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第偽話

 銀次が担当となった家々は妹尾邸からそう遠くなく、自転車でも問題なく移動できる行動範囲だった。が、それでもそこそこの家屋を廻らなければならず、額に汗を流すことは容易に想像できた。

 まず最初に訪れたのが、妹尾邸からもっとも近い三宅家であった。

 家族構成は三宅祐造みやけゆうぞうを家長に、祐造の嫁である早苗さなえ、その息子である雄介ゆうすけの三人家族だ。

 祐造はまもなく還暦を迎え、雄介も三十路に足を踏み入れていたがいまだに嫁を貰う気配はなく、そのことで度々親子間で言い争いを起こしその度に早苗が頭を悩ませている、そんな家族であった。

「どなたですか?」

 銀次がインターホンを押し、少しして年老いた女の声が聞こえてきた。家族構成から考えるに早苗が出たのだろう。

「氷上銀次です。緊急の集会を開くのですぐに村長宅まできてください」

「緊急の集会? 何かあったんですか?」

「詳しくは村長から。家族の代表が一人きてくれれば構いませんので、必ず来てください。それでは、間違いなくお伝えしましたから」

 そんな調子で用件を伝えること早数件。銀次は振り分けられた最後の家の前に立っていた。

「これは……話には聞いてたけど、本当に住んでるのかな?」

 銀次が口を滑らせてしまうのも無理はない。なにせ、とても人が住んでいるとは思えないようなあばら小屋なのだ。大正時代からそのまま持ってきたかのような木製の小屋には、電気やガスが通っているとは銀次には思えなかった。

「すいませーん、氷上です」

 返答はない。留守なのかと思い引き戸に手を伸ばしてみれば、鍵がかかっている様子はなかった。銀次は仕方なく上がらせてもらい書置きでも残していこうと屋内へ入ることにした。

「失礼します」

 あばら小屋の中身は、外観以上に時代を間違えていた。

 江戸時代の時代劇を思い浮かべてもらえば早いだろうか、まさしくそれである。土がむき出しの玄関に現代日本ではそう見ることもないだろう石の釜戸。畳の上にある物と言えば簡素な木製テーブルぐらいで、一体何をして暮らしているのだろうかと思わずにはいられない。

 まさか書置きする用紙もないなんてことまでは銀次も考えておらず、どうしたものかと途方にくれていると、突然背後から声がかかった。

「誰だ?」

 気配を微塵も感じさせない声の主に、銀次は心音を高鳴らせたが、あくまで表面上には出さず冷静に用件を口にした。

「えーと、出射玄馬いでいげんまさんですよね?」

「そうだが、お前は?」

 その問いに銀次はゆっくりと振り返り、自己紹介を行なった。

「氷上です、氷上銀次。今日は急用があってきました」

 玄馬の風体は、まさに狩人であった。迷彩色に彩られた帽子やジャケット、パンツに分厚いブーツ、立派に蓄えられた髭。帽子から覗く鋭い眼光はまさに獲物を狙う鷹の眼と言えよう。

「なんだ氷上んとこの坊主か」

 銀次の名前を聞き顔を覗き込んだ玄馬は、背後に回していた右手をだらりと下ろした。その手に握られていたのは鈍く輝く漆黒の鉄。

「猟銃ですか」

「ああ、盗人ならこいつで脅してやろうかと思ってな。もっとも、俺の別荘へ盗みに入る物好きなんていやしないがね」

 カッカッカッと笑う玄馬を見て、銀次は苦笑いを浮かべてしまう。

「御三家の人間がこんな村の外れまで訪れるなんて、俺がいない間に一体何があったってんだ?」

「詳しくはまだ言えません。とりあえず村長の家まできてもらえますか?」

「……あの小僧はあんまり好きじゃないんだけどな。氷上の坊主が言うならしょうがない。婆様には世話になったしな、支度するからちょいと待ってな」

 そう言って家の中へ入ると、玄馬は畳を裏返し猟銃や弾丸を収納し始めた。

「夏場にも狩りってするんですね。シーズンは冬だけだと思ってました」

「いや、狩りは冬しかしない。鈍らないための夏期合宿みたいなもんだ」

 ふいに玄馬は動きを止め、銀次に背を向けたまま質問を投げかけた。

「氷上の坊主は最近見知らぬ人間を見たか? 国土地理院の役人とかフィールドワークにきた暇人とか」

「いえ、見てません。それがなにか?」

「山で人の足跡を見たんだわ。それも村の連中が立ち入らないような谷の方まで続いてるのをな。まるで村の地理を徹底的に調べてんのかってぐらいにぐるりとあったから気になっただけだ」

「……足跡の主は何人かわかりますか?」

「一人だ」

「他になにかありましたか?」

「特にはない。強いて言えば俺の水虫が治ったぐらいだ」

「それは聞いてないです」

 それっきり銀次は黙ってしまい、自分の世界に閉じこもって考えることに没頭した。

 玄馬はというと、銀次の様子を気にするでもなく作業を終え、玄関に立ち物思いに耽る銀次に声をかけた。

「準備できたぜ坊主」

「……その坊主っていうのやめてくれますか?」

「わかったわかった。妹尾の小僧に文句を言われんよう急ごうか坊ちゃん」

「……坊主でいいです」

 小屋の裏側から自転車を引っ張り出してきた玄馬を伴い、銀次は呆れ顔で妹尾邸へと戻っていった。

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