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第1話 『ライトノベル』の邂逅-1

 庶関しょせき市は巨大な大都会である。東南と西北を分かつ形で川が流れており、あまりに広いので市内には全部で十五からなる環状線が走っている。土地にはあらゆるアミューズメント施設や空港などが立ち並ぶ都会であり、ここで産まれ一生を共にする人間も少なくはない。

 そんな大都市にはいくつかの高校があり、その一つに草朔そうさく大学付属高校がある。俗称を“草朔高校”や“草高そうこう”などと略されるその高校には、今年も新入生が迎え入れられた。入学式が終わり、新一年生の中の一クラス、1-Aではクラスメイトの自己紹介が行われていた。


「東第三中学から来ましたー、加賀家幹春かがやみきはるです! この三年間、全っ力で青春謳歌したいって本気で考えてますっ。よろしくお願いしまーす!」

 ハキハキとした彼の自己紹介は好印象を呼び、教室は好意的な拍手で包まれる。

 続けて、後ろの席の男子生徒が立ち上がる。

上枝綾太郎かみえりんたろうです。皆の助けになりたいって思います」

 すっと自己紹介を終える。パチパチ、パチとまばらな拍手で彼はクラスに迎えられた。それからは学校案内な今後のカリキュラムなどを説明で、この日は下校時刻になる。


「授業は来週から。午後の予定だが、最近この付近で爆発事故が起こってて物騒だと。だからここ一週間は三時過ぎで終了になる。早上がりだからってハメ外さずに、すぐ自宅に帰るんだぞー」

 やる気のなさげな担任の話も終わり、早上がりとなった。

 “自宅”という単語に、今の綾太郎は暗い感情を抱いてしまった。


 二週間前、不意の爆発に巻き込まれて、彼の過ごしていた家は崩壊してしまった。家と共に積み重なっていた思い出の数々も、あの衝撃と熱風で無慈悲に破壊され尽くしてしまった。

 今、彼は集合住宅の202号室に住んでいる。ここ最近で起きた爆破事故により居場所を失った人たちを、大家さんが善意で受け入れているのだ。

 まだ慣れない階段を上がりつつ、鍵を用意してさぁ帰ろうと彼は202号室の扉に目をって。

 見た。少女を。


 彼は少女の見た目に目をうばわれる。

 一言で表すなら、少女には()()()()()()。年嵩は九歳ほど、ぱちくりした目とボブカット、シンプルなワンピースを着ている。だが、その全てに色がない。影もなく、全身が淡い白色と最低限の薄い線でしか書かれていない少女の姿は、まるで現実に描かれた人間の下書きだった。


 少女の風体に綾太郎が言葉を失っていると、少女が彼の気配に気づく。ふわりと、アニメの線画かと見紛う動きで目線を彼に合わせた後、彼女は喜びを隠す様子もなく言った。

「よっ。二週間ぶり、綾太郎りんたろう。」

 少女の声で、綾太郎の二週間前の記憶が思い出される。彼女は、前の家が爆破され意識を失う直前、視界に現れた子だ、と。


 ○


 六畳一間の簡素なリビング。綾太郎りんたろう自身がミニマルな暮らしを好んでいる訳ではなく、ただ急すぎる入居に生活が間に合っていないだけだった。


 少女はせまいリビングを一瞥すると、綾太郎に向き直り堂々と声をあげた。

「改めまして自己紹介っ。私はサラ! 貴方は上枝綾太郎かみえりんたろう、であってるよね? そして私の願いは、この世界の『ライトノベル』を全て収めること。よろしく!」

 自信に満ちた顔で彼を見つめるサラと名乗る少女。綾太郎には色々とたずねたいことが湧き出てきたが、とりあえずは一番気になった点を問うてみる。


「『ライトノベル』? それって、あの、本の?」

「綾太郎はさ、爆発に巻き込まれたせいで、こんな狭い家に移住させられたよね。貴方をここに追いやった爆発について、どう思ってる?」

「どうって。爆発は事故だし、仕方ないって」

「その爆発が()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 不敵に笑い返すサラ。外はすっかり夜のとばりが覆い、彼女の白い体はより輝きを増して見える。


「この世界にはね、普通の人にはない特殊能力を持ってる人がいるの。その異能の総称が『ライトノベル』。人のよくねがいに呼応して人智を超えた力を与える書物。

 貴方が経験したような爆発の能力だけじゃない。ありとあらゆる『ライトノベル』の力が混ぜこぜになってるせいで、この世界は滅茶苦茶なの。このままじゃ世界は欲まみれになって、風船が割れるみたいに、あっけなく終わっちゃう。」


 一息置いて、白光する少女はにまりと笑う。

「私には『ライトノベル』を体に収めて無力化できる力がある。でも私には残念なことに、誰が能力者かは分からないの。だから。」

 そこまで話してサラは綾太郎のそばへと近寄ってくる。現実感を損なうほど白い双眸で彼を見つめつつ、少女は右手を差し出した。

上枝綾太郎かみえりんたろう、貴方に協力してほしい。私と一緒に、『ライトノベル』を奪い取って。」


 一気に不可解な情報を浴びせられ、綾太郎の脳がショートしかける。

 協力。差し出された手に対し綾太郎は疑いの気持ちを向け続ける。

「君は、何者なんだ? その体含め、人間なのか?

「人間じゃないよ。私は『ライトノベル』そのもの。」


 彼の想像だにしない答えが返ってきた。と同時に、彼の心はこの得体の知れない存在に対する言い知れぬ不気味さが沸き上がり、彼はサラから静かに距離を取る。

「ごめん。他を当たってくれ。唐突に協力してくれって言われても、君の存在が不明瞭な内は決断できない」

 刺激しないよう言葉を選んで彼は返答を返す。サラはふーんと言ってすくっと立つと、呆気あっけなく諦めた。

「今日の所は帰る。でも、私は諦めないよ。また明日ね!」

 サラは帰ってしまった。綾太郎は夢か現か不明確な顛末てんまつを思い返し、しばらく茫然としていた。


 ○


 翌日。朝から庶関しょせき市には雨が降っていた。校内学習の時間が多かった故か、綾太郎りんたろうは席の近い男子生徒二人とそれなりに仲良くなっていた。

「二人とも、いいバイト先見つけたんだよ。一緒に働こうぜ」

 そう綾太郎を誘う男子は佐田野さたの。高校生になったらバイトを始めたいと就労意欲に燃えている。

「働きだしたらシフトどんくらい自由か教えて。部活と両立したいからさ」

 ワインレッド色のスマホを見ながら会話しているのは加賀家かがや。青春を謳歌したいと自己紹介でアピールしてた男子で、綾太郎の前の席である。

「じゃあ俺と綾太郎とで、一緒にそのバイト先行こうぜ。どう?」

「いいよ、僕も働き口ほしいし」

 しとしとと注ぐ雨によそ見をしながらその日の学校生活も終え、綾太郎は傘を手に取る生徒たちを横目に校舎を出る。ビニール傘を差して帰ろうと校庭を歩き出した時、彼は見た。


「いた! おーい。」

 下校に向かう人々や灰色のくもり空から明らかに浮いた、白い姿。

「なんで来てるんだ! 見られたら大騒ぎになるだろ!」

「ん? あぁ大丈夫大丈夫、普通の人にはただの女の子に見えてるから」

 確かに下校してゆく生徒たちは、サラの特別注目していない。校内に少女がいることの珍しさからちらちら見る生徒はいるが、その白すぎる姿に驚いてる人はいない。

「今日は、私に協力するためのチュートリアルをしようと思ったの!」

「協力するって言わなかっただろ」

 だが、サラはガン無視。


「『ライトノベル』探しの基本はね、とにかく小さな謎とか違和感とかに首を突っ込むこと。例えばー。」

 れながら校門へ歩き出すサラ、それを見てる綾太郎。

「んぇ~と……いない、ねぇ。おいおい……濡れるの嫌なのに……」

「後日にしてくれないか? 僕これから友達と会う約束してて」

「あ、あの子! あの子とかほら! 明らか困ってそう、行くよ!」

「ちょっ、ちょっと」


 サラに無理やり手を引かれて正門を出る。学校前にのきを連ねる商店の一つ、シャッターを下ろした店の軒下で、一人の女性が雨宿りをしていた。

 ぴんと背を伸ばし立つ女性。レモンイエローの長髪と、女性的な体のフォルムが目をく。見た目から推察するに、綾太郎と同じくらいの年齢に見えることから、制服は着てないが草朔そうさく高校の生徒かもしれないと綾太郎は考えた。


「こんにちは! 見るからにお困りですね?」

 サラに呼びかけられ始めて気付き、「えっ」と、明らかに困惑されてる。

「私たち人助けしてて。ただで助けますよ。」

「人助け……あぁ、そんなに分かりやすく落ち込んでましたか、私?」

「あの、この子に付き合わなくていいですよ」

「はい貴方の困りごとなーに?」


 警戒されながらも、子供の遊びに合わせてあげる感覚で女性は相手してくれる。

「困ったことね。ほんの小さなことよ、傘を無くしたの。昼頃までは持ってたのを覚えてたのに、いつの間にかどこかに忘れてきちゃって。情けないわ」

 めたといった顔で綾太郎を見る。


「昼まであった傘が消えたんだって! いかにも『ライトノベル』の異能が関わってる予感がしない?」

「いや、どこかに忘れただけだって」

「それで、えーっとお名前は? 私はサラ、この人は上枝綾太郎かみえりんたろう。」

 勝手に名前をばらされて「おい」とツッコんでしまう綾太郎。

「私ですか? 藤宮ふじみやです」


「んじゃあ藤宮さん、貴方の持ってた傘ってどんな特徴があります? 材質とか、柄とか。」

 藤宮はサラに目線を合わせて相手してくれている。

「黒地に白いガーベラの模様でかざられた、本当に質素な傘よ」

「最後に傘をどこで使ったか覚えてますか?」

「ここから右の通りの角を曲がったところに宝石店があって、そこへ入るときに差したきりで」

 彼女が指差した先には、草朔大学の敷地が見える。植樹された樹林や学生寮に沿うように、向かいにはコンビニなどが林立している。


「ほら綾太郎もぼーっとしてないで『ライトノベル』使って。あの日、何か刻まれる感覚、あったでしょ?」

 あの瞬間──気絶する直前に感じた何かが刻まれる感覚。あれは『ライトノベル』が自分に宿る感覚だったのかと彼は驚く。

「使うって、どうすれば」

「それは何かこう、わーーって……頭とか、手の先とか、丹田とか力込める感じ……知らないけど。大丈夫。貴方の心が、使い方を理解してるから」

 少女に言われるがまま、取り敢えず綾太郎は頭に意識を集中させてみる。


「────!!!」

 それは一瞬だった。綾太郎りんたろうの脳裏に、今までの記憶が隅々まで思い返される。登校の道にすれ違った人々の人相や、今日クラスのドアが開閉された回数など、視界に入れど忘れていたあらゆる記憶が、リアルタイムで映像を見るように鮮明に何度でも思い出せる。

 そして、彼は今日の下校時にちらっと見た高校の正面玄関の光景を思い出した。全く気にも留めなかった、傘立ての記憶。その中に紛れていた、()()()()()()()()()()()()()()()()の存在を。

「──あった」


 綾太郎りんたろうが校舎の正面玄関から戻ってくる。ビニール傘はサラに渡したので、彼は濡れながら校舎から戻ってくる。無事に黒地の傘は持ち主の下に戻った。

「ありがとうございます。まさか取り戻してくださるなんて、感謝してもし足りません」

「お安い御用ですよ。綾太郎も、初めてにしては『ライトノベル』使い、上手だったんじゃない?」

「上手いもなにも、一瞬だったし……」

 答えはしたものの、綾太郎は未だ実感が持てなかった。ついぞ意識しなかった事柄が事細かに記憶からよみがえる感覚。集中はすでに解け、復元された数多の記憶も早々と去っていった。今の彼には、今日すれ違った人々の顔も、クラスの扉が開閉された回数も、校舎正面の傘立ての記憶もおぼろげになっていた。


 持ち主に渡して一見落着にはなったが、傘の位置を特定してから彼にはある疑問が過ぎっていた。

「そういえば藤宮ふじみやさん。校舎に忘れたのなら、取りに戻れば良かったんじゃないんですか。濡れるのは仕方ないとしても」

「私、ここの生徒さんではないので」

「他校の生徒だったんですか」

「いえ、学生ではなくて」

 思わず返答に詰まってしまう。


「私、学校に通ったことがないんです」


 と、彼らの近くに一台の黒いリムジンが停車した。運転席から、糊のきいたスーツを着た女性が一人傘を差し、雨を避けるよう藤宮を自分の懐に入れる。

「お嬢様、申し訳ありません。傘は宝石店にもないようで、これから」

「いいのよ鴨野かもの。傘、この親切な方々が見つけてくださって」

 鴨野と呼ばれた女性は深い礼を綾太郎りんたろうたちにした後、すすっと藤宮を車の後部座席に乗せる。ドアが閉まりきる直前、藤宮が指を揃えた手を窓越しに優しく振った。

「傘を見つけてくださって本当に助かりました。ご機嫌よう」

 彼女を乗せた車は静かに走り出し、角を曲がってすぐに姿を消した。


「はぁ~お迎え付きでお嬢様。世の中いろんな人がいるもんだ。」

 腕を組んで感嘆するサラ。だが綾太郎は別のことを考えていた。

 校内の生徒ではないのなら、何故あの傘は校舎内にあったのか?


 ○


 傘の謎を抱えて翌日。今日は担任の先導で綾太郎りんたろうのクラスは学校案内されていた。

 草朔そうさく高校は普通科と芸術科という二つのカリキュラムに分かれている。普通科の校舎と芸術科の校舎があり、二棟を繋ぐ渡り廊下が二階にある。

 綾太郎たちは現在、渡り廊下で先生の案内を聞いていた。


「新入生のお前たちは普通科。後は、向かいの校舎は芸術科。芸術っていってるが、その中でも絵画とか音楽、映像制作、本書いたりすごいのだとロボット作ってたりAI開発とかもまとめて芸術科だな」

 遠くに芸術科の教室の壁掛け時計が見え、午後二時半を指している。ひまなのか、加賀家は目を盗んでこそっとスマホでSNS見ては、移動の度にパンツのポケットにしまった。

「まぁ、普通科と芸術科はあんまり会わないな」


 そんなこんなで今日の下校時刻になる。綾太郎は昨日行けなかった佐田野さたののバイト先へ行くつもりだった。

「あれ、ちょっと待って」

 帰り支度をしていた加賀家かがやが、目に見えて焦りだす。

「どうしたの?」

「ポケットにスマホがない! どっかに落としたかも!」

 学生カバンも置いて、加賀家は駆け出してしまった。

 彼の落としたスマホというのは、昼頃見ていたものだろう。あのワインレッド色のスマホは最終どこに行ったのだろうか。


 彼を助けよう。その意図で、綾太郎は自分の『ライトノベル』を使った。

 脳内に記憶があふれてくる。彼のスマホは、昼過ぎにこそっと時刻を確認してた午後が最後。そこからポケットにしまって、ホームルームの時も出していない。

「あれ?」

 出していない? 取り出していないのなら、スマホはどこに行った?

 疑問が浮かぶ中で、彼はサラの言葉も思い出していた。


──小さな謎とか違和感とかに首を突っ込むこと。


 能力を解くと、綾太郎も駆け出していた。

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