【92】はじめての護衛任務編④ 〜地下室の決戦〜
静まり返る地下室の奥で、戦闘の音が響いていた。
その最中、荷物の影からすっと身を滑らせる男がいた。
スコッチ。商人であるはずの彼は、誰にも気づかれぬよう裏口の階段を駆け上がっていく。
(ふふ……今のうちに、とんずらだぜ……)
冷や汗を拭いながら階段を上り、重い扉を押し開けた瞬間──
「うわっ!」
ドスン、と人にぶつかる音。スコッチは思わず後ずさった。
「……あれ? スコッチさんじゃないですか?」
立ちはだかっていたのは、アーシス。
その背後には、エピック・リンクの仲間たちと、肩に乗ったにゃんぴんの姿があった。
「や、やあ……君たちか……」
スコッチは笑顔を貼りつけるが、声がわずかに震えている。
「そんなに急いで、どうしたんですか?」
アップルが小首をかしげて問いかける。
「いや、別に……なんでもないさ」
苦笑で取り繕うスコッチ。しかしその目は泳いでいた。
「あ、そうだ…スコッチさんに、聞いてみる?」
マルミィがこそっとみんなに伝えた。
「ああ、商人なら情報通だしな」
シルティも頷き、アップルも「それいいかも」と同意する。
「な、なんの話をしてるのかな……?」
スコッチは明らかに動揺を隠せない様子だ。
アーシスが一歩前に出る。
「スコッチさん……この街で“違法麻薬”が出回っているという噂があるんですけど、何か知りませんか?」
「……ッ!?」
スコッチの肩がピクリと跳ねる。
「い、いや、聞いたことないな……」
額には冷たい汗がにじんでいた。
「……そうですか。……じゃあ、そのポケットから出てる“黒茨草”はなんですか?」
「!!」
スコッチはとっさにポケットを見る。──だが、そこには何もなかった。
「あれ、すみません、見間違いでした……でも、積荷の中に紛れてましたよね?栽培、所持、譲渡、使用すべてが禁じられている、違法植物──“黒茨草”が」
(……やはり、見られていたのか)
「な、なんのことかわからないな。証拠はあるのかい?」 苦し紛れにスコッチが返すその瞬間──
「証拠ならあるよ……ここになぁ!!」
ドゴッ!!
シルティの突進から繰り出された回し蹴りが、スコッチの腹部を捉えた。
「ぐおっ!」
スコッチの体は吹き飛ばされ、地下への扉を突き破りながら階段を転げ落ちる。
ゴロンゴロンと階段を転がった先には、戦いの真っ只中──マァリーとリット、そしてベルティアがいた。
「……!?」
鈍い音に振り返ったベルティアの視線の先、壊れた扉の向こうから、アーシスたちが現れる。
「へへ、苦戦してるみたいっすね」
剣を肩に乗せ、ニヤリと笑うアーシス。
「……よくここがわかったな」
マァリーが目を見開くと、アーシスがにゃんぴんを撫でながら答えた。
「この商人が怪しかったんで、別れ際に追跡用のマナを、にゃんぴんがこっそりくっつけてたんですよ」
「にゃんぴにゃ〜♪」
ドヤ顔のにゃんぴん。マァリーは思わず口元を緩めた。
「そんじゃあ加勢しますよ! 行くぞ、シルティ!」
「おうっ!」
アーシスとシルティは同時に飛び出した。
「ま、待て! 下がれ!」
マァリーの制止を振り切り、シルティが剣を構える。
「秘技──《八烈》!」
ギィンッ!
シルティの剣が八方向に鋭く閃き、枯れ木ゾンビの枝を一気に切り裂いた。
「やった!」
アップルが拳を握る
──が、その直後。
ニョキニョキニョキ……
切り裂かれた枝の破片から、新たな芽が吹き出し、再びゾンビの形を成していく。
「え、えぇ〜!?」
アップルは目を丸くした。
「こいつらは、切り刻んでも……増殖する」
マァリーが静かに告げた。
地下室に張りつめる空気。
──ベルティアがにやっと笑った瞬間、
「来るぞ!!」
マァリーが叫ぶと、枯れ木ゾンビたちは一斉に枝を伸ばし襲いかかってきた。
アーシスたちがそれぞれの武器で応戦する中、一本のねじれた枝がアップルの身体に巻きついた。
「きゃっ」
枝は胸や腕、太ももなど身体中に絡みついていく。
「アップル!!」
アーシスが叫ぶ。
「ん、んん……」
身体が力を失い、ふらつくアップル。
「…マ、マナが、吸われてる……」
「このぉ…」
シルティは目の前の枝をするりと華麗にかわし、アップルにからむ枝に一撃を入れた、──が、剣は弾かれる。
「硬すぎる……」
「くそ、どうすれば……!」
──その時。
「──下がって!」
マルミィが走り込んできて、何かを取り出す。
バッと広げられたのは、光沢のある薄紙──魔法のスクロールだ。
「……"識破の符"、展開!」
破り取った瞬間、眩い光が放たれ、枯れ木ゾンビたちの周囲に魔法陣が浮かび上がる。淡い光が木の体をスキャンするように這い、やがて、幹の中心部分が赤く染まった。
「……あそこ!」
マルミィが叫ぶ。
分析効果のあるスクロールが、枯れ木ゾンビの急所を教えてくれた。
「ナイスマルミィ!」
アーシスが叫ぶ。
「炎と光も効くみたい、私が牽制する、とどめはお願い…!」
マルミィはそっと目を閉じ、両手を広げる。右手には燃え盛る炎、左手には眩い光。魔力の渦が空気を圧迫し、地面がわずかに軋む。
「──《インフェルノ=ラディアンス》!」
その瞬間、二つの魔法が融合し、烈火と光輝が轟音と共に広範囲を飲み込んだ。赤と白が交錯する破滅の閃光。枯れ木ゾンビたちの枝を焼き尽くしていく──。
「今だ!!」
アーシス、シルティ、マァリー、リットが同時に駆け出す。焼け崩れかけた枝の間をすり抜け、赤く輝く幹の芯へ──
「おりゃああああっ!!」
渾身の一撃が、ゾンビの急所を貫いた。
枯れ木ゾンビたちは断末魔を上げながら、黒煙を噴き、粉々に砕けていく。
「な、なんじゃと……」
ベルティアは怯えたように呟いた。
ふらりと後退りし、裏口へと向かう。
──が、そこにはすでにリットが待っていた。
「……ふふ、逃がさないよ」
「……クッ」
すると、ベルティアは懐からドス黒い液体を取り出し、ためらうことなく一気に飲み干した。
「!? 」
次の瞬間、彼女の体ががくりと崩れ落ちた。
「……こいつ、毒を…」
アーシスは言葉を失う。
「……魔王様……万歳……」
それが、ベルティアの最期の言葉だった。
──静まり返る地下室。
「違法麻薬だけじゃない……ゾンビの自動生成、そしてあの種……。いったい、この街で何が起きているんだ……」
マァリーは誰にともなく呟いた。
戦いを終え、集まるエピック・リンク。
「しかしマルミィ、よくあんなスクロール持ってたな!」 アーシスがポンポンと彼女の頭を叩く。
「えへへ、実はさっきの屋台で買ってたんだ」
嬉しそうに笑うマルミィ。
「あ〜もう……最悪だったぁ」
アップルはシルティの肩を借り、ため息をつく。
「はは、ほれっ」
アーシスがマナポーションを差し出す。
微笑ましい光景に、マァリーがぽつりと言った。
「お前ら、もう立派な"大人"だな……」
にゃんぴんを撫でながら、穏やかに笑っていた。
「やれやれ、とんだ護衛任務だったな〜」
アーシスが呟く。
──ぐ〜〜〜
「お腹、すいた」
シルティが真顔で言った。
「よーし、今日は奢りだ!! ……リットの!」
「やったぁぁ!」
「ええぇぇぇええ!?!?」
リットの悲鳴が、夜のマルケスタに響き渡った。
(はじめての護衛任務編、完)




