表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
95/187

【94】鬼ごっこ大作戦!


 冒険者育成学校。

 ──職員室。


「ん〜〜〜……そろそろ片付けないと怒られるよねぇ……」

 ため息混じりに呟くのは、七三分けにメガネ姿のパブロフ。

 彼の机の上とまわりには、プリント、魔導具、フィギュア、なぜかおもちゃのドラゴンまで散乱しており、もはや机としての役割は果たしていない。


「う〜〜〜ん、……そうだ!」

 閃いた、とばかりに手をポンと叩くパブロフの顔に、ニヤリと笑みが広がった。



   ◇ ◇ ◇


 ──教室。


「えっ……鬼ごっこ?」

 生徒たちの困惑の声に、パブロフは堂々と胸を張った。


「そうだ。今日の課題は鬼ごっこだ。鬼は俺。学校の敷地内すべてがエリア。制限時間内に捕まらなければお前らの勝ちだ」


「──もし、一人でも逃げ切ったら、全員にテラスおばさんの極上スイートプディングをおごってやる」


「おおおおおーーーっ!!」

 一瞬で空気が沸騰する。

 生徒たちは雄叫びを上げ、拳を突き上げた。


「攻撃はありですか?」

 手を挙げたグリーピーの質問に、パブロフはさらりと答える。

「ああ、剣でも魔法でも、なんでもありだ」


「よっしゃあああ!!」

 沸き立つ教室。アーシスたちもワクワクしながら顔を見合わせた。


「──ただし!」

 ドン、と机を叩く音に全員の視線が集まる。


「全員捕まったら、罰として職員室の片付けな」

 ニヤリと笑うパブロフ。



   ◇ ◇ ◇


 ──競技開始。


「……99……100。さて…」

 パブロフのカウントが終わった瞬間──その姿は煙のように掻き消えた。


「は、速っ!?」

 アーシスが遠くから目を見開く。


 校庭の花壇の裏、木の上、掃除ロッカーの中……隠れていた生徒たちが次々と「タッチ!」されていく。

 ナスケの隠れみの術も一瞬で見破られ、「忍のプライドが……」と泣き崩れた。


「まじかよ……元S級って……本物だな……」

 アーシスは冷や汗を垂らしつつ、急いで物陰に隠れた。


「こ、ここに隠れよう!」

 そこにシルティが無理やり身体を押し込んでくる。

「お、おいシルティっ……!近い……!」

 狭い物陰、密着する体温、顔の近さに、思わず頬を赤らめるアーシスとシルティ。

「な、なんだよ……顔赤いぞ?」

「だ、だまれ……!」


 ──その時だった。


「……みっけ」


 耳元で囁くような声。

 パブロフがすぐ背後に迫っていた。


「っ!?」

 アーシスとシルティがとっさに身を翻そうとするが、すでにその手は二人の背中を捕らえようとしていた──瞬間。


「《クイックフェザー》!!」


 甲高い声が響いた刹那、アップルの支援魔法が発動する。 淡い光が羽のように舞い、アーシスとシルティの脚を一気に軽くした。地面を蹴った二人の身体が疾風のごとく横に滑り、ギリギリの距離でパブロフの手をかわす。


「──《スモークミラージュ》」

 続けざま、マルミィの冷静な声が響く。

 杖先に宿った魔力が空気を弾き、周囲一帯に煙が広がった。白いもやの中に、歪んだ光の蜃気楼が揺らぎ、パブロフの視界を撹乱する。


「……面白い」

 わずかに笑みを浮かべたパブロフが、左手を軽く振り上げると、指先に集った風が竜巻を呼び起こし、瞬く間に煙と幻像を吹き飛ばした。


 だが、視界が晴れた先に、アーシスたちの姿はなかった。



 ──屋外の階段の下。


 息を潜めるように、エピック・リンクの四人は身を寄せ合っていた。


「ど、どうする? このままじゃ、見つかるのも時間の問題だよ……」

 アップルがひたいに汗をにじませ、不安げな声を絞り出す。

 シルティとマルミィが一斉にアーシスの方を見る。


 深く息を吸い込み、アーシスは肩の力を抜いて吐き出す。

「……逃げるだけじゃダメだ、戦おう」



   ◇ ◇ ◇


 ──校庭中央。


「ほう……出て来たか」

 パブロフが薄く笑う。


「残り10分、逃げ切ってやる!」

 アーシスたちは隠れることなく、正面からパブロフの前に姿を現した。


 パブロフが片手をポケットに突っ込み、軽く足を鳴らす。 周囲の地面に亀裂が走るほどの衝撃が広がり、生徒たちが遠巻きに息を呑む。


「行くぞ!」

 アーシスが叫んだ瞬間、シルティが地を蹴った。


「秘剣・《八列》!!」

 鋭い剣閃が八方向に走り、光の軌跡を描きながらパブロフに迫る。


「……おっと」

 パブロフが身体をわずかにずらすだけで、シルティの剣は空を斬った。


「くっ……速すぎる……!」


「《クイックフェザー》!!」

 アップルの支援魔法が再度発動。光の羽根が仲間たちを包み、速度が一段階上がる。


「──《スモークミラージュ》!」

 マルミィが杖を掲げ、広範囲に蜃気楼の煙幕を展開。揺らめく煙の中、アーシスは剣に魔力を込める。


「──これでどうだッ!」

 剣に炎をまとわせ、一閃。

「《フレイムブレイカー》!!」

 爆音と共に炎の刃が迸り、煙の中で閃光が炸裂した。


 だが。

「──甘い」


 風を切る音と共に、煙の奥からパブロフの影が抜け出し、次の瞬間にはアーシスの背後に回り込んでいた。


「っ、アーシスくん!下がって!!」

 マルミィが右手に炎、左手に光を凝縮する。


「《インフェルノ=ラディアンスッ》!!」


 爆風と白光が衝撃波のように周囲を呑み込む。

 地面がえぐれ、校庭に土煙が立ち上った。


「……やるじゃないか」

 立ち込める煙の中、無傷のパブロフが歩み出る。



「──な、なんていう戦いだよ……」

 すでにパブロフにタッチされた生徒たちが、息を呑んでこの戦いを見守っている。



「全員同時にいくぞ!!」

 アーシスの号令に、仲間たちが呼応した。


 アーシスとシルティは前衛で剣を構え、背後でマルミィが光と炎の魔法陣を広げ、アップルが支援の聖光を重ねる。


「いくぞ、みんな──!!」

 4人が同時に地面を蹴り、剣が魔法の光をまとい、巨大な光剣となる。

「《クロス・グローリア》!!」


 四人の叫びと共に、剣と魔法が混じり合い、天を裂く光柱が生まれる。

 それは巨大な十字を描き、烈風が吹き荒れる。


「──いい連携だ。でもな……」

 ふっと、パブロフの瞳が鋭く光った。


「まだまだだ!」

 重心が消えたかと思うと、パブロフは次の瞬間、アーシスの懐に滑り込んでいた。

「く──!?」

「よくここまで戦えるようになった。だが──」


 刹那、


「──終わりだ」

 その声と共に、パブロフの手がアーシスたちの身体に高速で触れていく。


 ──その直後、魔導スピーカーが終了のベルを鳴らした。


「……はっ、はっ……」

 膝をつき、荒い息をつくアーシス。


「……やれやれ、ここまで手こずらせるとは思わなかったよ」

 パブロフは微笑を浮かべ、魔導タバコを口にした。


 だが──。


「……まだです」


 マルミィがそう呟いた瞬間、空中に巨大なシャボン玉が現れ、そして「パーン!」と弾けた。


「うおおおおおぉぉぉ!!」

 シャボン玉の中から叫び声を上げながら落下してきたのはグリーピー。

 そのまま見事に顔面着地を決め、地面に突っ伏した。


「よっしゃああああ!!」

 歓声を上げるエピック・リンクの面々。


「……っ、な……!?」

 パブロフの手から、ぽろりと魔導タバコが落ちる。


「…ふふ、スモークミラージュに紛れて、透明のシャボン玉を作っていたんです」

 にっこり微笑むマルミィ。



「……あいつ(グリーピー)のこと、完全に忘れてた……」

 パブロフは、ため息混じりに天を仰ぐしかなかった。



   ◇ ◇ ◇


 ──夕暮れの校庭。


「……プディング……っ、うまぁ……」

 スプーンを頬張るシルティ。


「まあまあ、頑張った甲斐があったじゃないか!」

 アップルが満面の笑みを浮かべる。


「はぁ……次はもうちょっと静かな課題がいいです…」

 マルミィがぼやき、にゃんぴんはすでに空き皿に頭を突っ込んでいた。


 ── 一方、職員室。


「……とほほ」

パブロフは散らかった机の前で、空の財布を振っていた。


  通りかかった保険の先生・レイシャがにっこり笑う。

「先生、いい加減片付けてくださいね?」


「……はい……」

 こうして、パブロフの企みは見事に失敗に終わったのだった。


(つづく)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ