【77】束の間の冬休み
ウィンドホルムにも、ついに冬が訪れた。
しんしんと降り続ける雪は、冒険者育成学校の校舎にも白い綿帽子をかぶせ、世界を静かに染め上げている。
──現在、冒険者育成学校は一年で一度だけの長期休暇、冬休みの真っ最中だった。
ほとんどの生徒たちは故郷へと帰省している。
がらんと静まり返った寮で、アーシスは湯呑みに熱いお茶を注ぎながら鼻をすすった。
「はくしゅっ!」
寮内の暖炉はあるものの、人の気配が少ないせいか、どこか心細い寒さがあった。
◇ ◇ ◇
外に出れば、一面の銀世界。
アーシスが白い息を吐きながら校庭を歩くと、雪を踏みしめる音が聞こえた。
振り返ると、そこには木刀を振るう赤髪の少女、シルティの姿があった。
「シルティ、お前……帰らなかったのか?」
「……ああ、まだな…」
剣を振るう手を止めず、淡々とシルティは答える。
「……そっか」
「お前こそ。なんで帰らないんだ?」
アーシスは頭をかきながら、ぽつりとこぼした。
「あー……冒険者になるって見栄切って出てきたからな…。それまでは爺には合わす顔ないんだよ」
ふっと、シルティの表情が和らぐ。
「アップルとマルミィは?」
「あの二人は帰ったよ。二人とも故郷はヴァスタリアだから、長旅だな…」
そんな会話を交わしていると、雪を踏みしめる足音がもうひとつ近づいてきた。
「あ、ナーベ」
現れたのは、いつも通り表情の読めない少女、ナーベ=ナーベラスだった。
「お前も帰らなかったんだな」
「……ええ。私に……帰る故郷はないから」
ぽつりと落とした小さな声。
「なんだお前ら、そろって居残りか!」
そこへ、グリーピー=ビネガーとナスケ=ムラサキも合流する。二人とも防寒具を着込みながらも、元気そうだった。
「お前こそ、居残りじゃねーか」
「地元だよ、俺は!」「拙者の故郷は遠いのでござる!」
ワイワイと賑やかになっていく中、グリーピーが頬を赤らめながら、シルティに声をかけた。
「せ、せっかくの休みだし、暇なら……その、遊んでやってもいいぞ!」
「別に暇じゃないが?」
ばっさりと切り捨てるシルティ。
そのやりとりを見て、アーシスが思いついたように手を叩いた。
「そうだ!鍋やろうぜ!!」
「鍋、食べる…」
シルティは即座に反応し、よだれをたらした。
「シ、シルティがやるなら、俺も参加してやってもいいぞ!」
「ナーベも来るよな!」
「……私は……」
「ほら、行こうぜ!」
アーシスが無理やりナーベの手を引き、ナーベは顔を真っ赤にして小さく頷いた。
◇ ◇ ◇
そして、寮のキッチン。
シルティが肉を切り、アーシスが魚を捌き、ナーベが魔法で火をおこす。
グリーピーはカッコつけて皿を運ぼうとするも盛大に転び、ナスケは裏庭で野菜をかき集めてきた。
わちゃわちゃと大騒ぎしながら、なんとか鍋が完成する。
「できたー!!」
歓声を上げて、全員で鍋を囲む。
「いっただーきまーす!!」
勢いよく食べ始める──が。
「……あれ?」
「……味、しない……」
「おかしいな……鍋って誰でも作れる料理って聞いてたのに……」
「いやだぁぁぁ、こんなの鍋じゃないぃぃぃ!!」
半泣きで箸を落とすシルティ。
──その時。
バターン!!
寮の扉が勢いよく開き、そこに立っていたのは──
「うぅ〜、船、乗り遅れた〜……」
涙目のアップル=チェチェンティンだった。
「アップルさま〜〜!!!!」
救世主を見るかのように、全員がアップルに駆け寄る。
「え?え?」
きょとんとするアップルをキッチンへ連れていき、急いで味付けをお願いする。
◇ ◇ ◇
そして──
「うめぇぇぇ!!」
「これだよ、鍋は!」
歓喜の声が上がった。
「アップル、嫁になってくれ」
シルティが真剣な顔でプロポーズして、場は大爆笑に包まれる。
◇ ◇ ◇
食後、満腹と暖かさに包まれて、自然と会話は途切れ、静かな時間が流れた。
ふと、アーシスが呟いた。
「……冬休みが終われば、すぐだな」
「ああ……」
シルティが、そっと頷く。
「進級試験……」
アップルが小さな声でつぶやく。
「みんなで……合格しような」
アーシスの言葉に、誰もが静かに拳を握った。
──束の間の冬休み。
雪が降り続くこの季節に、またひとつ絆が深まった夜だった。
(つづく)




