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Twitchy  作者: 蒼原悠
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#1












「じゃあさ、Twitterでも始めたらいいんじゃね」


 ……ドリンクを一気に飲み干しながらそう(のたま)った眼前の友人に、桜田(さくらだ)(かける)は無意識のうちに尋ね返していた。

「Twitter?」

「そう、ツイッター。お前やったことあるか?」

「ないではないけど」

「なら、勝手だって分かるだろ」

 先刻からいっこうに食指の動かない翔とは対称的に、友人──芝田(しばた)廉太郎(れんたろう)は細長いポテトをぽいぽいと口の中へと放り込んでゆく。よくあんなに突っ込んで喉が乾かないもんだ、と思った。翔と違って食べ馴れているらしい。

「知り合いの輪を広げたいなら、俺はSNS(ソーシャルネットワークサービス)が一番だと思うよ。Facebookとかインスタグラムとか今はごちゃごちゃ色々あるけどさ、Twitterは日本じゃ一番支持を受けてるサービスの一つだし。とりあえず始めてみればいいんじゃね?」

「Twitterか……」

 応える気のない返事を繕いながら、翔は机の下で指をこねくり回していた。

 翔だって多少のことは知っている。米国生まれの短文投稿サイト・Twitterは、今や世界中の有名人がアカウントを持ち、あらゆる人の発言を追ったり返事(リプライ)を飛ばすことのできる、最も自由なスタイルのソーシャルネットワークのひとつだ。翔も一時期、アカウントを所有していたことがある。

(でも、なぁ)

 気乗りがしなかった。訳もないのに、Twitterの良さを語る目の前の友人が、急にどこか遠くにいるような錯覚がして、素直にうんと頷くことはなかった。



   ◆



 翔は、今年の四月に東京の慶興大学に進学してきた、経済学部の一年生だ。

 出身は東北地方。高校の仲間たちの中で唯一、最初から東京の私立大学を第一志望校に据え、この春に受験を終えて上京してきた。

 慶興大学。東京都港区の三田にキャンパスを持つ、日本でも指折りの秀才私立大学である。学力がさほど高かったわけでも、上京志向があったわけでもない翔が、わざわざ遠く離れていて学費も高い東京の私立大学を選んだのは、元はと言えば親からの強い勧めが理由だったように思う。

『あんたは放っておくと、すぐに内向きになって閉じこもっちゃうから。せっかくだから都会の空気を吸って、新しい自分を見つけてきんさい』

 常日頃、両親からそんな説得を受け続けてきた。いつしか自分自身でも『そんなもんか』と感じるようになってきたのだろう。

 東京は何度も旅行で訪れている。名古屋や大阪と違って、そういう意味では馴染みがないわけではないし、何かがあれば新幹線ですぐに北に向かうこともできるはずだ。ならば、たった四年間の挑戦くらい、してみてもいいか──。

 それが、翔の大学生になる数少ないモチベーションだった。




 鍵を回して自宅に入ると、カバンをベッドの上に置いた翔は、息をゆっくりと吐いて椅子に腰掛けた。

「……なんか、ただ疲れただけだったな」

 愚痴が口をついた。ここなら、どんなことばを口にしても誰かに聞かれることはない。もっともそんな安心感を得られるほど、まだ翔はこの家で長く暮らしているわけではないのだけれど。

 日常的に通う以上、やはり住まいは大学のある三田に近い方が望ましい。そこで親と話し合った翔が選んだのは、JR田町駅から東へ徒歩十分くらいの運河沿いに立地する、それなりに安価な学生向けアパートだった。むろん安価とは言えども、そこは東京の都心三区だけあって決して安いわけではない。けれど、目の前を流れる芝浦の運河や、首都高羽田線の少し奥に頭だけを覗かせるレインボーブリッジの景色は、その家賃を払うだけの価値があると翔にも十分に思わせてくれるものだった。実際、ほとんど一目惚れにも近い物件選択だったのである。

 そのアパートで暮らすようになって、もう二週間。大学ではすでに授業も始まり、話せる関係の人も少しだけ、見つけられ始めた。

(だから、なんだよな)

 何度も咀嚼したはずの不安な思いを、椅子の背にもたれながら翔は再び反芻した。

 翔の友人に東京の大学を志望した者はいない。地方に住んでいれば地方の国公立大学を志望するのが普通なのであって、上京した時点で翔はまったくの孤独だった。それでも、他の誰もが同じ境涯だったならば問題はなかったのだ。入学式の直前になって知ったのだが、慶興大学には付属の中学や高校があり、そこから毎年のように大学へと大量に生徒が送り込まれてくるのである。

 そうでなくとも、友人と手を取り合って受験を乗り越えてきた東京の高校出身の生徒だって多い。入学式の時など、翔の周りはほとんど全員が知り合いと一緒という有り様で、翔はひどく寂しい思いをさせられた。

『桜田くんの友達ってさ、誰もここの大学受けてないの?』

 配属されたクラスで自己紹介をした時にも、何度もそんな質問を受けた。もちろん翔に落ち度はないのに、素直に答えるのがなんだか躊躇われて、翔はいつも返事を適当にはぐらかすばかりだった。──『いや、大学受験失敗した奴もたくさんいるし』と。

 平静さを装う一方で、翔の内心が激しい焦りを覚えていたのは言うまでもなかった。まずいぞ俺。俺、この街には何のツテもないんだぞ。ここで友達作りに失敗しようもんなら、これからの大学生活が色んな意味で危なくなる──。

 募る危機感は、普段はまるで積極性に欠ける翔の背中をも押してくれた。『一刻も早く、友達を作ること』。それを第一目標に、今日までたくさんの新歓やイベントに参加してきたつもりだ。

 新歓時期には先輩が甘くなるとは聞いていたが、おおむね事実だった。先輩たちは口を開けば『おごろうか?』などと言い出し、そういう先輩の多い部活やサークルの新歓イベントにはタダ飯や暇潰し目当ての新入生がわらわらと集まって、ちょっとした合コンのような雰囲気が醸成されるのだ。翔もそれに便乗した。必死に会話を上手く回そうと、仲良くなる切り口を見つけようと躍起になった。

 そんな時に出会ったのが、廉太郎だったのである。


 元はと言えば、交遊関係の広い廉太郎を羨ましく思った翔の方から、『相談に乗ってもらってもいい?』と田町駅前のファストフード店に廉太郎を呼び出したのが、今日の二人が昼を共にした理由なのだった。

(いい奴ではあるんだけどな。周りからの好感度だって、高いみたいだし)

 手と手を頭の後ろで組みながら、天井を見上げ翔は呟いた。

 SNSなら、連絡手段として使っているものは翔にもある。だが今日の今日まで、Twitterを始めることはまるで考えてもいなかった。以前に興味本意でアカウントを開設したことはあったのだが、ほとんど何もしないうちに飽きて削除してしまい、以来Twitterとは一切関わりのない日々を送っていたところだ。

 確かデフォルトでインストールされてたな。そう思い、スマートフォンをポケットから引っ張り出した。最近のスマートフォンは便利なもので、日本人に利用されやすいアプリケーションソフトはあらかじめインストールされていることが多いのである。

 果たして翔の予想は当たった。真ん中で白い鳥が舞っている青い四角のアイコン。タップするとすぐに、新しいアカウントを作成する画面に誘導された。


『Twitterはさ、何かっていうと便利なんだよな。友達の動向を知ることもできるし、遊びにも誘える。暇潰しと連絡手段の機能が両立してるってわけだよ。ま、心配すんなって。桜田の場合は自己紹介欄(bio)に「KKK」って書いとけば、勝手に同じ学部の奴が気付いてフォローしてくれるさ』

 つい三十分前の廉太郎の声が、脳裏でぐわんと響いた。KKKとは、慶興大学経済学部の頭文字を取った通称である。

(あいつのアカウント名は何だったかな。──あ、そうだ。確か名前が『廉太inK』で、IDは『@rent_a_Kars』だったっけ)

 新規登録を要求する画面を前に、翔はとりとめもなく廉太郎とのやり取りを思い返していた。どうしてIDを覚えているのだろう。妙に印象に残りやすい文字列だったから、か。

 その時、ふっと気が迷いを覚えた。

 何でもいい。とりあえずアカウントだけでも作ってみようか──と。

 なんなら廉太郎のアカウントの呟き(ツイート)を追跡するだけでもいい。気が向かなければ使わなければいいだけの話だ。本来SNSなんて、いやスマホのアプリなんて、そんなもののはずだ。

(呼び名は適当でいいか……)

 要求される順に、呼び名(ニックネーム)や電話番号、メールアドレスを打ち込んでゆく。一分とかからないうちに、翔の指先の描く弧が骨格を組み、神経を繋ぎ、そこには新たなアカウントが誕生してしまっていた。


『Kakeru Sakurada

@edoage_1932』


 初期設定の人間形のアイコンを背負って、アカウントは翔の手の中でじっと沈黙している。まるで、その手の温もりの中で産声を上げるのを待っているように。

(……なんか、簡単だった)

 翔は翔で拍子抜けしていた。同じSNSでも、無料通話アプリのアカウントを新設した時よりもずっと簡単で、手軽な手順のように思えた。

 案外、この手軽さこそが日本人に受けている要因なのかもしれない。まだ一言も呟いていないのに、その人気の片鱗を肌に感じたような心地がする。

「そうだった、芝田のアカウントを探さなきゃな……」

 我に返った翔は、右上の虫眼鏡のボタンを押して検索画面に移動した。

 壁にかけた時計が、またひとつ、カチリと乾いた音を立てて分針を先へ進めた。







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