三歳の決意
なかなかうまく書けません……
この世界には四つの大陸が存在する。
西のユーレン大陸、東のアイド大陸、南のフレンク大陸、北のワシルト大陸。
この四つの大陸の中でもっとも広大かつ多くの人間が住まう大陸、西のユーレン大陸。
そのユーレン大陸は五つの大国と周りの群衆列国によって成り立っていた。
その五つの大国の一つ、アグネシア帝国。
この帝国は周りの大国に比べるとかなり特殊な考え方を持っていた。
曰く、「力のある者ならば平民だろうと貴族だろうと関係なし」
要は実力主義国家ということだ。
これは非常に珍しい考え方だ。
周りの大国は、血族というものに重を置いている。
それゆえに国に使える者の八割は貴族の者たちだ。
それがたとえ、どんなに無能であったとしても、どんなに愚かな考え方しかできないとしても、貴族であるという理由でエリート街道を歩むことが出来るのだ。
だがアグネシア帝国は、それでは国がいずれ崩壊する、と考え実力主義を確立させたのである。
とはいえ、貴族というのは影響力が多大にある。
それは国の幹部でもあり、代表でもあり、国のレベルを示すものでもある。
つまり貴族をおざなりにし過ぎては、他国に示すものがなくなってしまう。
そこで貴族のシンボルを定めた。
どんな状況であっても、国のため、民のために粉骨砕身する気で政務に携わる。
それをある種義務付けられている選ばれた上位貴族。
『帝国十二貴族』
その十二貴族の一つ、『フォーレント家』に代々仕える執事の名家『ハーベンス家』の第一子として生まれたのが、レイル・ハーベンスだ。
レイルの父、グレイガ・ハーベンスは、現フォーレント家の当主、トーク・フォーレントの執事として長年仕えてきた。とても優秀とのことで、グレイガを欲しがっている貴族は大勢いるらしい。
そしてレイルの母、ナンシーと出会ったのは、フォーレント家の屋敷で、当時のナンシーはメイド長だったそうだ。
結婚してから二人は改めて夫婦ともどもフォーレント家に仕えている。
そんな二人の息子のレイルも、フォーレントに使えるのは当然だろう。
それがグレイガの言った『リーナ様の執事になる』ということだ。
彼がこの異世界のこと、そして自分の家のこと、自分の仕えている家のことを知ったのは、二歳の時のことだ。
一歳の時は、常に襲いかかってくる睡魔と、上手く回らない舌、そしてなによりも思考の回転速度が以上に遅くなったこと。
この三点によって、享年十八歳のままでいるはずのレイルがこの世界のことを理解するのに時間がかかったわけだ。
しかし、二歳で理解したと言っても、それは全てにではない。
この世界の言葉は聞きとれるものの、読んだり書いたりするのはまずできない。
さらにこのアグネシア帝国が周りの大国からどういう評価を受けているのかも、あるいは各国々の力関係と勢力、同盟など、知らないことが山ほどある。
もちろんレイルはいち早くそれらの情報が欲しかった。
二歳とはいえ、情報は覆いに越したことはない。
だが、残念ながら知る術がなかった。
本は読めないし、誰かに聞きに行くにしてもどのように聞けばいいのか分からない。
いきなり「この世界ってどんな風になってるんですか?」なんて聞く二歳児がいたらどうだろうか。 確実に不気味に思われ、これからの対応がぎくしゃくして行ってしまう。
それに、まだ脳の反応速度が遅い。
言われたことをすぐに理解するのが難しいのだ。
少し頭を捻って自分で補わないと理解できないようなことを言われると、思考が強制的に遮断される感じだ。
だから、いくらか成長して行くうちにこの世界に慣れて行って、いずれ理解できるだろう、と結論付けて、レイルは悔しく思いながらも、情報収集を止めた。
そして今現在、レイル三歳。
レイルはリーナと二人で一緒に絵本を読んでいた。
タイトルは『英雄騎士と王女様』
かつて遠い村の農民だった少年が、子供の頃に命を救ってくれた騎士に憧れて騎士になり、帝都の騎士団に入団する。
少年はやがて青年となり、身体、精神、実力ともにすさまじい成長を見せ、帝国第一王女の近衛騎士にまで上り詰めた。
ある日、王女様は魔王の仕組んだ罠によって連れ去られてしまった。
青年は、王女様を助けるために一人で魔王の元に向かう。
そこで魔王と青年の熾烈な戦いの末、青年は魔王に勝利し、見事に王女を救うことに成功した。
王女を連れて帝国に帰還した青年は英雄騎士と称えられた。
その後、青年と王女は結婚し、幸せに暮らしましたとさ。
という、どこにでもありがちな童話だ。
しかし、レイルはこの絵本を読んで、帝国の姿勢が本当に『実力主義』であることを改めて認識した。
(普通は童話に農民が活躍する話なんて認めないだろう)
農民の成り上がり物語、とレイルはこの童話を解釈し、これによって帝都から離れた農民にも希望があることを示しているのだと判断した。
「きししゃま、かっこいいでしゅね?」
魔王と戦っている場面を描かれている絵を指差して、レイルはリーナに話しかけてみた。
三歳になってだいぶ舌が回るようになったが、いまだにサ行やハ行がはっきりと言うことが出来ない。
レイル自身、今は慣れたが、始めの頃はかなり恥ずかしかったという。
「…………(こくり)」
リーナは表情を変えずに淡々と眺めている。
その大きな瞳は髪の色と同じで黒。透明感にあふれている、何か不思議な黒だ。
その瞳には何を写っているのだろうか? 考えさせるような、そんな色である。
リーナと言う女の子は三歳にして『無口で無表情』というイメージが定着していた。
言葉をあまり話さず、最低限の会話しかしない。
いや、それすらも最近では顔を小さく縦に振るか、横にするか、でしか会話を成立させてなかったりする。
「…………」
だが、考えれば単純なことで、そんな「イエスかノーかを訴える仕草」とでは会話が長続きするはずがない。
「おうじょしゃま、きれいですね?」
「…………(こくり)」
「なんだかたのししょうでしゅね?」
「…………(こくり)」
「…………」
「…………」
(もう……話題がない)
己の頭の回転の悪さに呆れ、レイルは寝転がって天井を見つめた。
そして、急に睡魔がさざ波のようにレイルの体を襲って来た。
(もう寝よ)
レイルは静かに瞼を閉じる。
徐々に体温が程良く上昇し、体の力が抜けて行く。
脳内では、すべての機能を一時停止させるべく熱が集まり、まるで潮が引くみたいに、スーッと熱が冷え、意識を闇の中に落としていった。
夢を見た。
それはまだ、自分が『神代連』であった頃の夢だ。
病弱な母と二人で暮らしていた時のことだ。
それはもう、ずっとずっと昔のことで、もう二度と戻ってこなくて、『神代連』という人間を生んでくれた、彼がもっとも敬愛し、宝物であった『母』との思い出。
――――最後に抱きしめてくれたあのぬくもり
夢の中では、彼は『神代連』だった。
「…………んんっ」
夢から覚めたレイルはゆっくりと瞼を開けた。
いきなり視界が明るくなって、思わず目を細める。
明るすぎて真っ白だった視界は徐々に晴れて行き、黒い瞳と目があった。
「え?」
黒い瞳はレイルを覗き込むように見つめていた。
その姿が一瞬、一瞬だが、昔の母のことを思い出させたので、レイルは驚いた。
頭では理解している。
三歳の子と、自分の母親を間違えるなんておかしい。
だからこそ、見間違えだと分かった。
だが、
(雰囲気が……似ている)
穏やかな雰囲気。
何もかも包むような、だけどどこかそっけないような、そんな優しい雰囲気。
(そういえば、あの人もあまり話す方ではなかったな)
リーナの手がレイルの頬に触れる。
「…………」
そして少女は首をかしげた。
いつものレイルなら、これだけの動作で、リーナの言いたいことを理解するのは不可能だ。
だが、今のレイルは不思議と、自然に、まるで脳内に直接意志が送られて来たみたいに分かった。
「泣いてないでしゅよ」
リーナはその返答に、その無表情をわずかに和らげた。
この時、レイルは思った。
それは、母と重ねているから、あるいは少女自身が醸し出す空気によるものか、分からないけど、レイルは胸の中で、この世界に来て初めて自分から思ったのだ。
守りたい、と。
雑になってしまったかもしれませんね。
次気を付けます。