カラス
昼過ぎの学食。私は、窓際の席に一人で座る。目の前はガラス窓となっているため、外の景色が一望できる。逆に言えば、外から丸見えの状況での昼食ということになる。
そんな席に、私は一人お盆にカツカレーを載せて座る。
一人黙々とカレーを口に運ぶ。後ろからは賑やかな話し声が圧力のような重さでのしかかってきていた。
ふと、窓の外に黒い影が通り過ぎるのが目に入った。私は、カレーを頬張りながらそれに目を凝らす。
カラスが一羽、窓の外を歩いていた。私は、コップに入った水を一口含みながら、それを見つめていた。すると、こちらに気付いたのか、窓の向こうのカラスと目が合った。正確には、真正面をカラスが見ているとは分からないため、私を見ていたかどうかは正直判断しかねる。
そのカラスは、窓の外はトテトテと歩き回っていた。何かを探すでも、飛ぶわけでもなく、歩き回っていた。私もよく、ああして天気の良い日は散歩に出かける。そう思うと、カラスと私は似ているのかもしれないと思わなくもなかった。
そして、その考えが膨れ上がり、カラス=人間という式を成り立たせようと考えが巡るのも必然といえば必然というわけで、今にも新たな公式が私の頭の中では成り立とうとしていた。
しかし、そんなことばかりに気を取られてしまったせいで、ルーとご飯とカツのバランスがおかしくなり、ルーが少なくなりすぎてしまった。仕方ないので、私は一つずつ食べていくことにした。
まずはルーをなくそうと、ルーだけをスプーンですくい口へ運ぶ。そして、また公式を成り立たせるため、考えを巡らせ始める。
こうして見ると、人間とカラスはよく似ている。常に警戒心を持ち、そして何が危険で何が危険でないかを分かっている。生きるためならごみをもあさり、一瞬の隙を見ては他人のものまで盗んでしまう。あざとくも図々しいその生き様は、まさに人間の如し、といっても過言ではないだろう。
どこかで、カラスは『宇宙人の使い』だ、と聞いたことがある。しかし、どうだろう。私が、もし宇宙人ならば、カラスなどではなく、人間を使いとして出すに違いない。何せ、人間こそが地球を動かし、人間こそが地球を回し、人間こそが地球を壊しているのだから。
文明を持ち、技術を持ち、知識を持ち、感情を持ち、言語を操る。人間ほど宇宙人の使いに向いている生き物は、地球上他にはいないだろう。
私は、一人「そうだそうだ」とうなずきながら、次にご飯を口に運び始める。
カラスは、相変わらず落ち葉の散らかった駐車場を歩き回っていた。
カラスはいいなあ。講義もレポートもバイトもない。ただ、生きている。それだけでいい。けれども、それは人間にとって構苦痛かもしれないと、私はおぼろげに思った。
「ただ、生きろ。」と言われたら、いったい私はどうするのだろう。
私は、黙々とご飯を口に運びながら「ただ生きる」ということについて考えてみた。
初めに思い付いたのは、『ニート』である。あれは、ただ生きているだけのように思える。働きもせず、勉学に励むわけでもなく、ただ、怠惰に一日一日を過ごしていく。おお、なんと素晴らしく、清々しいまでに腐れきった生き方だろう。
しかし、これには親、またはそれに類する者の力がなければ成立しないだろう。
次に思い付いたのは、『ホームレス』である。一日中地べたで寝っころがっているものもいれば、食べ物を探しにうろうろと歩き回っているものもいる。秋風が強くなってきたこの時期は、さぞかし辛かろう。
私は、最後のご飯をかきこみながら、少しの同情の念を彼らに向けた。しかし、だからと言って、今この場で彼らのために残ったカツを分け与えに行こうなどとは思わなかった。むしろ、やっとカツが食べられると、少し浮つきながら最後に残ったカツを口へ運んだ。
しかし、『ホームレス』は「ただ生きている」とは言い難い部分が大きい。彼らは、「ただ生きている」というよりも『必死に生きている』というのが正しいだろう。よって、彼らはカラスとは違うと思われる。
最後に思い付いたのは、大学生。つまり私のような人間である。
考えてみれば、私ほどあてはまるものはいないのではないだろうか。確かに、講義やレポートやバイトをすることだってある。けれども、どれも機械的といってもいいほどの流れ作業で、ただ、講義を受けているフリ、レポートをやっているフリ、働いているフリをしながら一日が過ぎていくのをまるで木偶の棒のように待っている日常。
ただ生きているだけ…
窓の外を歩き回っているカラスとまた目が合う。その姿が、一瞬私と重なった気がして、スプーンを持っていない方の手で目を擦る。視線を戻すと、そこにはどこにでもいるカラスの姿があるだけだった。
ばかばかしい。私は、最後の一口のカツを口の中に放り込み、残っていたコップの水を一気に飲み干した。空になったお皿を載せたお盆と、鞄を手に私は席を立つ。そして、そのまま食堂を後にしようと、窓に背を向け立ち去ろうとした。
しかし、帰り際にもう一度カラスを見ようと振り返った。けれども、もうそこには先ほどのカラスはいなかった。代わりと言ってはなんだが、黒い羽根が一枚枯葉に交じって秋風に舞っているのが視界の端に見えただけだった。
「ふっ」
自然と顔がにやけてしまった。
出口付近に設置された食器返却口にお盆を返しながら、私はおぼろげに思った。
『人間とカラスとの違いは、一人で飛べるかどうかかな』