【93】束の間の再会
マルケスタの朝。
エピック・リンクの4人は、大通りを歩きながら視線を交わした。
「……やっと着いたな」
アーシスがしみじみと呟く。
目の前にそびえ立つのは、マルケスタ冒険者ギルド支部──いや、支部というにはあまりに巨大すぎた。
ウィンドホルムのそれとは比べものにならない。石造りの三階建て、装飾は重厚で、入り口のアーチには冒険者ギルドの紋章が掲げられている。
「すご……」
シルティがぽかんと口を開ける。
「ウィンドホルムのギルド支部なんて、あれ……支部じゃなくてただの出張所だったんじゃ……」
アーシスが自分の目を疑いながら呟く。
中に足を踏み入れた瞬間、その迫力はさらに増した。
ずらりと並ぶ冒険者たち、重たい甲冑を着込んだ傭兵、壁一面の依頼掲示板。掲示板の厚みは、軽く十センチはあろうかという分厚さで、そこに張り出される依頼はAランク、Bランク、Cランクと色分けされ、受付カウンターもランクごとに専用窓口が設けられている。
「わ、わぁ……」
シルティはきょろきょろと辺りを見回す。
「冒険者の街、って感じだね……!」
マルミィも珍しく目を輝かせていた。
「うわ、あの人……!」
アーシスが指さした先には、全身に魔力を帯びたローブをまとったAAランク冒険者が悠々と歩いている。
「肉まんの匂いもするにゃ!」
にゃんぴんは空気をくんで、舌をぺろりと出す。
(こりゃあ、ホンモノだな……)
アーシスが息を呑んだその時──
「おい、アーシス!」
聞き覚えのある声がして、振り向くと──そこには、ガイラ先輩が立っていた。肩には大きな剣を背負い、以前よりも一回りたくましく見える。
「ガイ先輩!」
アーシスたちは駆け寄った。
「お前らもマルケスタに来てたのか。護衛任務だって?」 ガイラが懐かしそうに笑う。
「護衛任務かぁ……懐かしいな。俺も最初はビビりまくってたっけな」
感慨深そうに言うガイラを見て、アーシスたちは思わず笑顔になった。
「そういえば、ガイ先輩。昨夜、この街で魔信教がらみの事件があったんですよ」
アーシスが声を潜めて話す。
「……そうか、大変だったな」
ガイラは一瞬顔を引き締め、深く頷いた。
「最近、各地で魔信教の動きが活発化してる……気をつけた方がいい」
その時、アーシスはふと気づいた。ガイラの背後に数人の冒険者たちが立っている。
「……あれ? この人たちは?」
「ああ、今の俺のパーティだ」
ガイラが親指で後ろを指す。
「ここじゃ俺が一番下っぱだけどな、ははっ」
すると、その中の一人、口元に笑みを浮かべた片目の剣士がアーシスに目を向けた。
「俺たちは“ブロークン・ブレイブ”。ここらじゃちょっとは名が通ってるぜ。よろしくな!」
「ブロークン・ブレイブ……!」
アーシスはその響きをかみしめながら、思わず自分の仲間をちらりと見た。
(そうか……卒業しても、ずっと同じメンバーで冒険するわけじゃないんだな……)
ガイラは笑顔で手を振り、仲間たちと共にギルドの奥へと消えていった。
「先輩、カッコよかったねぇ」
アップルがぼそりと呟く。
その時、
「……おい、アーシス!」
別の声が響いた。
入口の方を振り返ると、見慣れた金髪が揺れていた。
「ダルウィン!」
アーシスが手を振ると、その隣にはナーベもいた。
目が合った瞬間、ナーベは「はっ」として頬を赤く染め、慌てて目を逸らす。
「やあ、エピック・リンクの諸君!」
ダルウィンが爽やかな笑顔で歩み寄った。
「君たちの護衛もこの街までかい? しかし……正直、あまり手応えはなかったな、今回は」
ダルウィンが肩をすくめる。
「いやいや、こっちはなかなか大変だったんだよ…」
アーシスは苦笑しながらテーブルに着き、簡単に昨夜の事件を話した。
「……そんなことがあったのか」
真剣な顔で耳を傾けていたダルウィンは、腕を組み、鋭い目をする。
「魔信教……何か裏がありそうだな。気をつけるべきだ」
ナーベは無言のまま聞いていたが、しばらくして、ぽつりとつぶやいた。
「……エリア教、セオリウス教、自然精霊信仰……この世界には数多くの宗教があって、それぞれ信念がある……。一口に“どこが悪い”とは言えない……難しいですね……」
アーシスとダルウィンは、言葉を失って見つめ合い、やがて静かに頷いた。
「……たしかに、そうだな」
短い沈黙が流れる。
「にゃんぴんは信仰よりごはんが大事にゃ~!」
場の空気を読まず、にゃんぴんが突拍子もないことを言い、全員の顔が和らいだ。
「……ま、今日のところはこのへんにしとこうか」
ダルウィンが立ち上がり、笑顔を向ける。
「また会おう、エピック・リンク」
ナーベはチラッとアーシスを見て、小さく会釈した。
「うん、またな!」
アーシスたちは笑顔で見送った。
ギルドの喧騒が続く中、アーシスは静かに仲間たちを見回した。
(俺たちの冒険は、これからも続いていく……)
目の前の依頼掲示板。
その先には、まだ見ぬ数多の冒険が待っているのだ。
(つづく)




