【87】サーミ湖遠征(前編)
冒険者育成学校2年生となったアーシスたちは、ついに初の本格的な遠征へと向かっていた。
目的地は、街から離れた場所にある大きな湖──サーミ湖。透き通る水と美しい景観。周辺に潜むモンスター討伐が今回の任務だった。
「……着いたな」
湖畔に到着したアーシスは、目の前に広がる広大な湖とその周囲の森を見渡す。
午後の太陽が水面を金色に照らしていたが、どこか静けさが重くのしかかるような気もする。
「さあお前ら、今日はもう遅い。野営の準備をしろ!」
パブロフの声が響く。
「モンスター討伐は明日からだ」
その号令で生徒たちは一斉に動き出した。テントを張る者、薪を集める者、釣りを始める者まで、みなワクワクが止まらない様子だ。
「よっしゃ、俺は魚を釣ってくる!」
アーシスが威勢よく釣り竿を握ると、横からシルティがひょいとバケツを差し出した。
「……頼むぞ」
「お、おう……」
夜になると、湖で釣った魚と持ち込んだ肉で即席バーベキューが始まった。火のまわりには笑顔があふれ、シルティはいつものごとく爆食モード。
「シルティ、お前、ちょっと食い過ぎじゃ……ぎゃっ! 俺の肉!」
アーシスが抗議する間もなく、彼の皿から肉が奪われる。
その和気あいあいとした空気の中、アップルはふと異変に気付く。
「マルミィ? どうしたの、顔色が……」
焚き火の光に照らされたマルミィは、眉をひそめて座り込んでいた。
「……ううん、大丈夫……ちょっと、くらっとしただけ……」
無理に笑顔を作るマルミィに、アップルは心配そうに首をかしげた。
──夜は静かに更けていった。
◇ ◇ ◇
翌朝。
冷たい朝靄の中、パブロフが皆を集め、討伐の説明を始めた。
「これから狙うのは、この周辺に多く潜んでいるE級の芋虫型モンスター"クロームキャタス"と、D級のウサギ型モンスター"ブロウバニー"だ。くれぐれも単独行動は禁止、異変があればすぐ報告しろ。夕方までには全員戻ること、いいな?」
「おーっ!」
気合の入った声が上がる。
「さぁて、いよいよ初の実戦研修だ! 狩って狩って、狩りまくるぞー!」
「おおーっ!」
アーシスの号令に、エピック・リンクの仲間たちが拳を突き上げる。
にゃんぴんも頼むぜ、と声をかけたアーシスの肩で、しかし当のにゃんぴんはぐでーんと寝そべっていた。
「……ふにゃん……」
「ん?、寝不足か?」
◇ ◇ ◇
森の中。
先に現れたのは、数匹のクロームキャタスだった。
「来た!E級モンスター、クロームキャタス!」
「……なんだ、ただの虫か」
「油断しないで!毒針があるよ!」
「よし、いつも通りいくぞ!」
「了解!」
アーシスとシルティが前衛でモンスターを引きつけ、後方支援のマルミィとアップルが冷静に魔法と回復でサポート。圧倒的な連携で、あっという間に殲滅した。
「ふふ、いい感じだね」
アップルが汗をぬぐう。
さらに進むと、次はブロウバニーが出現。これも連携で楽勝──と思いきや。
「……マルミィ、大丈夫?」
「……う、うん……ちょっと、重い感じが……」
やはり昨日の夜と同じく、マルミィは少し調子が悪そうだ。
その時──。
「どわぁぁぁ!」
森の奥から叫び声が響く。
「グリーピーの声だ!」
慌てて駆けつけると、グリーピーたちがブロウバニーに囲まれて苦戦していた。
「なんだよ、こんなやつらに苦戦して……」
アーシスが呆れかけたその時、アップルがピタリと足を止める。
「ちょっと待って……目の色が……変だよ」
「目……?」
その瞬間、目の前のモンスターが信じられない速さと重さで突進してきた。
「っ……重い!」
「……さっきのとは違うぞ!」
さらに、モンスターたちは集合して、まさかの合体──巨大な一体の魔物へと変貌した!
「なっ……!こんなのありかよ!?」
「初耳だよ!!」
だが、混乱しながらもエピック・リンクは冷静に連携をとり、対応していく。剣と魔法が次々とヒットし、反撃に転じる。
「今だ、マルミィ!!」
アーシスが叫ぶ。──しかし、マルミィはその場で崩れそうになり、魔法が放てなかった。
「……マルミィ!?」
モンスターの鋭い爪がマルミィを狙う、
──その瞬間、アーシスが全力でダイブし、盾のように立ちはだかる。
爪を受け止めたアーシスの反撃の剣が、重々しくモンスターを切り裂く。
さらに、アップルのバフを受けたシルティが高速で飛び込み、トドメを刺した。
「……た、助かった……」
物陰に隠れていたグリーピーが小声でつぶやく。
「マルミィ、大丈夫か!?」
アーシスが駆け寄る。
「う、うん……ごめん、ちょっと、ふらっとして……」
「少し、休憩するか」
◇ ◇ ◇
彼らは湖畔へ戻り、焚き火を起こして一息ついた。
「しかし……さっきのモンスター、なんだったんだろうな」
「ああ、あれはB級以上の強さだった…」
「聞いている話と、違うよね…」
その時。にゃんぴんがふらっと現れ、つぶやく。
「……呪い、にゃ……」
「えっ?」
「この湖……呪われてるにゃ。その影響で、モンスターが凶暴化してるにゃ……」
「呪い……?」
アップルが息を呑む。
「マルミィはマナが多いから、干渉を受けすぎて、弱ってるにゃ……」
その時──。
ドボーン!
全員がにゃんぴんを見ている隙に、マルミィがふらついて湖に落ちてしまった。
「マルミィ!!」
水しぶきが上がり、アーシスたちの顔が凍りつく。
(つづく)




