【88】サーミ湖遠征(後編)
──11年前。
魔王戦争の終盤、敗走する魔王軍の中に、ひときわ異彩を放つ者がいた。
その名はアシュレイ=デスフォール。
漆黒のローブをまとい、目には狂気の光を宿した大魔導士。
彼はサーミ湖の中心で両手を高く掲げ、絶叫した。
「死してなお、我が王の力を世界に刻まん──!」
凄まじい魔力が渦を巻き、天を裂き、大地を割った。
その日を境に、サーミ湖は「魔力干渉地帯」となり、異様な魔力の乱れが長きにわたって続くこととなる。
◇ ◇ ◇
「マルミィ!!」
湖の水面が大きく弾けた。
アーシスたちはマルミィを追って湖へ飛び込む。
冷たい水が全身を突き刺すが、迷っている暇などなかった。
沈みゆくマルミィの身体──必死に手を伸ばすアーシス。
「くそっ……もう少し……!」
その瞬間、視界が揺れ、まるで吸い込まれるように光景が変わった。
──湖の底。
そこは結界に囲まれた、異様な地底洞窟だった。空気が満ち、まるで地上のように呼吸ができる。
「マルミィ、大丈夫か!?」
アーシスが必死に呼びかける。
アップルはすぐにヒーリングの詠唱を始め、優しい光がマルミィを包み込んだ。
「……ん、うん……」
マルミィがゆっくりと目を開ける。
「よかった……」
胸をなでおろす一同。
だが、次の瞬間。
「んにゃ……!」
にゃんぴんの額にあの紋章が浮かび上がり、苦しげに叫ぶ。
「この奥にゃ……この奥に呪いの元凶があるにゃ……」
アーシスたちは顔を見合わせ、強く頷いた。
◇ ◇ ◇
青白い光が洞窟内をぼんやりと照らす。
アップルが照明魔法を唱えながら慎重に進んでいく。
「……この空気、やな感じだな」
シルティが剣の柄を握りしめる。
角を曲がった先、異様な空間が広がっていた。
中央には巨大な魔法陣、その中心に黒紫に輝くダークコアが宙に浮かび、モクモクと黒煙のような魔力を放出している。
「あ、あれにゃ……」
にゃんぴんが指差す。
「これを破壊すれば……」
と近づこうとした瞬間、
「──愚か者どもが」
ゾワリ、と背筋が凍る声が洞窟内に響く。
姿を現したのは、漆黒のボロ布をまとい、骨と化した顔の半分に奇妙な紫の結晶が張り付いているアシュレイの亡霊。
髪は白く抜け落ち、ところどころ焦げたように焼け、眼窩からは禍々しい紫の光が滲み出ていた。
「我はアシュレイ=デスフォール……我が王の力はまだ死んでおらず。永久にこの地を蝕むのだ……!」
その口元が裂けるように笑った。
「うわ……気持ち悪っ」
アップルが思わず後ずさる。
「呪いの守護者か……だったら、話は簡単だ」
アーシスが剣を構える。
「ぶっ壊す!!」
号令と同時に、戦闘が始まった。
だが──
「ぐっ……!」
アシュレイの両手から放たれる紫のビームが、一直線にアーシスたちを襲う。
アップルが即座にシールド魔法で防御するが、その衝撃で地面が割れた。
「やば……硬すぎる」
アーシスの剣撃もシルティの斬撃も、ビリビリと弾かれる。
マルミィの魔法もまったく通じない。
「こいつ……次元が違う…っ」
アーシスが歯を食いしばる。
「はぁ……はぁ……」
後方で肩を上下させながら、マルミィが一歩前に出る。
「……私が、やる……」
「マルミィ!?無理だ、今のお前じゃ──」
「……大丈夫」
マルミィは両手を広げ、それぞれに違う属性の魔法を溜め始めた。
右手には蒼白の氷魔法「クリスタリス・ランサ」、左手には輝く光の魔法「ルクス・インパクト」。
二つの異なる魔法が次第に大きく膨らみ、彼女の髪がふわりと浮き上がる。
「よし、時間を稼ぐぞ!にゃんぴん!」
アーシスはにゃんぴんの力を借り、剣に魔力を付与する。
「うおおおお!」
アーシスが突撃、アシュレイの紫ビームが放たれた刹那、シルティが飛び込み、剣でその腕を弾く。
隙をついて、アーシスが魔法剣を振り下ろす──
「ぐぉぉぉぉっ!!」
アシュレイの胸元に傷が刻まれ、亡霊が呻き声を上げる。
「入った!?」
アーシスははじめて手応えを感じた。
その背後で、マルミィは両手の魔法をゆっくりと重ね、大きな一つの光の魔力の塊へと融合させた。
「い、きます…」
「《クリスタリス・ルミナス──カノンッ》!!」
轟音と共に、強烈な光の波動がアシュレイを直撃!
「ぐあああああああぁぁぁぁ……!」
洞窟内が真昼のように輝き、アシュレイの肉体が断末魔を上げながら霧散していった。
ダークコアもひび割れ、粉々に砕け散る。
「……終わった……?」
アップルが息をつく。
「す、すげぇ…」
見たことのない威力の魔法に驚くアーシスとシルティ。
力を使い果たし、その場に崩れ落ちるマルミィを、とっさにアーシスが抱きとめる。
その時、洞窟の奥でふっと湖水がきらめき、空気が軽くなった気がした。
「……死んでもなお、魔王の影響はこの世界に残っているのか……」
アーシスが静かに呟いた。
光の差し込む洞窟を見つめながら、エピック・リンクは新たな一歩を刻んだのだった──。
(サーミ湖編、完)




