夜の三冠王
「ここはどこだ?」
気が付くと見知らぬ草原に立っていた。
おかしい。俺は史上初の五季連続優勝をかけて甲子園に向かっているはずだ。
それがどうしてこんな所にいるんだ? これは夢なのか。
とりあえず周りを見てみる。
空に鳥がいた。というかよく見ると鳥ではない。ゲームとかで見るワイバーンだ。
そして地上には、200メートルほど先にカマキリがいた。なぜそんな先のカマキリが見えるかというと、とても巨大だから。2メートルくらいあるな。
「おいおい、ここはもしかして……」
ゲームでお馴染みのワイバーンに、巨大なカマキリ、そうここは間違いなく……
「GUNMAか!」
『GUNMA』そこは日本最後の秘境と言われる場所。他の者を寄せ付けぬ過酷な土地。ワイバーンや巨大カマキリがいてもおかしくない。噂では試合のために遠征したチームで、無事帰ってきたチームがないらしい。
「そういえばGUNMA代表には、いつも苦戦をしいられてるな」
俺がGUNMA代表との死闘を思いだしていると、突然声をかけられた。
「おい、お前は何者だ!」
見ると鎧を身に着け、剣と盾を持った男がこちらを見ていた。西洋の騎士みたいな格好だな。
やはりこの過酷な土地では、これが正装なのだろう。
「俺は埼京学園野球部三年、夜野球児ポジションはキャッチーだ!」
聞かれたのできちんと自己紹介をする。
俺は礼儀正しい高校球児だからな。
「ヨルノキュウジ? それがお前の名前か。なぜ魔王の本拠地に近いこの草原にいるんだ」
魔王だと……GUNMAには魔王までいるのか!しかし今は魔王に興味はない。
「知らん、気付いたらここにいた」
「知らないだと……ここは知らずに来られる所じゃないぞ。怪しい奴め! さては魔王の手下だな」
く、やはり余所者には厳しいのか。
しかし俺には甲子園が待っている。時間がない。
「魔王など知らん。悪いが俺には、甲子園五季連続優勝の目的があるのだ。先を急がせてもらう」
そう言って立ち去ろうとすると奴の仲間に囲まれていた。
「全部で八人か」
相手の数と姿を確認する。騎士みたいな格好をした奴もいれば、フードをかぶった魔術師みたいな奴もいる。なんとかこの窮地を脱しなければ。
やれやれ甲子園の道のりは険しいな。
「囲まれているのに落ちついているな」
さっきの騎士が、剣を構えながら呟く。
「当然だ、このくらいで狼狽えるようでは甲子園では戦えない!」
俺は王者埼京学園の四番だ。このくらいでオタオタするような奴には務まらない。
さて、どうやってこの場から逃げるか考えていると、耳をつんざく轟音が響いた。
「きゃあぁぁぁぁぁぁ」
悲鳴があがる。
声のしたほうを見ると、地面が抉れて俺を囲んでいた一人が倒れていた。
「あれは炎の魔術を操る骸骨魔道士だ!」
さっきの男が叫んだ。
少し離れた場所に骸骨の軍団がいた。
骸骨軍団は次々と火の玉を投げてくる。
かなりの速さで飛んで行き、地面に触れるとその場所は抉れていた。
「すごいな、骸骨が動いてる」
どこまでフリーダムなんだGUNMA!
骸骨軍団の怒濤の攻撃を、必死に防ぐ騎士と愉快な仲間達。
だか騎士達の必死な防戦も、遂に綻びが見え、骸骨軍団の火の玉が騎士に迫る。
俺は慌てることなくバッグからミットを取り出し、騎士の前に躍り出る。
「とぅりゃあぁぁぁぁぁぁ」
俺は難なく火の玉をキャッチする。
普通の高校球児なら無理だが、5(ファイブ)ツールプレイヤーと言われている俺には造作もない。ちなみに5ツールプレイヤーとはミート力、パワー、守備力、走塁力、肩が優れている選手を言う。
「むん、むん、む〜ん!」
次々に俺に向かってくる火の玉を、難なくキャッチする。
「ウチのエースの球はもっと熱いぜ!」
骸骨軍団に向かって叫ぶ。
「よぉぉぉぉぉぉし、今度はこっちの番だ、バッチコ〜イ!」
バッグからバットを取り出し、向かってくる火の玉を正確に打ち返す。
「千本ノックゥー!」
打ち返された火の玉に逃げ惑い、吹き飛ぶ骸骨軍団。
「この程度の球で俺は打ち取れん。甲子園に出てくる投手の球はこんなものじゃないぞ!」
全滅した骸骨軍団に向かって叫んだ。
「ヨルノ様!」
「ヨルノ様だと?」
見るとさっきの騎士達が、整列して立っていた。
「ヨルノ様、先ほどの私達の失礼な態度をお許し下さい。私はウサ王国騎士団のルースと申します。突然の不躾なお願いで申し訳ありませんが、どうか我々にお力添えを」
「なんだとう!」
「我々は、魔王を倒す為に組まれたパーティーなのです。ですが、我々の力だけでは、それも叶いません。どうかヨルノ様のお力をお貸し下さい」
そう言って八人が頭を下げてきた。
あれ? 八人だと?
「さっき一人、吹き飛ばされてなかったか?」
「先ほどの者なら魔術で治療しました」
ルースの言葉を聞いて考える。
魔術だと……いくらGUNMAでも魔術はないだろう。そうするとここは……そして俺はある答えに辿り着く。
「ここは異世界か!」
これっぽっちの情報で、この答えに辿り着いた今日の俺は冴えてるな。
超高校級の冴えだな。
それにしても異世界ね……異世界やら魔王やら、普通の高校球児ならすぐに受け入れられないだろうが、一流プレイヤーは違う。全てを受け入れる。
一流プレイヤーは切り替えが早いのだ。
「だが、魔王を倒すのに八人は少なすぎないか」
俺の疑問にルースが答える。
「魔王復活は我々の予想外であり、魔王を迎撃する準備も整ってない状況なのです。その為、一か八かの奇襲攻撃に打ってでる事にしたのです」
「それは随分危険な賭けだな」
「はい。ですが、たとえ奇襲が失敗しても、迎撃の準備が出来るように少しでも時間を稼ぐつもりです」
『自己犠牲』
彼らの話を聞いてこの言葉が思い浮かんだ。
そしてそれと同時に、我がチームの二番バッターの可愛の姿を思い浮かべた。チームの為に自分を殺し、球を殺し、コツコツとバントをしている姿を。
地味だが、チームになくてはならない存在だ。
そして国の為に、自らを犠牲にせんとする彼らもまた、ウサ王国の二番バッターなのだ。
野球人として、二番バッターを見殺しにするわけにいかない。
「わかった。一緒に行こう!」
「おぉー!」
「良かったぁ!」
「ヒャッハァー!」
軍団から安堵の声がもれる。
だが、ふとルースが心配気な顔で聞いてきた。
「しかし頼んでおいてなんですが、これから先は、魔物がたくさん出て危険ですよ」
その言葉に俺は、怖じ気づくことなく自信満々に答える。
「フッ、魔物が怖くて甲子園で戦えるか!」
「おぉ、さすがヨルノ様」
ルースが感嘆の声を洩らす。
「よぉし、行くぞ!」
「はい!」
こうして俺達は魔王の元に向かった。
途中、魔物達に襲われるも、俺のバットでなんなく撃退していき、そしてとうとう魔王の元へたどり着いた。
「そんな……」
ルースが絶望した声をもらす。
魔王の城の前に、千体くらいの魔物が待ち構えている。
そして一番前に三メートルくらいの、一際デカイ魔物がいた。
パーマ頭には角が生え、上半身は裸で、腰に虎柄の腰巻きをしている。
「あ、あいつは……」
ルースが呟く。
「数多の屈強な騎士団が潰され、難攻不落と言われた城を次々と落としていった伝説の鬼、その名は……さす鬼。奴は危険です。ここは作戦を立てて戦いましょう」
ルースがそう提案してきた。
だが、相手がこちらの都合通り待ってくれるとは限らない。
「どうやらそんな時間はないみたいだ」
さす鬼がもの凄いスピードで俺達に迫ってくる。
185センチ90キロの俺が子供に見えるほどの巨体が近づいてきた。
「むっふぅ〜ん」
奴の巨体を受け止める。
「キャッチアンドリリース!」
奴を魔物の群れに投げ返す。
「お前ごときのタックルでは、甲子園に出てくるキャッチャーには、通用しないぞ!」
投げ飛ばした鬼に向かってそう叫ぶ。そんな俺に向かって、ルースが駆け寄って来る。
「ヨルノ様、大丈夫ですか。奴のタックルで潰された騎士団や街は、数えきれないほどなんですよ」
「問題ない!それよりルースよ、魔王はどいつなんだ」
俺の質問に対して、魔物軍団の奥にいる、屈強な魔物が担ぐ輿に乗って、えらそうにしている奴を指差す。
「奴が魔王です。しかし魔物の群れを越えて、奴までたどり着けるのでしょうか」
ルースの顔はかなり不安気だ。
俺はルースを元気づけるように言う。
「将を射んと欲すれば先ず馬を射よ(意味は知らない。ただ語感がいいから言ってみたかった)」
「おぉ!(これは倒したい相手に対して、まずは周りから攻略しろという兵法なのか? だとすると、すでに周りの魔物達を攻略する方法を思いついてるということか……なんてことだ、身体能力だけで無く知能まで規格外なのか、このお方は!)」
ルースは俺の言葉を聞いて、最初驚いた顔をしていたがすぐに満足そうに頷いた。どうやら俺の言葉のチョイスは正しかったようだ。やはり今日の俺は冴えてる。切れ切れだな。
「ルースよ、見ていろ。これが俺の戦い方だ」
そう言って俺は、バッグから硬球を取り出す。
「ぬふおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」
鋭い気合いと共に、魔物達に向かって球を投げる。
『狂肩』
甲子園での盗塁阻止率九割五分という、驚異的な数値を記録した俺の肩は、強肩ではなく狂肩と呼ばれている。
その俺の右手から放たれた球は、空気を切り裂き一筋の光となって……魔王の胸を貫いた!
「グァァァァァァァ−−」
魔王は断末魔をあげ絶命した。
魔王は倒された。
「あっ……(馬射る前に将射っちゃった)」
驚きの声をあげるルースを横目に、俺は魔物達に向かって走り出した。
「どぉりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
そしてトップスピードからの、スライディングをお見舞いする。
「ギャアァァァァァァァァァ」
俺のスライディングをくらい、間欠泉のように勢い良く空に舞い上がる魔物達。
「ははは、どうした、どうしたぁぁぁ。お前達の力はその程度か! こんなものでは甲子園に出場出来ないぞ!」
そう言いながら、次々とスライディングを魔物達にくらわしていく。
「とぅりゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「ギャアァァァァァァァァァ」
舞い上がる魔物達。
「うぇぇぇぇぇぇぇぇぇい!」
「ギャアァァァァァァァァァ」
飛び散る魔物達。
そして……数分後には立っている魔物はいなかった。
圧勝だ。コールドゲームである。
超高校級プレイヤーと呼ばれている俺の前では、魔王も魔物達も相手にはならなかった。
「また、勝ってしまった。敗北を知りたい」
「ヨルノ様!」
俺の名を呼びながら、嬉しそうに駆け寄って来るルース達
「俺達の勝利だ!」
俺が勝利宣言をすると、ルース達は抱きあって喜んだ。
とその時、突然目の前の空間が光り出した。
「な、なんだ、これは」
ルースが驚きの声をあげる。
だが、俺には一目見て分かった。これは元の世界に帰る扉だ。一流プレイヤーの勘だから間違いない。
「お別れだ、ルース達よ」
「どういう事ですか、ヨルノ様」
「俺は帰らなければならない。猛者と魔物が待つ甲子園にな」
「そんな……」
名残惜しそうなルース達。だが俺の帰りを待っているチームメイトがいる。
「達者でな、ルース達よ」
そう言って俺は、光りの中に入って言った。
ウサ王国の戦いは終わった。
だが俺の本当の戦いはこれからだ!
〈完〉