【95】冒険者講習会
冒険者育成学校、2年生全クラス合同授業。
教室の空気はざわざわと期待と緊張で満ちていた。
「──それでは本日の講師を紹介する。ギルドから、マーメル=サシャイン氏だ」
パブロフの紹介に続いて入ってきたのは、眼鏡をかけたスーツ姿の女性、マーメル。
控えめにポニーテールを揺らし、涼しげな笑顔で軽く会釈をした。
「マーメルさん!」
アーシスが満面の笑みで手を挙げ、声をかける。
「ふふ、アーシスくん、今日も元気ね」
そのやりとりにクラスがどっと湧く。
隣のシルティが小声で、「……なんかこういうとき、得意げに見えるなあ」ともぐもぐ呟き、アップルが笑った。
にゃんぴんはマーメルの肩越しからちらりとナーベに目をやった。
「……んにゃ?」
にゃんぴんの耳がぴくりと動く。
「それじゃあ──まずは冒険者の流れを説明するわね」
マーメルが指し棒を掲げ、スクリーンに冒険者の手順が映し出された。
「冒険者試験に合格したら、教会でハイプリーストの祝福を受けます。それから──」
次のページには、精密に描かれた魔導装置。
「エクスプロ・ゲージに乗ります。この装置は、祝福を受けた冒険者にだけ反応する魔導装置。魔法陣が展開され、経験値をスキャン。
この装置で冒険者ランクが決まります」
生徒たちからは「へえ〜」と声が上がる。
「……初回の平均はだいたいEからCランクかな」
マーメルがぼそっと言うと、
「ふ、オレはすでにAランクだな」
腕を組んで偉そうに笑うグリーピー。
だが周囲の生徒たちからは完全スルー。
「ちなみに、ランクはFランクまであるからね」
笑顔で淡々と伝えるマーメル。
「ランクが上がるとステータスも強化され、人によっては固有スキルも得られることがあります。冒険者にとって大切なのは、挑戦し続けることね」
さらにマーメルは指し棒を進める。
「ランクに応じたクエストを選び、成功すれば報酬が得られます。緊急クエストでは参加義務も発生しますが──その代わり、魔導ネットワークの冒険者メンバーシップアカウントにアクセス可能です」
「えっ、あれだよね!? 限定の掲示板とかクーポンとか出るやつだよね!?」
シルティの目が一気に輝く。
「特典で提携飲食店の割引も受けられるわよ」
「やったぁぁぁぁあ!!」
シルティが机に突っ伏して大喜びし、マルミィがため息混じりに微笑んだ。
「──あ、ちなみに、面白い話だけどね」
マーメルがぽつりと小話を差し込む。
「ある新米パーティが初めてエクスプロ・ゲージに乗ったとき、全員、Cランクだと思ってたの。そしたら一人だけ、なんと……Sランクだったのよ」
「へっ……S!?」
教室全体が騒然とする。
「しかもその子、普段ぜんぜん目立たない子だったって話よ」
「……夢があるな」
アーシスが呟き、頬をかすかに紅潮させる。
シルティ、アップル、マルミィが、それぞれ目を合わせ、ふっと笑みを交わした。
◇ ◇ ◇
休憩時間。
「ナーベさん、この台帳お願いね」
マーメルがナーベに台帳を手渡す。
「はい……わかりました」
二人がほんの一瞬、見つめ合い、静かに目を細める。
にゃんぴんが、ちらりと尻尾を立てる。
「んにゃ……?」
アーシスたちは笑顔で集まっていた。
「なあ、俺たち……早く冒険者になりてえな」
アーシスが拳を軽く握る。
「……負けないからね」
シルティが横で頬を膨らませ、
「サポートは任せてね!」
とアップルが元気よく笑う。
「わ、私は、地道にやります」
マルミィは淡々と呟き、にゃんぴんは頭上で「にゃっ」と鳴いた。
仲間たちの笑顔に、ナーベは視線を落とし、ふっとかすかな笑みを浮かべる。
◇ ◇ ◇
休憩時間が終わり、再び教室に全員が集まった。
「──それじゃあ、そろそろまとめに入りましょうか」
マーメルが教壇に立ち、眼鏡をクイッと押し上げた。
「最後に大事なことを伝えておくわね。冒険者になるということは、自由を得る代わりに、責任も背負うということです」
教室の空気が一瞬、引き締まる。
「クエストは、失敗すれば命を落とすこともあります。でもね──」
マーメルはふっと笑みを浮かべた。
「それ以上に、世界を救うこともできるのよ」
その言葉に、教室がざわついた。
「世界……を、救う……」
アーシスが小さく呟き、視線を遠くに向ける。
──その言葉が胸に刺さるのは、彼だけではなかった。
シルティは手元をぎゅっと握りしめ、アップルはそっと胸のペンダントを触れ、マルミィは伏せ目がちに視線を落とした。
そしてナーベは、ただじっと、微笑むマーメルを見つめていた。
「──さあ、それじゃあこれで今日の講習は終了です」
マーメルの声に、教室から一斉に拍手が上がった。
アーシスたちは立ち上がり、伸びをしながら笑い合う。
「あ、マーメルさん!今度、ギルドにも遊びに行っていいか!?」
アーシスが駆け寄り、にこっと笑う。
「ええ、もちろん。ただし……ちゃんと冒険者になってから、ね」
マーメルが口元に指を当て、ウインクしながら微笑んだ。
「よーし、頑張るぞおおおお!」
アーシスが拳を突き上げる。
「ふ、そんなの当たり前だ……!オレ様はAランクになる男だからな……」
横でグリーピーが小声で呟き、アップルが笑いをこらえ、シルティは「はいはい」とあしらう。
──教室を出た廊下、ナーベは静かに歩いていた。
「ナーベさん、ありがとう。助かったわ」
後ろからマーメルが追いつき、そっと声をかける。
「……いえ。私のほうこそ」
ほんの一瞬、二人の視線が交錯し──ナーベの瞳に、かすかに迷いが浮かんだ。
──この日常は、いつまで続くのだろう。
ほんのわずか、心の奥に沈む影を抱えながらも、ナーベは歩みを進める。
◇ ◇ ◇
その頃、教室では。
「なあ、アーシス……」
シルティが背伸びしながら語りかける。
「なんだか、冒険者になる実感が、少し湧いたな」
「……ああ」
アーシスは空を見上げ、拳をそっと握る。仲間の顔が脳裏をよぎる。戦って、笑って、ぶつかって、それでも前を向いてきた日々。
「……絶対、みんなで冒険者になろうな」
「当然だにゃ!」
にゃんぴんがアーシスの肩に飛び乗り、ニッと笑う。
「よーし!飲食店の割引のために私も頑張る!!」
シルティが手を挙げ、
「……そこなのね」 アップルが肩をすくめ、
「……地道に、ね」 マルミィが小声で笑った。
夕日が差し込む教室。
少年たちの笑い声が、少しだけ広がっていく。
──それは、確かに始まりの音だった。
(つづく)




