卒業式でも勝ち組
自慢じゃないが、俺は気持ちの切り変えが早い。
いつまでも、悲しみに流される事は無い。
そのはずだ。きっと、今世でも。
春から夏、秋から冬。そして、また春。
この学校に入学して、いろいろな出来事があった。刺激に満ちた1年だった。
だが、出会いがあれば別れもある。
今日は卒業式だ。ほのか先輩が卒業して行く日。
校長の話も、来賓の話も、俺は全く聞いていなかった。
頭の中で、昨日の事を何度も思い返していた。
昨日の放課後、俺は一人で生徒会室の掃除をしていた。
そこに、ほのか先輩がやってきた。
「りっちゃん、こんにちわ」
「あ、ほのか先輩。明日は卒業式ですね。おめでとうございます」
「ありがとう。最後にさ、ここが見ておきたくて、来ちゃった」
「ふふ。ほのか先輩は、ここで6年過ごしたのですよね?」
「そうそう。りっちゃんと同じで、中等部の参議になってさ。
それで、生徒会って面白そうだなぁ、って、書記に立候補して。
生徒会長にまでなっちゃった」
「今度は、教師を目指すんですよね。頑張ってください。
きっと、素敵な先生になれますよ」
「そうかな……、そうかなぁ?」
「はい、きっとなれますよ」
ほのか先輩が、じっと俺の顔を見つめ、そして近づいてくる。
そして、ほのか先輩が、腕を伸ばし、力いっぱい俺を抱きしめる。
「やだ、やだ、やだ。いやだ。教師なんて、なれなくてもいい。
わたしは、りっちゃんと一緒にいたい。大好きな人と一緒にいたい。
卒業なんてしたくない。教師になんてなりたくない。ずっとここにいたい。
りっちゃん、りっちゃん、りっちゃん。」
泣きだしたほのか先輩の大粒の涙が、俺の頬に落ちてくる。
雨のように、雪のように。
俺は、先輩の背中をなでてあげるくらいしか出来なかった。
どのくらい時間がたったろうか。ほのか先輩はようやく泣きやんだ。
「りっちゃん、女の子同士なのに、わたし、おかしいよね。
でも、でもね、わたしはりっちゃんが好き。大好き。」
ほのか先輩は、俺の事を力いっぱい抱きしめてくる。
「明日、卒業式の後、待ってるから。ここに来て。」
式は厳粛に進んで行く。時折、何処からかすすり泣く声が聞こえる。
卒業生だろうか、在校生だろうか。
「在校生代表送辞」
新しい生徒会長が、卒業生を送り出す。
卒業生が、夢を持って前に進めるように。
「卒業生代表答辞」
ほのか先輩が、在校生に向けて、最後の言葉を贈ってくれる。
卒業生が居なくなっても、在校生たちが泣かないように。
ほのか先輩らしい、慈愛に満ちた言葉。
この学校が大好きで、みんなが大好きなほのか先輩。
そして、俺が大好きな、ほのか先輩。
卒業生にも在校生にも、すすり泣きの声が広がっていく。
彼女の言葉を聞いたことで、俺は心が決まった。
ほのか先輩は、俺と付き合うことで多感な少女時代を過ごした、この三つ葉学園といつまでも繋がっていたいのだろう。
でも、それは新たな世界へ進むにあたっては足かせになる。
彼女の「教師になりたい」という夢をかなえるには、少女のままではいけない。
大人にならなければならない。
彼女は泣くだろう。でも、きっと、ほのか先輩は乗り越えれられる。
だから、俺は待ち合わせ場所には行かなかった。
「さよなら、ほのか先輩。」
産まれ変わって初めて、酒が飲みたい と思った。




