【7】マルミィ=メルミィ
教室の中央に浮かんでいた魔導球が、ピシッと乾いた音を立ててひび割れた。
「うわっ……!」
破裂寸前、青髪の少女——マルミィ=メルミィは慌てて手を引っ込める。
次の瞬間、魔導球は小さな破裂音を立てて霧のように霧散し、辺りに淡いマナの香りが立ち込めた。
「また……失敗、しちゃった……」
呟きながら、マルミィは周囲の視線を気にして教室の隅へと歩いていった。
長い青髪を肩の前に流し、ぎゅっと自分を抱きしめるように小さくしゃがみこむ。
(こんなの……私だけ。いつも、いつも……)
そのとき。
「なあ、マルミィ」
背後から、少し遠慮がちな声がかかった。
振り返ると、そこにはアーシス=フュールーズが立っていた。
「大丈夫か?」
「……だいじょうぶ」
答えたものの、マルミィの声にはまるで力がなかった。
アーシスは少し迷ったあと、ぽつりと呟いた。
「なあ、にゃんぴん。……手伝ってやってくれないか?」
「……!」
マルミィの金色の瞳が、かすかに揺れた。
「いま……誰と話してたの?」
「え?」
アーシスは一瞬きょとんとした後、気まずそうに目を逸らす。
「えっと、俺の……友達? にゃんぴんっていう、まあ、そんな感じのやつ」
「……」
マルミィはじっとアーシスの肩の上を見つめた。
次の瞬間、驚きと戸惑いを滲ませた声で、そっと口を開く。
「……小さな猫……青くて、ふわふわしてて……ちょっと透けてる……」
「――見えてるのか!?」
アーシスの顔から一気に血の気が引いた。
「にゃんぴんが!?」
「う、うん……。もしかして、見えちゃいけなかった?」
「いや、そっちじゃねぇ!!」
肩の上にいた小さな猫のような存在が、ふわりと空中に浮かび上がった。
「わぁお、ついにバレたにゃあ〜。こっち見てると思ったら、本当に見えてたにゃ〜」
「……しゃ、しゃべった……」
マルミィは目をぱちぱちと瞬かせたまま呆然としている。
「初めまして、マルミィちゃん。僕、にゃんぴん! アーシスの親友、そしてマスコット、的な存在にゃ!」
にゃんぴんは空中でくるりと一回転し、ぺこりと頭を下げた。
マルミィは、ぎゅっと胸元を押さえながら呟く。
「……かわいい……」
「にゃふふ〜、気に入ったにゃ?」
アーシスは、まだ現実を飲み込めない顔をしていた。
「お、お前……なんでにゃんぴんが見えるんだ……?」
「わからない……。でも前から、アーシスくんの周りに“もやもや”が見えてて……今日、はっきり猫の形になったの」
マルミィはそっと言った。
「私、魔力が強すぎるって……先生に、よく言われるから……それで、見えたのかも」
にゃんぴんはくるんと回転しながら、マルミィの頭にふわりと乗った。
「マルミィちゃんの魔力、すっごくきれいにゃ〜。だから僕みたいなのにも気づけたにゃ」
「……ありがとう」
マルミィの硬かった表情が、ようやくほころんだ。
アーシスは照れ隠しに鼻をこすりながら、にやりと笑う。
「よし、にゃんぴんと一緒に、もう一回やってみようぜ!」
◇ ◇ ◇
数分後。
教室の隅では、マルミィが再び魔導球を浮かべていた。
「魔力を……少しだけ細くして……あとは、にゃんぴんちゃんの火種を借りて……」
「ファイヤースパーク、点火〜!」
小さな声の詠唱とともに、魔導球がふわりと宙に浮かび、今度は暴走することなく、静かに、安定して回転を始めた。
「……できた……!」
マルミィは思わず両手で口元を覆った。 金色の瞳が涙で潤む。
「やったじゃねぇか、マルミィ!」
「うん……ありがとう、アーシスくん……にゃんぴんちゃんも」
「どいたまにゃ〜!」
マルミィの長い青髪が、柔らかな軌道を描いて揺れる。 その姿に、アーシスの顔にも自然と笑みが浮かんだ。
──その様子を、教室の隅からそっと見ていた少女が一人。
「(んん〜〜! シルティに加えてマルミィまで……アーシスくんと仲良くなってるぅぅぅ〜〜!!)」
アップル=チェチェンティンはハンカチをぎゅうぎゅう噛みしめながら、密かに嫉妬の炎を燃やしていたのであった。
(つづく)