第惨話
昨年の冬に父が病死して以来、妹尾武志は沖津音村の村長を務めていた。
厳格で昔気質の気難しい父親。武志にとって、その存在はあまりうれしいものではなかった。
幼い頃から礼儀作法を厳しく躾けられたのは勿論のこと、次期当主として、次期村長としてその重圧に耐えられるよう徹底して育てられた。
遊びたい時に遊ぶことができず、休みたい時に休むことができない生活を強いられてきた武志は、いつ性根が曲がってもおかしくない状態であった。
しかし武志は耐えた。村のため父の後継者として頑張らねばという使命感が武志を支え、父の死後は村長としての責務を立派に果たしていた――はずだった。
忌々しい。
心の中で武志は呟く。
忌々しい、忌々しい、忌々しい!
父の死後、村長を任された武志は村の管理を滞りなく行った。
祭事は率先して指示を出し、異常があれば真っ先に駆けつける。村のためを思って縁談を受け、外界との繋がりを拡張し、村人たちがより住みやすいようにと心身を削ってきた。
ええい、忌々しい。村の連中ときたら、俺がどれだけ頑張ろうと評価しやがらねえ。親父がなんだ? いつまでも死んだ奴と俺を比べるんじゃねえ! しかも今度は殺人事件だと? ふざけるなよ!
千鶴の話を聞き、武志は心中で悪態をつく。が、決してそれを表面に出すことはせず、一見すると実に冷静に事の対処を始めた。
「氷上が到着次第会合を始めよう。警察への通報は使いの者を二名出す。赤枝桃子は警察へは行かず、ここで発見当時の状況を語ってもらうとしよう」
「桃子ちゃんは警察へ同行させないの?」
「警察につれて行ったところで時間をイタズラに浪費するだけだ。街に一晩泊まらせるより村へ出向いた警察に事情を話せばよかろう」
御三家の地位は同等だ。これまで上だ下だと争うこともなく暮らしてきた。しかし武志はそう思わない。
村を管理し取り仕切っているのは妹尾の一族で、難波や氷上はその補助にすぎない。そう考えていた。
武志は千鶴のことを好ましく思ったことがなかった。武志の方が千鶴より七も年齢が上だというのに、昔から敬語を使われたことがなく、敬意を払おうとする気配すら見せない。
「あんたさあ、奥さん――美代子さんのこと、大事にしてあげてる? あんまりいい話聞かないよ?」
この女、人の家庭に口出しするとは何様のつもりだ?
武志は心底嫌気がさしつつも、表情を変えず適当にあしらうことにした。
「村長としての仕事が忙しいんだから、構ってやれないのは仕方ないだろう。他人の家庭に口出しするのはやめてくれ」
「構わないだけなら私も口出ししないんだけどね。家庭内暴力とか聞いちゃうとさあ?」
「やめてくれと言ったのが聞こえなかったか?」
沈黙、そして交わされる見えない牽制。
「失礼します。氷上さんと赤枝さんをお連れしました」
両人の間を流れる冷たい空気と静寂は、来訪を告げる家人によって消え失せた。
「銀次君遅い。待ちくたびれちゃったよ」
「すいません千鶴さん。桃子の家に寄って桃香ちゃんを拾っていたもので」
「座れ氷上。早速会合を始めるぞ。赤枝桃子も同席したまえ」
その言葉に銀次は座布団へ座り、次いで桃子は銀次の隣へ着席した。
「赤枝桃子、死体を発見した当時の状況をできるだけ詳しく話せ」
広い和室の中、たった四人の――本来ならば三人だけの――村の行く末を決める会合が始まった。
「え、と……いつものように銀ちゃ――氷上の家へ行く途中だったから、たぶん時刻は正午を過ぎたあたりだと思います。分かれ道で異臭が漂ってきたから、匂いのする神社の方を眺めてみると、その……生首が落ちてました」
「怪しい人物は見なかったか? 凶器と思わしき物は落ちていなかったか?」
「気が動転して、その、すぐに逃げ出しちゃったので、そんな余裕はなかったんですけど……たぶん周囲に人はいませんでしたし、何も落ちてなかったと思います」
「ふむ。続けろ」
「その場から逃げ出して、氷上の家に飛び込んだんです。家に帰るよりも近かったので。そこで助けを求めて」
「続きは僕が話します。桃子から話を聞いて、図書館にいた僕は通報しようとしたんです。でも、電話は繋がらなかった。故障かと思って本邸でも試してみたけど、こちらも繋がらない。とりあえず現場の確認と、その後神社から通報しようと思い、桃子を連れて死体を見に行きました」
「それで何かわかったか?」
「死体は損壊が激しくて個人の特定は難しかったんですけど、千鶴さんと原田良子さんの証言から原田太助さんとみて間違いないですね。話を戻しますが、その後生首から少し離れて血文字で書かれたメッセージを見つけました」
「メッセージ? 犯行予告か?」
「村の中に人狼がいる。生き残りたければ探し出して殺せ。汝は人間なりや? 書かれていたのはこれだけですね。その後は神社の社務所で電話を借りて、これも使用不能でしたから被害者と思わしき原田太助さんの奥さんに確認を求めに行った次第です」
「人狼……狼男?」
千鶴の呟きに、武志は鼻で笑い否定した。
「フッ……寝言は寝て言え。昔ならいざ知らず、現代で人狼などと騙られて信じる馬鹿がどこにいる? 警察や我々を混乱させようとする犯人の仕業とみて間違いない」
「別に私は信じてるなんて言ってないでしょ。銀次君はこのメッセージについてどう思う?」
「僕は……僕には真意をはかりかねますね。電話線が犯人によって切断されたとしたら、太助さんの殺害だけで終わるとも思えない。だったら、どうして手掛かりになるようなマネを? 絶対に見つからないという確信があるのか、村長の言うとおり混乱させるのが目的なのか。あるいは――真実か」
そんな銀次の疑問は、武志の一言でかき消されてしまった。
「あるいはもなにもない。警察の手によって犯人はすぐに捕まる。氷上の戯言など聞いている暇はない」
武志は千鶴のことを好ましく思ったことがなかったが、それ以上に銀次のことが嫌いだった。
武志や千鶴のように村や神社の管理をしているわけでもなく、祭事を率先して取り仕切るわけでもない。なのに、村を興した御三家というだけで重要な取り決めにしゃしゃり出てくる銀次が、氷上の家が、武志にとってはたまらなく嫌だった。
「ともかく、今日のところは村の人たちには電話が使えないことと、詳しくは伏せて危険だから戸締りをしっかりして夜は出歩かないようにと説明しましょう。銀次君もそれで構わないわよね?」
流れ始めた不穏な空気を、千鶴は結論を出すことで和らげた。
「僕は村長の決定に従います」
銀次は嫌悪の念を向けられようと、気にすることなく返答した。その反応に、武志は尚のこと不快感を覚えてしまう。
「そういえば、首の方はどう処理を?」
「使いを出して周辺を立ち入り禁止にしている。気休めだがブルーシートをかけさせて四方に杭を打ちつけておいた。動物が寄ってこないのを祈るばかりだな」
「警察へは? 桃子や僕も同伴するべきかと思いますが」
「警察へは二名を使いに出す。お前と赤枝桃子は行く必要はない。今夜はここへ泊まっていけ。他に質問は? なければ会合はこれで終いだ」
立ち上がり終幕を告げる武志に、桃子は弱弱しく手を挙げ、一つだけ質問した。
「あの……私の妹も泊まっていいんですか?」
「構わんよ。村人に連絡を回すついでに親御さんに連絡するよう使いに言いつけておこう」
そうして会合は終わりを告げ、夕刻を迎えた頃に村と街へ使いが出された。




