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Twitchy  作者: 蒼原悠
4/11

#4





 朝、起きる。スマートフォンを手に取り、Twitterを起動して通知を確認する。

 建ち並ぶ田町や芝浦の高層ビルの間を抜けて運河を渡り、JR線と第一京浜を越えて大学のキャンパスに入る。教室に入ってしまうと話し相手ができてしまうから、廊下で立ち止まってツイートをしたり、返信(リプライ)を飛ばす。そうして授業の間は、ごく普通の(・・・・・)大学生に戻る。

 誰とも食事を共にしない休み時間は、学生食堂で箸を動かしながらタイムラインを追跡する。と言っても、誰かのツイートだけを注視するといったストーカーまがいのことはしない。ただ漠然と画面を流れてゆく文章たちを眺め、気になったものがあれば反応する。その程度のものだ。

 浜離宮や銀座、築地に豊洲。外出先で気に入った景色があれば、夜景を撮る要領で写真を撮影した。そうして、気が向いた順にTwitterにアップロードしていった。そこに気の利いた一言でも付け加えておくと、笑いも取れたりして『いいね!』の数は増えた。

 暇な時間に目を通すインターネットの記事や情報も、積極的にタイムラインに流すようになった。今は多くのインターネットサイトに、そのページの情報を直接タイムラインに送り込むことのできるボタンが備わっている。インターネットは使い慣れた気でいた翔だったが、こんなにあちらこちらで見かけることのできるTwitterのアイコンに今まで気付きもしなかったのは、素直に驚いた。

 不特定多数を相手にできるTwitterは、遊びの約束をする場としても長けている。【いま暇】だとか【バ終】だとか【だるいけど今から大学行くw】だとか、放っておいても友人たちの現在状況は勝手に呟かれるのだ。直接聞き出す勇気を必要としないぶん、無料通話アプリのようなSNSよりもよほど使い勝手が良かった。

 夜も部屋の明かりを落としてから、Twitter。今は夜間モードという機能が実装され、暗い中でも眩しさを感じることなくTwitterを使うことができるようになっている。実家から遠く離れた一人暮らしの部屋の中では、口に出しておやすみと呟いても誰からの返事も返っては来ないが、Twitterではきちんと返事が来る。その反応がありがたくて、ついつい毎度やってしまう。

 Twitterを魔の空間と呼ぶ人がいるのは知っている。

 しかし、翔には理解不能な見解だった。翔にとってTwitterというSNSは、自分の人間関係の構築に必要不可欠な、大切な存在だ。それ以上ではあるかもしれないが、それ以下ではない。


 Twitterでの翔の好感度は、比較的高止まりしているようだった。

『お前ってさ、実際に会ってみるとけっこう印象違うよな』

 などという台詞を現実(リアル)で聞かされたことも、一度や二度のことではない。翔としても反応に困るので、あまり気持ちのいい言葉ではないが。

 もっとも、Twitterを通して人間関係が拡大したことで、現実の翔自身にも変化は訪れている。前と比べるとずいぶん話すことに抵抗がなくなったし、怖いと思うことも減ってきた自覚がある。

 特にそのことを実感するのは、高校の折にはほとんど交流のなかった女子と話している時だろう。

 Twitterで知り合った人間を現実(リアル)で確認することを、特定と呼ぶ。その“特定”を真っ先にしてみせた洋などとは、あれからTwitterでも授業でも一気に気楽な関係になった。宿題や漫画を貸し借りしたり、下らない冗談で笑い合えるようになった。

『最初に会った時から変わったよね、桜田』

 それが近頃の、洋の口癖だった。始めは苗字の後ろに影を落としていた「くん」も、いつの間にか姿を見せなくなっている。誉められているのか定かではないが、翔も決して悪い気はしなかったものだった。




 一週間に一度、翔は故郷の両親に電話で近況を伝えるようにしていた。

 五月に入ってから最初の週が終わろうとしている。夜、運河沿いのテラスの手すりに寄りかかりながら、翔はスマートフォンを耳元に当てた。スマートフォンが手元にあるのに、青い鳥は起動していない。昔はそんなことに違和感を覚えたりしなかったものだ。

 対岸の夜景が水面に落ちて、きらきらと色彩も豊かに踊っている。実家の近くでは見かけることのない賑やかな美しさに、いつしか素直に感動できるようになってきた。

「あ、母さん」

 繋がった。一週間ぶりの母の声がする。

──「最近どう? 元気なの?」

 自分たちが東京へ送り出しておきながら、母はどうにも心配性の卦がある。先週も先々週もしつこく問い詰められた。友達はできたのかと。

 だから今週は先んじて答えよう。翔は初めから、そう決めていた。

「友達、増えたよ。ゴールデンウィークも一緒に奥多摩に山登りに行ったり、竹芝港から船で伊豆大島に行ったりした」

──「あら、充実してるのね。良かったじゃない」

 母の言葉が、どうにも廉太郎の声に重なる。

「すごく仲のいい奴もできたしね」

 廉太郎や洋の顔を脳裏に描きつつ、翔はスマートフォンを耳に強く押し当てた。少し濁りのある潮の香りが、ふわりと舞い上がって翔を包んだ。

「母さん。東京、楽しいよ。とにかく色んな人がたくさんいて、寂しいって感じる暇もないくらい。どんな風に振る舞えばいいのかも少しずつ掴めてきたし、このまま何年でも暮らせるような気がする」

──「そう言ってくれたなら、私たちも送り出した甲斐があるってものよ」

 電話の向こうで、母は笑っている。嬉しいのか、可笑しいのか、受話器越しの翔には想像することしかできない。想像で許されるのなら、喜んでるんだな、と思いたい。

──「いつ帰省するの。目論見はあるの?」

「夏休みかな。今のところはまだ、特に用事もないしさ」

──「そう。日程が決まったら、早めに連絡しなさいね。私たちにも都合があるかもしれないからね」

「うん。分かってるよ」

──「それと」

 母が少し、声を小さくした。

──「必要のない心配だったら構わないんだけど。苦しくなったり、つらくなったりしたら、新幹線に乗っていつでも帰ってきなさい。いいわね?」

「うん」

 いつものように何気なく、翔は頷いておいた。



   ◆



 画面にかじりついて夢中になっていると、時間の経過というものは不思議と全く体感できないようになってくる。

 そうしてまた、何日もの日々が過ぎていった。過ぎていったことにも気付かれない日々が、オフィス街の谷間に響く雑踏にかき消される声のようにして、瞬く間に過ぎていった。


 今や翔のアカウント『Kakeru Sakurada』と言えば、慶興大学経済学部の名物ツイッタラーとして名高い存在になっていた。

 誰とでも積極的に関わろうとし、どんなツイートが『ウケる』のかも分かっている。控え目で大人しい、現実の翔との性格(キャラクター)のギャップもまた、ユーザーたちを引き付ける要因の一つだ。

 大学が始まって一ヶ月以上。さすがに慣れてきたのか、経済学部の学生たちにも不真面目の空気が流れ始め、すでに寝坊の遅刻や意図的なサボりの常習犯がごろごろ転がっている。そして彼らから、翔にこんな声がかかったりする。

【@edoage_1932 なー翔、俺の代わりにノート取っといてよ。今度アイスか何か奢るからさ(笑)】

【@edoage_1932 翔、今日の一限出てたでしょ?? 教授出席取ってた?】

 返事を怠ることがなく、かつ授業に出ている翔は、こういう時には頼りにされるのだ。頼られたい欲があるわけではないが、翔も満更ではなかった。

(どんな形だって、俺がみんなと関わっていけるのなら別に構わないや)

 そう思っていたから。

 対称的なのが廉太郎だった。キャンパスから徒歩十数分の芝浦に住む翔と違い、大学から自宅までの距離が大きいという事情もあるのだろう。廉太郎は授業を往々にして休みがちで、今やすっかり『クズ大学生』ユーザーとしての地位を確立している。授業で一緒になった時には翔のことを『毎回出てるってすげぇ』と称賛した上で、シャープペンシルをくるくる回しながら呟いた。

──『けどさぁ。高い私立の学費払ってやってんのに、つまんねぇ授業をやられたら腹立たない? こんな授業受けなくていいやって、俺なんかは思っちゃうけどな』

 予備校時代から、そうやって取捨選択をするようにしてきたのだという。せっかくお金を払っているのだから出ないともったいないのではないか。そんな感想を抱く一方で、【三限サボったったwww】などと自主休講の実施を宣言する廉太郎のことをバカ呼ばわりしながら嘲笑する周囲のユーザーたちにもまた、翔はどこか違和感を覚えざるを得ないのだった。

 通い始めた頃、講義室の中で感じていた、あの違和感によく似ていた。





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