【86】始動!サーミ湖遠征準備
【第二章】冒険者育成学校 〜2年生編〜
引っ越し作業が終わり、すっかり静まり返った二年生寮。荷物も片付け終えたアーシスは、寮の窓を開け放ち、深呼吸をひとつ。冷たく澄んだ風が部屋に吹き込み、心地よい緊張が胸に走る。
「さて……いよいよ、二年目が始まるな」
◇ ◇ ◇
冒険者育成学校、二年目。
クラス替えはなく、去年と同じ顔ぶれ。しかし、教室に入ってすぐ、アーシスは思わず立ち止まる。
「……少ねぇな」
半分以下に減ったクラスメイトたち。去年の進級試験を思い出し、胸に込み上げるものがあった。
いつもの席に座ると、ふと視界の端でミニリンゴがぷかぷかと浮いているのが見えた。
どうやら、にゃんぴんが魔法で操っているようだ。
ぷかぷかと宙を漂うリンゴは、シルティの目の前で揺れており、シルティは真剣な目でリンゴを狙い、パクリと一口で食いつく。
「……何やってんだよ……」
アーシスが呆れた声を出すが、にゃんぴんは満足げに喉を鳴らした。
一方、後ろの席では、補修地獄を経てなんとか進級を勝ち取ったグリーピーとナスケが、やけに堂々と座っている。
「ふっ……俺たちがここにいること、それ自体が奇跡……」
グリーピーが妙に達観した声で呟く。
「でござるなぁ……」
ナスケも感慨深そうだ。
そのとき、ガラッと扉が開き、パブロフが教室に入ってきた。相変わらずやつれた顔、しかしどこか頼もしい存在感。
「久しぶりだな、お前ら」
生徒たちは一斉に姿勢を正す。
「今日からお前たちは二年生だ。……いいか、これまでの授業と違って、二年生は“本物の実地”になる。
モンスター討伐、ダンジョン攻略……教科書の中の話じゃねぇ」
その声に、教室全体がぐっと静まり返った。
「はっきり言う。今までのような甘い気持ちでいたら──死ぬぞ」
重たい空気が張り詰める。その刹那、パブロフは魔法で宙にプリントを出現させ、生徒たちへ配っていく。
「さっそくだが、明日から“サーミ湖”への遠征だ。しばらく滞在することになる。野営の準備は忘れるなよ」
口元を吊り上げ、にやっと笑うパブロフ。その目は、いつも以上に鋭かった。
◇ ◇ ◇
放課後、街のアウトドアショップで野営用品を物色しているエピック・リンクの面々。
「テントだろ、寝袋だろ、ランタンだろ……」
慌ただしく品物をピックアップするアーシス。
「携帯食料を忘れるなよ。あと鍋とフライパンとまな板とナイフもな」
シルティが冷静に口を挟む。
「シルティ、なんか食べ物ばっか……」
アップルが苦笑する。
「ふふん、燻製機やダッチオーブンも必須だな」
「いや、流石にそれはいいでしょ!!」
「スクロール、セーフティストーンも必要、です」
マルミィが小さな声で補足する。
「ん~、焚き火セットに、簡易医療キット、防寒具……」
アーシスは次々と棚を物色し、買い物カゴはすぐにパンパンになっていく。
「ちょっとちょっと!そんなに買ったら持ち切れないよ!?」
アップルが声を上げたその瞬間──
「ふ、ふ、ふ……」
マルミィが妙な笑みを浮かべる。
「じゃ~~~ん!」
マルミィが取り出したのは、小さな可愛らしいポーチ。
「そ、それは、ポーチ型異空間収納バッグ!?」
アップルが目を見開く。
「え、なにそれ……」
ポカンとするアーシスとシルティ。
「二人とも知らないの!? このポーチの中は異空間になってて、普通のリュック50個分は余裕で入るのよ!」
アップルが興奮して説明する。
「ええ~~!」
驚きの声を上げる二人。
「……でも、これって高いんじゃ……」
アップルがためらいがちに聞くと、マルミィは得意げに胸を張る。
「こつこつ貯めて……買いました!」
後光が差すマルミィ。
「マルミィ様~~~!」
崇めるアーシスたち。
和やかな空気が流れる中、不意に背後から声がかかる。
「おう? その背中は、アーシスじゃないか」
振り返ると、そこにはヴァード隊のマァリーとリットが立っていた。
「キャンプの準備して、どっか行くんですかぁ~?」
リットが楽しげに声をかける。
「実は、学校の遠征でサーミ湖に行くんです」
アップルが説明すると──
「サーミ湖……」
マァリーとリットの表情が変わった。
「……どうかした?」
アーシスが尋ねる。
「最近、あの辺りでモンスターが溢れてるって情報があってね」
リットが真剣な顔で答える。
「それに……サーミ湖は“魔力干渉が強い”とも言われてる……」
マァリーが静かに呟く。
「魔力干渉?」
マルミィが首をかしげる。
一瞬考え込んだマァリーが、不意に叫ぶ。
「よし、リット! 我々もサーミ湖に出張だ!」
「え!? ダメですよ、明日からタリス村に出張予定ですよ!?」
慌てるリット。
「断る!!」
「ダメですってば! 首になりますよ!」
全力で制止するリット。
「むぅ……」
しぶしぶ諦めたマァリーは、代わりにリットの頭をゴツンと拳骨。
「いてっ! なんでぇ!?」
そして、アーシスたちに向き直り──
「……お前たち、油断するなよ」
引き締まるエピック・リンクの面々。
──こうして、彼らの2年生最初の冒険が幕を開けるのであった。
(つづく)




