【96】新入生の戦い編① 〜はじめての後輩〜
校舎裏。
風の通らないその一角は、昼間でも湿った空気がよどみ、人気のない空気が支配していた。
「……っぐ……やめ、やめてくれよ……!」
少年の泣き声が響く。
地面に押し倒され、制服が土と埃で汚れたのは、1年B組の男子、ヨーシ。
「“ニードレスウォリアーズ”に逆らうと、どうなるかわかったか?」
ヨーシを取り囲むのは、1年C組の数人の生徒たち。その中央、ひときわ意気揚々と笑う少年が、胸元の黒いバッジを指で弾いた。
「おとなしくバッジつけときゃいいんだよ。なのに調子乗って、断るとか言うからさァ」
乾いた音が響く。
一人がヨーシの腹を蹴り上げ、少年はくぐもった悲鳴を上げて丸まった。
──その時だった。
「やめろっ!!」
駆け寄る音、そして声。
勢いよく走り込んできたのは、1年A組の少年、ラッティ=ファルグレア。
栗色の髪が乱れ、剣士志望の彼らしい、真っ直ぐすぎる瞳が光っていた。
「お前ら、なにやってんだ!!」
「はっ、なんだテメー……」
C組の生徒たちは一瞬きょとんとしたが、すぐに口角を吊り上げた。
「余計な口出ししやがって……!」
振り上げられた拳が、ラッティの頬を正確に打ち抜く。
衝撃で視界がぐらつく。足元が浮き、気づけば背中から地面に叩きつけられていた。
「……く、そ……」
口の中にじわりと鉄の味が広がる。
それでもラッティは立ち上がろうと腕をつく。
その時──。
「こらぁぁっ!!」
甲高い怒声が飛んだ。
教員の怒鳴り声だ。
ハッとしたC組の生徒たちは、吐き捨てるように「ちっ」と舌打ちし、散り散りに走り去った。
「……大丈夫か……?」
その場に駆け寄ったのは、槍を抱えたドナック=リードブルクと、呪文の構えをほどきかけたミーニィ=アステロッサ。
ラッティの友人たちだ。
「な、情けねぇ……当たって砕けただけじゃねぇか……」
ラッティが苦笑し、ドナックが呆れ顔でため息をつく。
「だから言ったろ、突っ込む前に頭を使えって」
「……あの……ありがとう……」
か細い声で、ヨーシが口を開いた。
ラッティたちは、彼の話に耳を傾けた。
「ニードレスウォリアーズっていうグループが、俺たちに……無理やりバッジを買わせて、金を巻き上げて……断ったら、こうなるんだ……」
ミーニィの眉がひそめられる。
「最低……」
ラッティは拳を強く握った。
「そいつらのリーダーは?」
「プ、プルー……1年C組の、筋肉の化け物……四天王って呼ばれてる連中が周りにいて……」
「……やるしかねぇな」
またも立ち上がろうとするラッティを、今度はドナックが引き留めた。
「待て、今行っても潰されるだけだ。まずは情報を集めるぞ」
「……だな」
ラッティは苦笑し、ミーニィもコクンと頷いた。
──その時、視界の先に目を引く一団が見えた。
「あ……!」
ラッティの顔がパッと明るくなる。
そこには、2年生の伝説のパーティ、エピック・リンクの姿があった。
アーシス、シルティ、アップル、マルミィ──光のようにまばゆい4人。
「アーシス先輩っ!!」
ラッティが駆け寄る。
一瞬、警戒したアーシスは、振り返ると少年の必死な顔に目を瞬かせた。
「俺、俺……ずっと憧れてました!!弟子にしてください!!」
「えっ、弟子……いや、俺たち、まだ学生だから弟子とか……」
アーシスが困惑している横で、シルティが叫んだ。
「よし、お前、犬。焼きそばパン買ってこい!」
「ワン!!」
ラッティは元気よく飛び出し、全員がぽかんとした。
「……なんだあれ」
アップルが肩をすくめ、ミーニィが笑いをこらえる。
その笑顔の裏で、ラッティの胸に芽生えたのは、小さな決意の芽だった。
(……俺は、負けない。絶対に……)
そうして少年は、最初の一歩を踏み出したのだった。
(つづく)




