第髏苦話
妹尾邸の中でも特に広い座敷――本来は宴会場などに使われるのだが――に集まった村人たち。
総勢八十にも至る人々は、各々好き勝手に喋くりまわっていた。といってもその内容は大半は今回集められた理由についての根拠のない噂だったり、暑さや桃の出来具合などの不平不満だったのだが。
「静かに!」
千鶴と銀次を連れ添い現れた武志の一言により、村人たちは一瞬にして静まりかえった。
御三家の面持ちは真剣そのものだ、これは只事ではない。そう感じ取ったのだろう。
「今回皆さんに集まってもらったのは他でもない。ご存知の方もいるかもしれませんが……この村は今、重大な危機に直面しております」
武志の言葉に、村人たちは一斉にざわめき出した。無理もないと思いつつも、千鶴や銀次は村人たちを落ち着かせるために声を張り上げた。
「落ち着いて! 質問は後で受付ます!」
「村長の話は終わってません。どうか最後までお静かに」
二人の言葉に村人たちが落ち着きを取り戻し、再び静寂が訪れたとき、武志は説明を再開した。
「簡潔に言いましょう。既に四人が殺されています。電話線も切断され繋がっておりません。この村は今、孤立無援の状態です」
再びのざわめき。
「人狼と名乗る犯人の特定は未だ出来ておらず、事件解決の目処も立っておりません」
ざわめきは野次となり燃料となって村人を焚きつけた。
冷房が効いているとはいえ、室内に数十人が押し込まれているのだ。その熱気は暑さを必要以上に感じさせ、暑さは怒りを沸き立たせた。
「我々は!」
暴動寸前にまで燃え上がった村人たちは、武志の怒声で冷や水を浴びせられたかのように息を呑み静まり返る。
「我々は、村人の安全を第一に考え、村外への集団脱出を考えています。一定の人数を残し双方向へ避難、救援を求めるつもりです。どうか、冷静さを失わないで貰いたい」
「誰が……誰が残るんだ?」
ポツリと、誰かが呟いた。呼応するように次々と疑問が飛び交い出す。
誰が残るんだ? どうやって避難する? そもそも安全に避難できるのか? 残った者はどうすればいい?
次から次へと投げかけられるその言葉に、武志は再び怒号で答えた。
「私が残る!」
再度の静寂。
「私は勿論のこと、御三家の者はひとり残らずこの村を出ない。それが御三家としての責任だ。村への残留は基本的に強制はしない。避難についても同様だ。強制はしない。逃げたい者は逃げてよいし、残りたい者は残ってもらって構わない。ただし! 先に述べたが御三家の関係者だけは残ってもらう。これは確定事項だ」
言いたいことはそれだけだ。とでも言いたげに村人たちへ背を向けた武志を尻目に、銀次は忠告を促した。
「補足として申し上げますが、昨日街へ出向いた二人――小坂田兄弟は首を切られ亡くなりました。犯人――人狼は何かしらの方法で自動車を停車させ殺害したのでしょう。避難される方々は決して何があっても車を停めないでください。万が一通行が不可能だと判断した場合は村へ戻ってきてもらって構いません。とにかく停車しないでください。僕からはそれだけです」
銀次の言葉に千鶴は頷き、武志は顔を歪ませ、村人は静寂で応えた。
「皆さんは各家庭の代表として参じてもらっています。集団避難に参加される方はコチラが用意した名簿へ記入後、帰宅し家族と共に避難に備えてください。これより三時間後、つまり午後四時には避難を開始します。何か質問がある方は挙手をお願いします」
千鶴の説明を聞き、チラホラと挙がった手とその質問に対し銀次と千鶴はわかりやすく答え、一通りの問答を終えた二人は武志の後を追うように宴会場を立ち去った。
宴会場に残された村人たちは、妹尾家の家人に渡された残留リストに名を書き込み、あるいは無記入で帰宅していった。
「どういうつもり?」
早朝の会合を行なった部屋で、再び三人はまみえていた。
千鶴の問いかけは補足するまでもない。先刻の集会について武志に言及しているのだ。
「どういうつもり、とはどういう意味だ? 私は言うべきことを言ったまでだが」
「賛成する条件は包み隠さず話すこと、そして無理強いしないことって言ったわよね? さっきの集会での発言はなに? 両方とも守れてないじゃない」
千鶴が発言した内容は至って平静であるものの、その語調は明らかに怒りを孕んでいた。
村人を危険に晒すという決断を軽んじるばかりか、約束などなかったかのように振舞わられたのだ。千鶴の怒りは当然だろう。
「なんだ……そんなことか」
「そんなこと? いまそんなことって言ったの? ねぇ、もしかしてさ、喧嘩売ってる?」
千鶴の口調は変わらない。が、怒気すら消え失せた話しぶりは“キレた”のだと銀次に悟らせた。
「千鶴さんが怒るのはもっともです。でも、殴りかかる前に村長の話を聞いてもいいんじゃありませんか? 僕には村長が考えも無しに約束を破るとは思えません。そうでしょう、村長?」
千鶴と武志の前に割って入り、言葉で二人を牽制する銀次。その目を忌々し気に見つめ、鼻を鳴らして武志は応えた。
「あたりまえだ。私はこの村の長だぞ? 村人は一人残らず助ける義務がある」
「ということです千鶴さん。怒るのは話を聞いてからにしませんか?」
「……わかったわ。私が納得できる内容であることを願うわね」
武志を上座に長い机を挟んで座った銀次と千鶴は、武志を見つめ固唾を飲んだ。発する内容如何では糾弾も辞さないと心しながら。
「まず無理強いについてだが、これは当然の選択だ。そも、リスクの分散は危険による不測の損害を最小の費用で効果的に処理するための経営管理手法だ。リスクマネジメトの甘さがいったいどれだけの損害――人的被害を生むと思う? 双方向への同時避難? それだけでリスクを回避したと本当に言えるのか? その両方ともが避難に失敗したらどうするつもりだ? 桃の収穫はどうする? 避難し事件が解決したとしても、帰る土地や生活の基盤を失っては元も子もないのだぞ。」
「……包み隠さず話すってのはどう弁明するつもり?」
「愚問だな。真実というのは知っていいものと知らなくていいものがある。自動車に乗った人物が殺害されたと知って避難したがる者がどこにいる? 続けていえば知っていようと知っていまいと誰かが行かねばならんのだ。そんな人間の士気をわざわざ下げる馬鹿がどこにいる? まあ、ここに一人居るがな」
視線を向けた武志に、銀次は目を伏せ言葉で応えた。
「なるほど、村長の考えはもっともです。たしかにあなたの言うとおりだ」
「フッ、当然だ」
「考えることを放棄した者にとっては、ですが」
武志のしてやったりという顔は、銀次の一言で歪んで消えた。
「無理強いについてはなるほど、たしかに言い分が通っているように思えます。が、だからといって強制は良くない。我々三人はともかく、その関係者まで強制するのは如何なものかと。桃の収穫にせよ、村の管理にせよ、一定の人間は自然と残るものです。避難が安全とは限りませんからね」
「……なにが言いたい」
「知っていい真実と知らなくていい真実、その是非について語るつもりはありませんが、知っていて損のない事実というのはあるものです。先ほどの内容でいえば、停車しないことでしょうね。事実を知ることは士気を下げることに直結しません。可能性としては否めませんけどね。だからといってひた隠しにしては信頼関係に響いてくる」
「なにが言いたいと聞いている」
武志の追求に、銀次は伏せていた目を開き凛として武志を見つめた。まるで父が子を叱るような目付きで。
「真に村の人を思っているのなら、駒のように考えるなと言っているんです。みすみす死地へ赴かすなど、長のすることではありません。例え必要に迫られたとしても、生存の確率を少しでも上げられるよう務めるべきです」
「だから私は――」
「努力している、そう言いたいのでしょうが……それなら尚のこと労りの心というものを持ってください。あなたの言動は駄々を捏ねる幼子のそれだ。僕からは以上です」
今にも喰ってかかりそうな形相で睨みつけ、言葉尻を捉えようと考えを巡らす武志を残し、銀地は部屋を退出した。
続いて退出した千鶴は、
「やるじゃない銀次君。年甲斐もなく胸がキュンとする啖呵だったわよ」
実に爽やかな笑顔で銀次に語りかけた。
「よしてください千鶴さん。僕は村長のあげ足をとっただけです。村長の言うことはもっともですし、理も適っています。考え方を少し変えるだけで僕にとっても千鶴さんにとっても、勿論村の人にとってもいい方向へ向かってくれると思うんですけど」
「あの石頭がそう簡単に考えを変えるとは思えないけど。ともかく、ありがとね」
「お礼はいいですよ。それより、本当に大変なのはこれからです。なにせ、下手すれば数百人単位の人間が移動することになるんですからね」
「……そうね。浮かれてる場合じゃなかったわ」
室外で気を引き締める二人と、未だ室内で怒りに震える武志。
御三家の思惑違いは、そのまま村の内情を写しているかのようだった。




