【94】鬼ごっこ大作戦!
冒険者育成学校。
──職員室。
「ん〜〜〜……そろそろ片付けないと怒られるよねぇ……」
ため息混じりに呟くのは、七三分けにメガネ姿のパブロフ。
彼の机の上とまわりには、プリント、魔導具、フィギュア、なぜかおもちゃのドラゴンまで散乱しており、もはや机としての役割は果たしていない。
「う〜〜〜ん、……そうだ!」
閃いた、とばかりに手をポンと叩くパブロフの顔に、ニヤリと笑みが広がった。
◇ ◇ ◇
──教室。
「えっ……鬼ごっこ?」
生徒たちの困惑の声に、パブロフは堂々と胸を張った。
「そうだ。今日の課題は鬼ごっこだ。鬼は俺。学校の敷地内すべてがエリア。制限時間内に捕まらなければお前らの勝ちだ」
「──もし、一人でも逃げ切ったら、全員にテラスおばさんの極上スイートプディングをおごってやる」
「おおおおおーーーっ!!」
一瞬で空気が沸騰する。
生徒たちは雄叫びを上げ、拳を突き上げた。
「攻撃はありですか?」
手を挙げたグリーピーの質問に、パブロフはさらりと答える。
「ああ、剣でも魔法でも、なんでもありだ」
「よっしゃあああ!!」
沸き立つ教室。アーシスたちもワクワクしながら顔を見合わせた。
「──ただし!」
ドン、と机を叩く音に全員の視線が集まる。
「全員捕まったら、罰として職員室の片付けな」
ニヤリと笑うパブロフ。
◇ ◇ ◇
──競技開始。
「……99……100。さて…」
パブロフのカウントが終わった瞬間──その姿は煙のように掻き消えた。
「は、速っ!?」
アーシスが遠くから目を見開く。
校庭の花壇の裏、木の上、掃除ロッカーの中……隠れていた生徒たちが次々と「タッチ!」されていく。
ナスケの隠れみの術も一瞬で見破られ、「忍のプライドが……」と泣き崩れた。
「まじかよ……元S級って……本物だな……」
アーシスは冷や汗を垂らしつつ、急いで物陰に隠れた。
「こ、ここに隠れよう!」
そこにシルティが無理やり身体を押し込んでくる。
「お、おいシルティっ……!近い……!」
狭い物陰、密着する体温、顔の近さに、思わず頬を赤らめるアーシスとシルティ。
「な、なんだよ……顔赤いぞ?」
「だ、だまれ……!」
──その時だった。
「……みっけ」
耳元で囁くような声。
パブロフがすぐ背後に迫っていた。
「っ!?」
アーシスとシルティがとっさに身を翻そうとするが、すでにその手は二人の背中を捕らえようとしていた──瞬間。
「《クイックフェザー》!!」
甲高い声が響いた刹那、アップルの支援魔法が発動する。 淡い光が羽のように舞い、アーシスとシルティの脚を一気に軽くした。地面を蹴った二人の身体が疾風のごとく横に滑り、ギリギリの距離でパブロフの手をかわす。
「──《スモークミラージュ》」
続けざま、マルミィの冷静な声が響く。
杖先に宿った魔力が空気を弾き、周囲一帯に煙が広がった。白いもやの中に、歪んだ光の蜃気楼が揺らぎ、パブロフの視界を撹乱する。
「……面白い」
わずかに笑みを浮かべたパブロフが、左手を軽く振り上げると、指先に集った風が竜巻を呼び起こし、瞬く間に煙と幻像を吹き飛ばした。
だが、視界が晴れた先に、アーシスたちの姿はなかった。
──屋外の階段の下。
息を潜めるように、エピック・リンクの四人は身を寄せ合っていた。
「ど、どうする? このままじゃ、見つかるのも時間の問題だよ……」
アップルがひたいに汗をにじませ、不安げな声を絞り出す。
シルティとマルミィが一斉にアーシスの方を見る。
深く息を吸い込み、アーシスは肩の力を抜いて吐き出す。
「……逃げるだけじゃダメだ、戦おう」
◇ ◇ ◇
──校庭中央。
「ほう……出て来たか」
パブロフが薄く笑う。
「残り10分、逃げ切ってやる!」
アーシスたちは隠れることなく、正面からパブロフの前に姿を現した。
パブロフが片手をポケットに突っ込み、軽く足を鳴らす。 周囲の地面に亀裂が走るほどの衝撃が広がり、生徒たちが遠巻きに息を呑む。
「行くぞ!」
アーシスが叫んだ瞬間、シルティが地を蹴った。
「秘剣・《八列》!!」
鋭い剣閃が八方向に走り、光の軌跡を描きながらパブロフに迫る。
「……おっと」
パブロフが身体をわずかにずらすだけで、シルティの剣は空を斬った。
「くっ……速すぎる……!」
「《クイックフェザー》!!」
アップルの支援魔法が再度発動。光の羽根が仲間たちを包み、速度が一段階上がる。
「──《スモークミラージュ》!」
マルミィが杖を掲げ、広範囲に蜃気楼の煙幕を展開。揺らめく煙の中、アーシスは剣に魔力を込める。
「──これでどうだッ!」
剣に炎をまとわせ、一閃。
「《フレイムブレイカー》!!」
爆音と共に炎の刃が迸り、煙の中で閃光が炸裂した。
だが。
「──甘い」
風を切る音と共に、煙の奥からパブロフの影が抜け出し、次の瞬間にはアーシスの背後に回り込んでいた。
「っ、アーシスくん!下がって!!」
マルミィが右手に炎、左手に光を凝縮する。
「《インフェルノ=ラディアンスッ》!!」
爆風と白光が衝撃波のように周囲を呑み込む。
地面がえぐれ、校庭に土煙が立ち上った。
「……やるじゃないか」
立ち込める煙の中、無傷のパブロフが歩み出る。
「──な、なんていう戦いだよ……」
すでにパブロフにタッチされた生徒たちが、息を呑んでこの戦いを見守っている。
「全員同時にいくぞ!!」
アーシスの号令に、仲間たちが呼応した。
アーシスとシルティは前衛で剣を構え、背後でマルミィが光と炎の魔法陣を広げ、アップルが支援の聖光を重ねる。
「いくぞ、みんな──!!」
4人が同時に地面を蹴り、剣が魔法の光をまとい、巨大な光剣となる。
「《クロス・グローリア》!!」
四人の叫びと共に、剣と魔法が混じり合い、天を裂く光柱が生まれる。
それは巨大な十字を描き、烈風が吹き荒れる。
「──いい連携だ。でもな……」
ふっと、パブロフの瞳が鋭く光った。
「まだまだだ!」
重心が消えたかと思うと、パブロフは次の瞬間、アーシスの懐に滑り込んでいた。
「く──!?」
「よくここまで戦えるようになった。だが──」
刹那、
「──終わりだ」
その声と共に、パブロフの手がアーシスたちの身体に高速で触れていく。
──その直後、魔導スピーカーが終了のベルを鳴らした。
「……はっ、はっ……」
膝をつき、荒い息をつくアーシス。
「……やれやれ、ここまで手こずらせるとは思わなかったよ」
パブロフは微笑を浮かべ、魔導タバコを口にした。
だが──。
「……まだです」
マルミィがそう呟いた瞬間、空中に巨大なシャボン玉が現れ、そして「パーン!」と弾けた。
「うおおおおおぉぉぉ!!」
シャボン玉の中から叫び声を上げながら落下してきたのはグリーピー。
そのまま見事に顔面着地を決め、地面に突っ伏した。
「よっしゃああああ!!」
歓声を上げるエピック・リンクの面々。
「……っ、な……!?」
パブロフの手から、ぽろりと魔導タバコが落ちる。
「…ふふ、スモークミラージュに紛れて、透明のシャボン玉を作っていたんです」
にっこり微笑むマルミィ。
「……あいつ(グリーピー)のこと、完全に忘れてた……」
パブロフは、ため息混じりに天を仰ぐしかなかった。
◇ ◇ ◇
──夕暮れの校庭。
「……プディング……っ、うまぁ……」
スプーンを頬張るシルティ。
「まあまあ、頑張った甲斐があったじゃないか!」
アップルが満面の笑みを浮かべる。
「はぁ……次はもうちょっと静かな課題がいいです…」
マルミィがぼやき、にゃんぴんはすでに空き皿に頭を突っ込んでいた。
── 一方、職員室。
「……とほほ」
パブロフは散らかった机の前で、空の財布を振っていた。
通りかかった保険の先生・レイシャがにっこり笑う。
「先生、いい加減片付けてくださいね?」
「……はい……」
こうして、パブロフの企みは見事に失敗に終わったのだった。
(つづく)




