表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
96/186

【95】冒険者講習会


 冒険者育成学校、2年生全クラス合同授業。


 教室の空気はざわざわと期待と緊張で満ちていた。

「──それでは本日の講師を紹介する。ギルドから、マーメル=サシャイン氏だ」


 パブロフの紹介に続いて入ってきたのは、眼鏡をかけたスーツ姿の女性、マーメル。

 控えめにポニーテールを揺らし、涼しげな笑顔で軽く会釈をした。


「マーメルさん!」

 アーシスが満面の笑みで手を挙げ、声をかける。

「ふふ、アーシスくん、今日も元気ね」


 そのやりとりにクラスがどっと湧く。

 隣のシルティが小声で、「……なんかこういうとき、得意げに見えるなあ」ともぐもぐ呟き、アップルが笑った。


 にゃんぴんはマーメルの肩越しからちらりとナーベに目をやった。

「……んにゃ?」

 にゃんぴんの耳がぴくりと動く。


「それじゃあ──まずは冒険者の流れを説明するわね」

 マーメルが指し棒を掲げ、スクリーンに冒険者の手順が映し出された。


「冒険者試験に合格したら、教会でハイプリーストの祝福を受けます。それから──」

 次のページには、精密に描かれた魔導装置。

「エクスプロ・ゲージに乗ります。この装置は、祝福を受けた冒険者にだけ反応する魔導装置。魔法陣が展開され、経験値をスキャン。

 この装置で冒険者ランクが決まります」


 生徒たちからは「へえ〜」と声が上がる。


「……初回の平均はだいたいEからCランクかな」

 マーメルがぼそっと言うと、

「ふ、オレはすでにAランクだな」

 腕を組んで偉そうに笑うグリーピー。

 だが周囲の生徒たちからは完全スルー。


「ちなみに、ランクはFランクまであるからね」

 笑顔で淡々と伝えるマーメル。


「ランクが上がるとステータスも強化され、人によっては固有スキルも得られることがあります。冒険者にとって大切なのは、挑戦し続けることね」


 さらにマーメルは指し棒を進める。

「ランクに応じたクエストを選び、成功すれば報酬が得られます。緊急クエストでは参加義務も発生しますが──その代わり、魔導ネットワークの冒険者メンバーシップアカウントにアクセス可能です」


「えっ、あれだよね!? 限定の掲示板とかクーポンとか出るやつだよね!?」

 シルティの目が一気に輝く。


「特典で提携飲食店の割引も受けられるわよ」

「やったぁぁぁぁあ!!」

 シルティが机に突っ伏して大喜びし、マルミィがため息混じりに微笑んだ。


「──あ、ちなみに、面白い話だけどね」

 マーメルがぽつりと小話を差し込む。


「ある新米パーティが初めてエクスプロ・ゲージに乗ったとき、全員、Cランクだと思ってたの。そしたら一人だけ、なんと……Sランクだったのよ」

「へっ……S!?」

 教室全体が騒然とする。


「しかもその子、普段ぜんぜん目立たない子だったって話よ」

「……夢があるな」

 アーシスが呟き、頬をかすかに紅潮させる。

 シルティ、アップル、マルミィが、それぞれ目を合わせ、ふっと笑みを交わした。



   ◇ ◇ ◇


 休憩時間。


「ナーベさん、この台帳お願いね」

 マーメルがナーベに台帳を手渡す。

「はい……わかりました」

 二人がほんの一瞬、見つめ合い、静かに目を細める。


 にゃんぴんが、ちらりと尻尾を立てる。

「んにゃ……?」


 アーシスたちは笑顔で集まっていた。

「なあ、俺たち……早く冒険者になりてえな」

 アーシスが拳を軽く握る。


「……負けないからね」

 シルティが横で頬を膨らませ、

「サポートは任せてね!」

 とアップルが元気よく笑う。

「わ、私は、地道にやります」

 マルミィは淡々と呟き、にゃんぴんは頭上で「にゃっ」と鳴いた。


 仲間たちの笑顔に、ナーベは視線を落とし、ふっとかすかな笑みを浮かべる。



   ◇ ◇ ◇


 休憩時間が終わり、再び教室に全員が集まった。


「──それじゃあ、そろそろまとめに入りましょうか」

 マーメルが教壇に立ち、眼鏡をクイッと押し上げた。


「最後に大事なことを伝えておくわね。冒険者になるということは、自由を得る代わりに、責任も背負うということです」


 教室の空気が一瞬、引き締まる。


「クエストは、失敗すれば命を落とすこともあります。でもね──」

 マーメルはふっと笑みを浮かべた。

「それ以上に、世界を救うこともできるのよ」


 その言葉に、教室がざわついた。

「世界……を、救う……」

 アーシスが小さく呟き、視線を遠くに向ける。


 ──その言葉が胸に刺さるのは、彼だけではなかった。

 シルティは手元をぎゅっと握りしめ、アップルはそっと胸のペンダントを触れ、マルミィは伏せ目がちに視線を落とした。

 そしてナーベは、ただじっと、微笑むマーメルを見つめていた。


「──さあ、それじゃあこれで今日の講習は終了です」

 マーメルの声に、教室から一斉に拍手が上がった。

 アーシスたちは立ち上がり、伸びをしながら笑い合う。


「あ、マーメルさん!今度、ギルドにも遊びに行っていいか!?」

 アーシスが駆け寄り、にこっと笑う。


「ええ、もちろん。ただし……ちゃんと冒険者になってから、ね」

 マーメルが口元に指を当て、ウインクしながら微笑んだ。


「よーし、頑張るぞおおおお!」

 アーシスが拳を突き上げる。


「ふ、そんなの当たり前だ……!オレ様はAランクになる男だからな……」

 横でグリーピーが小声で呟き、アップルが笑いをこらえ、シルティは「はいはい」とあしらう。



 ──教室を出た廊下、ナーベは静かに歩いていた。


「ナーベさん、ありがとう。助かったわ」

 後ろからマーメルが追いつき、そっと声をかける。


「……いえ。私のほうこそ」

 ほんの一瞬、二人の視線が交錯し──ナーベの瞳に、かすかに迷いが浮かんだ。


 ──この日常は、いつまで続くのだろう。

 ほんのわずか、心の奥に沈む影を抱えながらも、ナーベは歩みを進める。



   ◇ ◇ ◇


 その頃、教室では。


「なあ、アーシス……」

 シルティが背伸びしながら語りかける。

「なんだか、冒険者になる実感が、少し湧いたな」


「……ああ」

 アーシスは空を見上げ、拳をそっと握る。仲間の顔が脳裏をよぎる。戦って、笑って、ぶつかって、それでも前を向いてきた日々。


「……絶対、みんなで冒険者になろうな」


「当然だにゃ!」

 にゃんぴんがアーシスの肩に飛び乗り、ニッと笑う。


「よーし!飲食店の割引のために私も頑張る!!」

 シルティが手を挙げ、

「……そこなのね」 アップルが肩をすくめ、

「……地道に、ね」 マルミィが小声で笑った。


 夕日が差し込む教室。

 少年たちの笑い声が、少しだけ広がっていく。


 ──それは、確かに始まりの音だった。


(つづく)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ