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第1話 『ライトノベル』の邂逅-2

 綾太郎りんたろうは普通科と芸術科の校舎を繋ぐ渡り廊下まで駆けだしていた。すでに加賀家かがやがきており、落ち着きなく地面をひたいを床に付けんばかりの勢いで探している。


 彼に声をかける前に、綾太郎は改めて『ライトノベル』を発動し加賀家のスマホに関する記憶を探ってみる。だが、やはり午後の芸術科棟で取り出してしまったのを最後に、以降は彼のポケットの記憶のどこにもスマホは見当たらなかった。

 あくまで思い出せるのは視界に入っていた情報だけらしい。能力を解除すると、脳にどっと疲れが溜まった。


「加賀家君、スマホは見つかった?」

 探すのに必死なようで、加賀家は声をかけられて初めて綾太郎の存在に気付いた。疲労の色が見て取れる。

「あぁ綾太郎か……だめだ、どこにもない。確かこの辺りで触ってた記憶はあるんだけどな……」

「スマホはちゃんとポケットにしまったんだよね」

「えっ、まさか見てたのか」

 しくじった、加賀家は自分が『ライトノベル』があることは知らない。


「まぁ別にクラスメイトならいっか。先生には内緒にしてくれっ、頼む」

「いいよ」

 それから綾太郎は彼のスマホの情報を聞いた。メーカーは〈Xion(シオン)〉という最大手ブランドで、色はワインレッド。高校入学祝いに買ってもらった最新機種らしい。


「スマホに位置情報の発信機能とかつけてない?」

「わざわざ場所分かる機能ONにしないって」

「どこかに置いてそのままとか?」

「学校じゃ絶対ポッケにしまうようにしてるから、それも無し」

「……失礼を承知で聞くけど、ポケットに穴開いてないよね?」

われてるって、二週間前に仕立ててもらったばっか」

 パンツの両ポケットを裏返してひらひらと穴開いてないことをアピールする。

 

 うーんと、不服な声をらしてしまう二人。見てない以上、綾太郎の『ライトノベル』も効果を発揮しない。

 これ以上は互いにどうにも出来ないという空気感を、二人は何となく察する。

「落とし物として届いてないか見てくる」

 加賀家の提案に賛成し、小走りに二人は駆け出した。


 ○


 結論から言うと、加賀家かがやのスマホは見つかった。


 芸術家棟の一階、職員室の壁に沿う棚の上に、プラスチック製の透明な箱がある。校内で見つかった落とし物はそこであずかっていた。加賀家のワインレッドカラーのスマホはそこにフィルムをくるんで他の物品と一緒に置いてあった。

 箱には鍵がかかっており、開錠には職員の許可がいる。本人証明の手続きを済ませて、スマホは無事に彼の手元へと帰ってきた。


「ま~~~じで良かった~~~~! 買ってもらったばかりの最新機種なんだ、無くしたらまじで落ち込んで二度と立ち直れなかった~~~~」

 加賀家の顔色には生気が戻ってきている、それどころか興奮ぎみのためちょっと顔が紅潮していた。

「見たところ傷一つついてない! あぁ~安心」

 もう空の果てから夜がやってきていた。

「綾太郎もありがとな! 気を付けて帰れよ!」


 鼻歌を歌いながら小走りで普通科へと去っていった。そういえば普通科棟から来てたんだったと思い出し綾太郎も帰ろうとしたが、ふと立ち止まり、職員室へ戻ろうとしていた男性教員を呼んだ。

 彼が加賀家のスマホを探すのを手伝った理由、しっかりポケットへしまったはずのスマホが彼の懐から消えた訳。


──この件には、白い少女が言及する『ライトノベル』が関わっている。


 少女は、自分に『ライトノベル』を無力化できる力があると言っていた。もしあの発言が本当なら、このまま野放しにして加賀家以上の被害が出る前に、少女の力を使うべきではないか。綾太郎はそう考えていた。


「すみません。加賀家君のスマホを届けてくれた人って、どなたか分かりますか?」

 眼鏡をかけた若い教師は、不思議そうに「どうして?」と聞き返す。

「いえ。親切にしていただいたので、お礼を言いたいなって」


 この理由は綾太郎りんたろうの方便である。本当の理由は、『ライトノベル』にあった。加賀家のスマホが不自然に無くなった理由がもし『ライトノベル』絡みだとすれば、誰かが能力を使いスマホを盗ったかもしれない。だが盗んだはいいものの、何らかの事情で手放す必要があった。なので落ちていたスマホを落とし物として拾ったという芝居をうった。

 つまり、スマホを届けた人が『ライトノベル』を持っている可能性がある。


「やっぱり、個人情報になるから無理ですか?」

 だが男性教師は眼鏡のズレを直すと、にこやかに「大丈夫ですよ」と答えてくれた。彼は一旦職員室に戻ると、青色のファイルを取り出して戻ってきた。ファイルに落とし物を届けた人の情報がまとめてあるらしい。


「えーっと、あぁこれだ。芸術科3-C、空橋そらはしくんですね。彼、今頃はもう寮に帰っちゃったんじゃないかなぁ」


 ○


 結局、スマホを見つけたその日はすぐに帰路へついた。道中、彼は芸術家の教師が言ってくれた名前を脳内で反芻はんすうしていた。

 芸術科3-C、空橋そらはし。その生徒が加賀家からスマホを盗ったのだろうか? もしかしたらその生徒は『ライトノベル』に関わっているのだろうか?

 などと考えながら自宅であるアパートが見えてくる。

「あっ」

 綾太郎は見つけた。自分の部屋のドア前に、白い少女・サラが待っていた。


「待ちぼうけちゃったよ~。」

 彼はサラを室内に招いて、夕食のインスタントラーメンを湯がき始めていた。彼女を家に入れたのはただ単純に、得体の知れない存在とはいえ少女を外に放っておくのは、彼の心が痛むからだった。

「あっ、私は食べ物とかいらないからね。お構いなく~。」


 そうこうしてる内にインスタントラーメンが完成する。一人分の食事を用意して、「いただきます」の一言を言って食べだす。

「綾太郎ってテレビ持ってないんだね、暇。」

「家と食べ物で精一杯だよ」

 淡々と麺を食べ終えて「ごちそうさま」と手を合わす。食べている間、綾太郎はずっと、明日になったら“空橋”にどのタイミングで接するべきかを思案していた。


「どしたの綾太郎りんたろう。悩まし気な表情しながらラーメン食べきったけど」

「何でもないことだよ。友達のスマホが不自然に消えた理由を考えてたんだ、結果として元に戻ったけど」

 ふと目線を合わせると、サラが福の神のようなにやにやした表情で綾太郎を見ていた。

「な、なに」

「いやぁ? 協力しないって言ってた癖に、なんだかんだで『ライトノベル』探しを手伝ってくれてるんだぁってね。」


「はっ」

 サラに指摘されて初めて、自分が彼女の思惑に加担していることを自覚した。もし加賀家かがやのスマホ紛失が不可解でなかったとして、果たして自分は彼と一緒に捜索してあげただろうか?

 答えは、綾太郎にとって簡単だった。

「君の手伝いだからって訳じゃない。友達が困ってるから助けた、ただそれだけだよ」

「いいよ、それでも。」

 サラは満足そうにうんうんと頷く。彼は未だに少女のこの訳知り顔な態度がどこか引っかかっていた。


「よし分かった! 明日から私も学校に行こう、手伝ってあげよう。」

「遠慮しとく」

「なんで!?」

「生徒でもないし僕と何の関係性もない女の子を連れて、疑われる予感しかしないから」

「ひどいっ、何に関係もないって! もういいよ、私帰る!」

 ふくれっ面になって大股がちに玄関へ向かうサラ。

「帰るって、家があるんだ」

「……基本は、野宿……。」

「ここに泊まってく?」

「ありがとおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

 分けられるほど布団がないので、サラは床で横になる。

 朝日と共に目覚めると、サラの姿はなかった。


 ○


 草朔そうさく高校とは言われているが、実は草朔大学に属する付属高校という扱いである。普通科の生徒も芸術科の生徒も、志望校の変更をしないのであればエスカレーター式に大学の各学部へ入学する。

 その一環として、芸術科の生徒は希望があれば大学付属のりょうへ高校時代から住むことができる。毎年、一定数の入居希望者はいるのだが、寮は全部で四棟しかない。加えて各寮は十五部屋しかなく大学卒業などの理由で出る空き部屋も少ないため、希望者は過去の実績や学力テスト、倫理的に成熟した人格かを厳しく審査された上で少ない空き部屋を取り合う形になる。

 

 昼休み。上枝綾太郎かみえりんたろう加賀家かがや達と昼食を共にするのをパスして、校舎から十数分歩いた寮を見に来ていた。彼が今目の前に見ているのは四つある寮の一つ、ツバキ寮である。薄桃色の花びらをモチーフとしたロゴが大きく棟の横に象られている。


「来てみたは良いけど……」

 彼は一晩考えた末、寮生の誰かに訪ねてみるのが一番確実だと結論づけた。だが、昼時だというのに学生の姿は一人も見えない。もしかしなくとも、昼なので生徒は皆部屋で銘々の昼食をっている時間帯である。

 昼に来たのは失敗だった。校舎に戻って購買のパンを買ってこようと綾太郎がきびすを返したとき、一人の男子生徒が彼の元へ向かってくるのを見かけた。手には、何かが入っているビニール袋を提げている。あの袋は高校近くのコンビニの銘柄、つまりは今から昼食をするのだ。


「すみません。普通科の上枝かみえという者です。寮に用事があって、ちょっと質問していいですか?」

 声をかけられるとは思ってなかったのか、男子生徒は肩をびくっとさせて綾太郎を見返した。

「は、はい……?」

 きょとんと綾太郎を見返す生徒。黒髪で毛先を遊ばせている、襟足えりあしまで髪が伸びているが、それも見栄えがいいように整えてある。

「すぐ終わります。芸術科3-Cの空橋そらはしさんって、どの寮にいるかって分かりますか? 友達が落としたXion(シオン)のスマホを拾ってくれたので、そのお礼が言いたくて」

 物腰低く警戒されないように用件を伝える。男子生徒は戸惑いを隠さずに、けれども意外な答えを綾太郎に返した。


「あぁ……。先輩なら、俺と同じツバキ寮ですけど……」

「えっ」

 まさか。近しい関係者とたった一回で出会えた奇跡に、動揺してしまう綾太郎。

「今も多分寮にいると思います……呼んできますか?」

「あぁえぇっと」


 思わぬチャンス。このまま空橋本人を連れてきてもらうことは簡単なのだろう。だが、彼は今『ライトノベル』を使った疑惑が綾太郎の脳内でかけられている人物なのだ。もし仮に空橋が能力を知られた口封じに何かの手段をもちいてきたら、綾太郎は無事でいられるのか? 『ライトノベル』について何も分からない内に攻め込むのは危険だと、綾太郎は冷静に結論づけた。


「ありがとうございます。でも今は遠慮しときます、昼時なので邪魔したら申し訳ないですし。今日の放課後にまたお伺いするので、伝言をお願いできますか?」

「分かりました……」

 寮生と別れた後、普通科棟へ戻る道中で綾太郎は今出来る対策を考えていた。もしものために武器は必要か。万が一に備えてスマホのGPSをONにしておくか。

 そして、もし会えたらあの真っ白な少女の手を借りれるか。


 ○


 放課後。綾太郎りんたろうは昼に約束した通り、ツバキ寮へ向かっていた。右手には万が一の場合に備えてスマホを握っていた。午後の休み時間の間にボイスレコーダーアプリをインストールしておいてある。


 校庭を横切って向かう途中、「おーい」と綾太郎を呼び止める声があった。声のする方へ振り向くと、サラが手を振っていた。

「手伝うって言ったでしょ? 何かちょうどいいタイミングみたいだし。」

 一人で行くつもりだったが、いざサラが来てくれるとなると綾太郎の心が少しだけ軽くなる。綾太郎はここまでの経緯や、これから『ライトノベル』を持った人物に会うかもしれない状況だということを伝えた。


「君は、何か手伝えることがあるの?」

「ふふんっ。あるんだよ、特大のお手伝いがね。」

 人目を気にしながらも綾太郎たちはツバキ寮にやってきた。夕焼けに彩られる寮は、赤黒くまがまがしい色を帯びている。

 心拍が跳ね上がる。自分以外で、初めて『ライトノベル』を持った人物に会うのだ。


「はっ、そうだ綾太郎! まだ貴方から正式に、協力するって答えもらってない!」

 目を開いてあからさまに狼狽うろたえだすサラ。

「言わないとどうなるの」

「能力を持った人から、『ライトノベル』を奪えない!」

 サラの焦りをさえぎるように、ツバキ寮から一人の男が彼らの元へ近づいてきていた。

 

 ○


 亜麻色の髪を整え、黒いスクエアフレームの眼鏡をかけた青年が綾太郎りんたろうたちの元へ来る。にこやかな微笑を湛えていた。

「初めまして、四麻しまから話は伺ってます。映像部3-Cの空橋そらはしです。“映像部”とは言っても、僕が作ってるのは主にゲーム開発なんですけどね」

 落ち着いた態度で綾太郎たちと握手を交わす。“四麻”というのは、昼に綾太郎が会ったツバキ寮の男子生徒の苗字だった。


「そちらの方は?」

 空橋は不思議そうにサラを手差しする。

「え~っと」

「綾太郎さんのいとこです! 初めまして!」

 咄嗟とっさのアドリブで親戚扱いになったサラたちを、空橋は「いとこ……」と更に困惑した様子が増してゆく。これでは本題に向かえないと綾太郎は割って入るように主題を切り出した。


「そ、空橋さん。改めてスマホ、見つけてくださってありがとうございました! 友達、とても喜んでました」

「あぁ。君のお友達のだったんだね」

「それで、再発防止のためにお聞きしたいんですけど。スマホ、どこに落ちてました?」


 綾太郎のした質問には意図がある。加賀家かがやのポケットから消えたスマホはどこに向かったのかを知ろうとしていた。スマホが戻った時、加賀家は「傷一つついてない」と言っていた。仮にポケットからすり抜け地面に落ちたとしたら、軽い傷はついてしまうはず。でもスマホは無傷だったとしたら、スマホはポケットからどこに移動したのか。

 質問された空橋は世間話と同じ熱量でさらっと答えた。


「ここにあったよ」

「……は?」

 ()()

 予想外の答えに綾太郎はおろかサラも思わず下を見てしまう。


「ちょうどこの位置に、ってことですか?」

「昨日のお昼過ぎ、午後三時くらいだったかな? 散歩から帰ったら、置き場にティッシュで包まれたスマホがあって。調べたら最新機種だったし、誰か落としたんだなって事務員に渡したけれど、まさか普通科の人の持ち物だったなんてね」

 空橋はささいな出来事に困ったように笑った。だが綾太郎からは目に見えて動揺の色が隠せなくなっていた。


 寮前の地面。彼が最後に加賀家のスマホを見たのは、普通科と芸術科を繋ぐ渡り廊下。その距離は100メートルを超えている。なのにどうやってスマホは移動した?しかもティッシュに包まれて?


「その、空橋さんは昨日の二時半、何してましたか?」

「他の寮生と一緒に散歩してたよ。制作にづまった脳をリフレッシュしたくて、ツバキとか他の寮生を誘って校外をふらふらって二十分くらい。あっ、確か野良猫見つけて写真撮ってたんだった。ほら。証拠になるかな」

 空橋がスマホのカメラロールを見せる。確かに路地裏を横切る黒猫の写真があり、日付は昨日の午後二時三十六分。加賀家が最後にスマホをしまったのとほぼほぼ同時刻である。


 綾太郎りんたろうの脳は混乱の迷宮におちいってしまった。てっきり空橋が『ライトノベル』でスマホを盗ったのだと考えていたのだが、全くの思い違いだったのだ。

 だとしたら加賀家のスマホは誰がどうやって盗ったのか?

 と、疑問をめぐらせるはずが。


 思考はサラの声にさえぎられた。

「綾太郎! 右手!」

 声が聞こえた瞬間、綾太郎の右腕が急激にがくっと傾きだした。

 咄嗟に視線を下ろしていた右手に移し、彼は我が目を疑った。


 自分の右手が、消えていた。

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