#8
翔にとって、否──世間一般の人間にとって、Twitterとはどういう媒体なのだろう。何か記録したいこと、発信したいことが出てきた時、難しい手順を踏むことなく簡単にそれを実現するツール。Twitterに限らず、ソーシャルメディアは概してそういう目的で運用されるもののはずだ。
そして翔のTwitterの使い方は、そこからそんなに大きく外れているわけではない。と、思う。思ったことを口に出す代わりに、文章にしてネットの海に放り出す。そのことに何ら変わりはない。
変わったことがあったとすれば、それはアカウントを作ったばかりの頃との使用頻度の差か。
【@SF_hobbyman 大丈夫かw】
【@SF_hobbyman リアルで何かあった?】
【@SF_hobbyman おまえ疲れてんだよ休め】
リア垢では言えないような愚痴をふと書き込めば、すぐにそんな反応が押し掛けてくる。
無数のツイッタラーたちの中で、自分の存在は虚無になっていない。嬉しいとまで思ったことはないけれど、気付けば同じ快感に浸りたくなって何度も繰り返し愚痴じみたツイートをしてしまう。
【なんか、必死だな(笑)】
必死だ。必死に決まっている。廉太郎も含めて、現実世界の友人は一人残らずTwitterの繋がりだ。あちらの世界に迷惑はかけられない。かけたら、最後。
【気持ちは分かるけど、趣味の世界なんだからもっと気楽に生きたら?】
その通りだと思う。だからこそだ。趣味だけの繋がりの世界だからこそ、言えることがある。心の休まる隙間がある。大学の講義室で一人座っている時でさえ、自分の居場所は画面の中にしかないように思えるくらいだというのに。
【いや、愚痴なんて誰にもあるし、そこに目くじら立てるのはどうかって思うけどね】
自分だってそうだ。誰かがタイムラインに愚痴を投稿しているのを見かけても、翔はそんなに嫌がらない。リア垢にだって嫌がる人は多くないだろう。ただ、そこに現実世界へ影響を及ぼしてしまうリスクがあるから──。
【必死って言ったのはそういうことじゃねーんだよな。……サクラダ、Twitterから離れてる時間、持ってんの?】
ある夜、突き付けられたそんなリプライに、強い鼓動が胸を打った。
Twitterから離れている、時間。
(……どのくらい、だっけ)
浮き上がってきた疑問を前に、改めて自分のアカウントを見返して、翔は絶句した。
趣味垢を作ってから一ヶ月。リア垢を避けるようになってからというもの、日に日にツイートの数も、タイムラインを追跡する時間も、見事なまでに増加の一途を辿っていたからだった。ひどい時には深夜三時までTwitterに張り付き、午前五時からツイートを始めていることもあったほどで。
心配されるだけのことはありそうだ。いや、もはや心配がどうとかいう次元ではない。これは誰がどう見ても、よく言われるところの中毒状態ではないのか。
(気付かなかった。……ちっとも自覚、なかった)
ぞわりと背中を這い回る寒気に、翔は思わず頭から布団をかぶった。季節は六月。リア垢にちっとも出入りしていないので、最近はもっぱら自分のためだけに大学に通い、授業に出る日々が続いていたところだった。
入学してすぐの頃、翔の一日当たりのツイート数はせいぜい五や六、多くても十を超える程度だったのに。
数えてみたところ、どうも近頃は一日当たり百以上もツイートしているらしい。
(いくら何でも、これはやばい……。Twitterに費やしてた時間なんて、計算したくもない)
翔はぞっとした。リア垢のフォロワーたちに敬遠されてしまった理由が、今になってようやく少し、分かってしまった気がする。こんな形で知りたくなかった。知りたくなかったが、知ってしまった。
リア垢は今、どうなっているだろう。
二週間近くも放置し続けたリア垢は、今もまだ趣味垢と同時ログイン状態にある。さすがにこれだけの時間が経つと通知も溜まっているかと思ったが、通知の数を示すアイコン斜め上の数字は僅かに『3』だけのようだ。
自分の異常さに気付いてしまった今ならば、少しはマシな使い方ができるだろうか?
アイコンに手を伸ばす。やっぱ怖い、と引っ込める。それを何回も繰り返した挙げ句、最後には翔はアカウントをリア垢へと切り替えてしまっていた。ちょっとだけだと自分に言い聞かせながら。
(ちょっとだけ。ちょっとだけ、確認してみよう)
長らく遠ざかっていたリア垢の扉を、翔はそっと開いてみた。
タイムラインでは普段通りの他愛のない会話が交わされている。明日ラーメン食べにいかないか、だとか。あの教授マジでむかつく、だとか。授業ノートを見せてもらう約束や教科書貸し借りの約束がほうぼうで飛び回っているあたりも変わっていない。慶興大学経済学部生の不真面目加減に、変化はなさそうだ。
翔をよく授業の代返に頼ってきた人たちは、どうしているだろう。翔という便利な存在がいなくなって、さぞかし困っているだろうか。
リプライの履歴を辿って、最近のツイートを確認してみる。ストーカーでもしているような気分がして口の中が酸っぱくなったが、すぐにそれを翔は飲み込んでしまった。リプライから察するに、彼らは翔以外の友人たちに板書や代返の依頼を移している様子だった。無論、少しのためらいもなく。
(俺の代わりなんて、いくらでもいるってか)
失望する気持ちを隠せない。翔は画面をバックさせようとして、ふと、IDのすぐ横を見た。そこにあるべき表記が、見当たらない。
『フォローされています』の表記が。
(リムられた!?)
翔は思わず画面を数度見した。
リムーブ。互いにフォローしている関係の二人のうち、一方だけがフォローを解除する行為だ。なぜ。どうして。用済みになれば翔の存在など要らないというのか。それとも誤って外してしまっただけなのか?
アイコンが口を開いてしゃべるわけではないが、どうも前者のように感じる。
【あー今日も深夜までバイト】
【クソダル】
【うちの店長無能だし、そろそろ店変えたさある笑】
点々と続くツイートを、翔は暫し惚けたように見つめていた。
それからすぐに血相を変えて、他のフォロワーたちの状況を確認し始めた。
他の人にだって解除されている可能性がある。されたからといって何かが変わるわけではない。けれど落ち着かない。せめて現状を知らなければ、いつまでも怖いままだ。
そんなのは、嫌だ。ごめんだ。
(これも。この人もだ。うわ、こいつにも……。こっちの人にはされてないけど……そもそも一ヶ月くらいログインもしてないっぽいな)
トップを開いて目をやって、驚かされて、安心して、それを幾度となく繰り返して。数十分をかけてようやく全員の確認が済んだ。リムーブされているらしい人数は八人だった。両手で数えられる程度の数ではあるけれど、それでも今の翔には十分以上の大人数に見えた。
それだけの人数に、翔は遠ざけられたということなのだから。
「はぁ…………」
嘆息した翔の口から次に落ちて弾けたのは、「ん?」の一言だった。片っ端から確認したはずだが、そういえば洋のアカウントを見た覚えがない。『ぴろー @pillowofquality』だったはずだ。
Twitterには検索機能がある。記憶の隅に残っていたIDを打ち込んで、調べてみた。調べなきゃよかったと思った時には、手遅れだった。
『あなたはブロックされています』
とどめのような語句が、洋のアカウントの前には立ちはだかっていた。




