鴨川旅行でも勝ち組 そのいち
自慢じゃないが、俺は2回目の鴨川旅行だ。
もし、これがサスペンスなら、名探偵を演じることができそうだ。
前回を知ってるもんな。
8月。夏休みの真っ最中。
予備校の夏季講習の合間を縫って、我々B班メンバは鴨川の、今野の叔父さんのペンションにやってきた。
東京から電車とバスで3時間というところだ。少し早目の7時に集合したので、今はまだ10時。
ここは、バスや車を使えば、近場の海水浴場や観光施設にも行ける、良い立地条件を持っている。
バス亭でバスを降りると、目の前に「ペンション今野」の看板が建っていた。
その標識に沿って歩く。
徒歩5分の道中には、青々と茂った畑が続き、トマト、キュウリ、なす、すいか等、
いろいろな作物の実った畑が広がっていた。
トマトは真っ赤。きゅうりは緑。なすは青紫。自然のままの澄んだ色合いの作物が食欲を誘う。
あのトマト、冷やして塩ふったら美味しそうだなぁ。小腹が減ってきたよ。
「なぁ、あの人何もんだろう?」
佐野がスイカ畑の方を指さす。
そこには、半分に割ったスイカの皮をヘルメットのように頭からかぶった女性がいた。
サングラスをかけているので、顔はわからない。
「ねぇ、りっかちゃん。あの人、もしかして……まさかね?」いちごが話しかけてくる。
彼女の言いたいことはわかる。俺もそう思ったんだ。あの人に似ている と。
「いやぁ、幾らなんでもそれは無いでしょ。無い無い、だってここに居るわけないでしょ」
「そうだよね。他人の空似だよね」
俺たちは、スイカの妖精をスルーしてペンションに向かった。
山あいのペンションは、しゃれた洋風のつくりだ。
3階建てで、3階が事務所兼住所、1階の半分が大広間や食堂になっている。
客室は、1階の残り半分と2階部分にあり、十数部屋くらいがある。
日当たり良好、手入れも行き届いていて、良い雰囲気のペンションだ。
「孝ちゃん、久しぶり~大きくなったわね」
こちらを見つけた30代くらいの女性が、今野に声をかけてくる。
「叔母さん、お久しぶりです。同級生です。お世話になります」
「よろしくお願いします」「お世話になりまーす」
「こちらこそ、よろしくね。暑かったでしょう?中に入って」
ペンションの食堂に通され、冷えたジャスミンティーが振舞われる。
食堂は山あいを抜ける爽やかな風が入ってきて、とても気持ちがよかった。
食堂で作業の説明を受ける。我々が行うべき作業は、収穫と草むしり。
朝と午後に畑をひとまわりして作物をチェックし、ご飯用に収穫したり、悪くなったものは集めて肥料にする。
作物はそのまま放置すると、虫や鳥を呼び寄せてしまい、畑に良くないので、きちんと見回る必要があるのだ。
「今日の午後からお願いね。草むしりは見回ったついでに目立った雑草があったらでいいから」
我々にいろいろ教えてくれた後、今野の叔母さんは病院の方に向かった。
叔父さんの着替えの手配等、いろいろと面倒な手続きがあるそうだ。
「叔母さん、今日は向こうに泊まるから、ペンションの中のものは自由にしていいって。
あと、従姉が友達と来てるんで、その部屋以外で部屋分けしようぜ」
俺は前世で一度来ているんだが、その時は従姉さんは居なかったように思うんだ。
「ねぇ。今野くん。従姉さんって、空手の有段者だったり、眼鏡の男の子連れだったりしないよね?」
答えがyesなら、このペンションは危険だ。殺人事件が起きる。
「佐久間さんも知ってるはずだよ。手芸部の鷹司先輩」
「えっ!?」
そういえば、手芸部調理班長の鷹司先輩は今野の従姉だったな。
ということは、まさか、あのスイカの妖精は……
そこに現れる鷹司先輩。
「孝ちゃんの従姉の鷹司やよいだヨ~。
これから、夏野菜カレーを作るんだヨ~
みんな、部屋でひとやすみして、待っててネ~」
「やよい従姉さん、俺も手伝うよ。材料は?」
「朝に取ってきたナスと、トマトも入れるヨ~」
「じゃ、こっちも荷物置いてきたら手伝うとすっかね。
仕事した後の方が美味いもんな。やること残しといてくれよ」アリサの一言で方針が決まった。
「そういえば、途中でまどかに会わなかったかナ?
おやつ用にスイカ取りに行ったはずなんだヨ~」
顔を見合わせる我々。途中で出会ったのは、スイカの妖精だけだもんな。
「スイカの皮を被った人なら見かけましたよ」
優等生の坂田君が、言いにくいことを、ちゃんと言ってくれたよ。
「幾らなんでも、それは無いと思うヨ~」「ですよね~」「ハハハ」
食堂に一瞬、沈黙が流れる。
その沈黙を破るように、ペンションの電話が鳴り響いた。
「電話出てくるから、荷物置いてきてネ~」
部屋割と部屋決めは、電車の中で既に決定済み。
男子は1階、女子は2階。2人ペアに分かれて部屋を確保。
部屋に荷物をおいて食堂に再集合すると、鷹司先輩から重大な発表がされた。
「さっきの電話、警察からだったんだヨ~
うちのスイカ畑で、まどかがスイカ窃盗で誤認逮捕されたんだヨ~
身柄の引き取りに行ってくるから、カレーの方、お願いしたいんだヨ~」
「わ、わかりました。従姉さん」
鷹司先輩は、ペンションの自転車に乗って、警察署に行った。
ついに警察が動いたかぁ。
スイカの皮被った見慣れない人間がスイカ収穫してたら、普通は不審人物でしょっぴかれるよな。
「なぁ、何であの人は、スイカの皮を被ってたんだろうな?」
佐野が俺といちごに尋ねてくる。本人に聞いてくれよ。
我々の前途多難をあざ笑うかのように、8月の空は青々としていた。
 




