【82】進級試験編⑤ 〜未調査ダンジョン攻略 アーシスの決断〜
ごおおおおおおお──。
冬の冷気を切り裂いて、ダンジョンの扉が重々しく開かれる。
目の前に広がるのは、苔むした岩壁、薄暗い空間、そして冷たく澱んだ空気。
光源の魔導灯がかすかに周囲を照らす中、アーシスたち《エピック・リンク》は、静かに剣と杖を構えながら歩を進めた。
「……雰囲気、完全に“本物”だね」
アップルが呟く。
「うん……緊張する……けど、やるしかない、です」
マルミィの手が小さく震えていた。
「心配するな。今までの課題や実戦だって、全部糧になってる」
アーシスが前を見据えて言うと、仲間たちが小さく頷いた。
「罠、発見にゃ」
先頭を歩いていたにゃんぴんが急に声をあげた。
石畳の奥、細い導線に沿うように仕掛けられた《転倒式マナ爆破罠》。威力は中程度だが、まともに食らえば重度の火傷では済まない。
「解除してみるにゃ」
にゃんぴんがふわりと浮かび、罠の上をふよふよと泳ぐように進む。
「魔力…低出力で制御にゃ……」
周囲の魔力をそっと吸収しながら、魔導刻印の構造を読み解き……ぴたり、と。
「解除、完了にゃ!」
「すげぇ…」
アーシスが思わずつぶやいた。
「ふふふ、伊達にパーティのマスコットやってないにゃ」
胸を張るにゃんぴんの姿に、仲間たちも思わず笑う。
その後も、複雑なトラップや魔力の乱れに反応するモンスターを的確に攻略していくエピック・リンク。
「アーシス!右上!」
シルティの鋭い声に反応し、アーシスが瞬時に頭上からの魔獣の爪を受け流す。
「ナイス、シルティ!」
「ふん、当然だ」
「魔力感知!背後です!」
マルミィが告げると同時に、後衛を狙っていたシャドウウルフが現れるが──
「はいはい、させないよっと!」
アップルのバリアが寸前で展開され、魔法の槍でウルフを叩き落とす。
──連携は完璧だった。
誰一人として遅れることなく、正確に自分の役割を果たし、仲間の声を信じて動く。
◇ ◇ ◇
「お、ドロップアイテムだ。ラッキー」
アーシスが階層ボスを倒した後、落ちていた紫色の結晶を拾い上げる。
──ここは第三階層。
想定されていた試験のボーダーラインまで、エピック・リンクは進んでいた。
「アーシス、そろそろ時間だよ」
アップルが言う。
「そうか……じゃあ、そろそろ戻るか」
アーシスが仲間を振り返り、頷いた。
順調だった。いまの彼らの実力なら、これくらいは難しくない。
あとは無事に戻るだけ──だった、のだが。
──その時。
静寂を打ち破る、鋭い悲鳴がダンジョンに響いた。
「……!?」
アーシスの表情が鋭く変わる。
壁の隙間から隣の通路を見ると、モンスターに囲まれている他パーティの姿があった。
「アーシス、他パーティとの接触は原則禁止!干渉したら失格になるよ!」
アップルが叫ぶ。
「じ、時間も気にしないと……!」
マルミィの声も、真剣だ。
「……くっ、
…おいお前ら!無理せず脱出アイテム使えよ!!」
壁の隙間へとアーシスが叫んだ。
すると、そのパーティのメンバーは顔を見合わせ、頷き、それぞれの魔導石を発動。
だが──そのうちの一人の少女が、恐怖に手を滑らせた。
カシャッ。
魔導石が転がり──モンスターの足に踏み砕かれた。
仲間たちはもういない。そこに残るのは少女ただ一人だった。
「……っ!」
アーシスが立ち止まる。
「アーシス!? どうしたの!?」
「……わりぃ、みんな、──俺、留年するわ」
その言葉を残し、アーシスは逆走した。
(つづく)




