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Twitchy  作者: 蒼原悠
3/11

#3




 以来、翔は少しずつTwitterに関わる時間を増やしてゆくようになった。


 まずは人が増えなければ、何も始まらない。待っていたって出会いはやっては来ないのだ。そう考えた翔は、とにかく同じ経済学部のユーザーを探してはフォローしていった。廉太郎の言っていたことは間違っておらず、すぐにフォロー返しがなされるアカウントがほとんどだった。

 かと言って、何もツイートしなければきっと飽きられてしまう。そこで翔は、夜の散歩の途中で撮り貯めた写真をアップロードしてみることにした。レインボーブリッジ、お台場、品川──それこそ毎晩のように出歩いていたので、ネタは無尽蔵に揃っている。たちまち十数件の『いいね!』が殺到し、初めての返信(リプライ)まで届いた。

 【@edoage_1932 綺麗じゃん、それどこ?】

 すぐにでも返事を飛ばして、撮影した場所を教えてあげた。『綺麗』という単語のうちにどれほどのお世辞が込められていたのかは翔の知るところではないが、そんなものは何でも構わなかった。こうして話し相手として認識され、リプライが飛んできたという事実そのものにこそ、今は大きな価値がある。

 『いいね!』の数が多いというのは、自分のツイートがそれだけの人数に見られていることの裏返しでもある。もっと仲良くなるためには、もっと見られるユーザーにならなければ。翔は他のフォロワーたちのツイートを研究した。食事の画像や授業に関わる話題、それから遊びの誘いなんかは、特に人気のあるツイートとして挙げられそうだった。

(って言っても、いきなりこんなお洒落なツイートをし始めたら変だよな。……俺らしいとも思えないし)

 第一段階は突破しているのだから不必要に焦ることはない。翔は何度も、そう自分に言い聞かせた。


 Twitterでの関係が現実世界(リアル)に初めて波及したのは、アカウントを開設して一週間後のことだった。

 慶興大学の経済学部では、一年次から専門科目の授業が始まる。初回はガイダンスのみで、翌週の二回目以降はいよいよ通常の内容に入っていく。その二回目の授業が終わった直後、荷物をまとめて席を立とうとした時に、背後から呼び止められたのだ。

「あのさ、人違いだったら申し訳ないんだけど……もしかしてTwitterやってる?」

 隣の席に腰かけていた女子だった。名前はもちろん知らない。もっともそれは先方も同じだろう。

 少しばかりどぎまぎしつつ、平静を繕って翔は頷いた。

「やってるけど」

「やっぱり! 『Kakeru Sakurada』の人でしょ? 昨日Twitterで、経済社会学の時どこに座ってるってツイートしてたの見てたんだー」

 紛れもなく、自分でツイートしたものだった。そして経済社会学とは今のこの授業だ。じわりと滲むように広がり始めた喜びを決して面には出さぬように、翔は問い返した。

「えっと、そちらは……?」

 大きな目をぱちくりさせた女子は、ああ、と笑う。

「あたし、『ぴろー』の中の人だよ」

 翔には思い当たる節があった。『ぴろー @pillowofquality』。三日ほど前に新たにフォローし、フォローを返してくれていた子だった。

「本名は金杉(かなすぎ)(ひろ)って言うんだけど、現実(こっち)でもぴろーって呼んでくれていいよ。あたし、本名そんなに好きじゃないから」

「う、うん……。あ、俺は桜田翔って言うんだけど」

「知ってるよ。だって本名がアカウント名じゃん」

 可笑しそうに肩を揺らす洋と、驚きと感激がいっぺんに押し寄せて複雑な顔になってしまった翔が、隣に並んでいる。「ぴろー」って呼びにくいな──少し困惑しそうになったものの、それを口に出す勇気が翔に備わっているはずはなかった。

 こういう時、何を話題にすればいいのだろうか。まさかこんな展開を予想できたはずもなく、彼女のツイートしている内容を翔は確認していない。つまり、彼女がどんな日常を送っているのか知らない。今さら悔やんでも遅いかと落胆しかけた矢先、先に洋の方が口を開いた。

「そうそう、桜田くんってすっごく綺麗な写真撮ってるよね! あたしあれ見て感動しちゃったよー」

「ほ、本当に?」

 文字で見るのと生で聞くのとでは、『綺麗』の重みが違う。洋は頷いてみせた。

「あたし、東京で生まれて東京で育ったんだよね。だからてっきり、ああいう景色も見慣れてた気でいたんだけど……。ね、桜田くんのスマホ使って撮ったんでしょ? 今度どうやって撮ったのか教えてよ」


 ──Twitterで交遊関係を広げることは、間違いなくできる。こんな俺にだって、できるんだ。

 洋に声をかけられた、たったそれだけの出来事が、翔にとって大いなる自信に結び付いた瞬間であった。



 翔の存在を洋に気付かせたツイートは、ついでに何人ものユーザーたちをも引き寄せていたようだった。その日一日だけで翔は、新たに四人の友人に話しかけられ、互いを知る仲へと進展した。

「ぶっちゃけ俺、あんまり周りと話したがらない奴なのかって思っててさぁ。なんか話しかけづらかったんだよな」

 と、少しもオブラートに包む気のない評を口にする人がいれば。

「芝田のこと、フォローしてるでしょ? あいつとよく話してるの見てたから、いつの間に仲良くなったんだろうって実は気になってたんだよねー」

 と、関心の中心が翔そのものにはないことを自ら暴露する人もいたが。

 翔は嬉しかった。結局、新歓の季節が過ぎても好きな部活やサークルを見つけることができず、友達と呼べるような存在も廉太郎ただ一人だけだった翔にとって、どんな形であれ話す間柄になれるというのは大きな一歩だったのだ。

 無論、その場ですぐに連絡先を交換した。交換相手の一人からは、自分の知らない間に作られていたクラス内のグループにも入れてもらうことができた。何かを認めてもらえたような心地が、スマートフォンを握る手を少し暖めた。




 昼休み、翔は気の向くままにふらりと田町駅前の定食屋に向かった。学生街である前にオフィス街なので、田町の近辺には人気の高い定食屋がいくつもある。それでも平日の日中ともなれば、どこを覗いても大混雑だ。

 たまたま空いているという理由で何気なく選んだ店の奥に、偶然にも廉太郎がいた。

「よ」

 翔に気付いた廉太郎は、自分の座っているカウンターの隣席を指差した。こっち来いよ、の意か。

 背の高い椅子は、どうにも不安定で落ち着きがない。足元にカバンを下ろして腰掛け、机上のメニューを手に取ると、廉太郎が話しかけてきた。

「で? 最近どうだよ、お前」

「うん。おかげで話せる人、増えてきた」

 翔は笑った。笑ってから、廉太郎の前で笑うのは初めてかもしれないと思った。

 今や翔のフォロワー数は八十人ほどに急増している。しかもそのうち三割近くは、現実(リアル)での知り合いへと昇華していた。Twitter上だけの友達だっているけれど、その彼らとも最近は自然な会話ができるようになってきている。翔は着実に、自信をつけてきていた。

「そりゃよかった」

「この前、リア友になった奴がうちのアパートに遊びに来て。一緒にゲームやったよ。高校以来だから、すごく楽しかった」

「へぇ。そういや俺もお前のアパート、行ったことないな」

 廉太郎は感心したような声を上げた。翔はすかさず地図アプリを起動して、自宅のある位置を示してみせる。この反応の俊敏さが現実(リアル)では求められていることにも、昔と違って馴れてきた。

「芝田はどこに住んでるんだ?」

 ついでに聞くと、廉太郎は薄い笑みを口元に引く。

「俺はもっともっと田舎の方だよ。練馬とか西東京とか、その辺」

「ふーん……」

 上京からさほど時間が経っていない翔には、その地名がどこなのかの把握がいまいちできていない。

「じゃあ、実家なんだ」

「いや。あの辺は地価が安いから、アパート代もそんなに高くないってだけさ。生活費、バイトで稼いでるからな」

「偉いんだね……。俺、まだアルバイトに踏み切る勇気が出ないんだ」

「偉くなんてねぇよ」

 廉太郎はまだ、引いた薄笑いを拭い去ろうとしない。

「そのくらいの覚悟がないと俺、この大学に進学できなかったってことだよ。それだけさ」

 意味深長な言葉選びに、それ以上はこの話題を続行してはいけない空気を感じ取って、翔は再びメニューに目を落とした。


 廉太郎は学食が好きではないらしい。毎日あちらこちらの店を回っては、頼んだ料理の画像を撮影してTwitterにアップロードしている。

──『この習慣、悪くないぜ。なんたって食生活をTwitter上で確認できるんだからな』

 毎度律儀にアップロードする理由を尋ねると、廉太郎はそう答えてのけた。メモか何かのような使い方をしているようだ。

 しかし実際のところ、Twitter上に食べ物の画像を載せているユーザーは多い。中でも際立って多いのはラーメンである。学生街でもある三田の近辺にはラーメン屋の立地が集中しているらしく、中には一緒に出向いた友達が麺をすすっているところを撮影してアップロードしている者もいる。肖像権っていう概念はないのかとすぐに考えてしまう翔は、やはり根が真面目すぎるのだろうか。

 受けのいいツイートの形を研究していると、画像付きの食事レポートには特に『いいね!』が集まりやすいことに気付く。それ以外でも、『再投稿(リツイート)した人に思ったことを言う』のようなハッシュタグのついたツイートや、自分の勉強の怠けっぷりを暴露するツイートなどは、大学生ユーザーたちには人気があるようだった。

 入学式から一ヶ月以上が経過したとは言え、翔たちはまだ新入生であることに変わりない。互いの距離を探り合う意味合いもあるのだろうなと、翔は推理していた。

 だったらこちらのものだ。距離が安定していない、逆に言えばこちらの出方次第でいくらでも印象を操作できる今のうちに、より親交を深めてしまえばいいのだ。

 【その課題、提出日は三日後って教授言ってたぞ。ヤバいんじゃない?】

 【お前もその映画好きなんだ! なら、今度一緒に観に行かない? 四限の授業休講でしょ?】

 タイムラインを漂う数多の呟きに、翔は逐一反応して積極的に返信(リプライ)を飛ばすようにした。

 現実に会っている時には思い付きもしないような前向きな提案や話しかけが、Twitterでは驚くほど容易にできてしまう。その楽しさが、翔のTwitterへの拘束時間を少しずつ、少しずつ引き伸ばしてゆく。

 Twitterとは、不思議なものだ。こちらが何かを要求しなくとも、特定の相手に伝わることを期待されない無数の呟きが、勝手にタイムラインという川の中を流れてゆく。時間があればあるだけ、新たな呟きを目にすることができるのである。翔にとってその経験は、不思議でもあり、妙でもあり、そして今は少し、快感に親いものにもなりつつあった。






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