#7
前の席の男子たちが、スマホを見せ合っていた。
「これこれ、このサイト」
「うわ、すげーな。お前のTwitter偏差値700じゃん。ツイ廃かよ」
「そんな引くなよ、ツイ廃なのはマジで趣味垢だけだから。ほら、リア垢だと200まで下がるだろ」
Twitterへの没入度を数値化できるアプリで盛り上がっているらしい。ちらりと視界を掠めたアイコンを頼りに、翔もそのアプリを探し当ててみた。
(今の俺がやったら、きっとすごい数字が出るんだろうなぁ)
500くらいかなと予想を立てて、診断ボタンを押した。結果は800と出た。おい、と思わず声が口をつきかけた。こんなに高いのか。
考えてみれば近頃、一日当たりのツイート数がどんどん上昇傾向にあるような気がしていたが──。
(ま、こういうのもネタにはなるかな)
【結果をツイートする】ボタンを押して、翔は前の二人の会話に耳を傾けた。どちらの趣味垢のツイート内容が常人離れしているかで競っているらしい。「Twitterでのお前さすがにキチガイだろ」「はぁ、お前には言われたくねぇから!」──ひそひそと飛び交う声は、何気なく目を落とした手元のスマホの画面に吸い込まれた。
【ツイート多すぎんだよな】
【わかる】
【桜田ミュートするか迷う笑】
一瞬、意識を失ったように、翔は流れ去ってゆくツイートを眺めていた。
我に返った時には、件のツイートはタイムラインの彼方に消えてしまっていた。慌てて過去の履歴をたどる。たどりながら、笑顔を崩すことができなかった。
(待って。今の、俺の話だよね?)
見つけた。【ツイート多すぎんだよな】【わかる】【桜田ミュートするか迷う笑】──リプライの形ではないが、誰がどう見てもツイートで会話が行われている。直接返信を打たずにタイムライン上で返信を済ませることを、『空中リプライ』略してエアリプと呼ぶ。
(まさか)
翔は口元を固めた。
(本気なわけないか)
ミュートというのは、設定することで相手のツイートを表示しないようにする機能だ。文字による会話がすべてのTwitterにおいて、もっとも残酷な機能のひとつとも言える。それを翔に向かって設定しようというのである。
悪い冗談としか思えなかった。実際、ツイートの後ろに【笑】とあるではないか。冗談抜きのツイートにこんなものはつけないはずだ。少なくとも翔は、使わない。
(気にすることない)
翔はタイムラインを勢いよく先へスライドした。問題のツイートはあっという間に、二度と掘り起こされることのない闇の彼方へ飛び去っていった。
翔の思いとは裏腹に、翔に言及しているらしいツイートの数はいっこうに減りはしなかった。
何をするでもなく、ただぼうっとタイムラインに目をやっていると、それは突然に流れてくる。曰く、
【KKKイチのツイ廃だからね】
【桜田のネタツイまた流れてきたんだけど笑】
【ツイート多いんだよなーーーー】
しばらく顔を見掛けていなかった廉太郎に、いつもの定食屋で再会して真っ先にかけられた言葉も、翔のアカウントに関する話だった。
「お前さぁ」
廉太郎はくたびれて見えた。メニューに目を落としつつ、口だけで笑いながら廉太郎は翔に言った。
「ぶっちゃけ最近、変じゃね」
「何が?」
「Twitter」
変と言われても。とはいえ、使い方に変化が出てきている点は自分でも分かっていたので、翔は曖昧に頷いた。
隣に座ってメニューを覗き込む。俺決めた、と廉太郎がメニューを放り出した。
その腕の細さが、妙に気に留まって。
「痩せたことないか?」
尋ねると、廉太郎はすっとぼけた。「どうだかね。バイトは忙しいけど」
「バイトか……」
「そんなことよりお前だよ、お前」
呆気なく話題を逸らされ、翔はため息をつきたくなった。廉太郎の様子を気にすることはどうも許されないらしい。その翔の前に、廉太郎は手元の塗り箸をずいと突き出す。
「てか、どうした? やたらツイート多くね?」
「ん、まぁ」
今度も曖昧に頷いた。廉太郎がどのような反応を求めているのか、翔には上手く想像できなかった。
自覚あるのかよ、と廉太郎は呆れたような声を上げた。
「タイムラインがお前だらけだってみんな言ってるぞ。リアルで何かあったのかよ」
翔は首を振った。とんでもない、むしろリアルでは何も起きていない。Twitterで異変が起きているからこうなっているのである。
「なんか、他の人たちのTwitterの使い方が自分と違うような気がして、違和感は覚えるようになってきたけど」
「ふーん」
廉太郎はお冷やに手を伸ばす。伸ばしながら、独り言のように言う。
「気持ちは分からなくもないよ、俺も」
「分かるの?」
「TwitterをSNSだとしか思ってねぇやつが多いな、って話」
元からSNSじゃないのかと口を挟みたくなる欲を、翔もお冷やを含んで喉に流した。求めていることのみならず、今日は何だか廉太郎の言いたいこともちっとも読み取れない。
「別にいいと思ってるんだよ、俺は。ただ、みんながみんな俺みたいな考え方をしてるとは思わない方がいいぜ」
じろりと廉太郎は翔を見た。「俺この前、知り合いに言われたんだよな。お前のツイートが多すぎて見るのが怠いって。……ま、気にするもしないも、お前次第だとは思うけどさ」
廉太郎なりの警告なのか、それは。
グラスの冷水が翔の身体の中を駆け降りていくのが、じかに感じられる。食道、胃、腸──。透き通るような冷たさが身体全体に滲んで、翔は息を呑み込んだ。
翔が陰で文句を言われているのが事実であることが、廉太郎によって明かされてしまった。しかもTwitterでではなく、現実世界で。
(俺、そんなにいけないことをしたのか?)
分からない。
ツイート数が多いことの何がいけないのか。それとも、受けを狙ったツイートが多いのが腹立たしいのか。
「──あ、俺は鶏肉の黒酢あん定食で」
店員を呼びつけた廉太郎が注文を始めてしまった。泡を食ったようにメニューを睨み、翔も注文するものを探しにかかる。
焦る翔の横顔を廉太郎はじっと見て、黙って、口元だけで笑っていた。
画面に指を押し当て、スライドさせて新たなツイートを読み込むたびに、どきりとする瞬間が訪れる。
【うるさいなぁ】
講義室の喧騒に辟易したのだろう、それまでならば単なる誰かの愚痴としか思わなかったような呟きさえ、いつまでも頭の奥にこびりついて離れない。
そんな日が少し続いた頃には、翔にも直接口頭で『お前ツイートめっちゃしてるよなぁ』などと言われる機会までも出てきた。
ツイート回数を減らせばいいのか?
わざわざ凝る必要もないのか?
だからと言って意識的に用法を改めようとしても、余暇ができるとついついスマホに指が伸びてしまう。夜、日課の散歩をしていて美しい景色に出会うたびに、真っ先に頭に浮かぶのは『Twitterにアップしよう』という発想──。
翔は段々と、Twitterを開くことが苦痛になってきた。
こういう時、趣味垢の存在はありがたい。リアルでの関わりのない、真の意味で気軽な関係の友人たちが、趣味垢のタイムラインには揃っている。
つい昨日、有名な声優の熱愛報道がスポーツ紙からあったようだ。いつになく盛り上がっているタイムラインの中に、現実世界のことを呟いている者はほとんどいない。
(この人たち、リア垢はどうしてんだろ)
翔は疑問を抱いた。
以前、気になってアンケートをしてみたことがある。Twitterにはアンケート機能があって、二から四までの選択肢を自由に設定して投票できるようになっているのだ。リア垢と趣味垢、メインで使っているのはどちらの方か。結果は趣味垢の圧勝だった。
【お、サクラダだ】
【おひさー!】
早速エアリプが飛んできた。挨拶代わりの『いいね!』を送って、翔は凝り固まった肩をぐるんと回した。
ここでなら、現実の人間関係に悪影響が出ることはない。
自由に、好きなだけ、呟いたり反応を飛ばすことができる。
もう夜も更けてきた。眠りに就くつもりで部屋の電気を落とすと、布団の上のスマホが眩しい光を翔に浴びせかける。目覚ましを設定したのを確認した翔はスマホを伏せて──しばらくこっちにいよう、と思った。
(これ以上、リア垢にこだわってると、リアルでも本当に嫌われかねないし……)
そんなことになれば、今までの努力が水の泡だ。せっかく築き上げてきた自分の存在価値を、根こそぎ失ってしまいたくない。
怖い。
【あー肩凝った】
思い付いたことを呟きつつ、リア垢から離れてもTwitterができることに束の間の安堵を覚えた、が。
──『そっちでも同じ展開になるんじゃね?』
聞き覚えのない廉太郎の声が、無数のツイートを追跡する翔の指をいっとき、止めた。




