-3・なんでここにいるんですか?-
「わ、私、死んじゃったんですか!?」
より一層の親孝行を決意した矢先に最大の親不孝をしでかしてるとか、いったいどういうことですか。
「姫様の人間界でのお身体は、現在身体機能が停止した状態にあります。…つまりは、咲川吉乃様という、ひとりの人間としての姫様はお亡くなりになっておいでです。あくまでも、人間界でのお身体に限ったことで、実際の姫様はこうして生きていらっしゃるわけですが」
何かの間違いであって欲しかった言葉は、あっさりと肯定されてしまいました。
もう、会えないんでしょうか。
優しくて温かい、私の、家族。
きっとお姉ちゃんは沖縄で私の死の連絡を受けて、きっと担当の先生にきっちり仕事をさせてから飛んで帰ってくるに違いありません。
お母さんもお父さんも、…きっと、泣いてしまうでしょう。
お父さんとは今日は言葉も交わしていませんでした。昨夜、おやすみなさいと挨拶したのが最後になるなんて…。
あ、どうしましょう、目が熱い。
理紗も香奈子も、きっと驚いてしまったことでしょう。
お母さん…、あぁ、親よりも先に死んだことになってしまうだなんて。
みんな、ごめんなさい……!
とは言っても、このどう考えても非現実的なファンタジー紛いの事実を最初から知っていたかのように、ごく自然に受け入れてしまっている自分がいることも確かなのです。結構な衝撃にだいぶ打ちのめされはしましたが、私の頭はパニックを起こすこともなく、冷静なままなのです。
「えと、人間界で私が死んでしまってからどのくらい経っているんですか? それと、…家族や友人はどうしていますか……?」
人間界での自分の死。この事実を前に、若干目の前の美女に食って掛かりたい気持ちも、正直な話、少しあるのですが、羅刹女さんだって私のことをずっと案じてくれたことを、私はもう知ってしまっています。それに、誰に言ってどうなることでもないのなら、受け入れて前を向いていく方がよっぽど建設的です。
とにかく、時間の把握はしておきたいですし、家族や親しかった人たちの様子も気になります。
「あのですね姫様、その前に伝えておかなくてはいけないことが――」
羅刹女さんがちょっと焦ったように何か言いかけたとき。
「一週間だ」
聞き覚えのない声が、そう答えて下さいました。
声した方を、つまり後ろを振り向くと、そこには。
「お前の偽体が死んでから、人間界での時間は一週間が経過している」
「ふくかいちょう……?」
須山沙門副会長。
完璧超人で意外と遊んでるらしい、と私たちが噂していたご本人がそこにいらっしゃいました。
なんでこの人がここに?
だって、ここは天界のはずじゃ…
そこで、ちょっと顔を顰めた羅刹女さんが苦々しそうに言いました。
「毘沙門様。勝手に入ってこられては困ります! 姫様は目を覚まされたばかりなんですのよ。それをいくら許嫁だからといっても――」
は?
ちょっと待って下さい。いま羅刹女さんは何ておっしゃいました?
『びしゃもんさま』って、もしかして毘沙門?毘沙門天っていうことですか?つまり須山副会長は人間ではなく神様だったって…いえ、そんなことぶっちゃけ今はどうでもいい気がします。あ、私としたことが、ぶっちゃけだなんて言ってしまいました。
それよりも、聞き捨てならないのは。
「…いいなずけ……?」
許嫁。私の記憶違いでなければ、それは結婚の約束をした相手とか婚約者のことだった筈ですが。
「そうだ。私は毘沙門天…下界では須山沙門として同じ高校で副会長をしていた」
羅刹女さんのお小言をスルーして、毘沙門天さんは自己紹介をして下さいました。
やはり、須山副会長で間違いないんですね。というか、「そうだ」っておっしゃいましたか、今!?
それまで割と冷静さを保っていた私の頭は、さっきから少しパニック状態です。
しかし、そんな私の様子など気にも留めずに、彼はその端正な顔に何故か挑戦的な笑みを浮かべておっしゃられたのです。
「以後、お見知りおきを。吉祥天、我が婚約者殿」
あ、もう、頭の中、いっぱいかも……。
ゆっくりと真っ白になっていく頭に、私は意識を手放したのでした。




