【91】はじめての護衛任務編③ 〜ナイトメアダスト〜
マルケスタ中心部、大通りに面したお洒落なカフェ。
異国風のオープンテラスでは、カラフルなトロピカルジュースがずらりと並び、通りを行き交う商人たちの喧騒を遠くに聞きながら、アーシスたちはテーブルを囲んでいた。
「……そうか、学校の護衛任務でここに。ジュルッ」
くるりと回転するオシャレなストローでジュースをすすりながら、マァリーが淡々と言う。
彼女の頭の上では、にゃんぴんが気持ちよさそうにゴロゴロ喉を鳴らしていた。
「はい……で、マァリーさんたちはなんでマルケスタに?ジュルッ」
アーシスもジュースをすすりながら質問する。
「実は……ここ最近、この街で違法麻薬の噂が立っててね、ジュルッ」
リットもストローを吸いながら応える。
「違法麻薬?…ジュルっ」
眉をひそめるアップル。
「噂、ですか……ジュルっ」
マルミィも慎重な目つきでストローを口に運ぶ。
「……ああ、だが私の中ではついさっき、噂が"確信"に変わった…」
マァリーが真剣な目に変わった瞬間──
「ジュボボボボボッ……!!」
シルティのトロピカルジュースが勢いよく吸いきられ、カップには氷だけが残る。
「……」
沈黙が流れる。
「……すみません、おかわり」
手を挙げて店員に追加注文するシルティ。
「……」
「……ごほん」
アーシスが咳払いをして話題を戻す。
「……それってまさか……」
「──ああ、"魔信教"だ」
マァリーが断言した。
「さっきの広場、覚えてるか? 老婆が布教活動をしてたろう。あの場に集まっていた人間、何人かに“麻薬吸引後の典型的な症状”が見えていた」
「……!?」
アーシスたちは顔を見合わせる。
「たぶん……霧状にした麻薬を撒いてたんだろうね。本人たちも気づかないうちに、知らず知らず中毒にさせる……恐ろしい手口だよ」
リットが冷たく言い放つ。
「……マジかよ……」
アーシスが拳を握りしめる。
「私たちは今夜、あの老婆のアジトを急襲するつもりだ」 マァリーは冷静な声で続ける。
「お前たちは関わらない方がいい。護衛任務は終わったんだ……街を離れろ。何が起こるかわからないからな…」
そう言い残して、マァリーとリットはすっと席を立ち、足早に去っていった。
「……麻薬……」
アーシスは唸るように呟いた。
「……どうするの?」
アップルが不安げに問いかける。
アーシスはにゃんぴんと目を合わせる。にゃんぴんは小さく頷いた。
「……どうやら、俺たちの護衛任務はまだ終わってないみたいだな」
「にゃん」
その瞬間、一気に場の空気が引き締まる。
「ガリッ」
隣でシルティが氷を噛み砕いた。
「……」
「……もう一杯…」
シルティは小声でつぶやいた。
「……」
◇ ◇ ◇
薄暗い地下室。
湿った空気の中、フラスコの液体がぐつぐつと煮え立っている。部屋の片隅には、さきほど広場で演説をしていた老婆──ベルティアが立っていた。
「ほぅ……これは上物じゃ」
ベルティアはテーブルの麻袋から黒ずんだ緑の葉を一枚取り出し、紫の葉脈が光るそれを舐めて満足げに笑う。
「礼金じゃ」
そう言って、目の前の男に袋を放り投げた。
「へへ、毎度あり」
軽薄な笑顔で袋を受け取ったのは……エピック・リンクが護衛してきた商人、スコッチだった。
次の瞬間、彼女の掌の間に葉の束がふわりと浮かび上がり、くるくると高速で回転を始めた。見えない力が空気を震わせ、ゴウッと低い音が立ちこめる。
「フフ……砕け散れ」
魔力が解放されると、葉はみるみるうちに乾燥していく。パリパリと小さな破裂音を立てながら、葉脈は黒ずみ、葉全体が灰色に枯れていく。
回転はさらに加速し、次第に細かい粉塵へと変わり始めた。
ベルティアは指をひとさし、くるぶし大のフラスコを静かに持ち上げる。その中に、魔力で粉砕された葉の粉が吸い込まれるように落ちていった。
「……さあ、目覚めよ……」
ベルティアの首元に揺れる怪しいお守り──魔信教の象徴──が淡く光を帯びる。
すると、フラスコの中からもやもやと黒紫のマナが湧き上がり、液体の中に溶け込むように広がっていく。
ぐつ、ぐつ、と泡立つ音が低く響き、フラスコの中で“何か”が完成していく気配が漂った。
「おお〜、すごい。こうやって"ナイトメアダスト"が出来るんだな」
スコッチが感心したように言うと、ベルティアは「フン……」とだけ返す。
「……それじゃあ、俺は行くよ」
そうスコッチが言った瞬間──
「……待てッ!」
ベルティアが鋭く叫ぶ。
「な、なんだよ!?」
ベルティアは目を細め、ゆっくりと辺りを見回す。
「……何者かが……近づいておる……」
その瞬間、ギィ……と重い音を立てて、地下室の扉が開いた。
現れたのは、槍を手にしたマァリーと、短剣を構えたリット。
「……ほぅ、ヴァード隊か。よくここがわかったのぉ」
ベルティアが皮肉交じりに言うと、
「広場から尾行してたんだよ、うちの隠密スキル持ちがね、へへっ」
リットがにやりと笑う。
「……そこにあるのは違法薬物だな」
マァリーの声が鋭く響く。
「同行してもらおうか」
──しばしの沈黙の後、
「……はいはい、わかったわい……」
ベルティアはおとなしく両手を上げる素振りを見せた……
が、次の瞬間、懐から直径5センチほどの黒紫の種を取り出し、床に叩きつけた!
「なっ!?」
マァリーとリットが同時に身構える。
種は地面に転がると、ニョキニョキと素早く枝を伸ばし、あっという間に人型の化け物へと変わった。
「な、なんだこれ…!?」
リットが息を呑む。
「ふひゃひゃひゃっ! これこそ、シンジャ様が生み出した“シンジャズシード”の力よ!」
ベルティアの甲高い笑い声が地下に響き渡る。
「行けっ! 枯れ木ゾンビたち!!」
人型となった枯れ木のゾンビがマァリーたちに襲いかかる。枝がギシギシと軋む音が不気味に響く。
「来るぞ!」
マァリーが叫び、槍を構える。
リットも短剣を手に応戦するが──
「くっ……硬い!」
短剣の刃は枯れ木の樹皮に食い込みにくく、リットは苦戦している。
「どけ、リット!!」
マァリーが鋭く叫ぶと、彼女は助走をつけ、巨大な槍を振りかぶった。
「《天穿・連牙突》!!」
嵐のような槍の連撃が枯れ木ゾンビに炸裂!
枝や樹皮が次々に吹き飛び、ゾンビたちはよろめき倒れる。
「さすが隊長!」
リットが叫ぶ、が──
「……ひ、ひ、ひ……」
ベルティアが気味悪く笑う。
すると、──倒れた枯れ木ゾンビの破片から、またニョキニョキと新たな芽が生え始めた。破片が次々と膨れ上がり、あっという間に再び枯れ木ゾンビへと姿を変えていく。
「な……!」
リットが目を見開いた。
「ひゃはははっ、どうじゃ!? 倒しても倒しても無駄よ!!」
ベルティアの高笑いが響く。
ゾンビたちは再び数を増やし、マァリーとリットを壁際へとじわじわ追い詰める。
壁に背をつけ、二人は肩を寄せ合った。
「……くっ……!」
冷や汗が頬を伝う。
「ひゃー、ひゃっ、ひゃっ、切り刻め! 枯れ木ゾンビ!!」 老婆の絶叫が、地下室にこだまする──。
(つづく)




