【98】新入生の戦い編③ 〜決戦の予感〜
夕暮れの校舎裏。
茜色の光が、冷たい土埃を照らしていた。
「ハァ……ハァ……」
校庭の隅、ラッティたちはぐったりと腰を下ろしていた。
ドナックは槍を脇に置き、ミーニィは膝の上で両手を握りしめ、小さく震えている。
ラッティの顔は腫れ上がり、制服は破れ、拳には血が滲んでいた。
「……っ、くそ……俺、ぜんぜん……勝てなかった……」
唇を噛みしめ、ラッティは地面を叩く。
泥の上に拳を打ちつけ、肩を震わせる少年に、ドナックとミーニィは何も言えなかった。
──その時だった。
「おい!お前ら、どうしたんだ!?」
パッと視界の先が明るくなる。
そこに駆け込んできたのは──
「アーシス先輩……!」
「何!?どーしたの!?どこが痛む!?」
アップルがしゃがみこみ、すぐさまヒーリングの詠唱を始める。
ミーニィが驚きで目を見張り、ドナックも安堵の吐息を漏らした。
「……事情を、聞かせてくれ」
アーシスの瞳はまっすぐだった。
言葉を選ぶように、ラッティは小さな声で事の顛末を語った。
すべてを聞き終えたあと──
「……なるほど」
アーシスはゆっくりと立ち上がった。
「すみません、弟子でありながら無様にやられてしまって…」
俯きながらラッティは呟いた。
「………」
(……いや、弟子じゃないけどな…)
アーシスは真顔のまま言葉を飲み込んだ。
「ふん、お前はまだ負けてない」
アーシスの隣で仁王立ちしているシルティが口を開いた。
「……え?」
顔を上げたラッティに、シルティは指を突きつけた。
「タイマンで勝てば勝ちだ!!」
一瞬の静寂の後、シルティは続ける。
「それとも、勝つ自信がないのか?」
ぐっと拳を握りしめるラッティ。
目の奥で、くすぶっていた炎がはぜた。
「──あります!!」
ラッティの叫びに、仲間たちの顔がぱっと輝いた。
◇ ◇ ◇
一方、1年C組教室。
窓の外から、掌サイズの小さな魔術飛行機が飛び込んできた。
スッと降下し、中央の机にぴたりと紙を落とす。
紙を開いたプルーが、口角を吊り上げる。
「……果し状だと?」
「上等だ……ぶっ壊してやる!!」
四天王たちの顔が、ぞくりと笑みに歪む。
◇ ◇ ◇
──その日の夕暮れ。
校庭の中心に、ラッティたち3人が立っていた。
吹き抜ける風に、制服がばさりと揺れる。
「来たぞ──!」
校舎から溢れ出してくるのは、C組の生徒たち。
先頭に立つのは、巨漢のプルー、そして背後には四天王の影。
「プルゥゥゥゥ!!1対1で勝負しろぉぉ!!」
ラッティが叫ぶと、プルーが肩を揺らして笑った。
「ああん?サシなら勝てるとでも思ってんのか?」
「クズが……いいだろう、やってやるよ!」
群衆が距離を取り、グラウンドの中心に二人が立つ。
砂煙が走る。
「……いくぞ!!」
叫びと同時に駆け出すラッティ──。
「……ふっ」
プルーがすっと手を挙げる。
──それを合図に後方から魔法弾が飛来する。
「くくく、ダンジョンじゃあ“1対1”なんてもんはねぇんだよ、バカが!」
──が、次の瞬間。
「──《シールド・フォース》!!」
空間に光の壁が広がり、魔法弾を跳ね返した。
「……は?」
驚愕の表情を浮かべるプルーたち。
「──《セレスティアル・ドーム》!」
地面に光の輪が描かれ、その輪は一瞬のうちに縦へと伸び、天を覆う半球の結界を形成した。
直径10メートルほどの結界にはラッティとプルーのみが取り囲まれた。
「……よぉ、お前ら」
結界の外に立つアーシスが、剣を肩にかけて笑う。
両隣には、光の壁と半球の結界を展開したアップルとマルミィが立つ──
「邪魔はしない。決着はお前たちでつけろ」
「……なんだテメェら、汚ねぇぞ!!出せ!!」
プルーが拳で結界を殴るが、硬質な音だけが虚しく響いた。
「汚い?ダンジョンじゃあ“汚い”なんて通じないぞ?」
シルティが不敵に笑う。
「くっ……」
「……さてと、外は外で片付けるか」
シルティが腰を鳴らす。
「はい、そこの君たち、頑張ってね!」
アップルがドナックとミーニィに笑顔を向ける。
「……あんたたちがやるのよ!」
ドナックは無言で槍を握り、ミーニィは深く息を吸った。
「ラッティにだけ、いい顔させてらんねぇよな……」
──結界の中と外。
それぞれの戦いがはじまろうとしていた。
(つづく)




