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第遺血話

 沖津音村おきつねむら――某県にあるこの村は、白桃を育てそれを売ることで生計を立てていた。

 実際には沖津音村と呼ばれていたのは過去のことで、近年周囲の村々と合併され現在では大外町と呼ばれている。もっとも、村に住む人々にとっては呼称が変わろうと沖津音村という認識に変わりはなく、今でも変わらずそう呼んでいるのだが。

 沖津音村は県境にある小さな集落で今となっては三百八十九名しか住んでおらず、一番近い街までは自動車で一時間近くかかる。おまけに携帯も圏外というのだから陸の孤島と言っても過言ではない。

 外界との連絡手段は電話およびインターネット程度で、手紙や郵便物も近隣の街へと赴かなければ出せないというのだから不都合極まりない。それでも村人たちが不満を漏らすことはなかった。

 一人を除いて。

 田園に囲まれた舗装されていない田舎道を、一人の少女が歩いている。

 少女――赤枝桃子あかえだももこは、黒髪を結んで作ったシニヨンが特徴的な、夏休みに入ったばかりの中学三年生だ。

 桃子はうんざりしていた。

 代わり映えのしない生まれ故郷に代わり映えのしない村人たち。そんな環境で一ヶ月以上も暮らさなければならないのだから、気分は牢獄にいる囚人そのものだった。

 学校がある時はいい。隣町からスクールバスが来て、自分をこの場所から連れ出してくれる。でも、救いの手は夏が終わるまで来ることはない。

 父も母も白桃の収穫に忙しく、遠出など望めそうもない。必然的に小学二年生である妹の面倒を見なければならないので、桃子の個人的な時間などそう簡単に取れようはずもなかった。

 桃子はうんざりしていたが、それでもこの時間だけは幸せだった。

 日に一度の逢瀬の時間。

 桃子は正午が迫ると妹のために昼食を用意し、自分は食事をせず外出する。わざわざ服を着替え軽く化粧をして行くのだから、彼女にとってはデートも同然なのだろう。

 本日の衣装はシンプルに白いワンピースと麦藁帽子。少しあざとすぎるかな? と桃子は思ったが、風通しの良さから気にしないことにした。

 自宅から歩くこと十数分、桃子は分かれ道にさしかかった。一つは県道への道。一つは行き慣れた目的地への道、一つは鎮守の森に囲まれた神社への山道。

 普段の桃子なら迷うことなく目的地への道を進むのだが、この日は違った。


 匂い――山道から流れてくる風の中に異臭が混ざっているのを、桃子の鼻は敏く嗅ぎ取った。嗅いだことのある匂い。でも、どこで?


 足を止め山道へと続く道へ視線を向ける桃子。

 桃子はうんざりしていたが、それでもこの瞬間までは幸せだった。


「なんだろ、あれ」


 好奇心は猫をも殺す。

 近付くにつれ酷くなる異臭と地面に落ちているモノがなんなのか、桃子は薄々とだが感づいていた。

 それでも近付く足は止まることを知らない。決定的なその瞬間まで。


「ヒッ」


 地面に落ちていたのは、太助だったモノの頭部だった。もっとも、損壊が激しくハエがたかるソレを見て、太助だったと認識できる人間はそういないだろうが。

 太助だったモノの後ろには血液で書かれた文字があったのだが、桃子には気付く余裕も、気付こうとする意思もなかった。


「ヒィイヤアアアアアア!」


 悲鳴を上げ、一目散に分かれ道へと戻り、目的地までをひた走る。

 自宅はここからでは遠い。一刻も早く誰かに助けを求めたい桃子は、幸せな気分で歩くはずだった道を、絶望に浸りながら駆け抜けた。


 沖津音村には御三家と呼ばれる家々がある。代々村長を務めてきた“妹尾”神社を管理してきた“難波”そして“氷上”。

 氷上銀次ひかみぎんじは満足していた。

 銀次は齢十八にして氷上を管理する立場にあった。それというのも家族と呼べる存在が曾祖母しか生きておらず、その曾祖母も病を患って隣街の病院へ長いこと入院しているからである。

 氷上銀次は満足していた。

 氷上の家には長い年月をかけて集められた蔵書があり、その量は市街の図書館にすら引けを取らない程に膨れ上がっていた。

 豊かな自然と共に生き、親しい村人たちと穏やかに暮らす。銀次にとってこの村は代えようのない宝物だった。

 銀次は本を読み眠たくなったら好きなだけ寝て、起きたらまた本を読むという不摂生かつ生産性のない生活を送っていたが、それを咎める人間はいなかった。

 一人を除いて。

 銀次は満足していたが、ある人物にだけは手を焼いていた。

 桃子は夏休みが始まって以来、正午を過ぎると決まって氷上の家を訪れる。


『銀ちゃんはニートな上に引きこもりだから、私が面倒見てあげないとダメ人間を極めちゃうね』


 数少ない村の若者ということもあり、桃子は銀次に心を寄せていた。銀次はそれを理解している。理解しているからこそ、桃子を疎ましく感じた。

 本邸の隣に立てられた図書館は広い。本の量が量だけに仕方のないことではあるが、増築に次ぐ増築で今や一般家屋の一つや二つは軽々と入るだけの建造物となっていた。

 本邸と図書館とを繋ぐ渡り廊下を、音を立てて走り抜ける人物が一人。

 また来たのか……今日はやけに急いでいるな。

 銀次は桃子が来たのだと気付いたが、彼女が走る理由まではわからなかった。当然だろう。誰がこんな喉かな村で、生首を見つけたなどという発想へ思い至れるのか。

 盛大な音を立てて開け放たれた図書館の入り口へ、銀次は忌々しげな視線を送る。

 図書館では静かにしろ。

 そう注意するはずだったのに、まだ幼さの残る顔を蒼白にし息を荒げる桃子を見て、そんな考えは一瞬にして銀次の頭から消え失せた。


「ひっ、人が、ひとっ首……ハエが!」


 図書館の入り口で倒れるようにしゃがみこみ、うわごとのように人が首がと呟く桃子に駈け寄ると、銀次は優しく抱きしめて諭すように話しかけた。


「落ち着いて桃子」


 抱きしめられて落ち着いたのか、桃子は叫ぶように泣き出した。

 銀次は泣き止むのを待ち、桃子の呼吸が落ち着いた頃に訊ねてみる。何があり、何を見てしまったのか。


「桃子、ゆっくりでいいから答えて。何があった?」

「……ここへ来る途中、分かれ道で、神社への道で、人が、人がっ!」

「深呼吸をするんだ桃子。人がどうしたんだ?」

「人が……死んでた。生首だけが落ちてて、酷い匂いがして、でも私、その匂いをどこかで嗅いだことがあるような気がして、その首が誰かとかわからなくて、帽子落としちゃって、怖くて、怖くて」

「もういい桃子。無理を言ってごめん。警察に通報してくるから少し待ってて」


 人が死んでる? 生首? 桃子が嘘を吐くとは思えないし、あの動揺は演技には見えなかった。となれば殺した誰かが村にいる?

 疑問を抱きはしたものの、銀次はとにかく通報するべきだと考え、瞬きもせずにブツブツと言葉を漏らす桃子を置いて、図書館の奥にある電話へと向かった。

 受話器を手に取り耳に添え、番号を入力し終えて銀次は気付く。


「……故障か?」


 繋がらない。

 電話は無機質な音を立てるだけで、いつまで経っても繋がらない。


「桃子、本邸へ行くよ」


 呆然とする桃子を連れ添い、本邸の電話を使用するため図書館を出る。頭をよぎるのは一抹の不安。


「やっぱりダメか」


 銀次の不安は的中した。電話が故障しているのではない、そもそも電話線が繋がっていないのだ。何かの故障か、あるいは――。


「桃子、落ち着いて聞いてくれ。電話が通じない。つまり警察を呼べないんだ」

「……それで、どうするの?」

「現場へ行く。何か手掛かりが見つかるかもしれないし、そのまま神社へ行って電話を借りられる」

「ダメ! 犯人がいるかもしれないのに、あんな場所へ行くなんてダメだよ! 絶対にダメ!」

 桃子の言うことはもっともだ。犯人とはえてして犯行現場へ戻るものなのだから。

「わかってくれ桃子。警察には連絡しないといけないし、死体を放置することもできない。それに、もし本当に犯人が近くにいるとしたら他の村人も危険だ。御三家として見過ごすわけにはいかない」


 桃子は沖津音村のような古い集落によく見られる田舎独自の風習が嫌いだった。新しい服を着て新しい物を買い、新しい世界に飛び込みたいと常に願っていた。

 そんな桃子でも御三家という存在がいかにこの村で影響力を持っているのか、その権力を維持するためにいかなる対価を支払わなければならないのかは理解していたのだろう。銀次の御三家という言葉に沈黙してしまう。

 桃子は俯き、すぐに面を上げた。その瞳に決意の炎を宿して。


「私も一緒に行く」


 怖くないのかと問うてしまえば、桃子は怖いと答えるだろう。

 ついて来るなと言っても、桃子は嫌だと即答するだろう。

 桃子が何を思って決意を固めたのか、銀次にはわからない。


「無理はしないようにね」


 わからないが、自分のことを心配してくれているのだと解釈した銀次は、反対せずに桃子の安否だけを気遣った。

 銀次は手早く身支度を終え、自転車を引っ張り出した。万一犯人と出くわしても追いつかれないようにと考えたからだ。

 桃子を乗せ殺人現場へと急行する銀次。

 流れる風の中に、徐々にだが混じってくる死の匂い。


「ほら、桃子。麦藁帽子」


 分かれ道のすぐ手前に落ちていた帽子を拾い上げ、桃子に手渡してやる銀次。目的地は目前だ。

 分岐点を曲がり、すぐに視界へ飛び込んできた太助だったモノ。周囲を見回すが、人影は見あたらない。


「今から近付くけど、大丈夫?」

「銀ちゃんと一緒なら」

 自転車から降り、震える桃子を背に連れて、銀次は太助の頭部へ歩み寄る。

「誰がこんな……文字?」


 太助の首に意識を取られ気づくのに遅れたが、少し離れた場所に血文字で書かれたメッセージを銀次は発見した。


「村の中に人狼がいる。生き残りたければ探し出して殺せ。汝は人間なりや? ……人

狼?」

「銀ちゃん、早く神社に行こうよ。ここに居るのは良くないと思う」

「……そうだね。電話を借りて通報しよう」


 銀次はメッセージの内容とその真偽について考えを巡らせていたが、桃子の言葉でひとまず保留とすることにした。

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