【73】アンセスターダンジョン研修編② 〜進め!アンセスターダンジョン初日!〜
アンセスターダンジョン入口。
古びた石造りのゲートを前に、アーシスたち《エピック・リンク》と、担当インストラクターのボペット=ヤンクスは向かい合っていた。
「いいかお前ら、ダンジョンってのは甘くねぇんだ。まずは罠の種類から説明してやるぞ!」
ボペットは得意げに胸を張ると、懐から分厚いノートを取り出した。
「まず一つ目、落とし穴罠!
二つ目、毒針罠!
三つ目、マナ吸収罠!
それから、床崩壊罠に幻惑罠に、透明罠に……」
延々と続く罠講義。
しかし──
「はい、次どんどん進みましょう〜」
アーシスがさっさと前を歩き出す。
「えっ」
ぽかんと口を開けるボペットをよそに、シルティも軽やかに続く。
「基礎は授業で叩き込まれてるしな」
「そ、そうですっ……あ、足元に気をつけてください……!」
マルミィとアップルも自然に列に加わり、軽やかに足を進めていく。
(……え、えぇ〜……?)
ボペットは困惑した。
(……普通なら、初心者連中はここでビビって何十分も立ち止まるものだ。それなのにこの連中ときたら、ダンジョン内の自然な闇にも、うっすら漂う魔力にも、まるで臆する様子がない……)
◇ ◇ ◇
やがて、ダンジョン内で最初のモンスターが姿を現した。
──ゴブリン数体。
ギギ、と牙をむき出して襲いかかってくる小型モンスターたち。
だが、
「よし、シルティ、左右!」
「了解」
アーシスとシルティが息ぴったりに前衛を固める。
マルミィの支援魔法が飛び、アップルが即座にバフをかける。
──ドゴォォン!
たった数十秒で、ゴブリンたちは全滅。
「……」
ボペットは絶句した。
(ちょ、ちょっと待て……このダンジョン、序盤とはいえ……モンスターを瞬殺って……え?)
疑問を抱えたまま、ボペットは一行を追う。
しかしその後も、アーシスたちは圧倒的なペースで1階、2階と攻略していった。
小さな罠も、迷路のような分岐も、全て事前に察知し、トラブルなく突破。
ボペットが説明する暇すらない。
◇ ◇ ◇
「……っし、今日はこのくらいにしとくか?」
アーシスが後ろを振り返って言った。
「腹八分目っていうしね」
アップルがにっこり笑う。
「は、はい……!無理は禁物ですっ」
マルミィも頷く。
「……しかし、拍子抜けだな。こんなに手応えがないなんて」
どこか腑に落ちない様子でシルティは言う。
「は……!もしかして、ボペットさんが、知らずのうちに安全ルートに誘導してくれてたんじゃ…」
アーシスはボペットの顔を見る。
「た、たしかにそうかもです…」
「それなら、手応えがないのも納得だな」
マルミィ、シルティも同意する。
「「ボペットさん、ありがとうございます!」」
「お、おぅよ…」
ボペットは少し震えながら胸を張った。
(お、おれは初めてここに来た時……1階クリアするだけで三日もかかったってのに……)
内心は涙目になるボペットだった。
◇ ◇ ◇
その夜。
宿の前には、にぎやかな通りが広がっていた。
アンセスターダンジョンのおかげで栄えているこの街には、土産物屋や、露店が並び、香ばしい焼き菓子やジュースの匂いが漂っている。
「わー! ミニリンゴ!」
シルティが目を輝かせる。
露店に山積みにされた手のひらサイズのリンゴを抱え込むように見つめていた。
「こ、これは……小腹が空いた時にちょうどいいサイズ……! お、大人買いしたい……!」
財布を握りしめるシルティの横で、アーシスたちは苦笑していた。
「……まぁ、今日はよく頑張ったしな」
「うん……ごほうび、だよね……」
マルミィとアップルも微笑み、夜の街の喧騒に包まれていった。
夜風が心地よく頬を撫でる。
──明日もまた、冒険は続く。
(つづく)




