてきている。ひとのしゃべり声や、サビまでの音楽……おそらく、従来ラジオ型の音声コンテンツだろう。
「へええええー、あなた、すこしは知性があったのねええ」
 ダイニングテーブルを挟んだ向かいがわで、南美川真が頬杖をついて真顔で感心していた。山のように皿に盛られたクッキーを、さきほどからばくばく食べてる。ちなみにこのクッキーも、さきほどちゃんと毒入りではないと家ネコによって証明と記録をしてもらった。だから安全だ。食べることができる、……南美川さんも。
 僕は呆れた気持ちをどうにか押し隠しつつ、両手でマグカップを持ち上げてお茶を飲んだ。
 南美川化もその隣にぼんやりとした雰囲気で座っていて、峰岸くんは腕を組んで近くの壁に寄り掛かっている。
 もちろん、こんな物騒な家のお茶なんてもう飲みたくなかったけど……まあせっかくだから、家ネコに指示して簡易光線検査で成分を調べてもらった。今度こそ毒が入っていないとたしかめたいということもあったし――まあ、……できることは、ここまできたらもう示しておいて損はない。
 うん。……ふつうに、紅茶だ。おいしいといえば、おいしい。
「いちおう、僕も、人間ですから、最低限の知性くらいは……あ、このクッキーもらっていいですか」
「どうぞどうぞお」
 南美川真はおおげさに微笑んで、大仰な手ぶりでクッキーの山を示した。たしかにこういう態度を見ていると、まるでふつうのかわいらしいお嬢さんって感じだな……というかほんとうに、南美川さんの高校時代に似ていて参る。南美川真はナチュラル系で、南美川さんはギャル系なのに、やっぱり、姉妹は姉妹なんだなあ……。
 それにしてもほんとうに山盛りのクッキーだ。たしかにきょうは休日だけど、こんなにこんもりクッキーがあってどうするのだろうか……それに、種類もたくさんある。星型のものとか、ジャムっぽいやつが真ん中にあるやつとか、たぶんチョコレートのやつとか。
 うーん。……どうしよう。
「南美川さん。どれがいい?」
 僕の座るテーブルの下にちょこんとおすわりの体勢で収まっている南美川さんは、僕の問いにぴょこんと耳を立てた。
「……どういうのがあるの?」
「えーっと、星型のやつとか、ジャムっぽいやつが真ん中にあるやつとか、えーっと、これ焦げてるのかな? あ、えっと、あ、違う違う、そうそうたぶんチョコレートのやつとか……」
 南美川さんが怪訝な顔をして耳をすこしだけ萎れさせてしまったので、僕はごめんごめんと小さく笑った。
「たぶんってなによ……チョコレートじゃないかもしれないじゃない、ただ焦げてるだけかもしれないじゃない……」
「うん。南美川さんの言う通りだ。僕の説明じゃわかりづらいね。持ち上げてあげるから、自分で見てみる?」
「え、でも……」
「嫌ならべつにそこにいていいよ。一枚一枚取ってあげる。南美川さんのいらないやつは僕がいただいて食べるから」
「そんなこと言ったって、シュン、甘いものそんなに好きじゃないじゃない」
 南美川さんがそう言いながら、短い四肢をぴんと差し出してきた。
 ので、僕は南美川さんを抱き上げて、顔がテーブルの上に出るようにしてあげる。
「そんなにっていうか、そうだね、ふだんはほとんど食べないね。南美川さんが来てからだよ、ちょっとでも食べるようになったのは……」

 そこで、気がついた。
 南美川家の三人が、それぞれふしぎそうに、……僕たちを見ていた。


 峰岸くんは、思いっきり眉根を寄せてるし。
 南美川真も、ぎゅっと眉間に皺を寄せて思いっきり訝る顔をしているし。
 南美川化はいちばんわかりづらい……けど、それまではぼんやりとどこか焦点の合わないところばかり見ていたのに、目をまんまるに見開いてこちらを見ているあたり、……なにかしらの、反応をしているということだろう。


 南美川さんは、――怖じ気づかない。
 犬の前足、……ほんとうは嫌で嫌でたまらないはずなのに、隠そうともせず堂々とテーブルのうえに、乗せた。
「シュン。それ、とって、アプリコットの」
「アプリコット? なんだっけ。りんごだっけそれ」
「アプリコットは、あんずよ。……そのオレンジ色のジャムのクッキーだわ」

 僕はそのクッキーを手にとった。
 そしてこっちをちょいっと見上げてくる南美川さんの口に近づけると、あむ、と噛みついて、南美川さんはおいしそうにむぐむぐしはじめた。……かわいい、かわいいんだよなあ、やっぱ。



 南美川家の三人はとてもふしぎそうに僕たちを見ていた。



「……あのさあ、なにイチャついてんのおお? ねええ……」
「……すんげー懐いてねえか? てかさあ、俺になんか恨みごとでも言いに来たんじゃねえのかよ、とくに幸奈は」
「なかよし。ですか?」


 最後の弟くんの質問だけは、答える気になる質問だった。


「仲よしですよ。……時間はかかったけど。ね。南美川さん」
 南美川さんは僕を見上げた。おなかが空いていたのか、僕の与えるクッキーをひたすらむぐむぐしていく。……あんまり、いまは、おしゃべりする気はなさそうだ、南美川さんのほうは。


「なんで。どうして。ですか?」
「なにが、ですか?」
「……姉さんは、ああ。……上の姉さんは、きっと、来栖さんをいじめたのに」
「そうですね。僕も最初は……ひどい目に遇わせてやろう、って気が、なかったとは言えないんです。いや、……いまでもすべて消えたかっていうと、どうにも。
 峰岸くんは、……忘れたのか、って言ったし、そうですね――僕もけっきょく、喉元の熱さを過ぎたから忘れた、だけなのかもしれないです。
 ……でも」


 僕は、……自分でもひとくち、あんずのクッキーとやらを食べてみる。
 見た目からしてもっと砂糖の効いた甘ったるい味を想像してたんだけど、……あれ、意外と、酸味があって爽やかだ。


「喉元過ぎれば熱さを忘れる――でしたっけ、僕はそういうむかしのことわざ的なのってぜんぜん、知らなくて、南美川さんに……南美川、幸奈さんに教わってるんですけど。
 ……いま、熱いのは、幸奈さんですよ。
 僕も燃やされたからとても熱かったし、火傷の跡が消えるなんてことは、ないです、……でも」


 気がつけば南美川さんが食べるのをやめてじっと僕を見上げている。


「……このひとは、僕が熱かったんだってことに、気がついてくれた、……ので。
 それに――いま熱いのは、たぶん、……南美川さんのほう、だから」


 それに。……それに。
 このひとたちには、言わないけれど。
 と、いうか、世界のだれにも、言うつもりはないけれど。



 南美川幸奈。
 その存在が――高校を卒業してからも、いや、高校を卒業したあとだからこそ、……逆説的に、結果的に、僕を人間にしてくれたこと――そんなことは、だれも知らない、……南美川さんでさえも。



 ……巨大な、絶対者だった。
 そんなにも、まるで信仰のごとく抱いていた、ひとが、

 ある日突然ペットショップで小さくなって売られていたら。
 買って帰ったら、……当時の大きさなんてどこかいっちゃったみたいに、ほんとうに、小さくなっちゃっていて、
 虫ケラのように蹴飛ばしていた僕にあんなにもすがって……

 僕をいじめていたことさえも、……自分がいじめられるようになったら、気づいてくれて、
 自分の罪の重さも充分自覚して、だからゆるされないってことも、――知っていて、
 泣きながら、泣き喚きながら、
 惨めな身体と生活で、


 それでもいまもこんなにも僕に影響を与え続けてくれている――




 ……そんなことまでは、いくら南美川さんの家族だったひとたちでも、このひとたちに説明する義務もないし、義理も、ないだろう。
 ……ただ、だから――このひとたちにとっては、僕と南美川さんの関係というのは不可解なものなのだろう――こんなにも頭がよくて優秀者で社会的立場もあって社会ポイントも、そうとう上位者であろうひとたちだけど、……そこは、そこだけは、きっとわからないのだろう……。
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